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【小説】名もなき空の若者たち【第1章 佐伯の冬 ― 九九式艦爆訓練生たち】13.黒田の鉄拳制裁 ― 冬の空気に沈む怒声

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第1章 佐伯の冬 ― 九九式艦爆訓練生たち

第13節 黒田の鉄拳制裁 ― 冬の空気に沈む怒声

事故の翌日、空はやけに澄んでいた。
冬の光は薄いのに、どこか刺すような鋭さがあった。

三機の九九式艦爆が急降下訓練を終えて帰投すると、
黒田一飛曹は、すでに滑走路脇で腕を組んで待っていた。

その顔は怒っているというより、
何かを確かめるような、冷たい表情だった。

「……村瀬」

名を呼ばれた瞬間、
村瀬俊太の背筋が、わずかに震えた。

「……はい」

「降りてこい」

黒田の声は低かった。
怒鳴り声ではない。
だが、その低さが逆に恐ろしかった。

村瀬が機体から降りると、
黒田はゆっくりと歩み寄ってきた。

「お前……今日の急降下、何度だった?」

「……五十度、のつもりでした」

「つもり、ねぇ」

黒田は、鼻で笑った。
その笑いは、軽蔑というより、
相手の弱さを見透かした者の笑いだった。

「五十度“のつもり”で、実際は四十五度。
 四十五度で投弾して、何が当たるんだ……
 お前の婚約者の家か?」

村瀬の顔が強張った。
黒田は、その反応を見逃さなかった。

「図星か。
 ……いいよなぁ、地上には帰りを待つ女がいる。
 そりゃあ、死にたくねぇよなぁ?」

言葉は淡々としていた。
だが、その淡々さが、
村瀬の胸をじわじわと締めつけた。

「黒田教官、それは……」

 新城が思わず口を開いた。

「黙れ、新城。
 お前も後ろで震えてただろうが。
 村瀬の操縦も角度も甘いから、怖かったんだろ?」

新城は唇を噛んだ。
黒田はゆっくりと村瀬の前に立つ。

「いいか、村瀬。
 お前の“つもり”で死ぬのは、お前だけじゃねぇ。
 後ろの新城も死ぬ。
 編隊も乱れる。
 隊全体が……死ぬ。
 それが、艦爆だ」

黒田の声は、
まるで冬の海の底から響いてくるようだった。

「お前は、自分の命だけ守ってりゃいいと思ってる。
 違うか?」

「……そんなことは……」

「じゃあ、なんで角度を誤る?」

村瀬は答えられなかった。
黒田は、村瀬の胸倉を、無造作に掴んだ。

「言えよ。
 なんで誤った?」

「……怖かったんです」

その言葉は、
吐き出した瞬間に白い息となって消えた。

黒田は、しばらく村瀬を見つめていた。
その目は怒りではなく、
もっと深い影を湛えていた。

「……そうだよ。
 怖いんだよ、空は」

その声は、
誰よりも空を知る者の声だった。

そして黒田は、
六人全員に聞かせるように、
ゆっくりと、ねちねちと、言葉を重ね始めた。

「貴様ら、勘違いしていないか……」

声は低く、冬の空気を這うようだった。

「空を飛ぶことが目的じゃないんだよ」

黒田は六人を見渡す。

「戦場に出て、敵機をかわし、
 敵艦の対空砲火を搔い潜り、
 目標まで“ギリギリ”に近づいて、
 爆弾を投下しなきゃいけないんだよ」

六人の喉が、ごくりと鳴った。

「わかるか?
 貴様らは海軍のパイロットだ。
 空を散歩しに来たんじゃない」

黒田の声は淡々としているのに、
その淡々さが逆に胸を締めつけた。

「……生きて帰るために飛ぶんだよ」

次の瞬間――
黒田の拳が、村瀬の頬を打った。

乾いた音が、冬の空気に鋭く響いた。

村瀬はよろめき、
新城が思わず支えた。

「覚えとけ。
 “怖い”と思ったら、なおさら正確に飛べ。
 怖さをごまかす奴から死ぬんだ」

黒田は拳を下ろし、
深く息を吐いた。

「……俺はな。
 もう……仲間を失いたくねぇんだよ」

その言葉は、
怒声よりも重く、
冬の空よりも冷たく、
六人の胸に沈んでいった。

つづく



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