【小説】名もなき空の若者たち【第1章 佐伯の冬 ― 九九式艦爆訓練生たち】14.高梨の評価 ― 冬の光のような言葉
第1章 佐伯の冬 ― 九九式艦爆訓練生たち
第14節 高梨の評価 ― 冬の光のような言葉
午後の訓練が終わるころ、
冬の佐伯の空は、少しだけ色を変えていた。
薄い雲の切れ間から、
夕陽の気配がわずかに差し込み、
滑走路の端に、長い影を落としている。
三機の九九式艦爆が並んでエンジンを止めると、
六人は、ゆっくりと機体から降りた。
急降下の疲れが身体の奥に残っていた。
だが、その疲れは、
昨日までの“恐怖の残滓”とは、少し違っていた。
そこへ、高梨勇作が歩いてきた。
黒縁の眼鏡をかけたまま、
いつもの、静かな足取りで。
「全員……よく戻った」
その一言だけで、
六人の胸の奥に張りつめていたものが、
少しだけ緩んだ。
高梨は、一人ひとりの顔を見渡した。
その視線は厳しくも優しく、
まるで冬の光のように淡い温度を持っていた。
「大庭」
「はい」
「今日の急降下、角度は正確だった。
川畑の読み上げと、よく噛み合っていた」
大庭は、驚いたように目を瞬かせた。
川畑も、わずかに肩を震わせた。
「……ありがとうございます」
高梨は軽く頷き、次に石田へ視線を向けた。
「石田。
お前の操縦は荒いところもあるが……
編隊の中で、誰より周りを見ている」
石田は照れ隠しのように笑った。
「いやぁ、そんな……」
「浜田」
呼ばれた浜田は、背筋を伸ばした。
「お前の読み上げは落ち着いている。
石田の操縦を支えているのは……お前だ」
浜田は言葉を失い、
ただ静かに頭を下げた。
高梨は、最後に村瀬と新城の前に立った。
「村瀬。
今日の角度は……まだ甘い」
村瀬は唇を噛んだ。
黒田の拳の痛みが、まだ頬に残っている。
だが、高梨は続けた。
「だがな。
お前は“怖い”と言えた。
それは……強さだ」
村瀬は顔を上げた。
その目は、冬の光を受けて揺れていた。
「新城」
「……はい」
「お前の読み上げは正確だ。
村瀬を支えているのは……お前の声だ」
新城は驚いたように目を見開き、
それから、ゆっくりと頷いた。
高梨は六人を見渡し、
静かに言った。
「悪くない。
だが、まだ甘い。
……だがな」
そこで一度言葉を切り、
夕陽の方へ目を向けた。
「今日のお前たちは……
“空に馴染み始めた”」
その言葉は、
褒め言葉というより、
六人の努力を静かに認める“証”のようだった。
石田が小さく笑った。
「教官、今日は優しいですね」
高梨は眼鏡を外し、胸ポケットにしまった。
その眼鏡が“伊達”であることを、六人はまだ知らない。
地上では威厳のために、空では若者を守るために――
彼は、二つの顔を使い分けていた。
裸眼のその目は、
夕陽の光を受けて、静かに輝いていた。
その輝きは、どこか寂しさを含んでいた。
六人は、その寂しさの理由を知らない。
だが、その微笑みが、
今日の空のどんな光よりも温かく感じられた。
冬の風が、
高梨と六人の間を静かに通り抜けていった。
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