【小説】名もなき空の若者たち【第1章 佐伯の冬 ― 九九式艦爆訓練生たち】9.積み重ね ― 冬の空に馴染む影
第1章 佐伯の冬 ― 九九式艦爆訓練生たち
第9節 積み重ね ― 冬の空に馴染む影
訓練が始まって十日ほどが過ぎた。
冬の佐伯は相変わらず音の少ない場所だったが、
六人の胸の中には、
少しずつ、“空の音”が積み重なり始めていた。
九九式艦爆のエンジン音。
風防を叩く風の震え。
急降下の前に訪れる、あの一瞬の静寂。
そして、プルアウトのGで視界が白く滲む瞬間。
それらが、六人の身体の奥に
ゆっくりと沈殿していった。
この日も、三機の九九式艦爆が
冬の空に、三つの影を描いていた。
「今日の角度……よかったぞ」
着陸後、石田が浜田の肩を軽く叩いた。
浜田は、少し照れたように目をそらした。
「まだ甘いよ……黒田教官に怒鳴られる」
「怒鳴られるのは……俺だろ」
石田が笑うと、浜田も小さく笑った。
その笑いは、
冬の空の冷たさを、ほんの少しだけ溶かした。
大庭と川畑は、機体の影の下で
整備員の作業を静かに見守っていた。
「……川畑。読み上げ、正確だった」
「そりゃ、前が安定してるからですよ」
川畑はそう言いながら、
自分の手が、まだ震えていることに気づいた。
急降下のGは、慣れたつもりでも身体に残る。
「大庭さん」
「ん?」
「……俺、後ろで怖いと思う瞬間、まだあります」
大庭は少しだけ目を細めた。
川畑の声は、風に消えそうなほど小さかった。
「……俺もだよ」
「え……」
「前だって怖いさ。慣れたふりしてるだけだ」
川畑は驚いたように目を瞬かせ、
それから、ふっと息を吐いた。
「……なんか、安心しました」
「お互い様だ」
その短いやり取りの中で、
ふたりの距離は、確かに縮まっていた。
一方、村瀬と新城は、
機体の影の中で工具を片付ける整備員を手伝っていた。
「新城、今日の読み上げ、落ち着いてたな」
「……村瀬さんが安定してたからです」
新城の声はいつもより少し柔らかかった。
村瀬はその変化に気づき、
胸の奥が温かくなるのを感じた。
「俺たち、少しは“組”になってきたか?」
「……はい」
新城は短く答えたが、
その“はい”には確かな重みがあった。
冬の空は薄く、冷たかった。
だが、その空の下で、
六人の影は少しずつ、
確かに“空の色”に馴染み始めていた。
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