【小説】名もなき空の若者たち【第1章 佐伯の冬 ― 九九式艦爆訓練生たち】11.片翼帰還の英雄 ― 静かに語られる空の奇跡
第1章 佐伯の冬 ― 九九式艦爆訓練生たち
第11節 片翼帰還の英雄 ― 静かに語られる空の奇跡
事故の翌日、六人はどこか沈んだ顔をしていた。
冬の佐伯は、いつも以上に、音が少なかった。
風も弱く、空気は冷たく澄んでいるのに、
胸の奥には、重たいものが沈んでいた。
昼の講堂。
薄い灯りが机の上に落ち、
六人は無言のまま座っていた。
そこへ、山名飛曹長が静かに入ってきた。
足音はほとんど響かない。
だが、その存在だけで、空気が変わった。
「……昨日の事故のことだが」
山名の声は低く、
冬の空気に馴染むような静けさを帯びていた。
六人は顔を上げた。
誰もが、何かを言われる覚悟をしていた。
だが、山名は叱責を口にしなかった。
代わりに、ふと遠くを見るような目をした。
「昔な……南昌で、片翼を失いながら帰ってきた男がいた」
六人は息を呑んだ。
山名は続ける。
「南昌攻撃の際、中国軍機と接触して、
左翼の三分の一以上を失ったが、六百キロ以上操縦を続けて、
南京基地に帰還した英雄だ」
講堂の空気がわずかに震えた。
誰も言葉を挟まない。
「……高梨の同期だ」
その一言で、
六人の視線が自然と高梨教官の席へ向いた。
高梨は、机に置いた手を静かに組んだまま、
ただ、前を見ていた。
山名は続ける。
「帰ってきたとき、そいつは笑っていた。
『翼が片方でも……空はまだ俺を捨てなかった』とな」
石田が小さく息を呑んだ。
浜田は目を伏せた。
村瀬と新城は、互いの表情を探るように視線を交わした。
「空は奪う。
だが……時に、ああいう奇跡も起こす。
どちらも、本当だ」
山名の声は、
冬の海の底から響くような深さを持っていた。
大庭は、そっと高梨の横顔を見た。
高梨は静かに目を閉じ、
まるで遠い空を、思い出しているようだった。
その表情には、
誇りと、哀しみと、
そして言葉にできない影が混ざっていた。
「……教官、その同期の方は、今は?」
川畑が恐る恐る尋ねた。
高梨はゆっくりと目を開けた。
その瞳は、冬の光を受けて静かに揺れていた。
「生きているよ。
だが、もう飛べない。
片翼で帰った代償は……大きかったんだ」
六人は黙った。
その沈黙は、
昨日の事故とは違う種類の重さを持っていた。
空は奪う。
空は救う。
そのどちらも、
人の意志とは関係なく訪れる。
六人はその事実を、
初めて“物語”ではなく、
“現実”として胸に刻んだ。
講堂の外では、
冬の風が静かに木々を揺らしていた。
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