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【民主集中制の本当の起源】現行似非左翼の「連続すらしてない御都合主義史観」①ロシア革命以前のマルクス主義は壊滅的状況に置かれていた?

以下の投稿のブランチカットの様なもの。


ヴァルター・ベンヤミン(Bendix Schoenflies Benjamin, 1892年~1940年)は勝者が紡いできた「連続的で一直線な歴史(進歩史観)」を打ち破るべく「敗者の歴史」や「パサージュ論」を展開しました。しかしながら現行似非左翼の歴史観は都合が悪い部分を省略し過ぎて、そもそも一本の連続した線の様相をなしていません。それでは、ここでいう「都合が悪い部分」とは具体的にどういう内容の集合なのでしょうか?
「ホイッグ史観」とは?
ベンヤミンの「敗者の歴史」「パサージュ論」的アプローチ

残虐行為に堕したパリ・コミューンの結末は、当時仲間内からさえそれを主導したブランキ派とプルードン派が存続不可能になるほどの深刻な失敗と見做された。

この前提から出発しないと、どうやって「新たな中央集権的秩序の創設を目指すマルクス派」が発祥したのかについて説明出来なくなってしまいます。

  • かかる残虐行為の引責を問われる形でそれまで主流だったブランキ派とプルードン派が一瞬にして霧散。それまで2流に甘んじていたマルクス派とバクーニン派が漁夫の利を得る形で台頭し、かつ前者が「革命を成功に導くには新たな形での中央主権制の樹立が不可欠」と考える社会主義者を、後者が「あくまで無政府主義だけが人類を救済する」と考える社会主義者を束ねる形で運動再編が進められた。我々の知る「マルクス主義と無政府主義(バクーニン主義)が激突した第一次インターナショナル」の構図はこの時代より以前まで遡らない。
    パリ・コミューンの失敗によってブランキ派とプルードン派が消失して漁夫の利を得たマルクス派とバクーニン派の大躍進

  • なおその過程で「プロイセン王統ホーエンツォレルン家や皇帝ナポレオン3世の様な絶対君主を悪様に罵りつつ、自らも組織に属するとたちまち独裁者としての本質を露わにして手段を選ばず政敵を排除し全権を握ろうとする」「浪費家で常に金欠状態にあり、近付く人間全てに金をせびり、断られると罵詈雑言の限りを書き綴った手紙を送りつける」人間的欠陥を抱えたマルクス当人は次第に誰からも相手にされなくなっていき、最後はロンドンで(妻や娘達に続いて自分も)餓死同然の最後を遂げる羽目に陥っている。ちなみにプルードンは既に1865年に亡くなっており、獄中でパリ・コミューンから大統領に占拠されたブランキが健康上の理由で釈放されたのは1879年(1881年脳卒中で死去)。
    第1インターナショナルの分裂とカール・マルクスの悲壮な最後

  • マルクスの遺稿を手中に納めたエンゲルスが、その編纂を通じて「無謬の預言者マルクス」像を樹立しようと試みるも、1860年代よりマルクスの提唱してきた資本主義窮乏説そのものが「産業革命の大量生産・大量消費サイクルを回す為には消費の主体が伝統的インテリ/ブルジョワ/政治的エリート階層から新興ブルジョワ階層や庶民に推移せねばならない」現実に直面して寿命を迎えてしまう。
    ベル・エポック時代の到来と資本主義窮乏説の終焉

マルクス派が修正主義論争に明け暮れていた時代、実際に勝利を手中に収めたのはサン=シモン主義を継承した開発独裁と社会民主主義だった。だがまさにその勝利の結果として現れた新たな対称性(閉塞状態)こそが、それを打破しようとする新たな抵抗を生み出した。

日本の現行似非フェミニスト達が頑固として高市早苗総理大臣も片山さつき大臣も小野田紀美大臣も同じ女と認めるのを拒み続けている様に、当時のインテリ階層も産業革命浸透の恩恵だけは人並みに受けつつ「馬上のサン=シモン」皇帝ナポレオン3世の開発独裁的手法や「鉄血宰相」ビスマルクの福祉国家構想が相応の成果を挙げた事を頑固として認め様としませんでした。ロラン・バルト「エッフェル塔」はエッフェル塔反対運動の筆頭株だったモーパッサン(Henri René Albert Guy de Maupassant, 1850年~1893年)が、その一方で毎日エッフェル塔1Fに通い詰めだったエピソードを紹介しています。「矛盾してませんか?」という質問に「何も矛盾していない。ここだけがパリで唯一エッフェル塔が見えない場所だからだ」と答えたとの事。一次が万事この調子…

この部分に目を背けてはいけません。まさにジンメル「貨幣の歴史(Philosophie Des Gelde, 1900年)」の主題「(心より出て型に入り、型より出て心に入る)生の形而上学」に由来するサイクル、すなわち

  • 「産業革命導入が遅々として進まない」といった積年の課題が解決する。

  • すると水面下から「貨幣市場経済の急拡大を受けて労使関係の緊張感も高まる」といった新たな課題が浮上してくる。

といった「問題がそれなりの正解を得る頃には、最初の計画時点では視野に入ってなかった新たな問題の解決の方が重要となってくる繰り返し」が全く理解出来なくなってしまうからです。そしてここに「(それぞれの時代において何が正しいか定める)時代精神(Zeitgeist)の切り替わりはロゴス(Logos=理性,論理)でなくパトス(Pathos=情緒,情念)が推進する」なるヘーゲル哲学の応用概念が浮上してくる必然性もまた見逃してしまうのです。
普仏戦争以降のフランスにおけるドイツ文化受容が生んだロマン主義の象徴主義への変遷と「生成する実在」を肯定するベルクソン哲学の登場
ジンメルの「生の形而上学」と、ベル・エポック期における社会民主主義の勝利が生み出した新たな閉塞感

坂口安吾が日本に紹介したフランス行動主義、すなわち「肉体に思考させよ。肉体にとっては行動が言葉。それだけが新たな時代の知性と倫理観を生み出す」なる考え方の大源流。そして「民主主義の害は、王権なる無意味で不合理な存在をあえて中心に据えることで防げる」なる立場から君主制を支持したアクション・フランセーズのシャルル・モーラス(Charles-Marie-Photius Maurras、1868年~1952年)が、「もちろん大衆もまたその様な無意味で不合理な中心となり得る」と発言してオルレアニストから追放される一方、フランスへのマルクス主義の再紹介者にして革命的サンディカリスム(Syndicalisme révolutionnaire)概念の提唱者でもあるジョルジュ・ソレル(Georges Sorel, 1847年~1922年)が、少なくともモーラスの直接行動主義(Action Directe)自体については同意を示した時点で「右翼(王党派)」と「左翼(共和派)」を峻別する意味は消失したのです。
ベル・エポックの光と影。そしてシャルル・モーラスとジョルジュ・ソレルの直接行動主義
革命的サンディカリスム概念成立に至る歴史

「羊頭を掲げて狗肉を売る」共産主義の危うい綱渡りの始まり

ここで改めて思い出すべきは、カール・マルクスの思想そのものに「前衛党」論や「民主集中制」の概念は含まれないという事。そう、まさにイエス・キリストの生涯を後世に伝える新約聖書に教会の概念が全く登場しない様に。新訳聖書に教会組織の概念が存在しない様に、マルクスの著作にも共産党や民主集中制の概念が存在しないのでは?

そして「ゴータ綱領批判(Kritik des Gothaer Programms, 1875年)」によってマルクス派から峻別されたドイツの社会民主主義者達がSPD(Sozialdemokratische Partei Deutschlands=ドイツ社会民主党, 1863年)を結成して権力に到達した(議会制民主主義の一端に取り付けた)一方、マルクス派はその内部派閥として存在したのみ。さらにフランスにおいては「鉄道技師を隠居したソレルの1890年代以降の啓蒙活動が再紹介になった」と目されるほど完全に忘れ去られてしまっています。その代わりこの時代、次第に不気味なまでに存在感を増していったのがマルクス自身の思想のさらなる大源流、すなわち「バブーフの陰謀(1796年)」で知られるフランソワ・ノエル・バブーフ(François Noël Babeuf, 1760年~1797年)と「一揆主義(Blanquisme)」の由来となったオーギュスト・ブランキ(Louis Auguste Blanqui,1805年~1881年)。しかも当時のイデオロギーにおけるこの部分自体は今日なお全く古びておらず、21世紀においてなお通じる普遍性を維持し続けていたりするから厄介極まる次第。

「バブーフの陰謀(1796年)」の現代性

まず彼が反旗を翻した「フランス革命の残骸としてのテルミドール体制(総裁政府)」がどうやって出現したかについて遡らねばなりません。

  • フランス革命の最中にジロンド派の指導者ブリッソー(Jacques Pierre Brissot, 1754年~1793年)は、売文家上がりのポピュリストで人気取りの為に革命戦争を開始したが、たちまち第一次対仏同盟が結成され四面楚歌の状況に追い込まれフランス自体が存続の危機に立たされる。流言蜚語と内ゲバに明け暮れる混乱に乗じて権力を手中に収めたのがロベスピエール(Maximilien François Marie Isidore de Robespierre, 1758年~1794年)ら山岳派で、何の打開策も打ち出せずオロオロと言い訳を繰り返すばかりのジロンド派だけでなく大規模な汚職が発覚したエベール派やダントン派なども容赦無く処刑していった(恐怖政治)。
    山岳派と恐怖政治(1793年9月-1794年7月)

  • 恐怖政治は四面楚歌の状況を打破する秘策として国民皆兵制を打ち出したが、スペインや英国との交易で潤っていた地域中心に激烈な内乱が勃発。これを激烈な虐殺で抑え込んだが国民皆兵制導入が功を奏して戦況が安定すると落ち着きを取り戻した国民が虐殺の責任の追求を始める。これもまぁ「問題がそれなりの正解を得る頃には、最初の計画時点では視野に入ってなかった新たな問題の解決の方が重要となってくる繰り返し」の摂理の一環といえよう。ここで「虐殺責任なんて全部現場に押し付けてしまえ」と考えたロベスピエールら公安委員会側と虐殺を直接担当した現地指揮官達の利害が衝突して内ゲバが発生、陰謀と人殺しに慣れた後者が勝利して逆にロベスピエールら公安委員会側に全責任を押し付ける事に成功してフランス革命は終焉する(テルミドール9日のクーデター,1793年)。
    国民皆兵制履行と表裏一体の関係にあったフランス恐怖政治の残虐行為、特にヴァンデ、リヨン、ナント、ボルドー、トゥーロンの虐殺について。

  • 従って、こうして権力奪取に成功したテルミドール体制(総裁政府)は必然的に「マルセイユとトゥーロンの虐殺者」ポール・バラス(Paul Barras, Paul François Jean Nicolas, vicomte de Barras, 1755年~1829年)、「リヨンの霞弾虐殺者」ジョセフ・フーシェ(Joseph Fouché, 1759年~1820年)、「九月虐殺とボルドーの虐殺者」タリアン(Jean-Lambert Tallien, 1762年~1820年)といった「如何なるビジョンも持ち合わせておらず陰謀と殺人くらいしか脳のない破落戸の寄せ集め」となり、当然政治や経済を立て直す能力もなく、「革命のモグラ」シェイエス/シーエス(Emmanuel-Joseph Sieyès, 1748年~1836年)が王党派の反乱を鎮圧する為に抜擢したナポレオン・ボナパルト将軍に全権を握られてしまったのだった。

まさに、こんな絶望感のみが漂うテルミドール体制/総裁政府時代(1794年~1795年)だったにも関わらず、その時に蜂起した革命家がフランソワ・ノエル・バブーフ(François Noël Babeuf, 1760年~1797年)くらいしかいなかった事が彼の名前が歴史に刻まれた主要因。また当人こそ「バブーフの陰謀」があった年のうちに処刑されましたが、一緒に蜂起したイタリア出身の盟友ブオナローティ(Filippo Giuseppe Maria Ludovico Buonarroti, 1761年~1837年)はその後も生き延びて彼についての記録を出版し、カルボナリ運動やチャーティスト運動に参加して「革命の長老」と呼ばれながらその偉業を広め続けています。
テルミドール体制(1794~1795)と総裁政府時代(1795~1799)
カルボナリ運動やチャーティスト運動に参加したブオナローティ

それではこの物語のうち、21世紀に伝えられた「現代人にも共感可能な残滓」は一体どの部分なのでしょう? それぞれ興行成績20億円超えを達成した村瀬修功監督映画「機動戦士ガンダム・閃光のハサウェイ(富野由悠季原作1989年~1990年, 第一部2021年,第二部2026年)」にはヒロインのギギ・アンダルシアが「マフティのやり方、正しくないよ」と指摘する場面や主人公のハサウェイ・ノアが「じゃあ教えてくれよ。この仕組みの深さを破壊する方法を」とごちる場面などが名台詞としてSNSなどで広く膾炙されましたが、まさにこの部分がそれに該当。

「じゃあ教えてくれよ。この仕組みの深さを破壊する方法を」

  • 何処かに気に入らない部分があるにせよ容易には相転移が起こせない事が自明な圧倒的対称性を誇示する現代社会とどう対峙するか?

  • それ自体間違いと分かっていながら、それでもその人なりの理由があって挑戦する人を無碍に否定出来るか?

これは圏論でいう「持ち上げ(Lifting)」の話。この様な問い掛けに対して一般的に「(まぁフィクションの世界の話だし)ハサウェイ・ノアの試みについてはその辿り着く先を見極めたい」「(そもそも惰性で老人が続けてるだけだし、現実の世界で死人を出し続けながら一向に反省しない)沖縄の活動家は許せない」なる峻別のされ方をするのが21世紀的感覚となる訳ですね。
圏論の方法論を歴史研究に持ち込む場合には、遺物編年史や史料批判の結果から得られた事象集合に各時代区分を超えて存続する同一対象を見出し、その様な持ち上げ(Lifting)を起こした引き戻し(Pullback)や押し出し(Pushout)や自由関手/忘却関手の組を推察する。

  • まぁフィクションの世界の話だし」…とりあえず「ハサウェイだって巻き添えでどんどん人が死んでいくじゃん。現実の革命と何が違うんだ?」みたいな(もはや現実と空想の区別もつかなくなった方々からの)指摘を回避する為にこういう書き方をしたものの、実際にはフィクション、特に日本のフィクションの世界におけるこの辺りの問題意識の解像度の高まりには目を見張るものがあり、まさにその流れこそがますます「思考停止して時代についていくのをやめた活動家達」を孤立させてきた現実も厳然として存在する。例えば最近劇場版アニメ制作が発表された魚豊「ひゃくえむ(2018年~2019年)」で展開される「勝利を巡る哲学的会話」。

もし誰かがどのジャンルにせよ「革命」を起こそうとすればこうして莫大な量積み上げられてきたシミュレーション結果それぞれに相応の説明を持たねばなりません。それが現代社会、ことに「シミュレーション結果の積み上げが莫大な」日本における対称性の正体という訳です。
物理学と数学を横断する対称性概念は「夜をどんな速度で疾駆しても見上げる星の位置が変わらない」「曲線上の3点が1直線に並ぶ微小領域」「回転の順番が問題とならない微小時間」の世界。

「ブランキズム(Blanquisme)」の現代性

そのフランソワ・ノエル・バブーフから「武装した少数精鋭の秘密結社による権力の奪取」「人民武装による独裁」といった戦術を継承したオーギュスト・ブランキ(Louis Auguste Blanqui、1805年~1881年)なる人物、伊達に「欧州で一番危険な革命家」と目されてた訳ではなく、やる事為す事本当に無茶苦茶。でもそのせいで「六月蜂起失敗」「パリ・コミューン失敗」といった活動家の大量検挙/処刑に至る大事件に際しては常に刑務所の中にいて無事生涯を全うした僥倖の人でもあります。
ブランキズム(Blanquisme)とは?

  • この人の思想=政治哲学においてとにかく強力なのは「浜の真砂が尽きるとも、世から革命の種は尽きまじ」ただし「革命家が革命家のまま勝利の栄光に浴する日は決して訪れない。何故なら如何なる権力奪取の成功も、常に次の瞬間からの新たな反体制運動弾圧の始まりしか意味しないからである」なるニヒリズムを今日なお誰も論駁出来ていない事。

  • ちなみにある意味、かかる「19世紀欧州で最も危険とされた革命家」を21世紀に甦らせたのが「機動戦士ガンダムGQuuuuuuX(2025年)」に登場sするシャア・アズナブルとも。もちろんシャア・アズナブルは多くのシリーズ作品に登場してそれぞれ重要な役割を担わされてきた訳ですが、この作品におけるシャア・アズナブルの在り方こそがオーギュスト・ブランキの振る舞いに通じる「いつ何の為にどんな行動を起こすか本当に誰にも予測出来ず、しかもその一環として味方も平気で餌食にする無軌道振り」を最も適切に体現している様に見受けられるという話。

  • ちなみにGeminiにまとめさせたら「二人とも上位の権力(ジオン、あるいは革命政府)に縛られず自らの信念・目的のみに従って「敵か味方か」の境界を曖昧にして行動。その無軌道な行動が敵だけでなく味方にも「次は何をするか分からない」という恐怖と混乱を与えた点が共通している」と要約した。こちら側の持ち上げ(Lifting)はまぁそんな感じ。

その様な存在に対して21世紀の現代人はどう反応したか? 最終回、ずっと行方不明になったシャアを探し続けてきたシャリア・ブルは久し振りに目の前に現れた彼をいきなり背後から不意打ちして「(やがて「逆襲のシャア」のシャアの様に旧人類殲滅の様な極端な手段に走るのが明白なので)生かしておけない!!」と断言。その後、ララァと再開するラストシーンについても「ララァさん、そいつ毎晩娼館で覚えた手管の限りを尽くして2度とベッドから這い出す事も出来ない骨抜きにしてやって!!」的応援がネットで飛び交う有様。どうやら彼の様な存在が(フィクションの世界ならともかく)21世紀に現実の世界に復活する事を歓迎する気配は微塵も存在しない模様?

こうした現実に困った立場に追いやられたのが共産主義、特に「オーギュスト・ブランキの味方殺し戦術」に従って成立した以下の二政権は最初から手遅れだったとしか…

  • ロシア革命を始めたメンシェビキから政権を横取りするのに成功したボルシェビキ=ソ連共産党

  • 日中戦争の勝者となった国民党から政権を横取りするのに成功した中国共産党

2月革命政府に襲いかかったオーギュスト・ブランキ」と「ロシア革命を始めた始めたメンシェビキから政権を横取りしたボルシェビキ(ソ連共産党)」と「日中戦争の勝者となった国民党から政権を横取りした中国共産党」

何しろ「オーギュスト・ブランキの方法論」にはシェークスピア悲劇「マクベス(Macbeth,1606年頃)」における魔女の預言よろしく「革命の成功者は以降体制側へと転じ、次の革命に倒される側に回る」なる呪いの章句が付帯しています。「その部分は間違ってました!!」といくら叫ぼうとも、既にソ連はこの世に存在せず…
シェークスピア悲劇「マクベス(Macbeth,1606年頃)」における魔女の預言

そもそも共産主義は「人類進化のゴール」などではないとも?

  • 上掲の「旧体制打倒を別集団にやらせて、その後に共産主義がその成果を横取りする」オーギュスト・ブランキの横取り作戦をより精緻な形で定式化したのがレーニンの2段階革命論といえよう。
    レーニンの2段階革命論

  • だが現実はその通り運ばなかった。まだ正気だった頃の佐藤優によれば「共産主義を卒業した」東欧諸国においては「共産主義とは(封建制残滓の払拭など、当初の目的を果たし終えると自然に剥がれ落ちる)瘡蓋(かさぶた)の様なものである」なる考え方が広く定着しているという。そういえば台湾も韓国も開発独裁によって相応の国力を備えた後に民主化をスムーズに成功させた。大日本帝国はこれらの国に議会制民主主義を伝えなかったが、資本主義経済が一定段階まで成熟すると自明の場合としてそれへの移行が勝手に進んだ訳である。これだけ世界には「卒業」の実例が溢れているというのに、どうして日本においてはそういう観点からの議論が存在しないのであろう? 一説によれば「中国共産党に配慮して日本のマスコミが厳重な報道管制を敷いてるから」とも言われている(棒読み)。

現代的感覚だと「シャア=ブランキ的存在は、良くも悪くも全体としてああである事自体に対称性が備わってるので、自分に都合良い部分だけ抜き出して「綺麗なシャア=ブランキ」を拵える事なんて不可能だよ(だから全面的に受容するか、全体として敬遠するかしかない)」の一言で終わってしまう話なんですね。

こうして「マクベスの魔女の唱和」が聞こえてきたところで以下続報…


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