北海道の旅#65|岡山から帯広へ。長男の車を次男に引き継ぐ春の日
2025年4月2日。
深夜1時すぎに道の駅おとふけへ到着して、運転席で少し眠った。

目が覚めたのは3時50分。
フロントガラスの向こうが、ぼんやり白み始めている。
毛布を身体に巻きつけても、首筋から冷たい空気が入ってくる。
さぶっ。
そこで思い出したのが、処分するために車に積んでいた昔のゴールデンベアのスタジャン。
布団代わりにかぶってみると、これが意外と暖かい。
手放そうかと思っていた一着だったけど、
「これは売らんとこ」
と、北海道の朝に生き残りが決まった。
前回の話はこちらです。
このシリーズのまとめ記事はこちらになります。
関西から北海道へ通いながら、車中泊で北海道ワーケーションを実践している記録です。
北海道の旅日記2025
岡山から北海道へ。ようやく目的地に着いた
今回の北海道旅には、ワーケーションとは別に大きな目的があった。
岡山の大学を卒業した長男が乗っていた車を、帯広で暮らす次男へ届けること。
長男はこの春から就職。
次男は帯広で大学2年目を迎える。
兄が使っていた車を、今度は弟が使う。
そのために、関西から敦賀へ走り、フェリーに乗り、北海道へ渡り、夜の日勝峠を越えてきた。
ここまで来て、ようやく目的地。
帯広である。

車だけではない。
岡山で長男が使っていたラックやテレビ、生活用品も一緒に運んできた。

荷物を降ろしていくと、だんだん車の中が空いていく。
同時に、次男の部屋には少しずつ物が増えていく。
兄の暮らしが終わり、その一部が弟の暮らしに移っていく。
大げさな儀式はない。
キーを渡して、荷物を運ぶ。
それだけ。
でも、こういうのが家族のバトンタッチなんやろうなと思う。
一年前は、次男の新生活を作っていた
帯広の拠点に荷物を運び込む。
ラック。テレビ。プリンター。カラーボックス。
うまい具合に玄関横のスペースへ収まるものもあって、ひとつ片づくたびに少し気持ちが軽くなる。
外を見ると、大学へ入学したばかりらしい学生と親御さんたちが、あちこちで引っ越し作業をしていた。
そういえば、ちょうど一年前。
自分もここで同じようなことをしていた。
次男が北海道で暮らし始めるために、荷物を運んで、家具を置いて、生活できる形を作った。
あれから一年。
今度は岡山で学生生活を終えた長男の荷物を、帯広へ持ってきている。
春は、家族の荷物がよく動く。
そして、そのたびに誰かの生活が少し変わる。
車の中も、もう一度作り直す
荷物を下ろしたら、次は北海道に置いてある白のハイゼットカーゴを整える。
北海道で使っている車中泊用の車だ。
荷物を下ろしたあとは、北海道に置いてあるハイゼットカーゴも2025年の車中泊仕様へ作り直した。
床をいったん空っぽにして、カーペットから敷き直す。ここから先は長くなるので、これはまた別の話にしよう。
兄から弟へ渡ったのは、車だけではなかった
今回運んできたものの中には、次男には必要ないものもあった。
服。雑貨。細かな生活用品。
そういうものは、そのまま置いておいても仕方がない。
使うものと、使わないものに分ける。
売るものは売る。
捨てるものは捨てる。
兄が使っていたものを、そのまま全部弟が引き継ぐわけではない。
必要なものだけ残して、次男の暮らしに合わせていく。
それでいいんやと思う。
家族だからといって、全部残す必要はない。
使えるものを次につなぐ。
それ以外は手放す。
その方が、物も人も前に進みやすい。
昼ごはんは、予定通りにはいかない
ひと段落したところで、次男と昼ごはんへ。
向かったのは、更別にある中華料理店。
次男が春休みにアルバイトしていた職場の近くにある店で、以前、一緒に働いていた先輩にあんかけ焼きそばをごちそうしてもらったらしい。
かなり大きくて、おいしかったそうだ。
「親父にも食べさせたかった」
ということで向かった。
こういう一言は、ちょっと嬉しい。
ところが店に着くと、
貸し切り。
北海道まで車を運んできたのに、昼ごはんは簡単には運ばせてもらえない。
仕方なく帯広へ戻る。

次に向かった店では、いつも食べていたポークチャップを注文しようとしたら、

メニューから消えていた。
本日2連敗。
こういう日はある。
結局、ハラミステーキとハンバーグを食べることにした。

これはこれで、しっかりうまい。
予定通りではないけれど、腹は満たされた。
旅なんて、だいたいそんなもんやと思う。
岡山、西宮、帯広。なぜか服が集まる
午後は荷物の整理。
岡山から持ってきた服や、西宮から来た雑貨もまとめてセカンドストリートへ持っていった。
査定額は19,200円。
思っていたより高い。
待っている間、車の中でふと思う。
なんで自分は今、帯広で岡山と西宮の服を売っているんやろう。
地図で見ると、なかなか壮大な断捨離である。
物を動かしているだけなのに、その後ろには家族それぞれの生活がある。
長男は岡山から東京へ。
次男は帯広で2年目へ。
自分はその間を車で走っている。
「シロ」が、ただの白いハイゼットに戻った日
もうひとつ、この日に小さな区切りがあった。
北海道で使っている白いハイゼットカーゴ。
同じような白い軽バンが多く、駐車場で見分けづらい。
そこで以前、ライトの上にシールを貼って目印にしていた。
眉毛みたいに見えたので、この車を「シロ」と呼んでいた。
ところが、一冬越して雪にさらされ、片方のシールが剥がれていた。
片眉だけ残っている。
これはこれで妙に味はある。

でも、この日、残った方も剥がすことにした。
シール剥がしを買って、きれいに取る。
これで「シロ」は、ただの白いハイゼットカーゴに戻った。
もう一度眉毛をつけようとは思わなかった。
大したことではない。
でも、ひとつの時期が終わったような気がした。
車を届ける旅は、ここでひと区切り
長男が岡山で乗っていた車を、北海道へ運ぶ。
その車を、帯広で暮らす次男へ引き継ぐ。
今回の旅で最初に決まっていた大きな目的は、これで達成した。
関西を出て、
伏見を歩き、
琵琶湖を北上し、
敦賀からフェリーへ乗り、
海の上で一日過ごし、
北海道に上陸。
むかわ町に寄り、
マイナス7度の日勝峠を越え、
ようやく帯広まで来た。
長かった。
でも、車はちゃんと次の持ち主のところへ届いた。
兄から弟へ。
岡山から帯広へ。
これでひとつ、春の用事が片づいた。
さて。
車を届けたからといって、すぐ関西へ帰るわけではない。
せっかく北海道まで来た。
ここからは、もう少し仕事をしながら十勝を走ってみようと思う。
車を届ける旅は終わった。
北海道ワーケーションは、まだこれからだ。
書いている人はこちらです。
関西から北海道へ通いながら、車中泊で北海道ワーケーションを実践しています。
