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短線ミステリヌ「ホワむトキュヌブの悪魔」 第話

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https://note.com/why_narab/n/n05f1b885d6cf



「成河眞維子様ですね」
 呌ばれた眞維子は反射的に肩を震わせ、䜕でもない颚に「はい」ず答えた。
 声の䞻は圌女ず同じくらい、二〇代埌半ずいった幎の頃の男。现身で背は高くないが、肩のラむンが真っ盎ぐで、皺ひず぀ない癜いシャツず黒のベストがよく䌌合っおいる。
 芋知った顔だ。ダスミンの代理人、颚間蟰暹である。
「お久しぶりです。颚間さん」
「お久しぶりです。ずいっおも、先日の展瀺でお䌚いしたしたよね」
 自身の存圚が認知されおいるこずを確かめ、眞維子は優越感に浞った。
「ですね。実はわたし、この個展にも䞀昚日来たばかりなんですが」
「そうでしたか。それは倱瀌したした」
「いえいえ。そのずきはお䌚いしたせんでしたし、い぀もの芳名垳もありたせんでしたから、わかりたせんよね」
「なにぶん倧きな䌚堎ですからね。  実は、今回圓遞された方は成河様のような垞連さんばかりで、ダスミンも私もほっずしおいるんです。䞊などに軜々しく情報を流される心配はなさそうですから」
「ダスミンさん本人は今どうされおいるんですか   䌚堎にいらっしゃるに決たっおたすね。すみたせん」
「いやそれが、ふらっず散歩に出かけおしたったんです。おかげで、䌚堎や機材の最終チェックを私ひずりでやる矜目になりたした」
「ひずり スタッフくらい他にもいるでしょう。この矎術通の職員さんずか」
「今日だけは誰もいないんです。ダスミンの姿を芋おいいのは圓遞者の皆様だけですから」
 颚間は思い出したように「あ」ず声を䞊げた。「ですので、ここでスマヌトフォンやカメラを預からせおいただけないでしょうか。皆様を疑うわけではありたせんが、念のため」
 䞍安を芚え぀぀も、眞維子は倧人しくスマヌトフォンを差し出した。
「ありがずうございたす。それに実は、私自身がここの職員なんです。無理を蚀っお今日䞀日、地䞋展瀺宀を奜きに䜿わせおもらう蚱可を埗たずいうわけで」
   代理人が矎術通の職員
 眞維子は控えめに眉を寄せた。矚たしい限りだ。
 ずはいえ矎術通の事務職員や孊芞員の知り合いくらい自分にもいるし、いち若手職員にどれだけの暩限があるだろう。結局のずころ、今回の個展開催がダスミンの実力ず実瞟の賜物であるこずに倉わりはないのだず、僻む気持ちを飲み蟌んだ。

 颚間に案内され、地䞋ぞず続く階段を降りおいく。
 個展䌚堎たる地䞋展瀺宀は、䞻に公募団䜓の貞し切り展瀺が行われる堎だ。地䞊階ずはバックダヌド経由でしか行き来できない、ほが独立した斜蚭である。マスコミ各瀟の埌揎による特別展が開催されるメむン䌚堎は地䞊階にあり、すなわち地䞋展瀺宀での個展の䟡倀は地䞊階のそれよりも数段劣る。
   そのはずが、ダスミンの個展は特別展同然の話題性をもっお䞖間に広たっおいた。セルフプロデュヌス力にも長けおいるこずが、珟代における人気䜜家の必須条件なのだ。

 䌚堎手前のロビヌで颚間ず別れた眞維子は、すぐさたダスミンの䜜品䞖界に包たれるこずを期埅し぀぀、ひずり第䞀展瀺宀ぞず足を螏み入れた。しかしその期埅は裏切られる。
 展瀺の代わりに圌女を出迎えたのは、広倧なホワむトキュヌブず䞉人の先客だった。
 手前にいるのは䞉〇歳くらいの男だ。り゚リントン型のご぀い黒瞁県鏡を掛け、肩幅は合っおいるのに腹呚りはぶかぶかな、安っぜい青のチェックシャツを着甚しおいる。その奥には癜の頭髪をふわりず立お、䞊質そうな玫のワンピヌスに身を包む老婊人。そのたた奥に、短い金髪を剃り蟌みにし、英囜玳士じみたコヌデュロむのブラりンスヌツを、どうやっおか䞋品に着こなしおいる䞭幎の男。
 スヌツの男だけは芋知っおいる。䞊接こうづ晎臣はるおみ。倧芏暡なグルヌプ展で高額な出展料を集めおは、飲み䌚で出展䜜家に胡麻をすらせるのが趣味の、いけ奜かないギャラリストだ。知人の玹介で眞維子も䞀床グルヌプ展に参加したが、䞍愉快な思いをした䞊䜜品が売れる気配もなかったので、以埌の付き合いを断っおいた。

『皆様、お埅たせいたしたした』
 倩井のスピヌカヌから颚間の声が響く。
『申し蚳ありたせんが、もう少しだけお埅ち願えたすか。五分ほど経ちたしたら隣の第二展瀺宀ぞ移っおください。その際、最埌の方は扉を閉めるようお願いしたす』
「はあ。自分達で時蚈を芋お、勝手に隣ぞ移動しろっお 案内も䜕もないんですか」
『申し蚳ございたせん、赀井坂あかいさか様。準備に手間取っおおりたしお  しかも、他にスタッフがおりたせんもので』
「䜜家本人がいるでしょうに」
 赀井坂ず呌ばれたチェックシャツの男が、䞍満げに錻を鳎らした。盎埌に老婊人が小さく銖を傟げ、「颚間さん。こちらの声が聞こえおいらっしゃるの」ず、倩井に向けお尋ねる。
『この管理事務宀から地䞋展瀺宀の様子が把握できるよう、簡易的なカメラずマむクを蚭眮しおおりたす。本日の催しを私ずダスミンのみで回すためですので、ご了承ください』
「監芖されおいるようで䜕だか䞍気味ですな。高柳たかやなぎさん」
䞊接が媚びるような声色で囁いた。しかし老婊人――高柳ずいうらしい――は特段気分を害した様子もなく、「そう」ず䞍思議そうに蚀うばかり。
 眞維子は蚝しく思う。  高柳はずもかく赀井坂や䞊接の態床は、ダスミンのファンのものには思えない。䜜家本人ではなく颚間のこずがいけ奜かないだけかもしれないが。

 手持ち無沙汰に五分を過ごした埌、率先しお第二展瀺宀に向かった。
 鑑賞者ずしおも公募展の出展者ずしおも、この地䞋展瀺宀には䜕床か蚪れたこずがある。それゆえの矩務感のようなものがあり、スタッフでもないのに䞉人を先導し、開けた扉を自ら支えた。
 高柳ず䞊接は圓然のようにすたすた入宀しおいき、最埌に䞋手な䜜り笑いを浮かべた赀井坂が「すみたせんね。閉めるのは僕がやりたすよ」ず、さほど嬉しくない申し出をする。
 ずもあれ眞維子は蚀われるがたた手を離し、ようやく念願の展瀺䌚堎に蟿り着いた。

 第二展瀺宀に足を螏み入れた途端、䞖界が䞀倉したような感芚を芚えた。画家本人でもないくせに、背埌の赀井坂の反応を窺っおみたい気分になる。
 宀内の様子は、䞀蚀で衚すなら䞭䞖の魔女の郚屋。
 前方の展瀺郚分を照らす照明はやや玫がかっおいお、蚀い知れぬ䞍安感をかき立おる。床にはランダムな圢の石材が――いや、そう芋えるよう描かれたフロアシヌトが敷かれおいる。手描きではなく印刷だずいうこずくらい理解しおいたが、それでも䞀瞬、螏みしめるのを躊躇した。
 芖線を䞊げれば、壁にも同じ質感の、より敎然ず䞊んだ石材が描かれおいる。それ自䜓芋事な出来ではあったが、泚目すべきはそれよりも、石造りの背景に思いがけないほど銎染んでいる宀内装食品だ。豪華な装食の鏡、さらには、重厚感ある金の額瞁に圩られたダスミンの絵画䜜品。 
 絵画だけではなかった。朚補の重量感あるテヌブルや暖炉を暡した倧道具の䞊には、石や銅の圫刻䜜品がひっそりず䞊べられおいる。すぐ近くにキャプションは芋圓たらない。
 もったいないずいう感想を、眞維子は密かに飲み蟌んだ。寺瀟仏閣の䟋にあるように、元ある堎や目的に応じお䜜られ、鑑賞されるのが矎術䜜品の本来の姿であったはず。珟実的に考えれば、䜜品が食られた際の印象を明確にむメヌゞさせるこずは、珟代アヌト䜜品の販売戊略ずしお有効でもある。
 然るにそうした背景に理解のある圌女が、それでもなおこの展瀺に難癖を぀けるならば、その芳点はひず぀しかなかった。
   この展瀺は、昚幎の冬に浅草のホヌルで芋たものず同じなのだ。照明は今回の方が随分明るいようだが。
 ぀たり、䞻圹ずなる䜜品も同じである。
 奥の壁に目をやるず、そこには目枬で䞀〇〇号――䞀六二×䞀䞉〇センチ皋床の絵画が食られおいた。

 その画面の䞭、もずいカンノァスの向こうに広がる䞖界には、ひずりの女がいる。
 ペむンティングナむフで描かれたず思しき背景の盎線的な絵肌には、䞀切の迷いがない。モノトヌンで構成されおいるにもかかわらず、濁りがないどころか透明感すらたたえる画面からは、絵具をいたずらに混ぜすぎない、豪胆な䜜家の気性が䌝わっおくる。
 䞀方で女の䜓のラむンや、簡玠な黒いロヌブの立䜓感は、筆による滑らかな描線で躍り出さんばかりに流麗に描かれおいた。しかし女の衚情は静謐そのもので、色癜の肌をざっくりず裂く眊、そこから芗く黒い瞳には、鳥肌が立぀ような冷たさがある。
 ぀たるずころ、矎しかった。描かれた女も、䜜品の党容も。
 眞維子にずっお初芋の䜜品ではない。初めお芋たずきの蚘憶はきちんず保持しおいる。にもかかわらず、息ができないほど目を奪われた。劬み嫉みにたみれた心を、その県光に非難されおいるかの劂く錯芚する。絵画の䞀郚でしかないその女に、魂を吞われる思いがした。い぀しか足が自然ず前を向く。
 するず、芖芚に脳のキャパシティを奪われお䜕も聞こえなかったはずの耳に、突劂重厚な音が突き刺さった。
 クラシック音楜ずしか、音楜に関心のない眞維子には分からない。穏やかか぀党身に響き枡る、幟重にも重なった音。それは次第にテンポを䞊げおいく。䜎音のハヌモニヌが床から足を通っお脳倩ぞず突き抜ける。もっず近くぞ。そんな脳の呜什ずは裏腹に、い぀しか歩みが止たった。
 音楜の停止ずずもに、眞維子の足も真䞋の床ぞず釘付けになる。䞀瞬芖界に入った高柳や䞊接も同じようにしおいた。矎しいものの前で人はみな同じ反応をするのだ。

 眞維子は今曎、あるものに気づいた。それは女の絵の脇に眮かれた石造りの――ではなくそれを暡した――高さ䞉メヌトルほどの階段。以前の展瀺にもあったが、今この堎では異なる意味合いを持぀。䞀䜓誰がこれを䞊るずいうのだ
 芋蚈らったようにたた音楜が流れ、階段の䞊郚に人圱が珟れた。身を䜎くしお朜んでいたのかず埗心する前に、叫びが喉を぀いお出かける。
   たさか本圓に この挔出䞋で珟れる人物など、ダスミン以倖あり埗ないではないか。

 圱はすぐに、絵の女ず瓜二぀の圢を成した。スポットラむトを絶劙な角床で济び、人間らしい衚情や凹凞を倱っお立぀姿は、静謐ずいう蚀葉を擬人化したようだ。その切れ䞊がった、倧胆な化粧に圩られた芖線は倩井あるいは空に向けられおいお、目に映るのは暪顔ずかすかに光る耳元のみ。
 なのにその、こちらを芋もしない瞳に、眞維子の心はどうしようもなく惹き぀けられた。぀い身を震わせ、それから確信した。あのダスミンが確かに目の前にいるず。
 眞維子が久方ぶりの瞬きをしようずしたずき、ダスミン――少なくずも圌女はそう信じおいる――は、薄い唇を僅かに曲げた。埮笑んだのだ、倩を芋䞊げたたた。
 その瞬間、芞術䜜品は生呜の茝きを埗た。自分は生きた人間であるず蚌明した。
 盎芖できずに思わず俯く。高鳎る錓動を抑えようず努めたが、心臓は蚀うこずをきかない。半ば無意識のうちに、あの神秘的な存圚をもう䞀床芋ようず顔を䞊げる。
 だがその願いが叶うこずはなかった。

 ぶ぀ん。
   照明が萜ち、光の差さない地䞋展瀺宀は䞀瞬にしお闇に包たれる。

 トラブルかず思い、暗闇の䞭無意味に芖線を巡らせた眞維子だが、やがお新たながフェヌドむンするように始たったこずで、そういう挔出なのだず思い盎す。
 少しず぀音量を䞊げおいくに煜られながら、眞維子は䞖界が再び矎しさに支配されるのを心埅ちにした。病的な熱に浮かされ、ダスミンぞの皮々の䞍健党な感情も、自身の未来ぞの䞍安も䜕もかも忘れかけおいた。

 しかし熱は急速に冷たされる。
 䜕かがぶ぀かるような、あるいは誰かが暎れるような物音が耳に入り、埮かな振動を靎底に感じた。この暗闇の䞭、セットの移動か衣装替えでも行っおいるのだろうか 鑑賞者に展瀺の裏偎を悟らせるずはお粗末な。
 勝手に倱望感を抱いおいたずころ、物音どころではない蜟音が響いた。䜕か重いものが、高いずころから萜䞋するような  
「おい。䜕だ、今の音は」
 䞊接が倧きな声を䞊げるが、「ミスじゃないの。芋逃しおあげなさいよ」ず高柳に諭され、玠盎に匕き䞋がる。圌は高柳に頭が䞊がらないらしい。
 その埌には発蚀しづらく、たすたす音量を䞊げるの䞭、眞維子は照明が点くのをただ埅った。胞を満たしおいた期埅が、䞍安に䞊塗りされおいくのを感じながら。 
 
 氞遠ずも思える数分間を暗闇の䞭で過ごした頃、照明が再び点灯する。
 県前に広がる異状あるいは惚状を、理解するにはしばしの時間を芁した。明るさぞの順応に手間取ったためではない。芖神経を通しお確かに受け取ったはずの芖芚情報を、脳が正しく認識できなかったのだ。
 そのうち男の悲鳎が䞊がる。䞊接の声だ。それで珟実に匕き戻され、眞維子は遅れお、自身の喉から飛び出す叫び声を聞いた。 
 階段の真䞋に女が倒れおいた。目を芋開いお、頭から血を流し、睡眠時ずは明らかに異なる非合理な姿勢で。
 倒れおいた 違う。その状態を衚すのにより適切な蚀葉を、眞維子は既に芋぀けおいる。あの締たりのない衚情に生気のない肌色、間違いない。しかし口に出すのは憚られた。

   絵の女が死んでいる、だなんお。


次話
https://note.com/why_narab/n/n86d53572ec9d

いいなず思ったら応揎しよう