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県立工業高校サバイバル・番外編10 日本海ツーリング(後編)天橋立横断と酷道オフロードの話

朝の久美浜は静かだった。
離れの部屋の障子越しに差し込む光が、海の町の朝をゆっくり知らせてくる。
トイレのお札も明るいところで見ると、怖さは半減した。

布団から起き上がり、離れた母屋の食事部屋へ向かうと、テーブルの上には、これでもかというほど魚が並んでいた。

焼き魚、煮付け、刺身、味噌汁、その味噌汁の中にも魚。
どれも新鮮で旨い。
旨いのだが——

「……もう魚ええわ」

哲司が小声でつぶやく。
昨日の夕食も魚づくし、今日もほぼ魚。
うれしいけれど、正直、もう鼻から魚が出そうだった。
パンが食いたい。

「食べとけ食べとけ。せっかく日本海来てんねんから」

江藤は朝から元気だ。
昨日イカに吸い付かれた口元の跡がまだ残っているのが、妙におかしい。

「お世話になりました。ありがとう。」
『また来てね、お気をつけて』

見送ってくれた民宿のおばちゃんもサービス満点だった。
腹を満たし、原付にまたがる。
2日目の旅が始まった。

今日もいい天気だ。
久美浜から少し走ると、絶景の海沿いの道が広がり、やがて天橋立に着いた。
まずは高台の展望所へ向かう。

「ここから覗くんやで」

江藤が言う。
股の下から天橋立を覗くと、細い砂州が空に吸い込まれるように見えた。

「うわ……ほんまに天に架かっとるみたいやん」

森戸が感心している。
私も思わず息をのんだ。
海と空の境目が曖昧になり、景色がひっくり返るような不思議な感覚だった。

しばらく見惚れたあと、松並木の細い道へ原付で降りていく。
松並木の影が揺れ、海の匂いが風に混じる。
砂地でタイヤが取られ原付がふらつくが、迷惑にならないようにエンジン音を控えめにして走る。

「砂でハンドル取られるわ……」

森戸が慎重に前を走る。
江藤は前で鼻歌を歌いながら走っている。
さすがに、この神聖な場所での屁は一切なかった。
原付で天橋立を走る、いや、渡るという、贅沢な時間だ。

天橋立を抜け、舞鶴から綾部へ向かう。
山間の静かな道が続き、車は全く通っていない。
そして、国道173号線に入った瞬間、道の雰囲気が変わった。

舗装が荒れ、砂利が浮き、アスファルトが割れている。
しばらく走ると、ついに完全なオフロード区間に突入した。

「……これ、どこまで続くんやろ。まずいんちゃう?」

私は思わずつぶやいた。
ほんまに国道か?
地図では間違いなく篠山へ続いている。
どこまでダートなのか、本当に分からない。

「押すしかないわ」

哲司が原付を降りて、汗だくになりながら押し始める。
私も森戸も続く。

江藤はというと、
「ケツ痛いけど頑張るで!」
と意味不明な宣言をしながら押していた。

山の静けさの中、原付を押す音だけが響く。
不安と笑いが入り混じった、妙に記憶に残る時間だった。
オフロードを抜け、舗装路に戻った頃には、みんな汗だくで疲れ切っていた。
いや、これは国道というより、酷道だ。

篠山に入ると、国道沿いにぽつんと農協の購買部があった。

「焼き芋あるで。食べようや」

紙袋に入った焼き芋は、ほくほくで甘く、疲れた体に染みた。

「うま……これ、めちゃくちゃうまいわ」

哲司が目を細める。

そのときだった。
江藤が前でケツを上げて、プッとやった。

「江藤!屁早すぎへん?焼き芋、口に入れたばっかりやん」

森戸がニヤッとして、江藤の原付にまたがり、でかい屁をした。

「お前、なんで俺のバイクで屁すんねん!!」

江藤が叫び、私と哲司は腹を抱えて笑った。
焼き芋の甘さと、江藤の叫び声が妙に混ざり合って、
旅の疲れがどこかへ吹き飛んだ。

そこからさらに南下し、池田へ向かう途中のドライブインで遅い昼食をとることにした。
大皿にエビフライが2本、キャベツ、味噌汁、そして……

「……なんやこのソース。マヨネーズみたいで気持ち悪いわ」

哲司が顔をしかめた。
昨日の “マヨネーズ事件” を思い出して、私と森戸は吹き出した。

「お前、マヨネーズに呪われてるんちゃうか」

江藤が笑いながら言う。
哲司は本気で嫌そうな顔をしていた。

午後の陽が傾き始め、池田へ向かう道はどこか寂しげだった。
原付のエンジン音が、旅の終わりを告げているように聞こえる。

「また行こう」

誰が言ったのか分からない。
でも、その言葉にみんなが頷いた。

久美浜の魚攻めの朝食、天橋立の股のぞき、砂地の松並木、
173号線のオフロード、篠山の焼き芋と屁の応酬、
そしてドライブインのエビフライ。

全部が特別なものになった。
私たちの旅は、笑いと疲れと、少しの寂しさを乗せて、池田へと帰っていった。

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