権威主義的思想からの脱却
高市首相を受け入れるかどうかを争点にした2026年2月の衆議院議員選挙は、多様な個人を尊重する社会か、秩序や国を優先する社会かを選択する選挙だったと思います。(関連投稿1)その結果、自民党が歴史的な大勝を勝ち取りました。それを受けて予想通り、高市政権は日本を秩序や国を優先する社会、すなわち権威主義国家へ変貌させるために「働いて×5」しているように思います。(関連投稿2、関連投稿3)
権威主義体制とは、下記の特徴を持つ体制と定義されています。
(ウィキペディアによる)
・自由や多様性を制限し、個人の権利よりも共同体の統一や秩序を優先
・民族主義的要素を伴う場合、異文化や少数派に対する抑圧や排除が制度的
に進められる
このように権威主義体制は、民主主義や自由主義とは対照的な価値観を持つ体制です。このような体制を望みますか?
権威主義体制に向けて精力的に動いている高市政権の支持率が低下傾向とはいえ、50%越えの高水準にある 4)(調査媒体によって、ばらつきがありますが 5))というのは、全く理解できません。
日本だけではなく、権威主義的な思想を持つ人が増え、その思想が幅を利かせる社会情勢になってきたように感じます。権威主義的な思想を持つ要因やそれが幅を利かせる社会環境を考えてみたいと思います。
そもそも、ウィキペディアによると権威主義的な思想(性格)とは、「硬直化した思考により強者や権威を無批判に受け入れ、少数派を憎む社会的性格(パーソナリティ)」とのことです。権威主義的パーソナリティが形成される要因としては、生育環境とそもそもの遺伝的要素があるように思います。また、社会的環境によって、そのような思想が社会に受け入れやすくなるようです。
権威主義的パーソナリティについての代表的な論考として、ファシズム(ナチズム)がなぜ大衆に受け入れられたのかという分析をしたテオドール・アドルノらが1950年に発表した共同研究『権威主義的パーソナリティ』があります。6) 彼らによると権威主義的パーソナリティは下記のように分析できるとのことです。
① 心理的な要因
・不確実性への恐怖:複雑な社会情勢や変化を恐れる
・白黒思考の選好:物事を「善か悪か」で明確に分けたい欲求が働く
・秩序への強い執着:予測可能な環境や明確なルールに安心感を抱く
② 集団心理とアイデンティティ
・強い帰属意識:特定の国家、民族、組織への過剰な一体感を求める
・内集団と外集団の分断:身内を過剰に優遇し、他者を排除することで自己肯定感を高める
・強力な指導者への依存:カリスマ的なリーダーに従うことで、個人の不安を解消しようとする
このようなパーソナリティが形成される要因は、下記のような幼少期の厳格な家庭教育にあるとアドルノらは指摘しています。
・親から絶対的な服従を求められて育った経験
⇒親への怒りや不満(反抗心)を直接ぶつけることができないので、怒りや不満は無意識下に抑圧され、大人になったとき、その抑圧された攻撃性が、自分より弱い立場の人々(外国人、少数派、部下など)へと向けられる。
⇒自分で主体的に考え、判断する「自我」が育ちにくいため、社会のルールや強者の意見に依存しがちになる。また、そのため親の持つ保守的・権威的な価値観をそのまま受け継ぐ。同時にかつての「強い親」の身代わりとして、国家やカリスマ的指導者(権威)には絶対服従する。
自分ではコントロールできない幼少期の生育環境の影響により、権威主義的性格が形成されるのは、ある意味、やむを得ないことかもしれません。
一方、権威主義的性格が形成される要因としては、遺伝的な要因もあるように思います。それは、不確実性に対して感じる恐怖の度合いです。上述したように、権威主義的性格が形成される心理的な大きな要因として、複雑な社会情勢や変化を恐れることがあるといわれています。集団としてホモサピエンスが進化していく中で、遺伝的に変化をとても恐れる人と恐れない人とが、集団内に存在することは、集団維持のために必要な多様性の一つなのかもしれません。
また、上述したような権威主義的なパーソナリティを色濃く持っていない人でも、下記のような社会・経済的な不安により権威主義的な思想に取り込まれてしまう可能性があるそうです。
・急速な社会変化による伝統的な価値観の崩壊やグローバル化に不安や脅威
を感じる
・経済的な困窮による生活の不安定さが、強力なリーダーによる救済を求め
る心理を生む
・自分の地位や権利が他者に脅かされていると不満を感じる
これらは、トランプ大統領に投票した米国の人々の心理を見事に表しているように思います。
このような社会に対する不安や不満への「心理的防衛反応」として、自分よりはるかに大きな存在(国家や指導者)と一体化すること、すなわち権威主義的な思想に取り込まれる可能性があるということです。
また、効率性やコントロールばかりを重視する社会では、人間が組織の部品のようになり、主体的な批判精神を失いやすくなるようです。その結果、自ら考えることをやめて、長いものにうまく巻かれて「楽に」生きることを選択することも要因だと思います。変化が激しい現代社会では、上記のような社会・経済的要因で権威主義的な思想が力を持つ傾向にあることが、説明できると思います。
独裁者は、権威主義的性格に病的な自己愛が加算されたパーソナリティのように思えます。権威主義的性格の形成要因である幼少期の厳格な家庭教育は、同時に病的な自己愛も育むようで、ヒトラーやプーチン、トランプに共通しているようです。7)
高市首相も母親が厳格で、閣僚になってからもビンタされたと本人が語っています。また、教育勅語を暗記していた両親から小学生の時に自身も教育勅語を学んだとのことです。8) 高市首相も権威主義的パーソナリティ+強い自己愛が形成されているにおいがします。(関連投稿9)
高市首相を支持している理由のトップは「リーダシップがある」で30.5%だそうです。5) ちなみに2位は「首相を信頼する」の18.9%です。権威主義的パーソナリティに加え、強い自己愛をもっているがゆえの、人の意見を聞かない独善的な振る舞いが「リーダシップがある」「信頼できる」ととられているのでしょう。高市首相を支持している人にも「カリスマ的なリーダーに従うことで、個人の不安を解消しようとする」という権威主義的パーソナリティの片鱗がみてとれます。このように、日本でも激しい変化に対する不安が権威主義的な感覚の拡大をよんでいて、それが高市政権支持の一端を担っているように思えます。
しかし、人類自らが招いた激烈な現代の社会変化(これまでのホモサピエンスの進化を促した環境変化よりはるかに激しい)の中でも、多くの人が権威に頼ることなく、主体的な批判精神を失わず、自ら考える態度を持つことが重要だと思います。同時に、みんなが安心して生活できる社会を目指すことで、権威に頼ってしまう人を減らすことができるのではないかと思います。
みんなが安心して生活できる社会は、高市政権が進めている権威主義国家とは対照的な社会、すなわち、個人の自由や権利が享受でき、多様な選択が可能な、少数者や弱者にやさしい、活力ある社会だと思います。
いったん権威主義社会になってしまうと、その社会の性格上、そこから抜け出ることは難しいでしょう。抜け出るためには、行きつくところまで行って、犠牲を伴うような闘争や革命的な変革が必要になってしまうでしょう。軍事独裁の権威主義体制から民主主義体制に変貌した韓国は稀有な例だと思います。(韓国民主化闘争の実話を描いた社会派ドラマ 10)
図1のような社会・経済的な不安が権威主義を育むような負のスパイラルに陥ることなく、図2のような「みんなが安心して生活できる社会」の実現による正のスパイラルになればと思います。繰り返しになりますが、そのためには、権威に頼ることなく、主体的な批判精神を失わず、自ら考える態度を持つことが必要なのだと思います。


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