日本も権威主義国家へまっしぐら~国の秩序や権力者の権力維持強化を最優先~
高市政権は、喫緊の物価高対策やナフサ・原油危機等の市民生活のための政策や少子高齢化対策等、中長期的な大きな課題のための政策検討には熱心ではないようです。一方、自民党への企業・団体献金でゆがめられた産業界優遇政策(関連投稿1)や戦争準備のための政策(関連投稿2)、その土台となる権威主義国家化のための政策検討を加速しています。
ちなみにウィキペディアによると、権威主義体制とは、下記のような民主主義や自由主義とは対照的な価値観を持つ体制とされています。
・自由や多様性を制限し、個人の権利よりも共同体の統一や秩序を優先
・民族主義的要素を伴う場合、異文化や少数派に対する抑圧や排除が制度的
に進められることがある
自由や多様性を制限し、個人の権利よりも共同体の統一や秩序を優先する点では、国旗損壊罪の制定や国家情報局・国家情報会議の新設、「スパイ防止法」の制定検討等の具体的動きがあります。
異文化や少数派に対する制度的な抑圧・排除については、外国人に対する規制強化があげられます。
国旗損壊罪は、日本国旗の損壊を罪に問おうという法律で、今国会中の法案成立を目指しています。しかし、その法律が「なぜ必要か」を示す根拠(立法事実)がありません。また、国家がその価値観を国民に押し付け、その結果として表現の自由の制限につながりかねません。本当の狙いは、国が愛国心を強制する、ないし、国がそういう雰囲気を醸成することにあるようです。(関連投稿3)
インテリジェンス(情報収集・分析)強化を狙った国家情報局・国家情報会議の新設は、個人情報やプライバシーの侵害の懸念、国会による監視やブレーキの仕組み等が不十分で民主的統制が欠如していると批判されています。4) しかしながら、国の行政機関の設置、任務、所掌事務、組織構造などを定める行政組織法という建付けのためか、議論は低調で、今国会で成立の見込みです。5)
自民党と日本維新の会が交わした連立政権合意書には、国家情報局・国家情報会議の新設の次に「インテリジェンス・スパイ防止関連法制について法案を策定し成立させる」と明記されています。6) それを受け、2026年の夏にスパイ防止法制に関する政府の「有識者会議」を発足させ、具体的な制度設計の議論を本格化させるようです。7)
「スパイ防止法」の必要性については、閣議決定された答弁書*8)で、当時の石破内閣は「情報収集・分析体制の充実・強化、違法行為の取り締まり徹底などに取り組んでいる」ことを理由に日本がスパイ天国であるとの揶揄を公式に否定しています。にもかかわらず、「スパイ防止法」の制定を高市政権が検討しようとしているのは、スパイではなく「普通の」国民の動向を監視する「国民監視法」を制定したいのではないかと思います。
*2025年8月15日付れいわ新選組代表の山本参議院議員(当時)の質問主意書に対する答弁書
高市首相は4月17日の衆院内閣委員会で、「国家情報会議」創設法案を巡り、「政府の政策に反対するデモや集会に参加していることのみを理由として、『普通の市民』が調査対象になることは想定し難い」と述べています。9)「普通の市民」とはだれがどう定義するのでしょうか?権力者が権力者に都合がよいように定義するリスクがあると思います。また、言葉尻かもしれませんが、「想定しない」ではなく、「想定し難い」と発言しており、想定する余地を残している(残したい)ように感じます。
実際、高市首相は総務大臣時代の2016年2月に、放送局が政治的公平性を欠く放送を繰り返した場合、電波法に基づく「電波停止(停波)」を命じる可能性に言及しました。表現の自由や報道への介入を巡り大きな議論となり、東京弁護士会から抗議の会長声明がだされています。10) ここには、政府に批判的な動きを弾圧したい高市首相の欲求が見て取れます。
権威主義国家は、政府に批判的な動きの情報を収集して、場合によっては弾圧しています。戦前の治安維持法の適用拡大の歴史を考えると、日本でも「スパイ防止法」の運用により、政府に批判的な動きの情報収集やそれに対する弾圧が合法化される可能性があると思います。
実話に基づいた韓国映画の「弁護人」11)や「1987、ある闘いの真実」12)には、軍事独裁国家だった韓国で、「普通の市民」がスパイにでっちあげられる恐怖が描かれています。その映画を見るとスパイ防止法がもつ潜在的な力と恐怖が具体的にイメージできると思います。
異文化や少数派に対する抑圧や排除が制度的に進められるという点では、排外主義的なマインドが醸成されつつあります。それに乗じて、多くの政党が外国人政策を重要な政治的な争点にするようになり、高市政権も外国人規制強化施策を打ち出しています。(関連投稿13)
高市政権は発足後半年がたちました。上記のように優先しているのは、物価高対策等の市民生活のための施策ではないようです。国民の自由や多様性を制限し、個人の権利よりも国の秩序や権力者の権力維持・強化を最優先し、少数派に対する抑圧や排除を制度的に進める権威主義体制への道を精力的に進めています。
その結果、選挙制度はあるけれども、不自由で活力のない内向きな「選挙権威主義国家」に日本が落ちぶれるのかもしれません。中国やロシア、軍事政権下の韓国、オルバン政権下(退陣しましたが)のハンガリーのような。
高市首相が総理大臣になる前の発言や復古的で権威主義的な政治スタンス等を考えると、このような状況になるのは十分に予測できたことだと思います。しかし、実際にこのような状況が見えてきても、高市政権の支持率が低下傾向とは言え、50%越えの高水準にある14)というのは、まったく理解できません。
もしかしたら、多くの日本人は、エーリヒ・フロムがいう「自由からの逃走」15)状態にあり、長いものにうまく巻かれていればよい「選挙権威主義国家」が好きなのかもしれません。
責任は伴うものの自分の自由や権利を享受できる社会ならば、あまり考えずに長いものにうまく巻かれて「楽に」生きることを選択することも可能だと思います。しかし、逆に「選挙権威主義国家」のような社会体制では、自分の自由や権利を享受することは難しくなってしまうように思います。
権威主義体制ではなく、人々が自由や権利を享受でき、多様な選択が可能な社会であってほしいと切に思います。
日本だけではなく、権威主義的な思想を持つ人が増え、その思想が幅を利かせる社会情勢になってきたように感じます。その原因についても考える必要があるように思います。
1) 関連投稿
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4)
5)
6) 自民党と日本維新の会が交わした連立政権合意書 P6
7)
8)参議院議員山本太郎君提出「日本はスパイ天国」という評価及び「スパイ防止法」制定に関する質問の答弁書(閣議決定)
9)
10)
11)
12)
13) 関連投稿
14)
15)
