【第五話】遺骨を、どこへ戻せばいいのか分からなかった
※この連載を始めた理由はこちら
亡くなったあとも、
手続きは続きます。
私は死後事務受任者として、
葬儀や納骨の段取りを進めていました。
通夜と葬儀を終え、
火葬場へ向かう。
炉の前で手を合わせ、
しばらく待機室で時間を過ごす。
そのあと、
収骨室で遺骨を骨壺へ納める。
白い骨壺を受け取ったあと、
ふと手が止まりました。
——この遺骨を、どこへ戻せばいいんだろう。
本来であれば、
遺骨はいったん自宅へ戻ります。
四十九日まで、
後飾りの祭壇をつくり、
線香をあげ、
花を供える。
そして親族が集まり、
納骨の日を迎える。
けれど、
今回のケースには、
その「戻る家」がありませんでした。
故人は長く施設で生活されていました。
施設は、
生活の場所ではありましたが、
亡くなったあとも
そのまま遺骨を置いておける場所ではありません。
退去手続きも進めなければならない。
荷物の整理もしなければならない。
けれど、
納骨までの間、
誰かが遺骨を預からなければいけません。
だからといって、
私の事務所や自宅へ
持ち帰るわけにもいきませんでした。
親族もいない。
引き取る人もいない。
最終的に、
ご住職が納骨まで
預かってくださることになりました。
火葬場で受け取った骨壺は、
そのまま寺院へ運びました。
自宅へ戻る予定は、
ありませんでした。
事前に、
お墓をどうするか、
についてはもちろん決めていました。
故人には、
お墓を継ぐ親族がいませんでした。
結果として、
墓じまいを行い、
永代供養という形を選ぶことになりました。
実際問題として、
そうするしかなかったとも言えます。
けれど、
私は今でも考えることがあります。
もし、
家のことを、
もう少し早く整理できていたら。
もし、
親族とのつながりを、
少しだけでも辿れていたら。
違う形も、
あったのかもしれません。
もちろん、
墓じまいも、
永代供養も、
現代では大切な選択肢です。
私は、
それ自体を否定したいわけではありません。
ただ、
「他に方法がなかった」のか。
それとも、
「自分で選んだ」のか。
その違いは、
とても大きい気がするのです。
お墓の問題は、
法律だけでは整理できません。
昔からの慣習。
家ごとの考え方。
親族同士の距離感。
そこには、
制度だけでは支えきれない現実があります。
「遠くの親戚より近くの他人」
そんな言葉があります。
たしかに、
人生の後半を支えてくれるのは、
近くの他人なのかもしれません。
けれど、
遠くの親戚でなければ、
引き受けられない問題もある。
私は、
この仕事を通して、
そう感じる場面が何度もありました。
お墓をどうするのか。
誰に託すのか。
そもそも、自分はどこへ入るのか。
それは、
亡くなってから突然決まる話ではなく、
「自分が、どう生きてきたのか」
とも繋がっているのかもしれません。
私は、
家系図や先祖調査の仕事を通して、
「家のことを知る」
というのは、
過去を調べることだけではないと思っています。
これから先、
自分がどう生きるのか。
誰と繋がっていたいのか。
何を遺したいのか。
その選択肢に、
気づくための作業でもある。
そんな気がしています。
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