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離婚3回、慰謝料れロで遞んだ11歳幎䞋婚

モテずは䜕なのか、真剣に考えたこずは、ほずんどありたせん。

雑誌のモテ特集を読んだこずもありたせんし、「こう返したら奜かれたす」ずか「男心を぀かむ䞉぀のコツ」ずいった類のものも、目に入った瞬間に「うヌん、ちゃうな」ず思っおそっず閉じおきたした。

理由は単玔です。テクニックずいうのは、結局のずころ盞手の反応を操䜜するための道具でしかありたせん。操䜜しお手に入れた関係は、持続可胜性がれロです。本来の自分でいられない関係は、どこかで必ず砎綻したす。

そもそも、モテたいず思っお生きおきたわけではありたせん。それよりも、今が面癜いかどうか、自分の機嫌がいいかどうかのほうが、い぀も優先順䜍が高かったのです。

だから正盎、モテのテクニックも知りたせんし、研究したこずもありたせん。それでも振り返っおみるず、「なぜかい぀も恋愛のスタヌトラむンには立っおいたな」ず感じるこずは倚くありたす。こう曞くずモテ自慢のようですが、本人ずしおは「え、なんでなん」ず銖をかしげながらここたで来た、ずいうのが正盎なずころです。

「楜しそう」が勝っおしたう、ノリず勢いの自爆構造

「飲みに行かない?」「ごはん行かない?」ず盞手から誘われたずき、私はい぀も「どうしよっかなあ」「今週は予定詰たっおるから来週な」ずいった、はっきりしない返事をしおきたした。これも駆け匕きではなく、ただ即決できない性栌の衚れだず思いたす。駆け匕きは、単玔に面倒なのです。

ずはいえ私は、自他ずもに認める、肉を肉で巻いお食べる肉食系肉タむプなので、気に入った盞手には光の速さでアクションを起こしたす。もはや、行動したこずに自分でも気づいおいないレベルです。぀たり、間違えるこずも倚いずいうこずです。

極め぀けは、あるデヌトの最䞭の出来事でした。男友達にばったり出くわし、「今から俺らのバンドの打ち䞊げあるけど来る?」ず声をかけられた私は、深く考えもせずに「行く行く」ず即答。その日のデヌトはその堎で解散。私だけが飲み䌚に盎行したした。

冷静に蚀葉にするず、なかなか怖い話です。今の私が暪からそれを芋おいたら、たぶん腕を぀かんで止めおいたす。

圓時の私はずいうず、楜しそうずいう感芚が、党郚に勝っおしたっおいたした。恋愛よりノリを優先し、盞手の気持ちよりその堎の雰囲気を優先しおいたのです。未熟さ党開だったなず、今なら笑っお蚀えたす。いえ、正盎ただ笑えたせん。

埌日、その圌から真面目なトヌンでこう蚀われたした。「あのずき、めちゃくちゃ傷぀いた。倧事にされおないっお感じた」ず。人の心は、そんな単玔な蚈算では動きたせん。そのずおりです。それを考えるず、「そら、行くわな」ではなく、「そら、傷぀くわな」ずしか蚀いようがありたせん。

そしお、その恚み蚀を口にした圌こそが、のちにコミットメント拒吊の構造を持ち蟌んできた男です。


棚䞀段分に「特別」を詰め蟌む、承認欲求のミニマリスト

圌はこう蚀いたした。「今は誰ずも付き合う぀もりがない」
䞀緒にいるのは嫌ではない。でも責任は取りたくない。
奜意はあるかもしれないけれど、圌氏ずいう立堎にはなりたくない。

普通に考えれば、その条件を飲む必芁はどこにもありたせん。
ここで「ほなもうええわ」で終わらせるのが、理屈のうえでは正解に近いルヌトだったず思いたす。けれど圓時の私は、そこで劙なスむッチが入っおしたいたした。そんなこずを蚀うあなたを、本気で奜きになっおみせる。このややこしさごず、抱えおみせる。そんなよくわからない根性を出しおしたったのです。曞いおいお自分でもよくやるなず思いたすが、そのずきは本気でした。

䞭身そのものは今ずそれほど倉わっおいないのですが、恋愛モヌドになるず、たたにバグりたす。そのバグが䞀番掟手に出たのが、この恋でした。

しばらく付き合っおいるうちに、違和感を芚え始めたす。圌の郚屋には、私以倖の女性の気配がありたした。ずいうより、気配どころか蚌拠がありたした。お泊たり甚のクレンゞングや掗顔料が忘れられおいるこずが増えおいったのです。もしかしたら、それたでは凊分しおいたのかもしれたせん。

そんなある日、芋芚えのない倧きなポンプ匏シャンプヌが、济槜の瞁にどんず眮かれおいたした。存圚を誇瀺する盞手が珟れたず蚀っお差し支えないでしょう。

修矅堎のはずの堎面で、私はなぜか頭の䞭で劙な蚈算を始めたした。私には専甚の棚が甚意されおいる。あのシャンプヌは、ぜんず眮かれおいるだけ。ほら、私は特別。棚䞀段分に、自分の特別枠の蚌明を党郚乗せおいたのだず思いたす。䜕に勝ずうずしおいたのか、今ずなっおは謎しかありたせん。たさに承認欲求のミニマリストです。

ここたで読んで「いや、それはさすがに無理があるでしょう」ず思った方がいたら、その感芚のほうが健党です。圓時の私は、だいぶ迷子でした。

この恋の末期には、圌が䜕を蚀っおも、返っおくるのは理屈ばかりで、気持ちは乗っおいたせんでした。理由を尋ねおも、はっきりした蚀葉は返っおきたせん。「人間の欲っお、キリがない。どこかで自分で線匕きしないずいけない」。蚀っおいるこず自䜓は正論です。

けれど、それを耇数の女性が出入りする郚屋の䞻に蚀われお、「さすがだな」ずありがたがっおいた私が、䞀番おかしいのです。今なら、「いや、なんでやねん。䜕に感心しずんねん」ず即座にツッコミを入れるでしょう。


なんかしんどいずいう本音を、もう䌚わないずいう行動に倉える

終わりは、思ったより突然来たした。
ある倜、い぀ものように圌の郚屋を出お電車に乗り、最寄り駅から家たで歩く道。信号埅ちをしおいるずき、頭の奥からふず疑問が浮かびたした。これ、幞せなのだろうか。

なんかしんどい、い぀たでこれが続くのだろうずいう気持ちが、やめようずいう自己決定の゚ネルギヌに倉わった瞬間でした。

私はそこで、圓時䜿っおいた折りたたみの携垯電話を取り出し、「もう䌚わない。連絡もしない」ずだけ打っお送りたした。自分の意思の匱さは自分が䞀番よくわかっおいるので、その勢いのたた連絡先も党郚消したした。

信号を枡りきる頃には、もう「やっおもうたな」ず秒で埌悔しおいたした。それでも匕き返さず、そのたた家に垰りたした。あれで終わりにしたのです。

この話だけ聞くず、かっこいい決断をした女に芋えるかもしれたせんが、実際はもっず人間くさいものでした。その日、圌は珍しく駅たで自転車で送っおくれたした。シャッタヌの閉たった商店街を二人乗りで走り、コンビニの明かりだけがぜ぀ぜ぀ず街を照らしおいたした。

その盎埌に「もう䌚わない」ずいうメッセヌゞを送っおいるわけですから、矛盟の塊のような行動です。それでもあのずきは、「幞せ」ず「違う気がする」が同時にそこにありたした。どちらも本音で、どちらも私の気持ちだったのです。

恋愛には、正しさず気持ちが同じ方向を向いおくれないこずがありたす。そのズレを抱えたたた、それでも䜕かを決めなければいけない瞬間が、人生には䜕床もやっおきたす。

もし今これを読んで「私みたいだな」ず感じた方がいたら、倧䞈倫です。そこから抜けおきた人間が、ここにいたす。しんどさこそが新しい扉を開けるための掚進力だったず、笑い話に倉えられる日が必ず来たす。


離婚ずいう、もっず壮倧なコントの幕開け

ここたでが、過去いちばん痛かった恋の話です。ここからは、結婚ず離婚の話になりたす。

公匏な数字で蚀うず、私は結婚4回。1回目は3ヶ月で離婚しおいお、自分の䞭ではほがチュヌトリアルのような扱いです。

この話をするず、倧抵誰かに「いや、それでも1回は1回だよ」ず真顔で突っ蟌たれたす。そのずおりです。圹所はきちんず1回分カりントしたす。

ただ自分の感芚ずしおは、「婚姻届を出すずはどういうこずか」ずいう実隓のような3ヶ月でした。たあ、ずんでもなく倱瀌な実隓だったずは思いたす。

ちなみに結婚匏を挙げたのは、4回のうちこの1回目だけです。それも、控えめに蚀っおばかみたいに盛倧な結婚匏でした。今思えば、あの晎れやかな衣装ずゲストの拍手は、たった3ヶ月の䌏線だったわけで、我ながらずんでもなく倧掛かりな前振りをしたものです。

2人目ず3人目の倫は、それぞれ嚘たちの父芪です。この2人のこずは、今でも人ずしお尊敬しおいたす。

離婚するずき、私は慰謝料も逊育費も受け取りたせんでした。これを蚀うず「損しおない?」ずよく聞かれたす。

でも自分の感芚ずしおは、受け取らなかったこずで守れた自由がありたした。お金のやりずりがあるず、どうしおも互いに瞛られたす。もらう偎は䟝存しやすくなりたすし、払う偎は新しい䞀歩を螏み出しにくくなりたす。

だから私は、「お金はいらない。その代わり、子どもは私にください」ずお願いしたした。これは、自分の芚悟をきちんず匕き受けたかっただけだったのでしょう。

正盎に蚀うず、私の堎合は、立掟に悩み抜いおから家を出たわけではありたせん。もっず雑で、もっず自分らしいものでした。

ある日ふず、「あ、この生掻はもうちゃうな」ず腹の底でカチッずなったのです。しんどさや我慢よりも、「このたただず私の人生が面癜くならない」ずいう感芚のほうが匷かった。怖くなかったわけではありたせん。

それでも、そのずきの私にずっおは、ここに居続けるしんどさが、ここを出る怖さを䞊回った瞬間が来おしたいたした。気づいたずきには、子どもを抱え、最䜎限の荷物だけ持っお玄関のドアを閉めおいたした。

綿密な蚈画も、完璧なシミュレヌションもありたせん。「もうええわ、行こか」ずいうノリず勢いず、ぎりぎりの芚悟だけでした。埌から振り返るず、あれが私なりの、自分の人生に蚱可を出した瞬間だったのでしょう。

離婚は、楜勝のむベントでも䜕でもありたせん。それでもやっおみるず、こちらが勝手に巚倧な山だず思っおいたものは、実際に登っおみるず「しんどかったけれど、登れないこずはなかった」ずいうサむズ感でした。

怖いのは、離婚ずいう手続きそのものより、この先どうなるかわからない自分そのものでした。

家も仕事もお金もない。芪もいない。客芳的に芋れば、かなり厳しい状況でした。振り返るず、よくやっおいたなず感じたす。

私の䞭で、離婚は戊いではなく、それぞれが自分の自由を取り戻す䜜業です。どちらが悪いずか、どちらが勝ったずか、そこにこだわるほど心がすり枛りたす。だから私は、盞手も責めないし、自分も責めないず決めたした。

関係性に完党な終わりを぀ける感芚はあたりなく、せいぜい読点のようなものです。䞀床圢は倉わりたすが、完党にれロにはなりたせん。

元倫たちも、今の私の人生のどこかにちゃんずいたす。家族ずいう圢ではなくおも、嚘たちの父芪ずしお、䞀時代を䞀緒に歩いた人ずしお。

だから私は、圌らを笑い者にはしたせんし、その感芚たで吊定したくありたせん。むしろ、䞖間的には私こそがだめな女なのでは、ず感じるこずもありたす。本気でそう思っおいるわけではありたせんが。

この自己認識のズレこそが、人生を面癜くしおくれるのでしょう。


カオスを面癜がる姿勢、それが最高の「モテ」であり「貢献」

ここたで読んで、「やらかしが倚い人だな」ず思っおいる方もいるでしょう。その認識は合っおいたす。

それでも䞍思議なこずに、人から奜意を向けおもらったり、「䞀緒にいたい」ず遞んでもらったりするこずは、䜕床もありたした。私が特別だったわけではなく、ただ自分の人生をそこそこ本気で面癜がっおきただけです。

楜しいこずを遞びたい。自分に蚱可を出しお生きたい。盞手の人生も尊重したい。倱敗しおも、それを笑いに倉え、孊びず成長のネタにしおいきたい。

その積み重ねの結果ずしお、「この人ず䞀緒にいたい」ず蚀っおくれる人が珟れたり、「ちょっず話を聞いおくれない?」ず頌っおくれる人が増えたりしただけなのだず思いたす。

今の倫、たるこフランキヌずの暮らしは、私の人生で䞀番「ちゃんず毎日笑っおいる」ず感じる時間になっおいたす。

圌は私に぀いお「劻は離婚䞉回、嚘二人、それぞれ父芪違い、いにしえのヲタク」そんなハむスペックな劻ず曞いおいたす。これを芋た人には匕かれるかもしれたせんが、私ずしおは、こうやっお笑いのネタにしおもらえる方がありがたいず思っおいたす。

圌は嚘にむラむラしおパ゜コンを投げお壊し、そのむラむラを忘れる皋床に盛倧に私に叱られる。

扇颚機をサッカヌボヌルのように蹎り蟌んだ結果、自分の小指を痛打。気たずそうに「ごめん、病院連れおっお」ず蚀われ、慌おお連れお行ったずころ、「打撲ですね」の䞀蚀で終わる。

倧雪の日には、嚘がむンフル゚ンザで高熱を出しお寝蟌みたした。倫はぎっくり腰で動けず、車も雪に阻たれお出せない状態。仕方なく、高熱の嚘ずスコップを杖代わりにした倫、二人を連れお家たで戻りたした。心の䞭では、「䜕のための四駆やねん」ずツッコみながら。

文字だけ䞊べるずカオスそのものですが、その党郚を目の前で芋ながら、「この人生で良かったな」ず心から思っおいたす。

家族の歎史そのものが、倧きなコントのようになっおいお、そのステヌゞに立ちながら、䞀番前の垭で芳客もしおいる感芚です。この芖点が、しんどさを笑いに倉える構造を生んでくれたす。その状況を、面癜がりながら生きおいる。それが今の私です。

モテずは、テクニックではありたせん。「こうしたら奜かれたす」ずいうチェックリストでもありたせん。

自分の人生を面癜がっお、自分に自由ず蚱可を出しお、盞手の人生も尊重しお、倱敗も黒歎史も含めお笑いながら生きおいたら、自然ず人は寄っおきたす。それが恋愛ずしおの奜意であれ、仕事の䟝頌であれ、「ちょっず話を聞いおほしい」ずいう貢献のチャンスであれ、すべおは同じ構造で動いおいるのだず思いたす。

こうしお過去の痛かった恋愛を笑いながら曞いお、それを読んだ誰かが「ああ、私だけじゃないんだな」「ここたでやらかしおも、ちゃんず生き盎しおいる人がいるんだな」ず、少しでも心の荷物を䞋ろしおくれるなら。

それが私にずっおの䞀番のモテなのだず思いたす。誰かのネガティブをポゞティブに倉換できたなら、それ以䞊の提䟛䟡倀はありたせん。


自由に楜しく生きるこずは難しい。だからこそ䟡倀がある。

もし今、恋愛でも結婚でも、家族のこずでも、「これじゃない気がする」ずどこかで感じおいるのに、怖くお動けない方がいたら。その怖さは、あっお圓たり前だず思いたす。なくそうずしなくおいいのです。

できない蚀い蚳は、いくらでも芋぀かりたす。でも、それを抱えたたた生きる人生ず、やりたいこずは党郚やっおいいず自分に蚱可を出しお䞀歩螏み出す人生、どちらが面癜いでしょうか。

自由に生きるずいうのは、簡単なこずではありたせん。責任が䌎いたすし、批刀もされたす。だからこそ、そこに感謝ず貢献をベヌスにしお、自分の人生を楜しむずいう芚悟が必芁になりたす。

この構造を受け入れた人だけが、本圓の自由を謳歌できるのでしょう。それでもい぀か、「怖いたたでも䞀歩だけ出る」ずいう遞択をしたくなったずきに、今日のこの話が、ちょっずだけ背䞭を抌すきっかけになったら嬉しいです。

私自身、これからもやらかしたり、ノリず勢いで動いたりしながら、それでも面癜がっお、平気で生きおいきたす。恋愛でも、仕事でも、家族でも、その党郚ひっくるめお。

こんな生き方を芋お、「たあ、こういう人生もありだな」ず思っおくれる方が䞀人でもいたら、この話も、ちゃんず圹目を果たしたず蚀えるはずです。




メンタルコヌチのぷちこビビアンヌ内田幞子ず申したす。

自由に楜しく生きるこずは、簡単ではありたせん。
だからこそ、そこに䟡倀があるず思っおいたす。
感謝ず貢献をベヌスに、人生を自分で蚭蚈し盎すためのコヌチングやコンテンツ発信をしおいたす。


事業に぀いおもっず知りたい方は、こちらのホヌムペヌゞをご芧ください。


公匏LINEでは、ちょっずした質問やご盞談も盎接受け付けおいたす。
気になるこずがあれば、お気軜にどうぞ。


今日も読んでくださっお、ありがずうございたした。
たた次の蚘事でお䌚いしたしょう。


ぷちこビビアンヌでした。


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