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はじめおのnote自己玹介

お䞖話になっおおりたす。
プロ道楜垫のたるこフランキヌず申したす。

バむクを16歳から40歳たで30台ほど乗り継ぎ、最倚同時所有8台、投資額は3,000䞇円以䞊。クルマは毎幎冬に寒くなるず賌入し、党おを道楜に泚ぎ蟌んでいた独身貎族。

そんな僕でも、結婚を期にバむクを1台だけ残しお党お売华したした。

最埌の1台も売华しようずした時、「党郚売ったらあなた腑抜けになるそれじゃ私が困る。だから絶察に売らないで」ず泣いお蚎えられるずいう、劻公認のバむクバカです。

珟圚は䞇幎筆を探求しおおりたしお、なんでも深堀りしおしたう「プロ道楜垫」ずいう称号を拝呜いたしたした。

たるこフランキヌ

バむクずの出䌚い

芪戚のおじさんがバむクに狂っおいお、よく乗せおもらっおいた幌少期。1000ccのスポヌツバむクの埌ろに乗せおもらった日は、匷烈な加速に痺れすぎお、倜しか眠れないほどでした。

そんな経隓をしたら、圓然、16歳の誕生日が埅ち遠しい。おじさんに頌んで芪に内緒で50ccですが、かっちょいいバむクを買いたす。ただし、圓時は2ストも4ストも芋分けが぀かないくらい、ただの原付小僧でした。

「どうしたらみんなみたいに、野倪い音になるんだろう 。僕のバむクは調子が悪いのかなぁ。」バむク屋のおっちゃんに隙されたのかな、なんお。

自分のバむクのマフラヌ音が「ビヌヌヌヌヌン」ずしか鳎らないこずに䞍満をいだいた圓時の僕。それがチャンバヌだからだ、ず気づかせおくれたのは、買ったバむク屋のおっちゃんが教えおくれたから。その事実に、ショックを受けるほど無知でした。チェヌンに5−56吹いおたし。バむク屋のおっちゃんに「○ぬぞ」っお、めっちゃ叱られた

50ccのバむクは高校3幎間を、たくさんの甘酞っぱい蚘憶で満たしおくれたした。

圌女に䌚いに行ったり、カスタムしたり、郚品亀換䌚に突撃しおみたり 。そのころから地元のオヌトバむ甚品店に通うこずになりたす。

土日は、峠を走ったり、ツヌリングに出かけおみたり、ずにかく毎週末に乗りたした。お金なかったので、バむク甚品店でステッカヌ買ったり、オむル買ったり、駐車堎に集たる倧人たちのかっこいいバむクに憧れお。そんな高校生掻を送りたした。

さお、やっぱり自分のバむクのマフラヌ音が「ビェヌヌヌヌン」ずしか鳎らないこずに䞍満を抱いおいた僕。カスタム郚品は、どんだけ専門雑誌を探しおみおも、適合するパヌツがほずんどない。

モンキヌはこんなにカスタムパヌツがあるのに。いいなぁ、モンキヌ。

ずいうこずで、モンキヌを増車するこずになりたす。今思うず、それが僕のバむクキャリアの始たりでしたね。

モンキヌは独孊で、カスタムしたした。マフラヌ、ボアアップ、ビッグキャブ、NSR50の足回り、ロンスむ、メヌタヌ亀換、4Jホむヌル etc 。

歊川のスペッシャルクラッチを買っお、オむルクヌラヌも買っお、必芁な工具も揃えお、準備しおいた矢先、ツヌリング䞭に゚ンゞンがブロヌしちゃうんですね。

䜕床もバラし過ぎた゚ンゞンだったし、お金がなかったから、組み盎すずきも新品郚品を䜿っおいなかったんですね。ピストンピンが倖れお、シリンダヌに噛み蟌んで、圧瞮が挏れおしたいたした。

結構泣きたしたね 。愛情蟌めお䜜っおたしたから。

で、思ったんです。

ちゃんずプロになりたい。

で、通っおいたバむク甚品店で働くわけです。田舎あるあるですね初めから売り堎のこずはわかっおいたし、店員さんも僕のこずを知っおいたしたから。

だから僕の倉態キャリアの最初の修行は、バむク甚品店です。モンキヌカスタムを担圓しお、フルカスタムの䟝頌に明け暮れおいたした。

圓時は、ペシムラ88ccにTMR-MJN ずか、CR-MINIずかFCRずか、キタコやデむトナの124ccDOHCずかも売りたしたね。

僕に店ですけど100䞇円預けるから、「いい感じに組んで」っお頌たれる皋床には、店員ずしお成長するこずができたした。

そのころから、バむクパヌツのカタログを暗蚘するほどの熱量で勉匷しおたした。各車皮の、オむルフィルタヌの品番、ドレンワッシャヌの内埄、バンゞョヌボルトのピッチ、フロントフォヌクのパむ数、消耗品からカスタムパヌツたで、ずにかく、ありずあらゆるバむクの情報を暗蚘しおいたした。

ヲタクすぎお、あたりにも玠早く案内するもんだから、お客さんが䞍安がるほどでした。「ちゃんず調べおよ」っおね。倱瀌な話ね。そんな感じで、寝おも芚めおもバむクのこずをむンプットしおいたある日。

突然別れは蚪れるもんです。気づいちゃったんです。

このたたバむク甚品店で䞀生を過ごすのだろうか 。ず

毎日毎日、オむル亀換、タむダ亀換、消耗品亀換の受付。バむク甚品店では、これ以䞊バむクのこずは孊べない。もっずすごいずころに行かなければならない。

侖界No.1を目指しお

ホンダ・ダマハ・カワサキ・スズキ、日本のバむクは䞖界䞀。

なにを以お䞖界No.1なのかずいう定矩はありたせんが、日本䞀の流通量を誇る堎所で、囜内倖メヌカヌ問わず、数倚のバむクを芋お勉匷すれば、それはもう、䞖界No.1なのではないだろうか。

぀たり、日本でNo.1になるこずができれば、䞖界No.1になれるのではないか。そう考えた僕は、あっずいう間に転職をしたす。

毎日毎日、党囜から、300台ほどのバむクが入荷する某所。

乱雑に積み䞊がったパヌツを芋お、車皮・郚品名・状態を特定。売れそうなものだけを写真撮圱しお、どのバむクに適合するのかを調べお、オヌクションに出品するずいう僕にずっおは簡単なお仕事。

マフラヌの圢状、フランゞの圢、材質、などの情報だけで、メヌカヌ・車皮を特定させるこずができるようになりたした。マフラヌだけでなく、スプロケットや、゚アクリボックス、フェンダヌに至るたで、特定できなかったパヌツはありたせん。

唯䞀特定できなかったのは、ペシムラ補ず思われるマグネシりムキャリパヌ。モヌタヌサむクルショヌで、ペシムラのスタッフの方に聞いたのですが、圓時のスタッフがいないずのこずで、鑑定できたせんでした。

それを6幎間、玄3䞇点をオヌクションで販売。
鑑定したパヌツは40䞇点以䞊、売䞊は数億円。

楜しかったなぁ。

その職堎の情報ストックも日本No.1だった思いたす。カスタムピヌプルなどの膚倧な量のバむク雑誌、車皮ごずのカスタム事䟋を玹介したムック本、ペシムラ・モリワキなど、オヌトバむの歎史的な曞籍、各幎のメヌカヌカタログ、玔正オプションからアフタヌパヌツメヌカヌの過去のカタログetc


さらにオヌクション䌚堎では3幎間、囜産も倖車も、毎日数癟台のバむクを目利きする日々。おかげで「バむクを芋る県力」だけは無駄に鍛え䞊げられたした。

11歳幎䞊バツ3子2人の劻

僕ず劻は、アむドルのラむブ䌚堎で出䌚っおいたす。人気が右肩䞊がりの圌女たち。ファンクラブに入っおいた僕は、チケットが取れず諊めおいたした。

圓時ただミクシィが珟圹で、コミュニティずいうものが機胜しおいた時代。そこでの「チケットお譲りしたす」投皿がきっかけで、劻ず出䌚いたす。

ラむブ䌚堎でチケットを受け取るたで、劻ず盎接連絡は取っおいないのです。どんな人が来るのかも分からない状態。本名は名乗らず、ミクシィネヌムは「ポンコツくん」。

ずいうのも、劻はチケットを1枚䜙らせおしたい、ミクシィのコミュニティに投皿したずころ、男性にお譲りするこずが決たりたす。

だがしかし、この男性、ラむブ盎前に骚折をしたす。モッシュモッシュするのが圓たり前のアむドルのラむブ。圌は、ラむブの参加を諊めたす。

そこで困った劻。再びチケットが1枚䜙ったたたになっおしたった。しかもラむブたで時間がない。困った劻は、コミュニティの管理人さんに盞談したす。

その管理人さんが「チケット欲しい人いたす」っお投皿しお、手を䞊げたのが、僕。぀たり、僕ず劻の仲人は、管理人さん。あるいは、骚折した男性なのです。

僕は、䞍安でした。

ラむブ圓日に䌚ったこずもない人からチケットを受け取るなんお。詐欺かもしれないし、ダ〇ザさんかもしれない。グッズを買おうず思っお握りしめた10䞇円を奪われお、近くの東京湟に沈められおしたうかもしれない。

䞇が䞀平和だったずしおも、連番であろうチケット受け取っお、「ありがずうございたした。では。」なんお蚀えないだろう。少なくずも、ラむブ䞭は䞀緒にいなければいけない。心配をよそに劻は、ラむブが始たるず、最前列にモッシュし、消えおいきたした 。

ラむブが終わっお、興奮冷めやらぬ䞭、このたた独り垰るのも䜕だなぁず思っおいたずころ、圌女から「ファミレスでも行く」っお誘われたのが、今の劻。

プロ道楜垫を拝呜

気が぀けば、バむク挬けの人生。
侖界No.1ず自負できるのは、このような幞運な環境によるものです。

ずはいえ、奜きなこずを仕事にするずいうこず。
奜きなこずを仕事にしお、家族を豊かにするこずは難しい。

結婚した圓初は、生掻費のためにギタヌ、釣り竿、ラゞコン、ありずあらゆる趣味の道具を党お売り払い、バむクも台を残しお党お売华。バむクの仕事しかしたこずがない僕は、転職も考えたした。

そんな時期に、劻は「バむク乗りず結婚したんだから、バむクから離れないで。あなたがバむク業界にいるこずに、きっず意味がある。」ず蚀っおくれたした。

そんな感じで、今もおだおられながら、倧奜きなバむクを仕事にしおいたすが、䞀方で、ラむタヌずしお文房具を哲孊しおみたり、マヌケティングや経営戊略なども嗜んでいたりしたす。

noteは、僕のこだわりず劄想をこじらせながら、圹に立぀かはさおおき、人生を面癜がる接線を綎っおいきたいず思いたす。

バむクに乗るこず、手垳を曞くこず、本を読むこず。䞀芋バラバラに芋えるこれらの行為には、僕の䞭でひず぀の共通点がありたす。それは、自分らしく生きるために、なんでも面癜がるずいうこず。

僕にずっお道具ずは、生き方を補匷する盞棒であり、noteは、そういう「奜き」「こだわり」を、蚀葉にしお共有する詊みです。

「それ、知らなかったけどおもしろいね」
「そこたで蚀うなら、ちょっず詊しおみようかな 」

そんな颚に、誰かの日垞に小さな遞択肢の揺れが生たれるなら、それが僕の道楜のかたちです。

最期たでお読みいただき、ありがずうございたす。「人の目は気にしないけど、自分のこだわりには超うるさい」僕のような人に届いおくれたら嬉しいです。

そしおもし、䜕か刺さるものがあれば、そっず手に取っおみおください。あなたの生き方がちょっずだけ「自分のもの」になるかもしれたせん。

たるこフランキヌでした。ではたた。

いいなず思ったら応揎しよう

たるこフランキヌ 圹に立ったかは䞍明ですが、面癜がっおくれたらなら嬉しいです。次のくだらない話の燃料になりたすので、「続き読みたいな」ず思ったら、そっずチップを。

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