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「あのとき手放しておいてよかった」──病気で立ち止まって見えたこと

病気で仕事を離れ、思いがけず時間ができました。
不安もありますが、これまでの暮らしをゆっくり見つめ直すには良い機会だったように思います。

今回は、療養生活の中で「あのとき手放しておいてよかった」と感じたことをいくつか書いてみます。



病気になって見えてきたこと

私は今、療養のため休職しています。

傷病手当金をいただいてはいるものの、世帯の手取りは以前より約10万円減りました。
本来であれば家計が苦しくなってもおかしくありませんが、思っていたよりも穏やかに過ごせています。

それは、これまでにいくつかの「手放し」をしてきたからだと思います。

人それぞれ事情は違うと思いますが、どれかひとつでも参考になればうれしいです。


① マイカーを手放したこと

私は現在、マイカーを持っていません。

私が住むのは「一人一台」が常識の地方都市。
以前は当然のように車を所有していました。

ところが、結婚して妻と海外旅行に出かけるようになり、
少しでも旅費を捻出したくて家計を見直したとき、
真っ先に浮かんだのが「車を手放す」という選択でした。

車両代・駐車場代・保険料・ガソリン代・消耗品・車検代…。
思っていた以上に車関係の支出は家計を圧迫していました。
さらに車があると、気軽に外出できてしまうので、外出費も自然と増えます。

思い切って手放してみると、支出が一気に軽くなり、
その分を旅費に回せるようになって、海外へ行く回数がぐっと増えました。

今回のように療養生活になると外出も減ります。
もし車を持っていたら、ほとんど乗らないのに維持費だけがかかっていたはずです。
働けない状況でその支出が続くのは、かなりのプレッシャーだったと思います。

今は移動手段を自転車と125ccのスクーターに切り替えました。
必要なときはレンタカーを利用し、
近くに住む両親の車を維持費をシェアする形でときどき借りています。
お互いにとって助け合いになっています。

もちろん地域や家庭の事情によって簡単ではない場合もあると思いますが、
「本当に必要か?」を一度見直してみるだけでも、
金銭的なプレッシャーはぐっと減るはずです。

乗っていたのは小さな軽自動車でしたが手放しました🚙

② 医療・死亡保険をやめたこと

少し逆説的に聞こえるかもしれませんが、
私は数年前に医療保険と死亡保険をすべて解約しました。

今回の病気では、入院・通院・検査・薬代などを含めて、約10万円ほどの出費がありました。
確かに痛い金額ですが、以前加入していた保険料は月8,000円以上。
仮に5〜6年払い続けていたら50万円近い支出になります。

そう考えると、今回の出費は想定の範囲内。
結果的に損はしていないと思っています。

それに、日本の公的医療保険制度は本当に手厚いと感じました。
高額療養費制度があり、会社勤めであれば傷病手当金も支給されます。

この上さらに民間保険に入るのは、今思えば少し贅沢なこと。
「保険料を払う安心」よりも「日々の貯蓄で備える安心」を選ぶ方が、
自分には合っていると感じました。

そして、保険に頼らず健康的に暮らそうという意識にもつながりました。

死亡保険についても、もし自分が亡くなっても
妻が困らない程度の貯蓄と不動産を残せる見通しがついた時点で解約しました。

もちろん家庭によって事情は違います。
でも「入りすぎていないか」を一度見直すだけでも、
家計の自由度はずいぶん変わってくると思います。


③ 借金をしない暮らし

30代のころ、自営業に失敗して多額の借金を抱えました。
その経験が、私のお金に対する考え方を変える大きなきっかけになりました。

それ以降は借金に対してずっと慎重になりましたが、
生活の中でやむを得ずローンを組むこともありました。
中古車を購入するときや、スマートフォンの分割払いなどです。

それでも数年前からは、そうしたものもすべてやめて、完全に無借金で暮らしています。
(厳密にいえば、キャッシュレス決済の翌月払いくらいはありますが。)

今回のようなとき、借金がないことがどれほど心を軽くしてくれるかを実感しました。
毎月の支払いに追われる心配がないだけで、気持ちは驚くほど穏やかです。

借金をエネルギーに変えられる人もいるかもしれません。
けれど私は、プレッシャーに弱いタイプだと分かりました。
だからこれからも、無借金の暮らしを続けていくつもりです。


④ 仕事への執着を手放したこと

私は現在、派遣社員として働いています。
少し管理的なポジションにいたため、病気で長期離脱する際は
同僚に対して申し訳ない気持ちがありました。
会社からも「痛い離脱だ」と言われました。

でも、少し冷静に考えてみると、
自分がいなくなっても会社は1ミリも傾かないのです。

以前、長く勤めた会社を辞めたときに決めました。
「もう会社や仕事に執着しない」と。

今は少し長めの療養期間になっていて、
ちゃんと復職できるのか、ポジションが残っているのかという不安もあります。

けれど、もし戻れなかったとしても、それは「もうその場所での役割が終わった」というサイン。
無理にしがみつかず、今は静かに療養に専念するだけです。


手放して見えてきたこと

こうして振り返ってみると、
手放してきたのは「お金」「モノ」「仕事」など、どれも代わりのきくものでした。

けれど今回の病気で痛感したのは、
健康や家族との時間、そして心の穏やかさは、失ってしまうと代わりがきかないということ。

わかっていたつもりでも、実際に失いかけて初めて分かることがあります。

だからこそ今は、できるだけシンプルに、穏やかに生きたいと思います。

どうか皆さんも、心の平穏を大切に。
そして、「手放す勇気」が、思いがけず人生を軽くしてくれるかもしれません。

今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
また次の投稿でお会いしましょう。


手放すことで見えてきたのは、
これから“どんなモノと暮らしていきたいか”ということでした。

そんな「心が満たされるモノ」との関係を少しずつまとめています。


📸 旅のかけら。one scene, one thought.

📍2023年4月 インド 🇮🇳 ブッダガヤの夕暮れ

弟から「インドへ行くなら、ブッダガヤの菩提樹の葉をもらってきて」と言われ、旅の途中で立ち寄ることにした。

街には野良犬やヤギが歩き、道にはごみがあふれている。
露天のフルーツにはハエが群がり、裸足の子どもたちは泥まみれの服で水たまりのような場所で洗濯をしていた。

まさに、日本では考えられない光景。
これまでも東南アジアを旅するたびに「日本はなんて恵まれた国だ」と思ってきたけれど、
ブッダガヤではその思いがさらに強くなった。

そんな中、旅の疲れもあって熱を出してしまった。
宿の近くの診療所を訪ねたものの、診察も薬の処方ももう終わっていると言われ、途方に暮れていると、
通りかかったドクターらしき人が声をかけてくれた。

事情を話すと、「これを飲みなさい」と薬を渡してくれた。
お金を払おうとすると、「いいから、早く帰って休みなさい」とだけ言い、去っていった。

その優しさに胸が熱くなった。
どんなに厳しい環境にあっても、人のあたたかさは失われていない。

あのときの夕暮れの空を、今でも覚えている。
病気で気持ちが沈みそうなとき、ふとあの光景を思い出す。
私たちは、思っている以上に恵まれた環境で生きているのだと。

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