週刊アンチ・ドーピング通信 #18|血液を増やすドーピング「EPO」とは?──S2 ペプチドホルモン
はじめに
こんにちは、TechKeepです。今週のアンチ・ドーピング情報をお届けします。
前号の第17号では、「ドーピング」の代名詞ともいえる 「S1:蛋白同化薬」 を取り上げました。
今回は、S1と並んで「常に禁止される物質」の代表格 「S2:ペプチドホルモン・成長因子・関連物質及び模倣物質」 です。なかでも持久系スポーツの歴史を大きく揺るがした EPO(エリスロポエチン・赤血球産生促進ホルモン) と、その「赤血球」をめぐる、JSPO-AT(日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー)検定試験・薬剤師国家試験でも問われる頻出ポイントを中心に解説します。
(※ 本記事の「試験対策ポイント」は、主に JSPO-AT検定試験(専門科目)と 薬剤師国家試験 のアンチ・ドーピング領域を想定しています)
トピック① S2とは何か
S2(ペプチドホルモン・成長因子・関連物質及び模倣物質) は、体内のホルモンや成長因子と同じ働きをする物質や、それらを模倣する物質のグループです。WADA(世界アンチ・ドーピング機構/World Anti-Doping Agency)の禁止表では 「常に禁止される物質」 に分類され、競技会の内外を問わず、いつでも禁止されます。
主な物質は次のとおりです。
| 物質 | 主な作用 |
| EPO(エリスロポエチン)/ESAs(赤血球生成刺激薬) | 赤血球の産生を促進し、酸素運搬能を高める |
| 成長ホルモン(GH)・IGF-1(インスリン様成長因子-1) | 成長・組織の修復・代謝を促進 |
S2はすべて 「特定物質でない物質」 であり、違反時の標準制裁は 原則4年(非意図的と立証できれば2年に軽減されうる)と重い部類です。
🎯 試験対策ポイント
S2は「常に禁止される物質」に分類される
S2はすべて特定物質でない物質 ── 標準制裁は4年
EPOは「赤血球」を増やす(後述/「白血球」と引っかける選択肢に注意)
トピック② EPO ──「赤血球」問題
S2のなかで最も有名なのが EPO(エリスロポエチン) です。本来は腎臓でつくられるホルモンで、骨髄に働きかけて赤血球の産生を促します。
赤血球が増えると、血液が運べる酸素の量が増えます。持久系スポーツでは「より多くの酸素を筋肉に届けられる=長く高い強度を維持できる」ことに直結するため、1990〜2000年代の持久系スポーツで広く悪用されました。とくに 自転車ロードレース では、1998年の「フェスティナ事件」(チームのスタッフがEPO等を大量に所持して摘発)でチームぐるみの組織的な使用が発覚し、クロスカントリースキー・陸上長距離 でも横行して、この時代の持久系競技を大きく揺るがしました。
⚠️ 試験でよくある引っ掛け
「EPOは白血球を増やす」 → 誤り
→ 正解:「EPOは 赤血球 を増やす(酸素運搬能の向上)」
実際、2022年度のJSPO-AT検定試験(問83) では、「ドーピング禁止薬物について誤っているのはどれか」という設問の中に 「エリスロポエチンは、白血球増加作用をもつ」 という選択肢が登場し、これが「誤り」=正解の選択肢でした。「赤血球か白血球か」は、選択肢を入れ替えて問われやすい定番ポイントです。
どうやって見つけるのか
体内でつくられる自前のEPOと、注射で投与されたEPO製剤との見分けが難しいため、検出には工夫が要ります。
直接検出:尿・血液を分析して、天然のEPOと製剤(注射したもの)を見分ける
ABP(アスリート生体パスポート):ヘモグロビン濃度や網状赤血球の割合など、血液値の「変動」を長期間モニタリングし、不自然な変化を間接的に捉える
💊 薬剤師ポイント
EPO製剤(腎性貧血などの治療薬)は医療上重要だが、競技者では原則禁止。治療に必要な場合は TUE(治療使用特例/Therapeutic Use Exemption) ── 治療にどうしても必要な禁止物質の使用が例外的に認められる制度 ── の申請が必要
EPO受容体作動薬・EPO模倣物質(peginesatide など)も S2の禁止対象。「持久力が上がる」と謳う 未承認のペプチド類 に手を出すのは極めて危険 ── 品質・安全性が不明で健康被害のリスクがあり、当然ドーピング違反にもなる
赤血球を増やす行為は、血液が濃くなり血栓・脳梗塞などの健康リスクも伴う
トピック③ 成長ホルモン・IGF-1 ──「インスリンはS2ではない」
EPO以外にも、S2には身近な医療で使われるホルモンが含まれます。
成長ホルモン(GH)・IGF-1
本来、GHは脳下垂体でつくられ、成長や組織の修復・代謝を促すホルモンです。IGF-1はGHの刺激を受けて主に肝臓でつくられ、その作用を仲介します。
筋肉量の増加・組織の修復・回復促進を期待して悪用される
体内でつくられる自前のGHと、投与されたGH製剤との見分けが難しく、検出が技術的に難しい(専用の分析法で対応)
インスリン ── ペプチドホルモンだが S2 ではない
本来は 膵臓でつくられるホルモンで、血糖を下げ、糖や栄養の細胞への取り込みを促します。ペプチドホルモンなので「S2では?」と思われがちですが、禁止表での分類は S4.4.2(ホルモン調節薬および代謝調節薬) です(「常に禁止される物質」である点はS2と同じ)。
糖尿病の治療に不可欠な薬で、1型糖尿病などでは TUEの申請が必要(医療上どうしても必要なため。TUEの申請要件・認められやすい疾患は第12号で詳しく解説)
一方、糖尿病でない競技者が筋肉づくりや回復目的で使うのは禁止
低血糖など命に関わる副作用があり、非治療目的の使用は極めて危険
🎯 試験対策ポイント
インスリンはS2ではなく S4.4.2(ホルモン調節薬および代謝調節薬) ── ペプチドホルモンゆえ「S2」と答えたくなる引っ掛け。治療で使うには TUEの申請が必要/非治療目的の使用は禁止
成長ホルモンは検出が技術的に難しいが、禁止であることに変わりはない
トピック④ 「薬」と「方法」── EPO(S2)と血液の操作(M1)の違い
赤血球を増やす手段には、大きく2つの系統があります。混同しやすいので整理します。
| 系統 | 例 | 禁止表での分類 |
| 物質(薬)で増やす | EPO・ESAs | S2(ペプチドホルモン) |
| 方法で増やす/操作する | 自己血・他家血の輸血、人工酸素運搬体 | M1(血液及び血液成分の操作) |
同じ「酸素運搬能を高める」目的でも、物質ならS2、方法ならM1 に分かれる点が重要です。
📌 2026年の新ルール(CO=一酸化炭素)
2026年の禁止表から、非診断目的での一酸化炭素(CO)の使用がM1.4として禁止されました(COは条件によって赤血球産生を刺激しうるため)。ただし、診断のためにCOを使う医療検査(ごく少量のCOを吸って血液の量や肺の働きを調べるもの=WADAが挙げる例は「総ヘモグロビン量の測定」「肺拡散能検査」)は、これまで通り認められます。
M1(血液の操作)と M3(遺伝子・細胞ドーピング)の禁止"方法"については、後の号であらためて詳しく取り上げます。
まとめ
今週のポイントをまとめます。
S2:ペプチドホルモン・成長因子・関連物質及び模倣物質 は「常に禁止される物質」「特定物質でない物質」「標準制裁4年」
EPOは赤血球を増やす(白血球ではない/酸素運搬能の向上)── JSPO-AT検定試験でも出題(2022年度・問83の誤り選択肢)
EPOの検出は直接検出+**ABP(アスリート生体パスポート)**による長期モニタリング
成長ホルモン・IGF-1は回復・筋量目的で悪用される物質で、検出も技術的に難しい
インスリンはS2ではなく S4.4.2(ホルモン調節薬および代謝調節薬)。常に禁止で、治療で使うには TUEの申請が必要
「物質で増やす=S2」「方法で増やす=M1」。2026年からCO(一酸化炭素)の非診断使用がM1.4で禁止
次回の第19号は、2026年7月の最新情報号(月次)です。7月のWADA・JADA(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)の動向や主要トピックをまとめてお届けします。
著者プロフィール
TechKeep_pharma
JADA認定スポーツファーマシスト・薬剤師
IRONMANみなみ北海道2024完走
アスリートへのアンチ・ドーピング相談・教育活動を行います。
Kindle書籍「薬剤師・薬学生のためのアンチ・ドーピング入門」準備中
X:https://x.com/TechKeep_pharma
note:https://note.com/techkeep_pharma
ご利用にあたって
禁止表国際基準は最低年1回、WADAコードも随時改定されます。
当アカウントは正確な情報発信を心がけていますが、最新情報は必ず GlobalDRO(医薬品の禁止状況検索データベース)・JADAの公式情報でご確認ください。
ドーピング違反に関わる最終判断は、アスリート自身の責任において行われます。
※ note自動翻訳は機械的翻訳のため、専門用語が必ずしも WADA公式英語表記と一致しない可能性があります。正確な情報は WADA公式(wada-ama.org)または JADA公式(playtruejapan.org)をご参照ください。
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