週刊アンチ・ドーピング通信 #12|持病があっても競技を続けるために──TUE(治療使用特例)とは
はじめに
こんにちは、TechKeepです。今週のアンチ・ドーピング情報をお届けします。
前号の第11号では「うっかりドーピング」3大経路の中からサプリメント汚染を取り上げました。
今号のテーマは 「TUE(治療使用特例/Therapeutic Use Exemption)」 ── アンチ・ドーピングを語るうえで欠かせない重要な仕組みです。
喘息・ADHD・糖尿病など、医療上どうしても禁止物質を含む薬が必要なアスリートにとって、TUEは「持病があっても競技を続ける」ための命綱となる制度です。一方で、「申請すれば誰でも認められる」 という誤解も広まっています。
特に来週の第13号(S3 ベータ2作用薬・ツロブテロール)と第14号(漢方薬)では、それぞれ 「TUE申請が構造的に通りにくい例」「TUE申請自体ができない例」 という難しいケースを取り上げます。その前提知識として、まずは TUEの基本を3〜5分で押さえましょう。
この記事の前に ──「違反事例」の扱い方について
最近もツロブテロール(喘息などに使われるS3の薬。くわしくは次号・第13号で)による違反事例が報道され、競技関係者のあいだで注意喚起が強まっているところかもしれません。本題に入る前に、この機会に 当noteでの「違反事例」の扱い方(ポリシー) を少しだけお伝えします。
違反事例を紹介するときは、競技者名・競技名を伏せて(匿名化して) 扱います。実名報道や、それを引用したSNS投稿を、そのまま引用・転載することもしません。
理由は、記事は制裁期間が終わったあとも長く残るから。制裁を終えたアスリートを実名で晒し続けることは望みません。
これは、JADA(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)自身が 資格停止期間の満了後に決定文書から競技者名を削除する 運用(個人情報保護の観点/日本アンチ・ドーピング規程 第14.3.5項にもとづく)とも、方向性を同じくする考え方です。
事例から学ぶべきは「何が起きたか・どう防ぐか」であって、「誰がやったか」ではありません。当noteはその姿勢で違反事例をお届けします。
トピック① TUEとは何か
TUE(Therapeutic Use Exemption・治療使用特例)は、WADA(世界アンチ・ドーピング機構/World Anti-Doping Agency)が定めるアンチ・ドーピング制度の一部です。
簡単に言うと:
病気の治療を続けながら競技を続けるために、医学的にどうしても必要な禁止物質・方法の使用を、事前審査のうえで例外的に許可する制度
根拠となる国際基準は ISTUE(International Standard for Therapeutic Use Exemptions・治療使用特例に関する国際基準)。WADAコードと同様に、JADA(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)が国内に実装しています。
📌 大切なポイント
TUEは「事前に審査を受けて、禁止物質の使用を例外的に許可してもらう」制度です。
ただし「申請すれば必ず認められる」わけではありません(→ トピック②・⑥で解説)。
トピック② TUE申請が認められる4つの要件(ISTUE 4.2条)
TUEは「申請すれば必ず認められる」わけではありません。WADAの ISTUE 4.2条は、TUE付与に 4つの要件をすべて満たすこと を求めています。
| # | 要件 | 内容 |
| 1 | 健康への悪影響 | 当該禁止物質を使用しないと、競技者の健康に重大な悪影響が生じる |
| 2 | 競技力向上効果なし | その禁止物質の治療目的使用は、通常の健康状態に戻る以上の競技力向上をもたらさない |
| 3 | 代替治療なし | 禁止物質を含まない合理的な代替治療が存在しない |
| 4 | 使用禁止の状態が結果でない | 禁止物質の事前使用が原因で生じた状態の治療ではない |
特に重要なのは ③「代替治療なし」要件 です。「同じ病気に対して、禁止されていない薬で治療できる場合は TUEが認められない」という厳しい条件です。
トピック③ 申請先とアスリート・カテゴリー別の区分
TUE申請は、競技者が該当する アスリート・カテゴリー(JADAの区分)によって、申請先と「事前/事後」が変わります。
| アスリート・カテゴリー | 申請先・タイミング | 例 |
| 国際レベル | 国際競技連盟(IF)またはWADAへ 事前申請 | オリンピック・世界選手権出場選手など |
| 国内レベル | JADAへ 事前申請(原則 大会30日前まで) | 国内最高レベルの競技大会出場選手/JADAのRTP・TP(検査対象者登録リスト等)登録競技者 |
| それ以外(大多数の一般競技者) | 事前申請は不要。必要時に 遡及的(検査後の)TUE申請 が可能 | 上記以外のアスリート |
⚠️ 注意
自分がどのカテゴリーに該当するかは、所属競技団体の「TUE申請に関する規程」で確認する必要があります。
AT(アスレティックトレーナー)やスポーツファーマシストに相談するのが安全です。
トピック④ TUEで認められる主な疾患(JADA公式・14疾患)
JADAは「TUE申請の手引き」で、国内で多く申請される 14の疾患 を公開しています(出典:Real Champion TUE申請の手引き 2025)。
| 大分類 | 疾患 | 必要となる禁止物質の例 |
| 呼吸器系 | 気管支喘息 / 副鼻腔炎・鼻副鼻腔炎 | 経口・注射のβ2作用薬(S3)/全身糖質コルチコイド(S9) |
| 代謝・内分泌系 | 糖尿病(特にⅠ型)/成長ホルモン分泌不全症 | インスリン(S4)/成長ホルモン(S2) |
| 循環器系 | 高血圧/低血圧 | β遮断薬(P1・特定競技)/その他降圧薬の一部 |
| 精神・神経系 | ADHD(注意欠陥/多動性障害) | メチルフェニデート(S6・興奮薬) |
| アレルギー・免疫系 | アナフィラキシーショック(緊急使用)/アレルギー性皮膚炎 | 全身糖質コルチコイド(S9) |
| 自己免疫系 | 関節リウマチ/全身性エリテマトーデス | 全身糖質コルチコイド(S9)・免疫抑制剤 |
| 消化器系 | 炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎/クローン病) | 全身糖質コルチコイド(S9)・免疫抑制剤 |
| その他 | 突発性難聴/乳がん/女性不妊症/トランスジェンダー | 各疾患に応じた禁止物質 |
💡 吸入β2作用薬の例外規定
喘息治療で使われる吸入のサルブタモール・ホルモテロール・サルメテロール・ビランテロールは、規定の範囲内なら TUE不要 で使用できます(サルブタモール・ホルモテロールには尿中濃度の閾値もあり)。
ただし「吸入」に限る点が重要 ── 経口薬・注射・貼り薬にはこの例外規定が適用されません(次号第13号で詳述)。
トピック⑤ TUE申請の現実 ── 「診断書1枚」では認められない
「医師の診断書を提出すれば認められる」というイメージとは異なり、JADAは 客観的な検査結果 を求めます。
JADA公式手引きには明確に以下の記述があります:
診断名のみの診断書は、客観的な診断を示す医療情報として認められません。必ず検査結果等を提出してください。
疾患別に求められる主な検査の例:
| 疾患 | 求められる検査の例 |
| 気管支喘息 | 気道可逆性試験/運動誘発性試験/肺機能検査・フローボリュームカーブ |
| ADHD | 診断時の心理検査/DSM-5 によるコード表示と診療根拠/生育歴 |
| 糖尿病 | 血糖値・HbA1c の推移/抗GAD抗体検査(Ⅰ型糖尿病)/体重変化 |
| 高血圧/低血圧 | 診察所見/血液・尿検査/胸部レントゲン/心電図 |
| 関節リウマチ/SLE | 血液検査(抗体検査)/疾患活動性スコア |
さらに、申請書本体(12枚構成)は すべて英語で記載 する必要があります。これは医師にとっても大きな負担となるため、TUE申請の準備期間は数週間〜数ヶ月を見込む必要があります。
トピック⑥ TUEの「よくある誤解」
誤解①「医師が処方すれば TUEは不要」
誤り。医師の処方であっても、含有成分が禁止物質である以上、TUEなしの使用は違反になります。医師がアンチ・ドーピングの専門家とは限らないため、患者がアスリートだと自ら伝える必要があります。
実際、2025年に公表されたある違反事例では、競技者が「自分は検査対象で、禁止物質を含む薬は避けたい」と医師に 事前に伝えていた にもかかわらず、禁止物質を含む薬を処方され違反となりました(次号 第13号で詳しく取り上げます)。「医師に任せれば安心」とは限らないのです。
誤解②「TUEは申請すれば必ず認められる」
誤り。ISTUE 4.2条の4要件を満たすことが必須。特に「代替治療なし」要件で却下される事例が多くあります。
誤解③「遡及的TUE(検査後の申請)でも何とかなる」
部分的に誤り。検査で陽性が出てから申請するのが 遡及的TUE(=検査後に申請するTUE) です。トピック③のとおり、「それ以外」カテゴリー(大多数の一般競技者)は事前申請が不要で、必要時に遡及的TUEを申請できます。人数で見れば、むしろこの遡及的TUE対象のアスリートの方が圧倒的多数です。とはいえ「誰でも・後から出せば通る」わけではありません。
遡及的TUEが認められる主なケース(ISTUE 4.1条)
緊急治療・急性疾患の治療で使った
国際レベル/国内レベル以外のアスリートが治療目的で使った
競技会(時)のみ禁止の物質を、競技会外で治療目的に使った
時間・機会の不足など例外的な事情で、検査前に申請・審査ができなかった
ただし、ここが肝心
遡及的でも、TUE付与の4要件(ISTUE 4.2条)は通常申請と全く同じ。特に「代替治療がない」要件は変わらず問われます(後出しでも審査は甘くなりません)。
国際レベル・国内レベルは 原則"事前"(トピック③参照)。緊急・例外的事情がなければ後からは通用しません。
遡及的TUEは「検査で陽性が出た後」に出すもの=その時点で既に違反の疑いが立っている状態。認められなければ違反成立です。
→ 「とりあえず使って、ダメなら後から」は危険。使う前の確認(GlobalDRO・スポーツファーマシスト)が結局いちばん確実です。
(次号・第13号では、遡及的TUEを申請できる立場でも"代替薬がある"ために認められなかったツロブテロールの実例を扱います)
📌 試験対策ポイント(TUE)
TUEは JSPO-AT検定試験で頻出のテーマです。実際の出題例(いずれも正誤判定):
「TUEは申請すればすべて付与される」→ 誤り(2022年度問104・2017年度問81)
「TUEは医師の診断書のみでも承認される」→ 誤り(2014年度問97)
「TUE申請書の提出先は競技レベル(アスリート・カテゴリー)によって異なる」→ 正しい(2024年度問90・2021年度問97)
💊 薬剤師ポイント
TUE申請には医師の診断書・検査結果・治療経過の証明が必要。簡単な書類1枚ではない
代替治療の検討記録も求められる ── 医師との連携が不可欠
持病のある競技者は、年に1回はスポーツファーマシスト+主治医と TUE戦略を確認しておくのが安心
まとめ
今週のポイントをまとめます。
TUE(治療使用特例) は、医療上必要な禁止物質の使用を事前審査で例外的に認める制度
根拠:ISTUE(治療使用特例に関する国際基準)4.2条の 4要件をすべて満たす ことが必要
特に重要なのは 「代替治療が存在しないこと」 という要件
申請先はアスリート・カテゴリーで異なる(国際:IF/WADA/国内:JADA/それ以外:必要時に遡及的申請)
「医師が処方すれば TUE不要」「申請すれば必ず認められる」は 誤解
持病のあるアスリートは、TUE戦略を主治医・スポーツファーマシストと事前に確認
次回の第13号では、「TUEの対象でありながら、構造的に申請が認められにくい例」 ── ツロブテロール(ホクナリンテープ)を取り上げます。代替薬として吸入β2作用薬が存在するため、ISTUE 4.2条の③要件を満たすのが容易ではない実例です。
著者プロフィール
TechKeep_pharma
JADA認定スポーツファーマシスト・薬剤師
IRONMANみなみ北海道2024完走
アスリートへのアンチ・ドーピング相談・教育活動を行います。
Kindle書籍「薬剤師・薬学生のためのアンチ・ドーピング入門」準備中
X:https://x.com/TechKeep_pharma
note:https://note.com/techkeep_pharma
ご利用にあたって
禁止表国際基準は最低年1回、WADAコードも随時改定されます。
当アカウントは正確な情報発信を心がけていますが、最新情報は必ず GlobalDRO(医薬品の禁止状況検索データベース)・JADAの公式情報でご確認ください。
ドーピング違反に関わる最終判断は、アスリート自身の責任において行われます。
※ note自動翻訳は機械的翻訳のため、専門用語が必ずしも WADA公式英語表記と一致しない可能性があります。正確な情報は WADA公式(wada-ama.org)または JADA公式(playtruejapan.org)をご参照ください。
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