なぜ未解決の政策課題が長期にわたって放置されることがあるのだろうか?
政策分析では未解決の政策課題が放置される原因として、その政策決定に至るプロセスに何らかの障害が起きており、政策評価のフィードバックを受けても有効な政策決定に切り替えることができない場合があると想定されます。ジョン・キングダンの著作『アジェンダ・選択肢・公共政策:政策はどのように決まるのか』(1984; 2003; 2011)は政治学・政策科学の中でも古典的な業績の一つとして位置づけることができるものであり、公共部門の改革を考えるときに参照すべき研究の一つです。その論旨は以下のようなものです。
通常、私たちは問題を把握し、次に政策が立案され、最後に政治的な決定の下で選び取られるという段階的な政策決定のモデルを想定しています。しかし、このようなモデルは政策過程の現実とはかけ離れています。キングダンは問題の把握、政策の立案、そして政治的な決定がそれぞれ独立したプロセスの流れがあり、それら3つの流れが政策決定の好機に恵まれたとき、つまり「政策の窓」が開いたときに政策実現に至ると説明しました(キングダン 2017: 221-2)。
キングダンの学説から分かるのは、もしタイミングを逸して政策の窓が閉じられると、次のタイミングが到来するまで政策決定者は待機を余儀なくされるということです。そのため、必要な政策決定が遅れてしまう場合があるのです。
「政策の窓はめったに開かず、開いてもすぐに閉じてしまう。しかしこのような希少性にもかかわらず、公共政策の大きな変化は政策の窓という機会が出現した結果として生じている。たとえば1965~66年には、ゴールドウォーターの大敗によって民主党リベラル派が思いがけず多くの議席を得たことが、ジョンソン民主党政権に政策の窓を開き、その結果、メディケアやメディケイドの立法化、貧困対策プログラム、教育援助など、ジョンソン政権の偉大な社会イニシアチブといわれる多くのプログラムが生まれたのである」
政策の窓は政権交代、人事刷新、経済破綻など何かしらの客観的な状況の変化を伴う場合が多いので、ある程度は識別できますが、政策の窓が開いているのかどうか見解が分かれる場合もあり、そのため決断に踏み切れないこともあります。あるいは、政策の窓が開いたと関係者が認識した瞬間に、無数の選択肢を政策過程に投げ込んだ結果、政策決定者たちの注意が本質的な問題から取り扱いやすい問題へと誘導される場合もあります(キングダン 2017: 236)。
もし国や地方自治体の政策過程を理解し、政策決定を改善したいのであれば、このようなプロセスの複雑性を理解し、その改善のために働きかける政策起業家(policy entrepreneurs)が必要となります。政策起業家は、政府の内部にいることもあれば、議会にいることもあり、またロビイスト、研究者、官僚の中にも見出されます。政策過程をデザインするとき、政策起業家が実務上の権限を持っているかどうかは重要ではありません。キングダンの分析によれば、重要なのは聞くに値する主張を持っていること、政治的なコネクションや交渉能力を備えていること、そして粘り強さがあるということです(241頁)。
「潜在的に影響力を持つ人々の多くは専門知識や政治的スキルを備えているが、成果を生むには真の粘り強さが必要である。これらの人々は講演をし、政策方針書を書き、重要人物に手紙を送り、法案を起草し、議会委員会や行政部の委員会で証言し、昼食をともにするなど、自分の主張を推進するためなら手法や場所を選ばず、非常に多くの時間を費やす」
政策の窓が開かれても、問題、政策、政治の三つの流れを束ねて政策決定にこぎつける政策起業家のリーダーシップがなければ、政策実現は困難になります。政策起業家の役割が分かる事例を一つ挙げてみます。
1970年代にミネアポリスに本拠を置く研究集団インタースタディの代表にポール・エルウッドという研究者がいました。エルウッドは診察を受けるたびに治療費を支払うのではなく、雇用者と被雇用者が事前に年額ベースで支払いを済ませておき、医療組織は受診者の必要に応じて診療を提供するという政策構想を持っており、地域単位の政策実験で着実に有効性を確かめていました(キングダン 2017: 19)。エルウッドは医療提供者に健全な市場競争のメカニズムを導入する方法も組み入れて巧妙に政策を設計し、新たな政府規制を導入せずにこの政策を提案できる状態にありました。
エルウッドは、ある時、エルウッドが街を離れた際に、飛行機でたまたまトマス・ジョーの隣の座席に座りました。二人は知り合いで、当時のジョーはリチャード・ニクソン大統領の政権下で保険教育福祉省次官の首席補佐官を務めていました。会話の中でジョーは医療費の上昇が止まらないという問題について、誰もアイディアがないと愚痴をこぼし、エルウッドは自分にアイディアがあると述べて、その詳細を説明しました。この何気なく始まった会話からジョーは、エルウッドを保険教育福祉省の高官と引き合わせ、数週間で政策メモが作成され、そこから大統領に提案される政策文書が練り上げられました(キングダン 2017: 20)。エルウッドのような研究者がいたことで、ニクソン政権は把握した問題に対応するための選択肢を手に入れ、それらを踏まえて政治的決断により政策の窓を開けました。
現在、日本に多くの政策課題が存在しており、過疎化、少子化、低成長など解決の見通しが立っていないものも少なくありません。しかし、これほど長期にわたって解決できなかった理由に目を向ければ、状況を変えることは可能だと思います。また、専門的知見を持つ政策起業家をどのように確保できるのかを改めて考える必要があると思います。政策はどこからともなくやって来るものではなく、さまざまな調査研究や政策実験から生まれるので、そのための努力量が社会全体で減少すれば、政策も停滞することは当然のことであるといえます。
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