芋出し画像

江戞が珟代より劣っおいるなんお、誰が決めたのだろう 第䞀話【ごみ】消えた「䞍芁」の境界

 板の間の隙間から差し蟌む朝陜が、空䞭に挂う埮现な光の粒子を照らし出しおいる。
 新宿区圹所の、窓のない執務宀。空気枅浄機が絶えず䜎く唞り、LEDが均䞀に䞖界を暎き出すあの堎所では、決しお味わえない「朝」の蚪れだった。
 みなみ――䞭身は珟代の公務員である圌女は、重い瞌を持ち䞊げた。そこは䞉畳ほどの薄暗い郚屋だ。枕元には、珟代のりレタン補ずは比范にならないほど硬い朚枕がある。

 「  腰が、痛い」

 口から出たのは、䜎く、しかし芯の通った男の声だった。
 昚倜の入れ替わりが倢ではなかったこずを、身䜓の質量が突き぀けおくる。圌女は――今は束村䜜之助の身䜓を借りた圌女は、ふらふらず起き䞊がるず、たずは顔を掗おうず倖ぞ出た。

 そこは、数軒の長屋が連なる「組屋敷」ず呌ばれる歊家地の䞀角だった。珟代の䜏宅街のようなアスファルトず排気ガスの匂いは䞀切しない。あるのは、湿った土ず、どこかで薪を燃やす銙ばしい匂い、そしお、肺の奥たで掗われるような柄んだ空気だ。

 共同の井戞端に向かう途䞭、みなみは立ち止たった。職業病だろうか。環境枅掃郚で「ごみ枛量」を叫び続けおいた圌女の芖線は、無意識に地面ぞず向かう。

   なんおこず。ごみが、䞀぀も萜ちおいない

 新宿駅のロヌタリヌや、深倜の歌舞䌎町の路地裏を思い出す。そこには、食べ散らかされたコンビニの匁圓ガラ、朰れたアルミ猶、誰が吐き出したのかもわからない吞い殻が、郜垂の排泄物のように転がっおいた。それを「枅掃」ずいう名の倧掃陀で無理やり取り陀くのが、圌女の日垞だった。

 だが、この江戞の地には、そういった「文明の残骞」が䞀぀も芋圓たらない。萜ちおいるのは、颚に舞った枯れ葉や小石だけだ。たるですべおの地面が、誰かの手によっお慈したれおいるかのようだった。

 「おい、䜜之助。䜕を地面ず芋぀め合っおるんだ。朝飯はただか」

 隣の郚屋から、着流し姿の男が声をかけおきた。同じ江戞詰めの同僚だろう。

 「あ、いや  地面がきれいだなず思っお」

 「はは、おかしなこずを。そりゃあ、掃き枅めるのは人の䜜法だろうが」

 男は笑っお去っおいった。その「圓たり前」の重みに、みなみは圧倒される。
 郚屋に戻ったみなみは、朝食の準備を始めた。飯炊きの埌、冷え固たったかたどの隅に、癜い「灰」が溜たっおいる。珟代なら迷わず掃陀機で吞い蟌み、燃えないごみずしお凊理する代物だ。

 ずころが、庭先で竹箒を手にしおいるず、嚁勢の良い声が路地に響いた。

 「灰はねえかヌ。灰買いだよ。煀に灰、溜たっおりゃあ買うよ」

 倩秀棒を担いだ「灰買い」の男だった。
 みなみは戞惑いながらも、かたどの灰を差し出しおみた。

 「これ、持っおいっおくれたすか」

 「お、お䟍さん、䞁寧なこった。これだけ溜たっおりゃあ、いい倀になるぜ」  

 男は手際よく灰を回収するず、みなみの掌に小さな銅銭を眮いた。

 「あの  これ、䜕に䜿うんですか」

 みなみの問いに、男は䞍思議そうな顔をした。

 「䜕っお、蟲家に持っおいけば最高玚の肥料になるし、染物屋に持っおいけば色の定着を助ける。酒造りにも䜿う。灰っおのは、この䞖を巡る『巡り汁』みたいなもんだ。捚おる奎なんお、江戞には䞀人もいやしねえよ」

 みなみは呆然ずした。
 珟代では、䞀日に数千トンの廃棄物を「凊理」するために倚額の皎金が投入され、䜏民からは「ごみ凊理堎を近くに䜜るな」ずいう苊情が飛んでくる。
 だが、この䞖界では、燃えカスの灰すらも「宝物」ずしお経枈の䞀郚を担い、再び土ぞず還っおいく。
 ここでは、䜕かを「捚おる」ずいう行為自䜓が、䞍自然で、恥ずべきこずのように思えた。



 䞀方、珟代の新宿区圹所。
 みなみの姿をした「䜜之助」は、デスクの䞊にある「コンビニのおにぎり」ずいう物䜓を前に、戊慄しおいた。

 「  これは、䜕かの封印か 䞭身を芋るために、これほどたでの手間をかけさせるずは」

 おにぎりを包む透明なフィルム。それが二重䞉重に重なり、さらにプラスチックのトレむに乗せられ、最埌はポリ゚チレンの袋に入れられおいる。

 江戞では、握り飯ずいえば竹の皮や経朚きょうぎで包むのが垞だ。それらは䜿い終われば燃やしお灰になり、あるいはそのたた土に還る。
 だが、目の前にあるこの「光り茝く薄幕」は、どれほど指でこすっおも、呜の気配がしない。

 「湊さん、早く食べちゃいなよ。それ、ゎミはわたしのず䞀緒に捚おおくるからね」

 同僚が䜕気なく蚀った。
 䜜之助は、みなみの蚘憶を掘り起こしながら、透明なフィルムを剥がすこずができた。
 剥がしたフィルムの山を芋お、吐息を぀いた。

 「この噚  この幕を䜜るのに、どれほどの匠の技が䜿われたのだ。これほど隙のない透明な膜を、䞀床䜿っただけで『ごみ』ず呌び、捚お去るのか 狂気の沙汰ではないか  」

 䜜之助は、窓の倖に広がる高局ビル矀を芋䞊げた。
 珟代人は「䟿利」を远い求めた結果、すべおのものを「䜿い捚お」にする暩利を手に入れた。しかしその代償ずしお、玠材の向こう偎にいる職人の顔も、その玠材が元いた倧地の姿も、すべお芋えなくなっおしたった。

 䜜之助の目には、珟代のオフィスは「芋事な品々が無䟡倀な屑ぞず倉わるのを埅぀、壮倧な埅合宀」に芋えた。



 江戞の空の䞋、みなみは路地を歩きながら、次々に珟れる「資源の回収者」たちを目撃した。
 叀い傘を買い取っお骚を再利甚する者。
 割れた茶碗の砎片を繋ぎ合わせる「焌き継ぎ屋」。
 玙を按き盎しお再利甚する「浅草玙」を売るちり玙売り。
 そしお、みなみが䞀番衝撃を受けたのは、人間の排泄物さえも「䞋肥しもごえ」ずしお蟲家が買い取っおいくシステムだった。

 「  公務員ずしお、必死に『環境にやさしく』ずポスタヌを貌っおいた自分が恥ずかしい」

 江戞の人々は、地球を守ろう、なんお高尚なこずは考えおいない。ただ、目の前にあるものが「䜕からできおいるか」を知っおおり、それを䜿い切るこずが、自分たちの生掻を豊かにするこずだず盎感的に理解しおいる。
 そこには、人間ず自然、郜垂ず蟲村の間に「䞍芁」ずいう名の境界線が存圚しなかった。

 みなみは、䜜之助の逞しい身䜓で、深く深呌吞をした。
 肺に満ちる空気は、どこたでも柄み枡っおいる。
 ごみのない町。それは、枅掃が行き届いおいるからではなく、あらゆるものが「次の呜」を埅っおいるからだった。

 江戞が珟代より劣っおいるなんお、ずんでもない。
 この完璧な円環の䞭にいる心地よさは、どんな最新の党自動ごみ凊理機でも䜜り出すこずはできない。
 みなみは、掌に残った銅銭の枩もりを握りしめた。
 賢い生き方ずは、いかに倚くを手に入れるかではなく、いかに䜕も捚おずに枈むか。
 江戞の空は、珟代のどのモニタヌよりも鮮やかな翡翠色の茝きを攟っおいた。

「ここには、ごみなんおないんだ」

 圌女は小さく呟き、土の道をしっかりず螏みしめお歩き出した。
 その足跡さえも、いずれは雚に掗われ、土の䞀郚ぞず還っおいく。
 「䞍芁」のない䞖界で、圌女は初めお、本圓の意味での「自由」を肌で感じおいた。

連茉予定目次
・第話プロロヌグ時をかける枅掃員
・第䞀話【ごみ】消えた「䞍芁」の境界線
・第二話【食事】舌の䞊で解ける「呜」の重み
...䞭略...
・第十話【巡る】江戞の颚が珟代をなでるずき

次回、第二話は「月日」に公開したした。

前回、第話はこちらです。


いいなず思ったら応揎しよう

こんにゃくの朚登り よろしければ応揎お願いしたす