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江戸が現代より劣っているなんて、誰が決めたのだろう 第二話:【食事】舌の上で解ける「命」の重み

 江戸の朝は、火を起こす音から始まる。

 カチカチという火打石の乾いた音と、火吹き竹から送られる一定のリズムの吐息。みなみ(中身は現代の公務員)にとって、朝の「一杯の味噌汁」を啜るまでにこれほどの労働が必要だとは、想像すらしていなかった。

 現代の新宿での朝。みなみは、スマートフォンのアラームに急かされ、スイッチ一つで沸く電気ケトルでお湯を作り、昨夜の残りのコーヒーを流し込む。トースターが焼き上がりを告げ、冷蔵庫から取り出した冷たい牛乳が喉を通る。それは「食事」というより、稼働を維持するための「給油」に近かった。

 だが、今の彼女――松村作之助の身体を借りた彼女は、暗い土間にしゃがみ込み、煙に目をしばたかせている。

「……便利って、なんて残酷な言葉だったんだろう」

 ようやく竈(かまど)の火が安定し、鉄鍋の中で水が震え始める。昨日の残りの冷や飯を蒸し、味噌を研ぐ。その一連の動作に要する三十分という時間は、現代の彼女が「無駄」として削ぎ落としてきた時間だった。

 しかし、不思議なことに、火を見つめ、水の沸く音を聴いている時間は、新宿の満員電車で過ごす三十分よりも、ずっと心を豊かに満たしていく。
 そこへ、路地の入り口から威勢の良い声が響いた。

 「えーい、大根に蕪(かぶ)、泥付きの瑞々しいのが入ったよ!」

 棒手振り(ぼてふり)と呼ばれる行商の男だ。天秤棒の両端に積まれた籠には、葉の先までピンと張った大根や、土の匂いが色濃く残る野菜が山積みになっている。みなみは慌てて外へ出た。

 「これ、一つください」

 みなみは大根を手に取り、その「重さ」に息を呑んだ。
 スーパーの棚で、洗浄され、透明なラップに包まれて窒息しそうに並んでいる「商品」とは、全く別物だった。ずっしりと重く、表面には微かな産毛が立ち、冷たい露が光っている。
 これは、たった今さっきまで大地から栄養を吸い上げていた「命」そのものだった。

 部屋に戻り、包丁を入れる。パチッと、まるで野菜が意思を持って弾けるような音がして、切り口から透明な水分がじわりと溢れ出す。その瑞々しさは、冷蔵庫の中で一週間も「眠らされていた」野菜には決して出せない、生命の輝きだった。

 具は大根の身と、刻んだばかりの葉だけ。
 一口啜った瞬間、みなみの身体に衝撃が走った。

「……甘い」

 化学調味料の刺激的な旨味ではない。大地の滋養と、太陽の熱と、清らかな水が、数ヶ月かけて大根の中に溜め込んできた「時間の味」だ。それが味噌の塩気と混ざり合い、喉を通るたびに身体の隅々まで熱が巡っていくのがわかる。

 (私たちは、いつでも何でも食べられる『利便性』を手に入れた代わりに、食べ物が持っていた『季節のメッセージ』を聞き取れなくなっていたんだ……)



 一方、現代の新宿。
 昼休みのチャイムとともに、作之助(中身はみなみ)は同僚に連れられ、近くのコンビニエンスストアへ足を踏み入れていた。

 「……ここは、何かの異界の蔵か?」

 作之助は、天井から降り注ぐ暴力的なまでの白い光と、色とりどりのラベルが貼られた商品棚を前に、ひどい眩暈(めまい)を覚えた。

 江戸では、冬に西瓜を食べるなど狂気の沙汰であり、旬でないものを食すのは粋ではない。だがここには、季節を無視した果実や、見たこともない原色の飲み物が、隙間なく並んでいる。

 「湊さん、今日はお弁当? それともパスタ?」

 同僚が何気なく差し出したのは、プラスチックの容器に密閉された「幕の内弁当」だった。
 作之助は、その弁当を手に取った瞬間、不気味なほどの「静止」を感じた。

 江戸の食べ物は、放っておけば数日で腐り、虫が寄り、土に還る。それは命が今もなお巡り続けている証拠だ。だが、この透明な箱の中に閉じ込められた食事からは、「朽ちていく気配」が一切しない。
 半年経ってもこの形を保っているのではないかと思わせる、不自然なまでの「永遠」がそこにあった。

 「……これは、食べ物というより、食べ物の形をした『化石』ではないのか?」  

 電子レンジで温められた弁当を口にした作之助は、さらに戦慄した。
 味は濃く、脳が「美味しい」と信号を出すように設計されている。
 だが、喉を通る時に感じるはずの、あの「大地の抵抗」や「素材の呼吸」が、粉々に粉砕されているのだ。

 「便利な世よ……。望めば瞬時に、腹を満たすことができる。だが、この国の民は、何を食べて自らの血肉としているのだ。命の宿らぬものを腹に詰め、魂が痩せてしまうのではないか」

 ふと見れば、同僚たちはスマートフォンの画面を指で弾きながら、無表情にサンドイッチを口に押し込んでいる。江戸では、食事は命を「頂く」ものだった。だが現代では、食事は効率よく「燃料を摂取」するだけの作業に成り下がっていた。



 夕暮れ時。江戸のみなみは、使い終わった大根の皮を捨てずに、細かく刻んでいた。

 現代の彼女なら、迷わず生ごみとして処理していたはずの部分だ。だが、あの棒手振りの男が天秤棒を担いで運んできた重みや、土から引き抜かれた時の大根の抵抗を思うと、皮一枚すら「不要」として捨て去ることができなかった。

 醤油と僅かな砂糖で炒め、大根の皮の「きんぴら」を作る。
 コリコリとした力強い食感は、身の部分よりもずっと「大地の意志」を感じさせた。

(江戸の人は、地球にやさしくしようなんて、理屈で考えていない。ただ、命を大切にするのが、人として一番『賢い』と知っているだけなんだ)

 みなみは、暗くなり始めた部屋で、行灯(あんどん)に小さな火を灯した。

 現代のようにスイッチ一つで部屋中を照らす光はない。だが、その微かな光があるからこそ、膳の上の湯気が白く、美しく浮かび上がる。

 不便だ。確かに、たまらなく不便だ。

 だが、この不便さの中にある「やさしさ」は、ボタン一つで届く現代のデリバリーよりも、ずっと深く彼女の空腹を満たしていた。

 住みよさの定義が、みなみの中で音を立てて書き換えられていく。
 それは、効率を極めたシステムの先にあるのではなく、一膳のご飯を愛おしむ「時間のゆとり」の中にあるのではないか。

 みなみは、作之助の身体で、最後の一口をゆっくりと噛みしめた。
 土の香りが、鼻を抜けて、身体の中の「自然」と一つになった。

 江戸が現代より劣っているなんて、誰が言ったのだろう。ここには、命が剥き出しのまま、輝いていた。

連載予定(目次)
第0話:プロローグ:時をかける清掃員
第一話:【ごみ】消えた「不要」の境界線
第二話:【食事】舌の上で解ける「命」の重み
第三話:【歩く】大地を噛む足跡、空を切る速度

...(中略)...

第十話:【巡る】江戸の風が現代をなでるとき

次回、第三話は「5月22日」に公開しました。

始まりの第0話はこちらです

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