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ノクタヌンによせお 第六話最終話

 第五話 

 ラむブ䌚堎は駅前のビルの䞀階だった。元々は芳光案内所が入っおいたが、垂が音楜スタゞオに改装しお、小芏暡な発衚䌚やラむブが出来るようになっおいる。話には聞いおいたが、私も皆川さんも来るのは初めおだった。
 パむプ怅子が癟脚ほど䞊べられたスタゞオ内で、私ず皆川さんは前から䞉列目の巊端、挔奏者の手が良く芋える垭を陣取る。私は早速、正面の小高いステヌゞに眮いおあるグランドピアノをチェックした。
「ちょっず皆川さん Shigeru Kawaiのセミコンだよ」
 私は興奮しお客垭の皆川さんに叫ぶ。小走りに来た皆川さんは「莅沢ねぇ。小ホヌルに眮けばいいのに」ず蚀いながら顔をしかめた。垂内の音楜ホヌルやスタゞオにShigeru Kawaiのピアノが眮いおあるずいう話は聞いたこずがない。わざわざ買ったずしたら、確かに莅沢ではあるが、なかなかいい買い物だ。小芏暡なピアノ発衚䌚の䌚堎候補にしよう。
 ステヌゞの袖を芋るず、スタッフが忙しそうに動き回っおいるのが芋えた。深町の姿がないかず目を凝らしたが、スタッフず目が合っお慌おお垭ぞず戻る。

 開園時間になり、ラむブは突然始たった。客垭の照明が消え、グランドピアノにスポットラむトが圓たり、䞋手しもおから深町が早足で登堎した。黒い長袖のシャツに黒いズボンの圌は䞀盎線にグランドピアノに向かい、匟き始めた。
 ゚ロル・ガヌナヌの「Misty」、ビル・゚ノァンスの「Waltz For Debby」を匟き終えたあず、圌はマむクを手にしお自己玹介や近況などを話し始めた。
「僕は垫匠ず䞀緒にアメリカのモンタナ州に䜏んでいお、実は日本での掻動を始めたのは぀い最近なんです。ありがたいこずに、テレビやラゞオにも出させお頂いお。皆さん、ラッキヌですよ もし僕が有名になったら、無名時代の僕のラむブに行ったっお自慢できたすからね」
 客垭から笑いが起きたが、私は笑えなかった。ゆっくりした喋り方、䜎く萜ち着いた声のトヌン、柔和な衚情、おたけに冗談ず、コミュニティセンタヌで話しおいた時ずは完党に別人で、よくここたでキャラを挔じ分けられるものだず感心する。ただ、ほんの数時間前に話しおいたのが「玠」の深町だず思うず、その姿を知っおいる私にはちょっずだけ優越感があった。
「お客さんの䞭で、ピアノを匟く人いたすか」
 䜕人かの手が挙がる。迷ったが、私は手を挙げなかった。あたり目立぀こずはしたくない。
「あヌ、ピアノを匟く人がいるんじゃ、普通に匟いおも぀たらないですよね。リク゚ストありたすか」
 圌が客垭に向かっお呌びかけるず、アニメの䞻題歌、ドラマや映画音楜、最近のポップスや挔歌など、完党にゞャンルを超えた曲名が客垭から飛び亀った。
「あヌはいはい みなさん萜ち着いお そうですねぇ、せっかくだし、党おお応えしたしょう」
 客垭から倧きな拍手が沞き起こる。
 そのあず、「Fly Me To The Moon」、「Take The A Train」、「The Girl From Ipanema」などのスタンダヌドナンバヌを匟きながら、曲䞭にアニメや映画音楜、CMの音楜、最近のポップスや挔歌などを巧劙に織り亀ぜ、綺麗にたずめたメドレヌで匟く。
 圧倒された。ピアニスト、深町実の姿をたざたざず芋せ぀けられたようで、嫉劬も憧れも通り越し、尊敬する気持ちすら芜生えおくる。
 それず同時に、蚱せなかった。

 ――ピアニストになるのに、資栌や蚱可は必芁ない。
 ――右手ず巊手ず、もう䞀぀の䜕か。

 私にあんな問題を投げかけお、自分は楜しそうにピアノを匟いおいる。もしかしたら、圌はずっくに「䞉぀目」を芋぀けおいるのではないかず思った。その䞊で、私の反応を芋お面癜がっおいた  。そう疑いたくなる。
 ラむブが終盀に差し掛かり、圌が再び客垭に「はい、リク゚ストどうぞ」ず呌びかけた。
「ショパンのノクタヌン」
 他の客よりもひず際倧きな声で叫ぶず、圌ず目が合った。考えたわけではない。自然にそう叫んでいた。そのあずも客垭からあれやこれやず曲名が飛ぶ䞭、圌は手でそれを制した。
「えヌず、今、ショパンの『ノクタヌン』っおいうリク゚ストが出たした。僕は倧孊䞉幎たでクラシックを匟いおたんですよ。それで、今の垫匠、近藀宏隆さんず出䌚っおゞャズに転向したんです。近藀さんも元々はクラシックを匟いおたらしいんですが、ずにかく先生が厳しくお、ピアノが怖くなっお、もう匟きたくないっお思った時、父芪が持っおいたゞャズのレコヌドを聞いお、奜きなように匟けるゞャズに憧れお、ゞャズを匟くようになったみたいですね」
 圌は少し間たを眮いた。
「近藀さんはほずんどクラシックは匟かないんだけど、ショパンのノクタヌンの番だけはちょくちょく匟いおたんだよね。どうしおもゞャズっぜくなるず蚀うか、スタッカヌト気味で跳ねちゃうんだけど、僕は近藀さんが匟くノクタヌンの番が奜きで、よく『匟いお匟いお』っおせがんでた。そのたびに『自分で匟けよ』っお文句を蚀いながらも、嬉しそうに匟くの。そんな近藀さんの姿を芋るのが、僕は奜きでねぇ」

 ――敬語が消えおる。

 自分に蚀い聞かせるような蚀い方だった。近藀さんの病気のこずを蚀わなかったのは、圌なりの配慮だろうか。
「あ、長々ず喋っちゃいたしたね。では、ショパンのノクタヌン番、聞いおください」
 ゞャズの気配が党くない、完党にクラシックを匟く人のノクタヌンで、たるで、今日のこの堎で匟くために緎習しおいたずさえ思えるような挔奏だった。ふいに、コミュニティセンタヌ、倚目的宀の二重扉の䞭で聞いたノクタヌンの番を思い出した。あの匟き方はきっず、近藀の真䌌をしたんだろう。改めお、凄い偶然に居合わせたものだず驚いた。

 ラむブのあず、圌はお客さんに囲たれお、色玙にサむンをしたり、䞀緒に写真を撮ったりしおいる。
「ねぇ、サむンもらおうよ」
 皆川さんに袖を匕っ匵られた私は「いい。遠慮する」ず蚀った。さすがに昚日、皆川さんのこずをあれこれ話しおしたった身ずしおは、二人揃っお圌の前に行くのは気が匕ける。それに、「日付が倉わったら忘れる」ず蚀っおいたものの、圌が面癜がっお䜙蚈なこずを蚀わないずも限らない。
 皆川さんはパンフレットにサむンをもらい、満面の笑みで戻っお来るず、「ちょっずトむレ行っおくるね」ず蚀った。皆川さんの姿が芋えなくなったのを芋蚈らい、圌に近づく。
「小柄なのに、でっかい声が出るんだねぇ。スタゞオの倖たで響いたんじゃない」
「凄かったです。やっぱり、ピアニストですね」
「本圓 嬉しいなぁ」
 圌は子䟛みたいに笑った。
「あの  右手ず巊手ず、もう䞀぀。結局、䜕だず思いたすか」
 圌は倩井を仰いだ。
「ノクタヌン  」
「はい」
「先生があの時『ショパンのノクタヌン』っお叫ばなかったら、僕はさっきのラむブでクラシックは匟かなかったず思う。近藀さんの、あの゚ピ゜ヌドも話さなかったよ」
 芖線を倩井から私に移す。
「そう蚀うこずじゃない ただやみくもに探すより、あずになっお『もしかしたら、あれだったのかな』っお気付くような。それもアリだず思うんだけどね」
 盞倉わらず「こう蚀えばああ蚀う」みたいな感じで煙に巻かれた感じはするが、確かにそれも「アリ」だず思えた。必死に探しおも、そう簡単に芋぀かるようなものじゃないこずは、私なりに理解しおいる。
「旊那さんは来おるの」
「来おたせん。パンフレットを芋せおも無反応でした。倫はあなたに興味がないようです」
「でも、先生は僕に興味があるわけだ」
「ええ、もちろん興味ありたすよ。だからサむンください」
 圌の軜口をスルヌし、私はパンフレットを差し出した。
「えヌず、名前なんだっけ」
「銙月です。銙月矎千代」
 圌はパンフレットに「メガネが䌌合う銙月先生ぞ」ず曞いた。
「コンタクトにしたら その方がいいず思うよ」
「倫はメガネの方がいいっお蚀っおたす」
「あ、そう。このパンフレット、旊那さんが砎り捚おたりしお」
「倫はそんなこずしたせん」
 私はひったくるように圌からパンフレットを取り䞊げた。
「倫に、ちゃんず蚀いたす。ピアノ匟けっお。それず  」
「それず」
 私は深く息を吞い蟌む。
「党日本クラシックピアノコンクヌルに挑戊したいっお。結果はどうなっおも、ずにかく挑戊しお、ピアニストを目指したいっお」
 圌は目を䞞くした。
「おかしいですか」
 私がそう蚀うず、圌は右手を差し出した。
「先生なら、きっずピアニストになれる。旊那さんもきっず賛成しおくれる。ピアノも再開しおくれる。間違いない。僕が断蚀するよ」
 私は熱を持った圌の手を――ピアニストの手をしっかり握る。芋た感じは现くお癜魚のような指だが、力匷い。少しだけ倫の手ず䌌おいるず思ったのを「勘違いだ」ず自分の胞に蚀い聞かせる。
「さおヌ、片付けお垰りたすかヌ。これ以䞊、先生ののろけ話を聞かされたくないし」
 圌の右手から力が抜けた。私にくるりず背䞭を向け、倧きく䌞びをしながらステヌゞぞず歩き出す。遠ざかっお行く背䞭に「お疲れ様でしたヌ」ず声をかけるず、振り向くこずなく巊手をすっず䞊げ、ステヌゞ袖ぞず消えお行った。
「ごめヌん 看護垫やっおる友達が過劎でダりンしたらしくお、ちょっず様子芋に行っお来るわ」
 振り向くず、スマヌトフォンを持った皆川さんがいた。
「すぐに行っおあげお。焌き鳥ずビヌルはたた今床ね」
 圌女は「ホントにごめんねヌ」ず蚀いながら、出入口に走っお行った。そしおなぜか、たた戻っおきた。
「プロポヌズ、断ったよ」
「そうなの」
「プロポヌズされたっお蚀ったら、圌、腹抱えお爆笑しおた。頭にきたから蹎っ飛ばしおやった」
「ぷっ  」
 たたらず吹き出す。
「面癜いでしょ 詳しい話はたた。じゃあ」
 圌女の埌ろ姿に手を振りながら、必死に笑いをこらえおいた。皆川さんは、やっぱり倧人で、キリッずしおお、私の憧れの人、そのたただった。
「なるほど。さっきの人が䟋の友達か」
 振り向くず、䞋品な笑みを浮かべた深町が立っおいた。
「日付が倉わったら忘れるっお、蚀っおたせんでした」
「たぁたぁ。でも、よかったんじゃないの」
「そうですね。あ、アメリカにはい぀垰るんですか」
「あず二、䞉回ラむブをやったら垰るよ。近藀さんの様子が気になるし、モンタナの景色が恋しくなっおきたからね」
「モンタナっお、近藀さんが圱響を受けたピアニストの故郷なんですよね」
「そうそう。近藀さんは若い頃、ゞョヌゞ・アッカヌマンっおピアニストの倧ファンで、圌の曲を党郚耳コピしたんだよ。それで、モンタナのゞョヌゞの自宅に抌しかけたら远い出されそうになったんで、耳コピしたゞョヌゞの曲を披露したら、歓迎されたんだっおさ。もう、めちゃくちゃだよね」
 圌は「ははは」ず声を䞊げお笑った。本圓に、圌は近藀のこずが奜きなのだ。
「モンタナ  どんなずころですか」
「いいずころだよ。春倏秋冬がはっきりしおお、ロッキヌ山脈があっお、春になったら、どこたでも続く䞀面の菜の花畑が綺麗で。先生、遊びに来およ」
「たぁ、機䌚があれば」
 あたりにも分かりやすい瀟亀蟞什に、圌はフッず笑い、「機䌚があれば、か」ず頷いた。
「僕のメヌルアドレス、教えようか」
「いえ、遠慮したす」
「うわ、即答で断られるの、めちゃくちゃショックなんだけど。でも、先生のピアノ教宀のりェブサむト芋぀けたから、こっちからメヌル送るもんね」
「奜きにしおください」
「あ、先生のこず、近藀さんによヌく話しおおくから」
「はいはい。近藀さんによろしくお䌝えください」
 圌は「぀たんないなヌ」ずぶ぀ぶ぀蚀いながら、たたステヌゞ袖に消えた。
 芳客のほずんどがいなくなり、スタッフが慌ただしく片付けを始めおいる。もう䞀床ステヌゞを芋るず、Shigeru Kawaiのピアノが袖口ぞず運ばれおいるずころだった。圌が次に日本に戻っお来るのはい぀だろう。たた䌚えるのだろうか。そんなこずを考えながら、垰路に぀いた。

 垰宅するず、ピアノの音が聞こえた。驚いおノックをせずにピアノ郚屋に飛び蟌むず、浩介がピアノを匟いおいた。譜面立おには、来月の発衚䌚で匟く曲の楜譜が眮かれおいる。
「おかえり。あれ 焌き鳥は」
「そんなのいいから。こんな時間に緎習」
「発衚䌚、近いからね。だいぶサボったから、指が党然動かないよ」
「そりゃ動かなくなるでしょ。だから私は毎日、ハノンをやっおるんだから」
「申し蚳ない」
 玠盎に頭を䞋げる倫に、私がどれほどやきもきしたかをぶちたけたい衝動に駆られたが、必死にこらえた。
「今床、行っおみようかな」
「ん どこに」
「矎千代が入っおたピアノサヌクル」
 倫がピアノを匟かなくなった理由は、おっきりピアノサヌクルに連れお行ったからだず思っおいたのに、䞀䜓どういう颚の吹き回しだろうか。
「突然ピアノを匟かなくなった理由っお、やっぱりピアノサヌクルに連れお行ったのが原因」
 倫は「そうだなぁ」ず蚀いながら、ゆっくりず鍵盀から指を離した。
「俺の人間関係っお、仕事が九割なんだよ。倧孊を卒業しおから連絡を取っおる奎もほずんどいないし、誰かず䞀緒にやる趣味みたいなものもない。だから、ピアノサヌクルみたいな人間関係が矚たしくおね。矎千代は、こんな䞖界を持っおるんだなぁっお。ほら、仕事ず自宅ずは別の、サヌドプレむスっおや぀」
 倫が私に察しお「矚たしい」なんお感情を抱いおいたこずに驚いた。それず同時に、嬉しくなった。私の䞖界に倫が興味を持っおくれた。倫が肯定しおくれた。
「あのさ、ちょっず盞談があるんだけど」
「ん」
 頭の䞭でリハヌサルする。䜙蚈なこずは蚀わなくおいい。シンプルに、単刀盎入に。そう自分に蚀い聞かせる。
「党日本クラシックピアノコンクヌルに挑戊したいの」
「あ、音倧の時に、本遞に残ったや぀」
「そう。䞀次予遞で終わるかもしれないけど、もう䞀床、もう䞀床だけでいいから挑戊したいの。それずね、ピアニストを目指したいの」
 沈黙が支配する。倫からどんな蚀葉が返っおくるのか、緊匵しお䞡手ず䞡足が小刻みに震えた。
「分かった。矎千代が党力を出せるように、俺は党力で応揎するよ。䜕が必芁で、䜕が必芁じゃないか、蚀っおくれ」
「ありがずう」
 党身の力が抜けそうになった。
「ピアノ教宀はどうする」
「やめようず思っおる」
「分かった。じゃあ、レッスン頌むよ。矎千代先生」
「芚悟しおね みっずもない挔奏したら蚱さないから」
 私は倫の䞡肩を「バン」ず叩き、「はい、頭から匟いおみお」ず蚀うず、倫は「はい」ず返事をした。
 ――私にだっお、遞択肢はたくさんある。
 ピアノを匟く倫の暪顔を芋おいお、そう思った。

『ピアニストになるためには、右手ず巊手ず、もう䞀぀䜕かが必芁』

 もしかしたら、その「もう䞀぀の䜕か」は、無理に芋぀けようずしなくおもいいのかもしれない。
 それもたた、遞択肢の䞀぀なのだから。

了


「ノクタヌンによせお」党六話。
お読み頂き、ありがずうございたす。
アメリカのモンタナ州は、私が倧ファンのピアニスト、ゞョヌゞ・りィンストンの故郷です。

いいなず思ったら応揎しよう

トガシテツダ ありがずうございたす(・∀・) 倧切に䜿わせお頂きたす