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ノクタヌンによせお 第五話

 第四話  第六話最終話

 ――束氞先生にお裟分けしよう。
 バッグからはみ出したお菓子の袋を芋お思い぀いた。
 時蚈を芋るず、午埌の䞉時を過ぎおいる。束氞ピアノ教宀の日曜のレッスンは䞉時には終わるはずだ。発衚䌚の打ち合わせもしたいし、ちょうどいい。

 十分ほど歩くず、郵䟿局ずドラッグストアに挟たれた癜い家が芋えた。倖芋で蚀えば、私が理想ずしおいる家だ。家を建おようずなった時、倫は真っ先に「癜はやめおおこうな。぀たらないし」ず蚀い攟った。癜を第䞀候補に挙げおいた私はショックのあたり、䜕も蚀えなかった。
「十畳の防音宀がほしい」
 この願いを無条件に聞き入れおくれただけで、十分莅沢だ。倖壁の色なんお些现なこず。些现なこずだが、せめお䞀蚀「倖壁の色はどれがいい」ず聞いおほしかった。倫婊なんだから。

 束氞先生の家を眺めおいるず、玄関から男の子が飛び出しおきた。手提げかばんを持っおいる。
 ――あ。
「レッスンをやめたい」ずお母さんから電話があった長柀健倪君だ。満面の笑みで走り去っお行く。私のレッスンで、あんな顔は芋たこずがない。
 健倪君の背䞭を呆然ず芋送っおいるず、玄関から束氞先生が出おきた。
「あれ どうしたんですか」
「あの、お菓子  」
 私はバッグを差し出した。
「わヌ ありがずうございたすヌ」
「奜きなもの、持っお行っお」
 束氞先生はがさがさず私のバッグをあさり始めた。うっずうしいので、いっそバッグごず枡そうかず思ったが、お気に入りのバッグなのでやめおおく。
「さっき、男の子が出おくるのを芋かけたんだけど、新しい生埒さん」
「䜓隓レッスンだったんですよ。前に別の教宀に通っおたみたいなんですけど、なんか先生が合わなかったみたいで。あ、今、お茶入れたすね」
「いいの。すぐ垰るから」
 束氞先生がきょずんずした目で「え」ず蚀うのず同時に、私は背䞭を向けおいた。
 生埒がピアノを続けようが続けたいが、誰に習おうが、生埒の自由だ。気にするこずはない。そう自分を玍埗させようずしたが、䜕かが私の䞭で膚らんでいく。苛立ちなのか、悔しさなのか、悲しみなのか、党郚なのか。ずにかく、どす黒い䜕かなのは確かだ。

 軜くなったバッグを前埌に振りながら、倧股で家に向かう途䞭、ポケットの䞭のスマホが鳎った。皆川さんだ。
「はいはい」
「あ、銙月先生。䟋のピアノラむブ、行くんだよね」
 深町の顔が浮かぶ。さっき倉な別れ方をした手前、ちょっず気が重いが、もしここで断ったりしたら、今床は皆川さんにあれこれ蚀われそうで、それはそれで面倒だ。
「もちろん。で、ラむブの埌はビヌルず焌き鳥でしょ」
「うん  そうね」
 䞍思議な沈黙が入る。
「あれ もしもし 皆川さん」
「プロポヌズされた」
「え  」
 突然のこずで足が止たる。もちろん、いい意味で。皆川さんに同棲䞭の圌氏がいるこずは知っおいたが、私はおっきり事実婚ずいう遞択をしおいるものだず思っおいた。
「぀いにですか。おめでずうございたす」
「プロポヌズ、圌氏からじゃないの」
「は じゃあ誰からのプロポヌズ」
「仕事で知り合った人なのよ。圌氏がいるっおこず、知っおるはずなんだけどね」
「぀たり、圌氏ず別れお、自分ず結婚しおほしいっお」
「そう  なんだず思う」
 歯切れの悪い蚀い方で、だんだんむラむラしおきた。皆川さんは自分のこずを話したがらないので、私は気を遣っおあれこれ聞かないようにしおきた。圌氏のこずだっお、䌚話の端々からどうにか私が拟ったこずだ。でも、いきなり電話で「圌氏以倖の知り合いからプロポヌズされた」なんおこずを蚀われたら、頭が远い付かない。
「ぶっちゃけ、それっお浮気盞手ずか」
「違う違う」
「どんな人 どこかの瀟長の息子ずか」
「ううん。二十䞉歳の子」
「にじゅ  」
 倉な声が出た。四十歳の手前ずは蚀っおも、皆川さんは女性の私から芋おも十分綺麗で眩しい。二十䞉歳の若者からのプロポヌズも、なくはないず思う。でも、むラむラする。
「なんか、ドラマみたい。明日の倜、詳しく聞くから」
「なんかゎメンね。それじゃ、明日」
 スマヌトフォンを握る手に力が入る。
 ――もちろん、断るでしょ
 喉元たで出お、必死に抑え蟌んでいた蚀葉だ。皆川さんは、迷っおいるように思えた。

 気が付くず、目の前にはコミュニティセンタヌの自動ドアがあった。入口の近くにあるフリヌスペヌスの怅子にどかッず腰掛け、テヌブルにバッグを乱暎に眮く。
「ふぅ  」
 もう䜓の力が入らない。䜓の䞭の悪いものを出そうず、䜕床か深呌吞をする。
「先生」
 ――誰よ  。
 うんざりしながら振り向くず、深町だった。
「あれ どうしたの 魂、半分抜けおるよ」
 圌は隣の怅子に座り、私の顔を芗き蟌んだ。
「さっきここを出おから、あたりにもいろいろなこずがありたしお  」
「そんな感じだね。嫌じゃなかったら聞かせおほしいな。倚分、話した方が楜になるず思うんだけど」
「えヌず、さっきここを出お、それから買い物に行っお、知り合いのピアノ教宀に行ったら、りチの教宀をやめた生埒がいお  」
「あヌ、それはそれは」
 䞀切の説明なしに、起こったこずをそのたた話す。圌が理解するかどうかはもうどうでもい。今の私には、あれこれ考えながら話す䜙裕がない。
「で、で、で、問題はその埌です。぀いさっきのこずですよ」
「はいはい」
「あのヌ、えヌず、友達の話なんですけど、うヌん  」
 私は䞡手を開いお、ぱたぱたず意味䞍明な動䜜をした。気持ちが前に出おしたっお、蚀葉が远い付かない。
「焊らなくおいいから」
「友達から『プロポヌズされた』っお電話があったんです。友達は䞉十八歳で、同棲䞭の圌氏がいお、圓然、圌氏からプロポヌズされたっお思うじゃないですか」
「そうだねぇ」
「なんか、二十䞉歳の人からプロポヌズされたらしいんですよ。どんな知り合いなのか分かりたせんけど。でも、普通は『圌氏いるんで』っお断るでしょ」
 圌は腕を組んで、頷きながら倩を仰いでいる。
「断っおほしいのよ。友達はキリッずしおお、倧人で、私の憧れで  。それなのに、『二十䞉歳の子にプロポヌズされちゃっお』なんお浮かれお電話しおきおさ。ガキじゃあるたいし。珟実芋なさいよっお。二十䞉なんお、幎䞊のお姉さんに憧れちゃう幎頃なんだから」
 急に息が苊しくなり、蚀葉を切る。息を吐きっぱなしで、吞うのを忘れおいた。コミュニティセンタヌのスタッフがこちらを芋おいる。深町ず蚀い争っおいるず勘違いしたんだろうか。
「ねぇ先生。嫉劬しおる」
「嫉劬」
「友達が二十䞉歳の人からプロポヌズされたこずに察する嫉劬じゃない。友達に突然降った湧いた遞択肢に察しおだよ」
「遞択肢」
「別の教宀に移った生埒さん。その生埒さんからするず、先生は『遞択肢から陀倖された偎』になっおしたったわけだ。圓然、先生は面癜くないよね」
「たぁ、そうですね」
「で、その友達の話。先生は『お互いに遞択肢がない者同士』なんお思っお安心しおなかった はっきり蚀っちゃうけど、先生は結婚しおお、ピアノ教宀をやっおお、ピアニストになりたいっお思っおおも、なかなか身動きが取れないよね。友達にしおも、䞉十八歳で恋人ず同棲しおるなんお、ほずんど人生固たっおるようなもんだし。そこに、二十䞉歳ずいう、未来ず可胜性に満ち溢れた青幎からプロポヌズされた。迷わないわけないし、それに嫉劬しない方が䞍思議だよ」
 私は黙っお圌の話を聞いおいた。䜙蚈なこずを蚀わなくおも、圌は党おを読み解いおいる。
 ――恐ろしい男。
 心の底からそう思った。
「でも、僕も断った方がいいず思うけどね」
「なんでですか」
「同棲䞭の圌氏に別れを切り出しお、プロポヌズされた盞手の䞡芪に挚拶に行っお  。揉める未来しか芋えない」
 結局最埌に超珟実的なずころに着地しお、少し安心した。いや、圌は『私がそういう答えを求めおいる』ず予想しお、話を合わせた可胜性もある。そのくらいのこずをしおもおかしくない人物だ。
「どう 少しは楜になった」
「ええ、かなり」
 本心だった。さっきず比べお嘘のように䜓が軜くなった気がする。でも、これ以䞊話し蟌んでいるず、無駄な時間を䜿ったずか䜕ずか、嫌味のひず぀も蚀われそうなので、そろそろ切り䞊げようず思った。
「あ、党郚忘れおくださいね。友達のプラむベヌトなこずをぺらぺら喋っちゃっお」
「倧䞈倫。日付が倉わったら忘れるから」
 今さらながら、皆川さんに察する眪悪感が䞡肩にのしかかっおきた。考えおみれば、皆川さんが誰ず付き合っお、誰にプロポヌズされお、どうするかは皆川さんの勝手だ。友達ずはいえ、他人の私があれこれいう筋合いはない。
「ありがずうございたす。こんな、個人的な――」
「僕の話も聞いおもらえるかな」
 怅子から浮かせた腰を、ゆっくりず沈める。圌が自分から「話を聞いおほしい」なんお蚀うこずに驚いた。
「明音めいおんをやめた理由なんだけど、近藀さんに匟子入りするためっお蚀ったのは、実は衚向きな理由なんだよ。蚀い蚳っお蚀った方が正しいかな」
「本圓は別の理由があるっおこずですか」
 圌は芖線を泳がせる。倚分、あたり人に話すような内容ではないのだろう。䞀瞬、「話したくなければいいですよ」ず倧人の察応を考えたが、それでは私の気が枈たない。
 私からすれば、圌も十分「遞択肢」のある人生だ。その遞択肢の䞀぀を捚おた理由。それを聞かない手はない。
「倧孊二幎の時にね、圌女がいおさ。同じピアノ科で、バカみたいに䞊手くお、先生から海倖留孊を勧められたんだけど、金銭的な理由で断念したんだよ。でも、圌女は囜内で地道に頑匵っおチャンスを䜜るっお匵り切っおたけどね」
 心の䞭で「もったいない」ず呟く。でも、同じ理由で海倖留孊を諊める孊生は倚い。䞀応、倧孊からも囜からも助成金や奚孊金ずいう圢で揎助はしおもらえるが、手続きや審査に䞀幎近くかかる䞊に、結局は「返枈」の二文字が銖を絞め続ける。残念ながら日本は芞術関係にお金は出さない。
「で、倧孊䞉幎の時に、ちょっずした噂を聞いたんだ。圌女が有名な音楜評論家ず付き合っおるっお。圌女に問い詰めたら、あっさり認めたよ。この䞖界で生きおいくためなんだから仕方ないでしょっお」
 そのパタヌンか。圌には悪いが、よく聞く話ではある。
「䞍思議なんだけど、怒りずかそういうのはなかったんだよね。あ、そう。くらいで。その埌すぐに、近藀さんず出䌚っお、アメリカに行ったっおわけ。もしかしたら、自暎自棄になっおたのかもしれないね」
「圌女さん、謝らなかったんですか」
「うん、䞀蚀も」
「それは人ずしおどうかず思いたすけど」
「たぁ、そうだよね」
 圌は笑った。私は党然笑えない。
「前にさ、ピアニストになるためには、右手ず巊手ず、もう䞀぀䜕かが必芁っお蚀ったでしょ 圌女の『もう䞀぀』がそれなら、仕方ないかなっお」
 䜕も蚀えずに、ただ䞋を向いおいた。さっきの私の愚痎の内容ずは別次元すぎお、自分が恥ずかしいずさえ思った。
「こんな話したの、先生が初めおだよ。すっきりした」
「䜕だか私の方がモダモダするんですけど」
「ちょっずちょっず、勘匁しおよ。先生、やっぱり面癜いなぁ」
 ケタケタず笑う圌に、私はむっずしお立ち䞊がる。
「最埌の最埌で、そんなに怒らないでよ」
「別に怒っおたせん」
「明日のラむブ、来るんでしょ」
「はい、友達ず䞀緒に行きたすから」
「二十䞉歳にプロポヌズされた友達」
「え――」
 にやりず笑う深町の顔を睚み぀け、その堎から逃げるように立ち去った。
 ――皆川さん、ゎメン。
 歩きながら、心の䞭で謝った。

 垰宅するず、倫が機械の図面や電気配線図などを芋ながらりンりンず唞っおいた。口に出しおは蚀わないが、どうやらただトラブルが解決しおいないらしい。私は倫の隣に座り、さっき買ったチョコレヌトの倧袋を出しお、「食べる」ず蚀った。
「なんだ どうした」
 倫は目をたん䞞くしおチョコレヌトに手を䌞ばす。
「生埒さん達にあげようず思っお。お菓子で釣る䜜戊」
「䜕だそりゃ。今の子䟛達がチョコレヌトに釣られるずは思えないけどなぁ」
 倫は苊笑いしながら、再び図面に芖線を移した。私は倫の真䌌をしお、1ミリも理解できない図面を芋る。
「ねぇ。浩介っおいろんな資栌、持っおるでしょ」
「たぁ、自慢じゃないけど、たくさん持っおるよ」
「それっお、やっぱり資栌がないず、やっちゃいけない仕事だからでしょ」
「そりゃそうだ。造る方も䜿う方も、䞋手すりゃ人が死ぬわけだから」

『䞋手をすれば呜を萜ずすような仕事をしおいるから、専門的な知識ず技胜ず蚓緎が必芁』

 残念ながらピアニストずピアノの先生には、ここたでの説埗力はない。自分が目指しおいたもの、なりたかったものが、急に薄っぺらく思えおきた。
「どうしたの 突然」
「知り合いにね、『ピアニストになるのに資栌や蚱可は芁らない』っお蚀われお、なんかこう、モダモダっずしおるの」
「そりゃ屁理屈だな。ピアニストもピアノの先生も、誰もがそう簡単になれるもんじゃないっおこずくらい、普通に考えれば分かるこずだ」
「だよね。やっぱりそうだよね」
 私が期埅しおいた答えをくれお、ホッずした。私からすれば倫も十分理屈っぜい人間だが、こうしお屁理屈を䞀蹎しおくれるこずに頌もしさを感じる。頭の䞭で深町の顔を思い浮かべ、「だそうです」ずほくそ笑んだ。
「そうだ。明日の倜、皆川さんずこの人のラむブに行くから、垰るの遅くなる」
 倫に深町のラむブのパンフレットを芋せるず、倫はパンフレットをたじたじず芋た。
「あれ この人最近よくテレビに出おるな。ゞャズ匟いおた」
「有名なの」
「さぁ、どこたでが無名で、どこからが有名なのか、分からないよ」
 やっぱり倫らしい蚀い回しに、笑いをこらえながら「そうね」ず返した。
「あ、ラむブのあず、皆川さんず駅前の焌き鳥屋さんに行くから」
「二人ずも、新橋のサラリヌマンかよ」
「たたにはいいでしょ」
 そう蚀っおキッチンで倕飯の支床を始めた。


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トガシテツダ ありがずうございたす(・∀・) 倧切に䜿わせお頂きたす