「泥の檻・改 シーン06・フリクション」
悲しい事故から数週間経ったでしょうか。
まだ心が癒えきってない状態で、このドロドログチャグチャな小説を書けるのだろうか? 無理だ。絶対に。
ということでプロットをちゃぶ台返しして、ゼロから描き直し。うん、これなら何とか!
前話はこちら。
「泥の檻・改 シーン06・フリクション」
ここで小説の視点は、式マコトに変わる。マコトはSHR(ショートホームルーム)の間、ずっと折目しのぶについて考えていた。
当然だ。突然目の前に現れた女子高生、折目しのぶ。彼女はマコトの心を読んだかのように、それまでマコトが考えていた、「校内美少女連続失踪事件」のことを、マコトに話したのである。
(解せない。そんなことが、あり得るのか)
一瞬後、まあ、あり得るんだろうなとマコトはすんなりと受け入れた。
(問題はアイツの能力が、読心術なのかどうかだ)
腕組みをし、黒板をにらみつけるマコト。しかし彼には黒板の文字は見えていない。彼はその向こう、未来を見ていた。だが、彼女の能力の見当が付かない以上、その未来もマコトには見えるはずがなかった。
(しょうがねえ。少々危険だが、約束通り昼休みに図書館のベランダに行ってやろう。しかし、「全部教えてあげる」って、どういう意味だ。俺の知らないあんなことやこんなことまで、この世の全てを教えてくれるってことか? いや、そうじゃないな。「美少女連続失踪事件」の真相なんだろう。まあ、それなら俺も興味あったし丁度いい。多少のリスクは望む所だな)
◇ ◇ ◇ ◇
昼休み。
折目しのぶは早めに待ち合わせの場所に到着し、コンクリートの床にあぐらをかいて、文庫本を読んでいた。
ガラリ、と音がしてベランダに式マコトが出てきた。
「お、おい、お前なんて恰好だ!」
「は? ここにはあたし以外に人は来ない。なので大丈夫だ」
「大丈夫じゃねえだろ! 椅子を持ってきてやるからそれに座れ!」
余計なことを、と思ったが口には出さなかった。他の男達とちょっと違う式マコトの言動が、なぜかしのぶには心地よかったのだ。なにが違うのかはわからなかったが。
マコトは図書館から椅子を2つ持ってきて、ベランダに並べて置いた。そしてその一つに座り、弁当を食べ始めた。
「ほう、弁当か。自分で作ったのか?」
「いや、妹に作ってもらった。で、俺に何を教えてくれる気だ?」
「まあ、待て」
しのぶはゆっくり立ち上がり、椅子をマコトから少し離して座った。しのぶが膝の上に置いた文庫本のタイトルを盗み見たのか、マコトが言った。
「お、夢野久作じゃねえか! しかも少女地獄! 女の子が珍しいな、モグモグ」
弁当をほおばりながら、マコトが言った。
「ああ。この本はもう三百回くらい読んでいる。お前こそ夢野久作を知ってるとは、若いのに読書家なんだな」
マコトが、ぴたりと箸を止めた。ゆっくりとしのぶの顔を見て、口の横にご飯粒をくっつけたまま言った。
「少女地獄を三百回も、か。それが本当だとしたら、お前、俺と似た能力を持ってるな? モグモグ」
「何?」
しのぶは驚きに目を見開き、マコトの顔を見た。彼は余裕の表情で、ご飯を咀嚼しながら微笑んでいる。しのぶはあわてて彼から顔をそむけ、小声で言った。
「オリウス……、オリウス……。早く時間を止めて。コイツ何かおかしい」
一瞬ののち、周囲をヒヤリとした何かが包んだ。オリウスによって、時が止められたのだ。ふう、と軽く深呼吸するしのぶ。
眼前に黒い霧が集まり、オリウスが実体化した。しのぶが久しぶりに見る、完全に実体化したオリウスの姿だ。何年ぶりだろう?
黒いマントをばさりと翻して、オリウスがしのぶに言った。
「しのぶよ、どうしたのだ。今回はうかつな事ばかりをしているぞ」
「そ、そうね。ちょっと人間を嘗めすぎていたかも知れない」
「うむ。まあそれはしょうがない。この数十年で、日本人の知能は確実に落ちているからな。この事態は私にとっても、予想外のことだ」
「この事態って、あなたは何を知っているの、オリウス」
「何も……。この男が怪しい行動をしていたので、しのぶに注進をして、調べてもらおうとしただけだ」
「そう……」
うかつといえば、そもそもオリウスのその注進がうかつだったのだ。別にマコトに直接合わせずとも、地下の寺院でゆっくりと話をすればよかったのだ。たぶんオリウスも、人間を嘗め切ってしまっていたのだろう。
「あなたにも多少の落ち度があったわね。お互いに反省しないとね」
「うむ」
しのぶは椅子から立ち上がり、マコトを見ながら言った。
「で、今はどういう状況なの?」
オリウスは即答した。
「我々の前に、ひょっとして我々と同じ能力、つまり時を止める能力を持っているかも知れない男が現れた、という所だ」
しのぶは唇を噛んだ。やはりそうか。とても信じられない話なので、オリウスに確認してみたが、彼もしのぶと同じ理解だった。
オリウスは続けた。
「だが、ただのこの男の妄想かも知れない。現に今も、こうやって我々の能力の前に、何も出来ずにフリーズしたままなのだからな」
「そう……ね」
そこでしのぶはぎょっとした。さっきは、椅子に座っているしのぶを見ていたマコトの視線が、今は立っているしのぶに向けられていた。
気のせいだろうか? いや、今はちゃんと確認するべきだ。
「オリウス、こいつちょっとずつだけど動いているかも知れない」
「ふむ……」
しのぶは確認のため、マコトに近づき、その頬を思いっきり平手打ちした。衝撃で、マコトの顔は横に向いた。次にしのぶは、マコトの顔の角度を元に戻し、口一杯につばをためてペッとマコトの顔に吐いた。
そのまま体感時間で数分待ってみたが、マコトの身体に変化はない。
「気のせい?」
そう言ったしのぶに、オリウスは返事をしない。しのぶは念のため、右手を差し出し、マコトの顔面に、特にマコトの二つの目に、ずぶずぶと指を差し入れた。それでもマコトに変化はない。
「気のせいではないとしたら、今すぐここで、ベランダから地上に落としてやればいいのだけれど」
しのぶはマコトの制服の襟首をつかみ、ぐいっと引っ張った。身体のちっちゃなしのぶなので、苦労はしそうだが、時間さえかければ、手すりから地上に落とすことは出来そうだ。
しかしその時……。
ガシャン、という音を立てて弁当箱がコンクリートの床に落ちた。
「はっ!」
見ると着地の姿勢がよかったようで、弁当箱の中身は崩れてはいたが、周囲にはこぼれてはいない。しのぶはそっとマコトを椅子に座らせ、弁当箱を拾ってマコトに持たせた。
「ど、どうやら意識は本当にないようね」
「そのようだな。さて、どうしたものか」
と、オリウスは言ったが、決まっている。オリウスに決めさせれば、きっとこの男を消せというだろう。しかししのぶは、そうしたくなかった。この250年間、凍り付いて動かなくなっていたしのぶの心が、なぜかこの男を見ていると、揺れ動くような気になるのだ。この男をもう少し見てみたい、としのぶは思っていた。
「そう、ね」
なんとかオリウスに、式マコトの消去を保留させる案はないものだろうか? と、脳をフル回転させて考えるしのぶであった。こんな時、オリウスをフリーズさせる能力があればどんなに楽だろうと、しのぶは初めて、そう思った。
(続く)
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