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シルバーウィークの北陸|丸岡城と福井のおすすめ宿

丸岡城は長いあいだ、現存する日本最古の天守とされてきました。

天正4年、1576年。柴田勝家の甥である勝豊が築いたと伝わり、その時期の建築がそのまま残っている。そう説明されてきたのです。

ところが2019年、この通説が覆りました。

坂井市が実施した調査で、部材の年代測定などから、天守が建てられたのは1620年代であることが明らかになったのです。城の創建自体は1576年でも、いま建っている天守はそれより40年以上あとのものだった。

「最古」の看板は下ろすことになりました。

ただ、私はこの話がむしろ好きです。思い込みを、科学が静かに訂正した。 そういう出来事が起きた城として見ると、あの小さな天守が違って見えてきます。

11年ぶりの5連休で行く北陸、その中心に丸岡城を置いた3日間を組みました。




丸岡城の、本当の見どころ

「最古」でなくなったとしても、丸岡城が特別な城であることは変わりません。理由は屋根にあります。

笏谷石の、石瓦

丸岡城の屋根は、石でできています。

笏谷石という、福井市の足羽山で採れる凝灰岩です。青みがかった灰色をしていて、水に濡れるとその青が濃くなる。この石を薄く加工し、瓦として葺いてある。

なぜこんな面倒なことをしたのか。理由は気候です。

北陸の冬は、雪が積もり、凍結と融解を繰り返します。通常の土瓦だと、瓦に染み込んだ水が凍って膨張し、割れてしまう。凍害です。

そこで、この土地で採れる硬い石を瓦に使った。合理的な選択でした。

石瓦を全面に葺いた天守は、現存12天守のなかで丸岡城だけです。ぜひ屋根を見上げてください。土瓦とは光の反射がまるで違います。

望楼型という、古い形

天守の形式は望楼型。一階部分の入母屋屋根の上に、望楼を載せたような構成です。

関ヶ原の戦い前後までの天守に多く見られる古い形式で、後の層塔型に比べると、どこか不揃いで手作り感が残ります。この不揃いさが、望楼型の魅力です。

内部の階段は、かなり急です。傾斜が65度を超える箇所があり、備え付けのロープをつかんで登ることになります。足元にはお気をつけください。

福井地震と、再建

1948年の福井地震で、丸岡城の天守は倒壊しました。

しかし解体されたのではなく、倒れた部材を回収し、可能なかぎり元の材を使って組み直されたのです。1955年に修復再建が完了し、現在も重要文化財に指定されています。

このシリーズで阿蘇神社の楼門についても同じことを書きました。壊れたものを、元の材で戻す。日本の建築文化に流れている一つの姿勢が、ここにもあります。

現存12天守を巡るルートは【シルバーウィーク2026】5連休で巡る現存12天守にまとめています。


3日間の組み立て

1日目:丸岡城から、あわら温泉へ

丸岡城の見学は1時間ほど。城跡公園としてはコンパクトです。

天守のふもとには「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」の石碑があります。徳川家康の家臣・本多重次が陣中から妻へ送った手紙で、日本一短い手紙として知られます。

「お仙」とは、後の丸岡城主・本多成重のこと。父から息子への気遣いが、この短い一文に凝縮されている。日本一短い手紙の館という施設もあり、こちらでは全国から寄せられた手紙が読めます。

そのまま車で20分ほど北上すれば、あわら温泉です。

2日目:永平寺と、一乗谷

永平寺は、曹洞宗の大本山。丸岡城から車で30分ほど。

寛元2年、1244年に道元が開いた寺です。33万平方メートルの敷地に70を超える伽藍が建ち並び、いまも200人近い雲水が修行しています。

観光寺院というより、修行道場を見学させてもらっているという感覚に近い場所です。回廊を歩いていると、掃除をする雲水とすれ違う。私語を控えるべき空気が、自然と伝わってきます。

もうひとつ、一乗谷朝倉氏遺跡

戦国大名・朝倉氏の城下町がまるごと発掘された遺跡です。武家屋敷、町屋、道路、井戸。当時の町並みが立体的に復元されており、日本のポンペイと呼ばれることもあります。

織田信長に攻められて焼き払われ、そのまま土に埋もれた。だからこそ、当時の姿がそのまま残った。皮肉な話です。

お子さん連れなら、勝山の福井県立恐竜博物館という選択肢もあります。日本の恐竜化石の多くが福井から出ていることもあり、展示の規模は国内随一です。

3日目:東尋坊と、越前海岸

東尋坊は、輝石安山岩の柱状節理が1キロにわたって続く海食崖です。

高さ25メートルの断崖が屏風のように連なる。このような規模の柱状節理は世界的にも珍しく、国の天然記念物に指定されています。

9月下旬の日本海は、まだ穏やかな日が多い時期です。夕日の名所でもあります。

そのまま越前海岸を南下すれば、荒々しい岩場と青い海が続きます。バイクで走るなら、かなり気持ちのいい道です。


あわら温泉|宿ごとに、湯が違う

このシリーズでは、草津の6源泉、伊香保の黄金の湯と、湯の分配の話を続けてきました。

あわら温泉は、また別の形をしています。

あわらでは、旅館がそれぞれ自前の源泉を持っています。 温泉地全体で共同の配湯をするのではなく、宿ごとに湯を掘り、引いている。全国的にも珍しい形です。

つまり、宿を変えれば湯も変わる。同じあわら温泉でも、泊まる宿によって湯の性格が違うということになります。

開湯は明治16年、1883年。田んぼに井戸を掘ったところ温泉が湧いた、というのが始まりと伝わります。120年余りの歴史をもつ、福井随一の温泉地です。

グランディア芳泉

7000坪の敷地に日本庭園を配した宿です。自家源泉を3本引いています。

坂井平野を見渡す展望大浴場のほか、露天風呂付き客室の棟がいくつかあります。庭園に面した離れ、露天風呂付きの特別室など、部屋のタイプが多い。

恐竜ルームという客室もあり、お子さん連れにはこれが刺さります。9月21日は敬老の日でもあるので、三世代旅行の候補として現実的な宿です。

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まつや千千

あわら温泉郊外、田園に囲まれた立地です。こちらも自家源泉。

売りは北陸最大級の広さを誇る大浴場。とくに女性側はジャグジー、サウナ、寝湯、ひとりじめの湯と種類が豊富で、館内で湯めぐりができる構成になっています。

温泉街の中心から少し離れているぶん、静かに過ごせます。

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越前がには、間に合いません

正直に書いておきます。

福井といえば越前がに。ですが、解禁は11月6日です。シルバーウィークには、まったく間に合いません。

その代わり、9月の福井には別の楽しみがあります。

越前おろしそば。大根おろしをたっぷり乗せた冷たいそばで、辛味大根を使う店もあります。永平寺周辺にも名店が点在しています。

ソースカツ丼。福井のカツ丼は卵でとじません。薄めのカツをソースにくぐらせて、ご飯に載せる。これが福井の標準です。

甘えび若狭ぐじなども秋の味覚です。カニがなくても、食べるものには困りません。

なお、永平寺や一乗谷の紅葉は11月上旬から中旬が見頃です。こちらもシルバーウィークには早い。9月下旬に紅葉を見たい場合は、シルバーウィークに紅葉は間に合うか|東北・紅葉先取りの旅(URL_TOHOKU)にまとめた標高の話をご覧ください。


福井へ向かう前に、押さえておきたいこと

アクセスが良くなりました

2024年3月に北陸新幹線が敦賀まで延伸し、首都圏から福井へのアクセスが改善しました。芦原温泉駅にも停車します。鉄道で向かい、現地でレンタカーという選択肢が現実的になっています。

高速代の注意

2026年のシルバーウィークは、9月19日から23日の5日間すべてETC休日割引が適用されません。 首都圏から北陸は距離があるため、影響は小さくありません。使える割引はシルバーウィークの渋滞・混雑を、どう避けるかにまとめました。

宿の押さえ方

あわら温泉は福井随一の温泉地であり、連休は早く埋まります。キャンセル無料プランで先に押さえる方法は、シルバーウィークの宿を確実に押さえる|「仮押さえ」戦略にまとめてあります。


まとめ

  • 丸岡城の「現存最古」説は、2019年の調査で1620年代築と判明し覆った

  • 本当の見どころは笏谷石の石瓦。凍害を避けるための、北陸ならではの選択

  • 1948年の福井地震で倒壊したが、元の部材で組み直された

  • あわら温泉は旅館ごとに自家源泉を持つ、珍しい温泉地

  • 越前がには11月6日解禁。シルバーウィークには間に合わない

  • 越前おろしそば、ソースカツ丼で十分に満足できる

  • 永平寺・一乗谷の紅葉も11月。9月下旬は緑のまま

「最古」という肩書きがなくなっても、石の屋根は変わらずそこにあります。私はそちらのほうが、よほど見に行く理由になると思っています。

明日は山陰へ。松江城、出雲大社、玉造温泉を線でつなぎます。


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