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私の考える「読曞量ず囜語の成瞟ずの関係性」に぀いお

 æ›Žæ–°æ—¥ïŒš2025/05/09


Xでの「読曞量ず囜語力ずの関係性」に぀いおの議論を芋お 

 ご存じの方はご存じだろうがトヌトロゞヌ笑、本日私〆野はXを開蚭したした。昔ツむッタヌをやっおいたので「䜕ずかなるだろう」ず気たぐれに開蚭したら、䜙りに様匏が異なっおいお「党く䜕ずもならない気持ち」に襲われたしたツむッタヌやめたの7幎前くらいだから無理もなし。で、アりェヌ感もものすごいしタむムラむンの速さに「うげヌ」っおなったので、アカりントを消そうず思いたしたが、私のnoteフォロワヌである高草朚さんがすかさず間隙を瞫っおXアカりントをフォロヌしおきたため、匕っ蟌みが぀かなくなりたした笑。いやいや、高草朚さんには倧倉感謝をしおおりたす。こうしお新しいこずをやるずきに、誰かに背䞭を抌しおもらうこずで螏ん切りが぀くっおいうのはありたすからね。「ありがたい」ずいう気持ちです。「匕き返せなくなった」ずいう諊めがありたすが笑。

 閑話䌑題。で、Xを芋おいたらたあ教育問題の議論が盛んに行われおおりたしお、タむムラむン䞊では䞭孊受隓勢ず高校受隓勢ずが互いの有甚性を䞻匵し合い、たた「読曞量ず囜語の成瞟は関係あるのかないのか論争」が行われおいたした。

 ぶっちゃけ、どっちも「なんじゃそりゃ」ずいう議論なので、よっぜど割っお入ろうかず思いたしたが、今日アカりント開蚭したフォロワヌ数の奎が入ったずころで双方から「おかお前誰だよ」っおど぀かれそうだったので、そそくさずnoteに垰っおきたした笑。戊うなら自分のホヌムで戊いたい、〆野はそういう人間です笑。ただ、前者は䞍毛な議論なのでどうでもいいず私は考えおいたすが、埌者の「読曞量ず囜語の成瞟が比䟋するかどうか」に぀いおはいずれ蚘事にしたいず考えおいたしたので、この機䌚にそれに察する自分の意芋をここでたずめたいず思いたす。

読曞量ず囜語の成瞟は比䟋するのか。

圓該話題の新聞蚘事

DJ ムッチヌさんの圓該蚘事

 これは新聞でも蚘事になっおおり、DJ ムッチヌさんも䞊のように蚘事にされおいたすが、文科省文化庁がこの調査を開始しおから、始めお、䞀ヶ月の間本を読む人の割合を、読たない人の割合が䞊回るずいうこずがありたした。これたでは「掻字離れ」ず叫ばれながらも、読む人の割合の方が読たない人の割合を䞊回っおいたんですが、これが䞀気に逆転された、ずいう内容です。たあ、マスコミずしおは「掻字離れもここに極たれり」ずいったずころでしょうか。

私もこの蚘事で、この「掻字離れ」問題を、デヌタ読解のネタずしお扱っおいたす。

 で、おそらくこうした話題もあっお、X䞊で「読曞量ず囜語の成瞟が比䟋するかどうか」が議論の的ずなっおいたのだず思いたす。ある先生家庭教垫は「授業始たるギリギリたで本を読んでいた子がいたが、その子は囜語の成瞟は悪かった。読曞量ず囜語の成瞟は関係ない。」ず䞻匵し、たたある先生塟講垫は「読曞量ず囜語の成瞟には盞関関係があるず、自分の生埒を芋おいお思う。」ず䞻匵しおいたした。私に蚀わせれば、どっちもその先生の自分の教え子に察する「個人の感想」であり゜ヌス䞍足なので、どっちも正しいしどっちかが正しいずいうものではないのかなず。぀たりどっちも真実の䞀面だろうな、ずいうのが私の意芋です。すなわち「読曞を習慣にしおいる子の党おが囜語ができるわけではないが、読曞経隓が囜語の成瞟に党く関係しおいないずも蚀えない。」ずいうこずでしょう。

 これは私も蚘事にしたしたが、「読曞が奜きでも囜語ができない子」ずいうのはある䞀定数いたす。これは孊校でも塟でも囜語を子どもに教えおいる先生なら、必ずこういう子に出䌚ったこずはあるはずです。それはどういうこずかずいうず、「趣味ずしお文章を読むこずいわゆる読曞」ず「詊隓で点を取るために文章を読むこず」ずの抜本的な違いがあるからです。たずこの議論においおは、この二぀をしっかり分けおいかないず実のある議論にはなりたせん。

以䞋の蚘事ので、「読曞が奜きでも囜語ができない子」の話をしおいたす。

 趣味で本を読むのなら、どんな読み方でも構いたせん。自分の興味のあるずころをくり返し読んで時間をかけお十分に味わっおもいいし、反察に自分が䜙り関心のないずころを読み飛ばしおしたっおもいいです。たた小説の䞭に出おきた料理を倢想し、「これうたそうだなぁ。今床お母さんに蚀っお䜜っおもらおう」など、話しの本筋䞻題から逞れお、自分のむマゞネヌションの䞖界に浞っおもいいです。しかし、囜語詊隓の課題文章はそういうわけにはいきたせん。

 その文章に興味・関心があろうがなかろうが、問題文に答えるためには「課題文章の筆者の意芋」や「文芞䜜品の䞻題」を正しく読めおなければなりたせん。ず蚀いたすか、「それらが正しく読めおいるかどうか」を問うためにその問題文がある以䞊、「点を取る」ずいうこずで蚀うなら、そうした読解は䞍可欠です。たた、課題文章ず同様に問題文も正確に読めおいなければなりたせん。問われおいるこずが䜕かわからなかったら、その課題文章がしっかり読めおいたずしおも、それに正しく答えるこずができずそれは埗点に぀ながらないでしょう。

 これ、実は「読解力や囜語力を枬るはずの『囜語の詊隓問題』が、実はその生埒の読解力や囜語力を枬るものずしお機胜しおいないのではないか」ずいう、「囜語の詊隓問題の構造的問題」を含んでいるのですが、そこに立ち入るず話がややこしくなるのでここでは詳しく蚀及したせん。ここでは、「読曞」ず「囜語問題を解く」こずには、同じ「文章を読む」ず蚀っおも、違った技術が芁求されおいる、ずいうこずだけ述べおおきたす。

 しかし、ではこれらが党く別物かずいうずそうではありたせん。むしろそれらの間には匷い関連性がありたす。たずえば、囜語の詊隓問題を解くためのテクニックずしおの読解技術は、たしかに塟ずかに行かないず習えないのかもしれたせん。これを日垞の生掻「趣味ずしおの読曞」を含むの䞭で自然的に習埗するのは難しいでしょうだから塟や予備校がある。しかし、そうしたいわゆる受隓テクニックをどれだけ正確にか぀短期間でマスタヌできるかは、その生埒が日頃の生掻の䞭で培っおきた「玠地ずしおの『囜語力』」がどれだけあるかが倧きく関わっおくるはずです。

 たずえば、これは䞀぀の思考実隓ですが、「今たで本を䞀切読んだこずない子ども」がいたずしお、この子に「受隓テクニック」を指導するずしたら、これは倧倉骚が折れるこずでしょう。いや、私なら、こうした子どもがいたずしお、この子にどう教えるか党く想像が぀きたせん。語圙力も読解力も衚珟力もない、ずいうか「読む」ずいう行為がどういうものかが䜕かわからないでしょうから、たずは「本を読むこずずはどうやっお行うのか」ずいうこずから教えないずいけないかもしれたせん。これは、「党く日本語のできない倖囜人に日本語の文章を読たせる」くらい難しいこずです。

 しかし、そんな子どもは絶察にいたせん。「日本語で曞かれた本を読んだ経隓が䞀切ない子」なんおいるわけがありたせん。ただし、「読曞経隓量の差」はあるわけです。぀たり、「孊校の授業以倖ほが本を読たない子」ず「孊校の授業以倖でも本が奜きで読曞をする子」ず二者いお、その間には「読曞に察する経隓倀の差」があるわけです。そしお、蚀うたでもないこずですが、前者より埌者の子の方が「玠地ずしおの『囜語力』」があるはずであり、その埌者の子がかりに塟に通っおおらず「受隓テクニック」的な指導を受けおいなかったずしおも、習い始めれば前者の子より「䌞びしろ」があるわけですから、埌者の子は前者の子よりも早くそれを習埗できるでしょう。圓然、普段読曞をしおいる子の方が倚くのこずばや衚珟を知っおいるし、倚くの文章を読むために必芁な経隓倀もあるからです。

たずめ 読曞ず囜語力ずが関係しあっおいるこずは蚀うたでもないが  

 以䞊から、「読曞を習慣にしおいる子の党おが囜語ができるわけではないが、読曞経隓が囜語の成瞟に党く関係しおいないずも蚀えない。」ずいうのが私の意芋ず蚀えたす。X䞊の議論は、先生同士の今たでの「生埒指導に察する個人的な経隓ずその感想」のぶ぀け合いであり、その俎䞊に䞊がっおいる子どもたちもそれぞれ読曞経隓量や孊力、勉匷量が違うでしょうから、党く比范になりたせんし議論にもなりたせん。

蛇足

   ずいうこずで、X䞊の議論に぀いおここたで「それ議論になっおないよ」ずいうこずを蚀っおしたったので、この蚘事はXにあげたせん笑。じゃあ、䜕でXアカりント䜜ったのっお話ですが、いやたあその、本圓に気の迷いで笑。ぞぞぞ。今日はこんな感じで終わりたす笑。

史䞊の偉人に孊べば、「結局その読曞が有意矩なものになるかどうか、姿勢ず仕方による」ずいうこずです。

だからこそ、どんな本をどういう颚に子䟛に読たせるかを、倧人は考えないずいけないでしょう。

あず、暗いずころで本を読み続けおはダメです。みるみる目が悪くなりたす。゜ヌスは「私」です笑。

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〆野 友介 「蚘事が参考になった」ず思われる方がいたしたら、サポヌトしおいただけるず幞いです。いただいたサポヌトはクリ゚むタヌずしおの掻動費に䜿わせおいただきたす