昨日見た地獄《17》
第1話→https://note.com/ra_wa/n/n25700f8a7754
第16話→https://note.com/ra_wa/n/n0e9e66865cfb
少しばかり、無礼が過ぎたかもしれない。
蜜蜂は私の解釈を聞いたあと、笑顔をやめて沈黙していた。
「蔵野さんは、不思議な方ですね」
前にも、同じ言葉を言われた気がする。
「あなたの言葉を聞くと、まるで模範解答を聞いているような気分になります」
「それは、もっともらしく語る癖のようなものです。私には、芸術に対する感受性が著しく欠如しているので」
通勤電車で叔父の音楽を聴き始めてから、もう半年以上になる。
それでも、あの音の良さを未だに見いだせないままでいる。
なにより。
「私からしたら、蜜蜂さんのほうが不思議です。あなたの言葉は、私にいつも気付きをくれる」
「なら、お互い様ですね」
蜜蜂は笑顔を作り直し、歩きだした。
「まだ、お時間はありますか?蔵野さんの話を、聞かせて欲しいです」
私の父は銀行員だった。
よく、人生は減点法だと言い聞かせてきた。
私が野球をしていたのは、父の薦めだ。
体力と規律を身に付けさせる一環であり、決して練習と学業のいずれかを犠牲にするようなあり方は許さなかった。
叔父は対照的に、野放図な人だった。
たまに金を借りに来たり、トラブルを起こした女性からかくまってもらう相談をしに来ては、その度に父に怒鳴られていた。
大人同士の喧嘩は、見るに耐えない。
父が私に、叔父のような人間になってほしくないのだろうということは、幼い頃からわかっていた。
ただし、叔父は一度たりとも、父からの借金を踏み倒しはしなかったし、トラブルを引きずって逃げ出すことはしなかった。
今思えば、あれはうちに来る口実だったのかもしれない。
「誠ちゃん。息苦しくないか?」
叔父はなぜか、時々心配そうに私に声をかけてきた。
「あいつも、悪気なんてないんだよ。そこだけはわかってほしいな」
自分が父を困らせている側の癖に、まるで理解者のようにあわれむ姿には違和感を覚えていた。
叔父はたまに、私の試合に応援に来た。
可もなく不可もない私の一挙手一投足に、やかましく拍手を送った。
練習は積み重ねなので、人並みには上達した。
覇気に欠けると監督に何度も注意されたが、一時の無理で怪我をすることを父が好まないと知っていた。
その代わり、エラーだけは起こさなかった。一塁手として、確実にボールを受け止めていた。
私にとって苦痛だったのは、帰り道だ。
寄り道をして遊ぶチームメイトが理解できなかった私は、いつも誘いを断ってまっすぐ帰っていた。そのうち、誰からも誘われなくなった。
父は一度、「友達と、仲良くしているか?」と聞いてきた。
「必要でしょうか」と答えたら、うつむかれた。
「失敗した」と小さくこぼされたことを、なぜか覚えている。
それから、父は私の練習や勉強に口を出すことをやめた。
中学三年の誕生日に、叔父がベースと教本を贈ってきた。
「誠ちゃんは、こういう渋いのが似合うと思って」
私は頭を下げたが、父はカンカンに怒っていた。「誠の受験も近いのに何事だ」と。
とはいえ、せっかくもらったものを無駄にするのも申し訳ないので、ベースの練習を新たな習慣にした。
他の活動には支障を来さなかったつもりだが、父はその姿を見るとあからさまに不機嫌になった。
地元の進学校に入学し、それなりの強さの野球部に入った。
周りが練習を放棄し、遊んだり休んだりする神経が理解できなかった。それでも、自分より上手い人間は確実にいる。
音楽の授業で、演奏をする機会があった。
私がベースを弾くと、周りは少し白けたような驚いたような空気になり、急に人が集まった。
同じクラスだったピッチャーは、バンドを組もうと言ってきた。彼は、ギターボーカルをやりたいと。キャッチャーがドラムをできるんだ、と。
野球の練習に支障はないのか、勉強はちゃんとしているか。そんな風に聞き返すと、鬱陶しがりながら笑っていた。
彼の誘いを受け、時間を決めて演奏に参加することにした。私はなにも変わっていないはずなのに、勝手に居場所らしきものが新しく生えてきた。
文化祭などで披露したら、しばらくの間は賑やかになった。告白などもされたが、いまいちつきあい方がわからなかったし、しばらくしたら相手は勝手に冷めていった。
私に青春というものがあるとしたら、それくらいだ。
そして、それはほんのひとときだった。
彼は、ある日から学校に来なくなった。その理由は、今も知らない。
同級生も部活の人間も大人たちも、彼の事についてなにも話さなかった。まるで、彼の存在を無かったことにしたいようだった。
練習試合を見に来た叔父は、「ピッチャーの彼、どうしたの?」とヘラヘラして聞いてきた。
私は、「どうやら、失敗したようです」と答えた。
叔父は頭をかき、「今度歌ってほしい曲があったんだけどな。誠ちゃん、預かってくれない?」と、楽譜とデモ音源のデータを私に送ってきた。
思い返すと、叔父に会ったのはあれが最後かもしれない。
音楽の時間が減り、野球に割く時間が増えた。
キャプテンを淡々とやりとげる私に、周りは勝手な物語を作った。
友達がマウンドに戻るのを、ずっと一塁で待っていると。
そして、その物語に苛ついて私を『サイボーグ野郎』と罵ったのは、彼の一番の相方であるキャッチャーだった。
好かれていないことは自覚していたので、必要以上の会話を行わないようにした。そしてそのことさえも、勝手な物語の一節にされていた。
私には、関係ないのだ。
ドラムとベースだけでは、音楽は作れないのだから。
すべて、終わってしまった話だ。
「最後の打席、私は見逃し三振でした。涙を流す理由がわからなかった私が淡々と最後のミーティングを終える姿は、周りが求めるものではなかったようです。私にまとわりついていた期待、恐らくは感情を表に出す絵面を、周りに与えることはしませんでした」
「……野暮かも、知れませんが」
蜜蜂は、私の長い話を聴き終え、呟いた。
「蔵野さんは、今でもベースを練習しているんでしょうか」
「はい。それが、日常ですから。運動や通勤と、同じです」
「寂しい話ですね」
「そうなのでしょうか」
「はい。そう思えていないことが、寂しいです」
私は、何となく居心地が悪く、蜜蜂にある提案をした。
「蜜蜂さんは、ギターは弾けますか?」
「昔、少しだけですが」
「そうですか。それでは、ただの私の我が儘なのですが。叔父が送りつけてきた音源を、受け取ってもらえませんか」
「喜んで」
その行為に、なにか意味が生まれるものではない。
それでも、あのとき周りが私に求めていた温度を、誰かに渡すことで感じられる気がしたのだ。
✕✕✕
「応援歌」
作詞・作曲 蔵野清吾
量産された感動で 涙を流せる感性で
大切なものを描いても 1得点にもなりゃしない
愛情なんて簡単で 白を汚すのは鬱憤で
どこにも置き場のないものばかり ふらっと積み重なってくんだ
もう どこにもいたくない
嘘 どこにでもいたい
まとわりついた感情論が 狩りより優先される時代
綺麗事と嫌われないための 逃げかたばかりうまくなる
好きと言えるものがないと 選びたい理由が言えないと
どこにも居場所なんてないみたい
関係ないや
今ここに走る先がある
届くか届かないか目の前で広がる
舗装された道で笑え笑え笑え
他の誰とも同じように不安定に
才能と思ってたものが 誰かのつぎはぎと気づき
特別なものを得るため 決まりきった練習をこなす
感情なんて神経で 本にできるほど決まってて
誰にもわからないことなど 少しずつ少しずつ小さくなってくんだ
まあ 誰にでもあるよ
なら 一人ではないよ
まとわりついた劣等感を 共感で薄められる時代
汚れたものを嫌わないための 言い訳ばかりうまくなる
土の味も雨も熱帯夜も 特別に僕を見ないけど
そこしか居場所なんてないみたい
関係ないや
いまここで流れる汗がある
届くか届かないか目の前で揺られる
破壊された夢に心折れたあとも
他の誰とも同じように明日は続く
第18話→https://note.com/ra_wa/n/n999022bd9d62
