💟ここまで解った元伊勢伝承-第1話 崇神天皇、宝鏡を奉遷
🎀串呂哲学研究ノート第345号
はじめに
このオンラインブックは、「元伊勢伝承についての最新情報」をまとめたものです。
これまで「元伊勢伝承の各地巡行」とは、大和朝廷の宮城(皇居)を守護する為の結界(元伊勢クシロ)を構築するためであったとされて来ました。

しかし、この結界構築説は誤りで、実は海外からやって来た征服王朝によって滅ぼされた豊葦原の瑞穂の国の皇祖神・天照大御神が、異民族の支配に屈せず、暴力を用いず平和裏に、公開の時期が来たら堂々と、
天照大御神の嫡皇孫を明らかにする為の神風串呂(カミカゼクシロ)を構築するためだった!
という新説の要点を、最新情報を状況証拠として5話にわたって分かりやすく解説しています。

🟡同床共殿に祭祀していたのは富士大宮司だった!
元伊勢伝承について、『元伊勢- Wikipedia』には、下記のように記載されています。これが現在の通説なのですが、これから、その内容を検証してみたいと思います。
伊勢神宮内宮の祭神・天照大御神は皇祖神であり、第10代崇神天皇の時代までは天皇と「同床共殿」であったと伝えられる。すなわちそれまでは皇居内に祀られていたが、その状態を畏怖した同天皇が皇女・豊鋤入姫命にその神霊を託して倭国笠縫邑磯城の厳橿の本に「磯堅城の神籬」を立てたことに始まり、更に理想的な鎮座地を求めて各地を転々とし、第11代垂仁天皇の第四皇女・倭姫命がこれを引き継いで、およそ90年をかけて現在地に遷座したとされる。
(『元伊勢- Wikipedia』)
🌺まず「記紀」では、皇祖神(天照大御神・宝鏡)は「第10代崇神天皇の時代までは天皇と同床共殿であった」とされて来ましたが、
これは、大和朝廷に都合良く書かれた「偽りの歴史」であると指摘致します。
(偽史です)
皇祖神(天照大御神・宝鏡)は、崇神天皇の5年までは、富士山麓の神廟「高天原宗廟天社大宮阿祖山大神宮」でお祭りされていたのです。
そして、天照大御神(宝鏡)を同床共殿にお祭りしていたのは、富士大宮司だったのです。
こうした内容の記事が、下記の三輪義熈著『神皇紀』に詳細に記載されているのです。

この『神皇紀』などの富士古文献の研究家である加茂喜三先生の著書『富士王朝の滅亡』には、下記のように分かりやすく解説されています!
🟠崇神天皇、宝鏡を大和地方へ奉遷
崇神天皇の五年、天皇は無謀にも富士の天都(高天ヶ原)より天照大神の神霊を奪取し、皇居の近くの笠縫の地(奈良県磯城郡大三輪町茅原)に新宮を建てて此処に奉遷する。そして、これを「天照皇太神宮」と呼ばしめ、これまで富士高天ヶ原にあった皇祖の神廟は、これを古宮と称させてしまった。
🟢これは、天照大御神の遺勅によって定められていた「神定憲法違反」という、万死に値する大罪でした。
皇位継承についての関連部分を「現代語訳 神皇紀」(神奈川徐福研究会・神皇紀刊行部会)の「神皇之巻 神皇 第四節 豊阿始原世 地神五代 1、天照大御神」から引用させて頂きます。
(天照)大御神は、二人(イザナギ・イザナミ)の尊より大御位を譲り受け、小室の阿田都山に高天原宗廟天社大宮阿祖山太神宮と称する宮殿を造り、神祖神宗代々の天つ大御神を祀った。
代々の大御神をお祀りする大御宮を守る宮であるので、宮守の宮と称して奉る。その後、天つ日嗣に即位するには、この大神宮の神殿に於いて即位すべきことに定めた。(同上著53頁)
大御神は、高天原阿田都山の大柏木の下に、宗廟天社大宮阿祖山大神宮の神殿を改造し、これを元宮阿祖山大宮と改称した。三品の大御宝を各箱に納め、これを大神宮の御神殿に納め鎮め奉った。詔して、永く末代に至るまで、代々、天皇が大御位に即位しようとする時には、太神宮の平殿に於いて、三品の大御宝を拝し、これを捧げることを以て、典礼と定め、子孫代々堅くこれを守らなければならないと示した。(同上著60頁)
🟢いったいなぜ、伝統と前例を重んじる皇室に、このような無謀な事が起きたのでしょうか!
🎀元伊勢伝承とは
元伊勢伝承の皇祖神・天照大御神の各地巡行は、神風クシロ構築の旅であり、各地の産土神(地霊)に神風クシロ構築計画への協力を呼び掛ける遊説でありました。
元伊勢クシロは神風クシロです。天照大御神が、伊勢地方にお鎮まりになったのは、串呂の超重要起点(基点・根拠地)をここに置くためだったのです!
🟡ここまで解った元伊勢伝承
💟第1話 崇神天皇、宝鏡を奉遷
💟第2話 崇神天皇が畏怖した理由は?
💟第3話 天照大御神は崇神王朝の祭祀を拒否
💟第4話 各地巡行は元伊勢クシロ構築の旅
💟第5話 両朝融和計画進行中
🟡神風串呂を学びましょう!
🟣情報拡散のお願い
神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。
🌷この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師が解明した神風串呂の紹介記事です。
三浦芳聖師が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。
🌷串呂主宰神 天照大御神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の皇統を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。
ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!
2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。
🌷神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!
神風串呂の主宰神は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。
一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。
🟡祈り
全世界の全人類が みな健康で 元気で明るく豊かで楽しく 心安らかな毎日を過ごし、霊的向上の道を歩み、この世に生まれて来た使命を全うし、大宇宙の進化と発展に寄与させて頂いておりますことに心から感謝いたします!
出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。
著者 鈴木超世志のプロフィール
中学一年満13才の時、神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師に師事し爾来60年間、
串呂哲学(神風串呂)を研究して来た老学徒。1950年愛知県生れ74才。
串呂哲学研究家。串呂哲学研究会代表。神社本庁神主、元高校教諭。
著 書
「神風串呂入門」
「ここまで解った元伊勢伝承」
「開鏡の神風串呂-天の岩戸開きへの道」
「天照大御神の子育て 御子 三浦芳聖 の教導録 青春編」
など多数
ブログ
串呂哲学研究ノート
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🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
串呂哲学研究会 鈴木超世志
ブ ロ グ 串呂哲学研究会
メ - ル(shinpukanro024@yahoo.co.jp)
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