💟第4話 各地巡行は元伊勢クシロ構築の旅-ここまで解った元伊勢伝承
🎀串呂哲学研究ノート第348号
🟡元伊勢クシロは神風クシロ(串呂)
天照大御神の各地巡行の目的は、元伊勢クシロ(神風串呂)構築の為であり、これまで通説とされて来た「理想的な鎮座地を求めて」や「皇城守護の結界を構築する為」ではありません。

🟠万能無限の天照大御神
まず、天照大御神が、理想的な鎮座地を求めて各地を転々としたなどと考えるのは、天照大御神の万能無限の神力の偉大さを知らない人の云うことです。
最終的には理想的な鎮座地にお鎮まりになったのですが、実は元伊勢クシロ(神風串呂)の構築が、極秘で行われていたのです。
当時の状況は、天照大御神は、崇神王朝によって「囚われの身」だったのです。本当の目的など言い出せません。ですから、「理想的な鎮座地を求めて」は表向きのスローガンでした。
*極秘で串呂を構築
*囚われの身で自由がない天照大御神
*表向きのスローガン「理想的な鎮座地を求めて」
また、元伊勢クシロという皇城守護の結界を構築するためでもありません。
崇神王朝の祭祀を拒否して、笠縫邑を出て各地を巡行することになった天照大御神が、皇城守護の結界を構築するはずがありません。
崇神王朝は豊阿始原瑞穂国を制圧し、神宝を召し上げた侵略者だったのですから。
元伊勢クシロとは、皇城守護の結界のことではなく、神風串呂構築のことでした。神風串呂の構築は極秘で行われていたので、勘違いされたのです。
元伊勢クシロ=神風串呂
🟠遠祖ゆかりの地へ緊急避難
天照大御神(宝鏡)は、異民族に33年間も拘束されていた「ストレス」を癒すため、遠祖ゆかりの丹波の地へ緊急避難したのだと考えると、この間の状況がよく理解できるのです。
では、なぜ33年後だったのでしょうか。
崇神王朝は、せっかく手に入れた豊葦原の瑞穂の国の宝物(宝鏡、宝剣、宝玉)を手放したくなかったので、天照大御神(宝鏡)の各地巡行の許可を出さなかったのです。
しかし、各地巡行の許可を出さなければならない逼迫した事情が発生したのでしょう。33年後に、しぶしぶ許可を出したのです。
崇神天皇の孫に当る「垂仁天皇の第一皇子・誉津別命」は、大人になっても物を言わない病気(緘黙症?)で、記録では出雲大社の祟りとされています。
記録にはありませんが、他にも、崇神天皇の身辺で、このような祟りがあったのだと想像できます。
さて、天照大御神(宝鏡)が、緊急避難した丹波の地は、豊阿始原瑞穂国の始祖神が開拓し、農業を普及したゆかりの地でした。(「神皇記」)
🟡串呂構築は皇祖神の悲願達成が目的
🟠欺瞞に満ちた偽史の連続
歴史(「記紀」)とは戦争の勝者に都合の良いように編纂されていることを理解し、崇神王朝(後継の大和朝廷)に都合の良いように書かれてきた歴史の偽りを正さないと真実の皇統史は分かりません。
日本の皇統が、神武創業以来、一系で続いているという認識は、勉強不足です。崇神天皇以降も、後続の征服王朝がそれまでの王朝を滅ぼして背乗りしては、ひとつの王朝が一系で続いているかのように歴史を偽造してきたのです。これが日本の王朝(皇室)の真実の歴史なのです。
🟠日本王朝興亡史
鹿島曻著『日本王朝興亡史』(新国民社、1990年)には、「明治第八王朝論」という副題が付いているくらいです。

🟢参考の為、「日本王朝興亡史」の概要を掲載します。
第一王朝から第三王朝までは、歴史記録が曖昧で判然としませんが、第四王朝 倭国(九州王朝)からは、ある程度の記録が残されています。
第一王朝 豊日国(東表国)、北九州宇佐 駕洛国
第二王朝 多羅国 百済肖古王(ニギハヤヒ)九州
第三王朝 扶余王仇台(神武)南九州日向から大和へ
・・・・・
第四王朝 倭国(九州王朝)白村江の戦いで滅亡(663年)
第五王朝 新羅系王朝(奈良)白村江の戦いの勝者 7世紀後半~
第六王朝 百済系王朝(平安)8世紀後半~
第七王朝 足利系王朝(室町)15世紀後半~
第八王朝 明治王朝(東京)19世紀後半~
🟠天照大御神の悲願は不滅の皇統正史の構築
こうした欺瞞に満ちた人間社会に於て、皇祖神(天照大御神)は、権力者による偽造・隠蔽・改竄、あるいは火災・洪水・地震などの天変地異で破壊されることの無い、千古不滅の皇統正史を書き残すには「地文」(地名)によるほかないとお考えになられ、長期間掛けて構築して来たのが元伊勢クシロ(串呂)なのです。
🔴天照大御神の嫡皇孫は、誰であるかを明らかにしたい!と各地を遊説して地霊・地神の協力を求め、さらに長期間かけて苦心惨憺の末に構築されたのが神風串呂なのです。
🎀元伊勢クシロ(串呂)の構築は「我が嫡皇孫を明らかにしたい!」という天照大御神の悲願なのです。
元伊勢クシロ(串呂)は、地文に秘められた「天壌無窮の神勅」なのです!
【参照】
天壌無窮の神勅
豊葦原の千五百秋の瑞穂の国は、是れ、吾が子孫の王たるべき地なり。宜しく爾皇孫、就きて治らせ。行矣。宝祚の隆えまさむこと、当に天壌と共に窮り無かるべし。
🟡ここまで解った元伊勢伝承
💟第1話 崇神天皇、宝鏡を奉遷
💟第2話 崇神天皇が畏怖した理由は?
💟第3話 天照大御神は崇神王朝の祭祀を拒否
💟第5話 両朝融和計画進行中
🎀元伊勢伝承とは
元伊勢伝承の皇祖神・天照大御神の各地巡行は、神風クシロ構築の旅であり、各地の産土神(地霊)に神風クシロ構築計画への協力を呼び掛ける遊説でありました。
元伊勢クシロは神風クシロです。天照大御神が、伊勢地方にお鎮まりになったのは、串呂の超重要起点(基点・根拠地)をここに置くためだったのです!
🟡神風串呂を学びましょう!
🟣情報拡散のお願い
神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。
🌷この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖が解明した神風串呂の紹介記事です。
三浦芳聖師が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。
🌷串呂主宰神 天照大御神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の皇統を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。
ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!
2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。
🌷神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!
神風串呂の主宰神は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。
一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。
🟡祈り
全世界の全人類が みな健康で 元気で明るく豊かで楽しく 心安らかな毎日を過ごし、霊的向上の道を歩み、この世に生まれて来た使命を全うし、大宇宙の進化と発展に寄与させて頂いておりますことに心から感謝いたします!
出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。
著者 鈴木超世志のプロフィール
中学一年満13才の時、神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師に師事し爾来60年間、
串呂哲学(神風串呂)を研究して来た老学徒。1950年愛知県生れ74才。
串呂哲学研究家。串呂哲学研究会代表。神社本庁神主、元高校教諭。
著 書
「神風串呂入門」
「ここまで解った元伊勢伝承」
「開鏡の神風串呂-天の岩戸開きへの道」
「天照大御神の子育て 御子 三浦芳聖 の教導録 青春編」
など多数
ブログ
串呂哲学研究ノート
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🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
串呂哲学研究会 鈴木超世志
ブ ロ グ 串呂哲学研究会
メ - ル(shinpukanro024@yahoo.co.jp)
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