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💌静岡県民の幸せを願って!💖災い転じて福となせ!「静岡県内の南朝皇陵祭祀と台風15号の災害について」(串呂哲学研究ノート号外)

💖心よりお見舞い申し上げます!

この度の台風15号で、大雨により被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。被災された皆様の生活が1日も早く平穏に復することをお祈り申し上げます。

このオンラインブックは、静岡県民の皆様方の益々の幸せを願って記述されました。著者の意図するところが読者の皆様に伝わりますように!

💝参考資料
【伊藤貫の真剣な雑談】第9回「プラトン哲学と国家の独立」
(YouTube 1:08:03~/一部文章語に編集しました。)
ソクラテスも プラトンも、人間にとって、そして国家にとって、最も大切なのは、質の高い価値規範を維持すること、それから徳のある人生を生きること、もしくは徳の ある 国家を作ること、これが 政治の目的であると(述べています)。

💞はじめに

「台風は神風かみかぜだ!二度にわたる元寇げんこうに際し、当時、世界最大規模の艦隊であったげんの軍船団を、二度共に壊滅かいめつさせ撃退した大台風は神風かみかぜ台風だった!」と言えば、現代人のほとんどは「そんなの迷信だ!」と言って冷笑するだろう。

【参照】『元寇- Wikipedia』(文永の役/1274年・弘安の役/1281年)

もちろん私は、全ての台風が神風台風だとは思いません。ほとんどの台風は自然現象による台風だと思います。

本書では、静岡県内の南朝皇陵祭祀と2022年15号台風の災害が、大いに関係していることについて述べているのですが、

「台風が場合によっては神風台風である場合もある!」ことが信じられない方は、先に「台風神風論-日本は神国なり!」を読んで頂く方が良いかもしれません。

最後までご一読下さり、コメント欄やメールで、ご質問なり、ご批評なりして下されば幸いです。静岡県民の皆様方の益々の幸せを重ねて祈念いたします。

 著者 鈴木超世志


1、静岡県内の南朝皇陵祭祀の現状について

本年(2022年)9月17日、静岡県牧之原市大寄の小室門院こむろもんいん元子もとこ内親王の御陵、通称「妙覚塚みょうがくづか」に参拝に行かれた方から、

妙覚塚のおやしろの屋根が破損して雨漏あまもりしている!」との「お知らせ」を頂き、このままでは大変な事態になる!すみやかに対策を講じなければと、9月19日、浜松市在住の知人に連絡して相談しておりましたところ、心配していた通り、台風15号による水害が発生してしまいました。

🔴静岡県内の四ケ所の南朝皇陵

これまで「串呂哲学研究ノート」で既報の通り、静岡県内には、

(1)牧之原市大寄の妙覚塚
(小松天皇皇后・小室門院元子内親王御陵)をはじめ、
🟡妙覚(みょうかく)=皇后陵または女性天皇陵(詳細後述)
🟡一説には「長慶院小松天皇(元子内親王)」(藤原石山)

(2)磐田市神増原かんぞばら台上の小松天皇御陵
(南朝正統第九八代「小松天皇」の遺品を納めた御陵)
🟡神増(かんぞ)=神蔵(かんぞう)=天皇の御陵(詳細後述)
🟡磐田原いわたはら台地ともいう。(『磐田原 - Wikipedia』)

(3)浜松市天竜区船明ふなぎらの「上臈塚じょうろうづか
(松良天皇皇后・綾子姫命あやこひめのみことの御陵)

(4)浜松市天竜区春野町小俣京丸きょうまるの「皇太后陵
(詳細不明)
など南朝の皇陵が4つも存在しています。

この4つの皇陵の内、「小松天皇」「皇后・小室門院」「綾子皇后」の皇陵は、三人とも無念のうちに非業ひごう御最期ごさいごを遂げた方々であるため、特に手厚い慰霊が必要であります。

この三つの皇陵の内、綾子姫命の御陵「上臈塚」については、地元の方々がお世話をして下さって、毎年7月24日に祭礼が行われています。
(詳細は、下記「日本伝承大鑑」を参照下さい。)

しかし、磐田市神増原台上(磐田原)の「小松天皇御陵」と牧之原市大寄の小室門院御陵「妙覚塚」については、慰霊のために必要な祭祀が充分行われていないようなのです。

💌今回の台風15号による災害は、秋分の日(秋季皇霊祭こうれいさい)の9月23日から24日にかけて発生しており、上記2つの御陵の皇霊が、地元静岡県の人々に、祭祀を要望しておられるものと確信しています。

特に牧之原市は、2019年、2021年、2022年と、台風による災害が発生しており、2022年9月の台風では、1時間雨量が「観測史上1位」を更新するなど、緊急事態であることを謹んでお知らせいたします。

地元の方々には、下記情報を最後までお読みいただき、災い転じて福となさいますよう祈念いたします!


静岡県牧之原市は今年(2022年)9月に2回の突風被害があった。去年(2021年)5月にも竜巻とみられる突風が発生していて、1年半で3回も突風に見舞われたことになる。なぜ同じ所で相次ぐのだろうか……


🟡綾子姫命の御陵「上臈塚」資料

【参照】綾子姫命(松良天皇皇后)


🟡台風15号による磐田市豊岡地区の被害(1)

小松天皇御陵は、この豊岡地区神増原台上にある。2022年9月23日~24日


2、磐田市神増原の小松天皇御陵について

神皇正統 第九八代 「小松天皇(興良おきよし)」は、下記の略系図のように、明治天皇(睦仁)の遠祖である「光良みつなが親王」の祖父に当る皇祖神であります。

神皇正統の皇統略系図(『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版より)

従って、本来なら磐田市神増原台上(磐田原)に堂々たる「小松天皇御陵」が築造されおおやけの費用で丁重ていちょうに祭祀が行われるべきであります。賢明なる地元の人々のご奮起を期待しています。

磐田市神増原台上の小松天皇御陵がある「磐田原」

神増原台上に「小松天皇御陵」が存在することは、後醍醐天皇の嫡皇孫である三浦家に一子相伝に伝承された古記録に記載されていた事から、神風串呂で位置が特定されました。

また、地名の「神増かんぞ」は、神蔵かんぞうという意味で、天皇の御陵を表わす隠語であります。小松天皇が崩御した時代の制約により、このような隠語を用いて「隠祀」したのであります。

🟡神増原の「小松天皇御陵」の神風串呂

「皇大神宮内宮」と磐田市神増原の「小松天皇御陵」との神風串呂
三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版より

小松天皇は、文中2年(1373年)秋葉城の戦いに敗れたあと京都に連行され、武家方による拷問ごうもんにあい、幽囚ゆうしゅうの内に無念の獄死ごくしという非業ひごう御最期ごさいごを遂げているため、小松天皇御陵は、特に充分な慰霊が必要でありますが、無情にも放置されている状況です。

この神増原に小松天皇御陵が存在するということは、この御陵を築造した南朝忠臣がこの地にいたから出来たわけで、墓守役はかもりやくである忠臣の子孫が近くにいるはずであります。
(婚姻により磐田市内外に広がっていると思われる。詳細は『3、小室門院の御陵「妙覚塚」について』で詳述します。)

台風15号による豊岡地区の災害は「要注意の警告!」ではないかと心配しています。間違っても、遺跡発掘などで「御陵荒らし」とならないように願っております。
らし=大嵐おおあらし=台風)

【参照】🟣小松天皇 (興良・おきよし) 


🟡台風15号による磐田市豊岡地区の被害(2)

小松天皇御陵は、土砂崩れで通行止めになった平松、神増近くの神増原台上にある。2022年9月23日~24日


3、小室門院の御陵「妙覚塚」について

小松天皇の皇后である小室門院元子内親王は、夫の小松天皇同様、明治天皇(睦仁)の遠祖である「光良みつなが親王」の祖母に当る皇祖神であり、後醍醐天皇から内伝に継承した「三種の神器」を奉持ほうじしておられた天津日嗣の皇后(実質上の女性天皇)であります。

神皇正統の皇統略系図(『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版より)

妙覚(みょうかく)とは、
1. 真の悟り、微妙(みみょう)・深遠な悟りのこと。また、仏の無上の悟りのこと。
2. 菩薩の五十二位・四十二地の最上位で、菩薩が修行して到達する最後の階位のこと。妙覚の位に達した菩薩は、煩悩を断じ尽くし、智慧を完成させるとされる。天台教義の六即と対応させると、別教の菩薩五十二位の最高位である「妙覚」は、円教の「究竟即くきょうそく」に相当する。一つ前の等覚の位にいる菩薩が、さらに一品(いっぽん)の無明を断じてこの妙覚位に入る。しばしば、仏の位と同一視される。 (『妙覚- Wikipedia』)

妙覚塚が、皇陵であることは、上記の「妙覚」の「無上、最上位、最高位」などの意義からも類推できると思います。「妙」の「女偏」は、被埋葬者が女性である事を表わし、「妙覚塚」=「皇后または女性天皇の御陵」の隠語であります。小室門院が崩御した時代の制約により、このような仏教用語を用いて「隠祀」したのであります。

小松天皇の皇后である小室門院の御陵「妙覚塚」が、牧之原市大寄に存在する理由は、

南北朝時代(日本)の元中5年(1388年)、足利義満率いる大軍に富士谷の御所(富士吉田市大明見)を急襲された時、小室門院には何かの都合で、秘密の集合避難所であった京丸(浜松市天竜区春野町小俣)へたどり着けず、

わずかな側近の者らと共に、静岡県牧之原市大寄萩間へ落ち延び、応永元年(1394年)大寄部ヶ谷で非業ひごう御最期ごさいごを遂げ牧之原市大寄部ヶ谷の「妙覚塚」に埋葬されたからであります。

下記の地元の史料『さがらの伝説百話(第87話)妙覚塚の話(大寄)』(相良町教育委員会/1983年再発行)にも載っていますが、参考にした資料が古く、松良天皇皇后・綾子姫と誤認されている。

「妙覚塚の話(大寄)」参照資料が古く、綾子姫と誤認されている

「妙覚塚」について詳細に記載されている三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬ごびゅうただ』(第五章)を読みますと、次のようなことが分かります。

🟡昭和23年(1948年)、三浦芳聖が、磐田市惣兵衛下新田の門人の家で神道祭祀を厳修した時の霊示により「妙覚塚」が発見された。この時、祭祀に参列し三浦芳聖の教えを受けるため集まった少なからぬ人々(門人または準門人)がいた。

🟡小松天皇の御陵(磐田市神増原)に近い、磐田市惣兵衛下新田の門人や三浦芳聖の教えを受けるため集まった人々(門人または準門人)は、小松天皇や小室門院に仕えた南朝忠臣の子孫であり、代々、小松天皇御陵や小室門院の御陵「妙覚塚」の墓守はかもりをする任務があったが、時代の変遷と共にその任務を忘れてしまった。

🟡小室門院は、非業ひごう御最期ごさいごを遂げたため、怨霊おんれい大蛇霊だいじゃれいとなっていて、地元の子供達が「妙覚塚」の松ぼっくりを拾っただけでも、おこりをるうなど地元の人々に恐れられていました。

🟡昭和23年(1948年)9月、三浦芳聖が探し出して初めて訪ねて行った時には、快晴の天候だったのに、一行5人がずぶぬれになる程の驟雨しゅううを降らしたり、二回目に門人多数と共に祭祀の準備して行った時には、同じく快晴の天候だったのに、川の水があふれバスが迂回してしまうほどの大雨が降りました。

🟡三浦芳聖が、同年10月、随行者を厳選し、地元大寄の人々の協力を得て、宿泊して浄化の祭祀を厳修したところ、遂に浄霊に成功し、現在は、御神徳の高い皇霊こうれいとなっておられます。

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🟠牧之原市大寄の「妙覚塚」にも、堂々たる「小室門院御陵」が築造されおおやけの費用で丁重ていちょうに祭祀が行われるべきであります。賢明なる地元の人々のご奮起を期待しています。

🟠この地に「小室門院御陵」が存在するという事は、この御陵を築造し「妙覚塚」と名付けて、この御陵の墓守役をしていた忠臣の子孫が、この御陵の近くに住んでいるはずです。
(婚姻により牧之原市内外に広がっていると思われる。)


4、小室門院の御陵「妙覚塚」の神風串呂

小室門院元子媛命が、女性天皇であったことを表わす「大神」「鏡池」を通る皇大神宮内宮と小室門院元子媛命御陵「妙覚塚」との神風串呂。

大神=天皇、鏡池=女性天皇を表わす地文。

🟡「皇大神宮内宮」と小室門院の御陵「妙覚塚」との神風串呂

三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版より

下記の図は、小室門院元子媛の御陵発見時に、三浦芳聖の霊眼に映じた「妙覚塚」の位置を表わす神風串呂図。

三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版 第五章

(1)菊川市堀之内(菊川町)――塚――牧之原市堀之内(相良町)
(2)牧之原市堀之内(榛原町)―塚――菊川市河東堀之内(小笠町)
(3)島田市菊川松島――――――塚――牧之原市鬼女新田

上記の図は、小室門院元子媛の御陵発見時に、三浦芳聖の霊眼に映じた「妙覚塚」のおよその位置(*鈴木註)を表わす神風串呂図。

国土地理院発行の5万分の1の地形図「掛川」と「御前崎」2枚で確認できる。串呂は実に的確なものです。

(*鈴木註/およその位置・・・太平洋プレートが日本列島の下に沈み込む関係で、日本列島が隆起したり沈降したり湾曲したりするので、時代によって位置が少しずれる場合もある。)

堀之内ほりのうちは御陵を表わす地文。鬼女新田きじょしんでんは、非業の御最期ごさいごを遂げたため、怨霊おんりょう(大蛇)になっていた事を表わす地文。

ただし、現在は、昭和23年(1948年)10月に厳修された三浦芳聖の秘法祭祀により浄霊され、御神徳の高い皇霊(大神)になっている。

【参照】
🟣小室門院元子内親王 
🟣天母妙覚の大神 小室門院元子媛命
🟣地文学への招待-鬼女新田
🟣地文学への招待-聖一色(小室門院登極説)
🟣三浦芳聖伝 46、小室門院の御陵発見
🟣三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』第五章


5、牧之原市の台風などによる被災情報

(2022年09月20日)9月18日、静岡県牧之原市で発生した突風被害について、現地を調査した静岡地方気象台は突風が牧之原市内2か所で発生し、このうち1か所は竜巻によるものと推定しました。 18日、静岡県牧之原市で突風が発生し、住宅や倉庫など50棟以上の建物で外壁がはがれるなどの被害が確認されました。19日、被害の状況を調査した静岡地方気象台は牧之原市内2か所で風速約35メートルと推定される突風が発生したと発表しました。 このうち勝田から勝間にかけて被害をもたらした突風については、移動する渦の目撃証言が複数得られたことなどから「竜巻が発生した」と推定しました。一方、須々木から大沢にかけて被害が確認された突風については、竜巻の可能性があるものの特定には至らなかったということです。 どちらの突風も風の強さを示す藤田スケールでは、6段階で一番下の「JEF 0」にあたるということです。

・・・・・

🟡静岡県牧之原市 台風15号による被害状況(2022年10月14日)

🟡台風15号による被害状況【9月29日午後3時現在】
- 牧之原市ホームページ (city.makinohara.shizuoka.jp)

🟡台風15号の影響か 御前崎市と牧之原市で“突風被害”
| SBS NEWS | 静岡放送 |  (tbs.co.jp) 2022年9月25日(日)

🟡知事報告・報道提供 09 25 1400 現在(第7報)
(pref.shizuoka.jp)
2022年9月25日(日)

🟡台風15号 静岡県内で大雨  西・中部で時間120ミリ
|あなたの静岡新聞 (at-s.com) 2022年9月24日(土)

🟡台風15号は温帯低気圧に 静岡で記録的大雨  | NHK | 台風
2022年9月24日(土)

🟡【詳報】50棟以上被害の牧之原突風は2か所で発生 1か所は「竜巻が発生」ー静岡地方気象台 | SBS NEWS | 静岡放送 2022年9月20日(火) 

🟡牧之原でまた竜巻か 昨年5月も甚大な被害|あなたの静岡新聞|深堀り情報まとめ〈知っとこ〉 (at-s.com) 2022年9月19日(月) 

🟡厚生労働省:駿河湾を震源とする地震による被害状況及び対応について(第3報) (mhlw.go.jp) 平成21年8月12日
牧之原市 断水戸数 7,000戸(3,000戸復旧済み) 現在断水4,000戸

🟡牧之原91棟被害 突風「竜巻の可能性」:中日新聞しずおかWeb (chunichi.co.jp) 2021年5月3日

(2021年5月2日)5月1日夕方、牧之原市で突風が発生し、広い範囲で建物や電柱などが倒れる被害が出ています。 <午前11時半すぎ 伊豆川洋輔記者>「最も被害が多く出た牧之原市の布引原地区です。現在も時折かなり強い風が吹いています。さきほどから静岡地方気象台の機動調査班が突風が起きた原因を調べています。目の前にある二階建ての住宅は、屋根の一部が完全に飛ばされています。この周辺では工場や住宅などの被害が多く住民の皆さんは片付けに追われています。またこの道路では、多くの電柱が西から東の風を受けた模様で倒れてしまっている状況です。この辺りは電柱の倒壊、電線の断線がひどく牧之原市によりますと現在も市内850戸で停電が続いています」 1日、午後6時半ごろ牧之原市布引原で「風で電柱が倒れた」などの複数の通報が警察などに寄せられました。  <被害にあった住民>「西から東に抜けていった。壁じゅう穴だらけ」  <渡邉佳昭カメラマン>「道路に沿ってたてられている電柱がすべて倒れています」 牧之原市によりますと、突風被害は布引原のほか坂部地区など広い範囲で確認され、住宅や倉庫など40戸の建物で屋根が飛ばされるなどしたほか、各地で電柱が倒れる被害があり、3人がけがをしました。


🟡2021年の台風18号による災害(牧之原市)

🟡2019年の台風19号による災害(牧之原市)

人的被害  死者1
物的損害  住家 一部損壊7、床上浸水12、床下浸水91、
物的損害  非住家19
(「静岡県/台風第19号による被害状況について」)


6、静岡県の台風や竜巻などによる被害情報

🟡室内オーケストラ「シンフォニエッタ静岡」の機材にも水がかかった。また、演奏者5人が転倒してけがを負った。施設復旧のめどは立っていない。
事故を巡っては、シンフォニエッタ静岡が10月13日に会見を開き、事故後の市の対応が不十分だと批判している。

🟡静岡 裾野 大ホールのスプリンクラー突然作動で楽器が水浸しに
2022年10月19日 15時18分

🟡台風15号 静岡市清水区 ミカン農園3代目の苦悩 土砂崩れでミカン・レモンの木50本が倒れる(2022年10月17日)

🟡静岡県 台風15号 国.県文化財22件に被害(2022年10月17日)

🟡静岡市台風15号から3週間、いまだ復旧作業に追われ 10/14(金)

🟡静岡市、記録的な大雨で浸水被害(9月25日11時28分)

🟡裾野市によりますと、9月24日の午後1時ごろ、大ホールのステージ天井部分にあるスプリンクラーが作動し、ステージ上が水浸しになりました。

🟡台風15号 静岡で12時間404ミリ 観測史上最多(2022年9月24日)

🟡2022年台風15号による静岡県の災害
🔴約70万人に「緊急安全確保」静岡・浜松市
🔴1時間雨量が「観測史上1位」を更新 牧之原市
      (2022年9月23日(金) 21:47)


🔴神風串呂の集大成、三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』は、国立国会図書館、豊川市立図書館、京都府立資料館、京都大学文学研究科図書館、九州大学附属図書館にありますので、誰でも読むことが可能です。



串呂クシロ(かんろ)とは

串呂クシロ(かんろ)とは、元伊勢伝承で皇祖神が各地を行脚しながら構築した「元伊勢クシロ」の事です。

元伊勢クシロは、皇城守護の結界のことだと言われていますが、その結界とは、神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)のことだったのです。串呂は、極秘で構築されて来たので、そのように言われてきたのです。

神風クシロ(串呂)は、地文ちもん(地名)を研究することで天地神明の存在を認識することのできる神道皇霊学しんとうこうれいがくで、神国日本再建のために皇祖神によって構築されました。

地名(地文ちもん)に秘められた天地神明の啓示を解明する学問が神風串呂しんぷうかんろ(串呂哲学)です。

神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)を学ぶことによって、日本が神国である事実を認識し、皇祖神からの神妙なる息吹を体感体得することができるでしょう!

串呂主宰神(伊勢神宮の大神)が、長期間掛け苦心惨憺くしんさんたんの末に構築された神風串呂に学び、天照大御神の御霊代みたましろである神宝(御鏡)を、富士山麓に奉遷ほうせんして同床共殿にお祭りすれば、いま危機にひんしている「日本国」を救済する道を切り開き、天佑神助により日本民族本来の力を発揮出来ると確信しています。

神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)を無視もしくは敬遠していると、群雄割拠の戦国時代(120年以上)に無辜むこの民が味わった塗炭とたんの苦しみを、国際的な規模で再体験することになるのではないかと心配しています。

串呂哲学研究ノートバックナンバー(総合)

情報拡散のお願い

この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖が解明した神風串呂の紹介記事です。

三浦芳聖が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。

串呂主宰神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の天皇を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!

2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。

神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。

神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!

一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。

神風串呂を主宰しておられる神様は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。

(出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。)

🟡前号(№258)
(地文学への招待-「大御神」)
🟢次号(№260)
(台風神風論-日本は神国なり!)

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串呂哲学研究会 鈴木超世志
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