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【Field to Table】在るものを活かす、引き算の「食べられる生態園づくり」

 手入れしすぎず放置もしない。この土地の生物季節(フェノロジー)やフィールド内の生物相(生物多様性)を記録しつつ、作物も野草も採取できる半自然フィールドを手入れしている。

 かつて苗代だったこの土地は、稲苗を購入する時代には畑へと姿を変えた。さらなる時の流れと共に次第に人が現れなくなり、周囲の目や声を気にした土地の持ち主が市のシルバーさんに土地の手入れを依頼してきた。

 けれども草の頭を草刈機で刈るだけで帰ってしまうのは、そう指示された仕事だからだろう。二週間程度で再びぐんぐん伸びるのに数万円だ。
 根を上げた土地の持ち主の元に残されたのは、刈れば刈るほどに根張りして地下勢力を拡大した植物群落。セイタカアワダチソウやヨモギなど、一般にきちんと手入れの行き届いていない耕作地に現れる植物の海である。
 目先の満足を求める草刈り機ブン回し対応の結果、同じようにセイタカアワダチソウの群落を人工的に作り上げた場所は日本各地に存在するだろう。

植物を善悪に分類したがる人たち

 黒マルチを敷き詰めていた畑だった頃には存在しなかった生き物たちが、ここに多く現れるようになった。そうした切り口から、人は都合に合わない存在を悪だと決めつける。

 だが土地から溢れかえるチガヤとセイタカアワダチソウの海が、私にはこの町の生物多様性を観察評価するには格好の野外研究所に見えた。

 埋め立てられた田んぼや棚田の宅地や商業施設への変容著しいこのまちにアンチテーゼを示すための、最先端の未開拓領域最後のフロンティアとしての価値を見出したのだ。

 それも「金」に変えないという価値だ。

 春、意を決してその土地の持ち主の家のピンポンを押した。その土地の手入れをする代わりに生き物の調査をしたいと申し出た。もちろん市へ草刈り作業を依頼した場合に発生する数万円を私に払う必要なんてない。
 これはボランティアではなく、私の在野研究なのだから。

 以来、自生植物やその周囲に集まる生き物の調査をしながら、引き算の土地の手入れをしている。
 蔓延りすぎるものはせっせと根ごと抜いてしまう一方で、アスファルトやコンクリートに塗り固められた場所では見られないこの土地の在来種を無闇に刈り取らず、そっとしておく。
 その傍ら、侵略的外来生物の侵入が無いか、目を光らせている。

 これは膨大な時間を賭して、お金に変換できない価値を生む営みである。

研究フィールドとしての「食べられる生態園」

 地域の環境活動としての自然観察や栽培・採取が可能な半自然フィールドとしての生態園の整備は、昨今の国際的な課題にも掲げられている気候変動ネイチャーポジティブを考慮した実践的な取り組みであると同時に、生駒谷の内側から豊かな暮らしその暮らしを本質的に実現するための環境について再定義を図る意図を孕んでいる。

 結局のところ、人が暮らす上で本当に希求しているのは、よそから物見雄山にやってきた観光客をもてなし、その土地を消費し汚してもらうことではないはずなのだ。

 私が「食べられる生態園」にしたいと思っている二つの土地は、私が関わり始める前まで、はっきりいってゴミだらけだった。でも自分が暮らす地域の真ん中にそんな風にされる場所はあって欲しくなかった。

 道沿いのあたりには空き缶や菓子パンの袋、タバコなどがよく落ちていて、拾っても拾っても更新される。キリが無いけれど、やはり引き算する。

 落とす人は想像しないのだと思う。そうしたゴミを落とした場所に生えるものを、人が食べるのだということを。


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生駒谷暮らしの研究室 いつもご覧くださりありがとうございます。 団体・組織には所属せずに、個人で在野研究に取り組んでいます。応援いただいたチップは研究活動費として大切に使わせていただきます。でも記事に「スキ(アカウント無しの匿名可能)」をいただけるのが一番嬉しいです。