【短編ホラー】迎えに来る
夜の峠道だった。
免許を取ったばかりの友人の運転で、わたしは助手席に乗っていた。
運転の練習を兼ねた深夜のドライブ。
小学生の頃からの付き合いだ。
男同士、気を遣うこともない親友だった。
車は友人の父親のセダン。
わたしたちも、とうとう車を運転できる歳になったのだと、それだけで少し嬉しかったし、浮かれていた。
峠道には外灯がほとんどない。
以前は峠道を走り回る「走り屋」たちが多く集まっていたらしいが、今は静かなものだ。
先行車も対向車もいない。
暗闇を照らすのは、自分たちのヘッドライトだけだった。
カーブに差しかかり、ライトがガードレールを照らす。
その明かりの中に、同年代くらいの男が、ぽつんと立っていた。
「あ……そこに人……」
そう言いかけて、わたしは口を閉じた。
ーー違う。
この時間、こんな場所に、あんな風に人が立っていてはいけない。
立木か雑草が、光の反射や影でそう見えただけだ。
きっとそうだ。
そうなのだ。
余計なことは言うべきではない。
「ん?」
友人が聞き返した。
「何かあった?」
「いや、何でもない。暗くて見通しが悪いから、気を付けろよ」
「ああ。この辺、事故も多いらしいからな。レッカー屋の看板もあるし、ところどころガードレールもへこんでる」
わたしは曖昧に頷いた。
◆
わたしは幼い頃、見たものをそのまま口にしてしまう子どもだった。
「あそこ、ひいおじいちゃんがいる。」
そんなことを言って、保育士を困らせていた。
祖母の葬儀でもそうだった。
棺のそばに、すでに亡くなっていた祖父が立っているのを見つけ、
「あ、おじいちゃんも来てるね」
と言ってしまい、母にひどく叱られた。
別の日には、ある人を見て、
「あの人も、お葬式に行くの?」
と聞いてしまった。
喪服姿の女性が、その人に寄り添うように歩いていたからだ。
その人は数日後に亡くなった。
そのときも、わたしはひどく叱られた。
そのうち、わたしは理解した。
死んだ人は、見えてはいけないのだ。
それは、わたしの錯覚なのだ。
軽はずみに、そんなことを言ってはいけない。
そう考えるようになった。
それ以来、わたしは誰にも話さなくなった。
しかし困ったことに、わたしには、見えていい人と、見えてはいけない人の区別がつかない。
当然だ。
わたしには、どちらも同じように見えているのだから。
だから、その人の周囲と状況を見る。
誰かが話しかけている。
肩に触れている。
笑いかけている。
そんな当たり前のことがあれば、その人はそこにいる人だ。
もう亡くなっているはずの人。
そこにいるはずのない人。
わたしは、そういう人を「見えてはいけない人」と考えている。
見えてはいけない人が見えたとき。
それは、わたしの錯覚なのだ。
その人たちは、わたしに話しかけてくることはない。
わたしのことなど見てもいない。
ただ、ときどき感情だけが伝わってくる。
感情が流れ込み、自分の感情と同居するような感覚だ。
突然、涙があふれることがある。
悲しくて、寂しくなる。
逆に、懐かしく、温かい気持ちになることもある。
喜怒哀楽で言えば、静かな哀と、穏やかな喜だ。
怒と楽は、まだ経験がない。
それは多分、良いことなのだと思う。
◆
それから数週間後。
「今夜も走りに行こうぜ。」
友人から電話があった。
「今夜は関越道を使ってT崎インターまで行こう。用はないけどさ、夜のサービスエリアって、なんか楽しいじゃん。帰りは峠越えて戻ろう」
「なら、ガソリン代、少し出すよ」
「いいね。じゃあ迎えに行くよ。三十分もかからないな」
しばらくして、エンジン音が聞こえ、友人が父親のセダンで到着した。
「待たせたな!」
「いや。早いのは助かるけど、安全運転だぞ」
そう言いながら、わたしは助手席のドアに手を掛けた。
ドアを開けた瞬間、わたしは強い焦燥感を覚えた。
ーー早く出せ
ーー早く
ーー速く
「どうした?」
手を止めて固まったわたしに、友人が不思議そうに聞く。
「悪い。急用を思い出した。母から頼まれていたことがあった」
「なんだよ、それ。突然すぎるだろ。来る前に言えよ」
「ごめん。また今度な。次はファミレスで奢るから」
「なら、まあいいや」
友人は呆れたように笑う。
わたしは少しだけ迷ってから言った。
「なぁ、今日は、やめとけ」
「せっかく出てきたのに、すぐには帰らねえよ」
友人は笑い飛ばし、車を走らせた。
赤いテールランプが、夜の道へ消えていく。
助手席には、あの男が座っていた。
それが、友人との最期になった。
迎えに来る
了
