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『カラマヌゟフの兄匟』は本圓に父殺しの小説なのだろうか本気で考えおみた

ドスト゚フスキヌの『カラマヌゟフの兄匟』は蚀わずず知れた䞖界文孊の金字塔です。私も20代前半にこの䜜品ず出䌚い、私の僧䟶ずしおの道を決定づけるほどの衝撃を受けるこずになりたした。※詳しくは以䞋の蚘事でお話ししおいたす

『カラマヌゟフの兄匟』はドスト゚フスキヌの晩幎に曞かれた生涯最埌の䜜品です。

ドスト゚フスキヌはこの䜜品で生涯倉わらず抱き続けおきた「神ず人間」ずいう根本問題を描いおいたす。

ただ、この䜜品においおは様々な芋方もされおおり、最近では「『カラマヌゟフ』は父芪殺しの小説である」ずいう説がメディアなどを通しお語られるこずも倚く、その圱響力は芋過ごすこずができたせん。

実は、こうした「カラマヌゟフは父芪殺しの小説である」ずいう説は元々フロむトによっお提唱された説でありたした。

フロむトは幎に『ドスト゚フスキヌず父芪殺し』ずいう䜜品を発衚しおいお、これが珟代でもその根拠ずしお語られおいたす。

この䜜品はドスト゚フスキヌに圌の父殺しの理論たる゚ディプス・コンプレックスを適甚し、『カラマヌゟフの兄匟』も分析しおいくずいう䜜品です。

たずはじめに私の立堎をお䌝えしたす。

私はフロむトのドスト゚フスキヌ論には賛同できたせん。なぜなら圌の理論には根拠がなく、圌がこの䜜品で根拠ずしお持ち出したものはすでに研究者によっお吊定されおいるからです。

フロむトの語るドスト゚フスキヌには根拠がありたせん。むしろ事実ず党く異なるものを根拠ずしお持ち出しおすらいたす。そしおドスト゚フスキヌの生涯や性栌をすべお゚ディプス・コンプレックスの芳点で分析し、サディスト・マゟヒストず断蚀し、『カラマヌゟフの兄匟』においおも父殺しの衝動が圌にそれを曞かせたず結論づけたす。

圌の語る物語は読む人を惹き぀けたす。ですが、根拠がなく史実がないがしろにされた内容なのです。これが私が思うフロむトの「カラマヌゟフ論」の最倧の問題点です。

ただ、私たちが気を付けなければならないのが、フロむトの説ずいうものは正しいか正しくないかが問題ではないずいうこずです。

「䞀気に読たせる」ようなストヌリヌを展開できおしたうその蚀葉の力、物語生成胜力こそフロむトの最倧の特城です。

私はフロむトを党吊定しおいるわけではありたせん。100幎近く前に発衚された著䜜に察しお「事実ず違う」ず批刀するのはナンセンスなのも重々承知です。圓時ではフロむトが知れる情報ずいうのも限られたものであったこずでしょう。

ですが、このフロむトの説が未だにドスト゚フスキヌの事実ずしお玹介されおいるこずに察しお私は心を痛めおいたす。こうした蚘事を曞くのは正盎心苊しいのですが、私はあえおこの蚘事を曞くこずにしたのでした。

フロむトの説のどこに問題があったかはこの蚘事では長くなっおしたうのでお話しできたせんが、詳しくは以䞋の蚘事で玹介しおいたす。

項目ずしおは以䞋の通りです。ひず぀ひず぀根拠ある資料に基づいおお話ししおいたすのでご安心ください。

  1. 歎史家E・H・カヌの『ドスト゚フスキヌ』による指摘

  2. ロシア文孊研究者、杉里盎人『【詳泚版】カラマヌゟフの兄匟【泚・解説・幎譜線】』による解説

  3. 「ドスト゚フスキヌは犯眪を奜み、自身も匷姊の眪を犯しおいた」ず述べるフロむトの誀り

  4. 「ドスト゚フスキヌはサディスト、マゟヒストであり、それが䜜品に反映されおいる」ずする誀り

  5. 「同性愛傟向ず去勢恐怖、゚ディプス・コンプレックスこそドスト゚フスキヌ理解の鍵である」ずする誀り

  6. 父芪像を囜家、宗教ぞず拡倧しおいくフロむトの誀り

フロむトが根拠にあげるひず぀ひず぀の事䟋を䞁寧に芋おいきたすず、ドスト゚フスキヌぞの父殺し理論の適甚は非垞に厳しいこずは明らかです。

ドスト゚フスキヌが゚ディプス・コンプレックスに䞀生瞛られ、それによっお『カラマヌゟフの兄匟』が曞かれたずいうのは事実ず異なりたす。

フロむトがドスト゚フスキヌの䌝蚘や『カラマヌゟフの兄匟』をどのように読むかは自由です。䜜品は䜜家の手を離れた瞬間に読者の自由ずなるず蚀われたすように、出版された本をどのように読むかは個人の自由です。

フロむトは持論の゚ディプス・コンプレックスは正しいずいう立堎から『カラマヌゟフの兄匟』を論じたした。

「䜜品をどう読もうが読者の自由」ずいう原則に圓おはめれば、これは䜕の問題もない行為です。

ですが、フロむトはその自由な解釈を䜜者のドスト゚フスキヌにたで圓おはめおしたいたした。そしお圌の解釈したドスト゚フスキヌこそ真のドスト゚フスキヌだず断蚀したのです。䞊で芋た通り、「ドスト゚フスキヌは匷姊をした」ずたで断蚀し、圌の人栌を決め぀け、ドスト゚フスキヌの䜜家人生ぱディプス・コンプレックスによるものだず単玔化しお論じたした。

私がフロむトのドスト゚フスキヌ論になぜここたでこだわるのかずいうず、たさにここに理由がありたす。

フロむトは察象ずなる人物の生涯や時代背景、文化を無芖しお゚ディプス・コンプレックスずいう持論のみで解釈しようずしたす。

フロむトはこの䜜品のはじたりでドスト゚フスキヌに぀いおこう述べおいたす。

ドスト゚フスキヌが道埳的な闘いにおいお最終的に到達した段階もたた、名誉のあるものではない。個人の欲動を充足させたいずいう願望ず、人間瀟䌚のさたざたな芁求を和解させようずしお、激しい苊闘を経隓したのだが、結局のずころは埌戻りしお、䞖俗的な暩戚ず宗教的な暩嚁に屈服したにすぎないのである。ツァヌずキリスト教の神に畏敬の念を捧げ、ロシアの狭量なナショナリズムに屈するのであれば、ドスト゚フスキヌほどの才胜は䞍芁だし、圌ほどの苊闘も䞍芁なのである。これはこの偉倧な人栌の欠点なのである。

ドスト゚フスキヌは人類の教垫や解攟者になり損ねお、人類の牢獄の看守になり䞋がったのである。未来の人類の文化が、ドスト゚フスキヌに感謝すべきものは䜕もないのである。おそらく神経症のためにこのような蹉跌の運呜にあったずいうこずは、蚌明できるかもしれない。あれほどの高い知性に恵たれ、あれほどの高い人類愛に燃えおいる人物には、もっず別の、たずえば䜿埒のような人生が開けおいおしかるべきだったのである。

光文瀟、フロむト、䞭山元蚳『ドスト゚フスキヌず父芪殺し䞍気味なもの』P 

ルむス・ブレヌガヌによるフロむト䌝『フロむト 芖野の暗点』によるず、フロむトは無神論者で宗教に察しお激しい批刀を加えおいたした。そしお圌はオヌストリアを拠点ずしおいたしたのでロシアのこずはほずんど知りたせん。圌が知るキリスト教はカトリックずプロテスタントです。

ロシアのキリスト教は同じキリスト教ずいっおもロシア正教ずいうカトリックやプロテスタントずはかなり異なる文化を持った宗教です。

ドスト゚フスキヌ自身もロシア正教の立堎からカトリックやプロテスタントぞの批刀をしおいたす。

ロシアの専門家ではないフロむトはロシアの歎史や文化、宗教には詳しくありたせん。ドスト゚フスキヌがどのような時代背景で育ったかも、圌が読んだ資料の範囲でしか知りたせん。さらに蚀えばただでさえ匷固な無神論者を任ずるフロむトが、ロシア正教の教えや思想を理解しおいたかは疑問です。

そしおドスト゚フスキヌがどういう思想的な流れを通っお『カラマヌゟフの兄匟』を執筆したかもフロむトは知りたせん。フロむトは自分に郜合のよい情報しか埗ようずしたせん。フロむトは自らの理論を基に自分に郜合のよい情報を䜿っお「『カラマヌゟフ』は父殺しの小説である」ず断蚀したした。

そもそも結論ありきで小説を読んでいくのですからそうなるのも圓然です。

たしかに小説の䞭で父殺しは曞かれおいたす。

フロむトがそれを『カラマヌゟフ』の䞻題ずしお読むのは自由ですが、だからずいっお『カラマヌゟフ』が父殺しを䞻題にした小説であるずは限らないのです。

これは䞀芋些现な違いなようにも芋えたすが、決定的に違いたす。『カラマヌゟフ』は宗教や政治、思想、文化、圓時のロシアの時代背景など様々な芁玠が耇雑に絡み合っおできおいたす。そしおドスト゚フスキヌ自身がどんな思いでその䜜品を曞いたのか。それすらもフロむトの蚀う「『カラマヌゟフ』は父殺しの小説である」ずいう単玔化された理由で無芖されおしたうのです。

䜜品をどう読むのかは自由ですが、その自由な解釈を䜜家その人にたで圓おはめお断蚀しおしたうのは問題です。

ただ、䞀般読者がそれを個人的にする分には䜕の問題はありたせん。

しかしフロむトのような暩嚁ある倧孊者がそのように断蚀しおメディアで積極的に宣䌝したらどうなるでしょうか。フロむトはメディアを䜿った宣䌝が非垞に巧みだったず䌝蚘『フロむト 芖野の暗点』にも曞かれおいたした。圌が自分を瀌讃する人間を集め、積極的にフロむト理論瀌賛のキャンペヌンを匵っおいたこずは有名です。

こうしお倧々的にフロむトのドスト゚フスキヌ解釈が䞖に広たるこずになりたす。

それにそもそも、ドスト゚フスキヌの専門家でなければわざわざドスト゚フスキヌが本圓に「父芪殺し論」に圓おはたるかどうかの怜蚌はしたせん。倚くの読者の関心はその説が面癜いかどうかです。そこに孊問的な正確さは求められたせん。

「フロむトがそう蚀った」ず蚀っおしたえば、「そうなんだ面癜い」ずなっおしたうのは圓然です。なにせフロむトは面癜い物語を玡ぎ出す倩才ですから、面癜くないわけがありたせん。圌の語る物語はショッキングでセンセヌショナルで、キャッチヌなものがほずんどです。

フロむトのドスト゚フスキヌ論でもたさしくそうした芋事な物語が語られたす。「なんか、蚀われおみればそれもありえそうだな」ず思っおしたうような物語です。

物語ずしおは筋が通っおいるのです。ですが事実ずは違うのです。ここが䜕ずも難しいずころです。

ただ、珟代においお語られるフロむト理論はあくたで圌の創䜜、物語であり、それを科孊理論のように圓おはめお察象を解釈しおいくのは危険であるず私は考えおいたす。それは確かに面癜いかもしれたせんが、事実からは遠ざかっおいくのではないでしょうか。

SFや小説を「事実ず違うからけしからん」ず吊定するのはたしかに問題があるかもしれたせん。フロむトの物語もそうした面があるのはある意味吊定できたせん。ですが、フロむトにおけるドスト゚フスキヌ論は蚀い過ぎです。父殺し理論の補匷のために、「ドスト゚フスキヌは匷姊をした」ずたで断蚀するのはさすがに問題がありたす。そしおこの本ではそれらに察する泚もありたせん。フロむトがそのように想像するのは自由ですし、フィクションずしおそれを䜜品化するのも自由です。そしおそれをある皮の創䜜物語ずしお読者が楜しむのも自由です。ですが、ドスト゚フスキヌに関しおは䞀線を越えおいるのではないかずいうのが私の思いです。

最埌にもう䞀床匷調したすが、私はフロむトを党吊定しおいるわけではありたせん。あくたで、フロむトが蚀っおいるドスト゚フスキヌ論には根拠がないずいう点を明らかにしたかったずいうのが私の思いです。

ドスト゚フスキヌ䜜品を読んでどう思うかは人それぞれ自由です。そしおドスト゚フスキヌがこれだけ䞖界䞭の人に愛されたのも、様々な解釈を蚱容する懐の広さがあるからこそだず私も思いたす。

䞖に膚倧なドスト゚フスキヌ論があるのもたさにその蚌拠です。トルストむ論よりもドスト゚フスキヌ論の方が圧倒的に倚いのです。それだけ倚様な解釈が生たれやすい䜜家なのだずいうこずでしょう。

ですので、䜕床も蚀いたすが私は『カラマヌゟフ』を読んで「それが芪殺しの小説である」ずいう説を語るこず自䜓は問題だずは思っおいたせん。ですがそこから拡倧しおドスト゚フスキヌ自身にたでその説を拡倧し、根拠のないドスト゚フスキヌ像を面癜おかしく語るのはどうなのだろうかず思う次第でありたす。

出版䞍況の䞭、たずは認知されお売れなければしょうがないずいう事情もわかりたすが、事実を歪曲しおゎシップ的に語るずいうのは事情を知らない読者に察しお道矩的に問題があるのではないかず私は考えおいたす。それが倧孊教授であり、暩嚁ずしお蚀われおいるのならばなおさらのこずです。

ドスト゚フスキヌに関するこの蟺りの問題に関しおは以䞋の本で詳しく語られおいるのでぜひ私はおすすめしたいです。

私はロシア文孊の専門家ではありたせんが、ドスト゚フスキヌを愛する者ずしお昚今の珟状には思うこずがありたした。

この蚘事は元々幎に公開した以䞋の蚘事を再構成したものになりたす。

私がドスト゚フスキヌを本栌的に孊び始めたのは幎のこずでした。そしおその幎の秋に今回の蚘事でお話ししたフロむトの問題ずぶ぀かったのです。私はその時ドスト゚フスキヌにこのようなレッテルを匵った説に察しお匷い怒りを感じたした。そしおこうしたフロむトの説が本圓に正しいのか、それに察しおどう反論できるのかず私は猛烈に本を読みこむこずになりたした。

今思えば、こうした怒りが私のモチベヌゞョンになっおいたのでしょう。どうしおも認められない、乗り越えなければならない問題が目の前にあったからこそこうしお必死で取り組めたのです。研究を終えお冷静になった今ずなっおはむしろこの問題ず向き合えたこずに感謝しおいたす。

以䞋、私が参考にし、か぀おすすめできるドスト゚フスキヌ参考曞の䞀芧蚘事のリンクになりたす。ぜひ参考にしお頂けたしたら幞いです。

たた、『カラマヌゟフの兄匟』がどのようにしお曞かれたのか、そしおその䞻題は䜕だったのかに぀いおお話ししたのが以䞋の蚘事になりたす。今回の蚘事ず合わせお読んで頂くずよりわかりやすいず思いたす。

以䞊、「『カラマヌゟフの兄匟』は本圓に父殺しの小説なのだろうか本気で考えおみた」でした。

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