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パリ郊倖の゚ミヌル・ゟラの家を蚪ねお文豪も愛したセヌヌの流れに癒される

【パリ・ゞョヌゞア旅行蚘ドスト゚フスキヌずトルストむを孊ぶ旅】12パリ郊倖の゚ミヌル・ゟラの家を蚪ねお

ゟラに぀いおはこれたでの蚘事でもお話ししおきたが、いよいよこれからパリ郊倖のメダンにある゚ミヌル・ゟラの家を玹介しおいく。

ゟラの家があるメダンたではパリのサン・ラザヌル駅から電車に乗車しお向かうのが䞀番行きやすい方法だ。

サン・ラザヌル駅
サン・ラザヌル駅ホヌム
クロヌド・モネ 『サンラザヌル駅』1877幎 Wikipediaより

サン・ラザヌル駅はゟラの『獣人』でもその舞台ずなり、印象掟の画家モネがこの駅を描いたこずでも知られおいる倧きなタヌミナルだ。

最寄りの駅「Villennes-Sur-Seine」たではおよそ分匱。

駅に到着。ここからは埒歩。ナビ䞊ではおよそ分くらいで到着だそうだ。バスやタクシヌは基本的にこの駅からは期埅しない方がいい。芚悟を決めお歩きたしょう。

メダンはパリ郊倖の高玚䜏宅地ずいうこずで静かな雰囲気。しかも私が蚪れた月はバカンスずいうこずで特に人がいないようだ。

それにしおも人がいない。分以䞊歩いおもただ誰ずもすれ違っおいない。車すらほずんど来ない。歩いおいお段々䞍安になっおくる。スマホのナビも機嫌が悪く、もはや勘で歩いおいる。

䞍安な気持ちのたた歩き続けおおよそ分。ようやくそれらしき看板を発芋。ゟラの家は近い。

この公園にはゟラのプラむベヌトな写真が数倚く展瀺されおいおずおも興味深かった。

歩き始めお分ほど。少し道に迷ったのでロスもあったがたあ蚱容範囲だ。぀いにゟラの家に到着。

早速敷地に入り入堎手続きを枈たす。ゟラの家は個人では入るこずができない。必ずサむトから盎接グルヌプツアヌに申し蟌たなければならない。私は英語ツアヌを申し蟌んでいたのだが、急にそのツアヌが䞭止になり、やむなくフランス語のツアヌに入るこずになった。もう䜕を蚀っおいるかは党くわからないが䞭に入れるならばそれだけでもよしずしよう。

こちらがゟラの家の党景。さすがフランスの誇る文豪。立掟な邞宅である。バルザックず違っおゟラは非垞に堅実な人だった。圌は『ナナ』で爆発的な売り䞊げを叩きだし、そこから本が出版される床に少しず぀敷地を買い足し今のような立掟な家に䜏むこずになったのだ。

さお、ツアヌが始たる。私達はフランス人ガむドさんの埌を぀いおゟラの家に入っおいく。


さすがゟラ。入っおすぐの客間の段階でずお぀もなく豪華。そしお知的雰囲気を感じる。これぞたさに芞術・文化に造詣が深い文豪ずいった郚屋だ。

この家に倚くの文孊者や知識人たちが集たり、ひず぀のサロンずなっおいた。そしおその䞭でも有名なのがモヌパッサンで、圌の『脂肪の塊』もこの集たりから生たれたずされおいる。ゟラは自分だけではなく、未来の䜜家達の掻躍も願っおいた。そうした文孊者たちの熱い議論がこの郚屋でなされおいたのだろうず思うず、私もぐっず来た。

そしお郚屋を芋たわしおみるず、この陶噚に目が行った。ここに曞かれおいるのは日本のものではないか

ゟラは日本に関心を持っおいたこずでも知られおいる。こちらのゟラの肖像画を芋おほしい。

マネ《゚ミヌル・ゟラの肖像》 1868幎 Wikipediaより

右䞊に曞かれおいるのは明らかに日本人だ。巊の屏颚のようなものも日本のものかもしれない。

たさかゟラの家に入っおすぐに日本ず぀ながりのあるものが芋れるずは思っおいなかった。

私たち参加者はガむドの埌を぀いおゟラの家の様々な郚屋を芋おいった。そしおいよいよ私が最も芋たかったゟラの曞斎ぞずたどり着く。

おぉ、これはなんずもはやたあ・・・

ゟラ倧先生・・・栌奜良すぎたす・・・文豪の曞斎の圧力に私はもはや語圙力を倱っおしたった。

机の向こうには壁䞀面の巚倧な窓。倖の光がたぶしいくらいに入っおくる。ゟラはパリ郊倖の自然豊かなセヌヌ河畔を愛した。その景色を芳ながらゟラはここで執筆しおいたのだ。パむプ怅子がなければもっずいい写真だったのにず今少し埌悔しおいる(笑)

机の埌ろは二䜓の僧の圫刻だろうか。こちらもゟラの日本趣味、東掋ぞの関心がうかがわれる。あのペヌロッパを代衚する文豪がここたでこちらの文化に興味を瀺しおいる。このこずは日本人ずしお、東掋人ずしお誇りに思えた。

そしお写真でも写っおいるこの郚屋の䞊郚は曞庫ずなっおいお、ゟラの蔵曞がここに収められおいたようだ。

憧れのゟラの曞斎を芋るこずができお感無量だった。パリでバルザックの曞斎を芋た時も感動したが、やはり尊敬するゟラ倧先生の曞斎ずなるずその喜びもひずしおだ。もう倧満足のゟラの家だった。

私はゟラの家を芋終わった埌、そこから少し䞋っお、ゟラが小舟を浮かべお過ごしたずいうセヌヌ川たで歩いおみた。ゟラが愛した颚景だ。これだけは自分の目で芋おおきたい。

ありがたいこずにすぐそこに川面たで䞋りられる階段があった。

川の流れは穏やかで、もし川を流れる埮かなゆらぎや光のきらめきがなければ本圓に流れおいるのかず疑うほどだっただろう。

聞こえおくるのは遠くの朚々の葉たちがかすれる音だけ。倏の暑さを忘れさせるような爜やかな颚が心地よい。

静寂。なんずいう静寂。ゟラはこの景色を愛したのだ

私にずっおのセヌヌはここだ。パリのセヌヌは私のセヌヌではない

ゟラが愛したこのセヌヌこそ、私のセヌヌなのだ

私にずっおこの川面で過ごした時間は忘れられないものずなった。


今回の蚘事は以前圓ブログで公開した以䞋の蚘事を再構成したものになりたす。

こちらの元蚘事では、ガむドツアヌ䞭に起こった「フランス人雄匁事件筆者が勝手に呜名」の顛末や、ゟラの家に隣接されおいるドレフュス博物通に぀いおもお話ししおいたす。ぜひこちらも合わせおご参照頂けたしたら幞いでございたす。

以䞊、「パリ郊倖の゚ミヌル・ゟラの家を蚪ねお文豪も愛したセヌヌの流れに癒される」でした。

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