三泊四日で尾道から橋とフェリーを使い芸予諸島を経由して呉まで行ってきた話④【呉・福山編】(完結)
三泊四日の旅も、いよいよ最終日となった。
当初は朝から呉を出発して福山へ立ち寄ってから帰宅するつもりだったが、予定を変更して昼まで呉に滞在することにした。
福山と言えば鞆の浦が有名だが、私のお目当ては鞆の浦ではない。
鞆の浦の近くにある海に面した断崖絶壁に建てられたお堂、阿伏兎観音だった。

なお、呉に正午過ぎまで滞在することになった理由は、前日の夕呉クルーズ(呉湾艦船めぐり)にあった。
クルージング中にスタッフから「天皇誕生日である明日は自衛艦が年に数回しかない満艦飾をやる日なので、明日もどうですか」という趣旨の案内を受けたのだ。
満艦飾をした自衛艦を見られる機会は滅多にない。
この機を逃すまいと思った私は、当初予定になかった2度目の呉湾艦船めぐりに参加することにしたのだった。



11階にある朝食会場は非常に眺望がよかった。
わずか900円の追加料金で、こんないい場所で温かい朝食を食べられるのであれば、選ばない手はない。



ホテルの横には大和ミュージアムの別館のような建物があった。
時間がなく立ち寄ることが出来なかったのが残念だ。

呉湾おさんぽクルーズ

呉湾艦船めぐりに参加するために呉中央桟橋ターミナルへと来たが、時刻はまだ午前8時過ぎだ。
艦船めぐりは午前10時発だったのでもっとホテルに長居することも出来たのだが、せっかく旅先に来ているのだからこの時間を有効に使いたい。
そこで選んだのが「呉湾おさんぽクルーズ」だった。

呉湾おさんぽクルーズは瀬戸内シーラインという会社が運航する旅客用のフェリーを利用した観光客向けのプランで、呉港中央桟橋から江田島の小用港を結ぶ旅客航路を往復するというもの。
小用港での下船はできないが、45分間のクルージングをたったの500円で楽しむことが出来る。
ただ船に乗ってのんびりと景色を楽しみたい人にとって、この上なくお値打ちなプランだ。

これは観光遊覧船ではなく旅客用のフェリーであるため早朝でも船が出ていた。
始発は午前8時35分だ。
往復でおよそ45分なので、大体午前9時20分には帰港することになる。
つまり、午前10時発の呉湾艦船めぐりまでの隙間時間をうまい具合に埋めてくれる絶妙な時間帯に運航してくれているのだ。





先述の通りこのフェリーは旅客用なので、観光客以外にも住民が公共交通機関として利用している。
利用者を見ると若い人も多かった。
聞かなくてもどんなお仕事をしている人なのかは見当がつく。
小用港の向こうには旧海軍兵学校、現在の海上自衛隊幹部候補生学校があるのだから。








約7年前に海上自衛隊幹部候補生学校の見学に行ったことがあるが、呉市街地からかなり大回りして車を走らせたのを覚えている。
あれはあれで楽しかったからいいのだが、今やるならこのカーフェリーを使うだろう。
海からショートカットした方が圧倒的に早い。



大きな島と白い建物が見えてきた。
左の大きな島は大麗女島、右の白い建物は海上保安大学校だ。
海上保安大学校は幹部海上保安官を育成するための学校で、通常の海上保安官を育成する海上保安学校(舞鶴市)とは異なる。
要するに防衛大学校のようなものだ。

大麗女島はそこそこの大きさの島だが民家などはなく、有刺鉄線のような鉄柵と整備された護岸から察するに軍事施設のようだったが、この時点ではよく分からなかった。
帰宅後に調べてみると、やはり軍事施設だった。
戦前は帝国海軍の燃料庫として使われ、現在は海上自衛隊の弾薬庫として使われているという。

人の気配はなさそうだが、おそらく島内では海自の陸警隊が警備をしているのだろう。

この小さな島は小麗女島といい、海上保安庁が管理する小麗女島灯台が建っている。
やけに岩肌が白いが、モルタルでも吹き付けられているのだろうか。
流石に鳥糞ではないと思うが。





工場か倉庫のようなものが完全に倒壊していた。
海沿いでこんなものを放置しておいて大丈夫なのだろうか。

(そもそも、これらが桟橋なのかもわからない)

ちなみに江田島の読みは「えたじま」が正しい。
しかし、どうしても濁音化して「えだじま」と読んでしまいがちだ。
魁!!男塾の影響かもしれない。



私は航海中ほとんどの時間をデッキにいたが、強烈な風に晒されて尋常ではない寒さだった。
ダウンジャケットの前を閉めなければならないほどの激烈な寒さであり、普通のジャケットを着てこなくて正解だったと強く感じた。
また、デッキには自動販売機が置かれており、船室との出入口の間にちょっとした隙間が出来ていた。
この隙間に立っていれば外を見ながら強烈な横風に晒されなくて済む。



往復45分のクルージングを楽しみ、呉中央ターミナルへと戻ってきた。
お次の呉湾艦船めぐりの出航時刻まで少しだけ時間があるので、ターミナルの2階にある無料休憩所を利用してみることにした。

観光案内のパネルで仕切られた無料休憩所の中へ入ってみると、目を疑う光景が広がっていた。
学生と思しき若年層が大量に自習していたのだ。
これは目的外利用ではないのか。
無料休憩所を設置した趣旨は知らないが、基本的には観光客等の船舶利用者向けの休憩施設だと考えるのが妥当だ。
少なくともキッズのお勉強スペースとして開放されているものではないことは明白だろう。
呉中央桟橋ターミナルは観光客も多く利用する施設であり、観光振興という観点からもこのような利用実態は相応しくない。
呉市においては、この現状について早急に是正してもらいたいものだ。
言うまでもなく船舶利用者の学生が待合の時間に勉強するのは問題ないが、そんな学生はごく僅かではないだろうか。

二日連続の「呉湾艦船めぐり」

先述のとおり自衛艦の満艦飾を見るために、2度目の呉湾艦船めぐりへと参加した。



「おおすみ」と「くにさき」の両艦は機関を始動させて煙を上げていた。
遊覧船スタッフはいずれも今日中に出港する可能性が高いだろうと言っていたが、流石に遊覧中は出航してくれなかった。

(あさぎり型護衛艦)




(むらさめ型護衛艦)

真ん中に見慣れない艦艇が見えている。
さすがにこれは私も覚えがないので調べたところ、支援船の一種で油槽船1号だった。
要するに自衛隊が自前で保有している石油タンカーで、国内の製油所から自衛隊基地までの燃料輸送を担っている。










訓練支援艦てんりゅう













このアングルが一番綺麗に満艦飾を撮影出来たかもしれない。













一般の艦艇の満艦飾を見終えると、次は潜水艦だ。
しかし、潜水艦は一般の艦艇とは異なり構造上満艦飾を実施できない。
そうした艦艇については、マストの最上部に自衛艦旗を掲揚することで代えるのだという。
こうした事も遊覧船のスタッフが教えてくれる。




マスト最上部の自衛艦旗をみるためにカメラを拡大してみる。


ここまで拡大して、ようやくはっきり見えた。



潜水艦から少し離れたところに珍しい船が停泊していた。
海上自衛隊では珍しい双胴船だった。
この船はひびき型音響測定艦といい、仮想敵国の潜水艦が発する音響情報を収集している国家機密の塊のような艦艇だ。




潜水艦桟橋に一隻だけ自衛艦旗を掲げていない潜水艦が見えた。
よく見ると艦尾が汚れたままで手入れもされていない。
これは除籍されて用途廃止となった潜水艦だった。
直近で除籍された最終所属が呉の潜水艦は「みちしお」であり、同艦は昨年3月に除籍となっている。
仮にそうだとしたら除籍から一年経っても解体されていないことになるが、どうやらこれは珍しいことではないらしい。
国家機密の塊である潜水艦は厳重な手続きを経て解体されるらしく、おやしおとみちしおの二隻についても呉地方総監部から今月25日付けの文書で解体業者募集の公示がなされたばかりだった。







遊覧しているとグレーの船舶が航行してきた。
これも海上自衛隊の船舶で、曳船(タグボート)と呼ばれる支援船の一種だ。
大型船は狭い港湾内では小回りが利かないため、接舷や出入港などにおいて曳船による支援は欠かせない。
そんな曳船が出てきたということは、今から大型艦が出港するということに他ならない。
おそらく煙を上げていたおおすみ型が出港するのだろう。


(曳船58号型)

停泊している海上自衛隊の支援船を見ながら桟橋へと戻る。
さすがに私も支援船は全くわからないので調べたところ、YOと書かれた支援船は油船25号型という艦艇に燃料を供給するための船だった。
右端にある08と96という数字だけが書かれた船は、先ほど動いていた曳船58号型のようだ。
番号で識別される程度の小型船舶だが、こういう支援船がなければ海上自衛隊の艦艇は何一つ活動できない。

呉湾艦船めぐりを終えた頃には午前11時前くらいになっていた。
ちょうどいい時間なので、このまま呉で昼食を済ませてしまうことにした。呉中央桟橋ターミナルと道路を挟んで向かい側にあるビルの二階には「呉ハイカラ食堂」という飲食店がある。
海軍カレーや海上自衛隊のカレーを再現したカレーを提供しているお店なのだが、実はここのカレーは7年前に呉を訪れた際にも食べている。
懐かしい思いもあり、せっかくなので再訪していくことにしたのだ。



この店では潜水艦そうりゅうのカレーを再現しており、なんと海上自衛隊も公認している。

注文したのは艦これと公式にコラボしたメニュー「テッパンカレー」だ。
すでに長きにわたり予備役入り(引退)しているとはいえ、私も提督の端くれなのだから。
この鉄板の食器は海上自衛隊でも実際に使われているそうだ。
日常的にあまり食べる機会のないクジラカツもついているほか、飲み物として牛乳が付いている。
海上自衛隊ではカレーに牛乳がセットでついてくるのは当たり前だそうで、これは栄養バランスを考慮してとのことだそう。
まるで学校給食のようだ。


昼食を済ませたので呉を出る。
目指すは広島第二の都市、福山だ。

国道185号を走行していたところ、休山トンネル西口交差点にある仏壇店が気になってつい撮影してしまった。
ただの仏壇店にしては非常に凝った意匠をしていたのだ。
一階入口の軒唐破風も印象的だが、それ以上に驚いたのは屋根に千鳥破風が設けられていたことだった。
千鳥破風というのは、豪華な外観にするために城郭や寺社建築などで設けられる飾りだ。
よく見ると千鳥破風の上には鯱まで載っている。
店を建てた当時は相当羽振りが良かったのだろうか。
近年は仏壇店の廃業が相次いでおり厳しい状況だが、次に呉を訪れた際も是非この店を見られたらいいなと思っている。
余談だが、広島や島根、山口などの中国地方では屋根の上に鯱が載っている民家が多い。
魔除けや防火などを企図しているそうで、そういう地域性なのだろう。


滋賀県にある小谷城は「おだに」と読むため、「小谷」の二文字を見るたびに「こだに」と読むのか「おだに」と読むのか迷ってしまう。

(厳密には、そちらは綴りがAndersonらしい)
阿伏兎観音
山陽道福山西ICを降り、沼隈半島の先端へと向かう。
沼隈半島という名前はピンとこない人も多いかもしれない。
福山市の有名な観光地である鞆の浦があるのが沼隈半島なのだが、今回私が訪れたのは鞆の浦ではない。
鞆の浦からやや西に離れた場所にある断崖絶壁に建てられたお堂、阿伏兎観音だ。












阿伏兎観音は磐台寺というお寺のお堂なので、お堂以外にも建物がある。
こちらの客殿は参拝客などをもてなすための建物で、元文3(1738)年に建立された広島県指定文化財だ。





阿伏兎観音への通路は屋根が設けられている。
客殿に接続して途切れているところを見るに、これは客殿から参拝しにいくことを想定した作りになっていたように思える。

足摺さんと呼ばれる仏像が安置された石塔がある。
この石塔がある場所はちょうど高さがある岩の上に作られており、阿伏兎観音を一番綺麗に見られるビュースポットとなっていた。
なお、撮影するだけとはいえ仏塔に背を向けることになるので、撮影する前にちゃんとお参りをしたほうがよいと思う。

あの崖の上に建てられたお堂が阿伏兎観音だ。
現在の建物は戦国武将の毛利輝元によって建立されたものだという。
眼下に広がる青く透き通った瀬戸内海と相まって、非常に美しい景色を作り出している。
さほど広い場所ではないが、帰宅する前に立ち寄っておいて本当に良かったと思う。





観音堂からの眺めも格別であり非常に美しいものだったが、残念ながらお堂の上は撮影禁止となっている。
高所である上に狭いので、危険防止のために撮影禁止にしているのだろう。


航海の安全や海難避けとして信仰を集めるほか、子宝や安産、子育てへの信仰もあるようで、おっぱいの形をした絵馬がお堂の内部に多数奉納されていた。
おっぱいの形をした護符も売られている。
おわりに
これで三泊四日の尾道、今治、呉を回る旅は終了だ。
今回は四日間という時間をあえて贅沢に使ってみた。
私は四日もあれば九州や東北などに出かけてしまうことが多く、それに比べたら6時間程度で行ける愛媛と広島は近場といっても過言ではない。
また、移動手段としてフェリーを多用したため出航時刻を意識して余裕を持って移動することが多く、結果として旅の途中に多くの余白が生まれたと思う。
余白というちょっと気取った表現をしてしまったが、要するにちょっと車をとめて景色を眺めたり、予定外の場所へ立ち寄ったりするようなことだ。

中でも離島での滞在は非常に楽しかった。
離島での滞在時間は船の出航時刻によって決まっており、移動できる範囲も限定的だ。
急ぐ理由も必要もない。
そういう穏やかな時間を過ごしたくて離島へ足を運び宿泊してみたが、期待通りの満足感を得られたと思っている。
今回訪れた離島は瀬戸内海という風光明媚な地にあり、本土から短距離でアクセスできる気軽さも大きい。
瀬戸内海はいいぞ。
