近現代文学の日英翻訳(6)「「髪の毛?」スウプに何か、イヤなものでも入っていたのから、と思った。「いいえ」お母さまは、・・・」
(↑のつづきです)
前回は、太宰治の『斜陽』(The Setting Sun)の出だしの英訳(サイデンステッカー訳)を紹介しました。
これ以降少し原文を続けて、その英訳をご紹介します。
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「髪の毛?」
スウプに何か、イヤなものでも入っていたのから、と思った。
「いいえ」
お母さまは、何事もなかったように、またひらりと、さじ、スウプをお口に流し込み、そしてお顔を横に向け、お勝手のマドの満開の山桜に視線を送り、そうしてお顔を横に向けたまま、またひらりと一さじ、スウプを小さなお唇のあいだに滑り込ませた。ヒラリ、という形容は、お母さまの場合、決して誇張ではない。婦人雑誌などに出ているお食事のいただき方などとは、てんでまるで、違っていらっしゃる。
Mother uttered a faint cry. She was eating soup in the dining-room.
I thought perhaps something disagreeable had got into the soup. “A hair?” I asked.
“No.” Mother poured another spoonful of soup into her mouth as if nothing had happened. This accomplished, she turned her head to one side, directed her gaze at the cherry tree in full bloom outside the kitchen window and, her head still averted, fluttered another spoonful of soup between her lips. Mother eats in a way so unlike the manner prescribed in woman’s magazine that it is no mere figure of speech in her case to use the word “flutter.”
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「またひらりと一さじ、スウプを小さなお唇のあいだに滑り込ませた。」の「ひらり」に対して、サイデンステッカーは、fluttered another spoonful of soup between her lipsとして、
flutter(〈旗・翼などが〉はためく; ひらひら震える)
という語を使っています。
ただし私の感触では、flutterは「ひらり」とは少しニュアンスが違う気がします。
いずれにしろサイデンステッカーは英語として無理をしていません。
訳せないものは訳せないのだという、たしかな姿勢をとっています。
これは翻訳者として正しい姿勢だと私は思います。
(つづきは↓)
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