近現代文学の日英翻訳(7)「八月のある日、男が一人、行方不明になった。休暇を利用して、…」
(↑のつづきです)
「八月のある日、男が一人、行方不明になった。休暇を利用して、汽車で半日ばかりの海岸に出掛けたきり、消息をたってしまったのだ。」
知る人ぞ知る、阿部公房の名作『砂の女』の出だしです。
『砂の女』は、日本でこそ「知る人ぞ知る」ですが、海外の日本文学研究者のあいだでは、『雪国』に次いで有名な作品のひとつです。
以下、訳文です。私の目からみても、とても優れた日英翻訳の一例です。
One day in August, a man disappeared. He had simply set out for the seashore on a holiday, scarcely half a day away by train, and nothing more was ever heard of him.
(The Woman in the Dunes, Kobo Abe, Penguin Classics)
阿部公房といえば、アメリカ人の日本文学研究者であるリービ秀雄が「路地の奥の家」というエッセイ(日経新聞)で、次のような興味深い逸話を紹介しています。
☆☆☆」
以前にリービが阿部公房の作品を英訳したときのこと。
その一節に「象が…」という文がありました。
この日本語を英語にするには「象」が一頭なのか二頭以上なのかを決めなければなりません。
そこで阿部公房の宅に訪問したとき、リービは「先生、この象は一頭ですか、二頭ですか、それとも群れですか。」と尋ねました。
すると、阿部はこう答えたといいます。
「わからない。
われわれ日本人にはそんな区別はない。
だからリービ君は自分で決めなさい」。
阿部宅からの帰り道、リービは帰りの電車から見える新宿の光をみながら、次のように思ったといいます。
「(新宿の光は)あれだけおびただしいのに……、aもtheもなく、sもつかなく、ただ、“光”なのだ!」。
それから数十年がたち、こんどはリービが日本語で書いた作品をアメリカ人の若手日本文学研究者が英語に翻訳することになりました。
そしてあるとき、その若手研究者がリービの宅を訪問し、ある日本語が単数なのか複数なのかを尋ねました。
リービはこう答えたといいます。
「わかりません。
私はそんな区別をしていない。
だからあなたが自分で決めなさい」。
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