MVP ARCHIVE PEOPLE | Prime Ministers of Japan : Hayato Ikeda 1899–1965 / 池田勇人 - 戦後日本を成長時代へと導いた経済重視のリーダー

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池田勇人 - 戦後日本を成長時代へと導いた経済重視のリーダー
1960年、岸信介政権 が進めた 日米安全保障条約改定 をめぐり、国会周辺には巨大な反対運動が広がった。
条約は成立したが政治的対立は社会を二分するほど激しくなり、岸内閣 は退陣、その直後、日本政治の重心を安全保障から経済へ大きく転換させた首相が、池田勇人 だった。
「 所得倍増 」、池田 が掲げたこの政策は、単なる選挙スローガンでは終わらず、池田 の時代、日本は敗戦後の「 復興する国家 」から、世界有数の工業国家へ向かって走り始める。
その背景には、アメリカとの 安全保障関係、Cold War、自由貿易体制、そして John F. Kennedy 政権 との新しい日米関係があった。
大蔵官僚から政治へ
1899年、池田勇人 は広島県に生まれ、京都帝国大学法学部を卒業後、大蔵省へ入省、税務・財政行政を中心に官僚としての経歴を積んだ。
しかし若い頃、池田 は難病に罹患し、長期療養を余儀なくされ、一時は官僚としての将来も危ぶまれたがその後復職、戦後には大蔵次官まで昇進する。
1949年、衆議院議員に初当選、その直後から 吉田茂政権 で大蔵大臣などの要職を務め、吉田茂 が作った戦後国家の経済運営を実務側から支えた人物でもあった。
戦後復興と池田
日本政府と GHQ は、経済を安定させるためさまざまな政策を実施する。
1949年には、アメリカから派遣された Joseph Dodge による Dodge Line が導入、インフレ抑制を重視した強力な経済安定策だった。
大蔵大臣だった 池田 は、政策は物価安定へ効果を持つ一方、企業倒産や失業を伴う厳しいデフレ圧力も生み、そこへ1950年、朝鮮戦争 が始まる。
朝鮮特需
朝鮮半島で戦争が始まると、日本はアメリカ軍・国連軍の巨大な後方拠点となり、日本企業へ大量の発注が入る、朝鮮特需である。
敗戦からわずか5年、日本の工場は再び急速に稼働し始めた。
この需要は日本経済の復興を大きく加速させる。
次に必要だったのは、外部の戦争需要に依存しない成長構造だった。
日本は復興の次の段階へ進む必要があった。
吉田茂から岸信介へ
1950年代、日本の戦後国家の基本構造が形成されていく。
吉田茂 は、安全保障をアメリカとの関係へ大きく依存しながら、国内資源を経済復興へ集中する 方向を選んだ。
1952年、日本は主権を回復、1955年には自由民主党が成立する。
そして 岸信介政権 は、1960年に 日米安全保障条約 を改定した。
しかし安保改定をめぐる政治対立は巨大化、1960年7月、岸 は退陣。
その後継として首相となったのが 池田勇人 だった。
「寛容と忍耐」
1960年7月19日、池田勇人 は 第58代内閣総理大臣 に就任した。
池田 が直面したのは、安保闘争 によって分断された社会だった。
そこで 池田 は、岸政権 とは異なる政治姿勢を前面へ出す。
「 寛容と忍耐 」
政治的・思想的対立をさらに激化させるのではなく、国民生活と経済へ政治の焦点を移す。
「 安全保障をどうするか 」から、「 国民生活をどう豊かにするか 」へ移していく政治戦略だった。
国民所得倍増計画
1960年12月、池田内閣 は 国民所得倍増計画 を閣議決定する。
目標は、約10年間で実質国民総生産を倍増させること。
重要なのは、単に「 企業を成長させる 」という政策ではなく、経済全体を成長させ、その成果を所得上昇として国民生活へ接続する。
高度経済成長
池田政権期、日本経済は政府の想定を上回る速度で成長した。
巨大な設備投資が続き、企業は大量生産設備を導入し、生産性を高めた。
消費拡大がさらに企業の設備投資を促す。
生産 → 所得 → 消費 → 投資 → 生産
という成長循環が形成されていった。
太平洋ベルト
高度成長は、日本列島の空間構造も変えた。
太平洋沿岸には巨大な工業地帯が形成されていく。
工業化を支える巨大なインフラが集中した。
後に 太平洋ベルト と呼ばれる産業地域である。
地方から都市へ大量の人口が移動する。
農村中心だった社会から、都市・工業中心の社会へ。
戦後日本の生活環境そのものが急速に変わっていった。
John F. Kennedy
池田政権 期のアメリカ大統領が、John F. Kennedy だった。
Kennedyは1961年1月に大統領へ就任。
同年6月、池田 は Washingto nを訪問し、Kennedy と会談する。
岸・Eisenhower 時代の日米関係は、1960年安保をめぐる激しい政治対立の記憶を残していた。
池田 と Kennedy の時代には、日米関係の重心がより広い分野へ移った。
安全保障だけにとどまらず、両国間の協議制度も整えられていった。
軍事同盟を基礎としながら、経済と社会を含む関係へ。
Cold Warの中の経済国家
しかし 池田 の時代も、冷戦 の外側にあったわけではない。
1961年、Berlin Wall が建設、1962年には Cuban Missile Crisis。
アメリカとソ連は核戦争寸前まで接近した。
その中で日本は、1960年の 日米安全保障条約 を基礎として安全保障を確保しながら、国家資源の大部分を経済成長へ投入できた。
吉田茂 が基礎を作り、岸信介 が安全保障関係を再設計し、池田勇人 がその環境を経済成長へ利用した。
貿易自由化
高度成長する日本は、世界経済への統合も進めた。
戦後の日本は外貨不足を背景として、輸入や資本取引を強く管理していた。
しかし経済成長とともに、アメリカや欧州諸国から市場開放を求める圧力が強まる。
池田政権 は貿易・為替自由化を段階的に進めた。
1963年、日本は GATT11条国 へ移行、1964年には IMF8条国 となる。
そして同年、OECD へ加盟する。
日本は「 戦後復興を支援される国家 」から、世界の主要な工業国・貿易国の一つへ移り始めていた。
新幹線
1964年10月1日、新大阪間で開業する。
最高速度210km/h、東京と大阪を約4時間で結んだ。
東京、名古屋、大阪という巨大経済圏を高速で接続する。
日本列島の経済的距離そのものを縮めた。
高度経済成長を象徴する Infrastructure だった。
Tokyo 1964
新幹線開業から10日後、1964年10月10日、東京オリンピックが開幕する。
敗戦から19年、都市インフラも急速に整備され、かつて焼け野原となった東京に、世界各国から選手と観客が集まった。
1964年の東京は、日本が国際社会へ復帰し、近代的な工業国家として再登場したことを世界へ示す舞台となった。
成長が生んだ問題
工業生産の急拡大は環境への大きな負荷を生む。
水俣病をはじめとする深刻な公害問題も社会に広がっていった。
所得が増え、生活が豊かになる一方で、成長の速度に社会制度や環境対策が追いつかなかった。
経済成長そのものが、新しい社会問題を作り出した。
これも高度成長期の重要な現実だった。
病と退陣
1964年、池田 は喉の病気の治療を受ける。
東京オリンピック閉幕翌日の10月25日、退陣を表明。
後継首相には 佐藤栄作 が選ばれた。
1965年8月13日、池田勇人 は、首相退任から約10か月後に死去、享年65歳だった。
池田勇人が残したもの
日本経済は 池田政権 以前から成長を始めていた。
池田政権 が行った重要なことは、すでに始まっていた成長を国家の明確な方向として示したことだった。
「 豊かになる 」という目標を、政府だけではなく企業や国民が共有できる形へ変え、現実になったことで、その目標は社会的な現実となっていった。
政治から経済へ
1960年、日本社会は安全保障をめぐって激しく対立した。
しかし日米安全保障条約そのものは残った。
池田 はその問題を再び政治の中心へ置くのではなく、経済へ重心を移した。
むしろ、安全保障の基本構造を固定したことで、経済を政治の中心へ置くことが可能になった。
その後、日本では 自民党政権 が長期間続く。
その政治的安定を支えた重要な要素の一つが、経済成長だった。
政治体制への支持と経済成長が接続し、戦後日本のもう一つの基本構造が形成された。
MVP Perspective
池田勇人 を見るうえで重要なのは、「 高度経済成長を実現した首相 」であると共に、日本という国家が、何を成功の基準にするのかを変えたことだった。
池田 の時代、日本が世界の中で存在感を拡大する主要な手段は、軍事力から経済力へ大きく変わった。
日本は領土を拡大することなく、世界有数の経済大国へ向かっていった。
そしてこの成功は、その後の日本社会に非常に強い価値観を残す。
この考え方は、1960年代の日本では現実として機能した。
しかし同時に、公害、都市集中、地域格差、資源依存という新しい問題も生むことになった。
戦後日本が「 経済国家 」という新しい国家像を選び、その可能性と代償の両方が始まった時代である。
そして、その急成長した日本を次に待っていたのは、沖縄返還、Vietnam War、Nixon Shock、そしてアメリカとの経済摩擦だった。
その時代を担うのが、佐藤栄作 である。

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