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MVP ARCHIVE HISTORY | Civilization Security : Ottawa Treaty / 対人地雷禁止条約 - 戦争が終わっても、人を殺し続ける兵器をどう止めるのか

Ottawa Treaty / 対人地雷禁止条約 - 戦争が終わっても、人を殺し続ける兵器をどう止めるのか

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対人地雷禁止条約 - 戦争が終わっても、人を殺し続ける兵器をどう止めるのか

対人地雷、土の中に埋められた地雷は、停戦協定を知らない。
踏んだ人間が兵士なのか、農民なのか、帰還した住民なのか、遊んでいる子どもなのかも判断しない。
設置した軍隊が撤退した後も、何年、何十年が経過しても、人間が接触すれば作動する可能性がある。

「 そもそも使用してよい兵器なのか 」というところから問い直した国際条約が、Ottawa Treaty|オタワ条約 Mine Ban Treaty|対人地雷禁止条約
である。

対人地雷とは何か

対人地雷 は、人間の存在・接近・接触などによって爆発し、人を殺傷するよう設計された地雷で、地面に埋設されるものもあれば、地表に設置されるものもある。。

民間人と地雷

紛争終了後には、地雷やその他の爆発性戦争残存物による被害の中心が民間人、特に問題になるのが子どもである。
地雷や不発弾が日常生活圏に残れば、兵器について十分な知識を持たない子どもも危険にさらされる。

対人地雷問題は、軍備管理だけではなく、Humanitarian Disarmament|人道的軍縮 という考え方と強く結びついていく。

Cold Warと大量の地雷

20世紀、対人地雷は世界各地の戦争で使用され、特に冷戦期には、安価で大量に配備できる兵器として広く使用された。
地雷は軍事的合理性は存在したからこそ、単純に「 危険だから禁止 」だけでは問題は解決しなかった。

1990年代 問題の見え方が変わる

冷戦 終結後、戦争そのものが終わっても、地雷による死傷者が発生し続けて、世界各地の紛争地域で地雷被害が改めて注目されるようになった。

地雷が戦場で有効かどうか だけではなく、その軍事的利益と、戦後まで続く民間被害が釣り合うのか という問いが強くなった。
NGO、人道支援団体、医療関係者、地雷被害者、各国政府などがこの問題を国際的に取り上げていく。

International Campaign to Ban Landmines

1992年、複数のNGOによって、International Campaign to Ban Landmines|ICBL 地雷禁止国際キャンペーン が設立された。
これは オタワ条約 成立を考える上で非常に重要な存在である。
通常、軍縮条約は国家間交渉を中心に進む。

しかし対人地雷禁止では、市民社会 が大きな役割を担った。
さまざまな活動が国境を越えて接続された。
対人地雷問題は、国家だけが国際秩序を作るわけではない ことを示す事例にもなっていく。

Ottawa Process

1990年代半ば、対人地雷禁止をめぐる国際交渉が加速する。
しかし既存の軍縮交渉では、参加国間の意見の違いによって包括的禁止への進展が難しかった。
そこでカナダを中心に、全面禁止を支持する国家と市民社会が別の交渉プロセスを進める。

これが、Ottawa Process|オタワ・プロセス である。
特徴は、全国家の合意を待たなかったこと。
禁止に同意できる国家から先に制度を作り、そして参加国を増やしていく。
従来型のコンセンサス外交とは異なるアプローチだった。

1997|Ottawa Treaty

1997年9月18日、ノルウェー・オスロで条約文が採択された。
そして同年12月3~4日、カナダ・オタワで署名式が行われる。

正式名称は、Convention on the Prohibition of the Use, Stockpiling, Production and Transfer of Anti-Personnel Mines and on their Destruction 日本語では一般に、対人地雷禁止条約 と呼ばれる。
1999年3月1日、条約は発効した。

何を禁止したのか

オタワ条約 は締約国に対して、
対人地雷を使用の包括的な禁止、禁止行為を援助・奨励・誘導しない
ことも義務となる。
さらに、すでに存在する地雷を処理すること。

Stockpile Destruction

締約国が保有する対人地雷は、原則として条約がその国について効力を生じてから4年以内に廃棄しなければならない。
兵器庫に残っている地雷も破壊する。
禁止を将来だけに適用するのではなく、過去に作られた兵器まで処理する。

Mine Clearance

しかし地雷では、兵器庫の在庫を廃棄するだけでは終わらない。
すでに地面へ埋められた地雷がある。
そこで締約国には、地雷汚染地域を特定し、標識・保護し、地雷除去を進める 義務がある。

原則として条約発効後10年以内の除去が求められるが、現実には汚染規模や技術・資金などの事情から期限延長制度も存在する。
ここが対人地雷軍縮の特殊なところである。
兵器を廃棄するだけではなく、土地そのものを安全な状態へ戻さなければならない。

Victim Assistance

さらに オタワ条約 は、被害者支援 も国際的枠組みの中へ位置づけた。
地雷被害では、生存者が重い身体障害を負う場合がある。
兵器を禁止しただけでは、すでに被害を受けた人の生活は戻らない。
兵器 → 被害 → その後の人生 までを見る必要がある。
これは人道的軍縮という考え方を象徴している。

Princess Diana

対人地雷問題を世界的に可視化した人物の一人が、Diana, Princess of Wales|ダイアナ元皇太子妃 だった。
1997年1月、ダイアナ はアンゴラを訪問。
防護装備を身につけ、地雷原を歩く姿が世界中で報道された。

遠い戦争地域に残された地雷 という問題を、世界中の一般市民が視覚的に認識する大きな契機となった。
複数の力が重なって国際的な潮流が形成されていった。

1997 Nobel Peace Prize

1997年、International Campaign to Ban Landmines と、そのコーディネーターだった Jody Williams|ジョディ・ウィリアムズ はノーベル平和賞を受賞した。
ノーベル委員会は、ICBL が 対人地雷禁止 に向けた国際的な運動を形成したことを評価した。

軍事的合理性と人道的合理性

対人地雷 が軍事的に完全に無意味なら、禁止はそれほど難しくない。
しかし実際には、一定の軍事的機能があるため、一部の国家は現在も必要性を主張する。

問われたのは、短期的な 軍事利益 と、長期的な人道・社会コスト のどちらを重く見るかだった。
オタワ条約 参加国 は、対人地雷 の 軍事的利益 より、その長期的な 人道被害 を重く見る という選択をしたのである。

Ukraine 禁止規範と安全保障

2022年以降の ロシア による ウクライナ全面侵攻 は、対人地雷問題 を再び大きくし、広大な地域が地雷や不発弾などによって汚染され、将来にわたる除去が巨大な課題となっている。

さらに2025年には、フィンランド、ポーランド、バルト三国など複数の欧州諸国が、安全保障環境 の悪化を理由としてオタワ条約からの離脱へ動いた。ウクライナも条約上の義務停止へ動き、条約体制そのものが新たな圧力を受けている。
ここには 国際軍縮制度 の難しさがそのまま現れている。

条約から離脱できるということ

国際条約 は、国家の意思決定から完全に独立した存在ではない。
オタワ条約 にも離脱規定がある。
安全保障環境 が変われば、国家の合理性も変わる可能性がある。
軍縮制度 を維持するには、兵器を禁止 するだけでは足りない。
その兵器を必要としない 安全保障環境 を維持する必要がある。

CWCとの違い

CWC : 化学兵器を禁止。
主要な化学兵器保有国も制度へ参加。
OPCW による強力な検証制度を構築。
2023年、申告済み備蓄100%廃棄確認。

Ottawa Treaty : 対人地雷を禁止。
大量の備蓄地雷が廃棄、広範な国際規範も形成された。
主要軍事国の一部が制度外に残る。

さらに近年、安全保障環境 の悪化によって離脱する国家も現れた。
ここから、同じ「 兵器禁止 」でも、その兵器を各国が安全保障上どう評価しているかによって制度の安定性が変わる ことが見える。

完全でなくても、世界は変わった

それでも オタワ条約 によって大きな変化は起きた。
多数の国家が対人地雷を禁止し、膨大な数の備蓄地雷が廃棄された。
地雷除去が進められ、被害者支援が 国際軍縮制度 の一部になった。
そして、「 対人地雷を普通の兵器として使う 」という考え方そのものが大きく変化した。

「戦争の後」を誰が引き受けるのか

一つの地雷を設置するには数分しかかからない。
それを探し出し、安全に除去するには大きな時間と費用が必要になる。
ここに対人地雷という兵器の特殊性がある。

使用した 軍事的合理性 と、使用後に社会が負担する合理性が一致しない。
だから オタワ条約 は、「 戦争中に役に立つか 」だけではなく、「その選択が戦争後の社会へ何を残すのか」 まで判断基準に入れた。

理念と現実の間

オタワ条約 は大きな成果を残した。
しかし2020年代、安全保障環境の悪化によって、その制度から離れようとする国家も現れた。
これは条約の失敗だけを意味するものではないく、むしろ国際制度が置かれている現実を示している。

理念だけでは制度は維持できない。
国家が、「 条約を守っていても自国を守れる 」と判断できる環境が必要であり、その条件が崩れれば、禁止されていた兵器にも再び軍事的合理性が生まれてしまう。

オタワ条約 は、人道的軍縮の大きな成功例であると同時に、理念を現実の安全保障の中で維持することの難しさ を現在進行形で示している。

Archive Point

オタワ条約 が禁止したのは、戦争が終わっても、人間を殺傷し続ける兵器
だった。

対人地雷には軍事的な合理性がある。
だから禁止するには、「 非人道的だから 」という理念だけでは足りない。
その兵器を使わなくても国家を守れるという条件が必要になる。

それでも多数の国家は、短期的な軍事的利益より、戦後まで続く民間被害を減らす という選択をした。
そして市民社会、被害者、NGO、国家が接続し、実際に国際的な兵器禁止制度を作った。

その選択が未来へ何を残すのか。
オタワ条約 は、兵器を禁止する条約であると同時に、戦争の「後」まで人間の責任として考えた国際制度なのである。

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