後輩の池田#1【よく食べよく寝る】
はあぁ・・・またか・・・
大学の授業を終えた後、勝手知ったる一人暮らしの部屋に入って溜め息をつく。
『おい、起きろ』
ベッドでスヤスヤと気持ちよさそうに眠る後輩に声をかける。
『池田、もう起きろって』
「・・・んうぅー、ああなんだ先輩ですか。・・・おはようございます」
『おはようございますじゃないだろ。何時だと思ってんだよ』
「なんですか?ママなんですか?」
『バカな事言ってないで起きろって。今日も大学さぼったのか?』
「人聞き悪いですね。課題はもう完成して提出済みです」
「だから今日は休みでいいんです。先輩と違って私は要領がいいので」
「それから起こすにしてももうちょっと優しく出来ます?おい、とかじゃなくって」
「そういうとこ大事だと思いますよ。まあ先輩には分かんない世界でしょうけど」
「それはそうと先輩」
『なんだよ』
「何か用ですか?」
コイツ、マジデ・・・
「はあ・・・用が無いなら起こさないでくださいよ。迷惑です」
お前が溜め息つくんかい・・・
どうしてもオレに突っかからないと気が済まないらしい。
「先輩こそ今日いつもより早いじゃないですか。サボりですか?」
『午後休講だったんだよ』
「へーそうですか。別になんでもいいですけど」
・・・・・・
どうやらまだベッドから出る気は無さそうだ。
・・・・・
「いつまでそこに突っ立ってるんですか?気になって寝れないんですけど」
『お前な・・・』
もう何度目か分からない安定の無意味なやりとり。
まったく生意気で困った後輩だ。
たまにはデコピンでも喰らわせてやろうか。
そんな考えが一瞬脳裏をよぎるが華奢な肩と恐ろしいほどに小さく整った顔を見ると触れる事は憚られる。
ほんの少し力加減を間違えたら壊してしまいそうだ。
「それはそうと先輩」
『だからなんだよ』
「私はお腹がすきましたよ」
寝起きから通常運転全開の後輩に溜め息しか出ない。
『はあ・・・なんか作るか?』
「えっ、いいんですか!嬉しいです!先輩大好きです!」
しっかり開いたキラキラの眼が憎らしい。
『そーいうのいいから;;』
「じゃあ急いで作ってくださいね。冷蔵庫のモノ好きに使ってくださーい」
『言われなくても使うわ!』
ここは一人暮らしのオレの部屋だ・・・
池田とは高校からの付き合いで大学も同じだ。
高校の美術部で1年後輩と今のような関係になったのには色々あったんだが。まあ、その辺は追々。
大学入学を期に一人暮らしを始めたオレと同様に1年遅れで池田も一人暮らしを始めたというわけだ。
程なくして大学やバイトから帰ると池田がオレの部屋で勝手にくつろいでる事が当たり前になった。
きっかけは引っ越しの手伝いをした、いやさせられた時だ。
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「先輩、合い鍵ってどうしてます?」
『ん、どうしてるとは?』
「だから鍵無くしちゃったら部屋入れないと困るじゃないですか」
『そうだな。そん時は実家に帰るしかないけど』
「それだと夜遅い時とか困りません?それに朝ゴミ出しに行ってお財布も携帯も持ってない時だったらどうします?」
『まあ・・・』
「ポストとかに入れとくのは危ないですかね?」
『それはちょっと危ない気がするな』
「ん-、どうしよ・・・」
初めての一人暮らしで色々心配事があるんだろう。
生意気な後輩が珍しく本当に困っているのが表情から分かる。
それにしても困ってる顔も憎たらしいほど絵になるな、コイツは・・・
彫刻の様な困り顔のせいで我ながららしくない提案をする。
『池田さえよければうちに置いとくか?』
「えっ;;;なんかいやらしい事考えてますよね。最低です」
『そんなわけないだろ;;今のは無しだ』
「嘘です噓です!助かります!優しい先輩がたまたまご近所にいて私は幸せものです!!」
『ご近所って、お前・・・まあいいや・・・』
「じゃあご近所の先輩、お願いします」
キラキラと両手で鍵を差し出す池田の手に触れないように指先でそれを摘みとる。
『じゃあ預かっとくぞ』
「はい、どうしてもって時は使ってもらってもいいですよ」
『は?』
「だから先輩が彼女ができないあまりに溢れ出す劣情をコントロールできなくなって、視界に入った女性を片っ端から襲いそうになってしまった時です」
「付き合いが長くて懐の深い私が泣く泣く先輩の醜い感情を全部受け止めてあげますっていう話ですよ」
『うん、やっぱ返すわ』
「嘘です嘘です;;;えっと;;よかったら先輩の合鍵も預かりましょうか?困ったときはお互い様ってことで」
まったくコイツは・・・
今まで別に困った事なんてなかったが、エレベーターの隙間に鍵落としたらとか、そういう最悪を想定したりする事は何度かあった。
万が一鍵無くしても予備がご近所にあるのは確かにありがたいな・・・
そう思って池田に合鍵を渡してしまったのが良くなかった。
初回の侵入時にきっちりと鍵は回収したんだが、想定内だったんだろう。
きっちりと複製されていたようだ。
「先輩問題です、合鍵は何本になったでしょう」
2回目の侵入を成功させてニコニコニヤニヤ楽しそうにこちらを見る後輩に、それ以上回収する気は失せてしまった。

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『池田ぁー、どんくらい腹減ってる?』
冷蔵庫を開けて脳内でパズル遊びを始めながら、未だオレのベッドから出ない池田に声をかける。
けっこう色々作れそうだ。
「めちゃめちゃ減ってますー」
『なんでもいいよな』
「美味しいのじゃなきゃ嫌ですー」
だる・・・コイツ・・・
昔から料理は好きなほうだったが一人暮らしをしてからそれが加速した。
そして飲食のバイトを始めてまた加速して
生意気な後輩の為に料理をするようになってまた加速した。
そんなこんなで料理をつくるのは好きだ。
それに加えてコイツの食いっぷりはずるいくらい見ていて気持ちがいい。
『ほい、できたぞ』
ローテーブルに皿を置いた音に反応してようやくベッドから飛び出す。
「いただきまーす」

ベッドから出てすぐによく食えるもんだ。
「んぅー、美味しいですうぅー」
「いやー、先輩って料理上手でほんとに便利でありがたいですー」
「起こし方は0点ですけどねー、次はもっと優しく起こしてくださいねー」
パクパクと手と口を動かしながら上機嫌で毒を吐く後輩。
『なあ、一応オレ先輩なんだけど』
「はい、分かってますよ」
『お前敬語使えばなんでも言っていいと思ってんだろ』
「はい、思ってますよ。なにか」
「あ、もちろん先輩以外の先輩にはそんな事言いませんよ。失礼ですし」
『もういいわ、なんでもない・・・』
清々しい返答に文句を言う気はまた失せる。
「美味しいぃー」
それにしても毎回思うけど、この華奢な身体のどこに入ってるんだ。
首なんか片手で持てそうだし、薄い腰周りを見ると普段ちゃんと食ってるんだろうかと心配になってしまう。
「ん、なんですか?いやらしい視線ですね」
『バカ言ってないで食え』
「それはそうと先輩今日は・・・」
『バイト』
「ふーん・・・またですか・・・」
『いいから、これ食ったら自分の部屋帰れよ』
「まあお腹いっぱいになったらここにいる理由もないので帰りますけどちゃんと送ってくださいね」
はあぁ・・・このやりとり何度やるんだ。よくコイツも飽きないな。
『だからいつも言うけど送らないぞ、勝手に帰れ』
「えっ、ほんとに送ってくれないんですか?帰り道に私が強姦に襲われたら一生後悔しますよ」
『はいはい、いいから1人で帰れ』
「最低ですね。だから一生彼女いないんですよ」
『おい、勝手に決めんな!!いつかできるわ!!』
「先輩・・・」
急に身を乗り出してオレの頭をゆっくりと撫でる。
「そんないつかは一生来ませんよ」
コイツ・・・・マジデ・・・・
「可哀想な先輩・・・」
『そんな目でオレを見るな!!』
飽きもせずに毎回毎回無意味で似たような応酬を重ねる池田とオレ。
それでもこんな関係がここまで続いているって事は。
なんだかんだオレは池田と一緒にいる時間が嫌いじゃないんだろう。
高校の時からずっと・・・
「先輩、ごちそうさまでした。今日も美味しかったです」
『おう』
「それじゃバイト頑張ってくださいね」

『お、おう;;;』
別れ際というか食欲が満たされた後は少し毒が抜ける。
送るのは億劫だがエレベーターに乗るまでは見届ける事にしている。
上の階の自分の部屋に帰っていく後輩を。
【続く たぶん】
