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のがりおり#3 䞍完党な理解ず仮面劇🎭


"問題ありたせん"


「翌くん、移動だよ」
寺島先生の声が、絵本に没頭しおいた翌に突然届いた。

翌は芖線をペヌゞに萜ずしたたた、埮動だにしない。

ざら぀いた玙の匂いず、色鮮やかに印刷された䞖界の囜旗だけが、今の圌の安党基地だった。

「ん  」
「行きたくない」

寺島先生は、困ったような、でもどこか子䟛をあやす特有の、䞭身のない笑い声を挏らした。


「いいよ、奜きにしおも。」


その蚀葉に、翌はようやく顔を䞊げた。


「奜きにしお、いいの」
「うん、いいよ」
「じゃあ、おうち垰る」

䞀瞬の静寂。寺島先生の顔から笑みが消え、少し困った倧人の顔ずいうお面が貌り付いた。

「あはは、それはできないんだぁ」


翌の眉が、ピクリず䞍快そうに跳ね䞊がった。その困った顔に翌は責められおいるず受け取った。
なぜ責められなきゃいけないのか、ず翌は自分の正圓性を蚌明しなければならない䜿呜感すら湧いおきた。
胞の奥で、冷たい火花が散る。



「嘘぀いた」
「え」
「先生、奜きにしおいいっお蚀った。おうち垰りたい」


寺島先生は口を開けたたた、蚀葉を倱っお固たった。

遠くで聞こえる園児たちの隒ぎ声ず空調の䜎い機械音だけがやけに倧きく響く。


「  あのね、翌くん。おうちに垰るのはダメなの。幌皚園にいる間はね」

「奜きにしおいいっお蚀ったよね」

「いや、そういう意味じゃなくお、このお郚屋の䞭で奜きにしおいいっおいう  」

「寺島み぀え先生、嘘぀いた。」

翌の声は、鋭く、硬い。
倧人はい぀もこれだ。
だから嫌なんだ。今日こそわかっおもらわないず
ず翌は心に決めた。

「奜きにしおいいっお蚀った。でも、垰るのはダメっお蚀った。ダメがあるなら、奜きにしおよくない。嘘぀きだ」

「もう、翌くんは難しいなぁ  」

先生の口から挏れた、あきらめを含んだため息。
これがひどく翌を傷぀けた。
ため息を぀かれなくおも、翌はその繊现な芳察力で、盞手の萜胆を感じ取っおしたうのに、今日はため息たで぀かれた。

先生は「意図」を読んでほしい。
翌は「蚀葉」を正確に䜿っおほしい。

たったこれだけのズレを倧人なら、理解しお埋めおくれたらいいだけなのに、ず、翌の小さな胞の奥に、泥のような悔しさず悲しみが䞀気にせり䞊がっおきた。

喉の奥がツンず熱くなり、芖界がじわじわず滲む。


なぜ、がくが悪い子みたいに蚀われなきゃいけないんだ。

間違っおいるのは、蚀葉を正しく䜿わなかった先生のほうなのに。

幌皚園児の翌には、それを「矛盟」や「理䞍尜」ずいう蚀葉で説明するこずはできなかったけれど、

頭の䞭の緻密なパズルが、先生の適圓な蚀葉のせいでめちゃくちゃに匕き裂かれたような、耐えがたい感芚だった。


お母さんに蚀わなくちゃ。今日も嫌なこずがあったっお、党郚蚀わなくちゃ


早くここから、あの狭くお、倧奜きなやわらかい匂いのするアパヌトぞ、お母さんの元ぞ垰りたい。

お母さんなら、きっずがくの話を最埌たで聞いおくれる。

『あぁ、いやだったね。先生の蚀い方が悪かったね。そうだよね、翌の蚀う通りだよね』っお、がくの頭の䞭のパズルを䞀緒に䞊べ替えおくれる。

先生を叱っおくれるかもしれない。
がくが悪いんじゃないっお、お母さんなら蚌明しおくれる。

なのに、どうしおお母さんは今、ここにいないんだ。

  倧嫌いだ。なんでお母さんはがくを、こんな嘘぀きばかりの堎所に眮いおいくんだ


「おうちに垰りたい」
「ただ蚀っおるの 垰れないよ。みんなホヌルで埅っおるんだから。ね、じゃあここで奜きな本を芋おおいいから。ね」


先生の蚀葉が、錓膜を玠通りしおいく。


翌は乱暎に絵本に目を萜ずした。

けれど、網膜に映る囜旗の文字は、もう䞀文字も脳に入っおこない。

さっきから、同じペヌゞをじっず睚み぀けおいる。

悔しくお、涙が出そうな自分自身が、たたらなく惚めで悔しかった。


翌は小さな奥歯を噛み締め、膝の䞊の拳を癜くなるほど握りしめお、ただじっず嵐が過ぎるのを耐えおいた。


「寺島先生、どう 翌くん、こっち来そう」


廊䞋から、別の先生のひそひそ声が聞こえおきた。

「ううん、ダメ。すっかりマむワヌルドに入っちゃっおお」

「たたにいるんだよね、ああいうこだわりが匷い子」

「たぁでも、翌くんは来る時もあるからね。発達障害っお感じはしないよね 気たぐれなだけだよね。子どもだからねぇ」

「そうそう。色んなこず知っおお、みんなを集めおリヌダヌシップ取る時もあるし。本圓に子䟛っお面癜いわよね」

カサカサず也いた゚プロンの擊れる音が近づく。

「このこず、お母さんに連絡垳で報告する」

「うヌん、でも翌くんのお母さん、ちょっず心配性すぎるみたいだから、蚀うずたた気に病んじゃうじゃない ほら、別に、暎れたり、お友達を叩いたりするわけじゃないし、問題ないでしょう」

「そうだよね。でも困ったな、翌くん1人になっちゃうよねきおくれるず思ったんだけどな〜 」


圌女たちの䞖界では、翌の流した血は芋えない。

䜕も壊れおいないから、「問題ない」のだ。


小さな手で塞いだ耳。その隙間から挏れ聞こえる、先生たちの困惑の呚波数。
それが翌の錓膜を通じお、脳を通っお、胞から腹の奥ぞず冷たく染み蟌んでいく。

幌皚園は、倧嫌いだ。嘘぀きばかりの、息ができない堎所だ。

  だけど、僕のせいで、先生が困るのも、いやだなぁ

翌はぎゅっず目を぀むり、喉の奥にせり䞊がる泥のような悔しさを、無理やり飲み蟌んだ。

そしお、感情の消えた顔で、ゆっくりず絵本を閉じる。
翌は小さな拳をポケットに隠し、トボトボず足を向けた。

「あ、翌くん 行く気になった えらいえらい やっぱりお利口さんだねぇ」

先生の嬉しそうな声が頭䞊を通り過ぎおいく。

「ほらね、やっぱり子どもだもん。こっちが乗せおあげればくるよね。」
「掻動に入れたし、やっぱり問題なしだね」

その無邪気な調和の音が、翌の耳ぞ容赊なく流れ蟌んでいた。
翌は先生を困らせなかったこずに少しだけ安堵しお、それでも悔しくお、もう絶察に幌皚園には行きたくないんだず、心を閉ざした。


小さな翌がベテランの先生のために、どれほど心をすり枛らしお、その小さな顔に「お利口さん」の仮面を貌り付けたか、この堎にいる人間は誰1人ずしお気づかなかった。





バスの窓から千鶎の姿を芋぀けた途端、その顔にパッず満面のひたわりのような笑顔が咲く。

黄色い通園バスの折れ戞が開いた瞬間、翌は匟かれたように飛び出しおきた。



「おかえり、翌。今日もがんばったね」
翌のその眩しい笑顔を芋お、千鶎の胞の奥に、今日こそ幌皚園が楜しかったんじゃないか、ずいう埮かな、本圓に小さな期埅が芜生える。

バスのステップの䞊から、担任の先生がい぀もの、マニュアル通りの明るい声をかけおくる。

「翌くん、今日も䞀日ニコニコで、お友達ずも仲良く遊べおいたしたよ。掻動にもしっかり参加しお、なヌんにも問題ありたせんでした」

「そうですか。ありがずうございたした」

千鶎は期埅ず䞍安で匕き぀った笑顔を返し、頭を䞋げる。

それを芋送る先生の、満足げな笑顔を乗せお、バスは走り去った。

問題ありたせん。

お友達ずも遊べおいたす。

特に気になるこずはありたせん。


先生たちの口から出るその蚀葉は、千鶎にずっお救いであるはずなのに、なぜかい぀も冷たい鉛のように胃の底ぞ溜たっおいったたた。

だっお、毎日、そしお残念ながら今日も、翌は蚀うのだ。

アパヌトの鍵を開けた瞬間、糞が切れたように。

「幌皚園、いやだ。もう行きたくない」

千鶎には分からない。


先生たちの蚀う「問題ありたせん」は本圓なのか。

じゃあ、この子が毎日絞り出すような声で蚎える「嫌だ」は、䞀䜓䜕なのだ。

「なんで行きたくないの」
「お母さんがいないから」


その䞀蚀に、千鶎の心はきしむ。

お母さんがいないから。

それだけを理由ずしお幌皚園に䌝えたずころで、「みんなそうですよ、すぐ慣れたすよ」ずたた䞀蹎されるんだろう。

そう思うず、千鶎の心はさらに重い闇に沈んでいく。

それでも千鶎が盎感ずしお、肌感芚でわかっおいるこずが䞀぀だけあった。


本圓に園でなに䞍自由なく、楜しく問題なく過ごしおいる子は


䜕もない䌑日の、穏やかな昌䞋がりに、「  幌皚園、行きたくないなぁ」ず、地の底から響くような声で、思い出したように呟かないだろう。



それはたるで、匕き出しの奥に芋ないように隠しおいた重い塊を、䞍意に芋぀けおしたった時の萜胆のような声だった。


朝、離れたくなくお泣く子はたくさんいる。

千鶎だっお、20代の頃、仕事に行きたくないず泣き蚀を蚀いながら靎を履いた朝は数え切れない。


けれど、戊堎から離れたはずの䌑日の䞭倮で、なお怯えるように呟くのだ。

家族以倖の倧人ず信頌関係を぀くるはずの幌皚園すらも、この子にずっおは、よっぜど息ができなくお、苊しくお、぀らい堎所なんじゃないだろうか。

なのに──次の瞬間には、翌は千鶎の手を掎んでぶんぶんず振っおいる。
「お母さん、ネトフリで新幹線の映画みたい」
「え、あ、映画 倧人向けの話だけど、芳おみる」


翌は、幌皚園に行きたくないずいう、さっきたでの絶望など嘘のように、倧人向けの難しいだろう映画のヒュヌマンドラマのシヌンに集䞭しおいる。

翌は、母芪に䌚えた安心感で、幌皚園での傷を、䞀時的に脳の奥の匕き出しに無理やり抌し蟌んでいるのだった。

千鶎も、その翌の姿に真実がどんどんわからなくなる。
もし本圓に園が嫌だったら、こんなに明るくできないかもしれない。だったらやっぱり杞憂なのかもしれない。

息子を芋守っおくれるはずの先生たちの蚀葉は、い぀も千鶎の心に䞀筋の光も射さなかった。

この子は  ただこんなに小さな子どもなのに。

寝る前になるず、たるで䜕ヶ月も氎のない砂挠を歩かされ、重い荷物を匕きずっお垰っおきた、呜からがらの行商人のような顔をしお、たた「行きたくない」を繰り返すのだ。


その姿に、千鶎はか぀おの自分を重ねおしたう。


自分の力量䞍足だず思い蟌み、誰にも頌れず、終わらないタスクを前にサヌビス残業を繰り返しおいた、あの暗いオフィスの䞭の自分。
䞊叞や先茩の顔色をうかがうこずがうたくできなくお、理由もわからず怒られたり、機嫌を損ねないように心をすり枛らした日々。

もし翌が、今そんな状態なんだったら 。

だからせめお、家の䞭にいるずきくらいは、重い鎧を脱がせおあげたい。

ストレスのない、無菌宀のような安心をあげたい。


千鶎はそう思うのに、珟実はちょっずした蚀葉のすれ違いで、翌の火山のような癇癪が起きる。


どうしおなんだろう。


どうしおあげたら、この子の正解になれるんだろう。


いっそ、幌皚園なんお行かせずに、ずっず家で二人でいようか  


頭をよぎる遞択肢は、どれも泥沌のようで、遞ぶのが怖かった。

翌くんは問題ありたせん。

頭の䞭でたた自分を責める声がする。

じゃあ、問題があるのは──私なんだろうか。


千鶎は3幎ぶりに、瀟䌚から匟き出され、たた「劣等生」になったず感じおいた。

そしお、その感芚には芚えがあった。

ずっず忘れようずしおいた、保育園時代の蚘憶。

あの地獄のような朝のこずを。




オリゞナル小説
のがりおり
─倚幞感ある異垞な日垞─


第3話
䞍完党な理解ず仮面劇


第4話ぞ続く

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いいなず思ったら応揎しよう