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高市総理の「愛国"映え"スポット巡り」がマレーシアで炎上

高市早苗総理がマレーシア・クアラルンプール郊外の日本人墓地を訪問したことが、現地で小さな波紋を呼んでいる。
報道によれば、マレーシアで日本軍が行った戦時中の残虐行為を想起する人々からは、「犠牲者を無視したまま、侵略者に敬意を払うのは屈辱だ」という声も上がっている。

日本側の意図は「戦没者慰霊」であったとしても、現地の人々にとってそれは「加害の記憶」に触れる行為であり、その背景を説明せずに訪問すれば、結果として“加害の正当化”に見えてしまう危険がある。

高市総理は国内では「愛国」や「保守」の姿勢を鮮明に打ち出し、それが支持層の結束を生む一方で、国外では同じ姿勢が“過去への無反省”と映る。
とくにSNSの時代、現地市民の声や感情はタイムラグなく世界に拡散する
「国内向けの政治パフォーマンス」が外交上のイメージ悪化に直結するリスクは、もはや無視できない。

日本国の代表として他国を訪問する以上、日本兵を追悼するだけでなく、
その地で失われた現地住民への哀悼と、日本の過去に対する明確な姿勢を示すことがセットで不可欠である。
「二度の大戦」「独立闘争」といった歴史的文脈に触れるのであれば、
日本占領期の行為をどのように認識し、どう向き合うのかを、率直に語る責任がある。

ただ、哀悼の誠を捧げにきただけだから…」では国の代表の態度としては不誠実との誹りを免れないだろう。

追悼そのものは尊重されるべき行為だ。
しかし、加害と被害を同列に扱えば、現地の人々の記憶を軽視する印象を与えかねない。犠牲者の遺族や被害者への配慮を明確に打ち出すことこそ、「加害の歴史を持つ国の代表」に求められる成熟した姿勢である。

国内の“信者的な支持層”から「イイネ」を得るための「映えスポット訪問」ではなく、歴史と向き合う誠実な言葉と態度が問われている。
それが本当の意味で、国を背負うリーダーの品格ではないだろうか。

この件で本当に問われるべきは、「高市総理の政治的姿勢が、当該国でどのように受け止められるのか」という外交上の視点だと思う。
日本がアジア諸国と真に信頼関係を築くためには、記憶の共有と相互理解は欠かせない。その意味でも、海外から見た日本軍の姿を多面的に検証した辻田真佐憲氏の著書『「あの戦争」はなんだったのか?』は、戦争の記憶と外交の関係を考える上で必読の一冊だ。

「日本の戦争責任」について「よくわからない」と感じている若い世代にこそ、ぜひ読んでほしい。過去の出来事をただ歴史として学ぶのではなく、いまの日本が世界の中でどう見られているのか、そしてこれからどのように向き合うべきかを考えるための、貴重な手がかりになると思う。


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