40年間の末路 第9章 鳩になって ドキュメンタリー小説|自叙伝|20代
1989年7月8日(土)
梅雨の最中だったが、結婚式当日は晴れ間が広がり、気温は夏日を記録した。
式場スタッフに言われた通り衣装を着て、言われた通りの場所に立った。義父の留吉がぎこちない動きで新婦の仁美をエスコートして、チャペルに入場し、式が執り行われた。
「病める時も、健やかなる時も、
富める時も、貧しき時も…」
神父がお決まりの誓いの言葉を読み上げた。
「はい。誓います」
僕たちはお決まりのセリフを口にし、
公衆の面前で契りを交わした。
ホントは誓いたくなかった。
でも、言わざるを得なかった。
僕の父方の叔母・美菜子が勤めるジュエリーショップで作られた指輪を交換し、誓いのキスをした。こうしてシナリオを淡々と熟すうちに式は終わった。
結婚式終了後の記念撮影の時、式場スタッフが突如白い箱を持ってきた。
放鳥式だという。
そんなシナリオはなかったが、式場のホームページ掲載に使う演出のため無料だと説明された。
箱の中には白い鳩が数羽いた。カメラマンの合図で蓋を開けると、鳩たちは一斉に青空へ飛び立ち、参列者から大きな拍手が湧いた。
僕はただ飛び立った鳩たちの行方をボーっと目で追った。
できることなら僕も鳩になって、一緒に青空へ飛び去りたかった。
白いクロスのかかったテーブルが並んだ披露宴会場のひな壇に座り、用意された段取りをこなした。
仁美はお腹が目立たないウェディングドレスを着て、浮かない顔をしていた。不本意な結婚式に腹を立てていたのか、体調がすぐれないか、わからなかった。
披露宴では「学生結婚」として紹介されたが「おめでた婚」であることは伏せていた。参列者の大半は両家の親戚と両親の知人だった。高校時代の司書の宮本先生やアウトロー仲間や数人来ていた。図書室で肩を並べて時間をやり過ごした連中が、礼服を着てテーブルに座っていた。妙な感慨があった。
宮本先生が僕らの馴れ初めを紹介しながら、祝辞を述べた。
仁美は悪阻のピークは過ぎていたが、ほとんど飲み食いできなかった。あいさつ回りもできなかった。白いドレスのまま、ひな人形のように席に座っていた。
そういうものだと思って、誰も気に留めなかった。あっという間に披露宴は終わった。
こうして僕らは夫婦になった。
ほぼ父が勝手に計画した結婚式のため、僕らは二次会も新婚旅行もなかった。
そのまま実家に移動し、慰労会と称した親族の接待が始まった。料理と酒が並び、賑やかな声が続いた。酒が回ってきた頃、酔っぱらった父が突如、親族の前でスクッと立ち上がって口を開いた。
「実はもうすぐ初孫が生まれます」
満座の笑いと拍手が起きた。
その瞬間、仁美の目に怒りの色が浮かんだ。
酔っぱらった勢いで「おめでた」を人前で公表されることを、仁美は一番望んでいなかった。
それは僕も同じだったが、仁美のそれは別の次元の怒りだった。
この日を境に、仁美は僕の父に対して敵意を隠さなくなった。
翌日、二人で東京のアパートに戻った。
海外留学から帰国して半年後、仁美の妊娠により、教師になる僕の将来の夢は鳩と一緒に飛び去った。
そして楽しくないギクシャクした新婚生活が始まった。
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