40年間の末路 第11章 全焼 ドキュメンタリー小説|自叙伝|20代
1990年12月30日(日)
よちよちと歩き始めた長女、愛里を連れて仁美の実家があるいわき市へ特急ひたち号に乗って帰省した。夕食を終えて寛いでいると、固定電話が鳴った。
義母の雅子が電話に出ると、
「茨城の父さんから電話ですよ」
声を震わせ青ざめた表情で子機を渡された。
「もしもし。どうしたの?」
ぶっきらぼうに電話にでると、父は声高に答えた。
「お、おまえの家が火事になったるらしいぞ!」
ぴたっと、体が止まった。
「近所の火事が延焼したの?」
「出火元はおまえの家らしいぞ。どういうことだ!」
「マジで!?」
サッと顔から血の気が引いていくのが分かった。
実は帰省中、埼玉の自宅にはギンちゃん達を泊めていた。ギンちゃんはあだ名で、本名は中村。仁美の親友の一人で高校時代のアウトロー仲間でもあり、結婚式にも来てくれた。
東京に近いの僕らの家を拠点に年末年始の東京を遊び歩く計画だと聞いていた。他にギンちゃんの友人二人の女性三人組だった。
上り電車の終電はとうに終わっていて、今から埼玉に戻る手段はなかった。布団に入ったが、ぐるぐると頭が回って眠れなかった。
長女誕生の時と同じだ。
終電後の知らせで、違うのは方向が反対だった。
翌朝の大晦日、義母の雅子に泉駅まで送ってもらい、始発の上り電車に一人で乗った。
上野で乗り継ぎ、埼玉の浦和駅に降り、タクシーに乗った。
近くのバス停でタクシーを降りて1分、自宅への細い路地を歩いていくと、3Kの平屋が、見る影もなく黒くくすんでいた。
近づくにつれて、焦げた木と水が混ざった、重たい臭いがツンと鼻をついた。
玄関も屋根も壁もなかった。黒く炭化した柱が数本、ぼんやりと天を指して立っていた。
つい2日前まで、愛里のよちよち歩きを眺めながら、仁美と3人で新しい年を迎える準備をしていたはずの空間が、文字通り消えてなくなっていた。
呆然と立ち尽くし、しばらく動けなかった。
結婚のために買い揃えた家具が、家電が、衣類が、学生時代の思い出の品々が、何もかもが灰になっていた。でも隣家への延焼はなかった。それだけが、辛うじて良かったことだった。
近所に住むオーナーの長谷川さん宅を訪ねると、ギンちゃんたちがいた。
「ごめんなさい!」
僕の顔を見た瞬間、ギンちゃんはぼろぼろと泣きながら、電話機の子機を差し出しながら謝罪した。
親機を失い使えない子機を、ぎゅっと握りしめたまま渡してきた。
「みんな怪我はなかった?」
ギンちゃんがコクリと頷いた。面識のないギンちゃんの友人二人は顔を伏せたまま、フルフルと肩を震わせてずっと頭を下げていた。僕はそれ以上何も言えなかった。
長谷川さんの奥さんが代わりに、順を追って説明してくれた。
三人が就寝前に風呂を沸かしたが、浴槽の栓が抜けていた。お湯はたまらず、バランス釜はカラカラの空焚きになった。築年数が古く、空焚き防止の機能はなかった。しばらくしてギンちゃんが浴室を覗くと、バランス釜からメラメラと炎が上がり、既に天井まで火が届いていた。
すぐに子機を持って119番しようとした瞬間、バチっと漏電して、家の中が真っ暗になった。三人は荷物もそのままに、子機だけ持って玄関をとび出した。
隣家の住人が気づいて通報した。ところが自宅前の道路が狭く、消防車が入れなかった。そのため裏手のパチンコ屋の駐車場から消火活動が行われた。
ギンちゃんにはいわきの実家の連絡先を教えていなかった。そこでオーナーの長谷川さんが賃貸契約書の保証人であった、茨城の父の所に連絡したことが分かった。
一連の出来事を全て聞き終えて、僕は三人をそれぞれ家に帰らせた。
大晦日の寒空の下、容赦なく灰の臭いが鼻に突き刺す。焼け残った柱を見つめながら、明日からの生活をどう始めればいいのかわからず、目の前が真っ暗になった。
いいなと思ったら応援しよう!
少しでも「いいな」と感じていただけたり、共感していただけたら、とても嬉しいです😊
よろしければ応援していただけると励みになります!
いただいたチップは、今後の創作活動をより良くするために大切に使わせていただきます。心から感謝いたします✨