40年間の末路 第12章 復路の長旅 ドキュメンタリー小説|自叙伝|20代
自宅と一緒に感情もすべて焼け落ちてしまったかのようだった。
悲しいのか、怒っているのか、それともただ呆然としているだけなのか――自分でも判別がつかない。
ただ現実の輪郭だけがぼやけ、目の前の光景が夢の続きのように揺らいでいた。
その後の時間は、まるで他人の人生をなぞるように過ぎていった。
消防署の実況見分に立ち会い、淡々と質問に答え、罹災証明書の申請を済ませる。ガス、水道、電気――ライフラインを一つひとつ止めていく連絡。そして延焼の恐れがあった隣家やパチンコ店の事務所へ、頭を下げて回った。
火災保険はオーナー名義だったため、解体や後処理は長谷川さんに任せるしかなかった。自分の生活の残骸であるはずなのに、どこか遠い出来事のように感じていた。
気づけば、空はすっかり夜に沈んでいた。
その晩は、二駅隣に住む父の知人・秋葉さんの家に身を寄せた。顔見知りではあるのもの、秋葉さんの自宅に行くのは初めてだった。
本来ならば、秋葉家では新しい年の訪れを祝うはずの夜。
だが、自分がいるために、祝いの雰囲気とは程遠い、息を潜めたような年越しだった。お通夜のような、重く沈んだ空気が秋葉家を包んでいた。
元日の朝、新聞の地方欄に小さく載った火災記事。
そこには、自分の名前が記されていた。
まるで自分がすべての原因であるかのような、冷たい活字。胸の奥に鈍い痛みが広がったが、それすらもどこか現実味がなかった。
朝食を済ませて、すぐに焼け跡へ戻った。
焦げた匂いと、湿った灰の感触。かつて「生活」だった場所は、無機質な瓦礫の山へと変わっていた。その中から、わずかに焼失を免れたものを拾い集めた。
秋葉さんから借りた鞄に詰め込んだのは、消火の水で重く濡れた三つの品々――焦げ茶色に濁った水に浸かった、長女の小さな服、一部が焦げた写真とネガフィルム、そして端が炭化してボロボロになった大学の卒業論文。どれも形を保っているだけで奇跡のようだった。卒業論文の隣あった大学の卒業アルバムは表紙しか残されていなかった。
翌二日の朝、かき集めた荷物を抱え、仁美の実家へ戻った。普通電車に3時間半揺られての長旅は、車窓から流れる景色をボーっと眺め、一睡もすることなかった。
泉駅のホームに降り立つと、改札の前に義母の雅子が立っていた。視線が合ったが言葉はなかった。ただ軽く会釈を交わし、そのまま車へ乗り込んだ。
後部座席のドアを閉めた、その瞬間、何かが音を立てて崩れ落ち、堰を切ったように涙が溢れ出した。
喉の奥からこみ上げる嗚咽が止まらない。息が詰まり、身体が震える。これほどまでに咽び泣いたことは、これまでの人生にあっただろうか。
車は静かに走り続ける。雅子は何も言わず、まるでタクシードライバーのように、ただ前を向いたままハンドルを握っていた。
実家に着く頃には、涙も声もかすれていた。
それでも必死に言葉を絞り出し、一部始終を伝えた。話し終えたとき、部屋には重たい空気だけが残った。
仁美が、自分の過失を責められるのを恐れて、先手を打つような鋭い声で、不安と焦りの表情で口を開いた。
「勝手にギンちゃんに家を貸した私が、いけなかったの?」
仁美の声が、いつも以上に甲高く響き、悲しい気持ちを逆撫でた。
確かに契約書には又貸し禁止の条項があった。しかしオーナーから責任を問われることはなかった。だからこそ、彼女を責めるつもりなどなかった。
ただ仁美が又貸しを決めたことが、すべて事後報告だったことが腑に落ちなかった。
そしてただ一言「ごめんなさい」と、自ら謝って欲しかった。
「まさか、こんなことになるとは思わなかった。ギンちゃんに、風呂釜の使い方は説明した?」
「……説明しなかった私が、いけなかったの?」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で押し殺していた何かが、ゆっくりと軋み始めた。
悲しみのただ中で、執拗に「誰の責任か」を問うその姿が、必死に責任転嫁しようとしているように見えた。
行き場を失った怒りと、どうしようもない喪失感が、心の奥をえぐる。
だが、それを言葉にする力は残っていなかった。
ただ、深い虚無だけが広がっていく。
そして、すべてを失った身体に、遅れて押し寄せる疲労が、重くのしかかってきた。
いいなと思ったら応援しよう!
少しでも「いいな」と感じていただけたり、共感していただけたら、とても嬉しいです😊
よろしければ応援していただけると励みになります!
いただいたチップは、今後の創作活動をより良くするために大切に使わせていただきます。心から感謝いたします✨