令和版・吾輩は猫である 〜ドンムアン空港サワディーカップ編〜
沖縄那覇から直行便でバンコクへ。イミグレが空いてるドンムアン空港の便利さとカオスを、生意気な猫の視点から描いた旅エッセイ
大人のバンコク滞在・ホテルレポ
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令和版・吾輩は猫である 〜ドンムアン空港サワディーカップ編〜
吾輩は猫である。名前はまだ無い。
どこで生まれたかさっぱり見当がつかないが、空港の社員カフェでニャーニャー鳴いていたことだけは記憶している。
吾輩はそこで初めて真っ赤な制服のCAを見た。
吾輩はこの那覇空港を縄張りにして育ったが、実はタイから来たかもしれぬ。
毛並みがそこらのウチナー猫と少し違うのでなんとなく感じてはいたが、今更気にすることもあるまい。
那覇から直行便が出ている場所なら、吾輩はすでに全て行き尽くした。
空港から空港へと旅をすることこそが、稀代の旅猫であることに疑いの余地はない。
それはさておき。
今日も待合室の椅子にどっかり腰を下ろし、疲れ果てている「おっさん」の足元へすり寄っていく。
このおっさん、寝過ごして危うく乗り遅れるところだっただの、バンコクに着いてから無事にタクシーがつかまるかだの、ブツブツ独り言を言っている。
スマホの為替レートを見ては深いため息をつく姿はどこか哀れだ。
ふと手元に落ちた半券を盗み見ると、「エアアジアFD240便」とある。
どうやらバンコクへ向かうらしい。
ちょうど吾輩も本場のガパオライスが食べたかったところだ。
これ幸いと、おっさんについて行くことにした。
いよいよ搭乗の時刻
吾輩は猫専用の秘密の通路から、一番緊張する機内への潜入を試みる。
乗客がなだれ込む前、真っ赤なCAたちが搭乗準備で大慌てしている一瞬の隙を突くのだ。
姿勢を限界まで低くし、スッと機内へ忍び込む。
「いってらっしゃい」と小さい声で手を振る顔なじみの地上スタッフがクスッと笑った。
この空港の人たちは、なぜか皆、こんな稀有な旅をする吾輩を見て見ぬふりをして応援してくれるから有難い。

ドンムアン空港へ
機内で数時間うたた寝をしている間に、飛行機は無事にドンムアン空港へと到着した。
飛行機から降りてロビーに入ると、そこからはしばらく長い距離を歩かされる。
足元を見れば、ところどころ擦り切れたカーペットが敷き詰められており、この空港の歴史の古さを物語っている。
しかし、このくたびれたカーペットの色合いが、吾輩の毛並みにとってはちょうど都合の良い「保護色」となるのだ。
おっさんの足元にぴったり寄り添って歩けば、スマホばっかり気を取られている大人の人間どもは誰も吾輩に気づかない。
ただし、油断は禁物である。
目線が低い小さな子どもなんかからは、すぐに見つかってしまう。
子供という生き物は、大人が見落とす床の上の大発見を実によく見つける天才だ。
「あ、猫ちゃん!」などと指を差されて大騒ぎになれば密航が露見してしまう。
子供の影が見えた瞬間は、すかさずおっさんの影に身を隠すなど、細心の注意を払わねばならない。


この空港は巨大なスワンナプーム空港に比べると少し古いが、なんと言っても「入国審査(イミグレ)がさほど混まない」という、最高の便利さを備えている。
スリルに満ちた廊下を渡りきり、吾輩は知り尽くしたルートでスマートに入国を済ませたが、おっさんはそうはいかない。
スマホのeSIM設定がうまくいかないだの、最近の「円安」の波に直撃されるだので、早くもゲッソリと疲労困憊の様子だ。

国際線の到着ロビーから、おっさんが行きたがっている「マジックフードパーク」という安食堂は、国内線ターミナルのほぼ端っこにある。
吾輩はしばらくおっさんの横を歩いてやることにした。
おっさんは吾輩の姿に気づくと、
「おや、奇遇だな。那覇で見たそっくりの猫がいる。サワディーカップ」なんて呑気に声をかけてくる。
まさか同じ猫が那覇からついてきたとは、夢にも思うまい。

それにしても、空港内は去年来た時よりも明らかにコンビニの数が増えて便利になっている。
しかし、あの到着ロビーの隅にある店にだけは、絶対に油断して近づいてはならない。
あれは去年の旅のことだ。
吾輩のイケメンな毛並みを見るや、色っぽい仕草ですり寄ってきたローカルの猫がいた。
一見するとまつ毛も長く目元パッチリのグラマラスで魅力的な猫だったので、吾輩も鼻先を近づけた。
すると、「いいマタタビがあるわよん、一緒にどう?」と飛び出した鳴き声(ものすごいダミ声)を聴いた瞬間、吾輩は「ぎゃー!オスだ!」と叫びながら逆毛を立て、すぐさま逃げ出した。
倒錯の世界は人間だけかと思っていたが、猫までいたとは。

ついにガパオライス、そしていい旅を!
ようやくフードコートにたどり着き、おっさんはタイのビールを喉に流し込んで、ハァーッと一息ついている。
安くて美味い飯を前に、まるで天国にでも着いたような安心しきった顔だ。
おっさんが注文したガパオライスが運ばれ、バジルの香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。
吾輩がテーブルの足元からじっと熱い視線を送ると、おっさんは
「なんだ、お前も食いたいのか?」と目尻を下げ、唐辛子のついていない鶏肉の塊を少しだけつまんで、床にぽとりと落としてくれた。
吾輩はそれをハグハグと平らげた。
本場(故郷?)の味はやはり格別である。
しかし、このドンムアンの「先輩」である吾輩は、その様子を冷ややかに見守っている。
この空港を一歩外に出れば、おっさんを待ち受けているのは、大渋滞という、カオスに満ちたバンコクの洗礼なのだから。
おっさんの危うい足取りをちょっと心配しつつも、吾輩の付き添いもここまでだ。
しっぽをひと振りして、心の中でエールを送る。
「おっさん、いい旅を!」


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