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酷道の日本遺産を巡るバスで北向観音へ行った話

夏の長野県を巡る旅行記、その3。

前回は松本市街レンタサイクルで巡ってから、特急と遜色ないスピードで駆け抜ける爆速快速長野へと移動し、定番観光スポットである善光寺を参拝した話を扱った。

今回はその続きで、長野駅に戻ってきたところからスタート。次の行き先は……上田の別所温泉に位置する北向観音だ。

北向観音とは、その名の通り本堂が北を向いている寺院だ。一般的な寺院は南や東を向いて建てられることが多いため、北向きというのはなかなか珍しい。南向きに建つ善光寺とはちょうど向かい合う位置関係になっており、極楽浄土へ導く来世のご利益をもたらす阿弥陀如来を本尊とする善光寺に対し、北向観音は現世でのご利益を司る千手観音菩薩を祀る。

この対比関係から、善光寺と北向観音の両方を参拝しないと片参りになってしまうと言われている。……といっても伊勢神宮の外宮げくう内宮ないくうのように明確な参拝上のセットとして定められているわけではない。善光寺だけ参拝したからといって、縁起が悪いという話でもないだろう。実際、善光寺を参拝した人の多くは北向観音の存在を認知していないのではなかろうか

そんな知名度の低そうな北向観音だが、面白そうなので行ってみることにしたのが今回のお話。……というのは実はウソで、メインの目的は北向観音の位置する別所温泉駅へと続く、上田電鉄の乗りつぶしだったりする。

上田へ

まずは長野駅の駅ビルで腹ごしらえ……と思っていたのだが、お昼時ということでレストラン街は大混雑。平日だったので、駅周辺のオフィスからサラリーマンが一斉に流れ込んできたのだろう。

というわけで急遽旅程を変更し、先にしなの鉄道で上田へ向かってからお昼を摂取することにした。善光寺の観光時間があまり読めなかったこともあり、このあたりは旅程に柔軟性を持たせていたのが功を奏した。

乗車するのは軽井沢行きの列車。115 系の横須賀カラー、いわゆるスカ色による運行だ。

実は以前、長野から北しなの線を乗りつぶして妙高高原に行った時もこの列車に乗ったため、個人的にはしなの鉄道と言えばスカ色 115 系の印象が植え付けられている。……がしかし、スカ色 115 系は全国でもこれが最後の1編成となっていたようで、しかも 2026 年3月に引退したとのこと。前回の松本駅の構内放送に続き、図らずも乗り納めとなった。

奥には北陸新幹線。115 系と北陸新幹線が同じ高さで仲良く発車を待っている光景というのが、時代の壁を飛び越えた感じがして妙に面白い。

そして隣のホームからは先行して発車していく篠ノ井行き……と同時に、奥のホームに特急しなのが滑り込んできた。前回書いたようにこの日は中央西線でトラブルがあったようで、この特急は2時間遅れなどという恐ろしいお詫びアナウンスが流れていた。

115 系の車内はこんな感じ。石のように硬いボックスシートが旅情を醸し出してなんとも趣深い。

そんなわけで長野駅を出発。

朝はガッツリ雨が降っていたが、このあたりで止んできて……

じきに青空がチラチラと顔を覗かせる程度まで晴れてきた。

各駅ではちょこちょこと乗降があり、長野駅では空いていた車内も次第に立ち客がそこそこ見られる程度まで混雑してきた。部活帰りと思われる高校生の集団も見受けられ、「朝練的な感じで午前中だけ部活があったのだろう……なんとも健康的な夏休みだ」などと考えながら車窓を眺めていた。

そして長野駅から1時間弱、車窓に城っぽいものが一瞬見えたところで列車は上田駅へと滑り込んだ。

駅周辺の飲食店で腹を満たしてから、さっそく上田電鉄の乗り場へ向かう。

しなの鉄道のホームは地上に位置するが、上田電鉄は改札階と同じ2階に接続する高架駅となっている。ホームは雑に取って付けたような見た目になっており、これはこれで面白い。

上田電鉄では自動改札が導入されていないようだが、やたらと現代的な券売機が設置されておりキャッシュレスでの購入が可能だった。

そして切符には QR コードという、これまた謎に現代的な運用。自動改札の導入を飛び越えてキャッシュレス券売機& QR コード切符というのは、金融システムの整備が追いついていない新興国で QR 決済サービスが爆発的に普及する現象に似た何かを感じる。

ホームは1面1線の頭端式という大変シンプルな構成。

そしてタイミングよく、折り返し別所温泉行きの列車がやってきた。元東急 1000 系だ。

車長が 18m と中型であることから地方私鉄では大人気の東急中古車だが、上田電鉄の現行車両は全て元東急 1000 系による運行となっている。

上田電鉄に乗車

というわけでさっそく乗車。車内には地方私鉄のワンマン列車あるあるの運賃箱だが、QR コードの読み取り機も設置されている。

高架の上田駅を出発するとすぐに地上へと下っていくが、その先にはなにやら赤い鉄橋が

河川敷の踏切を渡り……

鉄橋に突入!

千曲川に架かる見事なトラス橋で、鮮やかな赤が実に美しい。なんと竣工から 100 年を迎えるとか。

で、その後は畑も目立つ住宅街をのんびり進む The 地方私鉄な光景を眺めながら揺られていると、車庫が隣接する下之郷駅に到着。私はここにて下車。

車庫で眠る車両を横目に、列車はさらに奥地へと進んでいく。背景の山々も含め、まさに田舎のローカル線といった雰囲気である。

下之郷駅では列車交換も行われる。同時に発車していった上田行きの列車は東急時代のカラーリングをそのまま残しているようだ。

駅は白と赤を基調とした、美しい見た目。駅舎はなく、ホーム上に設けられた待合室に有人窓口まであるというなかなか斬新なスタイルだ。

周辺には畑が広がり利用客は少ないようだが、車庫がある関係から上田~下之郷の区間便が数多く設定されているほか、上田駅以外では唯一の有人駅であり運行上は重要なポジションとなっているようだ。……が、現在は無人化されてしまったようだ

日本遺産を走るマイクロバスに乗車

ところで、目的地が上田電鉄の終点である別所温泉なのになぜ途中の下之郷で降りたのか、疑問に思った人も多いだろう。その理由は、下之郷から南側を迂回しながら別所温泉へと向かう、信州上田レイライン線というバス路線に乗るためである。

手前の路線バス……は回送だったので、奥のマイクロバスに乗車。もうこの時点でローカル臭がぷんぷん漂っており、あまりにも最高すぎる。運賃 200 円を運転手さんに手渡して、一番後ろの座席に腰を下ろした。

この一帯は鎌倉時代から室町時代にかけて塩田北条氏の拠点として栄えた地域で、中世の文化財が数多く残っており「信州の鎌倉」とも呼ばれているそうだ。こうした歴史や地域に根付いた文化、伝承などを1つのストーリーとしてまとめた「信州上田・塩田平のレイライン」は、日本遺産にも認定されている。

そして、その日本遺産を構成する神社仏閣の中には、上田電鉄の駅から離れた山間部に位置するものも多い。そこで、これらの文化財を結ぶように運行されているのがこのバスというわけだ。

そんな文化的なバスに乗って、さっそく下之郷を出発。駅を出るとすぐに見事な田舎景色が広がる。

雑多に立ち並ぶひまわりと、遠くに見える山々。いかにも夏らしい、実に良い風景だ。

左右を緑に囲まれた、緩やかに蛇行する道を走っていく。

午前中はあれだけ雨が降っていたというのに、すっかり夏らしい快晴になってくれた。

広大な田園の中を真っ直ぐ伸びる田舎道も美しい。

そして車窓は次第に山道へと変わっていき、年季を感じるマイクロバスもエンジンを唸らせながら坂を登っていく

無言館にて前に座っていたおじさんが降りていき、ついに乗客は私1人に。道幅はさらに細くなり、舗装も荒れてきたところで前山寺を通過。ここには重要文化財に指定された三重塔があるらしい。

それにしても、路面状況がだいぶよろしくない。マイクロバスの一番後ろの席という最も衝撃を受けやすい位置にいるゆえ、道路の段差による跳ね上げがダイレクトに響く。私は数秒おきに「ボーンwww」「ボーンwww」と座席から打ち上げられており、もはやバスというより移動式トランポリン

ちょうど跳ね上げられた瞬間のフレームを切り取ったのがこちら。しっかりカメラを構えた状態でこのブレ具合なのだから、なかなかの衝撃である。というかマジで体浮いていたと思うし、海外ならともかく日本でこのような面白い体験ができるとは思ってもおらず大興奮。

そんな状態で中禅寺に到着。ここの薬師堂は信州最古の木造建築として重要文化財に指定されているようだ。

バスは中禅寺でしばし停車するものの、けっきょく乗車はなくその後は山を下りつつ別所温泉へと向かっていく。

それにしても、重要文化財の寺院を巡る路線なのにここまで閑古鳥状態とは、経営が成り立たないのではなかろうか。……と思って調べたところ、現在は別の路線に統合される形で廃止されていた。酷道に突撃するルートではなくなったため、残念ながらバスの中でトランポリンを楽しめる体験はもうできないようだ

別所温泉駅が近づいてきたところで、何やら古そうな車両が保存されているのを発見。

で、そのまま駅を通過。

少し坂を登った駐車場まで行ってくれる。北向観音には駅より駐車場の方が近いため、これはありがたい。

北向観音へ

駐車場の入口付近には、ぽつんとお堂が建っている。道端という立地に反してだいぶ立派なつくりで、いかにも特な場に来たという雰囲気がある。

そして北向観音へ向かって坂を登っていく。けっこうな傾斜だ。

やたら雰囲気のある豆腐屋。

振り返ってみるとこんな感じ。かなり高い場所まで来たことがわかる。

道路よりだいぶ低い位置を流れる川を横目に進んでいくと……

北向観音に到着!

入口から階段を下りていく。

この階段が先ほど見下ろした川を渡る橋も兼ねているようだ。

道路と川、それぞれの傾斜と高低差が組み合わさった景観が美しい。

龍の口から温水が細々と流れ落ちていた。まさに温泉街らしい光景だ。

そして先へと進んでいくと、細い参道をお土産屋が取り囲む典型的な観光地の様相。ただ参拝客は数人しかおらず、涼しい風になびく風鈴の軽快な音とセミの鳴き声が響くばかりであった。

すれ違った参拝客に軽く挨拶をする。観光地然とした見た目に反して、ローカルな雰囲気に包まれていた。

階段を登るとサクッと本堂に到着。規模こそ小さいものの、境内には長い歴史を感じさせる厳かな空気が漂っている。

さっそく参拝。格式高い寺院らしい重厚な雰囲気がある一方で、参拝客はまばら。このギャップがなんとも面白い。

午前中に訪れた善光寺とは、実に対照的である。

そして境内からの絶景。塩田平の街並みと山々を一望でき、非常に開放感のある眺めだ。

境内にそびえ立つ巨大な木は「愛染カツラ」と呼ばれるカツラの木。長野県の天然記念物にも指定されているそうだ。

ふと上を見上げると崖にせり出てそびえ立つ建物が。まるで物理法則を無視して崖にへばりついているかのような、なんともファンタジーな光景。

 ……といった感じで北向観音の参拝はこれにて完了。ここからは別所温泉を巡っていくが、分量がだいぶ多くなってしまったため一旦区切ろうと思う。

おわりに

今回の内容を改めて振り返ってみると、前回の松本駅の構内放送に続きしなの鉄道のスカ色 115 系信州上田レイラインなど、わずかな期間のうちに姿を消してしまったものがいくつもあった。

旅行中はもちろん、そんなことになるとは知る由もなかった。ただ普通に列車に乗り、ただ普通にバスに乗っただけである。しかし後から振り返ってみると、それらはもう二度と体験できない貴重な一瞬だった。

旅行というものは、名所や絶景だけが思い出になるわけではない。たまたま乗車したローカル線、誰も乗ってこないマイクロバス……そして最後尾の座席で数秒おきに「ボーンwww」と打ち上げられたこと。そうした何気ない一瞬一瞬の体験を大事にしようと改めて考えさせられた。

北向観音も、長い歴史を持つ厳かな寺院でありながら参拝客は少なく、落ち着いた雰囲気に包まれており、The 観光地な風貌の狭い参道とのギャップも楽しむことができた。もし善光寺を訪れる機会があれば、少し足を伸ばして上田まで向かい両参りしてみてはいかがだろうか

……というわけで、次回に続く!

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