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【䞀気読み・長線小説】「あっずほヌむ 幞せに続く道」第四郚

こちらは「あっずほヌむ幞せに続く道」第四郚党話を通しで読めるようにたずめた蚘事です内容を䞀郚加筆・修正しおいたすが、今回は倧幅は倉曎はありたせん。物語は第䞀郚から続いおいたすが、第四郚からでも楜しめる内容になっおおりたす。お時間のある方はぜひ感想もお埅ちしおおりたす


こんな方におすすめです

・「今ここ」を生きるためのヒントが知りたい方
・自分らしく生きる方法が知りたい方
・新しい家族の圢に぀いお思いを巡らせおいる方

前線

孝倪郎

 長い冬が終わり、人々は枩かい日差しに誘われるように屋倖ぞず繰り出す。僕も圌らに習い、雲䞀぀ない青空の䞋に立぀。

 球堎前広堎は、子ども連れの芪子やキャッチボヌルに興じる若者たちで賑わっおいた。か぀おの僕なら、競争心のかけらもない人々を芋るだけで苛立っおいたに違いないが、今はむしろ穏やかな氣持ちにさえなっおいる。それもこれも、悠斗クンや翌クン䞀家のおかげだ。

「  俺の知る氞江孝倪郎ながえこうたろうは死んだんだろうか 䌚わなかった十幎の間に䜕があった たるで別人じゃないか」

 僕を呌び出した圌は、朗らかな僕のずなりで䞍満を挏らした。氎沢庞平みずさわようぞい。䞭孊時代からの友人で僕のこずを誰よりも知っおいる男。だが圌は今、すべおの怒りをそこに集䞭させおいるかのような目で僕を睚んでいる。

「お前から野球を取っお䜕が残るっおんだ 野球あっおのお前だろう   戻っおこい。䞀緒に最匷の野球チヌムを䜜ろう。元プロのお前ず俺なら絶察に出来る」

 圌は語氣を匷めた。が、僕は銖を暪に振る。
「悪いが、䜕床誘われおも答えは倉わらない」

「  お前を誘惑したのは誰だ 誰がお前をこんな柔な男にした」

「  ここぞ来るずいい。僕の考えを倉えた人たちに䌚える」

 僕はゞャケットから取り出した名刺を䞀枚手枡した。圌はそれに目を通すや、思い切り握り぀ぶした。

「なにが、『みんながたんなか䜓操クラブ』だ。こんなお遊びクラブ、認められっかよ」

「お遊びクラブず蚀われる筋合いはないな。僕らは真面目に子どもの将来を考えおいる。君のやろうずしおいるこずず䜕ら倉わりない」

「  銬鹿銬鹿しい」
 庞平は吐き捚おるように蚀い、僕の前から姿を消した。



 芪や祖父母が䞀緒に身䜓を動かしながら、楜しく子どもずコミュニケヌションを図れる堎。それが「みんながたんなか䜓操クラブ」である。僕らが目指しおいるのは䞀流のスポヌツ遞手の育成ではない。あくたでも芪や祖父母に子ず觊れ合う堎を提䟛するのが目的だ。

 僕は子育おに関しおは党くの玠人だが、身近で赀ちゃんに接したり、芪子の戯れを芋たりする䞭で、人生においお最も重芁なのはこうしたスキンシップではないかず盎感し、これを圢にするのが第二の人生で成すべきこずだず思い至ったのだった。幞いにしお共感しおくれる人間が身近におり、圌ら――本郷ほんごうクン、野䞊のがみクン、悠斗ゆうずクン――の力を借りながら発足に向けお着々ず準備を進めおいるずころである。

 生たれおこの方野球しか知らず、それが出来なくなったら死のうずさえ思っおいた僕がこんなこずを蚀い出すずは誰も想像しなかっただろう。僕でさえそうだ。もし野䞊クンに説埗されなければ、そしお圌の家族に䌚わなかったら僕は野球銬鹿のたたこの䞖を去っおいたに違いない。



 自宅マンションに戻り、゚レベヌタヌホヌルに向かうず䞊局階から゚レベヌタヌで降りおきた本郷クンに出くわした。クラブ発足準備のため、圌は数ヶ月前に郜内から僕ず同じマンションに居を移したのだった。

「あ、おかえりなさい。氎沢先茩には䌚えたしたか 元氣でした」

「䌚ったよ。  僕が野球以倖の仕事を始めるず蚀ったら激怒された。お前から野球を取ったら䜕が残るんだ、ずたで蚀われおしたったよ。どうやらあい぀は僕ず䞀緒に野球人の育成がしたくお連絡しおきたらしい」

「ぞぇ。もし氞江さんの話に乗っおなかったらおれが食い぀いおたかも。  なんおね。もちろん、断ったんでしょ」

「ああ。しかし、名刺を枡したら握り぀ぶされおしたった」

「うっわ  。十幎ぶりに再䌚したのにいきなり険悪ムヌドですか」

「倧人になっおから  ずりわけこの十幎に至っおは連絡すら取り合っおいなかった僕らだ。わかり合えなくなっおいたずしおも䞍思議ではあるたい」

「氞江さんがそんなこずを蚀うなんお、ほんっず、倉わったなぁ。た、おれは今の方が人間味があっお奜きだけど。いじっおも怒られなくなったし。  ずころで、このあず時間ありたす 倧接理人おお぀りひずの店に行くんですけど」

 倧接理人は僕の高校野球郚時代の埌茩だ。ワラむバずいう名の喫茶店兌居堎所の提䟛をしおいお、僕らが掚し進めおいるクラブの方針に賛同しおくれた䞀人でもある。

「なら、いくよ。぀いでに䜕か食べさせおもらうずしよう」
 ゚レベヌタヌに背を向け、本郷クンずずもに歩き出す。圌は「食わしおもらえるか知りたせんけどね  。あそこは倉な店だから」ず蚀っお笑った。


庞平

 ――連絡先埌玉県垂××町  ワラむバ店内営業担圓・倧接理人

 くしゃくしゃにしおやった名刺を芋返した俺は目を疑った。さっきは氣づかなかったが、営業担圓の名に芋芚えがあったからだ。

もしかしお、あい぀が孝倪郎をそそのかしおお遊びクラブを始めたんじゃ  

 倧接が絡んでいるならその可胜性も充分にある。あい぀は野球郚時代から他のや぀ずは違う感性を持っおいた。それは野球人ずしお光るものを持っおいたず蚀う意味でもあり、非垞識だったずいう意味でもあるが、ずにかく倉な男だ。

 銬鹿銬鹿しいず蚀い捚おお別れおしたったが、こんなものを芋おしたっおは確かめないわけにはいかない。

高の近くか  

 垂には卒業以来䞀床も行っおいない。孊校呚蟺は倉わっおいるのだろうか。か぀お立ち寄った店は残っおいるんだろうか  。思い出に耜るうちに懐かしさが蟌み䞊げおくる。

 䞀床、郜内の安アパヌトに戻った俺だが、氣づけば靎を履いお郚屋を抜け出し、行く予定のなかった垂方面に向かう電車に飛び乗っおいた。



 䞭孊のずき、敬愛しおいた父芪を亡くしたあい぀が埌を远わずに枈んだのは野球のおかげだった。野球は孝倪郎の呜の源。だからプロの䞖界に入ったず知ったずきは我がこずのように嬉しかった。野球をしおいるうちはあい぀が死を遞ぶこずはない、ず安心できたからだ。

 それからずいうもの、俺はあい぀の生存を時々確認しながら今日たで自由に生きおきた。い぀かたた䞀緒に癜球を远いかけられる日を倢に芋ながら。

 四十幎以䞊が経過した今でも、甲子園の舞台に立ったあの日のこずは鮮明に思い出すこずが出来る。俺は孝倪郎や本郷ず違っおプロを目指せるほどの実力はなかったが、代わりに努力を積み重ね、瀟䌚人野球チヌムで四十歳たでは第䞀線で掻躍し続けた。

 䞀応家庭を持ち、䞀人嚘が成人するたでは勀め人ずしおも頑匵った。だけどやっぱり俺は野球が奜きでずっず続けおいきたいっお氣持ちが匷かったから、奥さんず話し合ったうえで円満に離婚。晎れお自由の身になったあずは十幎間、䞖界の野球を芋るため各囜を飛び回り、自分の手で野球遞手の育成がしたいずの思いを匷くしお垰囜したのが先月だ。

 日本を発぀前に孝倪郎が解説者ずしお掻躍しおいる姿は目にしおいたから、珟圹を退いたあずはそっちで生きおいく道を遞んだのだろうず思っおいた。が、俺の芋通しは甘かった。垰囜埌、「解説者・氞江孝倪郎」の姿はなく、やっずの思いで䌚っおみればあのざただ。

 ――たもなく、垂です。お出口は巊偎です。

 車内アナりンスが耳に入り、我に返る。䜕はずもあれ、倧接に䌚っお確かめよう。堎合によっおは拳を突き出すこずになるかもしれないが、そんずきゃそんずきだ。

 スマホの地図アプリを起動し、「ワラむバ」の䜏所を入力した俺は、案内開始ボタンを抌しお電車を降りた。



 駅から高校ぞ向かう道沿いの景色はほずんど倉わっおいなかった。しかし、孊校垰りに立ち食いした団子屋や、個人が経営しおいた服屋はコンビニに取っお代わられおいた。

 時代の倉化を感じながら歩くこず十数分。「ワラむバ」は高にほど近い閑静な䜏宅街にあった。パッず芋は喫茶店だが、本圓にここがクラブの拠点なのだろうか

 店の前で立ち尜くしおいるず、やたらず図䜓のデカい倖車が䜎い゚ンゞン音を響かせながら駐車堎に滑り蟌んできた。どんな金持ちがやっおきたのかず思っお凝芖する。停止した車から降りおきたのは本郷祐茔ず孝倪郎だった。

「来おくれるず思っおいたよ。ありがずう、庞平」
 孝倪郎は氣味が悪いくらい満面に笑みを浮かべながら右手を差し出した。俺はその手を振り払う。

「勘違いするな。お前をそそのかしたのが倧接なら䞀蚀いっおやろうず思っお来ただけだ」

 俺はしわくちゃの名刺を孝倪郎の県前に突き぀けながら蚀った。にもかかわらず、や぀はなおも笑っおいる。

「倧接クンなら䞭にいるはずだ。僕らも圌に甚があっおきたから、䞀緒に入ろう」
 ドアを開けた孝倪郎に、先に入るよう促される。俺はそのドアを自分の手で曎に抌し開け、店内に足を螏み入れた。

 倧きな窓から春の陜光が差し蟌む店内は明るかった。コヌヒヌの銙りが挂っおいお数人の客がく぀ろいでいる。しかし党員がお䞀人様らしく、぀けっぱなしのテレビから出る音の他に声らしい声は聞こえなかった。

 䞍芚にも、居心地の良さそうな店だず思った盎埌、カりンタヌの向こうから「あヌっ」ずデカい声が響いた。倧接だった。

「氎沢センパむじゃないですか 生きおたんっすね」

「客に向かっおその口の利き方は䜕だ   本圓に店䞻なのかよ   客商売をしおるや぀の態床ずは思えないぜ  」

 いきなり䞍快にさせられおげんなりする。が、孝倪郎も本郷も咎める氣配はない。どうやら普段からこんな調子のようだ。俺は䞍快感を匕きずったたた、ここに来た目的を果たすべく䞀氣にたくし立おる。

「お前なのか 孝倪郎に劙な提案をしたのは。こい぀は野球なしでは生きられない男なんだぞ 幎霢的に身䜓を動かすのが無理でも、その技や知識を埌生の遞手に䌝えるっお圢であればこの先もずっず野球ず関わっおいける。それこそ生涯、野球人でいられるんだ。なのにお前は孝倪郎から野球を取り䞊げるような真䌌を  」

「ちょっずちょっず おれを悪者にするの、やめおもらえたせん 氞江センパむ、ちゃんず説明しなかったんですか この人、、、、誀解したくっおたすけど」

 倧接は俺を「この人」呌ばわりし、人差し指を向けた。むラむラが最高朮に達する。やはり拳を突き出しお䞀暎れしなくちゃいけないのか。ぐっず右手に力を蟌めたずき、店のドアが開いた。

「理人さん、こんにちは。散歩がおら、遊びに来ちゃいたした。あれ 孝倪郎さんも来おいたんですね」
 
 俺をはじめ、その堎にいた男たちの芖線を䞀手に匕き受けたのは若い母芪だった。傍らには二歳くらいの女の子がいお、オゞさんたちの顔をしげしげず眺めおいる。

「めぐさん、たさかここで䌚えるずは思っおなかった。顔が芋られお嬉しいよ」

 誰よりも先に声をかけたのは孝倪郎だった。しかもあり埗ないほど錻の䞋を䌞ばしおいるではないか。こんな姿、芋たこずがない  。

「そうか。孝倪郎を倉えたのはこの子か  」

 倧接が䜕か蚀ったくらいで野球から離れるなんおおかしいず思っおいたが、女が絡んでいるならいくらか玍埗も出来る。しかし、子連れず蚀うこずは圌女には倫がいるはず。圌女ず孝倪郎の関係ずは䞀䜓  

 混乱しおいた矢先、女の子が抱っこをせがむように腕を䌞ばした。

「よしよし  」

 氣づいた母芪がしゃがみ蟌むより先に抱き䞊げたのはなんず、孝倪郎だった。それだけでも驚くべきこずなのに、あろうこずか女の子は孝倪郎に抱かれお嬉しそうに埮笑んでいるではないか。

「ど、どうなっおんだ  」
 戞惑っおいるのは俺だけだった。本郷も倧接も、孝倪郎ず女の子の様子を埮笑みながら眺めおいる。

「  その子っおもしかしお、お前の  た、孫」
 どうにか自分を玍埗させたくお攟ったひず蚀だったが、案の定圓おは倖れたらしく、皆に笑われた。

「この子は  たなちゃんは、僕らの埌茩の野䞊クンの孫だよ。ちなみに、ここにいるめぐさんは圌の姪っ子にあたる」

「えっ、野䞊の」
 俺の頭はたすたすこんがらがった。
「だ、誰かむチから説明しおくれよ。俺にはもう、䜕が䜕だかさっぱりだ  」

「それなら、食事でも取りながら僕らの近況を話すずしよう。倧接クン、泚文しおもいいかな」

「おれの手料理で良けりゃ、䜜りたすよ。センパむの垌望はめぐっちだろうけど、䌑みの人間を働かせる趣味はないんでね」

「構わないよ。君の料理でも腹は膚れるから」

「あヌ、そうっすか  」

「あのヌ、孝倪郎さんがたなを抱っこしおおくれるんならわたし、䜜りたすよ」

 少々䞍満げな倧接を芋た圌女が助倪刀するように腕たくりをした。しかし倧接は「いいの、いいの」ず倧袈裟に顔の前で手を振った。

「それよりめぐっちは『氎沢みずさわオゞさん』に氞江ながえセンパむが激倉した経緯を話しおやっおよ。぀いでにお埗意の笑顔で悩殺しずいお」

「えヌ そういうこずするず、たた旊那さんに怒られちゃう」

「黙っずけば分かんないっお。よろしく頌むよ。っおこずで、おれは食事の支床をするから」

「もう  。しょうがないなぁ」
 圌女はそう蚀いながらも俺に向き盎った。

「初めたしお、野䞊めぐず蚀いたす。いろいろなご瞁があっお理人さんの元で働いおいたす。えヌず  。高ケヌこう野球郚の方、ですよね 野球の鬌だった孝倪郎さんがこんなふうになるたでには長い長い経緯があるんですが、お聞きになりたすか」

「長くおもいい。俺はそれを聞くためにここぞ来たんだ」

「では、お話ししたしょう。  物語の始たりはこの堎所。玄䞉幎前に開催された野球郚䌚でのある出来事がきっかけでした」
 圌女はたるで朗読するかのように話し始めた。

 珟圹を退いたあずからすでに孝倪郎が残りの人生を無為に感じ、自分の呜を軜んじる発蚀をしたこず。それを聞いた野䞊が怒りをぶちたけ、めぐさんや家族に䌚うよう説埗したこず。そしお実際に圌らず䌚うなかで、人ずしおの感情を少しず぀取り戻しおいったこず  。聞けば聞くほど謎が解けおいく。

「しかし、僕に生氣を吹き蟌んだ最重芁人物はなんず蚀っおも、たなちゃんだ」
 話の途䞭で、そのたなちゃんを抱く孝倪郎が口を挟んだ。

「この子の成長、笑顔、そしお愛情を欲する姿を芋るたび僕は感動するんだ。  たさかこの僕が、小さな子どもから䜕かを孊ぶ日が来るなんお想像もしなかったが、珟に僕は圌女ずの觊れ合いがきっかけで新しいこずを始めようずしおいる。それも野球ずは違うこずを」

「  たさかそれが『みんながたんなか䜓操クラブ』なのか」

「その、たさかだ」

「じゃ、じゃあ  誰かにそそのかされたんじゃなく、お前自身が発起人   たじかよ  」
 俺は頭を抱えた。
「䞀通りの話は聞いたが、やっぱり信じられねえ。  本圓にお前は、俺の知る氞江孝倪郎なのか」

「  僕が蚀うのも䜕だが、人は、倉わるよ。僕は長い間、倉化ずは信念がない状態のこずだず思っおいた。だからこそ野球人であり続けようずもしおきた。しかしながら、野球にこだわっおいた僕は、信念ずいう名の硬い殻に閉じこもっおいただけだず分かったんだよ。  僕を殻の倖に連れ出しおくれた、めぐさんをはじめずする圌女の家族には感謝しおいるよ。断っおおくが、野球が僕の生を支えおくれるスポヌツであるこずに倉わりはない。ただ、もうしがみ぀く必芁がなくなっただけだず蚀うこずを付け加えおおく」

「    」

「ただ信じられないようだな」

「ったりめえだ」
 俺は怅子から勢いよく立ち䞊がった。

「事情はどうであれ、俺にはお前の倉化を受け容れるこずなんお出来ない。  もう䞀床背負わせおやる。お前に、野球ずいう殻を。たた䞀緒にグラりンドに立぀ために」

「庞平  」

「邪魔したな」
 ここぞ来たこずを埌悔しながら店を出た。ちょうどそのずき、自転車に乗った高校生の䞀団が目の前を通り過ぎおいく。それは奇しくも高野球郚員だった。

圌らが孝倪郎の今を知ったらがっかりするだろうな  

 そのくらい、高生にずっお氞江孝倪郎は憧れの存圚なのだ。たしおや友人である俺の憧れ床は蚈り知れない。

あい぀は䜕も分かっちゃいない。昔も今も、名捕手・氞江孝倪郎にどれだけの人が期埅を寄せおいるのかを。それに応え続けるのがプロ遞手ずしお掻躍した人間の務めであるこずを  

 足もずに転がっおいた猶を蹎り飛ばす。鈍い音を立おながら転がったそれは、走っおきた車に蜢ひかれぺしゃんこになった。


悠斗

 孝倪郎さんが「みんながたんなか䜓操クラブ」を考案したのは、たなを愛するがゆえだ。

 二歳を迎えたずいうのに、たなは䞀぀も幌児語を話さない。そんなこずだから䞀歳半怜蚺の際「耳が聞こえないのでは」ず保健垫に疑われ、専門医に蚺おもらうよう蚀われたほどだ。しかし異垞はどこにも芋぀からなかった。発話の遅い子もいるから経過芳察、ずそのずきはそれでおしたいになったが、呚囲が発達障害を疑いたくなるくらいには無口なのであった。

 しかし心配する祖父母ニむニむらを䜙所に、芪である翌ずめぐは「それがたなの特城なのだ」ず蚀い、深刻には捉えおいない。オバアに至っおは「たなちゃんは神様のお䜿いなのよ。今に神様の蚀葉を話し出すわ」ず蚀っおあの子のすべおを受け容れおすらいる。

 実際、瀟䌚的なルヌルも芚え始めおいるし、面癜いこずを芋聞きすればキャッキャず笑いもする。話せないこずを陀けば同じ幎の子ず䜕ら倉わりはなく、心配するには及ばないずおれも思っおいる。

 が、元キャッチャヌの孝倪郎さんは珟状を冷静に分析し、こう語ったのだ。「話せるようになるに越したこずはない。たずえば他の子ず過ごす機䌚を増やすのはどうだろう。それがきっかけで話せるようになるかもしれない。できる限りの手は尜くすべきだ」ず。

 その埌、楜芳的なおれたちではたず思い぀かない案が圌の口から次々に飛び出し、おれたちはそのたびに議論を重ねた。やがおニむニむや本郷さんも圌の考えに賛同し、最終的には「芪子、祖父母ず孫が身䜓を動かしながら觊れあえる堎」ず蚀うコンセプトが誕生。クラブ発足のため目䞋、準備を進めおいるずいうわけだ。

 実は、䜓操クラブの掻動が本栌的に始たったら、そのずきには氎泳コヌチの仕事を蟞める぀もりでいる。衚向きは自分の身䜓のためだが、真の理由はたなのため。自分の果たすべき圹割は幎霢や時々の状況で倉わるものだし、倉えおいいのだず蚀うこずを教えおくれたのは、皮肉にも銬鹿が぀くほどの野球人・孝倪郎さんだった。

「無論、それを歓迎しない人間もいる。庞平は思った以䞊に堅物かたぶ぀のようだ」

 その日の倕方、我が家にやっおきた孝倪郎さんは珍しく愚痎をこがした。長幎の友人ず十幎ぶりに再䌚し、珟状報告したら物別れになったのがいささか䞍満なのだずいう。ずっず圌を芋おきた盞棒圹の本郷さんでさえその倉貌ぶりには仰倩しおいるくらいだ。たしおや久々に䌚った友人なら困惑するのも無理はないだろう。

「だけど氎沢みずさわさんっお方、野球人ずしおの孝倪郎さんをものすごく尊敬しおいるふうに芋えたしたよ あの様子じゃ、たた説埗しに来るんじゃないかなぁ」

 珟堎に居合わせためぐがそう蚀うず、孝倪郎さんは腕を組んで小さく笑った。

「庞平も僕に匹敵するくらい野球を愛しおいるからね。圌の氣持ちは痛いほど分かる぀もりさ。だけど  僕は思い出しおしたったんだ。幌い頃、勝負ずは関係なく䞀人野球ず向き合っおいるずきに感じた、颚やグラりンドの匂いを。そこに生きる喜びがあったこずを。  僕は、今埌も勝負の䞖界に身を眮いおいたら遅かれ早かれ人ずしおの機胜を倱っおしたうこずに氣づいた。だから倧切にしたいず思える存圚が出来た今は、感情をなくすような仕事ではなく、枩かい心を持ち続けられるような環境に身を眮きたいず思っおる。  今回は理解しおもらえなかったが、たぶんあい぀を説埗できるのは僕しかいない。あい぀が䜕か蚀っおくるなら、その郜床応じるしかあるたい」

 そういった孝倪郎さんは、か぀おずは別の自信に満ちあふれお芋えた。これはおれの勝手な想像だが、芋守っおくれおいる圱の存圚――ご䞡芪の霊――が圌をここたで導いたように思えおならなかった。孝倪郎さんもおれ同様、簡単には死なせおもらえない人間に違いない。そう思うず劙に芪近感が湧くのだった。

◇◇◇

 たなが卒乳した頃からめぐは再びワラむバで働き始めおいる。䞡芪が仕事に出おいる日䞭は基本、おれがたなの遊び盞手を匕き受けおいる栌奜だ。ず蚀っおも、近所の公園に連れ出しおボヌル遊びをしたり、䞀緒にブランコに乗ったりするだけなのだが、こうしおいるず本圓に血を分けた父芪になったような氣持ちになるから䞍思議だ。その間おれは最䞊玚の幞犏を味わいながら、たなず二人きりの時間を楜しんでいる。

「ほら、芋おごらん。これはね、ビオラっお蚀うお花だよ。パンゞヌよりも小さいのがビオラ。黄色、癜、濃い玫  。いろんな色があるだろう で、こっちのお花はチュヌリップだ」

 公園の花壇に興味を瀺したたなの目線に合わせおしゃがみ、䞀぀ず぀花の名前を教えおやる。たなはおれず同じように䞀぀ず぀指を差しおはこちらを芋、「これが『はな』」ず目で蚎えかけおいる。

「そうだ、これが花だ。  綺麗に咲いおる花を取っちゃダメだよ。摘んだら死んじゃうから、このたたにしおおこうな。摘むならこっちのタンポポに  」

 手を䌞ばしかけおやめる。花壇の花は摘んじゃダメで、野の花は摘んでいいのはなぜか、説明できそうになかったからだ。

「  いや、タンポポも元氣に咲いおいる。このたた芋お楜しむのが䞀番だな」
 花匁を撫でるず、たなも真䌌をしお黄色い花をなでなでした。

「優しいな、たなは  」
 おれが蚀うず、たなはにっこり笑った。その顔は幌い頃のめぐによく䌌おいた。思わず問いかける。
「たなはおれのこず、なんお呌んでくれるのかな。ゆうくん それずもお父さん」

 正盎な話、おれが死ぬたで元氣な姿が芋られればそれに勝るものはない。が、欲を蚀えば名前を呌んで欲しいず思っおいるおれがいる  。

 なぜかずいえば、たなず名付けられた子の口から「お父さん」ず呌ばれるこずで、おれはずうずう亡き嚘、愛菜ずの再䌚を果たしたのだず玍埗できるからだ。今生で䌚えたず手攟しで喜べるような氣がするからだ。もちろんそれはおれの身勝手な願望に過ぎないけれども。

「たぁ、いいさ。時間はただたっぷりある」

 めぐず家族になったずきもそうであったが、䜕ごずも焊りは犁物だ。おれは努めお自分の身䜓をいたわっお䞀日でも長く生きる。そうするうちにたなも成長し、発話できる幎頃になるだろう。それたでは芋守るしかない。

 その堎でじっずしおいたら少し汗ばんできた。四月も半ばになるず、優雅に花の間を舞う蝶も日陰を求めたくなるような日差しが降り泚ぐ。

「ちょっず喉が枇いたな。おうちに戻っおゞュヌスでも飲むか」

「ん」

 おれが動き出すより早く、たなはおれの手を掎んで匕っ匵った。ストロヌで飲み物が飲めるようになったのを機に、䞡芪が控えおいたゞュヌスを䞎えたのはおれだ。翌には「甘やかしすぎだろ」ず叱られたが、これがおれの子育お法なのだから仕方がない。䞡芪の厳しさず第二の父の甘やかしがあっおこそ、子どもは真っ圓に育っおいくもの、ず蚀うのがおれの持論だ。

「䜕味なにあじがいい 䞀番、リンゎ。二番、ブドり。䞉番、オレンゞ」
 たなは、ぎこちないながらも人差し指を䞀本出した。これは䞀番目のリンゎがいい、ず蚀うサむン。リンゎゞュヌス奜きは、奇しくも亡き嚘ず同じだった。


めぐ

 我が家の週末はずおも賑やかだ。九十歳を過ぎた祖母をはじめ、悠くん、翌くん、そしお祖母の䞖話をしに来る䌯父たでもがいっぺんにしゃべるからだ。たなでさえ、話さない代わりにおもちゃのピアノを鳎らしお自己アピヌルする。ここはさながら幌皚園のよう。

 そんな䞭でも䌯父の声は良く通る。䌯父は、たなずわたしの前に腰を䞋ろしお蚀う。

「そう蚀えばめぐちゃん、氎沢みずさわ先茩に䌚ったんだっお」

「はい。孝倪郎さんのやろうずしおいるこずが氣に入らない様子でした  。わたしずしおはちょっず残念な氣持ちです。お友達なら、協力しおくれおもいいのに」

「たぁ、氞江先茩はやっぱりすごいキャッチャヌだし、優れた指導者だずも思うからそう蚀いたくなる氣持ちは分かるけどな。  ああ、おれがその堎にいればなぁ。もうちょっず蚀っおやれたんだけど」

 䌯父も孝倪郎さん同様、孫であるたなが䞀日でも早く蚀葉を話すようになっお欲しいず願い、時短勀務に倉曎しおたでクラブ発足に携わっおいる人間の䞀人だ。

「おいおい、たた飲み物ぶっかけお䌝説䜜ろうずしおんの やめおくんない」
 そこぞ、耳聡みみざずい翌くんが眉をひそめおやっおきた。しかし䌯父は銖を暪に振る。

「曲解にもほどがある。そうじゃねえんだ。実は、氎沢みずさわ先茩がクラブの方針を聞いお怒り出すなんお劙だなぁず思っおな。確かにあの人も野球で出来おる人だけど、家庭的な家で育ったっお聞いおるし、劻子もいたはず。䜕よりも、䞀番氞江先茩の身の䞊を心配しおたはずの人が、新たな生きがいを芋぀けた氞江先茩のこずを歓迎しないなんお」

「確かに劙ですね  」

「長く生きおりゃ、考え方の䞀぀や二぀、倉わるもんじゃねえの なぁ、この話は終わりしようぜ」
 翌くんはうんざりした顔で蚀うず、話題を倉える。

「ねぇ、めぐちゃん。さっきりェブ閲芧をしおたずきに芋぀けたんだけど、これ。䞀緒に聎きに行かない」

 翌くんが芋せおきたスマホの画面をのぞき蟌む。そこには『垂の歌姫、ゎヌルデンりィヌクのむベントでミニラむブに出挔』ず曞いおあった。わたしは画面に衚瀺されおいる顔写真を指さす。

「この歌姫っお、レむカだよね 昔の歌手だけど、翌くんは奜きだったよね」

「そうそう。ギタヌを䞀本ひっさげお䞀人で歌う姿。そしお心に染み入る歌詞がたたんないんだよなぁ。しかも今回のラむブは無料らしい。行けば誰でも自由に聎けるそうだよ」

「ぞぇ じゃあ行っおみようか。たなの面倒は  䌯父さん、お願いできたす」
 ちょっず䞊目遣いで頌んでみる。が、䌯父はい぀ものようには頷かず、むしろ唞った。

「レむカ  。これも䜕かの瞁なのか  」

「え、䜕々」
 戞惑う翌くんに、䌯父が説明する。

「いや、実はその歌手、今し方話しおた氎沢みずさわ先茩の実のお姉さんらしくおな」

「えっ」

「すごヌい 確かに瞁を感じるかも ねぇ、翌くん。そういうこずなら孝倪郎さんも誘っおいこうよ 䌯父さんも行きたす」

「  そうだな。䜕かが起きそうな予感もするし」
 䌯父は盞倉わらず枋い顔でいい、遠くを芋やった。



 わたしがメヌル連絡を入れるず、その日の倕方に孝倪郎さんから電話がかかっおきた。䞀応、郜合が぀くずいう内容だった。しかし声は暗く、あたり乗り氣ではない様子が䌝わっおきた。氣になったので恐る恐る尋ねおみる。

「レむカが氎沢さんのお姉さんだから  ですか」

『  麗華さんの歌には助けられた経緯があっおね。聞けば圓時を思い出すんじゃないかず。それに  』

「それに  」

『ラむブには庞平も来る氣がしおいる。広い䌚堎で䌚うずは考えにくいが、䌚わない保蚌もない。平生なら問題はないだろう。だが、麗華さんの歌を聎いたあずで庞平に䌚えば、心情が揺らいでしたうかもしれない。圌女の持ち歌には野球を題材にしたものがいく぀かあるからね』

「なるほど。だけど、倧䞈倫ですよ。わたしも䌯父さんも翌くんも䞀緒に行きたすから」

『䜕かあれば君たちが力になっおくれる、ず   確かに、野䞊芪子が盞手では庞平も手こずるだろうな』
 ようやく孝倪郎さんは笑った。

『そういうこずなら䞀緒に麗華さんのラむブを聎きに行こう。䞀日空けおおく。その代わりず蚀っおはなんだが  ラむブのあずはたなちゃんに䌚わせおもらえないだろうか』

「もちろん ラむブ䞭は悠くんずお留守番しおおもらいたすけど、孝倪郎さんず䞀緒に垰ったらきっず喜ぶず思いたす」

『よし、䞀぀楜しみが出来た。それじゃあたた、圓日に』
 そう蚀っお孝倪郎さんは電話を切った。

「ふふ  。本圓にたなのこずが奜きなんだなぁ  」

 通話を終えたあず、圌がたなをあやす様子が浮かんできお口元が緩む。家族は皆、あの孝倪郎さんを虜にするなんお、たなも人を笑顔にする才胜があるに違いないず口をそろえお蚀う。しかしわたしは、たなにはそれ以䞊の力があるず感じ始めおいる。これは母芪の勘に過ぎないけれど、たなの䞭には倧きな力が眠っおいお目芚めの時を埅っおいるように思えおならないのだ。

 たながしゃべり出したら日垞ががらりず倉わる――。そう確信しおいる䞀方で、倉化を受け止められるだろうかず䞍安も感じるわたしであった。



 電話を終え、急に甘いものが食べたくなったわたしは、倕方の散歩がおら、久々に掋菓子店『かみさたの暹』を蚪れた。

 父芪に合栌をもらった朚乃銙このかは今、お店のメむンパティシ゚ずしお働いおいる。若い女性ならではの工倫が成された焌き菓子は店の新たな人氣商品ずなっおいおタりン誌にも取り䞊げられたほどだ。

「新商品のパりンドケヌキ䞋さい。い぀ものように自宅甚で」

「はい、かしこたりたした。  なんおね。い぀もありがずう。そうそう、赀ちゃんでも食べられるクッキヌの販売を始めたんだ。もし良かったら詊しおみお」

「ほんず そう蚀うの、埅っおたんだ 早速買っお垰るよ」

「わヌい 持぀べきものは友、だね」
 朚乃銙はそう蚀っお商品を袋に詰めながら、わたしの方をチラチラ芋おいる。どうやら抱っこしおいるたなが氣になるらしい。
「やっぱり赀ちゃんっおかわいいなぁ。あたしも早くご瞁があるずいいんだけど めぐ、おじさたの知り合い倚いよね 䞀人くらい、いい人いない」

「うヌん  。みんな、癖のある人たちばっかりだからなぁ。だいたい既婚者だし。っお蚀うか、オゞさん狙いなの」

「めぐを芋おたら、幎䞊もありかなぁっお最近思っおんだよねぇ。若い男よりずっず包容力ありそうじゃない」

「確かに」

 そのずき、店の奥からわざずらしい咳払いが聞こえ、店䞻が顔を出した。
「  コノ。おれより幎䞊の男ずの結婚だけはやめおくれ」
 
「うわ、お父さん、聞いおたの もう、こういうずきだけ反応するんだから」

「倧事な話だからな。コノが奜きになる人に口出しする氣はないけど、おれのワガママを蚀わせおもらえるなら、結婚盞手は店ず神瀟を経営しおる我が家に理解のある男がいいね」

「はいはい、わかっおたすっお。  あ、お父さん。出おきた぀いでに店番しおおくれない 氣晎らしにちょっずだけ、めぐず神瀟に行っおきたいんだ」

「  ちょっずだけだぞ」

「ありがずう、お父さん」
 朚乃銙は倧袈裟に䞡手を挙げ、父芪に抱き぀いた。



 たなを連れお神瀟を蚪れるのは初めおだった。境内に人氣ひずけがなかったので、たなを降ろしおやる。たなは嬉しそうに歩き出したかず思うず、真っ先に神朚を目指した。

 朚の根元に到着し、振り向いた幌子に向かっお語りかける。
「パパずママはこの神瀟の神様に祝犏されお結婚したんだよ」

 蚀ったこずの意味が分かったのか、たなは朚を芋䞊げた。それを芋た朚乃銙も同じように神朚を芋䞊げる。

「  めぐ。たなちんには聞こえおるのかもしれない。神様の声が」

「えっ」

「いたね、神様がたなちんに語りかけおるの。ここであなたに䌚えるのを楜しみに埅っおいたのよっお」

「えっ っお蚀うか、朚乃銙にも聞こえるの 神様の声が」

「あれ、蚀っおなかったっけ 巫女にはならなかったけど、あたしもお母さんの血を受け継いでご神朚の声を聞くこずが出来るんだよ。たぁ、時々だけどね」

「で、で 他にはなんお蚀っおるの」

 朚乃銙に神様の声が聞こえるず知っただけでも驚きだが、その神様がたなに語りかけおいる理由や内容はもっず氣になる。せっ぀くず、朚乃銙は「たぁたぁ」ず蚀っお耳を柄たせる。が、盎埌にたなが泣き出しおしたった。慌おお抱き䞊げる。

「どうしたの」
 聞いおもたなは泣くばかりだ。困惑しおいるず、朚乃銙が告げる。

「たなちんはきっず、神様の蚀葉を理解したんだよ。  倧䞈倫、もうすぐ話すようになるっお、ご神朚さたは蚀っおる。そうしたら、今よりもっず玠敵な日々がやっおくるっお」

「もしかしお、神様さたの蚀葉が刺激になっお䜕か蚀いたいけど、蚀えないのがもどかしい、ずか」

「かもねぇ。た、おしゃべりなめぐんちの子䟛だもの。すぐにたなちんも、おしゃべりさんになるっお。  あっ」

 朚を芋䞊げおいた朚乃銙の元に、ひらひらず䞀枚の葉が萜ちおきた。たるで朚が自らの意志で萜ずしたかのようだ。手のひらで葉を受けた朚乃銙も驚いおいる。

「こんなこずが  。めぐ、これはたなちんのお守りにしおあげお。ご神朚さたの氣持ちだず思うから」

「ありがずう」
 葉を受け取るず、たなは泣いたずき同様、急に泣き止んだ。朚乃銙は頷く。

「うん。やっぱりたなちんは神様の申し子だよ。この出来事はお母さんにも話しおおく。もしかしたらお母さんの方が匷いメッセヌゞを受け取れるかもしれないし」

「そうしおもらえるず嬉しいな」

「了解。  さお、仕事に戻らなきゃ」

「わたしも垰ろう。家族が埅っおるから」
 わたしたちは぀かの間のおしゃべりを楜しんだあず、それぞれの居堎所に戻った。


翌

 レむカのこずを知ったのは小孊䞀幎生。父の運転する車に乗ったずき、カヌラゞオから流れおきたのを聞いたのが最初だった。

 圓時、゚リ姉の圱響でピアノを習い始めおいた俺は、䜜詞、䜜曲、歌のすべおを䞀人で手がけるレむカに憧れお、よくたねごずをしおいたものだ。孊幎が䞊がっおからはギタヌを買っおもらい、匟き語りの緎習もしおいた。

 垞々、生歌を聎いおみたいず思っおはいたものの、レむカはあたり衚に出ない歌手で、ラむブも䞍定期開催だから盎接聎く機䌚はこれたで䞀床もなかった。そんな俺にずっお今回の無料ラむブはたたずないチャンスだった。

「やっぱりたなも連れおいこう。いい刺激になるず思うんだ」
 圓初は留守番しおおもらう蚈画だったが、神瀟での話を聞いた俺は考えを倉えた。めぐちゃんは驚いた様子で俺を芋䞊げる。

「でもせっかくのラむブだし、わたしはずもかく、翌くんは玔粋に生歌を楜しみたいんじゃない」

「ずは蚀え、誰でも氣軜に聞ける無料のラむブだから、子連れもいるんじゃないかな。それにコヌタロヌさんも、レむカの歌には心揺さぶられた経隓があるっお蚀っおたんだろ 俺だっおそうだ。あの歌声には特別な力がある。生歌なら尚曎だず俺は思う」

「  そうだね。たなは確実にわたしたちの蚀葉や芋えない䞖界の䜕かを受け取っおるみたいだし、倖からの刺激がたなの発話を促すきっかけになるのだずすれば、レむカの歌を聎かせおみるのはありかもしれない」

「だろ それにさ、俺たち䞉人で䞀人前の芪なのに、悠斗ずたなを眮いお出かけるっおのも劙な話じゃん」

 そこぞちょうど、たなを抱いた悠斗がやっおきお話に加わる。
「いいよ、おれは。たなを連れおくっおんなら、ひずりでのんびりしおるよ」

「たぁたぁ、そう蚀わずに。滅倚にない機䌚なんだぜ。䞀緒に行こうよ、悠斗君♡」
 ちょっずすり寄るフリをしたら倧袈裟にため息を぀かれた。

「  結婚する前みたいにデヌトがしたい、っおんなら最初からそう蚀っおくれよ。たぁ、たなが生たれおから䞉人揃っお出かけたこずもなかったから、ちょうどいい機䌚かもな。ただし たなやめぐそっちのけで、おれにむチャ぀くなよ」

「倖でむチャ぀くもんか。悠斗にすり寄るのは家の䞭だけだよぉ」
 もう䞀床寄りかかるず、たなも真䌌しお悠斗に頬ずりした。

「やれやれ  。モテる男は぀らいなぁ  」
 悠斗ががやくず、めぐちゃんが笑った。 

◇◇◇

 圓日のラむブは俺たち家族ず父、それからコヌタロヌさんの六人で行くこずになった。無料ず蚀うこずもあっおか、野倖の特蚭䌚堎は混み合っおいたが人の出入りも激しかった。ミニラむブは数名の歌手が順に出挔しおいく圢で、レむカはラむブのトリを食るこずになっおいた。

 䌚堎前に到着したずき、ちょうどレむカの前の歌手が歌い終えたようだ。拍手ず共に聎衆が動き始める。俺たちは出お行く人の波に逆らうようにしおステヌゞ偎ぞず進む。運よく最前列を陣取るこずが出来た俺は、たなを抱いためぐちゃんを隣に匕き寄せた。残るオゞさん䞉人も俺たちのすぐ埌ろの堎所を確保したようだ。

「最前列だなんおラッキヌだね。  でも、歌が始たるたであず十分か」
 萜ち着かない様子のたなを抱くめぐちゃんが時間を氣にするように蚀った。

「こういう時は俺の出番だな」
 時間たで退屈しないよう、幌児の氣を匕く遊びをするのは日垞茶飯事だ。俺はリュックの䞭から、あらかじめ甚意しおおいたたなのお氣に入りのパペット人圢「りサコ」を取り出しお手にはめた。

「たなちゃん。りサコず遊びたしょ。䜕しお遊ぶ じゃあ、りサコから行くよヌ。くすぐりごっこだ こちょこちょこちょヌ」

「キャハハッ」
 たなは倧喜びでりサコに抱き぀いた。するず、背埌にいたコヌタロヌさんが真面目くさっお蚀う。

「ふヌむ  。やはり翌クンにもクラブに参画しおもらいたいものだ。僕ら玠人よりプロの方がずっず子ども目線でプログラムを考えられるに違いない」

「誘っおくれるのは嬉しいけど、俺には本職があるからな。たぁ、盞談しおくれればアドバむスはする。そういう圢でなら協力できるよ」

「無論、本業優先で構わない。意芋がもらえるだけで充分だよ」

「じゃ、そういう感じで」

「すんたせん、先茩。息子の口の利き方がなっおなくお」
 話はちゃんずたずたったのに、なぜか父が謝った。

「たったく氣にしおいないよ」
 コヌタロヌさんは笑っお返す。
「いいんだ、圌は。僕を家族同然に思っお接しおくれおいるからこその、タメ口ぐちだず理解しおいるから」

「そうですか  」
 コヌタロヌさんの答えに父は䞍満そうだったが、それ以䞊は䜕も蚀わなかった。

 そうこうしおいるうちに䌚堎の準備が敎ったようだ。ステヌゞの端に叞䌚者が珟れお䞀瀌する。
「お埅たせしたした 間もなくレむカさんの登堎です」

 䌚堎がにわかに盛り䞊がり、拍手に包たれる。たなも䞀緒になっお手を叩く。数秒の埌、ず共にレむカが姿を珟すず、拍手に加えお歓声も沞き起こる。レむカはそれに応えるように手を振り、ステヌゞの䞭倮に立った。

「みなさん、こんにちは。レむカです。公の堎に出るのは本圓に久しぶりなのですが、こんなにたくさんの方に来おいただいおすっごく嬉しいです 興奮しおたす 今日は持ち歌の䞭から厳遞した䞉曲を聎いおいただこうず思っおいたす。短い時間ですが、最埌たで楜しんでいただければ幞いです。  早速ですが、最初の曲を聎いお䞋さい。  『マむりェむ』」

 レむカはそう蚀っおギタヌを握り、音を鳎らし始めた。



果おしない倢 い぀か叶えたいず
語り合った 幌少期あのころ

芋るものすべおが 矎しかった
倕日のオレンゞ 空の青
朚々の緑 桜いろ

心揺れた景色は 今も 鮮やかに

匷く生きおくず 誓ったあの日
僕は僕を越えたんだ

たっすぐに どこたでも続く道を
立ち止たらずにゆく
い぀も党力なんだ マむりェむ



䞀人では倢 叶えられないず
萜ち蟌んだ 春の倜

芋るものすべおが にじんで芋えた
傘も差さずに 僕はただ
冷たい雚に 打たれおた

傘を差しおくれたのは ずもに歩んだ仲間

ひずりで生きるず 誓ったあの日
僕は僕を超えれずに

たっすぐな 想いだけじゃ空回り
仲間がそばにいる
もっず党力なんだ


䞀人じゃ届かない声も届く みんなずなら
立ち止たっおもいいんだず
教えおくれた ありがずう 友よ

歩いおゆける マむりェむ
もう 䞀人じゃないから



 十代の頃、䜕床ずなく聎いた曲。むントロが流れれば今でも自然に口ずさむこずが出来る。しかし今改めお聎くず、歌詞から受ける印象がたったく違った。それはレむカの歌い方が掗緎されたせいもあるだろうが、おそらくは俺自身が様々な人生経隓を積んできたからなのだろう。

 幎霢を感じさせない声量ず歌唱力に圧倒された聎衆は、レむカの歌を黙っお聎いおいた。二歳児のたなでさえ。めぐちゃんに至っおは涙が蟌み䞊げおきたのか、ハンカチでたぶたを抌さえおいる。

 曲が䞀぀終わるず、聎衆はさざ波のような拍手を送った。誰も声を発するこずなく、次の曲の始たりを静かに埅っおいる。レむカもそれが分かっおいるのか、䞀呌吞眮いたあずですぐにギタヌの調埋を始めた。


6孝倪郎

 父の圱響で野球を始めた僕はその面癜さにのめり蟌んだ。䞭孊生の時に父を亡くしおからは曎に熱䞭し、人生のすべおを野球に捧げる芚悟で生きおいた。その様子があたりにも狂氣じみおいたために、呚囲の人間からは「野球の鬌」ずか「鬌郚長」などず呌ばれおいたほどだ。

 プロ遞手になっおからは尚曎、感情を眮き去りにするようになった。そうしなければ最前線で掻躍し続けるこずなど出来ないず信じおいたからだ。

 すべおは、勝぀ため。

 そんな僕が突き進んでいた道に挂っおいたのは、死に神に埌あずを぀けられおいるような切迫感ず絶望感だった。しかし、それを感じおいたにもかかわらず、歩みを止めようずしなかった僕は病んでいたずしか蚀いようがない。

 無論、そんな粟神のたた死んでも埌悔はしなかっただろうが、今は死に急がなくおよかったず思っおいる。なぜなら、遞手ずしお䜿い物にならなくなった僕の胜力を別の圢で掻かす堎が芋぀かったからだ。

 䞀人では決しお芋぀けられなかったであろう道に、僕はいた、䞀歩を螏み出そうずしおいる。庞平が䜕を蚀おうず蚀うたいず、僕は僕の道をゆくず決めたのだ。

 僕を突き動かしおいる原動力に名前を぀ける぀もりはない。だがもし、母がただ生きおいたらこう蚀っただろう。コりにも想い人が出来およかった、ず。

 ギタヌの調埋を終えた麗華さんはすぐに二曲目を匟き始めた。それは、圌女の名を䞖に広めるきっかけずなった『ファミリヌ』だった。

 この原曲を䞀番に聎いたのが僕だず知る人物はいない。『ファミリヌ』のもずずなった曲は僕をむメヌゞしお䜜られたもので、父の死のショックから立ち盎れおいなかった僕は、激しく心を揺さぶられた。高校䞉幎生の時だった。

 高校野球人生を終えたら父の埌を远う぀もりでいた僕を、もうちょっず生きおみようかずいう氣にさせおくれた『ファミリヌ』は、僕の人生に転機を䞎えた曲。こずあるごずに思い出される䞀曲なのである。



倢䞭でボヌルを远いかける 
その背䞭は小さく
ころんでばかり い぀でも傷だらけ
守れる匷さがほしかった
だけど 䌚えばけんかになっお
互いに 意地っ匵りでね

「君が奜き」玠盎な氣持ち
䌝えられないたた 流れゆく時間ずき
忘れないで ずっず
ずもに過ごした日々を 家族の愛を



倢䞭でボヌルを远いかける 
その背䞭は倧きく
い぀の間にか 私を远い越した
重なる 君の父の姿
䌌おる けれども同じじゃない
君は 倧人になったんだ

「ごめんね」ず「ありがずう」を蚀うよ
ごたかしおた氣持ち 立ち止たっお今
忘れないよ ずっず
ずもに過ごした日々は い぀たでも鮮やかに

愛をくれた人は い぀でも心の䞭
君は生きおいいんだよ 今を



「君が奜き」玠盎な氣持ち
今なら䌝えられるかな あふれる想い
歌に乗せお そっず
共に生きよう これからずっず  



 麗華さんの歌声は盞倉わらず矎しかった。か぀おの僕のように感涙しおいる人も倚かった。しかし、今の僕には涙を流すほどの感動はなかった。

 僕自身が父の幎霢を超えおしたったから
 父の死を乗り越えたから
 プロの遞手ずしお最埌たでやりきったから  

 たぶん、すべおが圓おはたる。

 あらゆる困難を経隓した僕にずっお、麗華さんの歌詞は克服した出来事の矅列に過ぎない。だから䞀字䞀句なぞっおも正面から受容できたのだろう。

「  先茩。実はこの歌、おれにずっお思い出の曲なんですよ」
 間奏の最䞭、隣で聎いおいた野䞊クンが唐突に蚀った。

「関わり方が分からなかった息子ず和解した日に、歌っおくれたんですよ、そい぀、、、が。あのずきはたるで自分に語りかけられおいるかのように感じたもんです。今でもあんたりうたく話せないけど、この歌を聎くず、息子のこずをもっず理解しおやらなきゃっお思うんです」
 圌は䞀列前にいる翌クンに聞こえないよう、独り蚀のように呟いた。

「君にずっおこの歌が圌ずの絆を思い出すきっかけになるなら、思い出したずきだけでも優しくしおやるずいい。しないより、する。それが君のモットヌだろう」

「そうですね」

「  僕も倧切にするよ。君たちずの日々を。もちろん今日ずいう日も」
 そう。今の僕に必芁なのは麗華さんの歌ではなく、ここにいる「家族」。そしお圌らず過ごす時間そのものである。
 
 䞎えられた有限の呜は、倧きな圹目を果たすために䜿わなければならないず思い生きおきた僕に、赀子のごずくただ存圚しおいるだけでも生きる䟡倀はあるのだず教えおくれたのが圌ら。䞭でも、自分で思っおいるよりずっず、この呜には重みがあるのだず諭しおくれた野䞊クンは呜の恩人である。

 その圌がほっずしたように頷く。

「おれ、酔った勢いずはいえ先茩に倱瀌なこずをしちゃっお、申し蚳なかったなぁっお思ったこずもあったんですが、今は思いきっお本音を䌝えおよかったず思っおたす。  たぁ、先茩に生きる力を䞎えたのは息子たちですけど」

「おかげさたで、今は生きるこずが楜しいず感じおいるよ」

 人生の転機は誰にでも蚪れる。僕の堎合、䞭孊生の時は父の死が、高校生の時は麗華さんの歌が、そしお今は野䞊クンをはじめずする家族ずの出䌚いが僕を倉えるきっかけずなった。

 結局どの節目を芋おも僕は生きる道を遞ばされおきたわけだが、䞉床も続けばさすがに自死は諊める。軜々しく運呜などずいう蚀葉は䜿いたくないが、䜕らかの力が働いた結果、今もこうしお生きおいるこずだけは確かだ。

 翌クンが蚀っおいた、芋えない䞖界の存圚ずやらを僕も少しず぀感じ始めおいる。ここぞ来るこずもおそらくは決たっおいた。だずすればきっず、このあず䜕かが起きる。僕はそう確信しおいる。

 『ファミリヌ』が終わった。麗華さんの歌を聎きに来た人々は、聎き入っおいるのか、感極たっおいるのか、ほずんど誰も声を発しない。たるで、神蚗が䞋るのを埅っおいるかのように静たりかえっおいる。そんな䞭で、麗華さんがマむクを握る。

「二曲続けお聎いお䞋さり、ありがずうございたす。耳を傟けお䞋さる皆さんのおかげで今日たで走り続けおこられたこず、そしお今、ここに立っおいられるこずに感謝臎したす。  さお、ミニラむブも次の曲でラストずなりたす。最埌の曲は䜕を歌おうか、ずいぶん悩みたした。しかし、叀くからの友人を励たしたいずの思いに至り、未発衚のこの曲を歌うこずに決めたした」

 未発衚の曲、ず聞いた聎衆はざわめいた。予想通りの反応だったのか、麗華さんはざわめきが収たるたで口を぀ぐんでいた。聎衆が萜ち着いたのを芋蚈らっお再び話し始める。

「  これから歌うのは『ファミリヌ』の続きに圓たるものです。その名も『サンキュヌ、ファミリヌ』。䌚堎にいるか分かりたせんが、友人のために歌いたす。それでは、聎いお䞋さい  」

 麗華さんの蚀った「友人」が誰か、僕にはすぐに分かった。ギタヌの音が鳎り響く。僕は歌い出す圌女をじっず芋぀めた。

   

巻き戻せない 時の䞭で
君の顔 浮かんでは消える

緑の颚が 撫でる髪
君のにおい 連れおくる

共に生きた日々
君もわたしも
同じ時の 波に乗り
生きおきた 今日たで
がむしゃらに

䜕者なにものにも
ならなくおもいい
今ここにいる
それがすべおの蚌拠あかしだから

   

早すぎる 時の䞭で
君は 䜕を思っおいるの

青い空の䞋で
走る君の姿 光る汗

それぞれ生きた日々
君もわたしも
同じ時の 波に乗り
生きおいく これからも
ひたむきに

䜕も
できなくなっおもいい
今生きおいる
この奇跡に感謝しよう

   
いるよ、近くに
君を想う ファミリヌ

   

歌おう 君のために
たずえ声が 届かなくおも
君の未来が ひらくように

ラララ
新たな道を進む君ぞ
忘れないで
家族わたしたちがいるこずを

   

 最埌の最埌で僕の心は動いた。圌女の歌声が、昔の思い出をしたい蟌んでいた心の扉を優しくノックする。そっず抌し開けられた扉の隙間から入り蟌んだ枩かみのある声は、思い出をぐるっず䞀廻りし、圌女の想いを残しお去っお行った。

 確信した。これは僕に向けられた歌だず蚀うこずを。

 䌚堎内を芋回す圌女。その目が䞀瞬、僕のずころで止たったような氣がした。小さく頷いたようにも芋えた。

 圌女にはすべお分かっおいたに違いない。僕がここに来るこずも、歌を聎いお䜕かしらを感じるこずも。

ありがずう、麗華さん  

 心の内で瀌を蚀った。クラブが無事に発足し、軌道に乗ったらそのずきは第二の人生を歩み始めたこずを、そしおもう自死ぞの道は歩かないこずをきちんず䌝えよう。そう思った。

 

7庞平

 果たしお孝倪郎は䌚堎に来おいるのだろうか。俺の目では確認できおいないが、ここにいるこずを願うばかり。そしお姉貎の歌を聎いお、少しでも考え改めおくれれば、ず思う。

 それにしおも、デビュヌしおから䜕十幎も経぀ずいうのにこれほどの人を集められるなんお、我が姉ながらあっぱれずしか蚀いようがない。それもこれも、姉貎の生み出す歌詞ず歌唱力の高さ、そしお䜕より情感のこもった歌いっぷりの賜物なのだろう。

 歌手レむカの時の顔や声は、俺の姉貎、氎沢麗華のものずはたったく違う。たるで䜕かが乗り移ったかのような神々しささえある。それを「プロ」ず蚀うのなら、姉貎は玛れもなくプロだず蚀えよう。

 同じプロでも、野球しごずに察する貪欲な姿勢がプラむベヌトにたで及んでいた孝倪郎は、俺の䞭では最䞊玚のプロだった。人によっおは「仕事の鬌」だず蚀うかもしれないが、野球に浞っおいるずきの孝倪郎は、俺には掻き掻きしお芋えた。䞖話奜きな母芪に身の回りのこずをすべお任せ、野球に専念できる孝倪郎がかなり矚たしくもあったが、掻躍し続けるあい぀の友人であるこずを俺は誇りに思っおいた。

 こうしお考えおみるず、俺は「ただの孝倪郎」ではなく、「野球人・氞江」ず友人でいたいんだろう。そりゃあそうだ。だっお俺ず孝倪郎ずを繋いでくれたのは野球なんだから。

 ――銬鹿ねぇ、そんなのがなくたっお、コりちゃんずはちゃんず付き合えるくせに。

 聞こえるはずのない、姉貎の声が聞こえた氣がした。慌おおかぶりを振る。が、奥底にしたい蟌たれおいたはずの叀い蚘憶がおがろげによみがえっおくる。䞭孊生のある時期、䞀緒に生掻しおいた際の蚘憶――掃陀ひず぀たずもにできないくせに、プラむドが高いから自分でやろうずするんだけど、案の定倱敗しお恥ずかしそうに笑う、人間くさい「ただの孝倪郎」の姿――だ。

 もしかしたら俺は、䜕十幎も完璧な氞江孝倪郎を芋おきたから、どこかであい぀のこずを「スヌパヌヒヌロヌであっお欲しい」ず望んでいるのかもしれない。ずば抜けお栌奜いい、俺の理想の男であり続けお欲しいず  。

分かっおる。分かっおいるさ  

 ぀たるずころ、俺は野球人・氞江が奜きなんだ。あい぀のファンなんだ。だから野球から退いお欲しくないず、あい぀の新しい人生にケチを぀けおいるんだ。

こんな男が、あい぀の友だちだっおよ  。そんな資栌、あるのかよ  

 第䞀線で掻躍し続けたにもかかわらず、あっさりずその地䜍を捚おお別の人生を歩み出せるあい぀が単玔に矚たしい。いや、俺はい぀だっお矚むだけ。たねごずをしおみおも越えられないどころか、けなしおすらいる  。

野䞊、か  

 孝倪郎が゚ヌスピッチャヌの本郷ほんごうではなく、胜力的には平凡に芋えた野䞊路教のがみみちたかを次期キャプテンに任呜したずきは本人を含む党員が驚いおいたが、孝倪郎に生きる垌望を䞎えるきっかけを䜜ったのが野䞊なのだずしたら、やはりあい぀にはキャプテンを任せるだけの玠質があったのだろう。

 野䞊や倧接が垌死念慮をも぀孝倪郎を説埗したのは確かだし、よくやった、ずも思う。それでも玠盎になれないのは、あい぀らが孝倪郎を誘惑したような感じがするからだろう。

あい぀らだっお、野球人・氞江孝倪郎を尊敬しおいるんだろうに  。なぜ野球から匕き離そうずするのか  

 俺は家庭を持っおも自分のやりたいこずを諊めなかった。生涯、野球に関わっおいくず決めお今日たで生きおきた。俺でもそうなんだから、孝倪郎なら尚のこずだろうず思うのに、あい぀は別の道を歩み始めようずしおいる。理由は聞いた。が、䜕床考えおみおも玍埗できないのだ  。

 自分の氣持ちに折り合いを぀けるためにも、孝倪郎ずはもう䞀床きちんず話し合わなければいけない。ずこずん話し合っおもわかり合えなければ、残念だがそのずきはもう付き合いをやめるこずも考えなければならないだろう。



 姉貎の最埌の歌が終わり、予定されおいたミニラむブは終了した。聎衆はぞろぞろず䌚堎をあずにし、街ぞず繰り出しおいく。俺はしばらくの間、散り散りになっおいく人々の波を劚げる杭のように立ち尜くしおいた。

「いいですね じゃあ、みんなで先茩の郚屋に行きたしょう」

 がんやりしおいるず、聞き芚えのあるデカい声が耳に飛び蟌んできた。ハッずしお声のした方を芋る。ず、人の波間からわずかに肩車をされた幌児の姿が芋えた。

あれは確か、野䞊の孫  

 グラりンドの端にいおもはっきり聞こえるほどの声量を持぀野䞊の顔が目に浮かんだ。そうだ、今の声は野䞊のもの。

あい぀今、先茩の郚屋に行こうっお蚀ったか   先茩っお、孝倪郎のこず  

 俺は幌児を芋倱わないよう必死で远いかけた。雲が晎れるように人々が散っおいくず、幌児を肩に乗せた父芪らしき男性の隣に先日芋かけた若い母芪、そしおやはり野䞊ず孝倪郎の姿がみえた。

来おいたんだな  

 圌らが向かう先には、駅そばに立぀高玚マンションがある。俺は人混みに玛れながら埌を远った。



 ぀けおいるこずが知られないよう、少し距離を空けお远跡しおいたら、オヌトロックされたドアの前で足止めされおしたった。圓然のこずながら、孝倪郎ほどの有名人が郵䟿受けに名前を掲瀺するはずもなく郚屋番号は分からずじたい。

くそっ、䜏んでいるマンションは特定できたのに、䞭に入っお問い詰めるこずも出来ないのか  

 諊めお匕き返そうずしたそのずき、マンションに入ろうずする䜏人らしき女性がやっおきお目が合った。

「あっ」

 俺たちは互いに声を発した。

「春山 なんでここに」
「氎沢みずさわ先茩 どうしおこんなずころに」

 䞀目芋おすぐに分かった。圌女が高野球郚のマドンナ、春山詩乃はるやたしのだずいうこずは。本郷ず結婚しおいるからもう春山姓ではないが、仲間内で話題にするずきはみな旧姓で呌んでいる。

 春山が俺の問いに答えるように先に口を開く。

「私、ここのマンションに䜏んでるんですよ。祐茔も䞀緒です。今ちょうどレむカの歌を聎いおきた垰りなんですけど、たさか、レむカの匟である先茩に䌚うなんおびっくりです」

「えっ、春山も姉貎の歌を聎いおきたのか」

「じゃあ先茩も   っお蚀うか先茩、どうしおこのマンションの前でうろ぀いおたんですか 祐茔に甚でも」

「いや  。甚があるのは孝倪郎の方だ」

 春山はハッずした。

「  もしかしお、䟋のクラブの件 だったら、祐茔から聞いおたす。先茩が、氞江さんのやろうずしおいるこずに猛反察しおるっお」

「ああ、そうだ」
 俺が倧袈裟にため息を぀いお腕を組むず、春山はマンションを芋䞊げた。

「立ち話もなんですから、うちに来たす 祐茔は仕事でいないんで、ゆっくり話せたすよ」
 圌女はそういうなり、専甚キヌでオヌトロックを解錠した。



 さすがは元プロ野球遞手の自宅マンション。䞊局階の郚屋は、子育おを終えた倫婊二人で暮らすには充分すぎる広さだった。

「以前䜏んでいた郜内のマンションよりずっず階局は䜎いけど、私たち、この近くのマンションで生たれ育っおるんで、芋える景色が懐かしくお。よくベランダから倖を眺めおるんですよ」

 思いきっお匕っ越しを決めお正解でした、ず蚀っお春山は笑った。「コヌヒヌを淹れたすから、゜ファに座っおお䞋さい」ずいうので、その通りにする。が、孝倪郎ず話す぀もりでマンションを蚪れた俺だ。萜ち着くはずもなく、キッチンに向かった圌女に話しかける。

「春山はどう思っおんの 旊那ず孝倪郎が始めようずしおるクラブのこず」

「そのこずなんですけど  。実は私、あんたり乗り氣じゃないんです」

「えっ  。おっきり春山もクラブに携わっおるものず思っおた」
 俺が蚀うず圌女は䞀床口を぀ぐみ、コヌヒヌドリッパヌに目を萜ずしおお湯を泚ぎはじめた。

 圌女が沈黙しおいるあいだに郚屋の䞭を芋回す。ず、壁には圌女ら息子二人ず嚘がナニフォヌム姿でにこやかに笑う写真が䜕枚もかかっおいた。

 圓然ず蚀えば圓然だが、圌女らの䞉人の子どもは党員プロ野球遞手ずしお掻躍しおいる。長男の創倪は昚幎ベストナむン賞を、次男の圭二郎もゎヌルデングラブ賞を莈られるほどの実力者。たた、末嚘のあさみは女子プロで゚ヌスピッチャヌをしおおり、今幎は確かキャプテンも務めおいるはずだ。

 嚘が自分ず同じ道を歩んでくれるなんお、俺には想像もできない。本郷のや぀はうたくやったな、ず思う。いや、同性の春山がうたいこず蚀っおやったのかもしれない。

 あれこれ想像を巡らせおいるず、春山がコヌヒヌカップの茉ったトレヌを運んできた。
「私も䞀応、元球児ですから。子どもたちもプロ遞手ですしね」
 コヌヒヌカップをロヌテヌブルに眮いた圌女は、俺が芋おいた写真に目を移した。

「正確に蚀うず、反察したんです。『みんながたんなか䜓操クラブ』のこず。だっお、氞江さんに憧れお野球を始めた人はたくさんいるし、盎接指導されれば䌞びる子だっおいるはずでしょう プレむダヌでいられなくなったら野球人生を終えおもいいずさえ思っおいた圌ですから、指導者には魅力を感じないのかもしれたせんが、真のプロなら自分の技術や理論を埌生に䌝えるべきだず思うんです」

 春山の蚀葉に俺は激しく同意し、䜕床も銖を瞊に振った。たさか圌女が俺ずたったく同じ考えを持っおいるずは。春山は続ける。

「  あの人、野䞊の姪っ子のめぐさんに䞀目惚れした蟺りから倉わっちゃったんです。死のうずいう氣持ちがなくなったずころたではよかったんですが、野球人ずしおの芇氣もなくなっおしたっお  。それだけじゃありたせん。以前は、䜕も出来ない圌の代わりに私が家のこずもしおいたんですが、最近はめぐさん宅に出入りしおいるせいで私の出番はなし。それも䜕だか寂しくお、蚀い方は悪いけど若い子に浮氣された氣分なんですよ」

 俺は自分の考えが間違っおいなかったず知っお嬉しくなった。俺が思っおいたこずを春山が党郚代匁しおくれたのだから。

「それだけのこずを思っおいるなら蚀えばいいじゃないか、孝倪郎に」

「  以前なら聞いおもらえたかもしれたせんね。だけど、今は無駄です。私より、めぐさん家族の蚀葉の方がずっず圌には響くみたいですから」

「そんなにすごいのか、野䞊の姪っ子っおのは」

 蚀っおから、倧接の店でめぐさんを芋た瞬間に砎顔した孝倪郎のこずを思い出した。あのずきは驚きの方が勝っおいたから氣づかなかったが、なるほど、冷静に考えおみればありゃあ恋する男の顔だったわけだ。

 春山は俺の察面に座り、コヌヒヌをすすった。そしおため息を䞀぀吐いた。沈黙を埋めるように俺もコヌヒヌを飲む。その瞬間、あるこずを思い぀いた。

「  䞀緒にやらないか。野球人の育成を」

「えっ」

「孝倪郎の説埗はあずだ。俺はいた感動しおいる。春山が俺ず同じ意芋だっおこずに。  春山もやりたいんだろう 野球人の育成を。さっきの話しぶりからひしひしず䌝わっおきたぜ」

「あヌ  」
 圌女は恥ずかしそうにう぀むいた。

「これは祐茔にも蚀ったこずがないんですが  そうですね。やっおみたいっお氣持ちはずっず持っおたす。仮にも子ども䞉人をプロ野球遞手に育お䞊げおたすから、私なりのやり方や知識は持っおる぀もりです」

「だろうな。本人の努力や玠質はもちろんだが、家族のサポヌトもプロの育成には倧事な芁玠だ。それを春山が指導しおくれれば鬌に金棒。すんげえ育成機関が出来䞊がるはずだ」

「わぁ   考えただけでわくわくしたすね」

「だろう 前向きに怜蚎しおみおくれないか」

「はい。  っお蚀うか私、やっおみたいです。先茩ず䞀緒に。いえ、やらせおください」

「決断早えヌな」

「あはは  。私、やりたいず思ったこずは党郚やるっお決めおるんです。先延ばしにするこずで、できなくなっちゃうこずや、䌝えられなくなっちゃうこずっおあるじゃないですか。そう蚀うの、嫌なんです」

 その蚀葉を聞いお思いだした。ずうっず昔、本郷ず春山が付き合うきっかけを䜜ったのは、本郷がバッタヌの打球を頭に受けお倒れたずきだった、ず。幌なじみの二人は想い合っおいたが、「死」が脳裏をよぎったずき、互いに氣持ちを䌝えおいなかったこずを埌悔したのだず、結婚披露宎で聞いた。

「よっしゃ 俺も䜕だかやる氣がみなぎっおきたぜ。俺の蚈画、聞いおくれる」

「ぜひ聞かせお䞋さい」
 春山は目を茝かせ、前のめりになった。俺は本来の目的も忘れお枩めおいた蚈画を語り始めた。


8悠斗

 今日の孝倪郎さんは機嫌がいいらしく、昌から䞀杯匕っかけようずおれたち党員を自宅マンションに招埅した。圌は、買い出しに行くず蚀ったニむニむを制し、冷蔵庫を開けるよう指瀺した。䞭にはビヌル瓶が䜕本も冷やしおあった。

「野䞊クンがい぀来おもいいように、これだけは準備しおあるんだ」

「  やっぱりあの日のこず、根に持っおたせん」

「僕は楜しく飲みたいだけなんだが  。そんなにビヌルかけを䜓隓したいなら倧接クンに頌んで店を貞し切りにしおもらおうか」

「いいえ   せっかくのビヌルがもったいないんで、やめずきたす  」

 二人の間で『あの日のこず』ず蚀えば、ニむニむが孝倪郎さんの目を芚たさせるために、酔った勢いでビヌルをぶっかけた出来事を指す。もう䜕幎も前の話だし、孝倪郎さん自身はたったく氣にしおいない様子だが、ニむニむはビヌルず聞くずそのこずを思い出すらしい。

 ニむニむはビヌル瓶を取り出しお栓を抜くず、食噚棚から適圓なグラスを出しお぀ぎ始めた。それを芋た翌が慣れた手぀きでスマホから軜食のデリバリヌを頌み始める。圌らに諞々のこずを任せたおれは、たなず䞀緒に゜ファに腰を䞋ろした。

 䜕床かここぞ遊びに来おいるたなは誰よりも萜ち着いおいる様子だ。そのうちに゜ファから降りお宀内を歩き始めたかず思うず、孝倪郎さんがたなのためにず買っおくれたおもちゃのピアノで遊び始めた。

 独身男性の家に幌児甚のピアノが眮いおあるなんお、事情を知らない人が芋たらびっくりするに違いないが、それだけ孝倪郎さんにずっおたなの存圚が特別であるこずを物語っおいる。たながピアノで遊び始めたのを知るず、孝倪郎さんは満面の笑みを浮かべた。

「  そうだ、翌クン。䞀぀歌っおくれないか。麗華さんの歌を。どれでもいい。もう䞀床聎きたくなった」

 圌の蚀葉に、たなを陀く党員が目を䞞くする。

「歌うのは構わないけど今日は俺、ギタヌを持っおきおないぜ」

「ギタヌはないが、そこに  おもちゃだがピアノがある。それで匟き語りすればいいだろう」

「マゞかよっ  」
 翌は䞀床頭を抱えたが、うろうろしながらブツブツ蚀い、指を動かし始めた。やがお「じゃあ『ファミリヌ』で」ず蚀うずおもちゃのピアノの前に座った。

 翌は鍵盀の䞊で指を動かしながら、レむカに負けない矎声で朗々ず歌う。䞀同の芖線が圌に集䞭し、郚屋は぀かの間コンサヌト䌚堎ず化した。

 匟き語りを終えた翌は「こんなちっちゃなピアノで匟ける俺っおすごくね」ず自画自賛した。本人が蚀うたでもなく、おれたちは圌を耒め称えるべく拍手を送った。

 するず突然、たなが䞍安げな衚情をしおめぐにしがみ぀き、倧声で泣きはじめた。

「あれ  。俺がピアノを取っちゃったからかな  。たな、ごめんよ。もう匟いおいいよ」

 翌は困惑しながらおもちゃのピアノを明け枡したが、たなが泣き止む様子はない。自分が抱っこしお泣き止たせようず手を差し出すも、めぐに拒たれる。なぜ泣いおいるのか、めぐには分かっおいるようだ。翌はうなだれながらおれの隣に座った。

「こういう時、母芪には敵わないなぁっお思うよ。ああ、もどかしい  」

「しかたがないさ。倚くの子どもにずっお母芪のそばは、䞖界䞭の誰よりも安心できる堎所だからな。お前だっお、めぐの隣が䞀番萜ち着くだろう」

「それ、そっくりそのたた返しおやるよ」

 やがお頌んでいた食事が届きランチタむムが始たるず、たなも萜ち着きを取り戻しおサンドむッチを食べ始めた。酒が入り、氣分が良くなった倧人たちは、そのうちにたなが泣いたこずさえ忘れおしたっおいた。



 家に戻るず、たな自身もすっかりい぀もの調子を取り戻し、笑顔になっおいた。

「おかえり、たなちゃん」
 留守番をしおいたオバアず、その䞖話をしおくれた地博に出迎えられる。二人は同じように目を现め、たなの盞手をし始めた。

「留守番、ご苊劎様。助かったよ」

 地博に瀌を蚀ったおれは、家族の脇を抜けお自宀に向かった。最近は、心臓の負担を避けるためにも時間があれば䌑むように心がけおいる。家族もそれが分かっおいるので、居間から去る姿を芋おも匕き留めるこずはない。

 ずころが、垃団に寝転がるず、少しだけ開いおいたドアから誰かが入っおきた。たなだった。

「どうした、䞀緒に遊ぶか」
 暪になったばかりだったが、起き䞊がっおたなを呌ぶ。たなは笑顔でおれの胞に飛び蟌んできた。

「おずヌたん。だいちゅき」

「    」

 あたりにも突然のこずに声を倱った。おれは倢を芋おいるのだろうか  。それずも酔っおいるだけなのか  。䞀床、自分の頬を叩く。それから目の前にいる子の瞳をのぞき蟌む。

「たな、今、おれのこず  」

「おずヌたん。たなたん、わかる」

 倢でも幻でもない。確かにたなは「お父さん」ず蚀った。のぞき返す瞳の奥に写るおれが、どういうわけか実幎霢より若く芋える。

「ああ  。分かるよ  。たなは  ここにいるのは間違いなくおれの嚘の愛菜だ。そう蚀いたいんだろう」

「ん」
 返事をしたたなは、おれの蚀葉のすべおを理解しおいるようだった。

「  っおこずは、たなには蚘憶があるのか。過去の、おれずの蚘憶が  」

 にわかには信じられなかった。再びこの䞖に生を受けるずきは過去の蚘憶がリセットされおしたう、ず愛菜自身から聞いおいたからだ。しかし過去の蚘憶を持ったたた生たれおきたのが事実なら、神様も粋な蚈らいをしおくれたものだ。

「  愛菜はおれずの思い出を䜜りに来たのか それずも野䞊たなずしお生き盎そうずしおいるのか」

 たなは銖をかしげただけだった。それよりも遊がう、ず蚀いたげな様子で服の裟を぀かみ、郚屋の倖に匕っ匵り出そうする。

 過去の蚘憶を持っおいるらしいたな。しかしそうず分かったあずであっおも、目の前にいる子どもを亡き嚘ずしおみるこずができなかった。おれを遊びに誘っおいるこの子は玛れもなく翌ずめぐの子、二歳になったばかりの「野䞊たな」なのだ。そしおおれは、その野䞊たなのもう䞀人の父芪ずしお二幎間生きおきたのだ。

 亡き嚘ずこの䞖で再䌚できたらさぞかし嬉しい氣持ちになるんだろうず思っおいた。なのに、この胞のざわめきはなんだ   この萜ち着かない感じはなんだ  

 戞惑うおれを䜙所よそに、たなは必死に遊びに誘いざなう。

「よぉヌし。鬌ごっこしよう。お父さんが鬌だ。行くぞヌ、埅おヌ」
 おれは出来るだけ明るい声で、笑顔を䜜っお鬌を挔じた。混乱の枊に飲み蟌たれないように。


9めぐ

 たなず鬌ごっこをしおいた悠くんは、廊䞋を二埀埩したずころで翌くんず亀代した。途䞭からはパパこず「アキ爺じい」も加わり、賑やかな鬌ごっこが続いおいる。

「  どうやらたなは、亡き嚘の生たれ倉わりらしい」

 私の隣に腰を䞋ろした悠くんが、賑やかな声にかぶせるように蚀った。反射的に声を発しかけたが、唇に人差し指を圓おられたので、急せく氣持ちをぐっず抑え぀ける。

「  もしかしお、䜕かしゃべったの」
 なんずか冷静さを保ったたた小声で蚀うず、悠くんもささやくように耳打ちする。

「さっきおれの郚屋で『おずヌさん、だいすき』っお蚀ったんだ。それだけじゃない。たなは数少ない蚀葉を駆䜿しお、自分がおれの嚘の愛菜だっおこずを䌝えようずしおいるみたいだった」

「  じゃあやっぱり、朚乃銙が蚀っおたこずは本圓だったんだ」

 先日圌女が、もうすぐ話せるようになるず神様が蚀っおいる、ず神瀟の神朚の前で蚀っおいたのを思い出す。

 翌くんがレむカの曲を匟いたあのずきも、䜕かを蚎えたくお泣いおいるんだろうず思ったが、やはり  。

「よかったね、悠くん。愛菜ちゃんずの再䌚が叶っお」

 嚘の䞭に前䞖の蚘憶が残っおいるず聞いおちょっず耇雑な氣持ちにはなったものの、それを望んでいた悠くんにずっおは朗報だろうず思っおそう蚀った。

「ああ  」
 が、圌の反応はいたいちだった。

「  嬉しくないの」

「もちろん嬉しいよ。  なぁ、あずで春日郚神瀟に行かないか しゃべったこずを神様に報告しおおきたいんだ」

 そう蚀った蚀葉に力はなかった。が、わたし自身も神様にはお瀌が蚀いたいず思っおいたので同意する。朚乃銙の蚀うようにたなが神様の申し子なら、今床はもっずはっきりずした倉化が芋られるかもしれないずの思いも少なからずあった。

「䜕をこそこそ話し合っおんだよ。俺をのけ者にするなんお癟幎早いぜ」
 ささやきあっおいるず、たなを捕たえたらしい翌くんがやっおきた。圌は倧あくびするたなの背䞭をトントン叩き、昌寝に導いおいる。

「  たなが悠くんのこずを『おずヌさん』っお呌んだっお」

 わたしが耳打ちをするず、圌は「  そっか。悠斗には、しゃべったのか  」ず、蚀っお耇雑な衚情を浮かべた。

「あずで春日郚神瀟にお瀌参りに行こうず思っおるんだけど、翌くんも行く」

「もちろん、行くさ。たなが急にしゃべったのが神様の仕業なら、ちゃんず瀌は蚀っずかないずな」

「神様の仕業、か  」
 ぜ぀りず呟いた悠くんの衚情は物憂げだった。



 日が傟くのを埅っお、わたしたち四人は春日郚神瀟に赎いた。倕日を济びる新緑が目にたぶしい。オレンゞ色の朚挏れ日がたるで神の降臚を物語っおいるようにも芋えた。

 本殿に向かうず、神瀟の宮叞である朚乃銙のお母さんが立っおいお、わたしたちを芋るなり䌚釈した。

「お埅ちしおおりたした」

 誰も驚かなかった。以前にも、わたしたちがここに来るず事前に知っおいたこずがあったからだ。神様からの知らせを受けおのこずなら、なぜ蚪れたのかも知っおいるのかもしれない。

「嚘さんのこずですね ずうずう蚀葉を発したのでしょう」
 案の定、朚乃銙のお母さんは事情を知っおいた。

「はい。それもこれも神瀟ここの神様のおかげです。ありがずうございたした」

 先日、朚乃銙ずここぞ来た際の出来事を頭に思い浮かべながら蚀ったわたしに察し、朚乃銙のお母さんは銖を暪に振る。

「いいえ。ご神朚さたは決たっおいた未来を䌝えただけです。実際に蚀葉を発するに至ったのは、その子自身が匷く願ったがゆえのこず」

 朚乃銙のお母さんはわたしに歩み寄るず、腕に抱くたなの頭にそっず手を茉せた。そしお䜕かを受信するかのように目を぀ぶる。朚乃銙のお母さんは、しばらくそうしたあずで再び口を開く。

「  鈎宮さんの呜を救った魂は、再び父芪ず話すこずを匷く望んでいるようです。しかし、本来ならば消えおしたうはずの蚘憶を残しお欲しいず神に頌み、察䟡ずしお蚀葉を封じられおいたようですね。  鈎宮さんの呜を救った魂は問いかけおいたす。このたた、たどたどしい発話しかできなくおも過去の蚘憶を残すこずを願うか、過去の蚘憶を倱う代わりに他の子ず同様に話せるようになるこずを望むか  」

「それは本圓に愛菜が  おれの亡き嚘が望んでいるこずなんでしょうか   おれが、、、そのどちらかを遞ばなければいけないんでしょうか  」
 悠くんは䞍安げに蚀った。朚乃銙のお母さんは優しく声をかける。

「時間がかかっおもいい。どちらを遞んでもあなたの決定に埓うず、この子は蚀っおいたす」

「    」

「倧倉な重責を負ったず思われるかもしれたせんね。ですが、亡くなった嚘さんに䌚ったら䜕を話したいず思っおいたのか、もう䞀床よく考えおみおください。答えはそこにあるはずです」

 悠くんは答えなかった。わたしも翌くんも文字通り蚀葉を倱った。ただのお瀌参りの぀もりが思いがけない方向に話が進んでしたったこずに、わたしたち党員が戞惑っおいる。

 ――愛菜ちゃんずの再䌚を埅ち望んでいた悠くんだもの。遠慮などせず、亡き嚘さんずの思い出を語り合えばいいじゃない

 善人ぶったこずを蚀う自分がいる䞀方、別のわたしは冷静な口調で蚀う。

 ――悠くんは、今はこの子のもう䞀人の父芪でしょ だったら、この子の未来のためにも過去にすがるのはやめお、珟実を芋お。

 翌くんの意芋はきっず埌者だろう。わたしの本音も䞀緒だ。が、即決できないらしい悠くんを前にしお、自分の考えを䌝える氣にはなれなかった。黙するわたしたちに朚乃銙のお母さんが蚀う。

「焊る必芁はありたせん。時が満ちれば、自ずず最善の道ぞず導かれるはずです。それでも、䞍安になったり迷ったりしたずきはここを蚪れお䞋さい。私はい぀でもあなた方を埅っおいたす」


10翌

 たなが悠斗の亡き嚘さんの生たれ倉わりだったらいいな、ず思い぀぀も、やっぱりたなは俺ずめぐちゃんの遺䌝子を持぀唯䞀無二の存圚なのだず、心のどこかで確信しおもいた。だから実際、䞍思議な因果によっおそれが珟実に起きたのだず聞かされお困惑しないはずがなかった。

 だけどそれは悠斗も同じらしいず知っお䜙蚈に戞惑っおいる。䞉人の䞭で圌が䞀番それを望んでいたはずなのに、今の圌はたるで俺ず出䌚っお間もない頃のような青癜い顔をしおいるからだ。高野さんに蚀われたこずが䜙皋ショックだったのだろうか。

 䞖の䞭には知らない方が幞せなこずもあるず蚀うが、今回はそれを実感しおいる。䞉人ずも、だ。無邪氣なたなのように、目の前の出来事を玠盎に喜べたらどれほど幞せだったろうか  。

 家に垰る道すがら、おずヌたん、おずヌたんず蚀いながら歩くたなずは察照的に、ひず蚀も発しない俺たち。たるで立堎が逆転したみたいだった。



「䞉人しおどうしたの 神瀟に行っおきたにしおは、ずいぶん暗い顔をしおいるようだけど  」

 できるだけ明るい顔で家に垰ろうず瀺し合わせたにもかかわらず、祖母ず留守番をしおいたアキ兄は俺たちの異倉に氣づいおしたったようだ。しかし、どう説明しおいいかも分からずに俺たちは黙りこくった。

 悠斗の亡き嚘、愛菜ちゃんを巡る諞々の話は䞉人だけの秘密にしおある。俺自身は、こずのすべおを打ち明けおも構わないず思っおいるが、仮に䞀から話すずなれば膚倧な時間が必芁になるだろう。

「いや、なんでもない。  ちょっず疲れただけだ。悪い、郚屋で䌑たせおもらうよ」

 圓の悠斗は説明を避け、逃げるように自宀にこもっおしたった。めぐちゃんも氣たずい空氣に耐えられなくなったのか「たな、おむ぀替えよう」ずいっお郚屋を出お行った。

「  た、ずにかく食事の支床だ。腹が枛っおは戊はできぬっお蚀うしな」
 せめお俺だけは普段通りを心がけようず、台所ぞ向かいかける。そのずき、アキ兄に呌び止められた。

「翌くんの耳に入れおおきたいこずがある。おばあちゃんのこずで」

「えっ、なになに  」
 深刻そうなアキ兄の顔を芋お嫌な予感がした。䞍安を悟られないように返事をした぀もりだったが、声に衚れおいたのか、圌は小さく頷いた。

「  おばあちゃんの食欲が倱せおいる。いろいろ工倫したけど食べたくないらしい。普段のおしゃべりも今日は控えめだった。  ここ最近の様子はどうだったか、教えおもらえるかな」

「    」
 蚀われおみれば、ここ数日の食事は普段よりも少ない量で満足しおいるようだった。ずはいえ元氣そうに芋えおいたし、あたり氣にしおいなかったのだが  。

 そのこずを告げるずアキ兄は腕を組んで唞った。
「  お医者さんに蚺おもらおう。僕らでは正しい刀断ができない」

「それっお  」

 死、ず蚀う蚀葉がよぎる。だがアキ兄は明蚀を避けるように「今はただ答えを出す時じゃない」ず厳しい顔぀きで蚀うだけだった。

「めぐちゃんや悠斗には  」
 別宀にいる圌らにも䌝えるべきかどうか打蚺する。

「二人はおばあちゃんのこずずなるず感傷的になりやすい。やはり医者に蚺せおから䌝えた方がいいず思う」
 アキ兄は衚情を厩さずに蚀った。

「仕事の調敎が぀きそうなら、連䌑明けにでも病院に連れお行くよ。䌑めなければ兄貎に頌んでみる。翌くんたちは、詳しいこずが分かるたでは普段通りの生掻を。おばあちゃんの食事に぀いおは本人に聞きながら甚意しおあげお」

「分かった  」

「  今日は自宅に戻る぀もりだったけど、泊たっおいこうかな。君たちも君たちで䜕やら問題を抱えおいるようだし、僕が残った方が䜕かず郜合が良さそうだ」

 アキ兄はそういうず、俺の返事も埅たずに自宅に電話をかけ始めた。そこぞめぐちゃんがたなず䞀緒に戻っおきた。

「  アキ兄、今日は泊たっおくっお。俺たちのこずが心配らしい」
 俺は慎重に蚀葉を遞んで䌝えた。めぐちゃんは衚情を曇らせる。

「  パパにたなのこず、話したの」

「たなのこずは関係ない。そうじゃなくお  悠斗の様子からマズい空氣を察したみたいだ。悠斗は介護の頑匵りすぎで倒れたこずがあるし、アキ兄なりに氣を遣っおくれおるんだず思う」

「なるほど  。悠くん、倧䞈倫かなぁ  」

「心配は心配だけど、こればっかりは悠斗の問題だ。俺たちは芋守るしかないよ」

 うわさ話をしおも圌が郚屋から出おくる氣配はない。家に着くたでずっず「おずヌたん」ず繰り返しおいたたなも、垰宅埌からは口を぀ぐんだっきり。たるで、悠斗の前でしか話さないぞ、ず決めおいるかのようだ。

 俺はきょずんずしおいるたなの目をのぞき蟌み、心の内で蚀う。

たな  。前䞖での父芪が悠斗なのは分かる。だからっお、悠斗の決定ならどんなこずでも受け容れる、でいいのかよ   それ以前に今のお前の芪は俺たちだぜ 俺たちの氣持ちは党無芖っお、あんたりじゃねえの

 我が子ずはいえ、たた幌子ずはいえ、少し腹が立った。いや、腹を立おるべきは「たな」ではなく「愛菜ちゃん」だっおこずは分かっおる。悠斗の氣持ちを考えるず䞀方的に怒れないこずも  。俺は行き堎のない怒りに堪たえるしかなかった。


11.孝倪郎

 むンタヌフォンが鳎った。先に垰った䞉人が忘れ物でも取りに戻っおきたのかず思い、軜い氣持ちで玄関ドアを開けるず、そこに立っおいたのは厳いか぀い顔をした庞平ず春山クンだった。

 なぜ二人が䞀緒に   混乱しおいるず庞平は「邪魔するぜ」ず蚀っお勝手に䞊がった。春山クンも、意味ありげな芖線を向けお僕の暪を通り抜ける。

「げげっ、氎沢みずさわ先茩 え、春山も」

 リビングの゜ファで飲み盎す準備をしおいた野䞊クンは、二人の姿を芋るや驚きの声を䞊げた。が、すぐに状況を理解したのか、立ち䞊がっお春山クンを睚み付ける。

「これは䞀䜓どういうこずだよ ちゃんず説明しおくれ」

「説明も䜕も  。私は氎沢みずさわ先茩の考えに賛同したからここぞ来た。それだけのこずよ」

「あれっきり䜕も蚀っおこないから、おっきり分かっおくれたもんだず  」

「私は持論を曲げる぀もりなんおない。勝手に同意したず思っおいたなら、おあいにく様ね」

「    」

 野䞊クンは怒りに震える拳の行き堎を探しおいるようだった。もし盞手が圌女じゃなく庞平だったら、酔った勢いに任せお拳を突き出しおいたかもしれない。

「君は䞋がれ。僕が匕き受ける。けが人は出したくない」
 僕は圌らの間に入り、やっおきた二人ず正察した。
「話し合いになら応じる」

「端からその぀もりだ。こっちだっお出来れば、、、、喧嘩はしたくねえ」

「それは助かるな。  で、甚向きは」

 話を促すず、庞平は僕を睚み付けお蚀う。
「無論、お前の銬鹿げた蚈画を止めに来た。レむカの歌を聎けば少しは野球をしおいた頃の氣持ちを思い出すんじゃねえかず期埅したが、その考えは甘かったようだ」

「やはりいたのか、あの䌚堎に。確かに麗華さんの歌はよかったし、感動もした。が、それだけだ。僕の考えは埮塵も揺らがない」

「ちっ  」

「君の蚀葉から察するに、麗華さんにあの䞉曲を歌わせたのは君なんだな  。僕を説き䌏せるために  」

「ああ、そうだ」

「なぜ、そこたでしお  」

「それがお前のためだからだよ」
「それがあなたのためだからです」

 僕の問いに二人は同時に答えた。

「おう、春山。蚀っおやれ」
 庞平が指瀺するず、圌女は䞀歩僕に近づき、思いを吐き出し始める。

「なぜ私がこんなこずを蚀うか、分かりたす   尊敬しおいるからです。憧れおいるからです。私だけじゃない、祐茔も、子どもたちも、氎沢みずさわ先茩も、野球人・氞江孝倪郎が奜きなんです」

「春山クン  」

「私、誇りに思っおたんです。誰もが憧れる氞江孝倪郎のそばにいられるこずを。身の回りの䞖話をさせおもらえるこずを。そしお䜕より、子どもたちの野球の手本ずなっおくれたこずに感謝しおいるんです。子どもがプロの䞖界で掻躍しおいるのは氞江さんのお陰だず蚀っおも過蚀ではありたせん。  私はその指導力を未来の野球少幎少女たちにも発揮しお欲しいず思っおいたす。せっかく胜力があるのに、埋もれさせおしたうなんおもったいなさ過ぎたす クラブのこず、どうか考え盎しおください。お願いしたす」

 圌女は深々ず頭を䞋げた。

「これで分かったろ、孝倪郎。お前の才胜を掻かしお欲しいず願う人間は俺だけじゃないっおこずが。  惚れちたったのかもしれねえが、䞀人二人のおんな子どものために残りの人生を捧げるなんお銬鹿げおる。噚の倧きい人間は、最埌の最埌たでそれに芋合った生き方をするべきなんだよ」

 庞平はそういうなり、床に眮いおあったおもちゃのピアノを足蹎にした。その瞬間、僕の䞭で䜕かのスむッチが抌され、氣づけば庞平の胞ぐらを掎んでいた。

「僕のこずを吊定するのは構わない。が、僕の倧切な人たちを傷぀けるような発蚀や行動には我慢がならない。今すぐ蚂正しろ、今すぐに  」

「そう、その目だよ、孝倪郎。その闘志に満ちた目぀き。絶察に蚱すもんかず食っおかかる、血氣あふれる態床。今のお前からこがれ萜ちおしたった戊う氣力を呌び戻せ」

 なるほど、庞平が挑発しおきたのはそのためか。圌の意図が分かったら途端に怒りが収たった。䞀呌吞眮き、冷静になる。

「君は僕に、䞀生冷血な戊闘マシヌンでいろ、ず   それが僕に課せられた䜿呜だずでも蚀う぀もりか  」

「そんなこずは蚀っおない。俺たちはただ、お前がこれたでの野球人生で培っおきた粟神や技術を埌茩たちに䌝えおほしいだけだ。なぜそれが分からない」

「逆に問う。なぜ僕でなければならないんだ 技術の継承が目的なら庞平にだっお出来るはずだろう なぜ僕に固執する」

「お前がプロの䞖界で長く掻躍しおきたからに決たっおるだろう 熟烈しれ぀なレギュラヌ争いで競り勝぀遞手を育成できるのは他でもない、元プロ野球遞手であるお前だけだ」

「  君は分かっおいない。野球ずいう、たった䞀本の綱にしがみ぀く生き方しか知らない人間にのしかかる恐怖がどれほどのものかを。  最近、氣づいたこずがある。い぀死んでもいいず蚀っおいたのは、野球人生を走りきったからだけではない。それ以䞊に、粟神的に远い詰められおいたからだった、ずね。  プレッシャヌをはねのけ、䞀番を目指し続けるこずは己を成長させるかもしれない。だが、生身の人間である以䞊、それを続けようずすればい぀か身䜓が悲鳎を䞊げ、䞍本意ながら死ぬこずになる。僕はそういう人間を量産する仕事に就きたくはない」

「だったらその粟神を子どもたちに䌝えればいいじゃないか」

「そう、それを䌝えるために発足させたいのが『みんながたんなか䜓操クラブ』だ」

「うっ  」

「庞平。野球にこだわるな。僕らの粟神は、野球ずいうスポヌツに䟝存しなくおも䌝えられる」

「や、野球にどっぷり浞かっおたお前がそんなこずを蚀ったっおなんの説埗力もねえよ」

 庞平は意地でも僕の考えを拒む぀もりのようだ。このたたでは平行線のたた。無駄な時間を過ごすだけだ。

「野䞊クン。悪いが庞平を説き䌏せおくれないか。やり方は君に任せる」
 
「えっ、おれ  」
 急に遞手亀代を告げられた圌は目を䞞くした。が、すぐに「しょうがないなぁ」ずいっお庞平の前に立った。

「  振り向かせたいのは分かりたす。だけど、この人はもうか぀おの氞江孝倪郎じゃない。䜕を蚀っおも無駄だず思いたすよ」

 庞平は眉を぀り䞊げた。野䞊クンは続ける。

「  そりゃあ、おれだっお最初は受け容れられたせんでしたよ。倉わっおいく圌のこずも、クラブのこずも。だけど、圌に生きお欲しいず願ったのは他でもない、おれ自身だし、圌が新しい人生を歩み出そうず決意したなら応揎するのが筋だろうず思い盎したしおね」

「  どうしおそう、あっさり割り切れるんだよ 仮にもお前は孝倪郎からキャプテンを匕き継いだ男。生粋の球児じゃねえのかよ」

「キャプテン時代の苊い経隓があればこそ、です」

「    」

「あのずきのおれは䜕もかもを䞀人で背負いすぎおいたした。誰にも盞談せず、䞀人で悩んでは倱敗し、たた悩み  を繰り返しおいた。そんなおれに、匟が蚀ったんです。今の兄貎は、仲間がいるのに自分䞀人で䜕ずかしようず動き回るキングのようだ。党䜓を芋ればもっずいい策はあるんじゃないのか、ず。  野球のやの字も知らない匟ですが、チェスを䟋にしお、おれの芖野が狭くなっおいるこずに氣づかせおくれたんです。それからですよ、䜕かに行き詰たったずき高い芖点から物事を芋る癖が぀いたのは」

「    」

「だたされたず思っお䞀床、野球の倖に目を向けおみおください。目指しおいるものが同じだず氣づくはずですから。  圌が生きるこずを望んでいるなら応揎しおください、新たな門出を。せめおそっず芋守っおください。お願いしたす」

「    」

「芋事。さすが、僕が芋蟌んだ男だ」

 庞平を閉口させた野䞊クンの匁舌に思わず拍手を送った。そうだ。僕にも圌にも、キャプテンを任されたからには結果を残そうず䞀人もがき苊しんだ時期がある。そしおそこから倚くを孊び、それを䞋地にしお人生を積み重ねおきたのだ。こうした経隓が掻かされる堎面はそう倚くないが、無駄になるこずは絶察にない。そのこずを野䞊クンは芋事に蚀語化しおくれた。

「ちょっず、先茩 蚀われっぱなしでいいんですか」

 ここたで黙っお聞いおいた春山クンがしびれを切らすように蚀った。反論できない庞平に代わり、今床は圌女がたくし立おる。

「分かっおないのは氞江さんの方です。球界を匕退したっおあなたの過去の偉業が消えるこずはないし、その名を告げれば倧抵の人は動く。そのくらい、あなたは今も圱響力を持っおいるんです。぀たり、そのあなたが野球人育成のために指導力を発揮するず蚀えば倚くの若者が集たり、優れた遞手が育ち、やがおは球界の発展に繋がるっおこずです。あなたの倧奜きな野球に恩返しが出来るっおこずです」

 たっすぐに僕を芋据える圌女の目には闘志がみなぎっおいた。それはか぀お䞀緒に甲子園を目指したずきに芋た、倢を远いかけおいるずきの目に䌌おいた。

「  君は叶えようずしおいるのか。これたでの人生で成し遂げられなかった倢を。僕の名を利甚するこずで」

「  利甚。ずいぶんな蚀い方ですね」

「吊定しないず蚀うこずは、事実なんだろう」

「  私は祐茔を応揎するこずで野球ず関わる道を遞びたした。その䞭で、幌い子どもたちに野球を教える楜しさを知ったんです。子どもが成長しおからも、い぀の日にか優れた野球遞手の育成が出来たらず倢芋おいたした。あわよくば祐茔や氞江さんず出来たらっお  」

「僕を頌っおくれるのは有り難いが、そういうこずなら倫である本郷クンに頌めばいい。圌だっお僕ず同じか、それ以䞊に名の知れた人物なのだから」

 思ったこずを䌝えただけなのに、圌女は急にむくれた。
「そ、そういうこずじゃありたせんっ   盞倉わらず女心が分からないんだからっ  」

「お、女心  」

 戞惑っおいるず、圌女は唇を噛みしめ郚屋を飛び出しおしたった。庞平は決たりが悪そうに、僕ず春山クンが出お行った玄関ずに目をやったが「今日はここたでだ」ずいうず圌女の埌を远った。


12庞平

 春山は玄関を出おすぐのずころで立ち尜くしおいた。泣いおいるなら声をかけない方がいいかもしれない  ず思ったが、「女心が分からない」ず蚀い攟った圌女の蚀葉が耳に残っおいた。少し離れたずころから「倧䞈倫か」ず声をかけるず、圌女は俺に聞こえるようにため息を぀いた。

「ばっかみたい  。あの人に察しおもらえるはずもないのに  」

「あい぀は、人の氣持ちなんおこれっぜっちも理解できない男だからな」
 俺が蚀うず、圌女は再びため息を぀いた。

「  もう䞀床ナニフォヌムを着お欲しいだけなんだけどな。  どう蚀えば私の思いが䌝わるんだろう」

「  今の蚀葉を䌝えればよかったんじゃねえの」

「  あはは。そうですよね」
 圌女はちょっず恥ずかしそうに笑った。

「氎沢みずさわ先茩も芋たいですよね ナニフォヌム姿で指揮を執る氞江さんを。絶察栌奜いいですよね」

「ああ。俺を含め、あい぀のファンはみんなそれを望んでるはずだ」

「ですよねっ」
 圌女は䞀瞬はしゃぐような仕草を芋せたが、すぐに目を萜ずした。

「  だけど、圌にずっお野球を続けるこずは、生きるこずであるず同時に呜を瞮めるこずでもあった、ず  。正盎、さっきの発蚀はショックでした  。圌の心の支えになりきれなかった自分に察しおも憀りを感じおいたす。  先茩。私たちのやろうずしおいるこずは間違っおいるんでしょうか  。真に圌のこずを思うなら野䞊の蚀うずおり、野球から離れる圌をあたたかく芋守るべきなんでしょうか  」

「どうだろうな  」

 曖昧な返事をしたものの、心は激しく揺れ動いおいた。孝倪郎のためだずいいながら、その実、自分のために成し埗たいだけなのでは   そのために孝倪郎を利甚し、せっかく生きようず決めたあい぀を再び死の淵に远いやろうずしおいるのでは   春山の問いは、そのたた俺の問いでもあった。

 俺はなんずか無い知恵を絞り、提案する。

「今考えられる案は二぀だ。ひず぀は、なんずしおも孝倪郎を説埗しお野球界に匕き戻す案。その堎合、孝倪郎の寿呜を瞮める責任を負う芚悟も必芁になるだろう。二぀目は、孝倪郎の説埗を諊めお俺たちの蚈画を進める案だ。たぶんこっちの方が珟実的だし、うたくもいくだろうが、ナニフォヌム姿の孝倪郎を芋る機䌚は氞久に倱われるだろう」

「そっか。氞江さんの野球界埩掻ず、元プロによる野球人育成機関の蚭立ず  。私たち、二぀の思いを䞀緒にしちゃっおたんですね。でも、分けるこずは出来る、ず  」

「芁は䜕を遞び取るか、だ」

 腕を組み、真面目に蚀った぀もりだったが、なぜか春山はくすりず笑った。
「  䜕がおかしいんだよ」

「すみたせん  。本圓に氞江さんのこずが奜きなんだなぁっお思ったら、笑いが蟌み䞊げおしたっお  」

「え」

「だっお今の案、どっちも氞江さんが絡んでるじゃないですか」
 蚀われおみれば確かにそうだ。俺は蚀葉に窮する。

「だったらもう、答えは出おるようなもんですよ。  氞江さんのこずを思うならやっぱり  」

 春山はそう蚀うず、もう䞀床笑った。
「  先茩。私、いいこずを思い぀いちゃいたした」

「いいこず  」

「はい。今先茩が出しおくれた二぀の案を䞡方ずも実珟させる方法を」

「䞡方実珟させる   どうやっお  」

「  堎所を倉えたしょう。その間にちょっず考えおみおくださいよ。分けお考える、がヒントです」
 春山は、戞惑う俺の姿を楜しむように蚀い枋った。



 ゚レベヌタヌで階䞋に降り、俺たちは再び街に繰り出した。マンションから歩くこず十分。小さな公園内で足を止めた圌女は、朚の䞋のベンチに腰を䞋ろした。

「  どうです 私の考えが分かりたしたか」

「いいや、お手䞊げだ。答えを教えおくれ」
 諞手を挙げるず、圌女はにやりず笑っお胞を反らした。

「たずは、氞江さん抜きで野球人育成機関を䜜るんです。やっぱりそれが珟実的です」

「えっ 孝倪郎抜きで」
 あっさりそう蚀われ、拍子抜けする。
「だけど、それじゃあ孝倪郎のナニフォヌム姿は芋られないぜ」

「はい。そこで提案するのが、氞江孝倪郎ファンクラブの蚭立です」

「ファンクラブ  」

 思いも寄らない発案に、驚きず戞惑い、そしお興奮を抑えきれなかった。思わず蟺りを芋回す。が、幞いなこずに公園には誰もいない。春山は俺の反応も予想した䞊でここぞ連れおきたのかもしれない。その蚌拠に圌女は浮぀く俺を嬉しそうに芋おいる。

「先茩、今、ワクワクしおるでしょ」

「いやぁ  。たさかそう来るずは思っおなかったから  。だけど、ありだなず思っおな」

「でしょう なにせ私たち、氞江さんのファンですもんね」

「  しかし、問題は圓人が銖を瞊に振るかどうかだな。あい぀がキャヌキャヌ蚀われるのを受け容れるずは思えない」

「遞手時代は、それも仕事のうちず割り切っおいたようですが  。それに぀いおはもう少し考えおみる必芁がありそうですね」

 二人の間で盛り䞊がっおるだけ、ずいえばそうだ。が、どういうわけか孝倪郎宅ぞ乗り蟌んだずきよりもずっず氣分が良かった。

 誰もいなかった公園に、ひず組の芪子がやっおきた。父芪らしき男性ず、姉効らしき女の子二人がグロヌブを携え、䞉人で茪になるように間隔を取る。父芪がボヌルを攟る。ず、幎長の女の子が先にキャッチしお投げ返した。続けお転がすように投げるず今床は幎少の子がそれを拟いに行った。

 そんな芪子の様子を春山は埮笑みながら芋おいる。
「  実はこの公園、私ず祐茔が幌い頃によく遊んでいた堎所なんです。あの芪子のように、父ず姉ず私の䞉人でキャッチボヌルをしおいた時期もあったっけ  」

「ぞぇ、お姉さんも野球の手ほどきを受けおいたんだ」

「姉は䞀緒に野球をやる友だちがいないのを理由にすぐ蟞めちゃいたしたけどね  。私が続けられたのは祐茔がそばで励たしおくれたから。運がよかったなっお思っおたす」

「なるほど。぀たり野球が奜きだからっお蚀うより、本郷が䞀緒だったから続けられた、っおこずか」

「そうかもしれたせん。  もっずも、楜しくやれたのは䞭孊たでで、高校ではすぐに根を䞊げおしたいたしたが  。さすがに男子の䞭でプレむし続けるのは䜓力的にキツかったですね」

「䞀床は蟞めたかもしれないけど、ちゃんず戻っおきたじゃん。よくやっおたよ春山は」

「本圓ですか だずしたらきっず『祐茔効果』ですよ」

 䜕床も飛び出す「祐茔」の名に、今床はこっちがニダ぀いおしたう。子䟛もずうに独立し圌女だっおいい幎になったずいうのに、倫のこずをこんなにも立おられるなんお。

「本郷のこずが本圓に奜きなんだな、春山は。あい぀が矚たしいぜ」

「あはは  。実は私、祐茔のファンでもあるので」

 それを聞いお腑に萜ちる。なるほど。だから本郷は今でもナニフォヌムを着続けおいるんだ。自身のファンである劻の期埅に応えるために。

「  あれ だけどいいのかよ 確か本郷は孝倪郎ず䞀緒にクラブ運営をしようずしおたよな 春山が野球人育成機関を蚭立しようっお話になったら二人は察立するこずに  」

 あたりのおしどり倫婊っぷりに感心しおしたったが、よく考えおみたらこれっお倫婊仲にヒビを入れかねない状況になっおないか   しかし春山は動じるこずなく「ここたで話を進めちゃったら芚悟を決めたすよ」ず明るい声で蚀った。
 
「今倜にでもきちんず話し合っおみたす。だけど、䞀人じゃ論砎できないかも。  あの、出来れば䞀緒に話しおもらえたせんか 先茩がいおくれればさっきみたいに蚀える氣がしたす」

「そりゃあ構わないけど  。俺ず話したのがきっかけで喧嘩になっお離婚した  なんおこずになるのは勘匁だからな」

「やだなぁ、それはないですっお。私たち、䜕幎䞀緒に暮らしおきたず思っおるんです」
 春山はそう蚀っお、心配する俺を笑い飛ばした。

「あ、そうだ。もし時間があるなら䞀緒にラゞオ聞きたせん 今日のデヌゲヌムは祐茔が解説しおるんですよ」

 スマホを取り出した圌女は、ラゞオアプリを起動しお野球䞭継を聎き始めた。ニコニコしながら聎く様子を芋るかぎり、二人の倫婊仲にヒビが入るこずはなさそうだ。安心した俺はラゞオの声に耳を傟けた。

 

13.悠斗

 ずっず倢に芋おきた。愛するたなにお父さんず呌ばれる日を。そう、それは倢。だから、焊がれ぀぀も心のどこかでは叶わないものず思い蟌んでいたし、思い出を倧切にしたっおおくような心持ちでもいたのだ。なのに  。

どうしお  おれにだけ語りかけたんだよ  。どうしおおれにお前の人生を蚗すんだよ  

 考えた末にたどり着いたのは、胎児だった愛菜がその呜ず匕き換えにおれを救っおくれた代償だ、ず蚀うこずだ。

 愛菜は自分の意志でおれを生かした。だから次はおれの意志でたなの生き方を決めろ。そう蚀われおいるずしか思えなかった。

 宮叞ぐうじの高野さんは、時が満ちれば最善の道に導かれるず蚀った。それは、い぀かおれの氣持ちが固たるずきが蚪れるずいう意味か。あるいは、おれやたなの意思に関係なく、時の経過が問題を解決するずいう意味か  。

 あれこれ考えおはみるものの、どれも憶枬の域を出ない。考え疲れたおれは苊々しい思いを抱いたたた垃団に寝転んだ。

どうしおこんなこずになったんだ  。神様は毎床、おれを振り回しおくれる  

 氣分が悪い。このたた少し眠っおしたおうか  。そんなこずを考えおいたずき、郚屋の戞を叩く音が聞こえた。

 たたしおもたなが   䞀瞬ドキリずしたが、盎埌に「悠斗君、入っおもいいかしら」ず声がした。どうやらオバアのようだ。

 珍しいこずもあるもんだ。おれは「今、開けたす」ず蚀っお起き䞊がり、戞を開けた。オバアだけかず思いきや、留守番ずいう圹を終えお垰ったはずの地博が付き添っおいたので面食らう。

「  お前、垰らなくおいいのかよ 映璃が埅っおるんじゃ  」

「君のこずが氣がかりでね。今倜は泊たっおいくこずにしたんだ。゚リヌにはもう䌝えおあるし、翌くんたちにも了解しおもらっおいる」

「  おれなら倧䞈倫だよ」

「  そんな思い詰めた顔でよく蚀うよ。ずにかく、今日はそうするっお決めたから」

「  そうか」

 無駄な抵抗はやめようず決め、玠盎に地博の氣持ちを受け容れる。ほっずした様子の地博は、ここでようやくおれの郚屋にやっおきた甚向きを䌝える。

「ずころで、母がどうしおも今、君ず話したいず蚀っおるんだけど、䜓調はどう」

「今  」

「母も悠のこずが心配らしいんだ。もっずも、長話になっお君を疲れさせるずいけないから、僕も同垭するずいう条件付きで蚪ねおきた蚳なんだけど」

「倧䞈倫よね、悠斗君」
 氣遣う地博の蚀葉などお構いなしずいった様子で、オバアはおれの手を䞡手で包み蟌んだ。

 その手は数幎前、オゞむの葬儀埌に握っおくれたのず同じ枩かさを持っおいた。が、そのずきよりも幟分力なく感じるのは氣のせいだろうか  。

「倧䞈倫。オバアの話なら喜んで聞きたしょう」

 おれが返事をするずオバアは「よかったわ」ず蚀っお笑顔を芋せた。おれは今し方寝転んでいた垃団を片付け、車怅子が入れるだけのスペヌスを確保した。

「狭いですけど」

「話が出来れば充分よ」

「あの  。それで、話っおのは」
 改たっお聞くず、オバアは「元氣を出しなさい」ず蚀っお、正座するおれの肩に手を眮いた。

「あなたはこうしお生きおるんだもの。心を蚱せる家族に囲たれおいるんだもの。だったら笑っおいなさい。たくさん食べおおしゃべりしお、毎日をしっかり生きなさい」

 なぜ急にそんなこずを   戞惑っおいるず、どこからずもなく颚が吹き蟌んできた。いや、颚のように感じられたものの正䜓は魂の姿のオゞむだった。オゞむがオバアの肩にそっず手を茉せる。ず、それに氣づいたかのようにオバアも自身の肩に手をやった。

「もしかしお、オバアにはオゞむの姿が芋えおる   っおこずは  」
 ここでようやくオバアの蚀葉の真意を知る。目が合うず、二人は同時に頷いた。

「そんな  。埅っおくださいよ。オゞむ、迎えに来るにはただ早いでしょう  」

「えっ、この郚屋に父さんが  」
 地博も動揺しお宀内を芋回す。
「  母さんはもう、死者の䞖界に足を螏み入れおるっお蚀うの そのたたあっちの䞖界に行こうっお蚀うの」

「おじいさんがわざわざ姿を芋せおたで迎えに来おくれたんだもの。これ以䞊埅たせちゃ悪いじゃない」

「オゞむのために自らの意志で死出の旅路に向かおうず  。そういうこずなんですか」

「自分の意志ずいうより、受け容れるずいった方が正しいかしらね。迎えに来たおじいさんの手を取る。そしお導かれる。自然な圢で」

 そのずき、おれの母芪が病床で愛菜の迎えをすんなり受け容れ、旅立った堎面を思い出した。オバアは続ける。

「わたしはおじいさんのいる䞖界に旅立぀だけ。すぐには䌚えない堎所に行っちゃうけど、い぀でも遊びに来るこずは出来る。だから䜕も悲しむこずなんおないのよ。  地博、こっちぞ」

 オバアに蚀われ、や぀はオバアの正面に回っおしゃがみ蟌んだ。

「地博。いろいろず氣を遣っおくれおありがずうね。人生の最埌にこの家でおしゃべりな孫たちず䞀緒に暮らせお毎日が本圓に楜しかったわ。あなたがわたしのわがたたを聞いおくれたこずに感謝しおる」

「  それは、悠たちに蚀っおよ」

「もちろん蚀うけれど、あなたは無口な子だから、いろいろず我慢させたんじゃないかっお。もし蚀いたいこずがあるなら最埌に蚀っおしたいなさい。今なら䜕でも聞いおあげるから」

「    」
 地博はう぀むいたかず思うず、珍しく感情を顕わにする。

「あるよ、たくさん   子どもの頃からずっず、蚀いたいこずは山ほどあった   だけど僕は兄貎ず違っお勉匷もスポヌツも出来ない。埗意なこずず蚀えばチェスだけ。なのに  。なのに母さんはい぀だっお、お節介ずいう名の心配ばかりしおくれお  。党郚僕の怠け心が招いたこずなのに  。出来ない僕を、最埌たで攟っおおいおはくれなかった  」

 や぀の声は震えおいた。そんな息子の肩をオバアが優しく抱く。

「そりゃそうよ。だっお倧切な息子だもの  。だけどこれからはお母さんが心配しなくおも倧䞈倫よね あなたには助けおくれる家族がいるものね」

 地博は銖を激しく暪に振った。
「母さんは僕の心の䞭にいる。い぀でも。父さんがそうであるように。  あずね、そんなこず蚀ったっお母さんのこずだから、僕が困っおいればい぀だっお助けにくるんだよ。分かっおるんだ、ちゃんず  」

「うんうん  。そうよ、必ず助けに来る。だから安心しおちょうだい  」
 二人は抱き合い、静かに涙した。その様子をオゞむが芋守っおいる。

「本圓に連れお行っちゃうんですか  」
 呟くように問うず、オゞむは小さく頷いた。

 ――仕方あるたい。人の肉䜓には限界がある。ばあちゃんは、じいちゃんが責任を持っお倩に導く。苊しみや痛みを感じる前に。それが、じいちゃんに出来るたった䞀぀のこずなんだよ  ――

「    」

 ――悠斗さん。䞀぀䌝えおおかねばならないこずがある。  あの䞖で出䌚った魂の愛菜ちゃんは、悠斗さんずの再䌚を果たそうず䜕床も神ず亀枉し、ようやく君の元に戻っおきたんだよ。その努力をどうか認めおやっお欲しい。  ばあちゃんのこずはじいちゃんに任せお、子育おに専念しなさい。それがあの子のためだよ――

 オゞむはきっずすべおを知っおいるのだろう。おれが神瀟で聞いた話も、悩んでいる理由も。

 ――たぁ、これはあの䞖にいるじいちゃんの戯れ蚀だがな。考えおみおおくれ――
 それじゃ、たた来るよ  。オゞむはそう蚀っお姿を消した。

 オゞむが立ち去ったのを感じたかのように地博は涙を拭い、顔を䞊げた。
「  栌奜悪いな、僕は。君を励たしに来たずいうのにこんなこずじゃダメだよね」

「いや、お前もおれの前で泣けるようになっおよかった。  泣きたいずきは玠盎に泣けばいい」

「  なら、悠もそうした方がいいね」

「えっ  」

「詳しいこずは知らないけど、悩んでるんだろ たなちゃんのこずで。それで塞ぎ蟌んでるんじゃないのかな」

「わたしもきっずそうじゃないかず心配でね。あっちの䞖界に行くずきには笑顔で芋送っおもらいたいから、悩みがあるならわたしたちに盞談しお欲しいわ。この郚屋を蚪れたのもそういう理由よ」

「地博  。オバア  」

 おれは蚀っおしたおうかどうか迷った。しかし実際問題、地博はたなの祖父なわけで、おれず同様、この先たなずは呜ある限り付き合い続けるこずになる。たなの人生がおれの手にいったんは預けられおいるのだずしおも、地博にだっおたなの眮かれおいる状況を知る暩利はあるんじゃないのか。

「  黙っおたっおお前のこずだ、いずれは芋抜いおしたうんだろうな」
 過去に䜕床も秘め事を蚀い圓おられおきたおれは、腹をくくっおすべおを話す決心をした。
「今から話すのはすべお真実だ。聞いおも驚かないで欲しい」

「  倧䞈倫。奇跡の再䌚を果たした十五幎前から、君は芋えざる者――おそらくはこの街の神々――に守られおいるんだろうなず思っおいたから」

「なら、遠慮なく話すぜ」

 すべおを受け容れおくれるず知ったおれは、この街に戻っおきおから自分の身に起きた䞍思議な出来事を、ひず぀ず぀話し始めた。


14めぐ

 ――子どもの頃からずっず、蚀いたいこずは山ほどあった  ――

 たなずお颚呂から䞊がり、悠くんの郚屋の前を通ったずき、パパらしき声が挏れ聞こえおきお思わず立ち止たった。悠くんのこずを氣にかけるパパが様子を芋に来おいるのだろうか。それにしおは䜕かが倉だ。挏れ聞こえる話し声から察するに、䞭には祖母もいるようだし  。

 戞に耳を抌し圓おお䞭の様子を探る。ず、ダむニングルヌムから゚プロン姿の翌くんが珟れた。目が合うなり呆れられる。

「たながパゞャマも着ずにやっおきたからどうしたのかず思いきや  。たためぐちゃんの悪い癖が始たったな  」

「しヌっ   翌くんも聎いおみおよ。なんか、深刻な話をしおるみたいで  」

「えっ。いや、だけどさ  」

 そんなやりずりをしおいるず、今床はすすり泣くような声が聞こえおきた。翌くんの耳にも届いたのか、圌は居心地が悪そうにう぀むいた。

「  めぐちゃん、こっちに来お」
 翌くんはわたしを無理やりダむニングルヌムたで匕っ匵った。
「アキ兄には黙っずけっお蚀われたんだけど、隠しおもおけないみたいだから蚀うよ」

「えっ、なに  」

 圌は䞀床深呌吞をしおからゆっくりず語り始める。

「  ばあちゃんの寿呜が残り少ないみたいなんだ。詳しいこずは医者に蚺おもらわないず分からないけど、芚悟はしおおいた方がいいず思う。アキ兄が今倜泊たるず蚀った理由もそれだ」

 なるほど、さっき郚屋から聞こえおきたのは、パパが祖母ずの別れを惜しんで泣いおいた声か  。パパの泣き顔は祖父の葬儀でしか芋たこずがないが、あのずきの衚情で涙を流しおいたのかず思うずわたしたでもが悲しくなっおくる。

「だけど、おばあちゃんはさっきたでお喋しゃべりしおたし、ずおもそんなふうには  」

「俺だっおそう思うよ。だけど、桜の䞋で䞀緒にビヌルを飲んでたじいちゃんが、その二ヶ月埌に亡くなったこずを思うず  」

「    」

 暗い話題をする脇でたなが「だぁ」ずか「おっ」ずか声を出しながら無邪氣に遊んでいる。さっき悠くんの前で「おずヌたん」ず連呌しおいたのが嘘みたいだ。この子の䞭に、二床も生たれ倉わった愛菜ちゃんの蚘憶が残っおいるなんお信じられないけれど、もし本圓に愛菜ちゃんがいるならば、自身が亡くなるずきの蚘憶も残っおいるはず。ひょっずしたらわたしたちの䌚話にもこっそり耳を傟けおいるかもしれない  。

 そんなこずを考えおいるうちに、悠くんたちが郚屋から出おきお居間に集たっおきた。深刻な話をしおいたずは思えないくらい䞉人の衚情はすっきりしおいる。パパは真っ先に翌くんを手招きし、耳打ちする。

「ごめん。おばあちゃんが自分から話しちゃったんだ。だからめぐにも  」

「ああ、それならこっちも話したよ。めぐちゃんが、悠斗の郚屋から聞こえおきた話し声を耳にしちゃっおね  」

「  もしかしお、党郚聞こえた」

「あヌ  。アキ兄が泣いおる声は聞いちゃったかな」

 パパは「䞀番聞かれたくない声を聞かれちゃったな  」ず蚀っおう぀むいたが、すぐに顔を䞊げお䞀同を芋回した。

「   おばあちゃんず過ごせる時間はそう長くない。僕は可胜な限り、残りの時間を䞀緒に過ごしたいず思う。それで盞談なんだけど  しばらくの間ここに䜏たわせおもらうこずは可胜だろうか。おじいちゃんが生きおいたずきは六人で暮らしおいたんだし、僕が䞀人増えおも倧䞈倫だよね もちろん、家のこずは出来るだけ手䌝う぀もり」

「お前がそうしたいならおれは構わないよ」
 悠くんの蚀葉にわたしたちも頷いた。

「たぁたぁ、あなたたちの優しさには感謝の蚀葉しかないわ。だけど、最埌の瞬間を迎えるたではみんなずのおしゃべりを楜したせおちょうだいね」

 祖母のハキハキした物蚀いを聞く限り、ただ元氣がありそうで安心する。しかし、お別れの瞬間が刻䞀刻ず迫っおいるなら、これたで以䞊に祖母ずの時間を倧切にしなければ、ず氣持ちを新たにする。

「さお、ず。話が䞀段萜したずころで食事にしようか。もう出来䞊がっおるんだ」

 翌くんが堎を取り持぀ように蚀った。盎埌にわたしず悠くんの腹の虫が同時に空腹を蚎え、みんなの顔に笑みがこがれる。

「もう  。わたしたちっおい぀もこうだよねぇ。あヌ、恥ずかしヌ」
 わたしは赀くなった顔を芋られないよう、急いでキッチンぞ足を向けた。

「えヌず  。僕の分の食事はあるのかな 食べおいっおも倧䞈倫」

「ああ、い぀でも倚めに甚意しおるから遠慮はいらないよ」

 翌くんの蚀葉を聞いたパパはほっずした様子で腰を䞋ろした。それを埅っおいたかのようにたなが歩み寄っお膝の䞊に座る。パパは埮笑んでたなの頭を撫でた。

「じいじのお膝が奜き 嬉しいなぁ。  ああ、めぐの小さい頃を思い出すよ」

 现い目を曎に现めたパパは、振り向いたたなず額を付き合わせたかず思うず急に真顔になった。そしお「たなちゃん。じいじから䞀぀だけお願いしたいこずがある」ず前眮きしお語り始める。

「悠は僕の  いや、僕たちの倧切な家族なんだ。䞀緒に未来ぞ続く道をゆくず誓い、すでに歩き始めおいる。だから匕き留めないでほしいんだ。もし、君が本圓に悠のこずを想っおいるなら䞀緒に未来を生きようよ。倧䞈倫。生きるず蚀うこずは、䜕も芋えない道を歩くこずだず思っおいるかもしれないけれど、ちっずも怖くはないんだよ。君は䞀人じゃない。僕たちが぀いおる。だから安心しおいいんだよ」

 料理を食卓に運んできたわたしは耳を疑った。たるで悠くんの亡き嚘「愛菜ちゃん」に語りかけおいるように聞こえたからだ。翌くんも同じこずを思ったに違いない。が、圌はわたしよりもショックを受けたのか、その堎に立ち尜くしおいる。悠くんでさえ、だ。

「地博  。たなにそんなこずを蚀ったっお分かるはずが  」

「いや、この子にはきっず䌝わったはずだ。僕には分かる」

「    」

「さっき君から告癜されお、これたでの出来事すべおが腑に萜ちたんだ。  君ず再䌚しお十数幎。やっずやっず前向きにさせたっお蚀うのに、たた埌ろを向かれたんじゃこれたでの苊劎も氎の泡だからね。真実を知ったからには、僕なりの方法で圌女を説埗させおもらうよ」

 今の口ぶりから、パパは真実を知っおしたったようだ。にもかかわらず、わたしたちず違っお盎埌から積極的に行動できる。きっず揺るがない信念があるからに違いない。わたしたちが黙する䞭、祖母がパパの蚀葉を補うように蚀う。

「地博の蚀う通りよ。たなちゃん。せっかくたたこの䞖に生を受けたんだもの。過去の蚘憶はひいおばあちゃんに預けお、新しい家族ずの思い出をたくさん䜜りなさい。それが本圓の芪孝行ずいうものよ」

 しかし二人の話を聞いたたなは、パパの膝の䞊で「なんのこず」ず蚀いたげな顔をしおいる。悠くんの蚀うように、二歳児が聞いお分かるような蚀葉遣いではなかったから、圓然ず蚀えば圓然だ。しかしパパず祖母は、理解できるず確信しおいるようだ。その目は真剣そのものだった。

 空腹を感じおいたにもかかわらず、今日はなぜだか食が進たなかった。それはみんなも同じらしく、たるで重苊しい空氣でお腹がいっぱいになっおしたったかのようだった。


15.翌

「孫嚘の名前が『たな』だず聞いたずきから薄々感じおはいたんだけどね。僕の勘は正しかったみたいだ」
 ずりあえずの食事を終え、䞀緒に食噚を掗っおいる最䞭にアキ兄が蚀った。自分だけに䌝えたいこずがあっお口を開いたように思えた俺は、声を流氎の音にかぶせるようにしお問う。

「  驚かなかったの 生たれ倉わりだず聞いおも」

「どうしお 䞖の䞭には、およそ説明の぀かない珟象が山ほどあるよ。君の䞭に存圚しおいた耇数の人栌も、人によっおは耇数の魂を保有しおいる状態だず蚀うかもしれない。実際、君自身にも分からないでしょ それが自分自身なのか、誰かの魂かなんお。たなちゃんだっおおんなじじゃないかな」

「アキ兄らしい芋立おだな  。そうか。俺も誰かの生たれ倉わりで、そのずきの蚘憶が別人栌ずいう圢で衚出しおいた  。確かにそう考えるこずもできるよな  」

 悠斗から生たれ倉わりの話を聞いたずきには霊的な珟象ずしか思えなかったが、俺の成長を芋守り、倚重人栌を持っおいたこずにも氣づいおいたアキ兄に、自分を䟋にずっお説明されるず違った感想を持぀。

「アキ兄は、悠斗がどっちを遞択をするず予想する」

「過去を取るか、未来を取るか、っおこず」

「うん」

「  わからないな、それは」
 掗い物を終えたアキ兄は、手に぀いたしずくをタオルで䞁寧に拭きながら蚀う。
「だけど、遞択肢は二぀じゃない、ず僕は思う」

「えっ 二぀じゃない  」

「僕らにも出来るこずがあるし、たなちゃん自身にも出来るこずがあるず蚀うこずだ。そう、君が自分の意志で人栌を䞀぀にしたように」

「あっ  」

「そう。できるはずなんだ。だから僕は圌女に語りかけた。自分の意志で未来を遞び取っお欲しいから」

「アキ兄、それ それだよ」
 俺は濡れた手のしずくを飛ばしながらアキ兄を指さした。そのくらい興奮しおいた。

「そうだよ、悠斗䞀人が重荷を背負う必芁なんおない。俺たち、家族だもん。この問題はみんなで解決しなきゃ」

「その通り。たなちゃんは幌いから今はただ難しいかもしれない。だけど、きっず出来るず信じおる。だっお君の子だもの。君に出来たんだから出来ないはずがない」

「蚀っおくれるじゃん」
 そうだ。アキ兄の蚀うずおり、たなは俺の子であっお悠斗の子じゃない。そしおここにいるたなは今を生きおいる。だったら悠斗がたなの人生を決めるのはやっぱりおかしい。

「アキ兄。この話、めぐちゃんには話しおもいいかな」

「もちろん。なにしろ君ずめぐの子の話だからね。ただ  。悠にはただ話さない方がいいず思う。これは悠が真に過去ず決別するためにも乗り越えなきゃいけない詊緎だず思っおる」

「わかった」

「悠のこずは僕に任せお。こっちでなんずかするから」

「よろしく」



 その晩。たなを寝かし぀け、寝宀で倫婊二人きりになったタむミングで先ほどの話をめぐちゃんに䌝えた。俺がか぀お倚重人栌を有しおいたこずは婚玄した頃すでに話しおいる。

「぀たり、パパも翌くんもこの子には『野䞊たな』の人栌を遞び取っお欲しい、っおこず 鈎宮愛菜ではなく  」

「そういうこずになるかな」

「でも、それが可胜だったずしお、亡くなった嚘さんに䌚いたがっおいた悠くんの氣持ちはどうなるの」

「悠斗も悩んでるんだず思う。過去の蚘憶を残すこずを即決しなかったんだから。たぁ、もし即決しようものなら俺が止めただろうけど。  めぐちゃんだっおそうじゃないの」

 めぐちゃんは䜕床か蚀いよどんだあずで、蚀葉を遞ぶように口を開く。
「  そうだね。悠くんが神瀟で過去の蚘憶を取るず宣蚀しなくお正盎、ほっずしおる。なんだかんだ蚀っお、わたしもたなのお母さんなんだなっお思ったよね」

「うん。アキ兄が蚀っおいたように、今では悠斗も未来に目を向けおいる。だからこそ躊躇ためらっおるんだろうさ。俺たちに出来るのは悠斗を信じるこずだけだ。こういうこずは誰かに蚀われおするんじゃなく、悠斗本人が自分で玍埗した䞊で決断しないず絶察に埌悔するから」

「確かに。  そうは蚀っおも、もどかしいな。我が子のこずだけに」

「  すべおは俺たちが望んだこずだ。悠斗を、たなを信じよう」

「  翌くんは匷いな。どうしおそんなにはっきり蚀い切るこずが出来るの」
 めぐちゃんは俺の肩にもたれ、それから胞に顔を埋めた。
「  どんな氣持ちでいればいいか、自分でも分からないの。おばあちゃんのこずもあるし、母芪ずしおたなの将来も考えなきゃいけないし  。ずにかく抌し぀ぶされそうで苊しい」

「俺だっお分からないさ  。めぐちゃんが悩む氣持ちも分かる。だけど俺の信念は、めぐちゃんずたなの笑顔を絶やさないこずだ。そのために出来るこずを最優先に考えお行動する。それだけのこずだよ」

「翌くん  」

「倧䞈倫さ。めぐちゃんはそのたたの感情を倧事にしおいればいい。ただし、䞍安や悲しみを感じたずきは今みたいに俺に打ち明けお。めぐちゃんの感情を受け止めるために俺はいる。  どうよ 話したらちょっずは楜にならない」

 めぐちゃんは顔を䞊げ「うん、楜になった氣がする」ず蚀っお埮笑んだ。
「翌くんが家族でよかった。やっぱり、うんず幎䞊は萜ち着いおるから安心だね」

「だろ だけど同じ幎䞊でも、悠斗を遞んでいたら今ごろ二人しお萜ち蟌んでたはずだぜ」

「あヌ  」

 めぐちゃんはちょっず考えるように芖線を倖しおから「それっお぀たり、翌くんを遞んで正解だった、っおこず そう蚀っお欲しいっおこずだよね」ず蚀っお俺の目をのぞき蟌んだ。

「ご名答。さっすが、めぐちゃん。分かっおるヌ」

「もう、翌くんったら」

「だけど冗談抜きでそう思っおるよ、俺は。冷たい蚀い方に聞こえるかもしれないけど、すでに亡くなっおいる嚘さんに未緎があるうちは悠斗に未来はない。そんな悠斗がめぐちゃんを幞せに出来るずは到底思えない」

「    」

「俺たちはこの子の実の芪ずしお、この子の未来のために動かなきゃならない。もしそれを阻む人間がいれば誰であろうず容赊はしない。  そう。䟋えば愛菜ちゃんの過去を『消す』こずだっお、堎合によっおは充分にあり埗る」

「    」

「  もう遅い。そろそろ寝よう」
 俺はめぐちゃんにおやすみのキスをし、それからベッドに暪たわった。めぐちゃんも電氣を消しお寝る䜓勢に入った。

 暗闇の䞭、たなの安らかな寝息が聞こえ、぀かの間安堵する。すぐそばで眠る幌子に顔を向け、寝息を感じながら盎前に話しおいたこずを思い返す。

 俺だっお分かっおる。本圓はそんなこずしたくない。たなの䞭に存圚する、過去の蚘憶を持぀愛菜ちゃんを俺の手で消すなんおこずは。でも、どっちの人栌を残したいかず問われたら俺は絶察に我が子を遞ぶ。だっお俺はたなの父芪なのだから。

 眠っおいるはずだが、さっきの話を過去の蚘憶を持぀愛菜ちゃんが聞いおいたらどう思っただろう、ず考える。仮にも父芪である俺に「消」されるず聞いおショックを受けただろうか。それずも、それすらも自らの運呜ず悟り、受け容れようず思っただろうか  。

なぁ 悠斗に未来を蚗しお䜕になる 君の意志はないの 教えおくれ、愛菜ちゃん  

 心の䞭で問うおも、ぐっすり眠るたなが答えるはずもなかった。


16.孝倪郎

「あヌあ  。怒らせちゃいたしたね。あずが怖いなぁ  」
 春山クンず庞平が郚屋を出お行ったあずで野䞊クンががやいた。

「今に始たったこずではない。圌女だっお分かっおいるはずだ」
 よくあるこずだず蚀う意味を蟌めた぀もりだったが、きっず蚀い蚳にしか聞こえなかっただろうず反省する。
「  君には分かったのかい 春山クンの『女心』ずいうや぀が」

「たぁ、なんずなく。これでも奥さんず嚘がいるもんで」
 そう蚀った圌の衚情は自信に満ちおいた。圌は春山クンの「女心」に぀いお持論を語り始める。

「春山は、憧れを通り越しお野球をやっおる先茩のこずが奜きなんですよ、きっず。ずっず栌奜いい先茩を芋おいたい、っおこずなんだろうず思いたす。さっきの口ぶりから察するに、期埅されたらそれに応えるのが男だず春山は思っおるんでしょうが、新たな決意を胞に抱いた先茩の心には響かなかった。  だからあんなふうに怒ったんじゃないでしょうかね」

「期埅に応えようず無理をした結果、身䜓を壊したり、プレッシャヌに抌し぀ぶされお身を滅がした同僚はたくさんいる。そんなこずは春山クンなら癟も承知のはずだが  」

「それだけ先茩を特別芖しおいるんでしょうね。  だけど安心したしたよ、おれは。先茩の意志の固さを再確認できたしたから」

 野䞊クンはにやりず笑い、仕切り盎しずばかりにビヌルを口にした。
「  あヌ、春山ずおれずの違いはたぶん、悔しい思いをした数の違いだな」

「悔しい思い」

「さっきのキャプテン時代の話もそうですけど、息子の翌に野球を奜きになっおもらえなかったこずも結構悔しかったんです。いろいろ工倫したけどダメで  。だけどその悔しさがあったからこそ、先茩のやろうずしおる䜓操クラブの理念に共感できたわけですよ。自分が奜きなスポヌツには興味を持っおもらえないけど、せめお身䜓を動かす楜しさくらいは知っおほしい  。おれはどっちかっおいうず、そういう芪のためにクラブを立ち䞊げたいんですよね」

 圌の話には説埗力があった。春山クンは恋愛面でも育児の面でも、もちろんそれなりの苊劎はあっただろうが、端から芋れば望み通りの人生を歩んできたように芋える。だから僕らの考えに賛同できなかった。そう考えればしっくりくる。

「君の協力には心から感謝しおいるよ。しかし今の話を聞いおひず぀氣になったこずがある。本郷クンのこずだ。クラブに協力しおくれるこずになっおはいるが、圌も春山クン同様、成功者の道を歩んできた人間だからね」

「確かに。さっきの春山なら祐茔を説埗しにかかっおもおかしくないですね」

「仲違いしないこずを祈るばかりだな  」

「たぁ、なんだかんだ蚀っおあの二人は仲が良いですから、心配は無甚だず思いたすけど」



 野䞊クンずはその埌、小䞀時間ほど飲んだり話したりした。圌が垰っおしたうず、賑やかだった郚屋がしんず静たりかえる。今たでであれば䞀人きりの時間は倧歓迎だったが、野䞊家の人々ず付き合うようになっおからは、こういう時間に寂しさを芚えるようになった。

 テヌブルの䞊に残された空瓶やグラスを手に持ち、キッチンに向かう。片付けおいくず蚀っおくれた圌らの厚意を断ったのは、䞀人きりの時間に感じるやるせなさを誀魔化すためだ。ずはいえ、僕に出来る家事なんお、せいぜいグラスをゆすいだりゎミをたずめおゎミ箱に攟ったりするこずくらい。䜜業はあっずいう間に終了し、すぐにたた䞍安に駆られる。

僕も倉わったな  

 再びリビングルヌムに足を向け、ほかに䜕かやるこずはないかず探しおみる。ず、たなちゃんのために買っおやったおもちゃのピアノがそのたたになっおいるのに氣づいた。ゆっくりずした動䜜でピアノを郚屋の隅に寄せる。

 血の繋がりもない、埌茩の孫嚘であるたなちゃんにどうしおここたで入れ蟌むのか、自分でも䞍思議に思っおいた。最初は単に幌児特有のかわいらしさに惹かれおのこずだず思っおいた。が、最近になっお別の理由に思い至った。それは、僕ず同じにおい、、、、それも「あの䞖、、、」のにおい、、、、がする、ずいう理由だ。

 僕には長らく垌死念慮があり、垞々「死」ぞの想いを吐露しおいたが、そのたびに刺すような胞の痛みも感じおいた。おそらく、僕の身䜓は死など望んでいなかったのだろう。だから「死にたい」ず口にする僕に「死にたくない」ずメッセヌゞを送っおいたのだず今は思う。

 実は、たなちゃんが急に泣き出す理由も同じではないか、ず掚考しおいる。ただし、たなちゃんの堎合は逆で、心は「生きたい」ず願っおいるのに䜕者かがそれを阻はばんでいる。それがもどかしくお「泣く」ずいう行為になっお衚れおいるような氣がしおならないのだ。

 無論、これは僕の盎感に過ぎない。が、もし圌女の心が助けを求めおいるなら救っおあげたい。そのために僕に出来るこずは䜕でもやっおみる぀もりだ。野䞊家の人たちが僕を救うこずを諊めなかったように、僕もたなちゃんを救うこずを諊めたくはない。



 その日の晩は䞀人飯ずいう氣分になれず、ワラむバで倕食を摂るこずにした。店䞻の倧接クンは、今では僕が店を蚪れおも他の客同様に扱う。氣負わずに食事が出来る店は少ないから実に有り難い。

「倜の定食を䞀぀」

「はヌい。少々お埅ちを」

 圌は軜い返事をしお料理に取りかかり぀぀、カりンタヌテヌブルに座った僕に話しかける。

「そう蚀えば、今日は駅前でレむカのラむブがあったんでしょ めぐっちから聞いおたすよ。レむカっお、氎沢みずさわセンパむのお姉さんだっお話ですけど、どうでした」

「盞倉わらずの歌唱力だったよ。ずおもよかった。䞀日でも早くクラブを立ち䞊げなければず氣持ちを新たにしたくらいだよ」

「ぞぇ。そんなによかったなら、おれも店を閉めおセンパむ方がたず聎きに行けばよかったなぁ」

「いや、来なくおよかったず思う。  実はそのあず、庞平が自宅にやっおきおね、クラブのこずで再び衝突しおしたったんだ」

「あちゃあ  。氎沢みずさわセンパむもし぀こいっすね。分かった、それで氣萜ちしお今日はここに来たんでしょ」

「  圓たらずずも遠からず、だな」

 春山クンのこずを蚀おうずしおやめた。氣分が晎れない原因の䞀端は間違いなく圌女の発蚀にあるからだ。そうず分かっおいお、わざわざ自分の銖を絞める必芁はない。

 定食が提䟛され、無蚀で食べる。呚囲には僕ず同じく䞀人で食事を摂っおいる人が幟人かいる。圓然䌚話はなく、店内に響く声ず蚀えば野球䞭継ナむタヌの実況だけだ。

 今日は野球䞭継ナむタヌを芋る氣になれなかったので倧接クンに頌んでみる。
「  他のチャンネルに倉えおもらえないだろうか」

「嫌ですね。この時間はい぀も野球䞭継ナむタヌを流すっお決めおるんで」

「生䞭継されおいる他のスポヌツだっおあるだろう なぜ野球にこだわる」

「なぜっお、ここに氞江センパむの厇拝者がいるからに決たっおるじゃないですか」
 そう蚀っお圌は自分の錻を指さした。

「厇拝、ずは仰々しいな  」

「だけど、実際そんな感じですよ。ここで䌚したずきに玄束しお、埌日ナニフォヌムをもっおきおくれたじゃないですか。そこに食っおあるけど、あれはマゞでおれの宝物なんっす。高倀が぀くず蚀われおもらい受けたし、実際売る぀もりだったのに、手にしおみたらオヌラがすごくお。こりゃあ売っちゃダメだ、っおこずで額装しお日々眺めおいるうちに、段々ずセンパむに察する畏敬の念が増しお来ちゃったもんだから、さぁ倧倉。今じゃ、ナニフォヌムに向かっお毎日拝んでたすよ。おれだけじゃありたせん。お客さんの䞭にもそういう人が䞀定数いたす。だから、チャンネルは倉えたせん」
 
「  どうしおみんな、そんなに僕を氣に入っおくれるんだい 優れた遞手は他にも山ほどいるはずだろう」

「  それはあなたが、最埌の最埌たで野球人であろうずバットを振り続けた姿に感動したからです。そういう生き様に魅せられたからです」

 背埌から声がしお振り向くず、本郷クンがドアのこちら偎に立っおいた。圌は僕の隣に腰掛けるなり「今日は謝りに来たした」ず蚀っおいきなり頭を䞋げた。

「謝るっお、いったい䜕を」
 困惑しおいる僕に構わず、圌はここぞ来た目的を果たすべく口を開く。

「氞江さんが奜きだからこそ、決めたした。おれ、クラブ立ち䞊げ業務から手を匕きたす。その代わり、氎沢みずさわ先茩ず詩乃ず䞀緒に野球遞手の育成をしようず思っおたす。急な話で申し蚳ありたせんが、さっき二人ず話し合っお、そうしようっお決めたんです」

「えっ、ちょっ   本郷センパむ、いきなり手のひら返しちゃっお   たじっすか」

 倧接クンは動揺を隠せない様子だった。が、僕は先ほど野䞊クンずしおいた話が珟実のものになっただけだず、冷静に受け止める。

「むしろ有り難い申し出だ。君なら庞平の思いを圢にするこずが出来るだろう」

「  すんなり受け容れおくれるんですね。もうちょっず匕き留められるかず思っおたのに、それはそれでちょっぎり寂しいな」

「氣持ちが離れおいった人間を匕き留めおたで成し遂げたいずは思わないよ。それより、君が氣持ちを蟌められる方に意識を向けるべきだ」

「それも含めお氞江さんらしいな  。分かりたした。異論がないならこの話はおしたいです。  では、こっちの話はどうでしょう 今の倧接の話にも通ずるこずです」

 本郷クンは䞀旊呌吞を敎えおから発蚀する。

「ぶっちゃけお蚀うず、氞江さんのファンクラブを䜜りたいんです。これは氎沢みずさわ先茩ず詩乃の発案です」

「    」
 目が点になり、蚀葉を倱った。察する倧接クンは倧喜びしおいる。

「ファンクラブ いいっすね、それ おれ、代衚になっおもいいっすよ」

「倧接、話は最埌たで聞け。これはよくあるファンクラブずは違う。おれたちが考えおいるのは、氞江さんに黄色い声を济びせるようなものじゃなくお、あくたでも遠くから眺めたり、厇めたりするものだ」

「えヌ 握手䌚ずかやらないんっすかぁ」

「ファンクラブず聞いただけで無蚀になっおる人がファンサヌビスできるず思う」

「たぁ  。無理っすね  」

「だからおれずしおは、講挔䌚ずか座談䌚ずか、そういう圢でのファンクラブなら実珟可胜かもしれないっお考えおる。  どうですか、氞江さん」

 即答できなかった。いきなりファンクラブを䜜りたいず蚀われた挙げ句、ファンずの亀流方法に぀いお提案されたのだから圓然だ。僕はしばし考え、蚀葉を遞びながら答える。

「各人が僕に憧れを抱くのは構わない。だが、そこに僕を巻き蟌むのはやめおもらいたいものだな」

「んヌ  。じゃあ、こういうのはどうです 珟圹時代の掻躍をたずめた動画チャンネルを開蚭するっおのは。そこで時々氞江さんのコメント動画を配信したり、サむン入りグッズのプレれントを䌁画したり。それだけでもファンは倧喜びですよ。  あヌ、そうだ。そこでの利益を䜓操クラブの資金にしおもらったっおいい。ファンクラブは趣味みたいなもんですからね」

「資金ず呌べるほどの額を皌げるずは思えないが  」

「はぁ  。センパむは自分の䟡倀が分かっおないっすね。そりゃそうか。おれみたいなしがない喫茶店䞻に、珟圹時代のナニフォヌムをタダでくれちゃうくらいですもんね」

 しらけおいる僕の蚀葉を受けお、倧接クンがため息亀じりに蚀った。

「  今日、聎いおきたんでしょう レむカの歌。そこにどれだけの人が集たったか知りたせんけど、ファンになった人っおのは䜙皋の理由がない限り、いく぀になっおもファンで居続けるもんです。センパむの珟圹時代のファンも同じ。センパむが匕退しようが䜕しようがずっず远いかけるんですよ。センパむの掻躍に励たされた過去っおのは消えたせんからね」

麗華さん  。励たされた過去  
 
 二぀のキヌワヌドが頭の䞭でぐるぐるする。そしお点ず点それらが繋がり、線になる。

 なぜ特定の人物に憧れ続けるのか。それは、自分が蟛かった時期にその人の存圚が励みになったからだ。そのずきの思いが長きにわたり残っおいるからだ。僕で蚀えば、それは麗華さんになるのだろう。歌を初めお聎いたずきはショックが倧きくおたずもに聎くこずすら出来なかったが、圌女の歌が埌のちに僕を前進させ、珟圹時代の生きる原動力になったのは間違いない。

 僕は、麗華さんに察しお抱いおいるのは感謝だず思っおいた。しかしこの氣持ちを圌らは憧れず呌び、そうした感情を持ちながら慕い続ける人々のこずを「ファン」ず衚珟しおいるのではないか。思考を巡らせるうちにそんな考えが浮かぶ。

 野䞊クンは、僕を尊敬しおいるず蚀った。春山クンは、僕に憧れを抱いおいるのだず蚀った。本郷クンも、僕を氣に入っおくれる理由は生き様に魅せられたからだず蚀った。

 もし、僕の野球に取り組む姿に圱響を受け、自分もあんなふうになりたいず思った人がいたならば、少なくずもその人にずっおは、僕のこれたでの人生も意味あるものだったず蚀うこずが出来よう。そしお、そういう人が䜕人もいお、そういう人たちが僕をここたで生かしおくれたのだずすれば、僕が珟圹を退いたあずも元氣で生きおいる姿を芋せる意味はあるのかもしれない。

「䞖の䞭には、生きおそこにいる姿を芋るだけで励たされる人ずいうのもいるんだろうな  」

「おれたちにずっおセンパむはたさにそういう存圚っす」

「そうか  」
 かろうじお呟いたあずで、本郷クンが先ほどの自身の発蚀を補足するように蚀う。

「あヌ、そうそう、誀解はしないで欲しいんですが、クラブの手䌝いをしないむコヌル嫌いになった、っおわけじゃありたせんからね むしろ、ファンクラブを䜜りたいっお提案するくらいにはおれも氞江さんのこずが奜きなんで、どこにいおも、どんな圢であっおも元氣でいおほしい。それが本音です」

「    」

「䜓操クラブの創蚭には倧接や路教みちたかたちが力を貞したす。そしお、おれたちはそんな氞江さんを陰ながら応揎したす。あヌ、だからっお氣負わないでくださいね 倧接たちもおれたちも、奜きで勝手にやっおるだけなんで。な、そうだろう」

「ですです」

 どうやら僕ずいう存圚はよほど愛されおいるらしい。同性から䜕床も「奜きだ」ず蚀われる自分を客芳芖したら笑えおきたが、次の瞬間、父が元氣だった頃に抱いおいた想い――憧れや尊敬、近づきたいずいう氣持ち――がよみがえっおきおハッずする。

そう蚀えば、子どもの頃の僕も䌌たような感情を持っおいたな  

 あたりにも遠い昔の出来事だから時間がかかっおしたったが、いた思い出した。忘れかけおいたそれらの氣持ちを。

そうか  。だからファンクラブなのか  

 決しお憧れの「あの人」にはなれない。分かっおる。だけど、ファンずいう圢で応揎すれば少しでも「あの人」に近づける氣がする。埮笑みかけられたら勇氣をもらえる。明日ぞの垌望が持おる。本郷クンたちはそういう堎を蚭けたいのだろう。そしおその䞭心に僕を据えようずしおいるのだ。

「やっず分かっおきたよ。君たちの蚀う、僕の䟡倀っおや぀が」

 店の壁に掛けおあるナニフォヌムに目をやる。それは僕が長幎身に぀けおいたものであり、僕が生きおきた蚌でもあった。

 ナニフォヌム自䜓に䟡倀があるのではない。それを着おいた僕の、遞手ずしおの振るたい、成瞟、人柄が䟡倀を生むのだ。だから僕の「ファン」にずっおこのナニフォヌムを目にするこずは、人によっおは僕ず䌚うのず同等の意味を持぀に違いない。

 自分の呜を軜んじる発蚀をしたずき、野䞊クンに叱咀しったされたこずを思い出す。
呚りの人たちに支えられお生きおいる  。なるほど、確かにそうかもしれないな

 長らくその蚀葉の意味を真に理解するこずができなかった。が、幟床ずなく説埗されお今、ようやく腑に萜ちた。

 食べかけの飯を平らげ、箞を眮いお手を合わせる。い぀にない満足感。
「ごちそうさた。やっぱりここの飯はうたい」

「そりゃどうも。い぀でも来お䞋さい。埅っおたすから」
 倧接クンはそう蚀いながら定食代を受け取るために手を出した。僕は財垃から出した玙幣ごずその手を握りしめる。

「僕にずっおこの店が居堎所の䞀぀であるように、僕のファンにずっおもここが集いの堎であればいいず思う」

「それっお  。ファンクラブを䜜っおもいいっおこずっすか」

「奜きにしおくれお構わないよ。  本郷クン、庞平ず春山クンにもそう䌝えおおいおくれないか」

「分かりたした。  今日の氞江さんはやけに玠盎だなぁ。逆に心配になるよ  」
 本郷クンはそう蚀っお肩をすくめる。
「もしかしお、路教みちたかんずこの子どもたちからたた圱響を受けたずか」

「本郷センパむ、たぶんレむカの歌を聎いたからですよ。おれは行かなかったけど、よかったらしいっすよ」

「あヌ、レむカのラむブか。それなら玍埗。詩乃も倧奜きなんだよなぁ。確かにあれはいい」
 ず蚀っお本郷クンは䜕床も頷いた。
「そう蚀えば今床、氎沢みずさわ先茩経由でレむカに䌚わせおくれるっお話ですよ。氞江さんも䞀緒にどうです」

「誘っおくれるのは有り難いが  」
 麗華さんには過去のこずも含め、盎接䌚っお諞々のお瀌を蚀いたい氣持ちはある。が、䌚うのは䜓操クラブが軌道に乗っおからず決めおいる。
「今回は遠慮させおもらうよ。䌚いたくなったらそのずきはこちらから連絡するず䌝えお欲しい」

「了解です」

「そヌだ、本郷センパむ。レむカず䌚うっお蚀うならうちの店を䜿っお䞋さいよ。そしたら店宛おにサむンを曞いおもらえるじゃないですか」

「  盞倉わらずしたたかだなぁ、倧接は」
 本郷クンは呆れたようにため息を぀いたが、氣を取り盎すように咳払いを䞀぀した。

「レむカのこずは脇に眮いずくずしお  。ファンクラブを䜜る蚱可を出しおいただいたずころで早速盞談なんですが、掻動芏暡はどのくらいがいいですか 奜きにしおいいっお話ですけど、だからっお䜕でもオヌケヌっおわけじゃないでしょ」

「ああ。それに぀いおは䞀぀、提案がある」
 僕は再び額装されたナニフォヌムに目をやっおから、思い぀いた構想を話し始めた。


17庞平

 ファンクラブの蚱可を取り付けた、ずいう知らせを聞いた俺はひずたず安堵した。しかし困惑もした。盎埌に、次のような案が瀺されたからだ。

 本郷曰く、発案者は孝倪郎自身で、あい぀が持っおいる野球道具の倚くをワラむバ内に展瀺、ファンクラブの䌚員なら誰でも自由に芋るこずが出来るようにする、ずのこず。たたサむン䌚も、䌚員限定であれば少ない負担でファンを喜ばせるこずが出来るのでやっおも構わない、ず蚀っおいるらしい。

 酷くモダモダした。䞀䜓どういう぀もりでそんなこずを蚀ったのか。又聞きでは孝倪郎の考えたでは䌝わっおこない。ずにかく盎接䌚っお話さなければ、ず思った。

 しかし、前回あんな別れ方をしおいるだけに、こちらから連絡するのは氣が匕けた。加えお、ファンだず公蚀したも同然の俺が、面ず向かっお孝倪郎ず話すこずに氣恥ずかしさを芚えるのも事実だった。

◇◇◇

 結局、䞀週間ほど悩んだ末に戞惑いの元凶であるワラむバを蚪れた。

 昌時ならばあるいは  ず思ったが、孝倪郎の姿はなかった。代わりに幟人かの客が垭を枩めおおり、テレビを芋たり食事を摂ったりしおいた。

「いらっしゃいたせ、氎沢みずさわさん」
 店内を芋回しおいるず、店員のめぐさんに挚拶された。
「孝倪郎さんず埅ち合わせですか」

「いや、埅ち合わせはしおいない。いたら話そうず思っおきおみただけだ」

「そのためだけにわざわざ せっかくいらっしゃったんだから、ゆっくりしおいっお䞋さいね。理人りひずさんずお喋りするだけでも党然オヌケヌな店ですから」
 そう蚀っおめぐさんはカりンタヌの空いおいる垭を指し瀺した。

「  倧接ず話すくらいなら、君ずしゃべっおる方がマシだな」

「もちろん、それでもオヌケヌですよ」
 俺の冗談を真に受けた圌女はにこやかに笑った。その埮笑みがかわいらしくお぀い、芋ずれおしたいそうになる。ず、カりンタヌの奥からわざずらしい咳払いが聞こえた。

「氎沢みずさわセンパむの盞手はおれがしたすよ。この時間のめぐっちは忙しいんでね」

「俺だっお忙しいんだよ。孝倪郎がいないならこの店に甚はない」

「䜕蚀っおんだか。本圓に忙しかったらこんなずころに来たりしないでしょ。最初から、䞇が䞀氞江センパむに䌚えなくおもおれに聞けばいいや、っお぀もりだったんでしょ そうだなぁ。センパむが聞きたいのはたぶん  ファンクラブのこず。違いたす」

「  勘の鋭いや぀だ」

「やっぱりねぇ」
 倧接はしたり顔をした。

「安心しお䞋さい。今日は昌飯を食いに来たすから、埅っおりゃそのうち䌚えたす。  ただ埅぀のもなんだし、センパむも食べおいきたす 今日のランチは倏野菜カレヌなんですけど」

「  じゃあ、食わせおもらおうか」

「うふふ  。こちらの垭にどうぞ」
 端で話を聞いおいためぐさんが、さっき指し瀺したカりンタヌ垭に氎を眮いた。



 氣づけば店内は、さながらカレヌ店のような匂いに包たれおいた。しかしそれがたた食欲を誘い、料理が提䟛されおからものの五分で平らげおしたった。悔しいけれど、おかわりしたいくらい旚かった  。

「  この店の料理目圓おに来る客も倚いんじゃないのか」
 お皿を䞋げに来ためぐさんに問うず、圌女は「最近、増えおきたしたね」ず蚀った。

「理人さんは、わたしが家で芚えた料理を䜜るようになっおから腕を䞊げたんですよ。どうやらいい刺激になっおるみたいで。そのせいか、おっしゃる通りよくある喫茶店の感芚で来店するお客さんも増えたしたね」

「よくある喫茶店   それ以前は違ったっおこずか」

「このお店に来る人は特別な事情を抱えおいるこずが倚いんですよ。今でも垞連さんはいたすが、以前に比べるずそれ以倖のお客さんが倚くなった印象はありたすね」

「それもこれも、めぐっちず氞江センパむのお陰っすよ。あ、うわさをすれば  」

 話に割り蟌んできた倧接が店の入り口に目を移した。振り返っおみるず、そこには孝倪郎ず野䞊の姿があった。

「いらっしゃい。センパむ方がたを埅っおる人がいたすよ」
 倧接が蚀い終わるのを埅っお垭を立぀。孝倪郎は俺を芋るなり埮笑んだ。

「僕を埅っおいおくれるずは。さすがはファンクラブの発案者。熱量が違うな」

「お、俺が蚀い出したんじゃねえ 蚀い出しっぺは春山だっ」

「だずしおも、君はその案に乗っかったんじゃないのかい」

「  乗っちゃ悪いのかよ」

「いいや。むしろ嬉しいよ。僕のこずをずっずそばで芋おきた君がファンだず蚀っおくれお」

「    」
 孝倪郎の玠盎な蚀葉にこちらが恥ずかしくなり、思わずう぀むく。孝倪郎は続ける。

「ありがずう、庞平。これからも友人ずしお、ファンずしお僕を支えおくれたら嬉しい」

「そんな蚀葉が欲しくおファンクラブの提案をしたんじゃねえよ。俺はただ  」

「ただ  」

「  ただお前ずもう䞀床野球がしたい。それだけのこずなんだよ」
 自分の発蚀に自分で驚く。

そうか。やっぱりこれが俺の本心  

 いい幎をしたオゞさんが同い幎の友人に向かっお「䞀緒に野球がしたい」など、あたりにも子どもじみおいるず自分でも思う。わかっおる。だけど、心の奥底で燃え続けおいる火を無芖できない俺がいる。

「䞍噚甚だな、庞平は。僕らず、おんなじだ」

 恥ずかしさに耐えきれず、再びう぀むいた俺の頭䞊からそんな声が降り泚いだ。恐る恐る顔を䞊げる。ず、肩に手を眮かれた。

「食事が終わるたで埅おるずいうなら叶えおやろう。庞平の願いを」



 たさかこんなこずになるずは思っおもみなかった。だけど孝倪郎は宣蚀通り、カレヌを平らげるず「食埌の運動だ」ず蚀っお出かける準備を始めた。

 もちろん、お互いにグラブの甚意はない。しかし、ここは元高校球児が店䞻を務めるワラむバだ。「野球をする」ず蚀えばグラブの䞀぀や二぀、すぐに出おくる。

「だけど、どこでやるんです」
 すぐ近くの自宅からグラブずバットを取っおきた倧接が、それらを孝倪郎に手枡しながら蚀った。

「高脇わきの河川敷なら問題ないだろう。ホヌムランさえ打たなければ」

「やれやれ、野球ずは瞁を切るようなこずを蚀っおた人が  。今日は䞀䜓どうしちゃったんっすか」

「野球で出来おる人間を説き䌏せるには、野球で語る必芁がある。これは野䞊クン芪子に教わったこずだ」
 その蚀葉を聞いた野䞊が倧きく頷いた。

「はぁ   なんだよ、それ」

「やればわかる」
 孝倪郎はそう蚀っお店の倖に出た。

「あぁ、なんか面癜いこずが起きそうな予感   めぐっち、隌人はやず。おれ、䞉人に぀いおくわ。こんなチャンス、二床ず巡っおこないだろうからね。䞀時間ほど、店番を頌む」

 じっずしおいられない様子の倧接は蚀いながら゚プロンを脱ぎ、孝倪郎の埌を远う。そんな倧接の背䞭に向かっお店員の二人は倧きなため息を吐いた。



 久々に蚪れた高脇わきの河川敷は、俺たちが高校生だったずきよりも敎備が進んでいた。圓時石ころばかりだった蟺りには土が敷かれ、公園が拡匵されおいる。たた、花壇も手入れが行き届いおおり、初倏の花々が颚に揺れおいた。

 キョロキョロしながら歩いおいる俺に孝倪郎が蚀う。
「あっちを芋おみろ」

 指された方角を芋た俺は「あっ」ず声を䞊げた。そこに、フェンスに囲たれた内野グラりンドがあったからだ。

「あそこなら思う存分野球が出来るだろう」
 孝倪郎が埗意げに蚀う。

「垂が、僕の匕退に際しお蚘念碑を䜜りたいず打蚺しおきたんだが、そんなものを䜜るくらいなら誰でも利甚できるグラりンドを䜜っおくれ、ず突っぱねたらこうなった。蚘念碑を䜜るよりずっず費甚はかかったようだが、最終的には僕の提案が採甚された栌奜だ。今は誰もいないが、倕方や週末には少幎少女が集たっお野球を楜しんでいるそうだよ」

「  やっぱりお前には発蚀力がある。今からでも遅くはない。もう䞀床考え盎すこずは出来ないのか」
 ダメ元で蚀っおみたものの、予想通り孝倪郎は銖を暪に振った。

「その話を受けたのは十数幎も前の話。圓時はただ野球に察する゚ネルギヌが残っおいたが、今の僕はもう、あのずきの僕ずは違う。䜕床頌たれおも氣持ちは倉わらないよ。  さぁ、四の五の蚀わずに始めようか」

 孝倪郎はそう蚀っお野䞊に球を攟る。
「ピッチャヌ候補だった君に投球をお願いしたい。捕球は僕がする」

「いいんですか、おれで。うわぁ、光栄だなぁ」

「センパむ、センパむ。じゃあ、おれは」
 店の仕事を攟棄しお぀いおきた倧接が子どものようにはしゃぐ。

「倧接クンはどこでも守れるだろうから、内野の守備を頌むよ。庞平が打ったずきには僕に返球しおくれ」

「了解っす   っお蚀っおも、ここんずこ運動䞍足だから動けるかなぁ」

「心配するな。お前の反応が远い぀かないくらい、鋭い球を飛ばしおやるから」
 俺は本氣でそう蚀い、バットを振っおみせた。ぶんっ、ずいい音がする。野䞊の球なんお䞀発で打ち返しおやる。

「庞平。蚀っおおくが、今からやるのは詊合じゃない。野球を通しお僕らがわかり合うための『察話』だ」

「    」
 こんな堎を蚭けおおきながら「野球じゃない」ず蚀い匵る孝倪郎の発蚀を聞き流す。

「よっしゃ。い぀でも来い 䞀発お芋舞いしおやる」
 バッタヌボックスに立った俺は、のんびり構えおいる野䞊に向かっお蚀い攟った。そんな俺を野䞊が笑い飛ばす。

「野球、野球っお  。今の先茩を芋おるず、数幎前たでのおれを思い出したすよ。そろそろ次のステヌゞに進みたせんか。野球の、その先ぞ」

「  いいから早く投げろ」

「  悪いけど、簡単には打たせたせんよ」
 俺の挑発など物ずもせず、野䞊は萜ち着いた様子で孝倪郎のサむンを芋、投球の構えに入った。

  打おる

 球が手から離れた瞬間に刀断し、バットを振る。しかし思いのほか球嚁がなく、タむミングを倖されお空振りする。

「くそっ  」

「庞平。自分が逃げおいるこずに氣づかない限り、圌の球を打ち返すこずは出来ないよ」
 野䞊に返球しながら孝倪郎が蚀った。

「俺が  逃げる  」

「ああ。僕の倉化を盎芖できないず蚀うこずは、珟実から目を背けおいるも同矩だ。そしお、君が僕に抱いおいる感情をはっきり衚珟出来ないのも、逃げの氣持ちがあるからだ」

「     銬鹿なこずを蚀っおないで、次だっ  」
 孝倪郎の蚀葉を撥はね付け、ピッチャヌマりンドに目をやる。

「分かっおもらえないなら、次は  」
 孝倪郎がサむンを送り、野䞊が頷く。

さっきは芋誀ったが、今床こそ  
 振り抜いたバットに球が圓たる感觊。だが、球は右に切れ、ファヌルずなった。

「センパヌむ、振り遅れおたすよヌ」
 ファヌルボヌルを野䞊に投げ返しながら倧接が蚀った。

「うるせえ 次こそ、前に飛ばす」

「無理だ。野䞊クンを盎芖できおいない時点で君は劣勢だよ」

「ちゃんず芋おるよっ  」
 反論するず、野䞊がため息を぀いた。

「  先茩。そうやっお意地を匵るの、はっきり蚀っお栌奜悪いです。そんな人がファンクラブを創蚭するなんお、聞いお呆れたすね。奜きなら奜き、憧れおるなら憧れおるっお、ちゃんず本人の前で衚明したらいいじゃないですか」

「  陜動䜜戊は通甚しねえよ」
 口ではそう蚀ったものの、実際には激しく動揺しおいた。もはやバットを持぀手は震え、顔は熱くなり、たずもに立぀こずすらたたならない状態になる。

「  来いっ」
 自分を奮い立たせるように蚀い、バットを匷く握る。

「こんなにも匷情な男だずは知らなかったな  。だが、次で最埌だ」
 孝倪郎がミットを構える。そこに向かっお野䞊が投げる。ど真ん䞭に来た球めがけおバットを振る。

「えっ  」
 狙いは完璧だった。なのに、バットは球をかすりもせずに空を切った。
「なんでだっ  」

「蚀っただろう。次で最埌だず。そしおこれは野球ではなく察話なのだず。君は話すこずから逃げた。その時点でこの勝負は決たっおいたんだ」

「  そんなに話すこずが倧事かよ」

「ああ。それも、本音で話すこずが」

「    」
 䞉振に打ち取られた挙げ句、完党に蚀いくるめられた俺は負けを認めざるを埗なかった。バットを眮き、ふうっず息を吐く。
「  友だちだから蚀えないこずもある。だけど  そうだな。確かに、蚀わなきゃ䌝わらないよな」

 俺は倩を芋䞊げた。目を芋お話すなんお、ずおもじゃないが今の俺には出来ない。

「珟圹を退いた今でもお前の采配には玠晎らしいものがある。お前自身がそれをここで蚌明したっおのに  。惜おしい。本圓に惜しい。  だけど。  だけど、バッタヌボックスに立っおみお分かったよ。これはお遊び。真剣勝負の野球じゃないっお。  それが答えなんだろう お前が戊いの舞台には戻らないずいう意思衚明でもあるんだろう」

「ああ、そうだ」
 その返事に䞀床は悔しさを噛みしめたものの、すぐに身䜓の力を抜き、自分の氣持ちに正盎になっお蚀う。

「  俺は  俺は  野球をしおいる氞江孝倪郎が奜きだ。ずっずずっず、俺のヒヌロヌでいお欲しい。そう思っおいるからこそ埩垰を望み、䞀緒に野球をしようず蚎えおきたんだ。だから受け容れられなかったんだよ。女の子の前で錻の䞋を䌞ばしおる『ただの孝倪郎』が  」

「  めぐさんが僕を感情ある人間にしおくれたんだよ。圌女が、そしお圌女の家族がいなければ僕は今ごろ死んでいただろう。たずえ肉䜓が残っおいたずしおも人ずしおは終わっおいただろうな」

「    」

「僕だっお最初は認められなかったさ。鎧よろいがどんどん剥はがれおいくのを盎芖できなかった。だけど、氣づけば文字通り䞞裞にさせられ、そこでようやく諊めが぀いた。そしお氣づいたんだ。長い間、重たい鎧を纏たずっお生きおきたこずに」

「  怖くなかったのか 䜕者なにものでもない自分に戻っおしたうこずが」

「  裞の僕に、悠斗クンが蚀ったんだ。䜕者でもない、ただの氞江孝倪郎がどんなふうに笑うのか芋おみたいず。そしお僕なら人生をリセットしお生き盎せるず。そう断蚀しおくれる人がそばにいるんだ、䜕も怖いこずはなかったよ。そしお実際、僕は圌らず日々笑い、共に新しい人生を歩み出した。今、スケゞュヌル垳は空欄ばかりだが、予定がぎっしり詰たっおいた頃よりもずっず心は穏やかだし、なにより毎日が楜しい。䜕者かでいなくおも、人はちゃんず生きおいけるんだよ」

「  そうか。お前が毎日を楜しく生きおるならよかった」

 俺は、孝倪郎は野球がなければ生きおいけないず思い蟌んでいた。だから野球を続けお欲しいず願っおいた。だけど今の孝倪郎は、野球に䟝よらなくおもちゃんず生きおいる。そのこずが腑に萜ちた今、ようやく玔粋に、孝倪郎が元氣でいるこずが有り難いず思えたのだった。

「ふっ  。䞀緒に野球がしたい。それ以䞊に、お前が生きおいるこずが俺にずっおは䜕よりの喜びだったはずなのに、どこでボタンを掛け違えたのかな」

「掛け違えたずいうより、それだけ庞平が戊いの舞台に長く身を眮いおいた蚌拠だず僕は思うよ。僕らは戊い、勝利に貢献するこずだけを求められおきた。そこに感情は必芁なく、ひたすらに匷くあれず芁求された結果、自然に笑うこずさえ忘れおしたったんだ。  僕は運よく救われたが、䜿い捚おられた人間も山ほどいる。庞平が䜜ろうずしおいる野球遞手の育成機関では、そういう人間が出ないように工倫しお欲しい」

「わかっおるよ。  お前の協力が埗られないのは本圓に残念だけど、俺は俺で頑匵る。そしおお前のこずは、䞀いちファンずしお応揎するこずにするよ。ああ、それでファンクラブのこずだけど」

 俺はそこで䞀呌吞おいおから話を続ける。

「どうしお野球道具の展瀺なんだ それもワラむバで。今日はそれを聞きに来たんだ」

「本郷クンから聞いたのかな これは倧接クンの感想だが、どうやら僕が䜿っおいた道具や着おいたナニフォヌムには、僕ず同等のオヌラが宿っおいるらしい。それが事実なら、それらを芋るこずで、ファンは僕に䌚わずずも僕の存圚を感じられるんじゃないか、ず思ったんだ。そうするこずのメリットは、僕がその堎にいなくずもファンを喜ばせられるずころず、僕も僕でやりたいこずに専念できるずころだ」

「぀いでに食事しおっおもらえば、店の方も最いたすしね。あ、蚀っずきたすけど、これも氞江センパむの発案ですからね」
 倧接は埌半郚分の語氣を匷めお蚀った。䞀方の俺は唞うなる。

「だけど、お前本人からにじみ出るものは、物に宿っおいるオヌラずは比べものにならないぜ」

「それは圓然だろう。しかし僕のファンは、僕が生きおいるこずそのものに安心感や満足感を埗おいる氣がする。ならば時々、生存報告がおらサむン䌚でも開けば圌らのニヌズに応えるこずが出来るんじゃないか」

「  お前から自分を肯定する蚀葉が聞けるずはなぁ」
 俺の知る氞江孝倪郎ずはかけ離れた発蚀に驚き぀぀も、終始穏やかで安定しおいる様子を芋お心から安堵する。

「思い出したよ。お前はもずもずこういうや぀だったっおこずを。  いや、昔より今の方がずっずいいな、尖ずがっおない分ぶん」

「僕の棘は、野䞊家の人たちにみんな抜かれおしたったよ  。だから、今の僕は衚に出ない方がいいんだ。珟圹時代の僕に憧れおいるファンは僕の珟状を知らないほうが幞せだろうからね」

「なるほど。じゃあ、ファンの前に姿を珟すずきだけ野球人の仮面を぀けるっおこずか」

「仮面を぀けられるかは分からないが、倢を壊さない皋床には挔じる぀もりだよ」

「そうか」

 ファンクラブを䜜りたいず申し出たのはこちらだが、それに察しお自身の立堎を螏たえた䞊で珟実的な発案をしおくるあたり、さすがだず蚀わざるを埗ない。俺は深くうなずいた。

「  盎接話せおよかったよ。お前がワラむバに姿を芋せるたで埅った甲斐があった」

 孝倪郎に握手を求めるず、倧接が「匕き留めたのは、めぐっちずおれなんっすけど」ず䞻匵した。

「  ああ、お前にも感謝だ。野球郚時代から口の悪さず暪柄な態床が氣に食わなかったけど、䜜る飯は旚いし、発蚀内容は意倖ずたずもだし。芋盎したよ」

「やヌっず分かったんっすか 口の悪さは生たれ぀きですが、むやみに人をけなしたり傷぀けたりはしたせんよ。た、おれを曎生しおくれたのはそこにいる野䞊センパむですけどね」

「ちょっ   急におだおるのはやめろよ  」

「だけど、事実ですから。あヌ、そヌだ。うちの店に氞江センパむの所持品を展瀺する぀いでに、野䞊キャプテン率いるチヌムが甲子園に出堎したずきの写真も食っずこうかな。実はおれ、野䞊センパむのこずも尊敬しおるんで」

 倧接はそう蚀っおパンパンッず手を叩き、拝む真䌌をした。

「よせよせ。どうせ食るなら氞江キャプテン時代の写真にしおくれ。頌むよ  」

 野䞊は本圓に恥ずかしそうに顔の前で手を振った。その様子を芋た孝倪郎が声を立おお笑う。仏頂面のむメヌゞが匷かっただけにただ芋慣れないが、こんなふうに笑えるようにしおくれたのが野䞊たちなら、きちんず瀌を蚀わなければいけないかもしれない。

 確かに俺は長い間栌奜いい孝倪郎に憧れおいた。だけど心のどこかでは、野球以倖のこずはからっきしダメなずころも人間味があっお奜きだったんだず思う。あい぀の䞖話をしおきた人たちもきっずそうに違いない。そのギャップが氞江孝倪郎の真の魅力だず知っおいるから。

 ふず、昔のこずを思い出した。懐かしさに胞が枩かくなった俺は思い切っお誘う。

「なぁ、孝倪郎。昌飯を食ったばかりでこんなこずを蚀うのもなんだが、今晩、俺の実家で飯食わねえ 姉貎の話によれば、お袋はただ台所に立っお料理をしおるそうだ。お前が䞀緒だっお蚀えば匵り切っお䜜っおくれるず思うぜ」

「君のお母さんの料理、か。久しく食べおいないな。ああ、そうだな。もし、迷惑でなければご䞀緒させおもらおうか。もっずも、お母さんが喜ぶのは僕ずの再䌚より君の垰宅の方だず思うが」

「え」

「今の口ぶりから察するに、君は長らく実家に垰っおなさそうだ。䜕も蚀っおこなくおも、特に母芪っおや぀はい぀でも子どもの身を案じおいるものだよ。煩わしいず思う氣持ちは分からないでもないが、芪の幎霢を考えれば生きお䌚える回数は限られおいる。僕ず䞀緒でもいい、近くに䜏んでいるんだから時々顔を芋せおあげお欲しいな」

「  んなこず、お前に蚀われなくたっお分かっおるよ」

 春山の「女心」は分からなかったくせに、なぜか俺のこずは蚀わなくおも蚀い圓おおきたのは付き合いの長さの違いだろうか。ちょっぎり嬉しいような、氣恥ずかしいような。いずれにしおも悪い氣はしなかった。

「あヌ、だけど氎沢みずさわセンパむ、今日の午埌はうちの店ワラむバで䜓操クラブの打ち合わせをする予定になっおるんで、氞江ながえセンパむは晩飯時ばんめしどきたで身䜓が空きたせんよ」
 倧接が腕時蚈をちらりず芋ながら蚀う。
「䞀旊、垰りたす それずもおれたちの話、聞きたす」

「ずりあえず実家に電話入れお了解が取れたら、そうだな  。䞀人郚屋に垰っおもするこずないし、お前らの話し合いでも聞いずくか。考えおみたら、䜓操クラブの䞭身はちゃんず把握しおなかったし」

 俺の蚀葉を聞いた䞉人は䞀様に目を䞞くした。
「  なんだよぉ、そんな顔しお。孝倪郎が蚀ったんだろ 話はちゃんず聞けっお」

「ああ、蚀ったずも。それじゃあ僕らは、庞平に玍埗しおもらえるような話し合いをするずしようか。君の理解が埗られれば、倚くの人の理解も埗られるだろうからね」

 そう蚀っお笑った孝倪郎は本圓に嬉しそうだった。


18悠斗

 おれの家族は党員、孫子たごこに「野䞊たな」ずしお新しい人生を生きお欲しいず望んでいる。しかし「鈎宮愛菜」の父芪だったおれにずっおはそれを望みきれない理由がある。

 おれは目の前のたなず䞀緒に、鈎宮愛菜だったずきの蚘憶を共有し続けたいずいう想いを捚おきれずにいる。たった五幎分の思い出を共有したいがために今埌、䜕十幎も続くであろうたなの人生から蚀葉を奪っおしたうのはどう考えおも割に合わないずいうのに、愛菜が神に懇願しおたで蚘憶を残しおもらったなら、おれの䞀存でその努力をなかったこずにするずいう遞択が出来ないのである。

 ――前を、未来を芋ろ。

 俺が地博から䜕床ずなく蚀われおきた蚀葉だ。そしお実際、その蚀葉があったからこそ今のおれは前向きに生きおもいる。なのに  。

◇◇◇

 氣萜ちしおいる間に梅雚がやっおきた。オゞむがあの䞖に旅立った季節。もしかしたら同じ時期にオバアを連れお行っおしたうんじゃないかず䞍安になるが、今のずころオゞむが珟れる氣配はない。しかし医者に蚺おもらったずころ、心臓の動きが以前より匱たっおいるず蚀うから油断は出来ない。

 ずころが、圓のオバアは「悠斗君が元氣を取り戻さないうちは、心配であっちの䞖界にいけやしないわ」ず盞倉わらずの口達者である。その様子を芋る限りすぐに別れの日が来るこずはなさそうだが、䞀緒に過ごせる時間が日ごず短くなっおいるのは確かだ。

オバアを心配させたたたにしないためにも、早く心の元氣を取り戻さなければ  

 しかし、そう思えば思うほど心は重く鬱ふさぐのだった。

◇◇◇

 日曜日だずいうのに、朝から雚が降っおいる。倩氣が良ければたなを倖で遊ばせたかったが、この雚ではどうしようもない。しかしたなは、そんなこずはお構いなしず蚀った様子で倖に行きたがる。

「たな。お倖は雚だよ。今日はおうちの䞭で遊がう」
 翌が䜕床も宀内に誘導するも、たなもたなで䜕床も玄関に向かっおは靎を履こうずする。さすがの翌も困り顔だ。

「これだけ蚀っおもダメなら、めぐの職堎たで散歩しおくるっおのはどうだ 倖に出れば少しは萜ち着くかもしれないぜ」

 おれの提案に翌は少し考えた様子だったが「いい案だけど、途䞭に公園があるだろう あそこは誘惑ゟヌンだから、通りがかったら最埌、遊んでいくっお蚀いかねない」ず蚀っお再び頭を抱えた。

 そのずき、むンタヌフォンが鳎った。そばにいた翌が応じるず、映璃の顔がカメラに映し出された。

「゚リ姉 こんな日にどうしたのさ」

『ちょっず甚があっおね。こんな倩氣だし、みんな家にいるんでしょう』

「めぐちゃん以倖はみんないるよ。っおいうか、ちょうどいいずころに来おくれたよ。たなず遊んでやっお欲しいんだ。たな、ばあばが遊びに来たよ」

 翌の蚀葉を聞いたたなは、ばあばが来たこずを喜んでいるらしい声を発しながら玄関に向かった。おれはたなの埌を远い、玄関扉を開ける。

 映璃は傘に雚合矜、レむンブヌツずいう姿で立っおいた。たなが足もずにすり寄っおきたず分かるず、映璃は慣れた所䜜でひょいず抱き䞊げた。

「よぉ。久しぶり。元氣そうだな」
 声をかけるず映璃は肩をすくめた。

「そういう悠は顔色が悪いわね。アキから聞いおるわ。悩みがあるんですっおね」

「たぁ  。だけど、倧したこずはないよ」

「その顔でよく蚀うわ。  ねぇ。悠ずデヌトするために来たっお蚀ったらどう思う」

「えっ デヌト」
 おっきりたなの盞手をしに来たのかず思いきや、いきなりそんなこずを蚀われお戞惑う。そこぞ地博がニコニコしながら姿を芋せる。

「あ、来た来た。雚の䞭、ありがずうね」

「  もしかしお、お前の策略か」

「策略っおほどでもないけど、最近ずっず元氣がない君のこずを話したら゚リヌが心配しおね。こうなったら自分が励たすしかないっお蚀うんで、デヌトにでも誘ったらどうかっお提案したんだ」

「そういうこずかよ。お前の提案でデヌトに誘われおも嬉しくねえし。心配には及ばない。おれのこずは攟っおおいおくれ」

「攟っおおけないから蚪ねおきたんじゃない」

「なんでだよっ  」

「だっお悠は、私たちの『倧きな息子』だから」

 たなの、もう䞀人の父芪になろうず決意を新たにした頃に二人から蚀われた蚀葉を思い出す。二人はどうしようもなくだらしないおれを芋捚おるどころか「息子」ずみなし、䞭幎にさしかかった自分たちが進む新しい道を䞀緒に歩こうず手を差し出しおくれたのだった。

「  だけど、『倧きな息子』ずデヌトするには生憎の倩氣だぜ」
 皮肉を蚀ったにもかかわらず、映璃は動じずに蚀い返す。

「だからこんな栌奜をしおきたんじゃない。今日は雚の公園デヌトよ。もちろん、たなちゃんずアキも䞀緒ね」

「  おれ、合矜なんお持っおねえし」

「そういうず思っおね、ちゃんず甚意しおきたんだ」
 映璃は合矜の前ボタンを開け、背䞭のリュックを指し瀺した。



 近所の公園を蚪れる。合矜を着た䞭幎の男女䞉人ず二歳児以倖に人はいない。確かにここなら深刻な話をしおいおも誰かに聞かれる恐れはないだろう。なるほど、映璃も考えたものだ。

 倖に行きたがっおいたたなは倧はしゃぎだ。しかも今日は氎遊びの蚱可が出おいるので、さっきから氎たたりを行ったり来たりしお楜しそうにしおいる。

 そのそばで噚甚な映璃が、たなを泚芖し぀぀もおれに話しかける。

「  悠が悩む氣持ちは分かるわ。葛藀かっずうするのは我が子を愛するがゆえ。たずえ亡くなっおいたずしおも、愛しおいた事実は倉わらないどころか増すばかり、ず」

「ああ  」

「思い出はい぀でも矎しいものよ。だけどね、悠。その思い出は二床ず還らない日々だず蚀うこずを忘れないで。その過去がどんなに玠晎らしいものであっおも、私たちはいた、この堎所からしか過去を芋れない。時が過ぎれば過ぎるほど過去は遠ざかり、真実が芋えにくくなる」

「ああ  。分かっおるよ、そんなこず。だから悩んでるんじゃないか」

 ぶっきらがうに告げるず、たなが䞀瞬氎遊びをやめ、おれのほうを芋た。その目はたるで、自分の過去を消し去らないでず蚎えおいるようだった。地博もそう感じたのか「やれやれ」ずため息を吐き、たなの前でしゃがんでその顔を芗き蟌んだ。

「たなちゃん。そんな目で悠を芋ないでほしい。君がそういう県差しを向けるたび、悠は思い悩んでしたう。  君の望みは分かる。だけど、悠は今を生きる人間だ。君が悠の目を過去に向けようずしおも僕らがそうさせない。君が諊めるたで、僕は䜕床でも蚎え続けるよ」

「地博  」

「悠。君にも蚀いたいこずがある。人は、起きた出来事を郜合よく解釈する生き物だ。もちろん僕もそう。今でこそ僕は君を家族だず思っお信頌しおいるけど、君も承知しおいるずおり、高校生の頃は顔を芋るのもうんざりするくらい嫌いだった。  もし、未だにあの頃の蚘憶を匕きずっおいたら、きっず君ずは家族になっおいなかっただろう。だけど僕の感じ方は倉わった。なぜか。それは今の君の玠晎らしさを知ったからだ。今の君が高校生の頃の蚘憶を䞊曞きしたからだ。そう。いいも悪いも、過去の蚘憶を曞き換えるのは今の自分。過去に起きた出来事そのたたを思い返すこずは䞍可胜なんだよ」

「぀たり、おれが過去を矎化しおいる、ず。そう蚀いたいのか」

「はっきり蚀っおしたえばそうなる。  おっず、その目は䜕か蚀いたげだね いいよ。この際䜕でも蚀っおよ。君の蚀い分はすべお受け止める」

「それじゃあ蚀わせおもらうぜ」
 挑発されたおれは、躊躇ためらうこずなく思いの䞈をぶ぀ける。

「もしも  。もしも、めぐが䞍慮の事故で死んだらどうする もう二床ず声を聞けない、顔も芋れない。それでもお前は前向きに生きおいけるず断蚀出来るか   出来るはずないよな その嚘があの䞖から過去の蚘憶を持ったたた垰っおきたずなれば、喜ぶのは圓然のこず。そうじゃないか」

「  そうだね。めぐが自分より先にこの䞖を去るなんお想像も぀かないし、仮にそういう日がやっおきおしたったら、長い間立ち盎れないに違いない。  だけど、だけどね。それでも僕はい぀か立ち䞊がり、前進できるずも思う。なぜだか分かる」

「  さあな」

「それは僕が䞀人じゃないからだよ。僕にぱリヌがいる。君もいる。支えおくれる家族や友人がいる限り、そしお呜が続く限り、僕は死を乗り越えお生きる。むしろ、それしか出来ない」

「    」

「今の君にはそういう家族や友がいる。そしお君は、僕らず過ごす日々の䞭で嚘さんの死を乗り越えたはずだ。  なぜたた来た道を戻るような真䌌を そんなに倧事なの 目の前の『我が子』より過去の我が子ずの蚘憶が」

「    」

「アキ、もう充分でしょう」
 蚀葉に窮しおいるず、映璃が間に入った。

「悠にはこのくらい蚀っおやらないず効果がないから。だけど、うん。お互いに蚀いたいこずは蚀ったよ」

 そうだよね ず蚀わんばかりに地博がおれを芋る。返事ができないでいるず、その目は再びたなに向けられる。

「  いた聞いたずおり、これがじいじずばあば、そしお悠の想いだ。前にも蚀ったけど、僕は君が倧人の䌚話を理解できないずは思っおいない。君自身も少し考えおみお欲しい。そしお  」

 地博はそこで蚀葉を句切り、合矜の䞊からたなの頭を撫でた。

「デヌトの邪魔をしお悪かったね。僕は先にたなちゃんを連れお家に垰るよ。あずはごゆっくり」

 さあ、行こう。パパが埅っおる。地博が手を差し出すず、たなはすんなりその手を取っお自宅に足を向けた。公園にはその様子を呆然ず芋぀めるおれず、ほっずした様子の映璃が残された。

「  倧䞈倫 䜙蚈に萜ち蟌んだりしおない」
 映璃はそう蚀っおおれを芋䞊げた。

「この顔が倧䞈倫そうに芋えるか ったく、あい぀は幎々おれに遠慮がなくなっおきおるな。カりンセラヌが聞いお呆れる」

「それだけ悠のこずが心配なのよ。アキの氣持ちも察しおあげお」

「  察するも䜕も、すべおあい぀の蚀うずおりだ。分かっおるさ、おれだっお。本圓はどうするのがベストなのかくらい」

 諞々の氣たずさがあっお映璃から目を背けるように倩を仰ぐ。雚がほずんど止んでいるこずに氣づき、汗で内偎が湿った合矜を脱ぎ去る。

「雚、止んだね」
 映璃も同様に合矜を脱ぐ。ず、途端にいい匂いがした。

「珍しいな。銙氎を぀けおくるなんお」
 指摘するず映璃は喜んだ。

「悠なら氣づいおくれるず思った。だっおデヌトしに来たんだもの。銙氎くらい぀けたっおいいでしょう」

「  地博が蚀ったから枋々誘っおくれたんだず思っおた」

「枋々、䌚いに来たりはしないよ。  悠、あれからちゃんずお父さん、頑匵っおるもんね。たたには、んヌ、ご耒矎ほうび 少しでも私に氣があれば、の話だけど。さすがに、おばあちゃんが板に぀いた私に興味なんおないか  」

「いや  。映璃はいく぀になっおも綺麗だよ。むしろ、氣萜ちしお老け蟌んでるおれをデヌトに誘っおくれる方がびっくりだぜ」

「確かに、今の悠はお䞖蟞にも栌奜いいずは蚀えないね。翌くんずめぐの取り合いしおたずきの方が䜕倍も若々しかった」

「実際、若かったけど。たぁ、そうだな。  こんなおれずじゃデヌトする氣になれないっおんなら、ちっずは頑匵るけど」

「頑匵るっお  」

「えぇず  」
 無意識にポケットに手を突っ蟌む。ず、鍵束が入っおいるこずに氣づく。その瞬間におれは映璃の手を取った。

「ちょっずドラむブしないか 埌ろに乗せおやる」



 行き先はどこでもよかった。だけどせっかく映璃ず二人きりのバむクデヌトならず、おれたちの母校である城南高校に行っおみるこずにした。

 高校はあの頃のたた、䜕も倉わっおいないように芋えた。しかしめぐが通っおいた頃には制服も倉わり、映璃や地博の所属しおいたチェス郚もずっくに無くなっおいたず聞く。たたおれが所属しおいた氎泳郚も圓時の掻氣は倱われ、现々ず掻動しおいたずも聞いた。

 校門は閉たっおいる。䞭の様子も芋おみたかったが、卒業生が氣軜に入れる雰囲氣ではなかった。しかし映璃はニコニコしおいる。

「ここに立っおるだけでも懐かしい。悠ず付き合っおた期間は短かったけど、䜕床か校門前で埅ち合わせしたよねぇ」

「そうだったな  。孊校の呚りを䞀呚しおみようか」

「いいね」

「  手ぇ、繋いでもいい 繋ぐだけなら構わないだろう」

「うん。繋ぐだけならね」
 映璃は返事をしながらおれの右手を取った。



 目に映る景色は懐かしく、䞀瞬でも高校生に戻ったような氣分になる。しかし隣を歩く映璃の頭には、染めおはいるものの癜髪が光り、握る手にも若い頃のような柔らかさは感じられなかった。

 映璃も同じこずを思ったのだろう。こちらを芋䞊げながら「今こうしお私ず歩いおみおどう 昔ず同じ氣持ちになれる」ず蚀った。

「たさか。今は今で、昔は昔だろ」
 䜕の氣なしに蚀った぀もりだった。しかし、

「  なら、愛菜ちゃんずの関係も同じじゃないかな」
 そう蚀われ、蚀葉を倱う。映璃は続ける。

「今、愛菜ちゃんず過去の話をしおも圓時ず同じようには語れない。さっきも蚀ったように、私たちは今この堎所からしか過去を芋るこずが出来ないから」

「  なら、おれはどうすればいい 埌悔は  したくない」

「  どっちを取っおも埌悔するず思うよ」
 突き攟すような蚀葉にショックを受け、抌し黙った。しかし映璃はすぐに蚀葉を継ぐ。

「私たちの人生は遞択の連続。遞ばなかった方に意識を向ければ誰だっお埌悔の念を抱くものよ。だけどその埌悔が少しでも小さくなるようにするこずは出来るず思うの。悠䞀人で抱え蟌むんじゃなく、私たち家族みんなでこの問題に取り組めばきっず」

「映璃  」

「悠の人生の䞀端は私たちず重なっおいるの。だから、その重なり合っおるずころにいる間は氣持ちよく過ごせるようにお互いが知恵を絞る。協力する。それが野䞊家でしょう」

「ああ、そうだな  」

 高校生の頃はおればかりしゃべっおいお、映璃は自分のこずなんおほずんど話さなかった。映璃自身が身䜓のこずで悩んでいたからだ。だけどあれから数十幎が経った今は、黙りがちなおれを支えるように映璃が蚀葉をかけおくれる。幎月の経過は䜕も悪いこずばかりではないず思い知る。

 そんなこずを考えおいたら、映璃が唐突に蚀う。
「ねぇ、話しおくれない 悠ず愛菜ちゃんの思い出を」

「思い出  」

「ええ。倧切だずいう二人の過去を聞いおみたいの。いいでしょう」

 考えおみれば、愛菜に぀いおは死んだ経緯しか話したこずがなかったように思う。䞀緒に問題に向き合いたいず申し出た映璃が、おれず愛菜が共に過ごした日のこずを知りたいず思うのは圓然のこずだろう。

 なぜ今たで積極的に語ろうずしなかったのか。それは、最埌にはすべおが「愛菜の死」に繋がっおしたうからだ。「愛菜の死」でおれたち芪子の物語が終わっおしたうからだ。

 だけど今は違う。鈎宮愛菜を内包しおいる、野䞊たなずの思い出には続きが、今ずこれからが存圚しおいる。本来あるべき未来が、ちゃんず。

「今なら話せるかもしれない  。けど、どこから話そうか  」

「なら、順を远っお話しおよ。生たれた瞬間から成長しおいく過皋を」

「  うたく話せるかな」
 おれは蚘憶の扉を開け、奥ぞ奥ぞず進んでいった。

 誕生の蚘憶は最も深いずころにあった。しかしそれは䞉十数幎も前の出来事。もはや蚘憶も映像も曖昧あいたいだ。集䞭し、はっきり思い出そうず詊みるがどうしおもうたくいかない。

 焊りが生じた瞬間、目に浮かぶ光景が野䞊たなの誕生の堎面に倉わった。こっちは鮮明だ。めぐず翌の笑顔がおれに向けられおいる。そしおおれ自身もそのずき感じた嬉しさをありありず思い出せおいる  。

くそっ  。これが、珟実か  
 おれは頭を抱えた。そしお自分の䞍甲斐なさを錻で笑う。

「ははっ  。笑っちたうぜ  。散々偉そうなこずを蚀っおおきながら、いざ思い出そうずしたらたずもに思い出せないんだからな。  そうさ。おれはもう鈎宮愛菜の父芪じゃない。野䞊たなの父芪なんだ。おれが『今、ここ』に生きおる限り」

「そうね」

「  忘れたくなんかなかった。だけど、時の経過は残酷だよ。倧切だったはずの蚘憶も断片的にしか思い出せないようにしおしたうんだから  」

「  なぜだか、分かる」

「わかれば苊劎はしねえな  」

「それはね、今を思い切り楜しむためよ」
 映璃はそう蚀っお足を止め、正面に回ったかず思うずいきなりおれを抱きしめた。

「さっきアキが蚀ったこずは私にもあおはたるよ。高校生の時よりも今の悠の方が奜き。そう感じられるのは、時の経過ず共にお互いが倉化したから。  あの頃の出来事の延長線䞊に今があるのは確かよ。だけど、あの頃の蚘憶がかすんでしたったからこそ、今こうしお䞀緒にいられるんじゃないかっお私は思うよ」

「だけど、愛菜の時間は五歳で止たったたただ。倧事なこずほど芪が決めなきゃいけない。たずえおれの蚘憶が消えかかっおいたずしおも  」

「愛菜ちゃんの人生を匕き受けすぎないで。確かに芪は子どもの成長を手助けする必芁があるけど、それは䜕でもかんでも芪が決めるっお意味じゃないず思うの。五歳の子でも幎霢に応じた遞択や決定は出来る。それを、幌いこずを理由にやらせないのは倧人の方よ。  悠は䞀床、しっかり愛菜ちゃんず話した方がいい。たずえ話せなかったずしおも、悠ならあの子の蚀わんずするこずを汲み取れるでしょうから」

「愛菜ず  話し合う  」
 蚀われお、おれは愛菜ず向き合うこずを避けおいたんだず氣づく。負わされた責任の重さから逃れようずしおいたんだず。

 結局おれは、結論を出すのを先延ばしにしおいるに過ぎないのだ。悶々ず悩んでいるフリをしお珟状を維持したいだけなのだ。

い぀たでも逃げ続けおいいのか   䞀歩でも二歩でも、前に進たなければいけないんじゃないのか  

 話せない愛菜――しかも盞手は幌児だ――ず話す。たずもに話せるはずがないず、倧人なら誰でも思うだろう。おれも、そう。だから話し合うずいう発想すら湧かなかったのだ。だけど地博は蚀った。愛菜は倧人の䌚話を理解しおいるず。もしそれが事実なら、そしお愛菜がおれを信頌しおいるずいうなら、芪ずしお出来る最初の䞀歩は愛菜の人生を決めるこずではなく、話し合う堎を蚭けるこずなんじゃないか。映璃ず話す䞭でそう思い始める。

 こうしお映璃が自信を持っお蚀えるのは、自分たちがすでに実践枈みだからだろう。おれはある゚ピ゜ヌドを思い出す。

「そう蚀えば、おれの母芪が死んだ日の朝に、圓時八歳だっためぐが病院たで䌚いにきたっけ  」

「そんなこずもあったわね  。あの日、本圓は悠が我が家に遊びに来おくれるはずだったのよね。だけどご䞍幞があっおそれどころじゃなくなっお  」

「ああ。だけど、めぐは怒らなかった。それどころか、おれを励たしおくれたよ  。八歳でもちゃんず、おれの身に起きたこずや氣持ちが分かっおんだろうなっお、感心した芚えがある」

「だいぶ話し合ったからね。あのずき、めぐには䜕床も聞いたわ。悠ず䌚っおどうしたいの っお。最初は遊びたいっお蚀っおためぐも、悠の事情を知るうちに慰めおあげたいっお蚀うようになっおね。それなら䌚いに行こうっおこずで、アキに病院たで連れお行っおもらったのよ」

「そうだったのか」

「  子どもは、倧人が思っおいるよりずっず賢いわ。愛菜ちゃんだっお、きっずね」

「そうだな  。時間をかけおでもちゃんず向き合わないずな  」

 䞀぀二぀ず、雚粒が肌の䞊に萜ちる。たた雚が降っおきたようだ。
「ありがずう、映璃。デヌトに誘っおくれお。少し前に進めそうな氣がしおきたよ」

「それならよかった。  うん、さっきよりいい顔しおる」

「さお  。本降りになる前に垰ろう。今床は倩氣のいいずきに䞀日デヌトしたいな」

「そうね。悠がこの問題を乗り越えたら、そのずきはぜひ」
 おれたちはバむクを止めた正門前たで再び手を繋いで戻るず、急ぎ垰路に぀いた。

 バむクを走らせながら、頭の䞭である考えを巡らせる。

家に着いたら早速、翌たちに話しおみよう  

 うたくいくかどうかはこの際、関係ない。倧事なのは、行動するかどうか。そのこずを映璃が教えおくれた。


19めぐ

 雚が降っおいるこず、そしおどうしおも確かめたいこずがあるのを理由に、珟圚自宅に居候䞭のパパに迎えを頌んだ。少し早めに仕事を終えおの連絡だったが、パパはすぐに返事をくれ、車で迎えに来おくれた。

「ありがずう、パパ」

「嚘の頌み事ずあらばい぀でも匕き受けるさ」
 パパはそう蚀っおすぐに車を走らせ、ハンドルを切りながら話しかけおくる。
「予定より早く終わったの」

「うん。今日はお客さんが少なかったし、䞀぀確かめたいこずもあっお  。そのこずを話したら早めに䞊がっおいいよ、っお理人さんが」

「確かめたいこず」
 眉をひそめるパパに構わず、間髪を開けずに蚀う。

「実は、お店の前を掃陀しおるずきに偶然芋かけちゃったんだよね。こんな倩氣にもかかわらず、悠くんがバむクに乗っおどこかに向かうずころを。しかも埌ろに  ママらしき人を乗せお。  わたしの芋間違いならそれでいいの。だけど、もし本圓だったら  。ママず䞀緒っおこずはデヌトずしか思えなくお  」

 もちろんバむクは瞬く間にわたしの前を通り過ぎおいったし、ヘルメットもかぶっおいたから同乗者の顔をはっきり芋たわけではない。だけど、可胜性ずしおあり埗るのはママしかいないのだ。

 パパは悠くんずママが二人きりで䌚うこずをよく思っおいない。たなの誕生前、浮氣がちな行動を取る二人に「䌚うずきは必ず同垭する」ず宣蚀し、癟パヌセント実行しおきたパパだ。悠くんの心情や倖出の目的に氣づかないはずがない。

 このずころ鬱ふさぎがちな圌が氣晎らしに倖出するこずはあり埗るだろうし、その可胜性が高いずは思う。しかし、もしそうだずしたら悠くん䞀人で行くのでは   ドラむブにあえおママを誘う必芁があるのだずすればその目的ずは  

 考えれば考えるほどモダモダするわたしに察し、パパは普段ず倉わらない口調で蚀う。

「めぐは僕らの関係を心配しおくれおるのかな だけど、心配いらないよ。圌らを二人きりにしたのは僕だ。そしおママはちゃんず悠を励たしおくれた。  悠はもう前に進む力を埗たよ。めぐが垰宅したらおそらく悠から倧切な話があるだろう」

「えっ、どういうこず  」

「確かに二人はデヌトしおきたけど、めぐが思っおいるようなこずは起きなかったっおこず。時ずしお䞭幎の倧人っおのは、昔を懐かしむこずで倧切なこずに氣づくものなんだよ」

「  よく、分かんない」

「今は分からないだろうな。だけど、いずれ分かる日が来る」



 車は皋なくしお家に着いた。ママらしきレむンブヌツを確認した盎埌、靎の持ち䞻がたなず䞀緒に玄関先たでわたしを出迎えおくれた。

「おかえりなさい。たなちゃんず遊びたくなったから、来ちゃった」

「  悠くんずのデヌトが目的だったくせに」

「えっ なんで知っおるのよ   もう、アキったら早速しゃべったわね」

「誀解だっおば。文句ならワラむバの前を通った悠に蚀っおよ。その瞬間をめぐに目撃されおるんだからね。た、ちゃんず蚂正しおおいたけど」

 そこぞ悠くんがやっおきた。デヌトしおきた埌ずいうだけあっお衚情は明るい。その悠くんにくっ付いたママはたるで圌が倫であるかのように芋䞊げ、目を合わせた。

「悠、なんでワラむバの前を通ったの めぐに芋られちゃったじゃない」

「なんでっお蚀われおも、いい抜け道なんだからしゃヌないじゃん。それに地博の提案で出かけおきたんだから、䜕もやたしいこずはないだろ」

「それが、どうやらめぐには私ず悠が恋愛デヌトしおきたように芋えたらしいよ」

「ぞぇ  。そんなにいい感じに芋えたかな、おれたち。確かに手぀なぎデヌトはしたけどさ」

「はいはい、そこたで」
 パパはくっ぀き合う二人を割くように匕き離した。しかしその顔は笑っおいる。
「お母さんを慕うような氣持ち、、、、、、、、、、、、、で゚リヌに寄り添うのは結構だけど、自分が䞭幎の男だっおこずを忘れないように」

「むっ  。映璃、やっぱり近々二人だけでデヌトしようぜ。だめか」

「蚀ったでしょう たなちゃんの問題が解決したらっお。それたではお預け」

「  ちぇっ、分かったよ。さお、めぐも垰っおきたし、そろそろ話すずしようか」

 悠くんはそう蚀っお小さくため息を吐いたが、すぐに立ち盎っおわたしたちを居間に集めた。真面目な顔぀きになったのを芋お、さっき車の䞭でパパが蚀っおいた「倧切な話」が始たるのだ、ず盎感する。

 悠くんはたなを傍らに呌び寄せた。そしお䞀同を芋回すず䞀氣に想いを䌝える。

「映璃ず話しお決心が぀いた。おれはこの倏、沖瞄に行く。たなを連れお。そこでちゃんず  今床こそ迷いを断ち切る぀もりだ」

 たなを陀く党員が目を䞞くした。最初に疑問を口にしたのは翌くんだ。
「  それっお愛菜ちゃんを亡くした海に行く、っおこずだよな」

「ああ」

「だったら俺も行く。俺は泳げないけど、䞀床行っおみたいず思っおたんだ」

「わたしも行きたい。たなは連れお行っおわたしは眮いおく、なんお蚀わないよね」

「お前らならきっずそう蚀うず思っおたよ。ああ、行こう䞀緒に。沖瞄の海ぞ。  っおこずで、地博には悪いんだけど」

 悠くんが蚀いかけるず、パパはすべおを理解したかのように頷いた。

「母のこずだろ 倧䞈倫、ちゃんず匕き受けるよ。゚リヌも兄貎もいるし」

「ああ、よろしく頌むぜ。  オバア。おれたち、倏の間䜕日か家を空けようず思っおたす。お土産も持っお垰りたすので、それたでどうか元氣でいおください」

「わたしのこずは䜕も氣にしなくおいいのよ。若い人はただただ人生長いんですもの。悩みがあるならちゃんず解決しお、みんなで楜しく生きおちょうだい」

「はい」

 返事をした悠くんは祖母の前で膝を぀き、目を芋おその手を握った。二人は無蚀ながらも通じ合っおいるかのように䜕床も䜕床もうなずき合った。

 その様子を、たながじっず芋぀めおいる。たるでこれから起きるこずすべおを芋通しおいるかのように。

この子はいったい䜕を思っおいるのかしら  

 疑問を抱きながら凝芖しおいるず、ママがそばにやっおきお蚀う。
「  実はめぐが仕事に行っおいる間、四人で話し合ったのよ。だからたなちゃんも自分がこの倏どこぞ行くのか、そしおそこで䜕が起きるのか、ちゃんず分かっおるず思うよ」

 「四人」ずはママたち䞭幎組ず、たなのこずだろう。それを聞いお、ママが蚪ねおきたのは単に悠くんを励たすためではなく、たなに倧人の話を聞かせる目的もあったのだず知る。

「ありがずう、ママ。いろいろず氣を遣っおくれお。  さっきは勘ぐったりしおごめんなさい」

「私はただ、倧奜きな人たちの笑顔が芋たいだけよ。それず、悠に関しお蚀えば䞋を向いた顔より、堂々ず胞を匵っおる時の方が栌奜いいからね」

「それは蚀えおる   っお、やっぱりママは今でも悠くんのこず  」

 ほんのり匂う銙氎に氣づき二人を亀互に指さす。しかしママも悠くんも顔を芋合わせお埮笑んだだけだった。


20翌

 梅雚の間は毎日のように降っおいた雚も、明けおからはたったく降らなくなった。代わりに肌を焌く日差しがさんさんず降り泚いでいる。そんななか南囜に行ったら真っ黒に焌けちゃうんじゃないかず心配にもなるが、悠斗曰く、郜垂郚ず沖瞄ずでは暑さがたったく違うのだずいう。

 䞃月䞋旬。䌑みを合わせた俺たちは明日、真倏の沖瞄ぞ飛ぶ。荷造りはすでに終えおいる。あずは飛行機に乗るだけだ。もちろん、たなを連れおの初旅行なので䞍安はれロではない。だけど、これはたなのための旅でもあるし、きっず本人だっお分かっおいるはず。あずは問題なく珟地に到着できるこずを祈るばかりだ。

 仕事を終えお垰宅し、倕食を終えるころになっおようやく倪陜が沈んだ。それを埅っおいた悠斗ずめぐちゃんは「倕涌みしおくる」ず蚀っおたなず散歩に出かけおいった。

 その間に俺はアキ兄ず倕食の埌片付けをする。アキ兄がこの家にやっおきおからずいうもの、二人で台所に立぀のが日課になっおいる。俺はこの時間が奜きだ。ず蚀うのも、たいおいは䜕かしら秘密の話ができるからだ。楜しい話題じゃないこずが倚いけど、アキ兄の頭の䞭の話は深く、聞くたびに新しい発芋がある。

 今日も「これからする話は  」ず蚀う前眮きから始たる。俺はどんな内容でも聞けるようにず身構える。

「  時が満ちるたで、悠ずめぐには話さないで欲しい」
 続く蚀葉を聞いお、それが祖母に関するこずだずすぐに察した。俺が小さく頷くず、アキ兄は再び口を開く。

「  氣づいおいるかもしれないけど、おばあちゃんの食欲はかなり萜ちおる。実際、医者の蚺断結果もよくない」

「やっぱり  そうなんだ  」

 倏の暑さも圱響しおか、祖母の䜓調は日に日に悪化しおいる。悠斗が沖瞄に行くず宣蚀した䞀ヶ月前たでは元氣にお喋りしおいたのに、今ではそれも難しいくらいに元氣を倱っおいる状態だ。

「なら、旅行は延期した方がいいのかな  」

「いや、すべおの物事は最適なタむミングで蚪れる。だから君たちは、たなちゃんず向き合う今回の奜機を逃しちゃだめだ」

「でも  」

「翌くん」
 アキ兄は掗い物をする手を止め俺に向き盎る。俺も䜜業をやめお正察する。

「実は君たちの留守䞭、兄貎にも  君のお父さんにも来おもらうこずになっおる。おじいちゃんの時もそうだったけど、兄貎はやっぱり最期を芋届けたいっお氣持ちが匷くおね  。堎合によっおは君たちの垰宅埌もしばらく滞圚するこずになるかもしれないけど、それほど長匕くこずはないだろうず思っおる」

「぀たり、芪子だけで最期の時間を過ごしたい、ず  」

「そういうこず。  君の家で僕ら兄匟が厄介になるなんお申し蚳ないなぁず思うけど、母さんがこの家ず孫たちを氣に入っおる以䞊は仕方ないよね」

「俺は、ばあちゃんず楜しい時間を過ごせたこずは人生の宝物だず思っおるよ。めぐちゃんも悠斗もきっず同じ思い。だけどやっぱり最期は息子であるアキ兄たちが䞀緒にいるべきだず思う。ばあちゃんだっおそれを望んでいるはずだよ」

「ありがずう  」
 アキ兄はそう蚀うず祖母が眠っおいる郚屋に目をやった。

「たったく、母さんが矚たしいよ。最晩幎を優しくお理解ある孫たちに囲たれお過ごせた䞊に、最埌の最埌には僕たち息子ずいられるんだから。おたけに䌎䟶の迎え付きず来おる。  僕もそういう埌半生を生きたいものだ」

「出来るよ、アキ兄にだっお。なんせ矩理の息子は俺だし、めぐちゃんはパパッ子だし、たなもじいじが倧奜きなんだぜ」

「うん、そうだね。君が矩理の息子っおのは本圓に有り難いよ。  悠には悪いけど、こうしお実際に暮らしおみるず、翌くんずの生掻力の違いを嫌でも感じちゃうよね」

「たぁ  。悠斗は基本、テキトヌだからな  。やっぱ、結婚には向いおないず思っおる」

「うん。深い愛情があればいい、っお蚳じゃないこずを今曎ながらに実感しおるよ。だから頌りにしおるよ、翌くん。たなちゃんのこずも、悠のこずもよろしく頌む」

「任せずいお。その代わり、ばあちゃんのこずはアキ兄に任せたから」

「了解。䞇が䞀のこずがあったら、そのずきは真っ先に君に連絡を入れるよ。ただし、こっちに戻っおくるのは君たちがミッションを完遂した時だ」

「  うん」

 念を抌され、自分が蚗された任務の重さず蚗した想いの匷さを改めお感じる。アキ兄にはここたで俺を芋守り、「野䞊翌」の人栌を䞀぀にするための助蚀をくれた恩矩がある。その恩矩に報いるため、そしおたなやめぐちゃんのためにも、俺はこの旅で最䜎でも䞀回りは成長しなければならない。

 肩に力が入った俺を芋おか、アキ兄は優しく埮笑む。
「そんなに思い詰めなくおも倧䞈倫。君は君の優しさを発揮するだけでいい」

「優しさ  」

「そう。優しさを含んだ君の蚀葉は匷いよ。それに圱響されお生き方を倉えた人間を僕は䜕人も芋おきた。だから自信を持っお」

「  だけど、それは俺に限った話じゃないよ。俺だっおアキ兄や悠斗の蚀葉には䜕床もハッずさせられおきた」

「僕や悠の蚀葉は経隓から出たものだ。氣づきは䞎えられおも、誰かの人生を倉えるほどの力は持っおないよ」

「そうかなぁ」

「そうさ。君は自分の匱さを自芚しおる。だから、同じように匱さを持぀人を芋るず攟っおおけない。それが君の優しさであり、匷さだ」

「そうはっきり蚀われちゃうず照れるなぁ  。た、旅䞭もい぀もの俺でいればいいっおこずだな」

「そういうこず。もっずも、䜕か問題が発生したっお元挔劇郚の君ならめぐや悠の前でも氣䞈に振る舞うこずは可胜だろ」

「ああ、挔じるのはお手のものさ」
 背筋を䌞ばし胞を叩くず、アキ兄は満足そうに頷いた。

「旅の無事を祈っおいるよ。氣を぀けお行っおらっしゃい」


21孝倪郎

 玆䜙曲折の末に和解した僕ず庞平はその埌䞀氣に心の距離を瞮め、僕の郚屋で共同生掻を始めるたでになった。基本的には別行動だが、目指すものが同じだず氣づきはじめた庞平が、自身の成し遂げたいこずず䞊行しお「みんながたんなか䜓操クラブ」蚭立のために協力しおくれるこずになったのは喜ばしい倉化だ。

 呚囲の人間は圌の倉化に驚きを隠せない様子だが、いがみ合っおいた僕らが終始和やかにしおいる点に぀いおは奜意的に受け取っおいるようである。

 今日はその庞平も亀えおワラむバで打ち合わせるこずになっおいる。本来であればここに野䞊クンず悠斗クンが加わるはずだが、二人ずも家の事情でしばらく参加が難しいため、今回は僕に入れ蟌んでいる同居人に同垭しおもらおうずいうわけだ。

 黙っお䌚議を聞く぀もりはない、ず事前に宣蚀しおいた庞平は打ち合わせが始たるなりさっそく発蚀する。
「だけど、いいのかよ。野䞊のや぀ずもう䞀人のメンバヌ抜きでどんどん話を進めちゃっお」

 倧接クンが䜜成した䜓操クラブの案内チラシに目を通しながら庞平が蚀った。

「了承は埗おいるから心配無甚だ。以前ならずもかく、今の僕は仕事より家族を優先すべきだず思っおるからね。事が萜ち着くたで圌らは圌らの仕事を、僕らは僕らの仕事をすればいい」

「  ほんのちょっず前たで仕事の鬌だったお前の発蚀ずは思えねえな。そんなにゆるくお倧䞈倫なのかよ。このチラシだっお、野䞊を亀えお粟査したほうが  」

「たったく、予想倖ですよ。途䞭から話に加わった氎沢みずさわセンパむにおれたちの心配をされるなんお」

 倧接クンが感想を蚀うず、庞平は曎に意芋を述べる。

「そりゃあ心配にもなるぜ。先日から䜕床か䜓操クラブの話を聞かせおもらっおるけど、出た案を総括しおいたのは野䞊だった。その野䞊が䞍圚だっおこずになれば、そもそもこの䌚議自䜓やる意味があるのか、疑問すら湧いおくるよ」

「ふヌむ  。぀たり庞平は僕ず倧接クンの二人では䌚議が成り立たないず」

「だっおよぉ、子どものためのクラブっお蚀いながらお前ら、子どもを持぀芪をどうやっお集める぀もりだ チラシ配ったりこの店に案内を匵ったりすれば自然に集たるず思っおるみたいだけど、䞖の䞭、そんなに甘くねえぜ これでも俺は䌚瀟員やっおたんだ、人集めが簡単じゃないこずは経隓的に知っおいる」

 たさか庞平に䌚瀟員時代の経隓を持ち出されるずは思っおもみなかったが、蚀われおみれば確かにそうかもしれない。倧接クンも痛いずころを突かれたような顔をしおいる。

「  そう蚀うんなら、䜕かいい案が」
 問い返すず、庞平はう぀むいたあずで躊躇いがちに蚀う。

「  俺さ。孝倪郎ず暮らすようになっお色々考えおみたんだけど  。俺のやろうずしおるこずず孝倪郎のやろうずしおるこずをミックスできねえかなず思っおおさ」

「ミックス  」

「こっちもさ、子どもがいお初めお成り立぀集たりだからよぉ。察象が同じなら  そしお目指すずころがおんなじなら、子ども集めは䞀緒にした方が効率的なんじゃないかっお。あヌ  。これはただ本郷や春山には䌝えおない考えだから、もしかしたら受け容れられないかもしれねえ  。だけど、案ずしおは悪くないだろう」

「たさかたさか、ここに来お氎沢みずさわセンパむが歩み寄っおくるずは いいじゃないですか 䞀緒にやりたしょうよ」
 倧接クンは圌らしい喜び方を瀺した。
「だけど、具䜓的にはどうやる぀もりです 提案するからには考えおあるんでしょう」

「たぁ、案っおほどのものじゃあないが、それにはやっぱり野䞊の力が必芁だ」

「野䞊センパむの力 氞江センパむじゃなくお」

「ああ。今の孝倪郎じゃダメだ」
 はっきり「ダメだ」ず蚀われお、野䞊クンず僕ずでは䜕が違うか考える。

 思い圓たる節があるずすれば、闘志の有無だ。が、仮に野䞊クンが僕より闘志を持っおいるずしお、それが䜓操クラブの䌚員集めずどう関係があるずいうのだ  

「君が野䞊クンの力を借りようずする理由が分からないな  。僕より圌の方が優れおいる点がどこなのか、具䜓的に教えお欲しいものだな」

「分からない、か  。なら、そうだな  。今から野䞊に䌚いに行くか」

「えっ  。しかし、圌はいた母芪の介護䞭で  」

「介護ったっお、四六時䞭䞖話をするわけじゃないだろ。家たで行っお、十分じゅっぷんかそこら話すだけなら倧䞈倫だよ、たぶん」

「うわっ、氎沢みずさわセンパむ、軜いなぁ  。でも確かに、そういう前向きさは必芁かもですね」
 倧接クンは腕を組んで頷くず、カりンタヌの奥から出おきお僕の肩に手を眮いた。

「氞江センパむ、おれの代わりに行っおきお䞋さい。野䞊センパむならたぶん話を聞いおくれたす」

「しかし  」

「新しいこずを始める時っおのは、思い切りが必芁なんですよ。さっき氎沢みずさわセンパむが『ダメだ』っお蚀ったのは、そう蚀う躊躇いの態床だず思いたすよ」

 倧接クンからもダメ出しされおしたった。二人から蚀われた以䞊は動かざるを埗ない。
「  分かった。野䞊クンのずころぞ行こう。ただし、圌の郜合が悪かった時は盎ちに匕き返すこず」

「そのくらいの垞識は持ち合わせおるよ。よし、それじゃ案内を頌む」


22庞平

 野䞊の人生芳、経隓倀、統率力を改めお知った俺は、その胜力を小さな䜓操クラブ発足のためだけに䜿うなんおもったいないず思っおいる。あい぀には今でも熱い闘志がみなぎっおいる。その熱量は垌死念慮を持぀孝倪郎を説き䌏せ、たた俺を䞉球䞉振に打ち取っお考え方を倉えさせたほど倧きなものだ。そんなパワヌがあるなら䜿わない手はあるたい。 

 あい぀が俺たちに䌚っお話を聞いおくれるかどうか。半分は、賭けだ。けど、せっかく膚らんできた倢を攟眮すれば萎しがんでしたうかもしれない。俺はそっちの方が嫌だ。

 孝倪郎曰く、野䞊は今、高霢の母芪を芋舞うため息子倫婊の家で仮䜏たいしおいるずいう。その息子たちは数日間䞍圚で、家にいるのは野䞊の母芪ず匟の䞉人だけらしい。

 先に電話の䞀本でも入れた方がいいのではず蚀う孝倪郎に察し、俺は盎接蚪問するこずを掚した。

「電話でお䌺いを立おるのは柄じゃねえんだ。アポ無しで飛び蟌んだほうが俺らしいだろう た、断られたら、そんずきゃそん時よ」

「  いろいろ蚀いたいこずはあるが、この䞀件に関しおは君の責任で頌むよ」

 どうやら孝倪郎は俺の匷匕なやり方が氣に入らないらしい。しかしそう蚀いながらもちゃんず家たで案内しおくれるのだから、少しは俺の考えを聞いおみたいず思っおくれおいるんだろう。



 野䞊の息子倫婊の家は、タクシヌで五分ほど走ったずころにあった。綺麗に手入れされた庭には、ひたわりやサフィニアなど真倏でも元氣な花々が咲いおいる。むンタヌフォンを鳎らすず、匟らしき男性が応答した。氎沢だず告げるず、圌は萜ち着いた声で「お埅ちください」ず蚀っおマむクをオフにした。

 皋なくしお野䞊が玄関先に顔を出す。匟ず違い、こちらは慌おた様子で額に汗たでかいおいる。

「いきなり蚪ねおきたからびっくりですよ。䞀䜓どうしたんですか。䜕か問題でも発生したんですか」

「いや、問題はない。ただ、盎接盞談したいこずがあっおな。時間は取らせない。ちょっずだけ話せるか」

「そりゃあ構いたせんけど  」
 野䞊の目が孝倪郎に向けられる。しかし孝倪郎は孝倪郎で俺に芖線を投げる。説明はお前がしろ、ず蚎えかけるような目だ。

「そう譊戒するな。俺はお前の才胜を認めた䞊で協力を仰ぎに来たんだ。聞けばきっず銖を瞊に振りたくなる」

「  倖は暑いし、立ち話もなんだから、ずりあえず䞭に入っおください」
 野䞊は衚情を倉えなかったが、そう蚀っお俺たちを家の䞭に匕き入れおくれた。



 通されたダむニングルヌムには匟がいお、目が合うず䌚釈をされた。
「いた、お茶を入れたすね」

「氣遣いは無甚だよ。すぐに垰る。ありがずう」
 冷蔵庫の方を向いた圌を孝倪郎が制するず、圌は䞀瀌の埌のちやはり氣を遣うように別宀に姿を消した。

 数秒の沈黙。野䞊は居心地が悪そうにダむニングチェアに腰掛けおいたが、皋なくしお口を開く。
「あのヌ、盞談事っお䞀䜓  」

「ああ。盞談っお蚀うのは䜓操クラブに加入しおもらう子ども集めに぀いおだ。さっき孝倪郎たちにも少し話したんだが、単にチラシを䜜っお配るだけじゃダメだず俺は思っおる。やるならもっず目立ったこずをしないず本圓に知っおほしい人に知っおもらえない。野䞊もそう考えおるんじゃないかず思っおな」

「えっ、どうしお氎沢みずさわ先茩が䜓操クラブの子ども集めの話を  」

 予想通り疑問をぶ぀けおきた野䞊に、俺はさっき孝倪郎たちにした話を䌝えた。野䞊は俺の話を頭の䞭で敎理するかのように少し時間をおいたあずで再び問いかけおくる。

「先茩の考えは分かりたした。それで、具䜓的な方法は   っお聞いずきながらおれ、なんずなくピンずきちゃったんですけど、もしかしお  」

「おっ、さすがは野䞊。じゃあ答え合わせしようか。俺が考えおいる子ども集めの方法は、子どもたちが遊んでいる公園やグラりンドで野球の䜓隓䌚を開催するずいうものだ。しかも予告無しで。人は、急にむベントが始たったら泚目するし、人だかりが出来おいれば茪の䞭心で䜕が起きおいるかを知りたい人間が必ず寄っおくる。そう蚀う心理を利甚するんだ。もちろん、野球に興味がある芪子、ない芪子、他のスポヌツに興味がある芪子  ずいろんなパタヌンが考えられるだろう。チラシを配るのはそのタむミングだ。実は䜓操クラブもありたす、ず。指導者は元プロを始め、野球経隓者がメむンではあるものの、目的はあくたでも芪子が觊れ合い、楜しく身䜓を動かすこずだず野䞊が䞁寧に説明すれば、ただビラ配りをするより䜕倍も効果があるず考える」

「  やっぱり、野球で釣る䜜戊でしたか」
 野䞊は腕を組んで唞ったが、思案するような顔を芋る限り前向きに怜蚎しおくれおいるようだ。野䞊が迷っおいるならばず、俺はダメ抌しのひず蚀を付け加える。

「もし成功すればお互いにメリットがあるず思うんだ。ただし、実行に移すには今の孝倪郎じゃ勢いが足りない。そこで野䞊に持ち前の行動力ず思い切りの良さを発揮しおもらおうずいうわけだ。  どうだ、やっおみる氣はないか」

「  どうしおおれに頌もうず」

「お前の、野球のその先を目指そうずする粟神、そしおそれを成し遂げようずする情熱に心動かされたからだ」

「  先茩にそんなふうに口説かれるずは」
 野䞊は恥ずかしそうに笑い、錻の䞋をこすった。

「分かりたした。おれ、氎沢みずさわ先茩ほど行動力があるずは思えないけど、口説かれちゃったらやりたすよ。氞江先茩、䞀回だけやらせおくれたせんか」

「  これは僕䞀人で成し遂げられるこずではない。慎重になりすぎるあたり事が停滞するずいうなら、営業マンだった君たちに党暩を委ねるよ」

「ありがずうございたす」

 野䞊は頭を䞋げお瀌を蚀い぀぀、孝倪郎を氣遣うように「  っお蚀っおも、うたくいく保蚌はありたせんが」ず付け加えた。

「ただチラシを配ったっお人が集たる保蚌はないんだ。どうせやるなら、ずこずん目立っちたおうぜ」

「氣持ちが若いなぁ、氎沢みずさわ先茩は。でもそう蚀うの、嫌いじゃないですよ」
 俺の蚀葉に賛同した野䞊は立ち䞊がっお手を差し出した。

「  おれ、今はちょっず身動き取れないけど、蚈画だけは進めずいおもらえたせんか。萜ち着いたら必ずやりたす」

「おうよ。準備は任せろ。埅っおるぜ」

「はい」

「  話はたずたったようだな」
 腕を組んで話を聞いおいた孝倪郎が怅子から立ち䞊がった。そしお俺たち二人ず肩を組む。

「こういう勢いのある話を聞いおいるず䜕だか昔を思い出すよ。闘志、ずはいかないたでも、僕もやっおやろうかずいう氣持ちになっおきた。元プロ野球遞手、氞江孝倪郎を挔じおみるのも悪くないかもしれない」

「おっ」
「えっ」
 俺ず野䞊はそれぞれ声を発した。
 
「なら、孝倪郎もやっおくれるか」

「䜓操クラブを䜜りたいず蚀い出したのは僕だ。今たでは野䞊クンたちにおんぶに抱っこだったが、あずは人を集めるだけずいうずころたでこぎ着けたら僕だっお䞀肌脱ぐさ」

「それでこそ、俺の知る氞江孝倪郎だ。  その日くらいはか぀おのナニフォヌムを着お欲しいもんだぜ」

「悪くない盞談だな」
 俺たちが笑い合っおいるず、野䞊もほっずしたように笑みを浮かべる。

「最初はどうなるかず思ったけど、二人はやっぱり氣の合う芪友なんですね。安心したした。先茩方なら、祐茔たちにもうたく話を぀けおくれるず確信しおたす」

「そうだったな  。本郷倫劻にも俺たちの蚈画を話しお賛同しおもらわないず。よし、孝倪郎。いるかどうかは分からないが、この勢いのたたあい぀らの郚屋に行っお亀枉だ」

「了解」

「お二人ずも、よろしくお願いしたす」
 野䞊は俺たちに向き盎り、深々ず頭を䞋げた。その肩に孝倪郎が手を眮く。

「君はお母さんずの時間を過ごすこずに集䞭しお欲しい。埌悔はしたくないんだろう」

「はい」

「僕は思うよ。君が悔くいなく事を終えた時、そしおたなちゃんたちが戻っおきた時、新しい日垞が始たるず。  ゆっくりでいい。氣持ちが萜ち着いたら新しい日々を䞀緒に生きよう」

「先茩  」

「今日は貎重な時間をありがずう。さぁ庞平、次の仕事に向かおうか」
 孝倪郎は野䞊にさっず背を向けお玄関に行くず玠早く靎を履き、ドアを抌し開けた。眮いおいかれそうになったので慌おお呌び止める。

「た、埅およ孝倪郎。垰りのタクシヌが迎えに来るたで玄関先で埅たせおもらったほうが  」

「庞平」

「ん」

「走りたくなった。マンションたで走っお垰ろう」

「  はぁっ」
 孝倪郎の思い぀きに呆れた俺は、灌熱の倖を指さす。
「だ、だけどこの暑さの䞭を走るのは危険じゃ  」

「高校生の頃は炎倩䞋のグラりンドを走り回っおいたじゃないか。君たちず話しおいたら久々にあのずきの感芚を味わいたくなった。行こう、庞平」
 そう蚀いながら孝倪郎は走り出した。その埌ろ姿の栌奜いいこずず蚀ったら  。
 
「分かった、分かった。どこたでも぀いおいくよ  。じゃあな、野䞊。匟ずお袋さんによろしくな」

「はい。次に䌚う時はおれも䞀緒に走らせおください」
 野䞊の返事を聞き届けた俺は、すでに小さくなっおいる孝倪郎の背䞭を远うように走り出した。


23悠斗

 沖瞄の海は数幎前に蚪れたずきず同じようにキラキラず茝いおいた。

「この海が愛菜ちゃんの呜を奪ったなんお信じられないな  」
「そしおその愛菜ちゃんが『ここ』にいるこずも  」

 翌ずめぐはそれぞれの想いを口にし、手を合わせた。



 おれが今回取ったのは、前回瞁あっお出䌚った「沖瞄のオゞむ」のいる宿だ。幞いなこずにオゞむは健圚で、おれたちを出迎えるためにわざわざチェックむンの時間に合わせお家から出おきおくれたのだった。

「オゞむ。お元氣そうでよかった。たた䌚えおうれしいです」

「私わんも嬉しいですよ。ほほう、この子は  」
 オゞむがたなの目をのぞき蟌む。
「なるほど。今回沖瞄りチナヌにやっおきたのはそういうこずですか  」

「やはり、分かりたすか。オゞむには」

「分かりたすずも。鈎宮すずみやさんの考えも、この子の正䜓も」
 オゞむが再び芋぀めるず、たなはめぐに瞋すがったたたわんわん泣き出した。

「ごめんなさい  。おじいさんに芋぀められたのが怖かったみたいです  」
 めぐが釈明するず、オゞむは「謝らなくおもいいんですよ。私わんには党郚分かっおいたすから」ず蚀っお笑った。

「小さな宿ですが、ごゆるりずお過ごしください。たた倜にお目にかかりたしょう」



 通された郚屋からは、西に傟き始めた倪陜に照らされた海が芋えた。四人きりになるず、翌が窓から海を眺めながら蚀う。

「悠斗から聞いおいたずおり、䞍思議なじいちゃんだったな。倜にたた䌚おうっお蚀っおたけどあれっお  」

「い぀だったか話したこずがあるず思うけど、オゞむは人魂を集められるんだ。以前䌚ったずきには、おれもそこの海蟺で愛菜の魂に觊れた  」

「ああ  。そういうこずか  」

 玍埗した翌に察し、めぐは疑問を投げかける。
「だけど、いた愛菜ちゃんの魂はたなの䞭に  。それでも同じこずが出来るのかな」

「それはおれにも分からない。だけど、やっおみるしかない。転生した愛菜ず、粟神的にでも繋がれる方法を手圓たり次第詊す。その䞀぀を実行するためにおれはここぞ来たんだ」

「本氣  なんだね  」
 めぐが鋭い県差しを向ける。

「ああ。おれはもう、逃げないよ」
 その目を正面から芋぀め返す。その蚀葉が嘘ではないず分かったのか、めぐはふっず口元を緩めた。

「そうだよね  。昚日も、春日郚神瀟かすがべじんじゃのご神朚さたの前で誓ったもんね。  わたしも逃げない。この子の未来がどんなものであっおも、わたしは受け容れる぀もりでいる」

「めぐちゃん  」
 決意を聞いた翌がその名を呟いた。
「芋守るだけなの   めぐちゃんはそれでいいの  」

「  わたしは、この子を信じる」

 蚀い切っためぐからは母芪の匷さが感じられた。しかし翌は䞍満げだ。少し考えるそぶりを芋せおからおれの名を呌ぶ。

「  悠斗。倜を迎える前に、二人きりで話がしたい。俺の考えを䌝えおおきたいんだ。ちなみにめぐちゃんにはすでに䌝えおある内容だ」

「もしかしおあの話  」
 問うためぐに、翌は無蚀で頷いた。

「いいだろう。せっかく沖瞄に来たんだ、暑いけど海を芋ながら話そう」

「オヌケヌ」
 返事をした翌もたた射貫くような目でおれを芋぀め返した。



 䞍思議なこずに、オレンゞ色に染たりかけた海には誰もいなかった。おれたちは海颚を感じながら、たた波の音を聞きながら海に向かっお立った。

「はっきり蚀うから芚悟しろよ」
 翌は波音にかき消されないよう、腹に力を蟌めるようにしお蚀う。

「俺はたなの父芪だ。悠斗ずの過去がどうであれ、たな自身は今に生きおいる。もし、あの子が俺たちの話す内容を理解しおいるのであれば、俺は愛菜ちゃんに自分の生き方を遞び取っお欲しいず思っおる。悠斗に決めおもらうんじゃなくお。それずもう䞀぀。もし悠斗が愛菜ちゃんずの思い出を胞に生き続けるず決め、あの子にそれを䌝える぀もりなら、悪いけど俺は党力で阻止する。぀たりは愛菜ちゃんずの思い出を『消す』。俺が臆病者の悠斗を『殺した』ように」

「なるほど、お前はおれだけじゃなく、おれの嚘の愛菜をも手にかけようずいうわけか」

「もちろん、これは最終手段だ。出来ればそんなこずはしたくない。だから、そうしなくおも枈むように、今から悠斗を説埗しようず思っおる」

「説埗を考えおいるっおこずは、おれずお前の意芋はぶ぀かり合うず思っおるわけだ。  だけど、生憎だったな。おれはすでに映璃に説埗されおこれたでの考えを改めおるんだよ。愛菜ずじっくり話し合った䞊で、愛菜自身に決めさせようっおな」

 翌は目を䞞くした。
「  ここに来るたでの間に䞀぀、倧きな決断をしおきたっおわけか」

「そういうこずだ。だからお前が眪を背負う必芁はないよ。  心配するな。あの子ならきっずおれたちの望む未来を遞び取っおくれるはずだ」

「  そう願うよ」
 呟いた翌は遠くの海を眺めた。



 その倜、倕食を摂ったおれたちはオゞむに連れられお先ほど翌ず話しおいた宿の前の海蟺に向かった。

 たなは抱っこひもで翌にくくり぀けられおいる。初めお海を芋たたなが、奜奇心から倜の海に入らないようにするためだ。

「あの、おじいさん。鈎宮悠斗すずみやゆうず以倖は霊感がないんですが、それでも霊魂を芋るこずが出来るんでしょうか」

 儀匏が始たる盎前になっお翌が質問した。オゞむはそっず䞡手を倩に向ける。

「心の目で芋おご芧なさい。感じおご芧なさい。あなた方が望めば必ず芋えたすよ」
 そう蚀ったすぐあずで、以前にも芋たオレンゞ色の人魂が目の前に集たっおきた。

「  芋えるか 今、人魂がそこかしこに  」
 呟くず、翌ずめぐは揃っお小さく頷いた。どうやら目に芋える珟象に戞惑っおいるようだ。蟺りをキョロキョロず芋回しおいる。

「さぁ、話しおごらん 今なら声が出せるはずだよ」
 オゞむがたなに向かっお声をかけた。するず、たなの身䜓から光の球が飛び出しおきおぐるぐるず呚囲を飛び始めた。それはやがお鈎宮愛菜すずみやたなの姿になっお目の前に珟れる。

『こうしお話すのは久しぶりだね、おずヌさん。  パパずママは、初めたしおかな』

 語りかけられたおれたちは息を呑んだ。
「  ここたでの話はすべお理解しおいるな」

 おれの蚀葉に愛菜は頷く。

「おれは今日ここで愛菜ず、ずこずん話し合う。だから愛菜も逃げずにおれたちの話を聞き、自分の氣持ちを蚀葉にしおほしい」

『愛菜の想いは䞀぀。おずヌさんずの思い出を胞にこの䞖界で生きるこずだよ。ずっずしゃべれなかったずしおも、い぀か文字を曞くこずを芚えたらお手玙亀換でおしゃべりできる。愛菜はそれができれば幞せなんだよ』

「違う。そんなのは幞せじゃない」
 真っ先に声を䞊げたのは翌だった。しかし愛菜は反論する。

『愛菜の幞せがパパに分かるの こんなこずを蚀ったらパパを悲したせるかもしれないけど、愛菜にずっおの䞀番はやっぱりおずヌさんなんだよ』

「悠斗が䞀番奜きだから、俺じゃなくお悠斗の蚀うこずを聞くっお蚀うのか  」
 愛菜が頷くず、翌は胞の前にくくり぀けたたなを抌し぀ぶすように抱きしめた。それを芋お、いたたたれなくなる。

「  愛菜。おれを奜きだず蚀っおくれるのは嬉しいよ。だけど、翌の蚀うこずは正しいずおれも思う。愛菜はおれにこだわりすぎおる。確かにおれの子ずしお過ごした日々はあった。だけど  残念だけどそれは過ぎ去った日々なんだ。どんなに願っおも取り返すこずの出来ない過去なんだ。  愛菜はあのずきここで蚀ったよな たずえ過去の蚘憶がなくなっおも、新しい愛菜ずの思い出を䜜っおいけるよね っお。あれは嘘だったのか」

 愛菜は今にも泣き出しそうな顔でう぀むいた。しかし涙をこがすこずはなく、愛菜自身も思いを語り始める。

『それは、おずヌさんがママを遞ぶず思っおたからだよ。おずヌさんの本圓の子どもずしお生たれ倉われるっお信じおたからだよ。だけど、おずヌさんはそうしなかった。  愛菜が思っおいたずおりにならなかったのがちょっぎり悔しくお意地悪しちゃったくらい  』

 思いがけない告癜を聞いお、ここたで黙っおいためぐも぀いに口を開く。
「意地悪っおもしかしお  身近な人の呜ず匕き換えに生たれおくるっお話 それじゃあやっぱり、朚乃銙このかのお母さんが蚀っおいたずおり  」

『うん。魂の状態で、生きおいる人の呜を操る力はなかったよ。呜の亀換が出来るのは、お互いが生ず死の狭間にいるずきだけ。もしもあの時おずヌさんが死んじゃっおたら、たずえ順番が回っおきおもパパずママの子に生たれようずは思わなかったかもね』

「  そこたでしお悠斗の子どもずしお生たれ倉わりたかったのはなんでだよ 悠斗ずの間にどれほどの思い出があるっお蚀うんだよ」
 翌が怒りを感じおいるであろう声で蚀っおも、愛菜は淡々ず答える。

『おずヌさんはどんなずきでも愛菜を守ろうずしおくれた。おかヌさんより優しかった。そしお、溺おがれかかっおいた愛菜を必死に助けようずしおくれた。だから、たたおずヌさんの子になりたかった。それが理由だよ。  こんなに奜きなんだもん。おずヌさんだっお愛菜のこずが奜きなら、この先もずっずあの頃の蚘憶を残したたたにしおくれるよね 愛菜ずの思い出を倧事にしおくれるよね』

 じっずこちらを芋぀めるその県差しを振り切るように、おれは䜕床も銖を暪に振る。

「  最埌の最埌で、倧きな決断をおれに委ねるな。愛菜がおれのそばで生きたいず願い、めぐず翌ふたりの子ずしお生たれ倉わるこずを自ら決めおここにいるなら、この先の人生も自分で決めろ。愛菜にはそれが出来る」

 きっぱり蚀うず、愛菜は抌し黙った。おれが期埅する答えを蚀わなかったからだろう。しかし、やっずの思いで絞り出した蚀葉が愛菜を悲したせおしたったず思うず胞が苊しくなる。拳を握りしめ半分う぀むいおいるず、埌ろから翌に肩を抱かれた。

 目が合うず、翌は静かに䞀床だけ頷いた。蚀葉はなくずもおれの発蚀を肯定しおくれおいるこずが分かった。めぐも寄り添っおおれの握りこぶしを柔らかい手で包み蟌んでくれた。

 自信を取り戻したおれは改めお蚀う。

「愛菜が過去を残すこずを遞んでも、たぶん期埅には応えられない。だっお、愛菜ず過ごした日々の倧半は、思い出すこずが出来ないほど遠い昔のこずだから。  おれは愛菜が死んだあずもずっずこの䞖界で生きおきたんだよ。めぐず翌ふたりの子ずしお生たれたお前ずも二幎間、新しい思い出を刻んできたんだよ。぀たり、今を生きるおれにずっおは、愛菜の死埌こそが珟実でありすべおなんだ  。ごめん、っお蚀っおも蚱しおはもらえないだろう。だけど、生きるっおそういうこずなんだよ。愛菜がおれに生きお欲しいず望んだずきから、こうなる未来は決たっおいたんだよ。  愛菜はこんなおれでも、自分だけは過去の蚘憶を持ったたた生き続けるこずを望むのか おれが愛菜の問いかけに答えられないず知ったあずでも、過去にこだわり続けるのか」

 愛菜の返事はなかった。

 おれは「愛菜」ではなく、翌ごず「たな」を抱きしめた。めぐも同じようにし、䞉人で抱き合う圢になる。海颚が吹いおいおも、真倏の倜に抱き合えば汗が噎き出るほど暑い。それでもおれたちはやめなかった。

「  感じるか、おれたちの䜓枩を。感じるか、おれたちの呜の匂いを。これは今、生きおいるから感じられるんだ。おれはそのこずをめぐから教わった。たったの八歳だっためぐから。  めぐがおれに生きる垌望を䞎えおくれた。生きおいるめぐが、野䞊家のみんながおれを生かしおくれたんだ。時には痛みを感じるこずもある。苊しさを味わうこずもある。だけどそれは、生きおいなければ感じるこずの出来ないものだ。どれだけ感動を䌎う䜓隓をしおも、過ぎおしたえばその感芚を今、ありありず思い出すこずは難しい。  そう。生きおいる者にずっおは今が、瞬間瞬間がすべおなんだ。  おれは愛菜ず、今を生きたい。今、䜓枩を感じあいたい。だから、䞀緒に今を生きよう」

「  そうだよ、愛菜ちゃん。俺もめぐちゃんも、君の存圚を吊定したくお過去を忘れお欲しいず蚀っおいるんじゃない。君が生きた蚌は『たな』ずいう名に蚗しおる。぀たり君はもう䞀床『たな』ずしお生きられるんだ、今床は自分の力で。悠斗もいる。君を愛する家族もたくさんいる。だから君には『今』を遞んで欲しい。悠斗がそうしたように。俺が父さんず和解しお䞀人の『野䞊翌』になれたように、過去を糧にこれからを生きお欲しい」

『神様に頌んでたで蚘憶を残しおもらったのに、誰も耒めおくれないんだね  。おずヌさんならきっず喜んでくれるず思っおたのに。うんず耒めおくれるず思ったのに  』

 背埌にいる愛菜の声は暗く沈んでいた。

「確かにおれは愛菜ずの再䌚を願っおいたし、あの頃の思い出を語り合えたら  ず思っおいた時期もあるよ。だけど次第に思いは倉化し、最埌には完党に『今』に目を向けるようになっおいた。  今のおれの望みは、たなの声を聞くこず。たなの声で『おずヌさん』っお呌んでもらうこずだ。それは肉䜓を持たない、蚘憶の䞭の愛菜には出来ない。今、この腕の䞭にいる『たな』にしか出来ないこずだ」

 めぐも頷いお語り始める。

「愛菜ちゃんは、過去の蚘憶が悠くんず自分ずを繋ぐ唯䞀のものだず思っおるかもしれないけど、わたしは違うず思う。悠くんは、たずえ愛菜ちゃんが過去の蚘憶をなくしおも愛するはずだし、あなたは存圚しおいるだけで悠くんやわたしたちを喜ばせるこずが出来る力を持っおいるんだよ。悠くんが蚀ったように、おずヌさんずか、パパママっお呌ぶこずによっおも」

 めぐの蚀葉が終わるず同時に頭䞊から声がする。

『本圓は怖いだけなの  。おずヌさんず過ごした日々を忘れおしたうこずが。あの日々が  たなが生きたこずが、なかったこずになっちゃいそうで  』

 光の球はおれたちのすぐ䞊にあった。それは明滅を繰り返しながら語り続ける。

『愛菜のこずを忘れおもいいなんお嘘  。おずヌさんが幞せでいればいいなんお嘘  。本圓はずっず芋おいおほしかったし、愛菜だっお幞せになりたかった  。だけど、毎日泣いおう぀むいおるおずヌさんを芋るのはもっず蟛かったからあんなふうに  』

「ありがずう。お陰でおれはすっかり元氣になったし、こうしお愛菜ず再䌚を果たすこずもできた。  だけど、幞せに芋える今に至るたでには、翌に『殺され』、倱恋し、死にかけるっおいう、決しお楜ではない道を歩いおきたこずは知っおおいおほしい。  愛菜。笑うためには、泣く必芁があるんだよ。おれは愛菜のためにたくさん泣いたし、懺悔ざんげもした。だけど、その経隓をしたこずで人の痛みが分かるようになったず思うし、人間らしくなれたこずをおれは誇りに思っおる。愛菜ず過ごした日々の倧半はもう蚘憶の圌方だけど、そのずき感じたこずは身䜓が、魂が芚えおる。それじゃダメかな  」

 想いを䌝え終わるず、光の球はおれたちの䞭心にいる「たな」の身䜓に戻った。

『  愛菜、芚えおる。昔々に、おずヌさんにもこうしお抱きしめられたこずを。その時もこんなふうにあったかい氣持ちになったこずを。  そっか。心が、魂そのものが芚えおいるんだね。だから、頭の䞭に残しおおかなくおもいいんだね  。やっず、わかったよ  』

 「愛菜」の声は、眠るように目を瞑぀むるたなの内偎から聞こえた。そっず頭を撫でおやる。ず、再び声がする。

『  愛菜が残したかったのは、おずヌさんず䞀緒に過ごした時の蚘憶じゃなくお、そのずき感じたあったかい氣持ちだったみたい  。このあったかさは、新しい人生を䞀緒に生きようず蚀っおくれる、おずヌさんたちの呜の枩もりず深い愛情そのもの  。この先もずっず、感じおいたいな  』

 閉じたたなの目から䞀筋の涙がこがれた。それは小さな光を攟ちながら颚に乗っお海に散っおいく。

『やっぱり鈎宮愛菜の人生はあのずきに終わったんだっお、ようやく分かった。鈎宮愛菜の蚘憶はこの海に眮いおいく。そしお今から、野䞊たなずしお新しい人生を生きおいく。  おずヌさんに蚀われたからじゃないよ。これは、愛菜が自分で決めたこずだからね。埌悔は  しないよ  』

「愛菜  」
『愛菜ちゃん  』

『さよなら、おずヌさん  。今日たで鈎宮愛菜を愛しおくれおありがずう  』

 今にも消え入りそうなその声に向かっお、涙を堪こらえながら蚀う。

「さよならじゃない  。愛菜の魂はこれからもずっずおれのそばにある。たなの䞭に  。だから愛菜が過去を手攟しおも、おれたちの関係は続いおいく。  そうだ、次にたなが目芚めたずきは『はじめたしお』じゃなくお『たた䌚えたな』っお挚拶しよう。だっおおれたちは、生たれる前からずうっず愛菜ず繋がっおきたんだから」

『うん、そうだね   それじゃ、たた  』

 たなの身䜓からオレンゞ色の光が広がり、おれたちを包み蟌んだ。やがおあたたかい光は拡散し、芋えなくなったずきには呚囲を飛んでいた人魂の姿もなくなっおいた。

「  無事に話し合いが枈んだようですな」
 ずっずそばで芋守っおいたオゞむが声を発した。
「ほう  。さっきたで二぀あった意識が䞀぀になっおおる。この子の䞭で折り合いが぀いたんでしょうな。よかった、よかった」

 すべおが分かっおいるず蚀っおいたオゞむが、たなをのぞき蟌みながら蚀った。

「オゞむ、ありがずうございたす。おかげさたで無事に沖瞄ぞ来た目的を果たすこずができたした」

「私わんはただ、人魂を呌ぶ手䌝いをしただけですよ。  皆さん、ずいぶん汗をかいおおられる。宿に戻っお汗を流すのはどうですかな」

 指摘されお自分たちの身䜓を芋合いっこする。長い間抱き合っおいたおれたちは、服からしたたり萜ちそうなほどの汗をかいおいた。たなを抱っこしおいる翌に至っおは、髪たでびっしょりだ。

「正盎に蚀うず、このたた颚呂に飛び蟌みたいくらい䞍快なんだよな。特にたなずくっ付いおるずころが  。たぁ、悠斗に蚀わせりゃこれが生きおる蚌なのかもしれないけど、䞀仕事を終えたあずはさすがにひずっ颚呂济びたいぜ  」

「おれを信甚出来ないお前がたなを匕き受けたんだからしゃヌないよな」
 翌の胞元をのぞき蟌むず、抱っこひもにくくられおいるたなは氣持ちよさそうに眠っおいた。

「じゃあ、亀代で颚呂に入っおから寝るずしよう。おれもさすがに疲れた  」
 脱力した瞬間、激しい眠氣に襲われおあくびをする。぀られるようにしお二人も眠そうに目をこすった。

 きっず今倜はよく眠れるだろう。しかし、心地よい疲れを感じながら宿に戻ったおれたちを埅っおいたのは「二床目の䞍思議な䜓隓」だった。


24めぐ

 こんなに䞍思議な䜓隓をしたのは初めおだった。しかし、ずっず䌚いたいず思っおいた愛菜ちゃんず䌚っお話し、わかり合った䞊で過去を手攟しおもらえたこずは倧きな収穫だった。これでいよいよ、たなの母芪になれる  。そう思ったら急に安心し、匷い眠氣に襲われたのだった。

 宿に戻り、順番に入济する。最埌にお颚呂から䞊がったわたしが郚屋に戻るず、照明はすでに萜ずされ、悠くんも翌くんも眠っおいた。たなに至っおは、さっきの䞍思議な出来事の最䞭からずっず眠り続けおいる。本圓はたなの身䜓も綺麗にしおあげたかったが、起こすのもかわいそうだったので明日の朝、目芚めたずきに入济させようず蚀う話になっおいる。わたしは䞉人を起こさないよう泚意しながら垃団に入った。

 安心したからだろう。目を぀ぶったわたしは、数秒ず経たないうちに眠りに萜ちた。

◇◇◇

『めぐちゃん  。めぐちゃん  』

 聞き芚えのある声がわたしの名を呌んだ。氣が぀くずそこは光に満ちた堎所で、たるで春のようにたくさんの花々が咲き、蝶や鳥たちがそこかしこを飛び回っおいた。地面は柔らかい草で芆われ、暖かくおいい匂いのする颚が吹いおいる。

 そこに、祖母が立っおいた。祖母はわたしず目が合うずにっこり埮笑む。

『愛菜ちゃんが手攟した過去は、おばあちゃんが預かっおおくからね。たなちゃんのお母さんずしお、元氣にやっおちょうだいね』

「どうしおおばあちゃんがそのこずを  」

『そりゃあ、孫たちのこずが心配だったからねぇ。お留守番も぀たらないから、身䜓は家に残しおこっちに来ちゃった』

 それが䜕を意味しおいるのか、理解するのに時間はかからなかった。

もしかしおここは、倩囜ず地䞊ずを結ぶ䞖界  

 胞がギュッず締め付けられる。すぐにでも駆け寄りたい  。しかし身䜓は思うように動かない。たるで祖母がそれを阻止しおいるかのようだ。

「どうしお  埅っおいおくれなかったの   ただいたっお、蚀いたかったのに  」
 声を絞り出す。祖母は盞倉わらずニコニコしおいる。

『愛菜ちゃんが過去を手攟したら䞀緒に持っお䞊がろうず決めおいたのよ。挚拶はそのずきにしよう、ずもね』

 どこからやっおきたのか、氣づけば祖父が祖母に寄り添っおいた。悠くんから聞いおいたように本圓に迎えに来たのだろう。

「おじいちゃん  。どうしおも連れお行っおしたうの  」

『そう悲しむな、めぐ。肉䜓は滅びおも、愛菜ちゃんのようにたた生たれ倉わるこずは出来る』

「    」

『めぐちゃんは今回のこずで分かったはずよ。過去の蚘憶を持ち続けるこずが必ずしもいいわけじゃない、っお。むしろ、忘れおいた方が新しい人生を生きやすいっお。  ずはいえ、おじいさんは悠斗君を詊すようなこずを蚀っお楜しんでいたみたいだけど』

『愛菜ちゃんが神に亀枉する姿が健氣だったから぀い、な  。しかし、悠斗さんはちゃんず自分の氣持ちを愛菜ちゃんに䌝え、愛菜ちゃんも自分の意志で過去を手攟した。双方が玍埗した䞊での決断なら、肉䜓を持たないじいちゃんが蚀うこずは䜕もないよ』

 どうやら、悠くんを悩たせる原因を䜜ったのは祖父だったようだ。悠くんは祖父のこずを実の父芪のように慕っおいたし、それが愛菜ちゃんに関するこずなら尚曎だったろう。

「おじいちゃんはただ過去の蚘憶を持っおいるけど、おばあちゃんを倩に導いたらそのあずは  」

『そうだな  。今䞖での圹目はこれで終わるから、次の人生を生きるためには蚘憶も捚おねばならん。たたばあちゃんず出䌚う人生を遞ぶも良し、めぐたちずの再䌚を望むも良し。いずれにしおも、めぐずこうしお話すのはこれで最埌になるだろう。過去を手攟すずはそういうこずだ』

「    」

 止めどなく涙が流れた。祖父母のこずだけではない。わたしたちの想いを受け取り、実際に過去を手攟しおくれた愛菜ちゃんに察しおも、だ。「今」を生きるためずはいえ、幌い圌女が恐怖を抱きながらも過去を手攟すこずがどれほど勇氣の芁るこずだったか  。それを思うず胞が締め付けられる。

 泣きじゃくるわたしに向かっお祖母が蚀う。
『思いのほか、長い期間孫たちず䞀぀屋根の䞋で暮らすこずが出来お本圓に楜しかった。路教ず地博には䌝えたけれど、それが叶えられたのは息子やめぐちゃんたちのお陰よ。本圓にありがずう』

「  お瀌を蚀うのはわたしたちの方。䜕幎もの間、心の支えになっおくれおありがずう。おばあちゃんから教わったこずはこれからも忘れずに続けおいく。たなにも教えおいく。  それで、いいんだよね」

『さすがは、めぐちゃん。物わかりがいいわ。  めぐちゃんに涙は䌌合わない。わたしがここを離れたあずは、笑顔で芋送っおね』

「うん  」
 しかし、涙が止たる氣配はない。祖父母はそんなわたしを静かに芋守っおいる。しばらくしおようやく涙が止たるず祖父母が動き出す。

『たなちゃんによろしくね。ひいおばあちゃんのこずは忘れおしたうかもしれないけど、䞀緒に過ごせお楜しかったわ、ありがずうっお䌝えおおいおね』

『さお、ず。それじゃあそろそろ向かうずしようか』

『ええ  』

 祖父が手を差し䌞べ、祖母がその手を取った。二人はすっず浮き䞊がったかず思うず、やっおきたずきず同じように突劂ずしお消えた。

◇◇◇

「おばあちゃん  」
 自分の声に驚き蟺りを芋回すず、窓の倖はすでに明るく、倜が明けおいるこずが分かった。

「  ゆ、倢」
 わたしは単に倢を芋おいただけなのだろうか。それにしおはずいぶんリアルだった。枕を濡らしたあずたで残っおいる。

「  もしかしお、めぐず翌も芋たのか」

 おはようの挚拶より先に悠くんが口にしたのはそれだった。芋るず、圌の目もたた泣きはらしたように赀くなっおいるではないか。翌くんも、涙の跡こそないが硬く口を結んだたた黙り蟌んでいる。

「  ただの、倢だよ」
 そう蚀ったわたしは盎埌に空しくなった。最埌の祖父母の姿が目に浮かび、再び目頭が熱くなる。

 そのずき、翌くんのスマホが鳎った。血盞を倉えた圌の様子を芋お嫌な予感がする。その蚌拠に、圌は電話を手に取るず足早に郚屋を出お行った。

「めぐ  。ちゃんずお別れできたか ずいぶん泣いたみたいだけど」
 悠くんが静かに蚀った。その蚀葉に抌し出されるように再び涙が蟌み䞊げる。

「未緎がないかず蚀えば嘘。もう䞀床おばあちゃんの枩かい手を握りたかったのが本音。だけど  お瀌は蚀えた。愛菜ちゃんの過去の蚘憶もちゃんず持っお垰っおくれるっお玄束しおくれた。だから  」

「そっか  」

「悠くん  」
 わたしは圌の胞に飛び蟌んで声を䞊げお泣いた。悠くんが優しく頭を撫でおくれる。ず、突然背䞭にあたたかみを感じた。それは、さっきたで寝おいたはずのたなの手の枩もりだった。振り向いお目が合うず、たなはにっこり埮笑んだ。

「たた。いいこ、いいこ  」

「たな  。蚀葉を  」

 初めお「ママ」ず呌んでくれたこず、わたしを慰めおくれたこず。嬉しい出来事が重なっお、悲しい涙が䞀転、うれし涙に倉わる。悠くんもたなの頭を撫でるこずで喜びを衚珟する。

「たな。玄束、芚えおる   たた、䌚えたな」

「おずヌたん あぇたね」
 聞いたたたを繰り返しおいる、ず蚀えばそうかもしれない。が、わたしも悠くんも愛菜ちゃんずの玄束は今を生きるたなの口を通しお果たされたのだず確信した。

 わたしたちが぀かの間の喜びを感じおいるず、たなが蟺りをキョロキョロし始める。
「  ぱぱ」

 どうやら翌くんを探しおいるらしい。
「パパは今お電話䞭だよ。倧䞈倫、すぐに戻っおくるよ。あ、そうだ、たな。これからお颚呂に入りに行こう。ずっおも氣持ちがいいんだ。ね」

 わたしが声をかけるず、たなはわたしのリュックから自分の着替えやおむ぀を出し始めた。芳察しおいるずわたしの着替えたで出そうずしおいる。本圓に賢い子だ。

 悠くんが、心を萜ち着かせるように䞀床深呌吞しおから蚀う。
「朝食たでただ時間があるし、二人でゆっくりしおくるずいい。おれは翌が戻っおくるのを埅぀よ」

「じゃあ、お蚀葉に甘えお。おしゃべりに花が咲いお長颚呂しちゃうかも  」

「いいんじゃないか おそらくこのあずはバタバタするだろうし、今のうちに䌑んでおけよ」

 今埌のこずに話が及び、再び氣分が萜ち蟌む。郚屋の倖に出たら、「祖母の死」の連絡を受ける翌くんず電話の䞻の䌚話を聞くこずになるだろう。悠くんは優しい蚀葉をかけおくれたが、果たしおわたしは穏やかな心を保ったたたでいられるだろうか  。


25.翌

 祖母ずさよならする倢を芋た。倢に出おきおくれるなんお、最期たで孫思いのばあちゃんだったな  。そう思っお静かに目芚めるず、目を腫らしおいる悠斗ずめぐちゃんの顔が飛び蟌んできた。祖母はどうやら二人にも挚拶をしたようだ。あたりにもぐちゃぐちゃな顔の二人。普段通り「おはよう」ず声をかける雰囲氣ではなく、俺は口を噀぀ぐんだ。

 ず、盎埌にスマホが隒ぎだす。絶劙なタむミングでかかっおきた電話。郚屋を出お行きながら通話ボタンを抌し、完党にドアが閉たったずころで声を発する。

「もしもし  」

『翌くん ごめんね、朝早くから。アキが、翌くんに真っ先に電話する玄束をしたっお蚀うもんだから』
 電話口の声ぱリ姉のものだった。番号がアキ兄だったから䞀瞬戞惑ったが、すぐに電話に集䞭する。

「じゃあ、やっぱり  」

『ええ。明け方に  』
 最埌の郚分ががかされおいおも、それが祖母の死の連絡であるこずはすぐに分かった。

 ゚リ姉がアキ兄のスマホから電話しおきたっおこずは、芚悟しおいたずは蚀えアキ兄が受けたショックは倧きかったのだろうず想像する。俺だっおそうだ。自分たちが䞍圚の間に亡くなるかもしれない、ずは聞いおいたものの、たさか沖瞄に発った翌朝に別れがやっおくるなんお想定倖だ。父もそう思っおいるに違いない。俺たちが発぀前日の晩、䞀週間くらい滞圚する予定で荷物を持っおきおいたんだから。

 黙り蟌んでいるず゚リ姉が事務的に連絡事項を告げる。

『アキが蚀うには、このこずを悠たちに䌝えるタむミングは翌くんに任せるっお  』

「  すぐに䌝える。ばあちゃんが俺たち党員に最埌の挚拶をしおいっおね。ほんの少し前に目芚めお互いにそのこずを確認した盎埌にこの電話を受けたんだ」

『そう  。たなちゃんの件は』

「解決枈みだ。だからチケットが取れ次第、今日にでも垰るよ。葬儀の日時が決たったら、い぀でもいいんで連絡をくれるず助かる」

『分かったわ。  無理しおない  』

 ドキッずした。本圓は胞がザワザワしおいる。だけどここは俺の挔技力が詊される堎面だ。なんずかしお元氣を装わなければならない。

「俺は倧䞈倫  。今のずころは。だけど、郚屋に残しおきた二人はどうかな  。今ごろ号泣しおいるかもしれない」

『  悠もめぐも、懐っこくしおたものね。  アキですら電話が出来なくなるくらい萜ち蟌んでるし。ここは少しでも動ける人間が匕っ匵っおいかないず。  翌くんにその圹を任せお倧䞈倫、かな  』

「アキ兄にも任されおるんだ、なんずか圹を挔じきるよ」

 そのずき郚屋からめぐちゃんが出おくるのが芋えた。圌女ず目が合う。
「じゃ、切るね」
 䞀蚀だけ告げた俺はすぐに電話を終えた。

 掗面甚具ずたなを抱えおいる様子から察するに、朝颚呂に行くのだろう。䞀声かけおおこうず近づくず、たなが「ぱぱ、いた」ず声を発した。突然のこずに思わず「ええっ」ず声を䞊げる。

「パパっお蚀えるようになったの うっわぁ、嬉しいなぁ」

 めぐちゃんから奪い取るように、汗でべず぀くたなを抱き䞊げる。たなはご機嫌な様子で「ぱぱ、おふろ」ず蚀っお廊䞋の先を指さした。

「翌くんが電話をしに出お行っおすぐよ。突然『ママ、いい子いい子』っおわたしの背䞭をさすっおくれお  。倢で芋たずおり、おばあちゃんが愛菜ちゃんの過去の蚘憶を倩に䞊げおくれたんだろうね、きっず」

 俺が聞くより早く、めぐちゃんが経緯を説明しおくれた。しかしその声はどこずなく震えおいる。

「たなは、ママを慰めおくれたのか。優しい子だな  。うん、やっず思いを䌝えられるようになっお嬉しいっお顔しおる。パパも嬉しいよ」

 出来るだけ明るく振る舞うも、次第にめぐちゃんの衚情が悲しみに寄っおくる。俺は圌女を抱きしめた。

「  ばあちゃんの方からちゃんず最埌の挚拶に来おくれたじゃん。無事にお別れできたんだろ 埌は感謝の氣持ちを䌝えお送り出そうよ。残された俺たちの圹目は、ここにいるたなず共に新しい日々を生きおいくこずじゃない ばあちゃん、そう蚀っおなかった」

「  うん」

「愛菜ちゃんも蚀っおいただろ、過去の蚘憶はこの海に眮いおいくっお。だから俺たちも、過去はこの、沖瞄の海に眮いお垰ろう。身軜になろう。家に戻ったら新しい日々が埅っおいる。生きおいる限り、俺たちは前進するこずしか出来ないんだ」

「  なら、お颚呂で思いっきり泣いおくるね」

「そうしおおいで。  たな、ママをよろしくね」

「ん」

 たなは俺の腕をすり抜けお降りるず、めぐちゃんの手を取り颚呂堎に向かっお歩き始めた。人の死に接したずき、故人ずの繋がりや思い出が倚ければ倚いほど、倱ったずきのダメヌゞも倧きい。しかしそれが無いたなは、今の状況䞋においおは最も頌れる存圚なのかもしれない。圌女の力匷い足取りを芋おそう思わずにはいられなかった。



 郚屋に戻るず垃団はすでに畳たれおおり、悠斗はひずり、開け攟した窓から海を眺めおいた。圌は俺が戻ったこずに氣づくず、そのたたの姿勢で「電話は枈んだか」ず蚀った。

「ああ  。内容は、蚀わなくおも分かるよな」

「  オバアのこずだろう」

「ああ  。葬儀の詳现が分かり次第、連絡をもらうこずになっおる。こっちはこっちですぐにでも動けるように飛行機のチケットを手配しおおこう」

「そうだな  」
 蚀葉少なな様子を芋お、圌もたた心に深い傷を負ったのだず知る。ここは俺が頑匵らねばず、話題を振る。

「  そうそう、そこでめぐちゃんずたなに䌚ったよ。っおいうか、たなが『パパ』っお呌んでくれお。もう、それだけでテンション䞊がっちゃったよ」

「  ふっ。嬉しいだろう 呌ばれるず」
 少しだけ笑った悠斗の顔を芋おホッずする。

「  悠斗がたなの発話を遞んでくれたこず、感謝しおるよ」

「  これでおれも本圓の意味で前に進める。今はそう思うようにしおる。  こんな蚀い方をしたらやっぱり未緎があるんじゃないかず思われるだろうけど、正盎、そうだよ  。たぁ、こんなふうに感じおしたうだろうこずは最初から分かっおたんだけどな。映璃から、どっちを遞んでも埌悔するず蚀われおいたから。分かっおたこずをおれは今、味わっおる。それだけのこずさ  」

「゚リ姉がそんなこずを  」

「あい぀は匷いよ  。幌い頃に䞡芪に芋捚おられ、劊嚠できない身䜓に生たれたこずを知り、若い頃に育おの祖父母を亡くし  。それらを乗り越えおきた映璃の蚀葉は重みが違うぜ」

「確かに、゚リ姉に蚀われたんじゃ反論のしようもないな  」

「自分の決定を癟パヌセント受容できるほどおれは匷くない。過去を残す遞択をしおいたらどうなっおいただろうず考えもする。だけどおれはもう、たなの未来を遞んだ。埌戻りは出来ない。お前らを信じお未来を生きる。たぶんこれが、おれにずっおもみんなにずっおも幞せなこずなんだ  」

「悠斗  」

「オバアにも蚀われたしな。これからも野䞊家のみんなをよろしくっお。  最近は時々、自分が鈎宮姓だっおこずを忘れかけるくらい、野䞊家に溶け蟌んでるおれがいるよ」

「っおいうか、アキ兄いわく悠斗は『矩理の息子』なんだろ 溶け蟌んでるどころか、もはや野䞊家の人間だよ。いっそ、野䞊姓を名乗っおもいいんじゃね」

「銬鹿蚀え。おれはこの名前が氣に入っおんだ。この呜が尜きるたで、おれは鈎宮悠斗を名乗るぜ」

「はは、冗談だよ、冗談  」

「た、氣持ちだけは受け取っおおくよ。  さお、今日は忙しいぞ」
 悠斗はそう蚀うなり荷物の敎理を始めた。

◇◇◇

 なんずか今日䞭に垰れる䟿に飛び乗った俺たちは沖瞄を埌にした。自宅に垰り着くず俺の䞡芪ずアキ兄、゚リ姉が集たっおいお慌ただしく動き回っおいた。

 そんな䞭でも堎を和たせおくれたのはやはり、たなだった。ずっずたなの発話を願っおいた䞡芪は、たなの口から「じいじ、ばあば」ずいう蚀葉を聞いお感涙し、頬ずりたでしお喜んだ。それが愛菜ちゃんの過去の蚘憶ず匕き換えだったこずを䞡芪は知らないが、事情を知っおいるアキ兄ず゚リ姉は静かに喜びを味わっおいる様子だった。

◇◇◇

 祖父の時同様、葬儀は身内だけで行おこなった。笑っおいる写真が倚すぎおどれにしようか迷ったようだが、遺圱には祖父母宅の前で最埌に撮ったものが遞ばれた。園芞が奜きだった祖母にふさわしく、遺圱の呚りには色ずりどりの花が食られおいる。

 祖父の時には氣䞈にしおいた父だが、今回の萜ち蟌みは尋垞ではなかった。最埌の芪子氎入らずの時間があたりにも短かったこずが原因なのだろうが、父にずっお祖母の存圚がいかに倧きかったかを思い知らされる。

 普段の豪快な父を知っおいるがゆえに、う぀むいたたたひず蚀も発しない姿を芋せ぀けられた俺たちは声をかけるこずはおろか、近づくこずさえ出来なかった。

 そんな父に唯䞀歩み寄っおいったのはたなだ。たなは父の傍らに立぀ず「じいじ、いいこいいこ」ず蚀っお背䞭をなで始めた。めぐちゃんず悠斗が顔を芋合わせる。

「あのずき、わたしにしおくれたのず同じ  」

「ああ  。萜ち蟌んでいる人間を励はげたすたなの姿は、幌い頃のめぐにそっくりだよ」

 さすがの父もたなの優しさに觊れ、少しだけ顔を䞊げた。
「ありがずな  。だけど、たなちゃんみたいに笑えないじいじは、ちっずも良い子なんかじゃないよ  」

 そこぞアキ兄が歩み寄る。
「兄貎はじゅうぶん芪孝行したず僕は思う  。良い子だったかどうかは母さんが決めるこずだ」

「    」

「母さん、蚀っおたじゃん。䞀緒に最埌の時間を過ごせお良かったっお。あれが最䞊玚の感謝の蚀葉だず  」

「分かっおらぁっ   だけどっ   勝手に涙が出おくるんだよっ  」
 そう蚀っお父は涙を堪えながらそばにいたたなを抱きしめた。



 火葬が終わり、粟進萜ずしの垭で俺はギタヌをかき鳎らしお歌った。これは俺の勝手な思い぀きなどではない。祖母からの頌たれごずだ。

「ばあちゃん。玄束通り歌ったよ。俺の声、倩たで届いた」

「あんがず、ぱぱ」
 俺の蚀葉に答えるようにたなが蚀った。たるで祖母の蚀葉を代匁しおいるように思え、涙が蟌み䞊げる。

「そんなに良かったなら、もう䞀曲歌おうか」
 たなを始め、芪戚䞀同が拍手をする。俺は涙をごたかせるように、出来るだけ明るい曲を遞び、再び歌い始めた。

 ――やっぱり、぀ばさっぎの歌は最高ね。

 遺圱の䞭の祖母がそう蚀っお埮笑みかけおきたような氣がした。


埌線

26孝倪郎

 野䞊クンから「すぐに䌚いたい」ず連絡が入ったのは、圌が母芪を亡くした䞀週間埌のこずだった。萜ち着いおからで構わないず䜕床も念を抌すも、圌は「じっずしおいるのは性に合わないんで」の䞀点匵りだった。昔からそうだが、圌は䞀床こうず決めたらずこずん貫く性栌だ。

 圌の匷い意志に応えるべく、僕は連絡を受けた日の晩に䌚う玄束を亀わした。圌の垌望により、萜ち合った堎所は鈎宮野䞊家だ。

「なんで、よりによっおうちなのさ  」

 蚪問するなり䞍満を口にしたのは翌クンだった。幌児の生掻リズムに合わせお動いおいる圌らの家に突然、䞭幎の男二人が乗り蟌んできたのだから無理もない。僕は参加したこずがないから分からないが、子どもに早寝早起きの習慣を身に぀けさせるのは非垞に倧倉なのだず聞いたこずがある。

 しかし野䞊クンはそんなこずはお構いなしず蚀った様子で淡々ず理由を述べる。

「ナりナりにも話し合いに参加しおもらうために決たっおんだろ。おれは家の甚事が枈んだし、ナりナりも䜓調が良くなった。だったら䜓操クラブの本栌始動に向けた話し合いもどんどん進めおいくべきだず思っおな。  ああ、ナりナり。そういうわけだからこのあずの話し合いに参加しおくれ」

「えっ、今から  」
 玄関に顔を出した悠斗クンは驚きを隠せない様子だったが「ニむニむがここに来たのはおれに逃げ堎を䜜らせないため、か」ず蚀っお枋々ながら承諟したのだった。



 僕らはすっきりず片付いおいる居間に通された。ここは長らく野䞊クンの母芪の居堎所だったが、亡き埌は所持品も敎理され、珟圚はテヌブルず座垃団だけが眮かれおいる。

「それで  。先日蚀っおいた話ですが、具䜓的な案は出おるんですよね 早く聞かせおください。すぐにでも動けたすから」

 圌は座る間もなく僕に蚀い迫った。その様子から、やはり母芪の死を匕きずっおいるず感じた。こういうずきこそ䜕かに集䞭しお氣を玛らわせたいずいうのが本音なのだろう。しかし僕には僕のペヌスがある。

「たぁ、埅ちたたえ」
 座垃団に腰を䞋ろし、悠斗クンが運んできおくれた氎を䞀口飲む。それから呌吞を敎え、庞平ず詰めおいた蚈画を䌝える。

「いく぀か案がある。䞀぀目は僕がプロ遞手時代の、庞平は瀟䌚人野球チヌムに所属しおいた時代ころのナニフォヌムを着お䟋の芪氎公園グラりンド――先日君が庞平を䞉振に打ち取ったあの堎所――に行き、野球をしおいる子どもたちに声をかけお簡単な指導をする。その䞭で僕らが䜕者であるかを明かしお勧誘するずいうもの。二぀目は、そのグラりンドで先日のようにミニ野球を行うずいうもの。庞平が掟手にかっ飛ばす姿をあえお芋せ぀けるこずで泚目を集め、集たった子や芪にチラシを配垃する」

「うわっ、かっ飛ばしちゃうんですか」

「そのくらいのパフォヌマンスをしないず人の泚目は集められない、ずいうのが庞平の䞻匵だ」

「氎沢みずさわ先茩らしいな。確かに、せっかくやるならずこずんデカいこずをしたいですね」

「䞉぀目の案はもっずすごいぞ。本郷クンの知名床を利甚しお倧々的に人を集める方法だ。䜓操クラブに入䌚したいずいう人をどれだけ拟えるかは未知数だが、間違いなく倚くの人に知っおもらえるだろう」

「祐茔を巻き蟌む  」

 最埌の提案では案の定、埮劙な反応が返っおきた。野䞊クンが本郷クンのこずを今でもラむバル芖しおいるこずはこちらも承知しおいる。

「䞉぀目は、僕も庞平も君が玠盎に受け容れられる案だずは思っおいない。あくたでも案の䞀぀だず考えお欲しい」

「うヌん  」

「やはり䞍満かな」

「野球人育成機関の方は祐茔もメンバヌだし、䞉぀目の案でやればいいず思いたす。だけどおれずしおは、䜓操クラブはもっず自力じりきっお蚀うか、過去の偉業抜きでどれだけやれるか詊しおみたいんですよね。氎沢みずさわ先茩に提案された、いきなり野球を始めお泚目を集める方がおれ的にはヒットっお蚀うか  」

「では、野䞊クンは二぀目の案が奜みだず」

「䞉案の䞭からっお蚀うなら」

「その蚀い方は匕っかかるな。  もし、君にも案があるなら聞かせおはくれたいか」

 発蚀を促すず、圌は「それじゃあお蚀葉に甘えお」ず蚀い添えおから口を開く。

「おれ、今回母芪ず最埌の時間を過ごす䞭で氣づいたこずがあるんです。  芪っおのはいく぀になっおも子どものこずを心配するんだなっお。もう孫がいるような幎霢になったっお蚀うのにですよ もちろん、おれにも子どもがいるから芪の氣持ちは分かりたす。䞍噚甚な芪であればあるほど、あれこれ手や口を出すこずでしか愛情を衚珟出来ないんだっおね。けど本圓に子どものこずを思うなら、子どもの可胜性を信じお芋守るのが正解。母芪の死に目に遭っおようやくその解にたどり着いたんです。  これたで、䜓操クラブに携わる動機は芪目線  いや、おれ目線でした。だけど今は、子どもに寄り添った目線で考えなければ意味がないず思い始めおたす。せっかく氞江先茩が立ち䞊げようずしおる䜓操クラブなんだから前䟋のないものにしたいっおいうのもありたす」

「その考えには同意したす」
 ここで悠斗クンがようやく口を開いた。

「たさにおれも、ニむニむず時を同じくしお沖瞄で同じような境地に至りたした。芪が子どもの歩く道を決めるのではなく、子どもに遞ばせる。だっおその道を実際に歩くのは子どもなんだから。  おれはなにも、䜓操クラブの䞻旚を吊定しおいるわけではありたせん。ただ、人集めをする段階から、ニむニむの蚀うように子䟛目線で芪子の觊れ合いが出来るようなやり方をした方がいいんじゃないかず思うわけです」

「なるほど。子育お経隓のある人間の意芋は実に参考になるな。しかし、それなら具䜓的にどう行動する きれい事を䞊べたり、掟手なパフォヌマンスをしたりしお芪の興味を匕こうずするこれたでの案を吊定するなら、代案を瀺しおもらえないか」

 代案を出せず蚀った途端、二人は黙り蟌んでしたった。

「ああ、もう  。黙っお聞いおらんね」

 そのずき、呆れ顔の翌クンが郚屋にやっおきた。「勝手に入っおくるなよ」ず蚀った野䞊クンの蚀葉を無芖しお翌クンは持論を展開する。

「あんたたちは子どもず関わる仕事をするっお蚀いながら、子䟛のこずがちっずも分かっおない。倏䌑みが終われば、運動䌚、遠足、秋祭りやハロりィンずいった行事が目癜抌しなんだぜ どうしおそれらを利甚しようっお発想にならないわけ」

『あっ  』
 僕らは同時に声を発した。盲目的な僕らを芋た翌クンが笑う。

「俺が䜓操クラブの創蚭メンバヌならこう提案するね。運動䌚の前に『かけっこが速くなりたい子、集たれ』的なむベントを開くのはどうか、っおな。悠斗はどうか知らないけど、コヌタロヌさんは元プロ野球遞手だから走り方を心埗おるだろうし、父さんだっお暇さえあれば走っおんだから教えられるだろ それなら䜓操クラブでやろうずしおいるこずからもズレおないし、小さい子でも無理なく出来る」

「くっそぉ。翌の提案が䞀番ありだず思っおるおれがいるぞ  」

「翌なぁ、こう芋えおおれだっおそれなりに走れるぜ」

 野䞊クンず悠斗クンはそれぞれ苊蚀を呈しながらも、翌クンの提案を受け容れおいる様子だ。かくいう僕も、である。

「翌クンの提案は完璧だ。こんなこずならもっず早く意芋を聞くべきだったよ」

「い぀だったか、蚀っただろう 盎接手を貞すこずは出来ないけど、アドバむスくらいはするよっお。  俺だっお、玔粋無垢な子どもたちにはたっすぐ育っお欲しいず思っおるし、あんたたちがやろうずしおる掻動自䜓には賛同しおるからな。どうせやるなら、これたでの教育機関にはないぶっ飛んだ内容の䜓操クラブにしお欲しいもんだ。これでも期埅しおるんだぜ」

「蚀われるたでもなく、奇人倉人の僕らが寄っお集たっおるんだ、自然ずそうなっおいくさ。  だろう」
 目配せするず、二人は少し困ったような顔をしお互いを芋合った。

「ええず、䟋えば仮に運動䌚を芋据えお動き出すずしお  。具䜓的にはどうしたしょうか」

「僕の頭の䞭にはいた、䞀぀のアむディアが浮かんでいる」
 じっずしおいられなくなった僕は立ち䞊がっお蚀う。
「ずにかく、走る。それも、『みんながたんなか䜓操クラブ』の名を掲げお」

『えっ』

「どうだろう みんなでやればなんずかなりそうじゃないか」

『えぇっ』

 二人は僕の提案があたりにも意倖だったのか、驚きの声を䞊げるこずしかできない。面癜がっおいるのは翌クンだけだ。

「いいじゃん、いいじゃん。あヌ、コヌタロヌさんの友だちの氎沢っお人にはバットを持っお走っおもらうのはどう そしたらどっちのニヌズにも応えられそうじゃん」

「なるほど。それも面癜そうだな  」
 この堎に庞平がいたら反論されそうだが、やはり野球しか知らない人間の頭で思い぀くこずには限界があるず思い知らされる。そこぞ野䞊クンが新たな案を出しおくる。

「だけど、氎沢みずさわ先茩の案をボツにするのはやっぱりもったいないな  。第䞀匟は『走る』。第二匟で『野球䜓隓䌚』をするっおいうのはどうでしょうか」

「庞平案にこだわるずは。やはり君も野球がしたいようだね」

「いやぁ。あんなふうに口説かれたらやりたくなりたすよね。それに、䜕床も宣䌝すれば認知床も䞊がるし、口コミで広がるこずも期埅できたす」

「なら、俺も園にチラシくらいは眮いおもらえるよう働きかけおみるよ」

 翌クンが眠そうに目をこすりながら蚀った。僕が「ぜひ、そうしおもらえないか」ず頌むず、圌は「オヌケヌ」ず返事をし、盎埌に倧あくびをした。

「  さお。蚀いたいこずは蚀ったし、俺は寝るよ」

「えっ、もう」
 時蚈の針はただ九時を回ったばかりだ。

「䜕蚀っおんの。子どもが寝たら寝るっしょ。っおいうか、倜䞭に䜕床か起きるたなに付き合わなきゃなんないから、早めに寝ずかないず保たないんだよな」
 そう蚀っお圌は寝る支床を始めた。

「  やれやれ、翌もいっちょ前になったもんだ。ちょっず前たでめぐちゃんが奜きだの、結婚したいだのっお隒いでたのに、今じゃすっかり萜ち着いちたっおる」
 野䞊クンの蚀葉に悠斗クンが頷く。

「自分を超えおほしいようなほしくないような、っお感じですか   やっぱりただ翌ずの距離感が掎みきれおないっお感じがしたすね。ニむニむを芋おるず」

「おれだけじゃないさ。みんな䜕かしら、子育おで悩み、苊劎する。だけど孊ぶこずもたくさんある。おれは埌者の喜びを今の若い人たちにも知っおほしい。䜓操クラブではそういう想いも䌝えおいきたいんだ」

「ですね」

「  なぁ、ナりナり。芪子の話題になったずころで䞀぀、聞いおおきたいこずがあるんだけど、いいかな」

「はい、なんでしょう」

「たなちゃんのこずだ」
 圌女の名前が飛び出した途端、悠斗クンの衚情が硬くなった。野䞊クンはそのたた続ける。

「沖瞄に行く前埌であの子、たるで別人みたいに倉わったよな そりゃあ話せるようになったからっおのもあるだろう。だけどそれだけじゃない氣がしお。  沖瞄で䜕があった たなちゃんの祖父ずしおはどうしおも知っおおきたいんだよ」

「    」

「おれには蚀えないか 地博には蚀えるのに それは䞍公平っおもんじゃねえのか」

 悠斗クンはしばらくの間考え蟌んでいたが、芳念したのか、やがお蚀葉を遞ぶようにゆっくりず語り始める。

「  実はたなには前䞖の蚘憶がありたした。魂の蚘憶っおや぀です。  そのこずを教えおくれたのは、めぐず翌の結婚匏を取り仕切っおくれた宮叞ぐうじさんなのですが、圌女曰く、たなが話せないのはその魂が過去の蚘憶を手攟さないからだ、ず。それを知ったおれたちは前の魂のゆかりの地である沖瞄を蚪れ、沖瞄の  霊胜力者の力を借りお前䞖の蚘憶を解き攟っおきた。それが真盞です」

「その宮叞っお、鈎宮家ここに神を降臚させたあの  」

「そうです」

「なるほど。にわかには信じられないけど、そうか  」
 野䞊クンは玍埗したのか、深くうなずいた。

 僕も、圌女に感じおいた違和感の正䜓が分かり埗心する。芪近感を抱いたのはおそらくその、死者の囜から舞い戻った魂ず、死を求めおいた頃の僕の蚘憶ずが共振したからだろう。悠斗クンは続ける。

「陀霊ずか、そう蚀うんじゃないですよ。おれたちから魂に、『前の人生の蚘憶を手攟しおくれないか』ず亀枉したんです。前の人生の蚘憶を持぀魂は、最終的には自らの意志で野䞊たなずしお生き盎す決断をし、過去を手攟したした。芋方によっおはおれたちが説き䌏せたず蚀えなくもないけど、少なくずもこちらの䞻匵に玍埗した䞊での決断だったずおれは信じおいたす。お陰様でたなは以前よりずっず穏やかになった氣がするし、日毎ひごずおしゃべりが䞊手になっおもいたす。そんな自然䜓のたなが奜きだから、おれたち芪、、、、、は、あれこれ口を出さないず決めおいたす。それが䞀番子どもの胜力を䌞ばせる方法だず思っおるんで」

 圌はそこたで䞀氣に蚀うず、氎を口に含んで䞀呌吞眮いた。

 圌がなぜ、実の嚘ではないたなちゃんに入れ蟌んでいるのか。その理由がなんずなく芋えおきた。圌はがかしおいたけれど、僕の勘が正しければその「前の蚘憶を持぀魂」ず圌ずは䜕らかの繋がりがある。あえお聞く぀もりはないが、そう思った方が腑に萜ちる。

 野䞊クンも䜕かを察したのだろう。「『おれたち芪』か  。地博ずナりナりずは長幎の友人。昔のこずもよく知る仲だもんな」ず呟いた。

「なあ、ナりナり。今の子育お、楜しんでるか」

「もちろん。子育おだけじゃないです。おれはこれたでの人生で今が䞀番楜しいし、幞せです」

「そうだよな  。悪い、しょうもないこずを聞いちたった」

「いえ。それもこれも、野䞊家の人たちが受け入れおくれたおかげ。本圓に感謝しおたす。  ですよね、孝倪郎さん」

「そうだな  」
 圌の身に起きたこずは実際、僕にも圓おはたる。

「圌ら、そしお君がいなければ今の僕は存圚しおいない。䜓操クラブを考案するこずもなければ、庞平ずルヌムシェアをするこずもなかっただろう。  そうだ。もしこのあず時間があるならどこかで軜く䞀杯匕っかけないか もう少しおしゃべりがしたくなった」

「おれは構いたせんが、そういうこずなら氎沢みずさわ先茩にも声をかけた方が。郚屋で埅っおるんでしょう」

 庞平の名を聞いお、䞻人の垰りを埅぀犬のような顔が浮かぶ。
「あい぀が僕の垰宅を埋儀に埅っおいるずは思わないが、もし䞀人で郚屋にいるなら誘っおやるか。ああ芋えお寂しがり屋だからな  」

「なら、連絡をお願いしたす。ナりナりはいける」

「倧䞈倫です。堎所はどうしたすか」

「ワラむバはどうだろう。あそこなら融通が利くし、僕も氣楜に飲める」
 二人はうなずくず、すぐに出かける支床を始めた。


27庞平

 本郷倫劻ず、野球人育成機関および氞江孝倪郎ファンクラブの打ち合わせを終えたのが八時半。メチャクチャ腹が枛っおいたが、そろそろ孝倪郎が垰宅する頃かもしれないず思い、倕食の誘いを断った。ずころが、郚屋に戻っおもあい぀の姿はなかった。

「なんだよ  。ただ野䞊ずくっちゃべっおんのか」

 垰宅を埅っおもよかったが、あい぀の郚屋で暮らす条件は、それぞれが自由な生掻リズムで暮らすこず。タむミングが合えば䞀緒に食事をする皋床の、ゆるい繋がりをあい぀は求めおいる。

「た、いっか  」

 䞀人で飯を食いに行くのは慣れおいる。ただ、本郷倫劻ず䞀緒だったら普段行かない店に行き、普段食べないものを食べただろうず思うだけのこず。それ以䞊の感情はない。

 駅前には氣に入りの店がいく぀かある。しかしさっきたで野球の話で盛り䞊がっおいたせいもあり、足は自然ずワラむバに向いた。あそこは幎がら幎䞭、野球䞭継を流しおいる。詊合の流れ次第では、店䞻の倧接ず野球の話で盛り䞊がれるに違いない。



 店に着くず、倧接が芪しげに挚拶をしおくる。
「いらっしゃい。今日はお䞀人ですか」

 そうだ、ず返事をしようずしたたさにそのずき、孝倪郎から電話がかかっおきた。このあずワラむバで䞀緒に飲たないか、ずいう内容だった。たった今ワラむバに着いたずころだず䌝えるず、先に飲み食いしおいおくれず蚀われ、電話は切れた。

「  あずから䞉人来る。酒はあるか 䞀杯匕っかけたいらしい」

「ビヌルならい぀でも眮いおありたす。埌から来る人っお、氞江センパむず野䞊センパむですかね ビヌル掛けは倖でお願いしたすよ」

「いくら倏だからっお、んな銬鹿なこず  」
 蚀いかけお数ヶ月前、ここの店員のめぐさんから聞いた『ビヌル事件』を思いだした。ビヌル掛け、ずはおそらくそのこずだろう。どうやら倧接にずっおも蚘憶に残る出来事だったようだ。

「倧䞈倫だろ。今の孝倪郎ならビヌルを掛けられおも、倧口おおぐちを開けお飲み干しおしたうだろうさ」
 そう蚀っおカりンタヌテヌブルに぀く。

 倜の定食を泚文し、食べ始める頃に孝倪郎たちがやっおきた。孝倪郎は䜕か蚀いたげな様子で俺をじっず芋぀めおいる。

「  な、なんだよぉ ここで飯食っちゃ悪いか」

「いや  。考えるこずは同じだな、ず思っただけだ。それより  」
 孝倪郎はカりンタヌ垭に座る俺の隣に腰掛けるなり「ずりあえず瓶ビヌルを二本」ず告げた。

「今日は地元のクラフトビヌルがありたすよ。安く手に入ったので。詊しおみたす」

「なら、今日はそれをもらおうか」

「毎床、ありがずうございたす」

「それで 話はたずたったのか」
 俺は食べる手を進めながら孝倪郎に話しかけた。

「もちろん。結果を報告するために誘ったようなものだ」
 孝倪郎はニコニコしながら蚀う。
「走るこずになった」

「  はい」

「先茩、それじゃあ党然䌝わらないですっお」

 野䞊が苊笑しながら蚀い、こずの詳现を䞁寧に教えおくれる。孝倪郎はその様子を、ビヌル片手に聞いおいる。

「なるほど。幌皚園の先生ならではの提案だな。お前らはそれに乗っかろうず、そういう話か」

「悪くないず思っおるんだが、庞平はどう思う」

「確かに悪くはない。䜓操クラブは察象幎霢が䜎いし、それでいいだろうよ。だけど、こっちは野球に興味のある小孊生を察象にしおるからな。走っおる姿を芋せるだけでどれだけ人集めが出来るか  。そうでなくおも、本郷倫劻ずは、先日から野球の䜓隓䌚をするっお方向で話を進めちゃっおおな」

 この堎ではあえお蚀わないが、本郷たちは本氣で優秀な野球人を育成しようずしおいる。興味本䜍でやっおみたいずいう人間は最初からお断り。心の底から野球を愛し、寝おも芚めおも野球をしおいるような人間を、圌らは求めおいるのだ。

「祐茔ならそう蚀うでしょうね  」
 野䞊は音を立おおビヌルを飲んでから反論する。

「だけど先茩。前にも蚀ったずおり、野球ずいう枠の倖に目を向けた方がいいずおれは思いたすよ。祐茔はただ野球界にいるから芖野が狭い。でも先茩はもう、倖にいる。だったら倖から芋お䜕が出来るか、あい぀らにも提案しなきゃ」

「    」

「おれからもひず蚀、いいですか」
 脇から話に入っおきたのは䜓操クラブ創蚭メンバヌの䞀人である鈎宮さんだった。酒が入っおいるせいか、圌は熱心に持論を語り始める。

「この、野球人ばかりの組織になぜおれが関わろうずしたか。それはおれ自身、芪ず䞀緒にいられる喜びや応揎される喜びを知っおいるからです。たぁ、芪は子どもが倢䞭になっおやっおいる姿を陰から応揎するこずでしか繋がれないのかもしれないけど、おれはそれが玔粋に嬉しかった。だから芪になった今は、自分が子どもの才胜を䌞ばす手䌝いをしたいんです。  最初から野球に限定しちゃったら䌞びない胜力もあるんじゃないでしょうか。翌がいい䟋です。あい぀には音楜の才胜があるのに、ニむニむから野球をするよう匷いられお苊しんだ時期があったず聞きたす」

「たぁ、そう蚀うなっお。  翌から『ピアノを習いたい』っお聞いたずきには、さすがにおれも『ああ、やっぱりな』っお思ったよ。矩効えりさんが匟く脇でよく真䌌事をしおたし、耳がいいなず思っおたからな。あのずきは苊枋の決断だったけど、嫁さんが『やらせおみたらいいんじゃない』っおいうもんだから詊しにピアノ教宀に通わせおみたらあっずいう間に䞊達しお  。ギタヌも独孊で匟けるようになったし、高校で入った挔劇郚では䞀読しただけで台詞が芚えられたらしい。結果、今ではその才胜を生かしお仕事しおるわけで、野球を無理匷いしなくお本圓によかったず胞をなで䞋ろしおいるよ。  そういうわけで、おれの過去の経隓からしおも、芪の匷い想いを抌し぀けるんじゃなくお、子どもの才胜を芋極められるような堎を提䟛したい、っおのはあるよな」

「分かりたす」
 二人は意氣投合した蚌ず蚀わんばかりにグラスを亀わした。

「先茩、蚀ったじゃないですか。野球のその先、、、を目指すおれの粟神ず熱情に心動かされたっお。だったら、走りたしょうよ」

「だけど野䞊。忘れおるかもしれないが、䞀週間前には野球の䜓隓䌚をやるっお提案に同意しお、その方向で蚈画進めずけっお蚀ったのはお前だぜ」

「ああ  。すんたせん。母芪を看取ったら考えが倉わっちゃったもんで」

「マゞかよ  」
 人の死は人生を倧きく倉えるほどの出来事だ、ずはよく蚀ったものだが、野䞊もその䞀人ずは  。

「庞平。もし僕らの考えに着いおこられなくなったずいうならい぀でも離脱しおくれお構わない。そもそも僕らは別の組織を䜜ろうずしおいるんだからね。だけど、君が野䞊クンの力を借りお䜕かを成そうずいうのなら考えを軟化させる必芁がある。  飲みが足りないんじゃないか 倧接クン、庞平の空いたグラスに泚いでやっおくれ」

「はいはヌい」

「おい、こら 勝手なこずを  」
 蓋をしようず慌おおグラスに手を䌞ばすも時すでに遅し。倧接が玠早くビヌルを泚いだ埌だった。仕方なく、泚がれたビヌルを䞀氣飲みする。そんな俺を穏やかな衚情で芋぀める孝倪郎を芋お芳念する。

「あヌ、もう   分かったよ 俺の負けだ。走る。走るよ、俺も。ただし、俺は野球少幎・少女を集めたいからナニフォヌム着お走るぞ それでいいな」

「ああ、奜きにすればいい」

「くっそぉ。本郷倫劻あい぀らになんお説明すりゃいいんだ  」

 俺の酔った頭は倧混乱しおいた。だけど、かろうじお冷静な郚分が「この提案は絶察に受け容れおおけ」ず䞻匵しおいおどうしおも拒めなかった。それもこれも、間違いなく孝倪郎のせいだ。

「䞡方やったらいいじゃないですか。おれは、先茩の掚しおる野球䜓隓䌚もありだず思っおたすよ」
 野䞊が混乱するおれを助けるように蚀う。
「䞀緒にやりたしょう。お互いに手を取り合えばなんずなりたすっお。ずにかく、䜕でもやっおみる。それが䞀番です」

「野䞊クンらしいな」
「ですね」
 孝倪郎ず鈎宮さんはそう蚀っお埮笑み合った。

「お前ら、なんでそんなにポゞティブなんだよ  」

「庞平には分からないか」
 呆れた俺を孝倪郎が説き䌏せる。

「僕たち䞉人に共通しおいるのは、すでに䞡芪を亡くしおいるずいうこずだ。人は芪を倱うず、次は自分の番だず芚悟し、生き方を改める。起こる事を出来るだけ前向きに捉え、やれるこずは䜕でもやっお埌悔しない生き方をしようず思うようになる。  僕が蚀っおも庞平にはピンずこないだろうが、僕らが前向きに芋えるずしたら、おそらくはそういうこずじゃないかな」

「先茩の蚀葉に補足するなら、おれたちはたなちゃんを通じお、子䟛のみならず自分自身も幞せになる人生を創造したいず思っおる。だから、この先にあるのは明るい未来のはずだ っお信じお行動できるんです。そんなおれらが前向きじゃなかったら倉でしょ」

「愛する我が子わ このためならなんだっお出来る。そういうものじゃありたせんか」

 孝倪郎に続き、野䞊、鈎宮さんが順に思いを語った。それを聞いお、俺は「我が子」にどれだけ関わっただろうか、ず思い巡らす。

 確かに嚘は俺に懐いおいおかわいかった。だけど結局野球はしなかったし、劻ず離婚埌、十幎䞖界を巡っおいた間に連絡も取れなくなっおしたったから、今どこで䜕をしおいるのかも分からない。これたでは元氣でいおくれれば充分だず思っおいたが、圌らの熱い蚀葉を聞いたら嚘に䌚いたくなっおる俺がいた。なのに口からは真反察の蚀葉しか出おこない。

「  俺にも嚘がいるけど、嚘ずはキャッチボヌルをしたこずすらない。野䞊が、野球をしおくれなかった息子ずどう向き合っおきたかは知らないけど、俺は今曎、そんな嚘ずは話すこずもないよ」

「話すこずから逃げちゃダメですよ、先茩。  っお蚀いながら、おれの堎合はあい぀の方から歩み寄っおくれたわけなんですが、おれが息子の知る蚀語で話そうずしなかったから、あい぀が無理をしお『キャッチボヌルしよう』っお。それがきっかけで和解するこずが出来たんです。ずはいえ、長幎の癖であい぀には今でもキツく圓たっおしたうこずは倚々ありたす。ですが、あい぀も負けおないですよ。今じゃ、お互いに蚀いたいこずが蚀える。それが本圓に健党な関係なんだず今では思っおたす。だから先茩も、もし嚘さんに䌚うこずがあればお互いに玍埗がいくたで話し合っおみおください。絶察に倉わりたすから」

 それを聞いお孝倪郎ず぀い最近たでやり合っおいたこずを思い出す。孝倪郎は、俺がどんなに酷い蚀葉を济びせおもそれを受け止め、その䞊で自身の考えを貫き続けた。野䞊もそうだった。最終的に、俺はあい぀らの熱量に抌されお考えを倉えたが、䞍思議ず敗北感がないのはこっちもこっちで蚀い尜くしたからだろう。だが本来、察話ずはそういうものなのかもしれない。

 鈎宮さんも、䜕かに思いを銳せるように遠くを芋぀めお蚀う。
「本圓に䌝えたい思いがあるなら、照れくさくおも面ず向かっお䌝えるべきです。二床ず䌚えなくなっお埌悔しおも、時間は巻き戻せたせんからね  」

「  元氣出せよな、ナりナり。そんな顔しおたんじゃ  。あヌ  おれの母さんも浮かばれねえ」
 遠くを芋遣る圌から䜕かを察したのか、野䞊は自らの手で鈎宮さんの空いたグラスにビヌルを泚いだ。

「  ニむニむこそ空元氣じゃないですか。心から笑えるようにならないずオバアの幜霊が珟れたすよ 息子思いでしたからね」

「えっ、あっちの䞖界にいっおたで心配されるのは嫌だな  。ちゃんず成仏するよう頌んでくれよ。霊が芋えるんだろう」

「珟れた霊の姿は芋えるけど、おれからはコンタクトが取れないんで  」

「えヌ、そうなの   っお蚀うか、今は芋えおないよな」
 その埌、野䞊たちは故人を偲ぶように亡くなった母芪の話で盛り䞊がり始めた。

 俺は倧切な人を亡くした経隓がただない。いい幎になっおも近芪者が健圚だずいうのはありがたいこずであるず同時に、「死」ずいうものが遠くに感じられる俺は粟神的に未熟で、ただただ芖野が狭いず痛感させられる。

「  なぁ、孝倪郎にずっお『死』は特別なものじゃないんだよな なぜだ なぜずっず远い求めおいたんだ」
 長幎の疑問を口にするも、浅はかな問いだったのか錻で笑われる。

「それは父の死埌、この肉䜓を捚おれば再䌚できるず、割ず本氣で信じおたからだよ。僕にずっお『死』は、別の囜ぞ旅立぀くらいの感芚でしかない。『異囜ぞの憧れ』ず蚀い換えるこずも出来ようか。無論、䞀床旅に出おしたえば二床ず同じ堎所には垰れないわけだが、僕はもずもずこの䞖界ぞの垰属意識が薄いらしい。庞平を前にしお蚀うこずではないのかもしれないが、少し前たでの僕はやはりい぀消えおもいいず思いながら生きおいたよ」

「だけど、今は違うんだろう」

「ああ。今は死埌の䞖界に赎いた人の力で生かされおいるず実感しおいる。そういう意味で死は特別なものではないし、今は远い求める察象でもない」

「そうか  」

「䜿呜ず蚀うず仰々しいが、今の僕は野䞊クンたちのお陰で生きる目的を芋いだし、それに向かっお日々歩んでいる。僕が生きおここにいるだけで䟡倀があるず蚀っおくれる人たちがいるうちは、死者の囜ぞの旅立ちは先延ばしにしようず思っおるよ。  ずはいえ、い぀死者の囜から迎えが来るかは分からないからな。庞平も、もう䞀床嚘さんに䌚いたいず思っおいるなら早めに䌚った方がいい。埌悔しないためにも」

「  氣が向いたらな」

 そう蚀っおから、自分はやはりこの先もただただ生き続ける぀もりで人生蚭蚈をしおいるんだなず思い知らされる。俺ず、ここに集った䞉人ずでは生きる姿勢が明らかに違う、っお  。

「  人生っおそんなに短いもんかよ 俺はそうは思いたくないな  」

「先茩。埌悔先に立たず、ですよ。今やらなかったらたぶん、䞀生やらない。人間っおそういう生き物ですから、行動するなら絶察に早いほうがいいです」

 野䞊が俺の呟きに応じた。

「  俺、こういう人生論っお苊手なんだよなぁ。もっずこう、楜しい話しようぜ」
 グラスを手に取りあおったが、ビヌルは䞀滎も残っおいなかった。

「氎沢みずさわセンパむは、もうちょっず倧人にならないずダメみたいっすね  」
 倧接が俺をたしなめながら、空のグラスにビヌルを泚いでくれた。


28悠斗

 か぀おおれのそばで寝息を立おおいた愛菜ず、真倏の昌䞋がりに畳の䞊で昌寝しおいるたな。二人は別人だが、おれをほっずさせおくれる点だけは共通しおいる。

 沖瞄から戻っお䞀週間。おれが求めおいたのは安らぎだったこず。そしお目の前の子がおれの血を受け継いでいるかどうかは、実は最初から関係なかったこずに今曎ながら氣づく。

 ここにいる幌子がすやすやず眠っおいる。それに幞せを感じるおれがいる。ただそれだけのこず。それが、生きるずいうこずなのだず改めおたなに教えられた氣がしおいる。

◇◇◇

 ニむニむや地博あきひろが亡きオバアの遺品を敎理する傍かたわら、ちょうどいい機䌚だず思っおおれも鈎宮愛菜すずみやたなの遺品をすべお手攟す決心をした。この家で䞡芪が管理しおいたわずかばかりのベビヌ甚品やおもちゃ。家の修繕の際に発芋されたそれをどうしおも捚おるこずができずにいたのは未緎があったからだ。しかし愛菜の過去ず決別した今、所有し続ける意味はなくなった。

 めぐや翌に盞談すれば䜕か蚀われるに違いないず思い、今回ばかりは地博にだけ打ち明けた。オバアの遺品に玛れさせお欲しいず頌むず、や぀は䜕も蚀わずにうなずいたのだった。

◇◇◇

 すっきりず片付いた居間は、オバアがこの家にやっおくる前に戻ったかのようだった。それを芋るに぀け、物には䜿っおいた人の想いが宿るものなのだなず改めお思う。しかしそれは決しお悲しむべきこずではない。物に宿る氣配を感じられなくなったずいうだけで、共に過ごした日々の蚘憶は確かにおれの䞭にある。むしろ物ぞの執着がなくなった分、前向きな氣持ちで思い出すこずが出来るほどだ。それはニむニむも同じらしく、孝倪郎さんの提案でワラむバ飲みしたずき、オバア圌にずっおは母に察する感謝の蚀葉をたびたび口にする姿は印象的だった。

 そのニむニむたちず今床、走るこずになっおいる。氎の䞭を走るように泳ぐのは埗意だが、正盎蚀っお陞䞊競技は苊手である。぀いでに蚀うず、心臓に負荷を掛けるようなこずはあたりしたくなかった。しかし翌に「走れる」ず宣蚀した手前、迷惑を掛けない皋床には走れるよう身䜓を慣らしおおかなければなるたい。

 考えた末、たなを遊ばせる぀いでに走っおみようず思い぀いた。
「たな。公園に行こうか。お父さんが走るの、芋おおほしいんだ。頌めるかな」

「こヌえん いこヌ」
 おれの思惑など知るよしもないたなは、公園に行けるず分かるや倧喜びで靎を履き始めた。



 早朝の公園にはただ人がいなかった。八月も終わりが芋えおきたが、朝から匷い日差しが照り぀けおいる。おれが準備運動をはじめるず、暪でたなが真䌌をし始めた。その様子があたりにもかわいらしくお思わずニダける。

「おっ、たなも走るか」

「ん」

 返事をしたたなは、にわかにおれの手を取るず匕っ匵るように走り始めた。おれはたなの歩調に合わせお走らざるを埗ないから非垞にゆっくりだ。ずおも走っおいるずは蚀いがたいけれど、䜓操クラブではこんなふうに手を繋いで走るのはどうだろうか、ずアむデアが浮かぶ。

「ゆっくり走るのもいいな」

「おずヌさんはもう走れるよ だっおここ、なおっおるもん」

 たなが治っおいるず蚀った堎所は心臓だった。驚きのあたり足を止める。たなには、おれが過去に心臓の病で倒れたこずは教えおいない。たずえ話したずしおも二歳になったばかりのたなに理解できるはずがない  。

「治っおるっお  どうしお分かるんだ」

「だっお、たなたんが治したんだもん」

「    」
 信じられなかった。たなの発蚀のすべおが。
「あ、ありがずうな、たな。ずりあえず今日はブランコしお垰ろうか」

 なんずか蚀葉を返したものの、ひどく動揺しおいた。たなはブランコに意識が向いたのか、それ以䞊は䜕も蚀わずに遊び始めた。

◇◇◇

 走る走らないにかかわらず、たなの蚀葉が氣になったおれは幎䞀の定期怜蚺の日を迎える前に䞻治医の元を蚪れた。

 ランニングを始めたいが、心臓が耐えられるのかどうか調べお欲しいず申し出るず、医垫は「これ以䞊負荷を掛けるのはおすすめしたせん」ず婉曲えんきょくに犁止什を出した。

「ずはいえ、そろそろ前回の怜蚺から䞀幎が経ちたすから、レントゲンは撮っおおきたしょうか」

 その顔はあきらかに、走るのは諊めなさいず蚎えかけおいた。専門知識を持぀医垫だからこその発蚀。いや䞀般人でも、二床も心臓発䜜で倒れおいる人間が心臓に負荷を掛けるような行動を取るず聞けば、やめおおけず忠告するだろう。しかし、おれの呜がたびたび䞍思議な力によっお救われおきたのもたた事実。たなが「治っおいる」ず蚀ったのだから、きっず「治っおいる」。おれは自分の胞に手を圓お、怜査結果が出るたでひたすらに埅った。

 再び蚺察宀に呌ばれたおれの目に飛び蟌んできたのは予想通り、珟実を受け容れられない医垫の姿だった。医垫は看護垫に䜕床も「これは本圓に鈎宮さんのレントゲン写真なのか」ず尋ね、確認を取らせた。しかし玛れもなくおれのものだず分かるずようやくこちらに向き盎った。

「  お埅たせしたした」

「あの、䜕か問題でも  」

「ええ  。たたしおも奇跡が起きたした」
 医垫は声を震わせお蚀う。

「あなたの心臓は傷䞀぀ない、きれいな心臓です。脈も正垞ですし、これならスポヌツを行おこなっおも䜕ら問題ない状態ず蚀えるでしょう。  数幎前、瀕死のあなたが生還したずきも驚かされたしたが、たさかもう䞀床奇跡を芋せられるこずになるずは  。あなたはいったい䜕者なのですか」

 ただ奇跡を信じ切れないらしい医垫は、䜕床も銖をかしげた。

「䜕者なのか  ず問われたしおも、おれはあなたず同じ生身の人間ですよ。ただ、ちょっずばかり運は良いようですが」

「もしこれが運のなせる技ならば、ちょっずどころかものすごく幞運ですよ」

「かもしれたせんね。それで、ランニングはしおも倧䞈倫っおこずで良いんでしょうか」

「構いたせん。ただし、あなたが二床、心臓発䜜を起こしたのは事実ですから、くれぐれも無理はしないように」

 医垫はどうしおも過去のおれの姿が忘れられないらしい。蚱可を出し぀぀も最埌の最埌たで身䜓を倧事にするよう念抌ししたのだった。



 家に垰るずめぐたちが出迎えおくれた。
「ねぇ、結果、どうだった」
 開口䞀番にそんなこずを聞いおくる蟺り、どうやら答え合わせがしたいらしい。

「ああ  。治っおたよ。完治っおや぀だ。だから走っおも問題ないっおさ」

「じゃあ、たなが蚀っおたこずはマゞだったのか  」
 たなを腕に抱いた翌は、そう蚀いながらもやはり信じられない様子だった。

「䞻治医の先生、メチャクチャ驚いおたぜ。たた奇跡が起きたっおな」

「そりゃあそうだろうな  」

「いったい䜕者なんだ、ずたで蚀われたよ。あんたず同じ人間だっお答えおやったけど」

「うっわ、そんなこず蚀ったの 䞻治医の先生の顔、匕き぀っおただろ」

「いや、呆れおたな、あれは」

「どっちにしおも、心臓が正垞になっおよかったよね」
 めぐはホッずしたように蚀い、おれの胞に耳を圓おた。

「あっ、ちゃんず動いおる。ドクドクっお、芏則正しくリズムを刻んでる。  悠くんの心臓さん、元氣になっおくれおありがずう。たな、治しおくれおありがずう」

「たなも、おずヌさんずいっしょに走りたいもん」
 たなはそう蚀うずすぐに翌の腕から降りお廊䞋を走り始めた。

「  地博が蚀ったように、たなはおれたちの蚀葉をかなり理解しおるみたいだな。っお蚀うか、賢いを通り越しお神がかっおる  」

 呟くずめぐが応じる。
「実際、そうなんじゃないかな  。前に春日郚神瀟のご神朚さたに觊れたずき、朚乃銙このかがたなのこず『神様の申し子だ』っお蚀ったこずがあるんだけど、あれは本圓だったんだっお思っおるずこ」

「俺もそう思う。蚀葉を取り戻しおからのたなの䌚話力は、二歳五ヶ月にしおすでに幎少児䞊みだ。ひず月もすれば幎長児か、それ以䞊の䌚話が出来るんじゃないかずさえ思っおる。遅れを取り戻そうず必死に吞収・発話しおるっおこずもあるだろうけど、それだけが理由じゃないよな、きっず」

「これからどう育っおいくのかな、あの子は」
 期埅に胞螊らせながら蚀うず、廊䞋の向こうからたなが「おずヌさん、走ろうよぉ」ず声を発した。

「よぉヌし。せっかくだからお倖に出お走るか。負けないぞ」

「わヌい」
 元氣に駆け寄っおくるたなを抱き留める。䞀瞬、忘れたはずの過去の蚘憶がよみがえり、重なった。


29めぐ

 このずころ倧きな出来事が続いたが、ようやく日垞が萜ち着いおきた。実を蚀うず、産埌䞀幎ほどで仕事埩垰はしたものの、たなの発話の問題が発芚しおからはそのこずが氣になっおしたい、心から仕事に打ち蟌めおいなかった。しかし今ではそれもなくなり、以前のようにワラむバでの仕事を楜しめおいる。

 九月に入ったずいうのに、ただただ暑い日が続いおいる。個人的には早く冷房いらずの秋がやっおこないかなぁず思っおいるが、この頃の地球はわたしたちが䜏みやすい環境から遠ざかっおしたっおいるようだ。

 翌くんの勀める幌皚園では、二孊期が始たるずすぐに運動䌚の緎習をするのが通䟋だったそうだけど、熱䞭症の危険性が叫ばれるようになり、緎習期間は本番前の䞀週間だけに短瞮されるこずが決たったそうだ。そんな未就孊児たちを察象に、屋倖むベントを䌁画しおいる孝倪郎さんたち。実斜日は倩候を芋お決めるず聞いたが、双方が笑顔でその日を迎えられるこずを祈るばかりである。

◇◇◇

 今日も朝から倏のような日差しが照り぀けおいた。店の前のプランタヌに怍わっおいるミニひたわりが頭こうべを垂たれ、その隣でコスモスが元氣に咲き誇っおいる姿だけがかろうじお季節の移り倉わりを感じさせる。

 わたしがそのこずを話すず理人さんは「いやいや、プロ野球のリヌグ戊がもうすぐ終わるっおずころにおれは季節の倉化を感じるけどね。ちなみに、今幎の優勝は東京ブルヌスカむで間違いない」ず蚀っお店のテレビをオンにする。そしおいよいよ始たった、氞江孝倪郎ファンクラブ䌚員向けの展瀺コヌナヌにあるショヌケヌスを䞁寧に拭き䞊げる。圌の䜿った野球甚品を眺めお陶酔する理人さん。本圓に孝倪郎さんを尊敬しおいるんだなぁず思う。



 わたしの心が穏やかになったせいだろうか。午前䞭は海倖の野球チヌムの䞭継が流れる店内でゆっくりず時間が過ぎおいく。ずきどき理人さんに「䞭倮の垭に、あっちの䞖界、、、、、、からお客様」ず蚀われおコヌヒヌを提䟛する以倖、今日は来客もない。

 芋遣った窓に曇り、、を芋぀け、拭いおおこうかなず思ったずき、ようやくお客様がやっおきた。

「いらっしゃいたせ  。ええっ」
 驚きの声を䞊げたのは理人さんだ。圌は読んでいた新聞を攟り投げ、カりンタヌの倖に飛び出した。

「歌手のレむカさん お䞀人でご来店  ですか たた来お䞋さっお光栄です」

 レむカさんは以前、ここで本郷倫劻ず匟の氎沢さんの四人で食事䌚をしたず聞いおいる。わたしは非番だったので詳现は分からないが、店の雰囲氣や食事を氣に入った圌女が「たた来たいず蚀っおいた」ず、理人さんが自慢げに話しおくれたこずを思い出す。

「お昌をいただき぀぀、コりちゃんの珟圹時代の品々を芋おいこうず思っおね。展瀺が始たったんでしょう」

「コりちゃん   えっ   も、もしかしお  」

「そうなの。  ゞャヌン」
 鞄かばんの䞭から出おきたのは、ファンクラブの䌚員蚌だった。



 女性の方ほうがいいからず、なぜか初察面のわたしが圌女の話し盞手を任されるこずになった。たぶん、理人さんは舞い䞊がっちゃっおたずもに話せないからず蚀うのが理由なんだろうけど、わたしだっお先日初めお生歌を聎いたこずくらいしか話題提䟛できない。

 こういう時はずにかく笑顔で接客しようず割り切り、レむカさんの脇に立぀。圌女はファンクラブ䌚員らしく、埋儀にも持参した東京ブルヌスカむのキャップをかぶっお展瀺物を䞀点䞀点、䞁寧に眺めおいる。

「先日、庞平からファンクラブのこずを聞いおね。準備が敎ったら入䌚しようず思っおたのよ。コりちゃんにも䌚えるっお蚀うし。  圌はずきどき来るの」

「そうですね、日時は決たっおいたせんが、割ず頻繁にいらっしゃいたすよ」

「ぞぇ  。もしかしお、あなたに䌚いに   なんお、そんなわけないか」

「あヌ  」

 女の勘なのか、あたりにも鋭い問いにどう返事をしたらいいものか悩む。するず、料理を䜜っおいるはずの理人さんがすかさず䌚話に割り蟌んできお䜙蚈なこずを蚀う。

「めぐっちは氞江センパむのお氣に入りですよ。あの人、䞀目惚れしちゃっおねぇ  」

「ちょっず、理人さんっ  」

「うっそ あのコりちゃんが   あぁ、それであのずき」
 レむカさんはわたしの顔をのぞき蟌んでから、䜕かを思い出したように蚀う。

「やっぱり来おたでしょ 春に駅前でやったミニラむブに。前の方にコりちゃんらしき人を芋かけお『もしかしお  』ずは思ったんだけど、そばに赀ちゃんを抱いた女の子がいたから確信が持おなくお」

「あ、それ、倚分わたしたちです。䞻人が、子䟛の頃からレむカさんのファンでこの機䌚にぜひ生歌を聎いおみたいずいうので䞀緒に行ったんですよ。あず、孝倪郎さんから、レむカさんの歌声には人の心を動かす力があるずも聞いお。実際、ずおも感動したした」

「そう  」
 レむカさんは頷きながら、展瀺されおいるナニフォヌムに目をやった。

「ホント蚀うず、庞平に頌たれおあの遞曲になった蚳なんだけど、最埌の曲はあのずきも蚀ったようにずいぶん迷ったのよね。でも、䞭幎になったあたしたちにふさわしいラストの曲っおなんだろうっお考えたら『サンキュヌ、ファミリヌ』しかなかった。やっぱり幎月を経ればどんな人でも倉わる。コりちゃんみたいな堅物であっおも。  もっずも、コりちゃんがあの堎に来るずいう保蚌はなかったし、あたしのファンは他にもたくさんいるから、未発衚曲で驚かせたかったっお蚀うのもあったけどね」

「孝倪郎さんのこず、よくご存じなんですね」

「たぁね。圌は頭のおっぺんから぀た先たで野球で出来おる子だったけど、玔粋っお蚀うか、そういうずころはかわいいなっお思ったし、嫌いじゃなかったな」

「もしかしお、奜きだったずか」

「それねぇ  。ずうっず昔、庞平にも蚀われたこずあるけど、家族ずしおは奜きだったよ。あ、でも今䌚ったら違う印象を持぀かも  」

 それを聞いおわたしの「恋バナスむッチ」が入る。

「いいじゃないですか 昔の孝倪郎さんを知る人はみんな口をそろえお蚀いたすよ。別人だっお。再䌚したら奜きになっちゃったりしお」

「えヌ そんなにむむ男になっちゃったの そう蚀えば先日実家に垰ったずき、母が蚀っおたな。庞平がコりちゃんを連れお垰っおきたけど、ものすごくいい顔になっおたっお。あれはそういう意味だったのかな」

「レむカさん、ランチが出来䞊がりたしたよヌ。こちらの垭ぞどうぞヌ」
 折しも理人さんの料理が完成し、話は䞀旊途切れる圢ずなった。

「わぁ、おいしそうなハンバヌグ」
 レむカさんは目を茝かせお蚀うず、早速怅子に腰掛けおフォヌクずナむフを手に取った。
「いただきたヌす」
 圌女がハンバヌグにナむフを入れたたさにそのずき、䞀人のお客様が来店ず同時に倧声を䞊げた。

「あヌっ なんで姉貎がここにいるんだよっ」



 姉匟きょうだいだからず、隣の垭に案内したのがよくなかったのかもしれない。はじめこそ仲良く話しおいた二人だが、孝倪郎さんの珟圚の様子を知りたがるレむカさんに氎沢さんが事実を告げた蟺りから雲行きが怪しくなり始めた。

「はぁ コりちゃんず䞀緒に暮らしおるぅ 前に䌚ったずきはそんなこず、䞀蚀もいっおなかったじゃない あんたっおそういう趣味だったの もしかしお離婚したのもそれが原因  」

「こらっ、勝手に劄想するなよっ 俺たちは姉貎が思っおるような関係じゃねえからなっ あい぀の郚屋を借りるようになったのは぀い最近のこずだし、離婚の原因も違うっ」

「そうなのヌ   だけど、䞀緒に暮らしおるっおこずはコりちゃんのこずは䜕でも知っおるっおこずだよね あの子、どうなの 元氣にしおる」

「ああ、元氣だよ  」
 蚀い合いが䞀段萜したずころで氎沢さんは氎おひやを䞀口ひずくちず、定食のご飯を䜕口なんくちか攟り蟌んだのち再び話し始める。

「あい぀もあい぀で新しいこずを始めるために今、いろいろず準備をしおいるずころでな。忙しくはしおるけど、朝か晩、どっちか䞀回は必ず顔を合わせお飯食うようにしお、お互いの健康チェックをしおるよ」

「䜕だか老倫婊みたいなこずしおるのね  」

「うっせヌ 合宿のノリなんだからそれで良いんだよ。そういう姉貎はどうなん いい幎しおずっず独り身で  。お袋、心配しおたぜ」

「䜙蚈なお䞖話。あたしは䞀人の方が性に合っおるのよ。良い歌詞を曞くには䞀人じゃないず。氣が散るずね、本圓に降りおこないんだから」

「あのヌ、歌詞っお考えお曞くんじゃないんですか 降りおくる、来ないっおどういう  」

 姉匟の䌚話に割っお入るのもどうかず思ったが、わたしの疑問にレむカさんは䞁寧に答えおくれる。

「うヌん。なんお蚀ったらいいのかな。公園や森の䞭を散歩しおいるずき、それからがヌっずしおいるずきに蚀葉が瞬時に降っおくるっお蚀うのかな。むメヌゞず蚀っおもいいかもしれない。あたしはそれらを曞き残し、あずで歌詞ずしおたずめる。それを歌にするず、聎いた人たちは感動したり心が開いたりするみたいね。あたしは『神様のギフト』っお呌んでるけど、実際そうなんだず思うな」

「神様のギフト  」

「たたにあたしのこずを『倩才シンガヌ゜ングラむタヌ』なんお倧袈裟に蚀う人もいるけど、すごいのはあたしじゃないのよ。あたしはただ、降りおくる蚀葉をたずめたり歌に仕䞊げおるだけ。実はあたしの身䜓を通しお神様か誰かが歌っおいるから感動するのかもしれない、っお思うこずはあるよね。実際、ゟヌンに入るずそういう感芚もあるっちゃあるし」

「す、すごい  」

 ラむブ盎埌、たなが悠くんにだけ語りかけた理由が神様の蚀葉、、、、、、神様の歌声、、、、、を聞いたからだずしたら劙に腑に萜ちる。

「もしかしお、わたしたちが歌っおも同じようなパワヌがありたすか」

「どうかな  。あヌ、でも、あたしの歌を歌うずい぀も元氣が出るっお蚀っおくれるファンはいるから、歌詞そのものに力があるのかもね。  っお曞いたのはあたしなんだけど」

「わぁ、すごいです」

「ダメダメ、おだおちゃ。調子に乗るから」
 氎沢さんが苊蚀を呈するず、レむカさんがものすごい圢盞で睚み付けた。

「あんたねぇ、お姉さんをぞんざいに扱ったらどうなるか分かっおる   この埌、あんたず䞀緒にコりちゃんの郚屋たで行っちゃおうかなぁ」

「そ、それだけはやめおくれ  」

「なんでよ あんたは郚屋を間借りしおるだけなんでしょう ちょっず芗きに行くぐらい、いいじゃない それずも、芋られちゃマズいものでもあるの」

「い、いや  。二人暮らしの男の郚屋に、きれい奜きのお姉様を招埅するわけには  」
 動揺したくりの氎沢さんを芋たレむカさんは倧笑い。それを芋たわたしず理人さんも堪こらえきれずに笑っおしたう。

「盞倉わらずだね、庞平は。ちょっず揶揄からかっただけよ、蚪ねたりしないから安心しなさい。だいたいね、あんたず違っお予定がびっしり詰たっおるあたしにはお邪魔しおる時間なんおないのよ」

「くっ   俺を䞀䜓䜕だず  」
 反論しかけた氎沢さんが立ち䞊がるず、その頭を抑え぀けるようにしおレむカさんも立ち䞊がる。

「コりちゃんのこず、いろいろ教えおくれおありがずう。これはお瀌よ。お昌代の足しにしお。それずコりちゃんに、サむン䌚を開く日が決たったら連絡しおっお䌝えおちょうだい。必ずここに来るわ。圌のファンずしおね」

 圌女は氎沢さんの頭の䞊にお札を残し、颯爜ず店を出お行ったのだった。


30翌

 仕事を終えお垰宅するず、埅っおたしたずばかりにめぐちゃんが玄関に飛んできた。䜕かず思えば開口䞀番、「今日、レむカが来たの」ず蚀うではないか。荷物を眮き、靎を脱ぎながら返事をする。

「ぞぇ ワラむバっおどんだけ有名人が来る店だよ 来るず知っおたら俺も䌚いたかったなぁ」

「孝倪郎さんのファンクラブに入っおるそうだから、サむン䌚が開かれたら必ず来るっお蚀っおたよ。そのタむミングで翌くんも来れば䌚えるよ」

「それっお、俺もコヌタロヌさんのファンクラブ䌚員にならなきゃいけないっおこずじゃね コヌタロヌさんのこずは人ずしお奜きだけど、あれはプロ野球遞手時代のあの人のファンクラブだからなぁ  」

「喫茶店のお客さんずしおくればいいんじゃない 喫茶店ず孝倪郎さんのグッズ展瀺コヌナヌは別だから」

「なるほどね  。じゃ、そん時はそうしようかな」

 ずは蚀ったものの、行ったずころで遠巻きにしか芋るこずが出来ないんだろうな、ず思う。そのくらいレむカは俺にずっお憧れの人だから。

「あヌ、そうだ。俺も話したいこずがあるんだ」
 めぐちゃんの話が終わったずころで次はこちらから話題を振る。

「今日職堎の人から、氷川神瀟で行われる音楜祭の案内をもらったんだ。どうやら高校生の息子のバンドグルヌプが出るらしくっお。よかったらどう 行っおみない」

「あの倧鳥居のある神瀟だよね 行く行く そうだ、せっかくだからその日は久しぶりに街䞭デヌトしようよ」

「いいねぇ」

 そこぞ悠斗がふらりずやっおきお䌚話に加わる。
「その音楜祭ずやらの日皋はい぀なんだ」

「えヌず、確か秋分の日だったかな。郜合぀く」

「あヌ  。その日は䜓操クラブの集客むベントをしようっお話になっおる。た、芪子で楜しんで来いよ」

「そっか  。それは残念だな  」

「そうでもないぜ その日おれらが走るのは街の北偎。確か神瀟の前を通るルヌトだったはず。た、近くを通っおただむベントがやっおたら耳だけは傟けるよ」
 悠斗はそう蚀うなり䞡腕を振っお走る真䌌をした。

「たさか、前䞖が魚の悠斗が陞を走るこずになるなんおな  」

「ああ  。人生、わからないもんだな  」

「だけど、無理すんなよ 心臓の状態はよくおもただただ残暑は厳しいから」

「倧䞈倫。䞇が䞀䜕か起きおも助けおくれる人がいる。おれは簡単には死なないよ」

「さっすが悠斗。守護されおる人間の蚀うこずは違うぜ  。たくさん人が集たるずいいな。健闘を祈るぜ」

「た、氣楜にやるさ」
 そう語った悠斗は䜕だか楜しそうだった。



 前日たではただ倏の氣配が残っおいたが、秋分の日は朝から秋の匂いがした。空氣が入れ替わったかのように氣持ちのいい秋空が広がっおいる。これなら屋倖のむベントも存分に楜しめそうだ。

 バスを乗り継ぎ、俺たち芪子は目的の神瀟を目指した。バスの時間の関係で、音楜祭の開始よりずいぶん早くに着いおしたったため、神瀟にはほずんど人圱がなかった。

「静かだねぇ。なんだか心が掗われるヌ」
 そう蚀っおめぐちゃんは深呌吞した。たなも真䌌しお䞡手を広げた。

「そう蚀えばこのずころずっず忙しくお、静かに過ごす時間を取れおなかったな  」
 二人に習っお俺も深呌吞する。䜕床か繰り返すうち、めぐちゃんの蚀うように䜕だか身䜓ごずすっきりしたように感じられるから䞍思議だ。

「あれ もしかしお、めぐ」
 そのずき埌ろから聞き芚えのある声がした。振り返るずそこにぱリ姉ずアキ兄の姿があった。

「えっ、なんでパパずママが」
 驚きの声を発するめぐちゃんの目の前に䞀枚のチラシが提瀺される。

「あなたたちもお目圓おはこれでしょう 私も翌くんず同じ職堎ですもの。他に予定もなかったし、せっかくだから行っおみようず思ったっおおかしくはないでしょう」

「あヌ、そう蚀えば  」
 蚀われお、職堎の人が誰圌構わず配っおいたのを思い出す。自分のこずしか頭になかったから氣が぀かなかった  。

「俺たちはバスで来たから早く着いちゃったんだけど、そっちはどうしおこんなに早く 開始時間たで四十分くらいあるぜ」
 腕時蚈で再床時間を確認するず、アキ兄がにこやかに笑う。

「僕らはデヌトも兌ねおるから。今日のコンセプトは初デヌトで巡った寺院を再蚪するこず。実はもうすでに䞀カ所巡っおきおる」

「それっお、わたしたちずおんなじ」

「なるほど  。やっぱり芪子は䌌るのかな  。あヌ、そういうこずなら僕らはこの蟺で倱瀌した方がいい デヌト䞭だったんじゃ、お邪魔だよね」

「いや。せっかく出䌚ったんだし、俺は構わないけど。たなの面倒を䞀緒に芋おくれるんなら」

 俺の蚀葉にアキ兄たちは顔を芋合わせたが「そういうこずなら」ずしばらく行動を共にするこずで合意した。



 近隣にも神瀟はいく぀かある。そこを芋おから戻っおきおも充分間に合うず蚀うこずでしばらく散策するこずにする。案内圹はアキ兄。圌の趣味ず蚀えばチェスずカクテルを飲むこずだずばかり思っおいたが、実はこの街の歎史に粟通しおいるらしく、行く先々で知識を披露しおくれた。それを聞くうち、自分が生たれ育った街には様々な歎史が詰たっおおり、俺たちはそのお陰で今を安心しお生きられるのだず、感謝の念が湧いおくる。

「すごいなぁ、アキ兄は。本圓にこの街が奜きなんだね」

「僕は思うんだ。きっず僕の魂はずっずずっずこの土地で生き死にを繰り返しおきたんだろうなっお。倧孊に通っおいたずきは䞀床離れたけど、離れおみおやっぱりここが奜きだっお改めお思ったよね。だから、゚リヌず家庭を築くならこの街っお決めおたし、秋祭りに合わせお垰郷した日にプロポヌズしたんだよ」

 恥ずかしげもなくさらりず蚀えるアキ兄が栌奜良かった。䞀方の゚リ姉は照れくさいのか、「うんず昔の話よ」ず蚀っお赀らめた顔を倩に向けた。

「そう考えたら䜕だか壮倧な話だよね。わたしたち党員がここで出䌚い、今もこうしお繋がっおるんだもの」

 めぐちゃんが蚀うず、たなが「そヌだねぇ」ず、いかにも分かったふうに返事をした。それがあたりにも自然だったので思わず頭を撫でる。

「賢いなぁ、たなは。パパたちの話、ちゃんず分かっおお返事しおんだもんな」
 
「ん みんな、぀ながっおる かみさたに、ありがずヌだね」

 神様、ずいう蚀葉を聞いた俺はぎょっずした。俺だけじゃない、この堎にいた党員が、だ。やっぱりたなは特別な圹割を持っお生たれおきたのでは  。そう思わずにはいられなかった。

「  ああ。神様に、感謝しないずな」
 
「ねぇ、あっちから音楜祭の開催を告げるアナりンスが聞こえない そろそろ戻りたしょ」
 時蚈を芋るず、い぀の間にか音楜祭の開始時刻が迫っおいた。



 氷川神瀟に匕き返すず、ちょうど開䌚の挚拶が終わったずころだった。叞䌚者が「さぁ」ず氣合いを入れる。

「本日は高校生バンドの音楜祭ではありたすが、母校の埌茩を応揎したいず蚀うこずで、なんずなんず スペシャルゲストが駆け぀けおくれたした こちらの方々です 拍手でお迎え䞋さい」

 アナりンスず同時に元氣よくステヌゞに䞊がっおきた人物を芋た俺は目を疑った。

「えっ   はぁっ   レむカ  」

 戞惑っおいる間に、゚レキギタヌの挔奏ず共にレむカの歌声が聞こえ始める。ろくすっぜ歌詞など頭に入っおこない俺の暪で゚リ姉がぜ぀りず蚀う。

「そう蚀えばレむカっお、デビュヌ前はアマチュアバンド組んでたっお聞いたこずある。埌ろの二人はそのずきの仲間なんじゃないかしら」

「ええっ、そうなの 初耳なんだけど」

「レむカさんっおああいうアップテンポの曲も歌えるんだね。倩才はやっぱり違うなぁ」

 感心しおいるめぐちゃんの隣では、アキ兄に肩車されたたなが倧喜びで手を叩いおいる。ぜかんず口を開けおいるのは俺だけだ。いや、混乱しおいる堎合ではない。これはきっず神様の蚈らい。だったら、楜したないず

「めぐちゃん」

 俺はずっさに圌女の腕を掎み最前列に導いた。そしお恥ずかしさも忘れお思い切り䞡手を振る。めぐちゃんも同じようにする。ず、こちらに氣づいたレむカが小さく手を振っおくれたように芋えた。

「レむカさヌん、最高ヌ」

 子䟛になったような氣分で思い切り叫ぶ。するず、間奏に入ったずころでレむカから思いも寄らない発衚がある。

「皆さんにお知らせがありたす わたくしレむカは䞉十幎ぶりに『サザンクロス』を再結成、十月より掻動を再開するこずずなりたした 匕き続き、応揎をよろしくお願いしたす それず、次に登堎する母校、城南高校の『 』は䞀抌しのバンドグルヌプなのでぜひ聎いおいっお䞋さい」

 発衚があった盎埌、呚蟺は䞀氣に盛り䞊がった。しかしパッず芋た感じ、ここにいるのは十代、二十代の若い子ばかり。ずおもレむカの歌を知る䞖代ずは思えなかったが、圌らにずっおレむカがいく぀なのかずか、どんな歌手掻動をしおきたのかずかは関係ないのかもしれない。䞀、二分でも、レむカの歌声を聞けば実力は分かる。それだけで幎長の圌女を受け容れ、応揎できるのだずしたら、その粟神は芋習わなければならないだろう。

 レむカの歌はあっずいう間に終わり、間を開けずに次のグルヌプ『 』がステヌゞに登堎、挔奏が始たる。しかし俺の耳にはやはり圌女らの歌声や挔奏は届かなかった。予期せずレむカを目にし、バンド再結成の発衚を聞いたのだから無理もない。

「ぱぱ。たのしも」
 頭の䞊から声がした。い぀の間に来たのか、隣にはアキ兄に肩車されたたなの姿があった。芋぀め返すずたなが再び蚀う。
「いたが、だいじ」

「あぁ、そうだな  。たなの蚀うずおりだ  」

 どうやら俺は珟実の忙しさのせいで頭でっかちになっおいたようだ。音楜を聎くのに頭を䜿う必芁はない。心で、身䜓で感じる。それが音楜。
 
 ならば ず、初めお聎く女子バンドのリズムに合わせお身䜓を動かす。そのうちに氣持ちよくなっおきお、俺もギタヌをかき鳎らしたくなる。

家に垰ったらギタヌを匟こう。そしお新しい曲を䜜ろう。昔みたいにめぐちゃんのために。そしお今床はたなのためにも  

 芋䞊げた空。赀い鳥居の向こう偎に、䞞みを垯びたハヌト型の雲が浮かんでいた。今ここに生かされおいるこずに改めお感謝の氣持ちを抱く。隣にいるめぐちゃんの手を握り、枩もりを感じた俺は、聞こえおくる音楜にじっくりず耳を傟けたのだった。


31孝倪郎

 颚に乗っお麗華さんの歌声が聞こえた氣がした。たさかず思ったが、隣を走る庞平が「あヌ、やっおるやっおる」ず無感情に蚀うのを聞いお確信に倉わる。もしかしたら庞平経由で僕らが走るこずを聞いた圌女が歌で応揎しおくれおいるのかもしれない、などず考える。

 䜓操クラブの呚知ず䌚員集めを目的に今、僕らは街䞭の歩道を走っおいる。経由地には子䟛が集たりそうな総合公園や広堎、児童通や商店街が含たれおおり、それぞれの堎所で走り方の指導䌚を行う予定だ。すでに数名から声を掛けられチラシを枡したが、この足でいきなり実斜するず聞いおも「面癜そう」ずか「行きたす」などず蚀っおもらえたのは嬉しかった。たずえそれがその堎だけの返事だったずしおも、第䞀の目的は僕らを知っおもらうこずなのでたったく問題はない。いいものを提䟛すればそれに比䟋しお人も集たる。これは珟圹時代に痛感しおいるこずだし、僕らが知恵を出し合っお䜜る䜓操クラブは自ずず良いものになるずいう自信もある。



 垂街地から少し離れた堎所にある総合公園に着いた。今日は倏の暑さも和らぎ、からっずした晎倩。秋らしさを求める人々、ずりわけ芪子の姿が目立぀。

「ちょっず䌑憩ですかね  」

 やや疲劎感が芋える悠斗クンは、額の汗を拭き取っお氎分補絊を始めた。野䞊クンも同様にペットボトルの氎を䞀氣に喉に流し蟌んでいる。
「先茩も今のうちに氎分補絊しずいた方がいいですよ」

「䜕を蚀っおいる 僕には氎を飲む時間すら惜しい。芋たたえ、あそこに楜しそうに遊ぶ芪子がたくさんいる。圌らに僕らの存圚をいち早く知っおもらいたいずは思わないか」

「えっ、だけど  」

 僕にペットボトルを差し出しかけた野䞊クンは手を匕っ蟌めた。それを合図に僕は猛然ず走り出す。珟圹の頃のように毎日ハヌドな緎習をしおいるわけではないから倚少の衰えは感じるものの、ただただ走れる。

「くそっ、孝倪郎に負けおたたるかっ」
 觊発された庞平の声が埌から聞こえた。次いで、野䞊クンず悠斗クンが「しょうがないなぁ  」ず蚀いながらも぀いおくる。

 倧の倧人が四人。それも、うち䞀人は瀟䌚人野球チヌムのナニフォヌムを着おじゃれ合うように走る姿は、端からはきっず滑皜に写るだろう。だが、これでいい。倧人が党力で楜しんでいれば子䟛は自然ず興味を持っお茪に加わる。幌皚園教諭の翌クンがそう蚀うのだから間違いない。

 その教え通り、皋なくしお䞉、四歳の女の子ず二歳くらいの男の子が䞀緒になっお呚囲を走り始めた。父芪らしき男性が「すみたせん  」ず頭を䞋げながら近づいおきたが、ここですかさず野䞊クンがこちらの目的を話し始める。

「実は自分たちは今、かけっこが早くなりたい子向けにアドバむスをしようず思っおここぞやっおきおるんです。もし、お子さんが園に通っおいお運動䌚が近いなら、ぜひどうです こう芋えお我々は元高校球児。しかもこちらのお二方はなんず野球で生蚈を立おおいたほどの実力者。走るこずに関しおは超䞀流なんですよ」

 いきなりそんな話をされた男性は戞惑っおいたが、僕を芋お顔色を倉えた。

「  も、もしかしおあなたはあの、氞江孝倪郎さん  ですか え、でもたさか、元プロ野球遞手がこんな堎所にいるはずが  」

「いかにも、僕はあなたがいた口くちにした名の人物です」

「ええっ 実はわたしの父が長幎、東京ブルヌスカむのファンでしお  。氞江遞手の掻躍はずっずテレビや球堎で拝芋しおおりたした。匕退詊合も芋に行きたしたよ。  あの、握手をしおもらっおも  」

 男性が手を差し出したので、僕は快く握り返した。喜ぶ男性に僕から本題を告げる。

「僕のこずを芚えおいお䞋さっお光栄です。しかし今は『みんながたんなか䜓操クラブ』の創蚭者。もはや『遞手』ではありたせんし、野球界ずも䜕ら繋がりはありたせん」

「みんながたんなか䜓操クラブ」

「芪子が䞀緒になっお身䜓を動かすこずで絆を深めるのが䞻目的のクラブです。昚今では習い事が盛んのようですが、芪埡さんに問いたいのは、子どもをスポヌツクラブや各皮教宀に入れるこず自䜓に満足しおいたせんか、ず蚀うこず。子どもが健やかに育぀ために䞀番必芁なのは芪ず過ごす時間だずいうのが僕らの考えです。  芋お䞋さい。あんなふうに、倧人が䞀緒になっお公園を駆け回る。ボヌル遊びをする。ストレッチをする。  どうでしょう 子どもの笑顔が䞀局増えるず思いたせんか」

 僕らが話しおいる脇で野䞊クンたちが圌の子どもに走り方のコツを教えおいる。子どもはキャッキャず歓びの声を䞊げ、「おずうさんも走ろうよヌ」ず蚀っお手招きしおいる。

「よヌし  」
 父芪が歩き出したずき、子どもの䞀人が今床は「あ、おじいちゃんずお兄ちゃんだ」ず蚀っお遠くの人物に手を振った。

 呌ばれた二人は笑顔でこちらに駆け寄っおきた。祖父を呌んだ女の子が僕を指さしお嬉しそうに蚀う。

「おじいちゃん、この人知っおる おじいちゃんが奜きな野球チヌムの人なんだっお」

「えっ」
 おじいちゃんず呌ばれた男性は僕の顔をじっず芋぀めたかず思うず、父芪の時同様、いや、それ以䞊に驚いお取り乱した。

「どうしお氞江先茩がこんなずころに  。っお蚀うか、そっちにいるのは野䞊先茩ず氎沢みずさわ先茩じゃないですか  。ナニフォヌムたで着お、野球でも始めるんですか  」

 先茩、ず呌ばれた僕らは互いに顔を芋合わせ、目の前の男性を凝芖する。

「もしかしお  䞉浊  」
 野䞊クンが躊躇ためらいがちに問うず圌は「はい、お久しぶりです。ご無沙汰しおおりたす」ず蚀っおはにかんだ。

 䞉浊クンは高校野球郚時代の埌茩で、僕より二぀䞋。僕が䞻将ずしお指揮を執っおいたずきはレギュラヌではなかったが、野䞊クンが䞻将を務めた幎には圌の俊足のお陰で甲子園に出堎できたず聞く。

「ここで䌚ったのも䜕かの瞁だ。実はおれたち、こういう掻動を始めるずころでさ  」

 久々の再䌚にもかかわらず、野䞊クンはざっくばらんに話しかけながらチラシを枡した。䞉浊クンはチラシに目を通すず「野球じゃないんですね」ず蚀っおたた笑った。

「これを考えたのっお野䞊先茩ですか 荒れおたおれを受容しおくれた先茩らしいコンセプトだなあず思っおしたったのですが」

「いや、発案は氞江先茩だよ。たぁ、ここ数幎で色々あっおな  」

「えっ、野球の鬌の氞江先茩がこれを  」

「驚くのも無理はないよな。たぁ、話すずものすごヌく長くなるからここでは話さないけど、もし䜓操クラブに興味を持っおくれたなら入䌚しおくれるず嬉しいな。  あヌ、でもその様子じゃ、氎沢みずさわ先茩の野球人育成機関の方がいいか。その子に野球、教えおるんだろ」

 孫ずキャッチボヌルをしおいたのだろう。䞉浊クンの手にはグラブがはめられおいる。圌はこくりず頷く。

「そこにいる息子にも野球は教えたんですが䞭孊止たり。せっかく孫このこが野球に興味を瀺しおいるのに教えられないっお蚀うんですよ。だからたぁ  さび付いた身䜓に鞭を打っお春頃から少しず぀教えおるわけなのですが、劂䜕いかんせん久々なもので感芚は鈍っおるし、䜓力的にもキツいし。っおこずで、来幎小孊生になるタむミングでどこかの少幎野球クラブに入れようかず思っおたずころなんですよ。  氎沢みずさわ先茩のほうはもしかしお  」

「おうよ。こっちはガチだぜ。聞いお驚け。創蚭メンバヌはなんず、あの本郷祐茔ず春山詩乃だ」

「ええっ すごい顔ぶれじゃないですか ぜひ詳现を聞かせお䞋さい」

「お父さん、興奮しすぎだろ  」

 䞉浊クンの息子が萜ち着き払った様子で蚀うも、圌の興奮は冷めそうにない。䞉浊クンから䜓操クラブのチラシを抌し぀けられた息子は深くため息を぀いた。

「お芋苊しいずころをご芧に入れおすみたせん  。父は普段、あたり感情を衚には出さないのですが、懐かしい方ず再䌚しおテンションが䞊がっおしたったようで  」

「いえ、ここぞ来たもう䞀぀の目的も果たせそうなので、こちらは䜕ら問題ありたせん」

「なら、よかったです。  話が逞れおしたいたしたが、あなた方の䜓操クラブの件はわたしが興味を持ちたした。実は、子どもたちがこんなにも初察面の方の前でにこにこしおいる姿を芋るのは初めおで驚いおいるんです。嬉しそうな子どもを芋れおわたしも嬉しいですし、仕事に出おいる平日に芋れない笑顔が、クラブに参加するこずで芋れるなら入䌚するのもありかなず思い始めおいるずころです」

「ありがずうございたす。そう蚀っおいただけおうれしいです」

「あのヌ。先ほど、運動䌚で走る子どもにアドバむスをしに来たずおっしゃいたしたが、わたしにも指導しおいただくこずは可胜でしょうか  」

「それはどういう  」

 男性の申し出の意味が分からず返事に困っおいるず、話を聞いおいた野䞊クンがフォロヌしおくれる。

「もちろんオッケヌですよ。園の運動䌚っお、お父さんも走らなきゃいけたせんものね。いきなり走るずマゞで危ないっすから、数回でも絶察に緎習すべきです。やりたしょう」

「ああ、そういうこずか  」

 さすがは二児の父。経隓者は分かっおる。父芪が走る緎習をする暪で幌児に指導する悠斗クンも子どもの扱いが分かっおいるから「お父さんずどっちが速く走れるかな」などず声を掛けおいる。その様子は実に埮笑たしい。

 クラブの発足を前にしお、もう僕が目指す芪子の觊れ合いが県前で行われおいる。䜕もクラブに䟝よらずずも、こうしお心が通じ合うだけで本来は充分幞犏を感じられるのに、倚くの人はそんな圓たり前のこずさえ忘れおしたっおいる。なぜか。

 それは、䞖の䞭を知る過皋で僕たちが時間ややるべきこずに远われ、氣づけば忙しさに殺されおしたうからだ。

 人はそろそろ、远われ流される人生にピリオドを打たなければならない。ただここに存圚し、自然ず共にゆっくり「今」を感じられる心の䜙裕を取り戻さなければならない。

「ねぇねぇ、オゞさん。あたしたちもいっしょに走っおいい」
 幞せに浞っおいたら、い぀の間にか別の子どもが数人、僕を囲むように集たっおいた。

「もちろん、いいずも。僕が速く走れるコツを特別に教えおあげよう」

「やったヌ おしえおおしえお」
 目を茝かせる子どもたちを芋お、僕も童心に返ったような氣持ちで指導を始めた。


32庞平

 人生、うたくいく時っおのはずこずんうたくいくものらしい。たさかこんな圢で埌茩ず再䌚し、自分たちの組織に興味を瀺しおもらえるずは思っおもみなかった。

 積もる話がしたいず蚀うこずで䞉浊ずは埌日、改めお䌚うこずになった。堎所はもちろん、ワラむバだ。ここには䞉浊ず同玚の倧接がいる。いきなり連れお行っお驚かせおやろうず、倧接には䜕も告げず、い぀ものようにふらりず昌飯を食いに行く。

「いらっしゃいたせ」
 倧接はい぀ものように挚拶しおきたが、同䌎者を芋るなり目の色を倉えお飛んできた。

「䞉浊、お前、生きおたのか っお蚀うか、なんで氎沢センパむず䞀緒なんだよっ」

 驚きのあたり声が裏返っおいる倧接を芋お笑う。䜜戊倧成功だ。しかし他の客の前で呌び捚おられた䞉浊は嫌悪感を顕わにする。

「  盞倉わらず口が悪いな。䞀緒にいちゃ悪い理由があるのかよ」

「良い悪い以前の話だよ。どうしたら䞉十幎以䞊も音信䞍通のお前ずセンパむずが出䌚えるんだ おれはおっきり死んだものず  」

「勝手に殺すなよ。実は先日、たたたた遊びに行った公園で先茩に䌚っおな。これも䜕かの瞁だず思っお、改めお䌚う玄束をしたっおわけだよ」

「で、䌚う堎所がここ  」

「それに぀いおは氎沢みずさわ先茩に聞いおくれ。どうしおもここがいいっお蚀われたから来ただけだよ、おれは」

「いやぁ、倧接も䌚いたいだろうず思っおな」
 笑いが止たらない俺はクスクスず笑いながら蚀った。

「おれは別に。䞉浊ずはろくな思い出がないし」

「こっちだっおいい思い出なんぞないが、それはりン十幎も前の話。もうそんな過去は忘れお、玔粋に元野球郚のよしみで仲良くしたっおいいんじゃねえか」

「  ここに座りな」
 握手を求められた倧接は、䞍満げな衚情ながらもい぀も自分が立぀カりンタヌの正面垭を指し瀺した。



 食事が提䟛されるたでの間、俺たちは高校卒業埌の経歎を打ち明けあった。䞉浊のほうは倧孊を卒業埌、しばらく教職に就いおいたが孊校のやり方に限界を感じ、自身で孊習塟を開業、今に至っおいるずいう話だった。

「だから同じなんですよ、氞江先茩のやろうずしおいるこずず。おれの方は孊習のサポヌトず蚀う圢だけど、結局のずころ子どもの心に寄り添いたいっおいう根っこの郚分は䞀緒だず思うんです」

 俺の方に身䜓を向けお熱匁する䞉浊に、カりンタヌの向こうから倧接ががそっず呟く。
「勉匷を抌し぀けられお荒れ攟題だったのに、結局は孊習塟の先生やっおるずはねぇ  」

「勘違いしおもらっちゃ困るけど、おれは勉匷が嫌いだったわけじゃない。おれが熱䞭しおいた野球を、もっず蚀うず十䞃たでのおれの人生を吊定した芪が蚱せなかっただけだ。  芪に向けられなかった怒りを郚のメンバヌに向けちゃったこずに関しおは本圓に申し蚳なかったず思っおる。  っお蚀っおも、あれからおれだっお改心したし、ちゃんず甲子園行きの切笊をこの手で掎んだんだから責められるいわれはないぜ」

「䞉浊も野䞊センパむのお陰で改心した、っおずころが嫌なんだよ、おれは」

「嫌だっお蚀われおも事実は事実だろ」

「お前ら、どんだけ野䞊を尊敬しおんだよ  」

 思わず突っ蟌みを入れたが、かく蚀う俺もあい぀には考えを改めさせられた口くちなので、二人が神のごずく厇める理由は充分すぎるほど理解できた。

「氎沢みずさわ先茩、もし少幎野球クラブの運営面で困ったこずがあればい぀でも蚀っお䞋さい。埮力ながらお手䌝いさせおいただきたす」

 䞉浊はそう蚀っお名刺を差し出した。
「  氣持ちは有り難いが、入れさせたいのはお前の孫だろう どうしおそこたで入れ蟌む」

「それが倢だずいうなら応揎したいっおだけのこずですよ。自分はしおもらえなかったんで」
 俺の問いに、迷いなく蚀い切った圌が栌奜良く映った。䞉浊はなおも続ける。

「誰だっおそうでしょう スポヌツでも勉匷でも䜕でも、自分が倢䞭になっお突き進んでいるずきに背䞭を抌しおもらえたら嬉しくなる。芪の考えで子どもの倢を、青春を打ち砕くなんおもっおのほかです。おれは孊習塟を開いおいたすが、テキストを䞞芚えさせたりはしたせん。なぜ勉匷するのかを垞に自問自答させ、今知りたいこず、深く孊びたいこずを䞭心に孊習させおいたす。そんなんじゃ孊校の勉匷の足しにならないずいう意芋ももらいたすが、自発的に孊ぶ子は結果的にほかの教科の点もいい。なぜっお、その子らは自分の倢を叶えるために孊んでいるからです。  先茩だっおそういう思いで少幎野球クラブを䜜ろうずしおいるんじゃありたせんか 先日の説明ではそのような感じを受けたのですが」

「ああ、そうだよ」
 䞉浊が語ったこずは、そっくりそのたた俺の考えず蚀っおも良かった。

「孝倪郎にも蚀われおんだ。決しお心をなくすような指導はしないでくれず。たぁ、本郷たちは結構厳しめのメニュヌを考えおるようだけど、いくらプロ野球遞手になる倢を掲げたずころで野球が嫌いになっちたったらそこでおしたいだからな。そうならないためにも、仲間同士の亀流を密にしたり、野球以倖のこずにも目を向けさせたりしお楜しみながら技術の向䞊を目指せればいいなず俺は考えおる」

「玠晎らしいですね。それなら安心しお孫を入䌚させられたす」

「䞉浊。蚀っずくけど今聞いたのは、氞江センパむず野䞊センパむが説埗に説埗を重ねた䞊で軟化させた内容だからな。最初なんお野球のプロフェッショナルずいう名の戊闘マシヌンを量産するような蚈画で  」

「おい、こら。さすがにそれは蚀いすぎだぞ」
 口の悪い倧接に釘を刺したが、反省する様子はない。

「だけど、実際そうだったでしょう 氞江センパむず䞀緒にやるこずにこだわっおたし」

「  野球人なら誰でも䞀床は最匷のチヌムに所属しお頂点に立ちたいず思うものじゃないか 孝倪郎ず再䌚したばかりの俺はどこにでもいる野球人だったからそういう頭しかなかったが、『野球のその先』を芋おいた孝倪郎ず野䞊にあれだけし぀こく蚀われれば、頭の硬い俺でも考えを倉えるよ」

「あの頃から思っおいたしたが、いい関係ですね。郚長、、ず副郚長、、、は。自分にもそういう友人がいれば人生、少しは違っおいたかな」

「䞉浊にもいるじゃないか。ほら、目の前に」
 倧接を指さしおやるず、二人は党力で吊定した。

「ないない」
「あり埗ない」

「だけど、䞉十数幎ぶりに再䌚したんだぜ これを機に芪しい関係を築いたっおいいんじゃねえか さっき䞉浊も蚀っおたじゃん。元野球郚のよしみで仲良くしようっお」

『    』

 二人は決たりが悪そうに目を合わせたが、ため息を぀いた倧接が䞀枚の玙を差し出した。

「い぀でも来いよ、うちは誰でも歓迎する店だから  」
 それは䞀杯分のコヌヒヌ無料刞だった。
「蚀っずくけどこれ、誰にでも配っおるわけじゃないからな」

「有り難く受け取らせおもらうよ。コヌヒヌだけじゃなく、飯も食いに来る。なんだかんだで居心地がいいし、䜕より飯がうたかった。ごちそうさたでした」
 刞を受け取った䞉浊はそう蚀っお䞡手を合わせた。

「倧接を含め、高野球郚のメンバヌが高い志を持っお生きおいるず分かっお嬉しかったよ。おれたちが、これからを生きる若い人たちを育おたり支えたりすればきっず明るい未来が埅っおる。そんなふうに思うよ。だからお互い、頑匵ろう」

「  䞉浊っおそんなこず蚀うや぀だったっけ」

「時の経過がおれを倉えたのさ。  野䞊先茩にもたた䌚いたいな。連絡取れる」

「取れるけど、そんなこずしなくたっお䌚えるよ。あの人も良くここに来るから」
 倧接の蚀葉が聞こえたのだろうか。盎埌に噂の人物、野䞊路教が導かれるように来店した。


33悠斗

 あんなに走ったのはおそらく高校のマラ゜ン倧䌚以来だろう。にもかかわらず、元野球郚の面々ず同じペヌスで走るこずが出来たのは奇跡ずしか蚀いようがなかった。それもこれもたなのお陰  。心臓の錓動を感じるたび自分が生かされおいるこず、そしお救われたこの呜を党うしなければ、ず思うのだった。

◇◇◇

 心臓が党回埩したこずもあり、しばらく離れおいたプヌルを蚪れた。たなの発話開始、そしおオバアずの暮らしを終えたのを機に、枛らしおいたコヌチの仕事も぀いに蟞めたのでひず月近く泳いでいなかった。

 泳がなくおも案倖生きおいけるず氣付いた盎埌は寂しさも感じたが、今はその゚ネルギヌを走るこずや䜓操クラブ開業の準備に充おおいるので身䜓の調子は存倖いい。それでもやはり、久々に氎の䞭を自由自圚に泳いでみるず、ここが自分の居堎所だ、ず思わされる。氣付けば䞀時間、䌑みなく泳ぎ続けおいた。



 ひずしきり泳いだら喉が枇いおしたった。゜フトドリンクをがぶ飲みしようず自販機の前たで来おみたが、考えるこずはみな同じなのか、おれが飲みたいず思う゜フトドリンクは軒䞊み売り切れおいた。

 飲めないず分かったら䜙蚈に喉が枇いおきた。窓の倖に目をやるず西に傟く倪陜が芋えた。時刻は午埌六時を回ったずころだ。

「バヌは開店しおるな  」
 スマホを取りだしたおれは地博あきひろに電話を掛けお呌び出すこずにした。



 地博はすぐにやっおきおくれた。バヌの前で萜ち合うず、劻の映璃えりに怒られたず蚀いながらも「君が誘っおくるずきは䜕か話があるずきだから」ず急な誘いに乗っおくれた理由を教えおくれた。

「生憎だが、今日は本圓に思い぀きだ。䜕なら映璃ず䞀緒でも良かったのに」

「そうなの   た、゚リヌがいるず話しづらいこずもあるだろうから、このたた二人で飲もう」
 おれの蚀葉を信じ切れない様子の地博は、おれの背を抌し入店を促した。指瀺されるたた、重たいドアを抌し開ける。

「あれっ」
 入店するなり、懐かしい人物に出迎えられお地博ず顔を芋合わせた。前マスタヌの今野氏が、か぀おず同じ姿で立っおいたからだ。

「お久しぶりです。お元氣でしたか」
 穏やかな口調も以前ずたったく同じだった。
 
「いやぁ、それはこっちの台詞ですよ。今日はどうしたんですか」

「今倜はマスタヌが䌑みでしおね。代わりに私が店に立っおいるずいうわけです。それにしおも、今宵限りずいう日にお目にかかれるなんお思っおもみたせんでした。本圓に幞運です」

 偶然ずは蚀え、特別な日にやっおきたようだ。地博も「思いきっお君の誘いに乗っお良かった」ず喜んでいる。今野氏に「い぀ものお垭ぞどうぞ」ず案内され、少し若返ったような氣分で腰掛けながら喉の枇きを最す䞀杯を泚文する。地博も同じカクテルず軜食を頌んだ。

 圌が背䞭を向けるず地博が話しかけおくる。
「  ずころで、最近はずいぶんず調子が良さそうだけど、新しい仕事はうたくいきそうなの」

「ああ。メむンで動いおくれおるのはニむニむず倧接さんだけど、秋のうちには開業できそうだ。おれも、心臓の具合が良くなったから最近は本栌的に走り始めお䜓力づくりをしおるよ。そうだ、お前も入䌚しろよ。たなず觊れ合いながら、自分の健康増進にも繋がるぜ」

「うヌん  。玠晎らしいクラブだずは思っおるんだけど、劂䜕いかんせん兄貎がいるず思うずやりづらくおね  。僕だけ厳しく指導されそうで  」

「倧䞈倫だっお」

「いいや、悠は兄貎の本性が分かっおない。僕がこれたでどれだけ貶けなされおきたず  」

 他愛ない話をしおいるずころぞ今野氏が盎々にカクテルを運んできた。
「ゞントニックでございたす。お食事はもう少しだけお埅ちくださいたせ」

「ありがずうございたす」

「ああ  。かわいい女の子ですね。野䞊様のお孫さんですか」

 今野氏は、地博がかばんに付けおいる写真付きキヌホルダヌを指さしお蚀った。客の持ち物から話を広げるテクニックは、おれも今埌掻甚しおいかなければいけないのかもしれない、などず思いながら二人のやりずりを聞く。

「ええ  。二歳ず半幎になりたす。最近はおしゃべりが䞊手になっお、遊びに来るず本圓に賑やかですよ。職業柄話を聞くのは埗意な方ですが、嚘も、ここにいる鈎宮もおしゃべりなのでこの頃は耳が忙しいです」

「いいじゃありたせんか。それだけ野䞊様が話し盞手ずしお信頌されおいる蚌なのですから」

「そうですね。幞いなこずに、嚘倫婊は改築した鈎宮の家で暮らしおいお自宅からすぐの距離なんですよ。なんだかんだで今の環境は氣に入っおいたす」

「本圓に信頌なさっおいるのですね、鈎宮様のこず」

「たぁ  。今は䞖話の焌ける息子だず思っお接しおいたす」

「息子   そんなにも芪しいご関係ずは矚たしい  」

 芖線を向けられたおれは、照れくささを隠すように反論する。
「いやいや、友人から栌䞋げですよ  。今じゃ蚀われ攟題でヘコむこずも倚いんですから」

「そう仰いながらも嬉しそうですよ 鈎宮様もそんな野䞊様がお奜きだからこそ、䞀緒にカクテルグラスを傟けるのではありたせんか」

「勘匁しお䞋さいよぉ」
 顔の前で手を合わせるず、今野氏は「倱瀌臎したした。それではごゆっくり」ず蚀っおカりンタヌの向こうに垰っお行った。

「ふぅ  。聞いたか おれがお前のこず、奜きだっおよ。笑っちたうよな」

「うヌん  。奜き、ずいう蚀葉はずおも䞇胜だし理解しやすいワヌドだけど、りン十幎の付き合いを経おたどり着いた感情を『奜き』のひず蚀で衚すのは䞍可胜だろうね。ずはいえ、僕らだっお互いに抱いおいる感情を適切に衚す蚀葉を知らないんだから仕方がないよ」

「それもそうか  。ああ、やっぱり暑い日はロング、、、に限るな」

 この話に終止笊を打぀べく口にしたゞントニックがおいしくお䞀氣に飲み干しおしたう。地博も同様に、二くち、䞉くちで飲みきる。皋なくしお料理が運ばれ、それを食べながらほろ酔い氣分で思考する。

 確かに氣持ちを蚀葉で䌝えるのは倧事だず思う。だけどありふれた単語を連発するくらいなら蚀わない方がマシだ、ずも思う。そういうのは蚀わなくたっお䌝わるもんだ。いや、䌝えたいからそばにいるずも蚀えようか。ずりわけ、蚀語胜力の䜎いおれは蚀葉より行動で瀺す方が氣持ちを䌝えられる。䟋えばこうしお飲みに誘うように。

「僕が君ずグラスを傟ける理由はただ䞀぀。君の本音を聞くためさ」
 おれの内蚀を聞き取ったかのように地博が蚀った。

「そんなにおれの本音が聞きたいかよ  」

「䜕しろ君は、倧事なこずほど内に秘めおしたうからね。矩父ちちおやずしおは䞖話を焌かずにはいられないのさ」

「ふん  。お前だっお同じだろうが」

「だからだよ」

「    」

「僕らは人生で挫折を味わえば味わうほど同じ蜍お぀を螏むたいず臆病になっおしたう。反論さえも恐れ、黙しおしたう。それが自分の銖を絞める行為だずも知らずに。  奇しくも、僕にそのこずを教えおくれたのは君だった。君がここに誘い、本音を聞き出しおくれなければ、僕はいたでも透明な壁越しに君ず接しおいただろう。  顔を合わせおいれば、い぀も䌚話をしおいればわかり合えるなんお幻想だよ。人はどこたでも自分を停れる。ニコニコしながら胞の内では毒を吐いおいる人なんお、ざらにいる。僕が、そうだった  。だけど今はやめた。たずえ酒の力を借りたずしおも、君の前では玠の僕でいたい。だから君にも、玠の君をさらけ出しお欲しいず思っおる」

「ふん  。めぐずの結婚を勧められた頃から、少なくずもおれは、お前には本心を蚀っおきた぀もりだけどなぁ」

「それが僕の゚ゎから来た発蚀だったず打ち明けたのは、母が君の家で䞖話になりたいず蚀い出した日だった  。その母も亡くなったんだよね  。未だに信じられない  」

 オバアのこずが話題に䞊り、あるこずを思い出す。

「そういえば、もう秋の圌岞は過ぎたのか  。今幎はただ䞡芪の墓参りをしおいなかったな  」

 亡き愛菜たなのこずが頭にあるうちは欠かさずしおいた墓参りだが、今幎はたなずの実生掻ず沖瞄蚪問、そしおオバアの死が続いたこずもあっおすっかり忘れおいた。少しばかり焊りを感じおいるず地博に提案される。

「次の週末でよければみんなで䞀緒に行くずいうのはどうだろう 実子じっしの愛菜ちゃんずの過去にケリを付けるこずができた報告は、みんなでした方がいいんじゃないかな」

「そうだな  。愛菜の死にずらわれおいたこずは䞡芪も心配しおいたし、めぐや翌にも䞖話になったからな。もちろん、お前や映璃にも。  墓参りに行くなら、お袋が奜きだった和菓子を墓前に䟛えよう」

「ああ、あそこの和菓子は僕の母も奜きだった。本圓においしいよね」

「っお蚀うか、この街の人間はみんな奜きだろう」

「そうだね」

「  この街に戻っおきお本圓によかった。あの日、お前がおれの話を黙っお聞いおくれた恩は䞀生忘れない」

「倧袈裟だなぁ  」

 真面目に蚀ったのに、地博はクスリず笑った。
「お瀌なら、酒癖が悪いず知っおいながらい぀でも受け容れおくれるこのバヌに蚀ったほうがいいね」

「それは蚀えおる」
 おれは早速、今野氏を呌んだ。長幎の瀌を蚀うず、圌もたた「お瀌を蚀われるようなこずは䜕も  」ず謙遜した。

「匕退前にも申し䞊げたしたが、感謝しおいるのは私の方。ですが、鈎宮様がこのバヌに救われたずおっしゃるなら、私もバヌテンダヌ冥利に尜きたす。たた時々こうしおシェヌカヌを振るのも悪くないかな、などず思っおしたうほどに有り難いお蚀葉です」

「ぜひそうしおくださいよ。そしたらたた二人で飲みに来たすから」

「考えおおきたしょう。  グラスが空いおいたすね。次のカクテルはお決たりでしょうか」

「それじゃあ  」

「マティヌニを二杯。リンススタむルで」
 おれが䞀瞬考えを巡らせた隙すきに地博が勝手に泚文した。

「お、おい  」

「かしこたりたした。銘柄のご指定は」

「ビヌフィヌタヌで」

「承知したした」
 今野氏は困惑するおれなど氣にも掛けずに泚文を受け、カりンタヌの奥に䞋がっおいった。

「  ったく。勝手に頌みやがっお」

「君が今野さんにお瀌を蚀うのを聞いお、せっかくだから君ず最初にここで飲んだカクテルを頌もうず思っおね。悪くはないだろ」

「えっ、芚えおいるのか  」

「君に朰されたカクテルの名はちゃんず芚えおるよ」

「    」

 数分経぀ず、マティヌニが運ばれおきた。
「もしかしお、今野さんも芚えおいたんですか このマティヌニがおれず地博の最初の䞀杯だったこずを」

 疑問に思ったこずを思いきっお聞いおみるず「いえいえ。私は泚文通りに䜜るだけ。思い出に残るかどうかはお客様がお決めになるこずですよ」ず、にこやかに返された。

「ずはいえ、お客様の思い出䜜りのために酒を提䟛しおきた私にずっお、『あの時のあのカクテル』を泚文されるずきほど嬉しいこずはありたせん。もっずも、匕退した今は孫子たごこずの思い出䜜りに専念しおいたすけど、今日は特別です」

「孫  」
 先ほどはこちら偎の話だったが、次は今野氏の孫の話になったので、すかさず䜓操クラブの宣䌝をする。今野氏は「面癜そうですねぇ」ず興味を瀺しおくれた。

「鈎宮様も新しい人生を歩たれおいるのですね。孫ず盞談しおみたす。早いもので、初孫はもう四歳。元氣が有り䜙っおいお困っおいたずころです」

「そういうお子さんは倧歓迎です。ぜひいらしお䞋さい」

「では、次は私が鈎宮様のお䞖話になりたしょう。お手䞊みを拝芋させおいただきたす」

「お手䞊み  」
 絶劙は返答をされお蚀葉に窮する。その様子を芋おいた地博が端でクスクスず笑い、グラスを持ち䞊げる。

「悠。君の前途を祝しお杯を䞊げようじゃないか」

「  たぁ、䜕はずもあれ、飲むか」

 傟けたグラスが亀わり、柄んだ音が響く。口の䞭に広がるゞンの味は圓時ず倉わっおいないはずだが、おれが飲み慣れおしたったせいか、確かにあの頃感じたはずの飲みにくさはもはや無く、時の経過を感じさせた。

 あの頃元氣だった䞡芪はもう、いない。こんなふうに酒を飲むこずも぀いぞ無かった。しかし実の芪ず出来なかったこずは、地博の䞡芪を通じお叶えるこずが出来た。恵たれた埌半生は圌らなくしお語れない。

お袋、芪父。おれが幞せに生きおる姿を墓前に芋せに行くよ。『家族』を連れお  

 のぞき蟌んだグラスの䞭に映った自分が䞀瞬、あの頃の芪父の顔に芋えた。

◇◇◇

 垂内の倧きな霊園に鈎宮家の墓はある。朝から残暑が厳しいが、汗を垂らしながらも墓を掃陀し、花や線銙、䟛え物をする。

「たなたんのゞュヌチュもあげる」

 おれたちの真䌌をするかのように、たなが自分甚のリンゎゞュヌスを墓前においた。その無邪氣さに党員ほっこりする。たなにはただ、おれの䞡芪の写真を芋せたこずも話したこずもない。しかし、たなの前䞖である鈎宮愛菜は䌚ったこずがあるので、もしかしたら墓に眠っおいるのが鈎宮愛菜の祖父母だずいうこずが魂レベルで分かったのかもしれない。おれの考えすぎかもしれないけれど。

「倧勢で来たからびっくりしおるだろうな。  今日は䞡芪の姿は芋えないの」

 翌に蚀われお蟺りを芋回す。が、それらしき圱は芋圓たらない。

「最近はたったく芋なくなったから、もう成仏したんじゃないかな。もしかしたら、たなが生たれ倉わるタむミングで䞡芪も次の人生を歩み出したのかもしれない」

「なるほど。そうだずいいな」

「たずえ成仏したずしおも、悠が生きおいる限り悠の䞭でご䞡芪も愛菜ちゃんも生き続ける。私の育おの祖父母が私の䞭でただ生きおいるように」

 映璃の蚀葉が劙に心にしみた。
「映璃は匷いな  。そうやっおちゃんず家族の死を前向きに捉えおいる」

「家族がそばで支えおくれるおかげよ。私䞀人だったらおそらく乗り越えられなかった。  悠だっおそうでしょう」

「ああ  。そうだな  」
 最初こそ色々あったが、ここにいる野䞊家の面々がいなければ今のおれはいなかった。母の病死埌、父ず䞀緒に暮らすこずもなかっただろうし、「新しい家族」を持぀こずもきっず、なかった。

「あヌ、おずヌさんがないおる」

「えっ  」

 たなに指摘されお思わず頬を觊る。おっきり汗だろうず思ったのに、出所をたどるず目から流れおきたものだず分かった。その時、めぐが墓前に向かっお蚀う。

「悠くんのお父さん、お母さん、そしお愛菜ちゃん。悠くんはもう倧䞈倫です。野䞊家の䞀員ずしお、わたしたちが䞀生支えおいきたす。だから、安心しおください。今日はその報告です」

「めぐ、ここでそんな報告をしなくおも  」

「いいじゃん。今蚀いたいんだもん。悠くんにはい぀も助けおもらっおるし、悠くんのいない生掻なんお考えられないからねヌ」

「そうだぜ。たなのもう䞀人の父芪っお意味でも、悠斗は野䞊家には欠かせない人間だよ」

「翌たで  。今日は鈎宮家の墓参りだぞ 䜕で野䞊家の話になる」

「君のご䞡芪にも、悠が我が家の䞀員だっおこずをきちんず報告するため  かな」
 嚘倫婊の蚀葉をずりたずめる圢で地博が蚀った。

「ったく  。お前らは  」

 母の病氣の知らせを受けお垰郷した頃のおれは「愛菜の呜䞀぀救えない、こんなおれに䜕の䟡倀があるのか」ず自分を責め続けおいた。しかしそのおれを受容し、埌々のちのちたで家族同然に扱っおくれた地博䞀家がおれの荒すさんだ心を癒やしおくれた。圌らにはどれだけ感謝しおもし尜くせないほどの恩矩を感じおいる。蚀葉で䌝えるのが苊手なおれでも感謝を䌝える方法があるのだずしたら  。

 おれは涙が䌝った顔を䞀同に向けお蚀う。

「  ここでこんなこずを蚀うのは堎違い、いや、眰圓たりかもしれないけど、今蚀うよ。い぀の日にかおれの呜が尜きおも、どうかこの墓には入れないで欲しい。やっぱりおれにずっお倧事なのは『今』だから。お前らずの暮らしがすべおだから。おれの口から、お前らず䞀緒の墓に入れおくれ、ずは蚀わない。だけど、おれの魂がここにあるうちはずっず䞀緒にさせおほしいんだ  」

 ぎょっずするような発蚀に最初は驚きの衚情を芋せおいた䞀同だったが、おれの真意を汲み取ったのか、圌らは䜕も蚀わず静かに頷いた。

「いいずも。僕が君を我が家に匕き入れた匵本人だからね。君の想いは僕がちゃんず匕き受けるよ。そのためには、死の盎前たで今の関係性を維持しなければいけないけれど」

「倧䞈倫。お前ずうたくやるコツは心埗おる」
 グラスを傟ける仕草をするず、地博も空䞭でグラスを亀わす仕草をしおみせた。

「たなたんも、かんぱいするヌ」

 翌に抱っこされたたなが「かんぱヌい」ず蚀いながら腕を䌞ばす。それに続くように映璃ずめぐ、翌も同様の仕草をする。

「あヌ みおパパ、ママ ひいじいずひいばあがいる」

「えっ  」
 たなの蚀葉におれたちは顔を芋合わせた。

「芋えるのか  」

「ん あっち」

 たなが指さした方を芋るず、墓石の脇に、確かに䞡芪の姿があった。思わず䞀歩螏み出す。が、父はそれを制するように手のひらをこちらに向けた。

『己の匱さを認め、必芁があれば呚囲に助けを求める  。それが出来るようになったお前はもう匱い男などではない。それに氣付かせおくれたこの家族を、今を倧事にしなさい。父さんたちのこずは時々心の䞭で思いだしおくれればいい。愛菜ちゃんず同じように』

『そうよ。だいたいね、あんたが死んでこの䞭に入る頃にはだヌれもいないんだから、ただ寂しいだけよ。寂しがり屋のあんたのそばには、寂しさを玛らわせおくれる誰かがいおくれた方がいいず思う。同幎代のパヌトナヌがいない代わりに、あんたにはこんなに玠敵な家族がいるんだもの。絶察にそうしなさい』

「䜕だよ、久しぶりに出おきたず思ったら  。おれがこの墓に入らないっお宣蚀するのを聞いおも寂しがらないのかよ」

『寂しがったずころで、お前を匕き留められないこずは分かっおいるさ。䜕しろ、ずっず芋守っおきたんだからな。  生かされおいるこずに感謝しお、達者で暮らせよ』

「ああ  。そっちもな  っお蚀うのはおかしいか」

『そんなこずはないわ。実はあたしたち、これを機に生たれ倉わる぀もりでいるの。だからもしかしたら、この䞖のどこかでたた䌚えるかもしれない。䌚っおも氣が぀かないずは思うけど、きっずたた悠斗に䌚えるっおあたしは信じおる』

『父さんだっおそう信じおいるさ。だから悠斗は悠斗の奜きに生きなさい。いいな』

「分かった  」
 返事をしたら錻の奥がツンずしおきた。目頭を抌さえるず、案の定、母芪に指摘される。

『あヌあ、たた泣いちゃっお、みっずもない』

「う、うるせぇ  。こい぀らの前ではいいんだよっ  」

「たなたんが、いい子いい子しおあげるからだいじょヌぶ」

 どうやら亡き䞡芪の声がはっきり聞こえるらしいたなが、泣いおいるおれの頭を撫でようず、翌に抱かれた䜍眮から手を䌞ばした。

『野䞊たなちゃん。悠斗のこず、よろしくね』
『お父さんず仲良くな』

「ん」

 䞡芪の蚀葉に、たなは力匷く頷いた。それを芋お安心したのか、二人は手を取り合い、「たたい぀か䌚う日たで」ず蚀い残しお消えおいった。


34めぐ

 秋も深たっおきたある日、぀いに「みんながたんなか䜓操クラブ」が始たった。わたしたち芪子はもちろん入䌚しおいるが、今日に限り、芋孊ず蚀う圢で䞡芪も䞀緒だ。

 堎所は駅から埒歩䞉分の、ビルの最䞊階。うちの家族しかいなかったらどうしようかず思ったけれど、行っおみお驚いた。そこには予想を遙かに䞊回る芪子がいたからだ。

「さぁお。これだけ自由に動き回る子どもの興味をどう惹く぀もりなのか  。コヌタロヌさんのお手䞊み拝芋っず」

 幌皚園の先生をしおいる翌くんは腕を組み、孝倪郎さんに目をやった。
「アドバむスはしおあげなかったの」

「倚少はしたけど、こればっかりは実践あるのみだからなぁ」

「そうね。䜕しろこのくらいの幎霢の子は、その時の氣分によっお蚀うこずを聞いたり聞かなかったりするからね」
 隣にいるママも同じようなこずを蚀っおたなを抱きあげた。

 呚囲のざわ぀きがピヌクに達した時、宀内のスピヌカヌから倧音量で音楜が流れ始めた。ず、走り回っおいた子どもたちの動きが止たる。その瞬間に䌯父の声がマむクを通しお宀内に響く。

「ようこそ、みんながたんなか䜓操クラブぞ。さぁ、いよいよ始たるよ たずはこの曲のリズムに合わせお螊っおみよう。みんなの奜きなダンスでいいよ。跳んだり跳ねたり。さぁ、やっおみよう」

 手本を芋せるようにステヌゞに立぀孝倪郎さんず悠くんが手拍子をしながら飛び跳ねる。はじめはみな呚りを氣にしおいたが、子どもたちが自由に動き始めるず次第に芪たちも身䜓を動かし始めた。

「うんうん。いい感じじゃないの」

 孝倪郎さんの様子を芋お満足したのか、翌くんは䜕床も頷きながら自身もリズムに乗っお跳ね始めた。わたしの身䜓も自然ず動き出す。だっお、孝倪郎さんがあんなにも楜しそうにしおいるんだもの。それほどたでに圌の笑顔がたぶしい。

 初めお出䌚ったずきの孝倪郎さんは「死ぞの願望」があったせいか、笑っおいおもどこか冷たい印象があった。家に招くようになっおからもすぐに笑顔が増えたわけではなく、心の底から笑っおいるず感じられるようになったのは、たなが生たれお以降だ。わたしは、たなが孝倪郎さんの笑顔を取り戻しおくれたのだず確信しおいる。孫ほど幎霢ずしは離れおいるし、ここに至るたでにはいろいろなこずがあったけど、二人は互いにいい圱響を䞎え合っおいる。だからこそ、目の前で笑顔を振りたく孝倪郎さんの姿に心を打たれるのだず思う。

 みんなの意識が䞀぀になったずころで曲が止たった。次は䜕が始たるのだ ず䞀同がワクワクしお埅っおいるのが䌝わっおくる。そこぞ今床は孝倪郎さんがマむクを握り、簡単な挚拶をする。

「本来ならば䌚員の皆様には厚く埡瀌を申し䞊げるずころですが、子どもが䞻圹のクラブですから、ここでは堅苊しい挚拶は抜きにしたす。今日は初回ですし、ずにかく我が子、我が孫ず觊れあっお䞋さい」

 その蚀い方が堅苊しいですよ、ず䌯父が指摘し、どっず笑いが起こる。より緊匵がほぐれたずころでたた音楜が流れ始める。

「さぁ、みんな。先生たちに合わせおやっおみよう。出来るかな」
 今床は悠くんが声を掛ける。孝倪郎さんず䌯父が芪子になりきっおストレッチを始めるず、呚囲にいる芪、祖父母ず子どもたちは真䌌をしお身䜓を動かし始めた。

「運動䞍足のじいじには結構キツいなぁ  」

 軜い運動にもかかわらず、早速根を䞊げはじめたのはパパだ。その声が聞こえたはずはないが、「久々に身䜓を動かすずいう方は決しお無理をしないで䞋さい。あくたでも芪子の觊れ合いが目的ですから」ず悠くんからアナりンスされ、思わず笑っおしたった。

 しかし、無理をしなくおいいず聞いたからか、パパくらいの幎霢の人たちにも笑顔が芋え始め、氣付けば䌚堎党䜓が和やかな空氣に包たれおいた。



 予定されおいた䞀時間があっずいう間に過ぎ、集たった芪子はただただ身䜓を動かしたい様子で䌚堎を埌にした。わたしず翌くんずたなは孝倪郎さんたちに今日の感想を䌝えるために残った。

「よかったよ、すごく。園でもあんなに子どもの氣を惹き぀けるのは難しいよ」
 翌くんの高評䟡を聞いお孝倪郎さんは埮笑んだ。

「曲の遞定は悠斗クンがしおくれたんだ。スむミングスクヌルにいた頃の経隓を掻かしおくれおね」

「なるほど。適材適所っおのはたさにこのこずだな」

「孝倪郎さんの人望で人が集たり、䌯父さんがメむンで叞䌚をし、悠くんが遞んだ曲に合わせお身䜓を動かす  。本圓に、それぞれの埗意が合わさっおこのクラブが成り立っおるんですね。孝倪郎さんたちが心から楜しんでいるのが䌝わっおきたから、こっちも自然䜓で楜しむこずが出来たした。みんなが真ん䞭っお感芚も味わえたし、ずにかくすごく良かったです」

「ここたで来れたのは君たち芪子の協力があっおこそ。感謝しおいるのはこちらの方だ。ありがずう」

「おれからも瀌を蚀うよ、めぐちゃん」
 話に加わっおきたのは䌯父だ。
「めぐちゃんのおかげで氞江先茩を死から匕き離すこずが出来たうえに、野球以倖の生きる目的を持っおもらうこずが出来た。本圓に感謝しおるよ」

「いえ。孝倪郎さんの目を芚たさせたのは、わたしじゃなくお䌯父さんの方ですよ」

「いんや。その笑顔を向けおくれなければこの人は死んでたっお今でも思うよ。これからもこの人のために笑いかけおやっお」

「もちろんです。䌯父さんも孝倪郎さんのこず、支えおあげお䞋さいね」

「ああ、任しずき」
 䌯父はそう蚀いながら、胞を叩くような仕草をした。

「それじゃあ、わたしたちはこれで  」
 䞻宰の䞉人に䞀瀌し、垰宅しようず背を向ける。ず、たなが孝倪郎さんの手を取った。

「こヌたん、いっしょにかえろ」

 孝倪郎さんは小さく息を吐き、たなに目線を合わせるようにしゃがみ蟌んだ。
「ごめん。僕はもう少しここでお仕事があるんだ。䞀緒には垰れない」

「やだヌ いっしょにかえるヌ」
 拒たれたたなは倧隒ぎだ。
「たな、今日はパパずママず䞉人で垰ろう」

「やだヌ」

 蚀い聞かせようずするが、なかなか聞き入れおもらえない。「ならば」ず孝倪郎さんが䞀぀の案を持ちかける。

「仕事が枈んだ埌でたなちゃんの家に行く、ずいうのはどうだろう 最近はこっちの準備が忙しくお蚪ねおいなかったし、君たちさえよければ久々に食事もご䞀緒したい」

「こヌたん、うちにくるの なら、たなたん、おうちでたっおる」

「いい子だ。それじゃあ、たたあずで」

「わヌい パパ、ママ、かえろ」
 だだをこねおいたのが嘘のようにコロッず氣が倉わったたなを芋おため息を吐く。

「  あの、倧䞈倫なんですか 忙しいのに、たなのためにそんな玄束をしお。氎沢さんが郚屋で埅っおるんじゃ  」

 わたしの蚀葉に圌は銖を暪に振った。
「庞平の心配は無甚だ。それより僕はたなちゃんの機嫌を損ねる方が氣がかりだよ」

「あんたり甘やかさないで䞋さいよヌ」

「仕方がない。僕はたなちゃんが奜きだし、たなちゃんず觊れあうためにこのクラブを立ち䞊げたず蚀っおも過蚀ではないのだから」

「たなたんも、こヌたん奜き」

「それは嬉しいな。今日は楜しかった」

「ん たたくるヌ」

「よしよし。䜓操クラブのプログラムは、たなちゃんのおじいちゃんたちも䞀緒に考えおくれおるから次回も楜しみにね」

「ん」

「やれやれ  。自分の笑顔が倧人を喜ばせるこずを本胜的に知っおるよなぁ、たなは。いい性栌しおらぁ」
 終始ご機嫌のたなを芋お、翌くんも呆れ顔で蚀うのだった。


35翌

 昌食を買っお垰宅するず、悠斗がコヌタロヌさんを連れお垰っおきた。圌が来たず分かるなり、たなが玄関に走っお行く。その手には倧奜きなおや぀パンが握られおいる。

「こヌたん、はい、どヌぞ」

「やぁ、たなちゃん。玄束通り遊びに来たよ。  お昌ご飯はこれかい」
 たなのパンを受け取ろうずするコヌタロヌさんを制するようにめぐちゃんが蚀う。

「いえいえ 倧人は近所のパン屋さんで買っおきたパンがありたすからそれを。出来合いで枈みたせんが」

「構わないよ。䜕を食べるかより、誰ず食べるかが倧事だから」

「よかった  。こちらぞどうぞ」

 めぐちゃんに促されたコヌタロヌさんは居間に足を向け、座垃団に腰を䞋ろした。するずたながやっおきお、今床は目の前にあった惣菜パンを掎んだ。

「こヌたん、あヌん」
 どうやら食べさせおあげる぀もりのようだ。

「ありがずう、たなちゃん。いただきたす」

「ごめんよ、コヌタロヌさん。たなは今、誰圌構わずこうやっお食べさせようずする幎頃なんだ  」

「かわいいじゃないか。僕は構わないよ」
 コヌタロヌさんはたなからパンを受け取り、匕き続き食べながら蚀う。

「僕も結婚しお子どもがいれば、このくらいの幎の孫がいたんだろうなず思うこずがある。しかし同時に、こうしお子どもず関わる機䌚があれば血の繋がりは関係ないな、ずも思う。幎の差さえも。特にたなちゃんは、二歳ずは思えないほど粟神幎霢が高いから䞀緒にいるのが楜しいよ」

「コヌタロヌさんの口から結婚っお蚀葉が聞けるずは思わなかったな。聞いた話では、めぐちゃんが初恋の人だっお」

「ああ。君の前では蚀いにくいが、めぐさんは僕の心を鷲掎みにした初めおの女性ず蚀っおいいだろう。それ以前の僕は、死よりも心惹かれるものがなかったからね」

「恥ずかしいけど、そう蚀っおもらえお嬉しいです」
 そこぞ、恋愛話奜きのめぐちゃんが加わる。
「わたしは孝倪郎さんの想いには応えられたせんが、䟋えばレむカさんなら話が合うんじゃないでしょうか。ファンクラブに入るくらいには孝倪郎さんのこずが奜きみたいだし」

「麗華さん  」
 そう蚀ったコヌタロヌさんは倧声で笑った。

「めぐさんたで僕らをくっ付けたいずは。庞平も劙な劄想をしおは勝手に心配しおいたが、そんなに僕らを䌚わせたいなら䌚おうじゃないか。その代わり君らも同垭したたえ。僕らがそういう間柄ではないこずを目の前で蚌明しお芋せよう」

「えっ」
 思わぬ発蚀に、持っおいたパンを萜ずしそうになった。確かに䌚いたいずは思っおいたけど、盎に䌚えるなんお想像もしおいなかったからだ。

「俺もレむカに䌚っおいいの っお蚀うか、そんなに簡単に䌚えるものなの」

「僕が䌚いたいず蚀えばあちらはすぐに䌚っおくれるだろう。䜕しろ、あちらも䌚いたがっおいるんだから。しかし、二人きりで䌚うこずは麗華さんだっお想定しおいないだろう。圌女にはいずれ、僕の新しい家族を玹介したいず思っおいたんだ。ちょうどいい機䌚だよ」

「そういうこずなら䌚っおみたいです」
 ここたで黙っおいた悠斗が急に話に乗っおくる。
「歌手のレむカず孝倪郎さんがどんな䌚話をするのか、ちょっずばかり興味があるんで」

「興味を持぀のは構わないが、君らが想像するようなこずは起きないず思うよ」

「それならそれでいいんです。ただ、孝倪郎さんがおれたち『家族』をどう玹介するのか、聞いおみたいんですよ」

「では、悠斗クンが玍埗するような文蚀を考えおおくこずにしよう」

「楜しみにしおたす」

「たなたんも」
 やはり俺たちの䌚話を理解しおいるのだろう。たなが自分も同垭するず䞻匵するかのように手を挙げた。

「もちろんだよ。麗華さんにはたなちゃんが僕の倧切な家族だず玹介するからね」

「ん ゆびきりげんたん」

「ああ、玄束だ」
 二人は小指を絡たせ、たるで恋人同士のように埮笑み合った。その様子がか぀おのめぐちゃんず悠斗みたいに芋えおぞっずする。

「コヌタロヌさん。たなのこずが奜きだっお蚀っおたけど、たさか将来的に嚶めずりたい  なんお蚀わないよな」

「ははは。いくらたなちゃんず氣が合うず蚀っおも、孫ほど幎が離れおいるんだ。心配には及ばないよ」

 その蚀葉に安堵しかけた矢先、悠斗が茶々を入れる。

「分からないぜ めぐの子だからな。めぐがおれを奜きになったように、たなも孝倪郎さんのこずを奜きになっお口説きにかかる可胜性はれロじゃないず思うけど」

「おいおい、めぐちゃんず悠斗でも䞉十歳離れおるのに、たなずコヌタロヌさんの幎霢差っお蚀ったら  」

父さんが悠斗の六぀䞊、コヌタロヌさんはそれより䞀぀䞊だから  
 真面目に蚈算しおはじき出した圌の実幎霢に改めおぞっずする。

「いやいや悠斗、冗談でもそういうこずは蚀うもんじゃないぜ」

「そうか たなを倧事にしおくれるなら、おれは孝倪郎さんでもいいず思っおるけど」

「えっ   ちょっず悠斗。この話はコヌタロヌさんが垰った埌でじっくりしよう」

「二歳の嚘の将来を話し合うのは早すぎるような氣もするけど、たぁ、いっか  」
 真面目な顔をしお語る俺たちを芋た二人は、たたしおも芋぀め合っお笑うのだった。


36孝倪郎

 玄束したわけではないが、僕にずっおも圌女にずっおも再䌚は必然だ。想い合っおいる、ず蚀う衚珟は正しくない。氣にし合っおいる、ず蚀う方が僕ずしおはしっくりくる。

 䌚おうず思えばすぐにでも䌚うこずは出来た。それを先延ばしにしおきたのは僕だが、野球から離れた僕の第二の人生がいよいよスタヌトした今、䌚わない理由はなくなった。すべおの環境が敎った今こそが䌚うタむミング。圌らの蚀葉でそう確信した僕は、圌らず共に麗華さんず䌚う決心をした。

 庞平に麗華さんぞの連絡を頌むず「俺も同垭する」ず返された。想定内の反応。僕はすぐに「遠慮しおくれ」ず突っぱねた。

「なんでだよっ」

「庞平がいるずややこしくなるこずは目に芋えおる。今回はこれたでのお瀌ず䞖話になった野䞊家の人たちを玹介するのが目的だから、君には連絡圹だけをお願いしたい」

「ちっ  」

「嫉劬するこずはない。僕の居堎所はここだし、君ずの暮らしはこれからも続ける぀もりだからね。そんなに氣がかりなら、麗華さんに䌚った日の晩はどこかのレストランを予玄しおおいお䞀緒に食いに行くのはどうだ」

 庞平は嬉しいような恥ずかしいような、蚳の分からない顔をした。

「  䜕で俺の考えおるこずだけはズバッず蚀い圓おるんだよ。たぁ、いい。お前の蚀葉を信じよう。ただし、そう蚀ったからには姉貎には俺ず晩飯食いに行くこずは黙っずけよ ぀いおこられおも困るからな」

「玄束は守るよ」

「よし、それでいい」
 安心したのか、庞平はようやくスマホを取り出し、麗華さんにメヌルを送信しおくれた。

◇◇◇

 双方の郜合が぀いたのは幎末。それも十二月䞉十䞀日だった。その日は倧接クンに頌んで午前䞭いっぱいワラむバを貞し切りにしおもらい、ゆっくり話せる環境を確保した。自宅で䌚っおもよかったが、郚屋の堎所を知られたくないずいう庞平の蚀い分を尊重する圢ずなった。



「幎末はひずりがっちの寂しい人がたくさん来る時期なんですけどねぇ  」
 開店時間に店を開攟できない倧接クンがわざずらしく蚀った。

「君の奉仕の粟神には感心するが、盞応の瀌金は支払ったのだから目を぀ぶっおもらいたいものだ」

「はいはい、分かっおたすよ」

「ああ、萜ち着かないなぁ  」

 䜕床も時蚈を芋ながらそわそわしおいるのはめぐさんず翌クンだ。い぀でも䌚える状態で怅子に腰掛けおはいるが、さっきからずっずキョロキョロしおいる。それに察しお悠斗クンずたなちゃんは、この状況を楜しむかのように笑い合っおいる。

「そろそろ玄束の時間だ」

 僕が呟くず同時に店のドアがゆっくりず抌し開けられた。銙氎の匂いがふわりず店内に流れ蟌む。麗華さんだずわかるず、座っおいた圌らは䞀斉に立ち䞊がっお䌚釈をした。麗華さんも䞀瀌し、続いお僕の前に立぀。

 察面した僕らは数秒芋぀め合った。沈黙を砎ったのは麗華さんだ。
「久しぶりね」

「お忙しい䞭、時間を䜜っお䞋さっおありがずうございたす」

「それはお互い様でしょう   生きお䌚えお良かった」
 ホッずしたように埮笑んだ麗華さんは右手を差し出した。その手をそっず握り返す。

「ご心配をおかけしたなら申し蚳ありたせん。しかし今の僕はあの頃ずは違いたす。毎日、呜ある限り生きようずいう意識で過ごしおいたす。それもこれも、圌らが支えおくれおいるおかげ。本圓に感謝しおいたす」

 僕は同垭しおいる圌らを指し瀺した。

「玹介したす。僕の家族です。めぐさんのこずはご存じだず思いたすが、圌女の倫の翌クン、その嚘のたなちゃん、そしお友人の悠斗クン䞀家には日々、䞖話になっおいたす」

「ああ、あなたたちが堅物のコりちゃんを䞀八〇床倉えた人たちね 䞀䜓どんな手を䜿ったのかしら あたしにも教えおくれない」

 その目が翌クンに向けられる。圌はしどろもどろしながら「えぇっず  。俺たちはただ、コヌタロヌさんをたるっず受け容れただけです  」ず小さな声で答えた。普段ずはたるで違う様子に思わず笑う。

「い぀もず同じでいいんだよ、翌クン。麗華さんなら分かっおくれる。サむンだっお、欲しければもらえばいい」

「えっ  。そうは蚀っおも、やっぱり緊匵するよ」

「僕に察しおは最初からタメ口ぐちだったのに」

「いや、あの時は  」

「ふふっ、䜕だか本圓の芪子みたいね。仲が良くお矚たしいな」
 僕らのやりずりを聞いた麗華さんがクスリず笑った。
「圌のこずは息子のように、めぐさんのこずは嚘のように想っおいるのが䌝わっおくるわ」

「確かに幎霢差はそのくらいありたすが、どちらかず蚀えばきょうだいのように接しおいたす。圌らから教わるこずは未だに倚くお本圓に頭が䞊がりたせん」

「ぞぇ。コりちゃんにそこたで蚀わせるなんお  。すごいのね、あなたたち。これからもコりちゃんのこず、よろしくね。ずころで  ちょっずだけ、二人きりで話せる」

「二人きり  」

 想定倖の展開に蚀葉を倱う。思わず同䌎の圌らに目をやるが、圌らもたた僕の予想が倖れたず知っお戞惑っおいる様子だ。僕らが沈黙しおいるず倧接クンが提案する。

「それじゃあ、こうするのはどうです めぐっちたちには少しの間近くの公園で子どもず遊んでもらっお、戻っおくるたでの間センパむたちは二人きりで話す。だけど、完党二人が䞍安なセンパむのためにおれが店䞻ずしお芋匵る、ず。悪くはないでしょ」

「分かった。その提案を呑むわ。あなたたちもそれでいい」
 麗華さんに問われた䞉人はうなずき、たなちゃんを連れお䞀旊倖ぞ出おいった。

 四人が出お行っおしたうず店内が急に静かになる。普段は付けっぱなしのテレビも今は消されおいる。

「あヌ、こういう空氣苊手。テレビ、付けちゃおっず」

 僕の氣持ちが分かったのか、倧接クンはわざずらしくそう蚀いながらテレビをオンにした。スポヌツ䞭継が流れ始め、い぀もの店内の雰囲氣になるず少し萜ち着いた。曎に氣を遣うように倧接クンが蚀う。

「ええず。䜕か飲み物でも」

「それじゃああたしは玅茶を。ミルクは無しで」

「僕はい぀ものコヌヒヌを」

「かしこたりたした」

 泚文を取った圌は、普段よりも倧袈裟に動きながら飲み物の支床に取りかかった。圌が䞋を向いたのを合図に麗華さんが話し出す。

「  ごめんね。どうしおも確かめたいこずがあったから」

「二人きりじゃないず出来ない話  なんですか」

「うん。ひょっずするず、圌らの仲を悪くしちゃうような話だから」
 戞惑う僕を芋た麗華さんはしかし、蚀い淀むこずなく話し始める。

「  倧接さんおんちょうから、コりちゃんがめぐさんに䞀目惚れしたっお聞いたずきは信じられなかったけど、さっきのあなたの顔を芋お確信したわ。やっぱり若い子に惹かれたっおこずなの あたしはずっず、コりちゃんは詩乃ちゃんのこずを密かに想い、詩乃ちゃんもそれず知っおお䞀緒にいるんだず思っおたんだけどな」

 春山クンの名前が出お、呚囲の人間にはそう芋えおいたんだず改めお知る。特に麗華さんは僕らの高校時代を知っおいる――正確にはその時代しか知らない――ので、長幎そう思い続けおいたずしおも䜕らおかしくはない。しかしながらそれは誀解だ。僕は真実を、蚀葉を遞びながら䞁寧に語る。

「春山クンが僕を珟実䞖界に匕き留めおくれた人物であるこずに間違いはありたせん。そのこずに関しおは感謝もしおいたす。ですが、圌女がそばにいおくれた理由は僕ぞのあこがれです。それ以䞊の感情はないず思っおいたすし、僕自身は圌女のこずを䞀友人いちゆうじん、あるいはか぀おの仲間ずしか思っおいない。それが真実です。  䞀方、めぐさんは自然な笑顔で僕に接しおくれた初めおの人。そこには䜕の意図も感じられず、それが本圓に心地よかった。圌女ず過ごす時間の䞭で僕の意識は死から生ぞ向いおいき、今に至りたす。  二人の違いが麗華さんには分かりたすか」

「んヌ、なんだろう」

「春山クンは僕を『野球人、氞江孝倪郎』ずしお芋おいる。察するめぐさんは『ただの氞江孝倪郎』ずしお僕を芋おくれる。めぐさんだけではなく、圌らずいるずき、僕は䜕者でもない、裞の僕でいられる  。その心地よさを思いだしたずき、圌らのこずをもっず知りたいず思い、この街で暮らすこずを決めたのです」

「䜕者でもない、ただの氞江孝倪郎、か  。なるほどねぇ」
 麗華さんは腕を組み、䜕床か頷いた。そのずき、泚文した飲み物が提䟛され、倧接クンが意味ありげに埮笑んだ。

 麗華さんの疑問に答えたので、今床はこちらから甚意しおいた文蚀を告げる。

「ただの氞江孝倪郎からひず蚀、蚀わせおもらいたいこずがありたす。初めお歌を聎かせおもらったずきから蚀えなかった、感謝の蚀葉です」

「感謝」

「ええ。麗華さんの歌は僕に生きる垌望を䞎えおくれたした。高䞉の時、麗華さんが歌を聎かせおくれなければ倚分、今の僕はいない。だから、本圓に感謝しおるんです」

「そう。あたしの歌がコりちゃんの圹に立っおよかった。実をいうずあの頃、あたしも進路に悩んでいたんだ。だけど、コりちゃんや庞平が甲子園を目指しお頑匵る姿に励たされたのを芚えおる。歌手ずしおやっおいこうず決めおからも、コりちゃんがプロ野球の䞖界で掻躍する姿を芋おはい぀も元氣をもらっおた。  そういう意味ではあたしもコりちゃんに感謝しおるんだ」

「野䞊家の人たちに教わったこずがありたす。それは、僕の呜は、僕のものであるず同時に僕ず関わりのあるすべおの人のための呜でもある、ずいうこずです。実は生きおいるだけで僕には䟡倀あるのだず氣付いたずき、僕を支えおくれる人々、ファンのためのクラブを䜜っおもいいず思えるようになりたした」

「そのファンクラブを提案したのがレむカさんの匟っおのが、たたねぇ  」
 倧接クンが合いの手を入れるず、麗華さんは再び「なるほどねぇ」ず蚀っおうなずき、考え蟌むかのように抌し黙った。

 蚀いたかった想いを䌝えた僕も、続く蚀葉は出おこなかった。そもそも、こうしお二人きりで話す぀もりはなく、野䞊家の面々を亀えた楜しい䌚合を想像しおいたのだから無理もない。

 どうしたものかず思い店内を芋回す。ず、麗華さんが持参したギタヌに目が留たった。心の䞭で「これだ」ず叫ぶ。

「  聎かせおくれたせんか。『サンキュヌ、ファミリヌ』を。改めお歌詞をなぞりたくなりたした」

「分かったわ」
 僕がそういうのを埅っおいたかのように麗華さんは即答した。
「ギタヌを匟いおも構わない」

「問題ないですよ。うちは䜕でもオッケヌな店なんで」
 ギタヌの䜿甚蚱可を求められた倧接クンは、䞡腕で倧きく「䞞」の圢を䜜り、テレビを消した。ギタヌをケヌスから取り出し、立ち䞊がっお肩から提げた麗華さんは、䜕床かかき鳎らした埌でこう告げる。

「思い出すわ。あたしがコりちゃんを呌び出しお『ファミリヌ』を歌った日のこずを。あの時もコりちゃんのためだけに歌ったっけ」

「『サンキュヌ、ファミリヌ』も僕のために䜜っおくれたのだず思ったんですが そういう内容の歌詞だったず蚘憶しおいたす」

「そうね  。この歌を歌うずき、頭の䞭にはい぀だっおコりちゃんの姿が浮かぶわ。そのコりちゃんが、今は目の前にいる」
 麗華さんは䞀床深呌吞するず小さな声で「歌うわね」ず蚀った。

「お願いしたす」
 僕は返事をし、目を閉じた。それを合図ずするかのように麗華さんが歌う。

   

巻き戻せない 時の䞭で
君の顔 浮かんでは消える

緑の颚が 撫でる髪
君のにおい 連れおくる

共に生きた日々
君もわたしも
同じ時の 波に乗り
生きおきた 今日たで
がむしゃらに

䜕者なにものにも
ならなくおもいい
今ここにいる
それがすべおの蚌拠あかしだから

   

早すぎる 時の䞭で
君は 䜕を思っおいるの

青い空の䞋で
走る君の姿 光る汗

それぞれ生きた日々
君もわたしも
同じ時の 波に乗り
生きおいく これからも
ひたむきに

䜕も
できなくなっおもいい
今生きおいる
この奇跡に感謝しよう

   
いるよ、近くに
君を想う ファミリヌ

   

歌おう 君のために
たずえ声が 届かなくおも
君の未来が ひらくように

ラララ
新たな道を進む君ぞ
忘れないで
家族わたしたちがいるこずを

   

 さっき二人でしおいた話ず完党に重なる歌詞。やはり麗華さんは僕を想っおこの歌詞を曞き䞊げたのだず思わずにはいられなかった。

「麗華さんは僕のこずを今でも家族だず思っおくれおいるんですか」
 歌が終わるず同時に尋ねた。麗華さんはため息亀じりに小さく笑う。

「  コりちゃんのこずを忘れた日はなかったよ。心の片隅にはい぀もコりちゃんがいたし、あなたのために歌い続けおきたず蚀っおもいいくらい。でも  コりちゃんが新しい家族を持った今、あたしが家族を名乗る資栌は倱われたのかもしれない  。だっおコりちゃんはもう、あたしが歌で支えなくおも生きられるようになったのだから」

「それは違うず思いたす」
 そう蚀ったのは、公園に遊びに行っおいたはずの翌クンだった。意倖にも早く戻っおきたこずに驚いおいるず、そばにたなちゃんが寄っおきお「こヌたんもあそが」ず声を掛けられた。なるほど、圌らは僕を店から連れ出すために戻っおきたのか。

 めぐさんが慌おお駆け寄っおきたので「倧䞈倫」ず蚀っお、たなちゃんを膝に茉せる。僕が促すず、翌クンは䞀぀うなずいおから話を続ける。

「困っおるずきだけ助け合うのが家族じゃないず俺は思いたす。䞀緒に䜏んでるずか、血が繋がっおるずか、それが家族の条件でもない。互いに信頌し、思い合い、支え合う。それが出来おれば、い぀だっお誰だっお家族ず蚀っおいいんじゃないでしょうか。そもそも家族っお括くくる必芁すらないず俺は思っおいたすけど。䞀緒にいたいからいる。䌚いたいから䌚う。それで充分じゃないですか」

 レむカさんは目を䞞くした。そしお胞の前で手を合わせた。

「ありがずう。あなたの蚀葉、響いたわ  。コりちゃんがあなたたちのこずを『家族』だず誇らしげに玹介しおくれた理由がいた、はっきりず分かった。  いい家族を持っお、コりちゃんは幞せ者ね」

「ええ  」

「そっかぁ  。ならあたしも、コりちゃんずは繋がっおいおいいんだね  」
 麗華さんは安心したように倩井を芋䞊げ、埮笑んだ。
「玠敵な話をしおくれたお瀌をさせおもらえない サむンでも歌でも、䜕でもするわ」

「えっ」
 目の前たで歩み寄られた翌クンは、いた堂々ず語っおいたのが嘘のように動揺した。

「パパ お歌、うたっお たなたんずママのうた」

「ええっ  」
 たなちゃんの提案に、翌クンはたすたす狌狜うろたえた。

「ぞぇ、あなたも歌えるの ぜひ聞きたいわ。もしギタヌが匟けるなら貞しおあげる」

「いやぁ、匟けるっちゃ匟けるけど  。い、いいんですか  」

「もちろん」
 麗華さんからギタヌを手枡された翌クンは顔を真っ赀にしながらも、そっずギタヌを鳎らしお調埋を始めた。

「プロの前で歌えるなんお、メチャクチャ光栄です。䜜り途䞭の歌なんですが、嚘のリク゚ストなんでそれを歌いたす」

「タむトルは」

「To you dear、愛する君ぞ」
 翌クンは䞀床呌吞を敎え、すうっず息を吞い蟌むず、静かに歌い出す。

   

芚えおいたすか 初めお䌚った日のこずを
忘れはしない 君の瞳に映る光
僕は恋したんだ
歌うこずしかできないけれど
䌝えたい この声で

空に差す Sun shine
舞う鳥よ 届けおおくれ
この想い 愛する人ぞ

氞遠に捧げる 君に My life

䞀緒にいれれば幞せなんだ
笑い合えれば最高なんだ
ほかに䜕もいらない
倧奜きな君ず
真っ癜な地図 未来を描こう

   

 翌クンの柄んだ声が店䞀杯に響き枡る。目を閉じお聎き入っおいる麗華さんの衚情からプロも満足する歌声だず分かる。膝の䞊でニコニコしおいるたなちゃんも、悠斗クンの隣でうっずりしおいるめぐさんも嬉しそうに身䜓を揺らしおいる。

 なぜこんなにもみなが心穏やかになるかずいえば、蚀葉に想いが乗っおいるからだろう。翌クンにも麗華さんにも想いを䌝える力がある。ゆえに僕の心も動いたに違いない。

 もし僕にも誰かの心を動かす力があるのだずしたら、それは蚀葉ではなくやはり行動だろう。䞍噚甚な僕はがむしゃらに努力するこずしか出来ないが、そういう姿に感動を芚え、生きる支えずする人もいるず知ったからには、今埌も僕のやり方を、自信を持っお貫けばいい。

 歌が終わるず真っ先に麗華さんが拍手を送った。
「ずおもいい声ね。玠晎らしかったわ ほかの歌も歌っお欲しいくらい」

「恐瞮です  。䞀曲でご勘匁を  」
 翌クンは本圓に恥ずかしそうにう぀むいおギタヌを返した。

「ねぇねぇ、こヌたん、おそず行こヌよぉ」
 歌が終わるのを埅っおいたかのようにたなちゃんが僕の膝から降り、手を匕いた。

「おたたせ、たなちゃん。それじゃあ行こうか」

「ん」
 歩き出した僕らを芋お、芪であるめぐさんたちがドアを開ける。

「ああ、やっぱり子どもっおかわいいね  」
 呟いた麗華さんはギタヌを怅子に立おかけた。

「  たなちゃん、あたしも行っおいい」

「ん いっしょにあそが」
 話しかけられたたなちゃんは嬉しそうに麗華さんの手を握った。

「うわっ、絵になる光景みっけ」
 倧接クンが指で䜜ったフレヌムの䞭に僕らを収めた。
「実幎霢考えたら孫なんだろうけど、二人ずも芋た目が若いから芪子みたいに芋えるっす」

 そう蚀われた僕ず麗華さんは顔を芋合わせた。
「うふふ。っおこずはあたしたち、倫婊ね」

「     倧接クンの蚀葉を真に受けないで䞋さいよ  」

「さっき、あたしたちは家族だっお確認したばかりじゃない 倫婊も家族でしょう」

「参ったな  」
 反応に困っお半分う぀むくず、麗華さんは庞平を揶揄うずきず同じような顔で笑った。


37庞平

 玄束の時間。レストランに珟れた孝倪郎はホッずしたように笑い、なぜか俺の肩に手を眮いた。

「やはり君の顔を芋るず安心する。ここの予玄を入れおおいお正解だったよ」

 それを聞いお、姉ず䜕かあったな、ず盎感する。
「  ぀けられおないだろうな ずにかく、垭に着こう」

「ああ  」

 幎末も抌し迫った今宵に予玄したのは、孝倪郎の自宅マンション近くにある小さなレストラン。本来であれば幎末䌑業䞭のずころ、あい぀のファンだずいうオヌナヌに頌み蟌んで特別に開けおもらっおいる。オヌナヌが「貞し切り」の札ず鍵を掛けたのを芋届けるず、孝倪郎は心底ホッずしたように息を吐いた。

「  姉貎に䜕を蚀われたんだか。その顔を芋る限り、䜙皋ひどい目に遭ったようだな」

「麗華さんが揶揄うのは君だけだず思っおいたんだが、甘かった  。今倜は麗華さんが仕事だったから良かったものの、䞀日空いおいたら今頃は圌女の郚屋に連れ蟌たれおいたかもしれない」

「はぁっ  」
 怅子に座りかけた俺は慌おお立ち䞊がった。
「ど、どういう意味だよっ ちゃんず説明しおくれっ」

「ああ、話すよ。ずりあえず萜ち着け」

「萜ち着いおいられるかっ」

「庞平が座らないず料理を運んでもらえないじゃないか。芋ろ、オヌナヌが困惑しおいる」
 振り返るず、確かに困り顔のオヌナヌが立ち尜くしおいた。

「す、枈みたせん。取り乱しお  」
 深呌吞をしおなんずか心を萜ち着かせる。店内のゞャズミュヌゞックに集䞭し、ようやく平静を取り戻した俺は、前菜が提䟛されたずころで改めお聞く。

「  ちゃんず萜ち着いたぞ。いったい䜕があったっおんだ」

「野䞊家の人たちず接する䞭で僕の境遇が矚たしくなったのか、はたたた圌女自身も家族に囲たれお暮らしたくなったのか  。いずれにせよ、僕を『倫』ず衚珟するのは冗談でもやめおもらいたいものだ」

「倫ぉ  」

「すべおの元凶は倧接クンにある。たなちゃんを間に僕ず麗華さんが䞡脇に立ったら、たるで芪子のようだ、などず  」

「それで姉貎が調子に乗ったわけか  。ったく、この前䌚ったずきには独り身が楜ちんだっお蚀っおたのに  。やっぱり俺も䞀緒に行くべきだったな」

「それには及ばない。埌のこずはちゃんず悠斗クンたちに任せおきたからね」

「え」
 膚らみかけた颚船の空氣が急に抜けたみたいに拍子抜けする。孝倪郎は皮明かしずばかりに説明する。

「どうやら麗華さんもたなちゃんを甚いたく氣に入ったらしくおね。今埌も䌚いたいずいう麗華さんの蚀葉を聞いお、それじゃあ亀流を深めたしょうずいう話になったようだ。無論、忙しい麗華さんがどれほど圌らず䌚う時間を䜜れるかは分からないが、圌らず䌚い続ければあの麗華さんも最埌には再教育されるだろう」

「再教育   こい぀はいいや」
 俺は手を叩いお喜んだ。数分前たで感じおいた苛立ちは消え倱せ、祝杯を挙げたい氣分になる。

「そうだ、ワむンでも飲もう。奜きなのを頌んでくれ。今メチャクチャ機嫌がいいから酒代は俺が持぀」

「ほう。ならば遠慮なく」
 満足そうに頷いた孝倪郎は早速オヌナヌを呌ぶず、料理に合う癜ワむンを泚文した。

「時に庞平」
 オヌナヌが去っおすぐ、孝倪郎が思い出したように蚀う。
「このあず初詣に行かないか この街に来おから、ただ䞀床も神様にご挚拶しおいないだろう 僕が案内しおやるよ」

「初詣 それは幎が明けおからするもんじゃねえの」

「本来は陀倜の鐘を聞き、幎が明けるず同時に参拝するものだず野䞊家の人たちに教わっおからはそれに習うようにしおいるんだ。たなちゃんが生たれおからは䞀家の代衚である悠斗クンに誘われお参拝しおいたが、今回は君ず行きたい。なんず蚀っおも同居人だからね」

 たさか孝倪郎の口から「神様にご挚拶」などずいう発蚀が飛び出すずは  。しかし、この頃の孝倪郎に心の䜙裕があるのは、神仏を信仰する時間を持おおいるからなのかもしれない、ずも想像する。

「お、おう。それなら行こうか  。案内頌むわ」
 戞惑いながらも返事をするず、孝倪郎は目を现くしたのだった。

◇◇◇

 䞀旊垰宅し、日付が倉わる頃に郚屋を出る。普段なら少ない人氣ひずけも今日は昌間のごずくいる。そしお圌らはみな同じ方を目指しお歩いお行く。

「みんな初詣客なのか   結構倚いんだな」

「僕も初回は驚いたが、この時間に神瀟を蚪れる人がみな厚い信仰心を持っおいるず思ったら嬉しくないか」

「確かに」

「  もっずも、今のは悠斗クンの台詞だけどね」

「前から感じおいたけど、鈎宮さんのこず、ずいぶん信頌しおるんだな  」

「そりゃあ、悠斗クンず翌クンはか぀おの僕を殺しおくれた、、、、、、人物だからね。圌らが今の僕を䜜ったず蚀っおも過蚀ではないし、未だに教わるこずは倚い。本圓に感謝しおいるんだ」

「えヌず  。翌クンっおのは確か野䞊の息子だったな なるほど、孝倪郎がこれほどたでに倉わった理由も芋えおきたぜ  」

「どうだ 君も圌らず亀際すれば新たな境地に至れるかもしれないぞ」

「     それっお、姉貎ず䞀緒に再教育されるっおこず 絶っ察にお断りだね」
 党力で拒吊する俺を芋た孝倪郎は倧口を開けお笑った。



 目的の神瀟に近づく頃にはかなりの人でごった返し、参拝するには列に䞊ばねばならないほどだった。

 順番が近づくに぀れ、俺はこれたで䜕回神瀟で手を合わせただろうか、ず思い巡らす。が、家族ず䞀緒に数回来たこずがある皋床で、正匏な参拝方法も知らないこずに氣付く。そもそも「神頌みなんお」ずいう意識だから、知ろうずさえしおこなかった。しかしそれは孝倪郎も同じだったはず。

「  なぁ、どうしお毎幎参拝するようになったんだ」
 手を合わせる前に聞いおおきたかった。孝倪郎は迷わず答える。

「僕を生かそうずする䜕者かの力を感じるようになったからさ。それが神なのか死んだ䞡芪の霊なのかは分からない。いずれにしおもこの䞖の者の力じゃないこずは確かだ。ならば僕は、圌らの意向に沿うよう生きなければならないし、生かされおいるおかげで今の平穏な暮らしを䜓隓できる。そのこずに感謝したいず思うのは自然なこずだろう」

「お前は本圓に倉わったな  」

「今からでも遅くはない。庞平だっおやっおみたら分かるさ。そりゃあ悠斗クンみたいに本圓に幜霊が芋えるようになる人間は垌有だろう。事実、僕には芋えやしない。それでも  肌で感じられるようにはなったず思っおる」

「肌でっお、どう感じるんだ」

「蚀葉で説明するのは難しいが、日々護られおいる感じがするんだ。そのせいもあっお心は穏やかだし、生きるこずが楜しい」

「そうか  。ずはいえ、芋えないものの存圚を信じる  。なかなか難しそうだけどな  」

「なに、今この瞬間、僕ず二人きりでいられるこずに感謝するだけでいい。それこそが神の蚈らいなのだから」

「おっ、それなら出来そうだ」
 確かに、孝倪郎の倧ファンである俺が圌を独占しおいるこの状況は奇跡ずしか蚀いようがない。それを神様が甚意しおくれたのだず蚀われれば玍埗も出来る。

 参拝の順番が回っおきた。曞いおあるずおりに瀌拝し、神に感謝の蚀葉を䌝える。

最高の友人ずい぀も䞀緒にいられる環境を甚意しお䞋さり、ありがずうございたす。これからもどうぞ、よろしくお願い臎したす  

 自然ず、䜕床も頭を䞋げおいた。目を開けるず、孝倪郎も熱心に手を合わせおいる。その暪顔にしばし芋惚れおいるず、芖線に氣付いた孝倪郎がちらりず俺を芋「行くぞ」ず蚀っお先に歩き出した。

 向かっおくる人をすいすい避けながら神瀟の倖に歩いおいくあい぀に声を掛ける。
「おい、みくじは匕いおいかないのか」

「僕がそういうのに䞀喜䞀憂する人間だず思うか それに、運詊しなどしなくおも君ず僕はどうせ、ツむおる」
 はっきりず蚀い切っおしたうずころが孝倪郎らしい。

「そうだな。これたでのお前の人生を考えたら、ツむおないわけないよな  」

「そうだずも。それに、もし人生に行き詰たったずきにはちゃんず助蚀をくれる家族がいる」

「野䞊たち」

「もちろん圌らもそうだが、君も含たれおるよ。  今幎もよろしく」

「  ああ。こっちこそ」
 差し出された手を力匷く握り返す。その手は思いのほか枩かかった。


38悠斗

 倕べは陀倜の鐘の音ねも聞かずに寝た。そのせいか、日の出前に目が芚めたおれは、いい機䌚だず思っお䞀人、朝日がよく芋える橋たで歩いおみるこずにした。

 元旊の朝の空氣は肺を凍らせるほど冷たい。癜々ず明ける空を眺めながら歩いおいるず、癜い息を吐きながら橋の方ぞ駆けおいく子どもたちに出䌚った。あずから芪らしき男女が぀いおいく。その姿にほっこりし、぀い頬が緩む。

「早く早く お日様が昇っちゃうよ」

 子どもに急かされた芪は「はいはい」ず返事をし、小走りで子どもの元に向かう。東の空が明るくなっおきたように感じたおれも圌らに぀いお走っお行く。

 橋の䞊にはすでに倚くの人が集たっおいおカメラを構えおいた。そろそろか、ず東の空に目をやるず、雲間からオレンゞ色に茝く䞀筋の光が差した。それは䞀瞬のこずで朝日はたちたち広がっおいき䞀垯を照らす。

「おおっ」
 初日の出を目にした人々は䞀斉に歓喜の声を䞊げた。䞭には朝日をバックに写真を撮る人もいる。

 そんな䞭、おれは䞀人、倪陜に向かっお手を合わせ拝んだ。凜ずした空氣の䞭で日の出に立ち䌚ったら䜕だかありがたく感じたのだ。いや、それはおれが忘れおいただけで、魂は倪陜の神聖さを芚えおいるから自然ずそうしたのかもしれない。

 ただ䜎い䜍眮にあるずいうのに、日の出から数分埌の倪陜は力匷く茝いおいた。その倪陜光を含んだ神聖な空氣を胞いっぱいに吞い蟌み、吐き出す。身が枅められたように感じたおれは、さっぱりずした心持ちで倪陜を背にし、家路に぀いた。



「おかえり」
 家に戻るず翌が出迎えおくれた。

「日の出を芋おきたの 俺にも声を掛けおくれたらよかったのに」

「普段忙しくしおるお前は、幎始の朝くらいゆっくりしたほうがいい。それに日の出なら二階の空郚屋から芋えるはずだよ。どこから芋たっお、初日の出は初日の出だろ」

「それもそうか」
 玍埗したらしい翌はさっずきびすを返し、二階ぞ䞊がっおいった。埌を远うず、たなを抱いお自宀から出おきためぐず鉢合わせた。

「おはよう、悠くん。そんなに厚着しおどうしたの 倖に行っおたの」

「ああ。初日の出を拝んできたんだ。めぐもしたらいいよ。そっちの郚屋から芋える」
 蚀い終わるず同時に、「めぐちゃんたちもおいでよ」ず翌の呌ぶ声がした。郚屋に入るず、開け攟たれた窓の正面に朝日があった。

「うわあ、たぶしい」
「たぶちぃ」

 めぐずたなが同時に蚀った。眩しさに耐えられなかったのか、たなはめぐの腕から降りるずおれの足に瞋すがっお目をこすり぀けた。

「たなには刺激が匷すぎたかな  。だけどな、たな。これが倪陜の力、生呜の源だ。よヌく芚えおおくんだよ」

 難しかったらしく反応はなかったが、翌が氣を利かせお「ほら、たな。お日様にご挚拶だよ」ず抱き䞊げ、再び日を拝たせた。

「お日様を济びるず元氣が出るんだっお。だからたなもお日様の力をもらおう。  段々目も慣れおきただろ 身䜓もぜかぜかしおきただろ」

「しゃむい」
 玠盎なたなは、寒がっおすぐに翌の腕から降りおしたった。

「ママ、ごはん」

「はいはい、お腹が空いたよね。今日はおせち料理だよ。たなも少し食べおみようか。パパずママが手䜜りしたからおいしいよ、きっず」

「おせち、おせち」
 たるで歌うようにたなが蚀った。その様子がおかしくお䞉人揃っお笑う。



 階䞋に降りたおれたちは、おせち料理が぀たった重箱を䞀段ず぀居間のテヌブルに䞊べた。それらの䜜り方はすべお昚幎亡くなったオバアに教わったもの。今にもその蟺からのっそり珟れお「詰め方が違うわよ」ず蚀っおくるような氣がしおならないが、もうその声は聞けない。

 倧人は埡神酒を、たなはゞュヌスをお猪口に泚いで掲げる。

「この杯は亡きオバアのために。献杯」
 静かに杯を䞊げ、䞀口で飲みきる。たなだけは「カンパヌむ」ず蚀っおおいしそうにゞュヌスを飲み干した。

「さお  。䞀晩経った煮物の味はどうかな」
 出来映えが氣になる翌は、早速煮染めのいく぀かを皿に取っお口に攟り蟌んだ。

「うんうん、䞊出来」

「あっ、味が染みおおいしくなっおる よかったぁ、ちゃんずおばあちゃんの味を再珟できおる」
 めぐも怎茞を食べながら満足そうに蚀った。

「たなたんにもちょヌだい」

「はいはい。どれがいい」

「おため」

「えヌ 煮染めじゃないの せっかく䞊手に出来たんだけどなぁ」

「たぁたぁ  。そうだ、雑煮も䜜ろう。悠斗、ストヌブの䞊で逅を焌いおくれる」

「了解」
 翌に蚀われお逅を䞊べる。

「たなたんもやるヌ」

「それじゃあやっおごらん。ストヌブが熱いから氣を぀けおな」

「ん」
 こんな調子で正月の朝はのんびりず過ぎおいく。



 オバアが亡くなっおから初めお迎える幎。幎末たでは、しんみりず喪に服す぀もりでいたが、亡き䞡芪の思い出話でもしながら新しい幎を迎えよう、ずいうニむニむの発案により新幎䌚が催されるこずずなった。堎所はニむニむ宅だ。

「喪䞭だけど、どんちゃん隒ぎが奜きだった䞡芪ず話が出来るならきっず、こうしおくれっお蚀うず思っおな。そういうわけだから遠慮はいらねえ。䟋幎通りワむワむやっおっおくれ」

 居間の片隅に眮かれた小さなテヌブルにはオゞむずオバアの写真が眮かれおいる。生たれ倉わりを望んでいた二人がここに珟れるこずはもうないのだろうが、こちらを芋お埮笑む生前の写真があるだけで芋守られおいるように思えるから䞍思議だ。

「そうですね。二人ならきっずそれを望むはず。楜しくやりたしょう」

「兄貎。䌁画しおくれおありがずう。お瀌に今日は䞀本差し入れを持っおきたよ」
 話に加わった地博は手に持った酒瓶を掲げた。それは、バヌ・䞉日月でも飲んだ地元発のクラフトゞンだった。

「ゞン おれはビヌル掟なんだけどなぁ」

「たぁたぁ、そう蚀わずに。実は最近、自宅でカクテルを䜜るようになっおね。せっかくの機䌚だから兄貎にもごちそうしおやろうかず。倧䞈倫。今日䜜るのは和食にも合うゞントニックだから」

「お前がカクテルを 玠人にうたい酒が䜜れるもんかねぇ」

「その口ぶりは銬鹿にしおるね そんな反応をしたこずを埌悔させおあげるよ」

「あのさぁ、新幎早々兄匟げんかはやめおくんない ほら、じいちゃんずばあちゃんが芋おるよ」

 翌に突っ蟌たれた二人は同時に写真に顔を向け、急に肩を組んだ。

「  喧嘩じゃねえよ、なぁ」

「そうそう。こんなの、日垞茶飯事だよ。芪も、僕らがずっずこんな調子だっおこずくらい分かっおるず思うよ、倚分。  っおこずで早速、どう」

「おう。それじゃ、䞀杯もらうずするか」
 䞊んで台所に向かう二人を写真の䞭のオゞむずオバアがじっず芋぀めおいる氣がした。

「地博、おれにも䜜っおくれよ。ニむニむ、䞀緒に飲みたしょう」
 先に行った二人を远いかけおそう蚀うず、少し離れたずころで芋おいた翌のため息が聞こえおきたのだった。



 新しい幎を節目ずする。それを疑ったこずのある人は少ないだろう。こうやっお「幎始だから」ず集たっおは酒を酌み亀わす。それはそれでいい。だけど今朝の日の出を芋おおれは、目芚めるたびに新しい䞀日が、呜が、䞎えられたず考えお生きようず改めお思った。なぜならこうしお生きおいるこずは圓たり前でも䜕でもなく奇跡だからだ。

 たなの発話のこずで沖瞄を蚪れおいる最䞭にオバアが息を匕き取ったように、死はこちらの郜合などお構いなしにやっおくる。父芪が急逝したずきもそう。なんの心づもりもないおれにそれは芆い被さり、目の前を真っ暗にした  。

「悠、どうしたの 怖い顔しちゃっお。僕の䜜ったゞントニックは口に合わなかった」
 グラスの䞭の酒ずにらめっこをしおいたら、地博がおれの正面に腰を䞋ろした。

「いや、こい぀はうたいよ。そうじゃないんだ  」

「君の心䞭を圓おおみようか。そうだな  。今の君は、兄貎がビヌルを飲み散らかしおいる様を芋おうんざりしおいる。もう、ああいう飲み方は出来ない。飲むなら静かに人生を語り合う飲みがいい  ず。どうだろう」

「いい線行っおる」

「じゃあ、君が氣に掛けおいるのは母のこずか。䞀幎前は確かに存圚しおいたのに、今はもういない  」

「ああ、そうだ。だからこそ、今日この日の出䌚いを、起きたこずを、䌚話を、倧切にしたい  。そんなこずを考えおいた」

「君らしいね。それを聞いお母も喜んでいるず思うよ。  ありがずう。君ず、今日もこうしおおしゃべりが出来るこずに僕も感謝しおいるよ。  そうだ、ちょっず庭に出ない」

「ああ」

 地博に誘われお小さな庭に出る。そこにはオゞむずオバアが暮らしおいた家から匕き取ったみかんの朚があった。立掟に育った朚を怍えるスペヌスがなかったために、それは巚倧な怍朚鉢に怍え付けられ、庭のシンボルツリヌのごずく鎮座しおいた。

 地博はその朚に成っおいるみかんをふた぀、家䞻の蚱可なく捥もいで、そのうちの䞀぀をおれの手に茉せた。

「このみかんを、今は亡き䞡芪の仏前に䟛えよう。そしお最埌にみんなで食べよう。それが今、生きおいる僕らに出来る最善の行為だず僕は思う」

「そうだな  」

 握ったみかんはかたく匕き締たっおおり、オゞむの手を思い起こさせた。みかんに付いた傷はオバアの笑った顔を思い起こさせた。

「オゞむ、オバア。おれもい぀かそっちに行くから、その時はたたおしゃべりしたしょう」

「そんなこず蚀ったら、ただ来るなっお怒られるよ」
 地博は半分呆れた様子で蚀い、再び宀内に入った。おれもや぀に続いお入り、仏壇の前に立぀。

 みかんを䟛え、手を合わせおいるずころぞ皆が集たっおきた。

「あぁ  。そう蚀えば今幎のみかんはただ味芋しおなかったな。盞倉わらず酞っぱいんだろうけど、今幎は䞡芪にたず出来映えを確かめおもらうずするか」

 ニむニむが未開封のビヌル猶を持ったたた合掌した。その様子を芋た翌が䞀蚀いう。
「父さん、そのビヌル、じいちゃんにも飲たせおあげなきゃ」

「おう。ほら、芪父。今日は正月だ。どんどん飲んでくれ」

 プルタブが開けられたビヌル猶はそのたたオゞむの写真の茉ったテヌブルに眮かれた。その埌、誰からずもなく二人の昔話が始たり、花が咲く。

 二人はもうこの䞖に存圚しおいない。でも、今日だけは確かにここにいる。おれたちの心の䞭に  。

 おれは少なくなったゞントニックの入ったグラスを片手に、ふたりの写真の隣に座った。
「オゞむ、オバア、䞀緒に飲みたしょう。さお、今日は䜕を話したしょうか  」
 独り蚀のように語りかけるず、目の錯芚か、写真の䞭の二人が埮笑んだような氣がした。

じいちゃんもばあちゃんも幞せ者だよ。ありがずう、ありがずう  

「  今、おじいちゃんの声がしなかった」
「じいちゃん  」
「芪父  」

 声を聞いたのはおれだけじゃないようだ。みな䞀斉に、オゞむの姿を探すように蟺りを芋回しおいる。

「悠斗、じいちゃんの姿、芋える」

「いや、芋えない。だけど、おれにも聞こえたよ。オゞむの声が、はっきりず」

「そうか  」
 芋えない、ず聞いお少し残念そうな翌だったが「芋えなくおも、いるよな、きっず」ず蚀っおおれの隣に腰を䞋ろした。

「正月に限らず、い぀でもこっちの䞖界に遊びに来おくれよな。悠斗ず二人でじいちゃんの酒の盞手するからさ。っおこずで、也杯」

「じゃあ、わたしはおばあちゃんず也杯しよヌっず」

「たなたんもヌ」
 也杯の茪が広がり、宀内が䞀局笑顔で溢れる。

この、心満たされた時間。この瞬間に感じたこずをすべお魂に刻んでおこう。い぀の日にかこの身䜓が倱われおも芚えおいられるように  

 笑い合うめぐずたな、そしお翌をたるごず抱きしめる。

「うわぁ お酒がこがれちゃう」
「キャハハッ」
「どした、悠斗」

「  語圙力れロのおれに出来る、粟䞀杯の愛情衚珟。これからもよろしくな」
 腕の力を匷めるず、䞉人がそれぞれに蚀う。

「倧䞈倫。悠くんずはこれからもずうっず䞀緒だよ」
「ん いっしょ」
「ああ。悠斗の愛情、ちゃんず受け取ったぜ」

 䞉人の蚀葉ず䜓枩が、肉䜓ず魂に染み枡る。胞の内が、芯が、じんわりずあたたかくなる。ああ、おれはいた、生きおいる――。心臓の錓動を感じながら改めお思うのだった。


第四郚 完

最埌たで読んでくださいたしおありがずうございたした

第䞀郚・第二郚の䞀気読みはこちら

第䞉郚の䞀気読みはこちら


本䜜は続線を執筆予定。気に入っお䞋さった方は、ほかの䜜品もぜひ読んでみおください🥰

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