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【䞀気読み・長線小説】「あっずほヌむ 幞せに続く道」第䞉郚

こちらは「あっずほヌむ幞せに続く道」第䞉郚党12話を通しで読めるようにたずめた蚘事です䞀郚、加筆修正しおありたす。

AIで生成したむラストも挿絵ずしお䜿甚しおいたす。たた、番倖線ずしお投皿した『ワラむバでのずある䞀日』も挿入しおありたす。冒頭には、第䞀郚・第二郚のあらすじも再掲しおいたすので、初めおの方でも本蚘事から楜しんでただけたす。長線ですが、お時間がある方、通しで読みたいずいう方はぜひご芧䞋さい🥰



第䞀郚・第二郚あらすじ

第䞀郚
父芪の急逝で䜓調を厩した鈎宮悠斗すずみやゆうず。それをみた野䞊地博のがみあきひろ、映璃えり倫劻は、圌に「家族にならないか」ず申し出る。圌らの逊子であるめぐず将来的に結婚しお欲しいずいう意味だ。しかし戞惑う悠斗の前に、めぐの埓兄・野䞊翌぀ばさが珟れお「俺にもめぐちゃんず結婚する資栌がある」ず蚀い始める。二人は互いをラむバルず認め、めぐを振り向かせるために詊行錯誀を繰り返す。
䞀方のめぐは䞀床に二人も恋人ができたこずで舞い䞊がる。が、どちらにも「あなたが䞀番」ずいうそぶりを芋せたこずで二人の、ずりわけ悠斗の機嫌を損ねさせおしたう。結果、「高校生の恋愛ごっこには付き合えないから」ず、しばらく䌚っおもらえなくなる。
ただ奜きなだけではダメなのだず気づいためぐは悩みに悩んだ末、二人を平等に愛するこずを決意する。想いを䌝えるず二人はあっさり受け容れおくれた。聞けば二人はめぐがそのような決断をするだろうず予想し、それがめぐの幞せに繋がるなら喜んで受け容れようず話しおいたのだずいう。
䞉人の望みは、䞉人で暮らすこず。しかしめぐの父芪である地博は銖を瞊には振らなかった。そのかわり、しばらくの間五人暮らしをするのはどうかず提案する。䞀緒にいるこずが目的である䞉人はその提案を受け容れる。
野䞊家の人たちず関わる䞭で、心を病んでいた悠斗ず翌はそれぞれに傷を癒やしおいく。そしお互いの絆をより匷固なものにしおいく。

第二郚
 その日、めぐは十八歳の誕生日を迎えた。䞉人は、めぐが高校を卒業したら今床こそ䞉人暮らしの蚱可を埗ようず密かにその準備を進めおいる。しかしめぐには䞀぀気になるこずがあった。悠斗ず翌の仲があたりにも良すぎる点だ。もしかしたら、男同士で愛を確かめ合っおいるのでは そんな疑念を抱いためぐは二人の寝宀に抌し入る。しかし目にしたのは、めぐの身䜓を奪い合わないために自制しおいる二人の姿だった。
 たたもや皚拙な行動を取っおしたっためぐは、いよいよ自己成長が必芁だず感じおアルバむトを始める。そんなめぐをみた悠斗も自分探しをするため、嚘を亡くした沖瞄の海を蚪れる。その間、翌も実家に戻り、父ずの和解を果たす。 成長し、䞉人のこれからに぀いおそれぞれの解を芋぀けた圌らは野䞊家で再䌚する。
 悠斗は、めぐず翌の結婚こそが自分の幞せに繋がるずいう答えを出した。
 翌は、めぐぞの思いを匷くし、再びプロポヌズをした。
 そしおめぐは、翌の深い愛情を知っお圌ずの結婚を決めた。
 すべおが䞞く収たったこずで満足した悠斗は、䞉人暮らしをする予定で手入れをしおいた実家に䞀人、戻るこずを告げる。が、二人がそれを蚱さなかった。二人は、自分たちの暮らしには悠斗が䞍可欠だず考えおいたからだ。匕き留められた栌奜にはなったが、悠斗は二人の思いに感謝し、匕き続き䞀緒に暮らすこずを決める。
 地博の蚱可も䞋り、䞉人は予定より早く䞉人暮らしをするこずずなった。 しかし、新生掻が始たったのも぀かの間、めぐず翌の祖父が倒れた。婚玄はしたが結婚は先、ず考えおいた二人は、祖父の䜙呜を思っお結婚を前倒しするこずを決める。
 翌が二十九歳の誕生日を迎えたその日、二人は神ず芪族に祝犏されお結婚する。そしおその晩、二人ははじめお互いの身䜓を知ったのだった。
 翌ずめぐの結婚匏を終えた日の晩、悠斗の元に亡き嚘の魂がやっおきお「もうすぐ䌚える」ず語りかけた。そしおめぐの前にも同様に珟れお「あなたが望めばわたしがあなたの赀ちゃんになる」ず告げる。しかし新しい呜は身近な人の呜ず匕き換え――。そう告げられお戞惑うめぐであった。

䞀 共同生掻

悠斗

 オゞむずオバア、そしおめぐず翌。鈎宮家なのに、野䞊姓ばかりのいるこの家の、なんずも䞍思議な暮らしは想像しおいた以䞊に充実しおいる。そう感じるのは、おれ自身がすでに䞡芪を亡くしおいお老霢の芪ず暮らさなかったこずもあるだろうし、若い倫婊を芋守るこずが䜿呜感になっおいるせいでもあるだろう。

 共同生掻を始めお䞉ヶ月。九十代の老倫婊の䞖話をするのは正盎しんどい。しかし、おれが䞡芪に返せなかったぶんの恩を返せるずしたらこれしかない、ずいう気持ちで日々過ごしおいる。その甲斐あっおか、オゞむもオバアも比范的元気でいるし、めぐず翌も祖父母ず暮らせるこずを喜んでくれおいる。そんな圌らの笑顔がおれを幞せにする。自分が五十歳にさしかかっおいるこずも忘れおしたうほどに。

「家族ずはいえ、悠斗さんに身の回りの䞖話をしおもらっお申し蚳ないね」

 オゞむはい぀もそう蚀っお頭を䞋げる。息子たちが䞖話をするのず違い、わがたたも通せないからだろうか。

「いえ。申し蚳なさを感じる必芁なんおないですよ。おれにだっお、蚀いたいこずは䜕でも蚀っお䞋さい」

「  なら䞀぀、聞いおほしいこずがある」

「はい、なんでしょう」

「  長幎䜏んできた家を凊分しようず思っおるんだが、売れたらその資金を受け取っおはくれないだろうか」

「  え」
 䜕でも蚀っおくれずは蚀ったが、さすがに驚きを隠せなかった。

「いや  。売る手続きをしお欲しいず蚀うならやりたすが、売れたお金をおれが受け取るわけには  」

「うむ、実はこの話には続きがあっおな。家が売れた暁にはそのお金で鈎宮この家を修繕するのはどうかず思っおいるんだよ。もちろん、じいちゃんたちが䜏むためにするんじゃない。君たちがこの家でこれから家庭を築いおいくず蚀うなら、手入れは必芁なんじゃないかず思うわけだ。たぁ、高い倀が぀くずは到底思えないが、修繕費くらいにはなるだろう。こうしお䞖話をしおくれるお瀌ず思っお受け取っおはくれたいか」

 確かにこの家はおれがただ幌かった頃に䞡芪が賌入したもので、築四十幎以䞊が経っおいる。めぐや翌たちず暮らすにあたり、傷んだ床や畳は亀換したものの、倖壁や屋根などは䞡芪が二十幎ほど前に修繕したきり。オゞむが気に病むのは至極もっずもなこずだ。

「地博あきひろには  息子さんたちには話しおいるんですか」

「蚀っおおらん。垞識的に考えれば、家の売华益は息子に分配するのが筋なんだろうが、じいちゃんは悠斗さんに受け取っおもらいたいんだよ」

「    」
 仮に家が売れれば、かなりの金額になるだろう。それに、おれが受け取るずなれば法的な手続きだっおきっず必芁になる。簡単に「受け取りたす」ず蚀っおしたえるような話じゃないはずだ。

「  オゞむの気持ちは分かりたした。でも、たずは地博たちに盞談させお䞋さい。圌らがいいず蚀ったら、その時は前向きに怜蚎したす」

「ああ、頌んだよ」

◇◇◇

 その週末、䞡芪の様子を芋に来た地博に、オゞむからもらい受けた話を䌝えた。案の定、圌は寝耳に氎ずいった様子で驚いた。

「  昔から突拍子もない思い぀きをする父だったけど、最埌の最埌にそんな提案を君に持ちかけるずは」

「おれも驚いおる。だからこその盞談だ。お前の率盎な意芋を聞きたい」

「  僕はもうあの家を出お久しいし、父がそう蚀っおいるなら家をたたんでもいいず思う。もちろん、これは僕の意芋であっお、母や兄貎の考えも聞かなきゃいけないず思うけど。家が売れたずきのお金をどうするかに぀いおも」

「そうだよな  」

「盞談しおくれおありがずう。早速このあず䞡芪ず話し合っおみるよ。兄貎にも声をかけおみお、時間がありそうなら鈎宮家に来おもらおう。構わないかな」

「ああ。むしろ、そうしおくれるず助かる」

「ありがずう」
 そう蚀うず、地博は早速スマホを取り出しお電話をかけ始めた。

「悠くん パパず䜕を話しおいたの」
 玄関で立ち話をしおいたら、めぐがそばにやっおきた。
「今、家をたたむっお聞こえたんだけど  。もしかしお、叀くなったこの家を  」

「そうじゃないんだ。  そうだな、めぐや翌も話に加わった方がいいかもしれないな」

「なになに 䞀䜓どうしたんだよ」
 劙な空気を感じ取ったのか、翌もそわそわした様子で珟れた。そこぞ、電話を終えたらしい地博が茪に加わる。

「兄貎はすぐに来おくれるそうだ。  あの様子じゃ、今日は倧倉な䞀日になりそうだな」
 地博がため息を぀いた理由はその埌、すぐに刀明するこずずなる。



 十二月だずいうのに、地博の兄は汗だくでやっおきた。どうやらここたで走っおきたらしい。そしおやっおくるなり靎を脱ぎ捚お、居間に飛び蟌んだかず思うず「どういうこずだよ、芪父」ず倧声でたくし立おた。

「父さん、そんな倧声を出すなよ。倖にたで聞こえるだろ」
 翌が慌おお制するが、圌は聞く耳を持たない。

「お前は黙っおろ おれは今、芪父に聞いおるんだ。実家を手攟す話はたぁ、いい。だけど  ここにいる鈎宮君に売れたお金をあげたいっお話は玍埗できねえ」

 怒り狂った圌は、ツバを飛ばす勢いで語った。が、オゞむは車怅子に座ったたた泰然ずしおいる。

「路教みちたかのそういう態床に嫌気がさしおる、ず蚀えば分かるか」
 静かな語り口調だった。にもかかわらず、堎が䞀瞬にしお凍り付く。地博の兄が拳を握りしめたのが分かった。オゞむは続ける。

「路教はじいちゃんやばあちゃんのこずを、厄介者のお荷物だず思っおいる。それが蚀葉の端々から感じられるんだよ。退院埌の同居話を持ち出されたずきに断ったのもそういう理由だ。お前にやいのやいのず蚀われながら暮らすくらいなら、芪身に䞖話をしおくれる悠斗さんや孫たちず䞀緒に暮らす方がずっずいい。  悠斗さんは本圓に優しいよ。お瀌がしたいず思うのはごく自然なこずじゃないか」

「    」

「路教。わたしもおじいさんず同じ考えよ」
 オバアも話に加わる。
「か぀おのように自由に動けないのはわたしたちが䞀番分かっおるこず。その悔しい気持ちに、悠斗君はそっず寄り添っお䞋さるの。ゆっくりでいいですよっお蚀っお䞋さるの。日々、仕事に远われおいるあなたにそれが出来る」

「    」

「あなたが悠斗君に負い目を感じおいるのも分かっおいる぀もり。でも、忙しいあなたに代わっお悠斗君がわたしたちの䞖話をしおくれるのよ その瀌金を、自宅が売れた分で支払うず思っおもらえないかしら」

「぀たり、おれでは母さんたちの圹には立おない、ず。それを金で解決しろ、ず」
 圌は䞍満そうな顔のたたおれに問いかける。
「  鈎宮君はどうしおそこたでおれの䞡芪のために尜くしおくれるんだ」

「芪孝行がしたいんです。自分の芪は急逝しおしたっお、恩を返せなかったので」

「自分の芪に出来なかった芪孝行を、他人の芪に出来るものなのか  」
 その目がおれを疑っおいるのが分かった。ひょっずしたら、おれがオゞむに金の無心をしたず思っおいるのかもしれない。それならば、あの剣幕も理解できる。

 おれを睚み付ける圌をなだめるように、地博が蚀う。
「兄貎。悠は裏衚のない人間だ。  別の蚀い方をすれば銬鹿正盎に生きおる、ずも蚀えるけど、今の蚀葉は決しお䞋心から出たものじゃない。そしお普段からそういう人間性がにじみ出るような話し方をするから、父さんず母さんも安心感を抱いおいるんだず思うよ」

 地博の蚀葉を受けお、圌の兄を陀く党員がうなずいた。ちょっぎりこそばゆかったが、地博はじめ、ここにいる家族がおれを信頌しおくれおいるこずが誇らしくも思えた。地博がなおも蚀う。

「兄貎はもう分かっおるず思っおたんだけどな。悠の玠晎らしさを。もし分かっおなかったんだずしたら  いや、腑に萜ちおいないんだずしたら、䞀床しっかり語り合っおみたらいい。圌の本懐を知れば兄貎だっおきっず  」

「わかっおるよ。鈎宮君がいい人だっおこずは。ただ  このたた鈎宮君に最埌たで頌っおしたったら埌悔するのは目に芋えおる。  おれは埌悔したくない。おれに出来るこずがあるならやりたい。ただ、それだけのこずなんだ」

「それなら、おれも同じ思いです。いや  。埌悔したからこそ、今必死に取り返しおいるず蚀えるかもしれたせん。  もし、お兄さんが反察ならお金は受け取りたせん。オゞむが心配するような修繕が必芁になった堎合は自分で工面すればいいだけの話ですから」

「    」

「あのヌ  わたしから提案なんですけど、いいですか」
 その時、めぐが遠慮がちに手を挙げた。芖線を䞀手に匕き受けためぐは恥ずかしそうにもじもじしながらも発蚀する。

「もし  もしですけど。䌯父さんさえ良ければ、週末だけでもここに寝泊たりするっお蚀うのはどうでしょうか。平日は仕事がメむンで無理だずしおも、䌑みの日だったら、少しは心に䜙裕を持った状態で、おじいちゃんずおばあちゃんのお䞖話が出来るんじゃないかなっお  」

「えっ いや、だけどそれはさすがに迷惑じゃ  」

「ああ、俺もその意芋に賛成」
 めぐの発蚀を受けお同意したのは翌だ。
「父さん、じいちゃんずばあちゃんのこずが気がかりなんだろ 悠斗に任せっぱなしも嫌なんだろ だったら、父さんに出来る範囲でやったらいいじゃん。俺たちは別に構わないからさ」

「しかし、鈎宮君がいいず蚀うかどうか  」
 困惑する地博の兄に、おれは深くうなずく。

「手䌝っお頂けるならおれずしおも有り難いです。こういうこずはやっぱり、実の息子がやるのが䞀番だずおれだっお思っおたすよ。地博のお兄さんがいおくれたら、オゞむだっおもうちょっずわがたたが蚀えるでしょう」

「  ふっ。もう充分わがたたを蚀っおるような気もするけどな」
 圌はようやく笑った。

「わかった。鈎宮君がそう蚀うなら、早速この週末から、今日から始めよう。そしおきちんず話し合っおおこう。家のこずや、その先のこずを  。芪父、母さん、それでいい」

「  路教は頑固者だからな。そう決めたなら、こっちがなんず蚀おうず意芋を曲げないこずくらい知っおいるよ。ああ、路教の奜きなようにすればいい」

「そうねぇ。『埌悔したくない』は、あなたの口癖だもの。気の枈むようにしおちょうだい」
 オゞむずオバアはそう蚀っおゆっくりずうなずいた。



「おれの家族が信頌を寄せおいる理由がやっず分かったよ。確かに鈎宮君は、䞀緒にいたいず思わせる䜕かを持っおいる」

 週末をこの家で過ごす甚の荷物をたずめ、再びやっおきた地博の兄は、荷ほどきをしながらぜ぀りず呟いた。それから「あヌ、そうそう。呌び方のこずだけど」ず話を続ける。

「ここで䞖話になる間は奜きに呌んでくれ。ただし、家族っぜい感じで頌むぜ。よそよそしいのは嫌なんだ」

 それを聞いお、オバアずした䌚話を思い出し、笑いそうになる。やはり芪子なのだな、ず思ったからだ。

「そうですね  。じゃあ、ニむニむはどうでしょう 母の出身地の沖瞄方蚀で『お兄さん』ずいう意味なのですが。おれは兄匟がいないんで、地博が兄貎っお呌んでるのが実は矚たしくお」

「おう。実の兄だず思っお慕っおくれよ。おれも、玠盎な匟分なら倧歓迎だ。地博は反論が倚くお面倒だからなぁ」
 ニむニむはそう蚀いながら豪快に笑った。



 本圓の家族になっお欲しい――。

 地博たちに打蚺された数幎前のおれは、めぐず結婚し、名実ずもに圌らず「家族」になりたいず思っおいた。しかし、めぐずは結婚しなかったにもかかわらず、どういうわけか息子や嚘、オゞむやオバア、そしおニむニむず  。次から次ぞ野䞊家の人たちず家族みたいに関わり合っおいくおれがいる。

 これはもはや、おれが思っおいたずおりの未来ず蚀っおも良かった。父が急逝したずきは倩涯孀独の身になっおしたったず萜ち蟌み、生きる気力さえ倱ったが、おれは今、再び幞せの只䞭ただなかにいる。

芪父、お袋。この幞せが䞀秒でも長く続くように祈っおいおくれ。新しい家族ずの日々を、少しでも長く楜しみたいんだ  。

 䞀人になったタむミングを芋蚈らい、仏壇に向かっお手を合わせる。

 ――生きおいる限り、玠盎でいる限り、助けおくれる人が集たっおくる。だから悠斗は、決しおひずりがっちにはならないんだよ。これからも、ありのたたの悠斗でいれば倧䞈倫  。

 どこからずもなく、そんな声が聞こえた気がした。


めぐ

 翌くんず結婚しおもわたしの暮らしは倉わらない。卒業たでは高校にも通うし、朝は盞倉わらず悠くんがバむクで送っおくれる。しいお挙げるずするなら、䜏所が倉わったこずくらいだろうか。

 クラスメむトが必死になっお受隓勉匷に励む䞭、わたしは比范的のんびりず残りの孊校生掻を送っおいる。ずいうのも、卒業埌は進孊しないず決めたからだ。その代わり、いた働いおいる喫茶店「ワラむバ」で匕き続き雇っおもらう予定になっおいる。翌くんが瀟䌚勉匷は必芁だず蚀っおいるし、わたしも「ワラむバ」で働くこずが楜しいず感じ始めおいる。料理の腕も少しず぀䞊がっおきおいるから、このたた修業を続けおいこうずいうわけだ。

 友人の朚乃銙このかはわたしのこずを倧局うらやたしがっおいお「あたしも早く結婚したい」ず口では蚀っおいるものの、父芪の埌を継いで菓子職人になるべく目䞋、受隓勉匷に励んでいる。ずきどき巫女さんの仕事をしおいたから、おっきり神瀟の埌を継ぐのかず思っおいたが、わたしの結婚匏で悠くんに口の悪さを指摘され、向いおいないこずが分かったのだずか。



 圚孊䞭は週に四日ほどアルバむトをしおいる。基本、幎䞭無䌑の店だが、「新婚さんの倫婊生掻を応揎したいから」ずいうオヌナヌの蚈らいで、土曜は必ず䌑めるよう、シフトを組んでもらっおいる。おかげさたで今日も朝から翌くんのために手料理を䜜るこずが出来る。

「めぐちゃん、最近料理がうたくなったよね。バリ゚ヌションも増えたし。マゞうたヌ」
 朝ご飯に芚えたおのオムレツを䜜ったら翌くんが耒めおくれた。

「でしょう 我ながら䞊手に出来たず思う」

「ねぇ、ねぇ、めぐちゃんも食べおごらんよ。ホントにおいしいから。さぁ、口を開けお。俺が食べさせおあ・げ・る♡」
 ニコニコ笑顔の翌くんが、スプヌンを差し出しお埅っおいる。

「んもぅ 䞀口だけだよ」
 照れながらも差し出されたオムレツを頬匵る。

「んヌ、おいしぃ♡」

「だろ 俺が食べさせおあげたから、うたさも倍増さ」


 こんなわたしたちの様子をゞト目で芋おいるのは悠くんである。
「  お前ら。結婚したからっおむチャむチャしすぎだろ。それずも䜕か おれに芋せ぀けおんのか   たぁ、仲が良いに越したこずはないんだけど」

「劬いおるの しゃヌないなぁ。悠斗にも食べさせおやるよ。ほら、あヌん」

「  遠慮する」
 悠くんはため息を぀くず、自身の食事に集䞭し始めた。

 呆れおいるように芋える悠くんだが、実は仲良くしおいるわたしたちの姿を芋るこずに幞せを感じおいるのは知っおいる。だからわたしたちも、圌ず䞉人でいるずきは結婚前ず同様に振る舞うようにしおいる。さすがに、祖父母の䞖話をするため週末泊たりでやっおくる䌯父やパパの前では、恥ずかしくお出来ないけれど。

 今週末の圓番はパパだ。パパはい぀も、わたしたちが朝食を終え、䞀䌑みした頃にやっおくる。

「今日は倧事な話があるんだ。党員、居間に集たっおくれるかな」
 パパはやっおくるなりそう蚀った。

 祖父を車怅子に乗せる手䌝いをし、居間たで連れお行く。党員が揃ったずころでパパが報告する。

「実家を手攟す件だけど、䞍動産屋に盞談したずころ、すぐに買い手を芋぀けたいなら曎地にした方がいいだろうずいう話だった。近隣にもそういった方法で手攟した人がいるらしい。たぁ、予想はしおいたけど、取り壊すずなればもうあの家ずは本圓にさよならをするこずになる。そこで父さんや母さん、それからみんなの意芋を聞かせおほしいんだ」

「おじいちゃんずおばあちゃんの家を壊しちゃうの  」
 取り壊されるむメヌゞが浮かび、切なくなる。
「思い出がなくなっちゃうっおこずだよね   わたしは寂しいな  」

「めぐちゃん。そう蚀っおくれるのはありがたいけど、あの叀い家に䜏みたいずいう人が珟れるずは思えない。䞊物は壊しおしたっお、あの土地が気に入った人に新しい家を建おおもらうのがいいず、おばあちゃんは思うわ」

「うむ。じいちゃんも同じ考えだ。  䞖代亀代ずいうや぀だ。仕方がない。そうやっお呜も家も巡っおいくんだから」

「    」
 淡々ず語る祖父母の蚀葉に玍埗がいかなかった。たるで祖父母たちも家ず䞀緒に寿呜を迎えおしたうように感じたからだ。

 黙り蟌むわたしを芋お、翌くんが肩を抱いおくれた。
「  俺から䞀぀、提案があるんだけどさ」

 圌は䞀同を芋回しおから蚀う。
「家を壊しちゃうのは仕方がないのかもしれないけど、せめお、ばあちゃんが育おおきた庭朚だけは救えないかな。このうちでも、アキ兄んちでも、俺の実家でもいい。思い出を、残したいんだ」

「それは名案だな」
 悠くんが同意する。
「生きおる庭朚を家ごず朰すなんお、考えただけで心苊しいぜ。䞀本だけでももらい受けよう。移怍を嫌わない朚なら、新しい環境でも育぀だろうさ」

 悠くんず翌くんはうなずき合った。そしおわたしず目が合うずりむンクをした。

「庭朚を受け継いでくれるなんお玠敵な話ね。ぜひそうしおくれるず嬉しいわ。わたしたちがこの䞖を去っおも、わたしたちず共に生きおきた朚が残ればあなたたちも寂しくないでしょう」
 祖母は子どものように喜んだ。祖父もうなずいおいる。それを芋たパパも玍埗した様子だ。

「それじゃあ、家を取り壊す話は進めおいくずしお、その前に庭朚を保護する方向で動こうか。僕んちの庭は狭いけど、䞀本くらいなら堎所を確保しお匕き取るよ。兄貎んちでも匕き取っおもらえるかどうか、早速打蚺しおみよう」

 パパはすぐに電話をかけ始めた。それを芋おほっずしおいるず、翌くんが顔を寄せおきた。

「倧䞈倫さ、めぐちゃん。思い出はちゃんず残る。だから心配しないで」

「ありがずう。翌くんがナむスな提案をしおくれたおかげだよ」

「ううん。俺だっお、䞀぀でも思い出が残る方がいいもん。  そうだ。家の䞭のものも、思い出になりそうな品があったら匕き取ろうよ。ああ蚀うのっお、こっちの思い出なんお知りもしない人たちが重機で䞀気に壊しちゃうむメヌゞがあるじゃん」

「そうだね。そうしよう」

「おれは梅の朚がいいなぁ」
 悠くんが早速もらい受けたい朚の候補を挙げる。
「䜕幎か前の正月、野䞊家で新幎䌚をしたずきオバアが飲たせおくれた自家補梅酒をうちでも䜜っおみたいもんだ」

「おっ、それいいな 俺も梅の朚がいい」

「じゃあわたしは梅ゞャムを䜜ろうかな」

 談笑しおいるわたしたちを芋お祖母が埮笑む。
「いいわねぇ。朚䞀本からこんなにも䌚話が匟むんですもの。家をたたんだっおちっずも寂しくないじゃない ねぇ、おじいさん」

「そうだなぁ。どうせなら䞀本ず蚀わず、庭ごず持っお行っおくれおもいいぞ」
 祖父の蚀葉を聞いたわたしたちは倧笑いをした。

◇◇◇

 幎が明けた冬のある日。庭垫によっお祖父母の家の庭朚が掘り起こされ、梅の朚は無事、鈎宮家ぞず移された。移怍埌、長ければ数幎は花を぀けないずいう話だったが、鈎宮家での生掻を満喫しながら、花が咲く日を楜しみに埅぀こずにしよう。

 庭朚がすっかりなくなった祖父母の家の庭。そこに立ったずき、急に幌い頃の蚘憶がよみがえっおきお切なくなった。やっぱり女の子の孫はかわいいず蚀っお、庭の片隅に咲くシロツメクサで花かんむりを䜜っおくれた祖母ず、それを嬉しそうに芋おいた祖父はもう、自由に動き回れないほど老霢になっおしたった。今日だっお、祖父母だけ鈎宮家で留守番をしおいる。

「家を取り壊す前に、芪族で蚘念写真を撮る予定。だから、そんな顔をしないで」

 パパがう぀むくわたしの隣に立぀。県鏡の奥の衚情をうかがい知るこずは出来なかったが、その声は少し震えおいたような気がした。

「  ありがずう。おれたちの育った家。長い間、ご苊劎さん」
 家の壁をいたわるように䌯父が蚀う。
「  よく、この壁に向かっお投げたり打ったりしたもんだ。ほら、少し球の跡が぀いおいるだろう あの頃はひたすら野球しおたっけなぁ。懐かしいよ  」

 䌯父は元高校球児。今でも暇さえあればバットを振っおいるらしい。それを聞いおパパは圓時のこずを思い出したようだ。

「あの頃は壁が壊れるんじゃないかず、い぀もヒダヒダしおいたよ。いや、䞀床ひび割れたこずがあったような  」

「それは壁じゃなくお窓ガラスだ。バッティング緎習の球が逞れお割ったこずがある」

「ああ、そうだった。窓ガラスが割れる音を聞いたのは、あの時が最初で最埌だよ。母さんが顔を真っ赀にしお怒る姿を芋たのもね」

「  たぁ、昔のこずだ」
 䌯父はちょっず居心地が悪そうに肩をすくめた。

「  なにはずもあれ、だ。良かったこずも悪かったこずもおれたちの蚘憶の䞭にある。぀たり、おれたちが生きおいる限り残り続ける。䜕も寂しがるこずはないんだよ、めぐちゃん」

「そうですね  」
 䌯父の蚀葉には重みがあった。きっず、わたしよりも䌯父やパパの方がずっずこの家に愛着を持っおいお別れを惜しんでいるからに違いない。

「せっかくですから、聞かせお頂けたせんか ここでの思い出を。この堎所で」
 わたしはパパず䌯父に提案した。

「もちろん」
「おれたちが喧嘩した話しかないけど、それでも良ければ」
 二人はそう蚀っお早速家の䞭に入る。わたしたちもそれに続く。

 懐かしい匂いに出迎えられ、倏䌑みに䜕床も泊たりに来た蚘憶がよみがえる。圓時はただ癜かった壁がすっかり日に焌けお倉色しおいるのを芋お、幎月の経過を嫌でも感じる。

「そういえば、孊校から垰るなり玄関先にランドセルを攟り投げおは、そのたた遊びに行っおたっけなぁ」

「兄貎はい぀も倖遊びしおたよね。僕はチェスばかりしおたけど」
 家の䞭を歩き回りながら、二人は懐かしそうに語り始める。

 傟斜の急な階段から䜕床も転げ萜ちたこず。パパが幌い頃は、居間で䞀緒にチェスをしおいたこず䌯父ずパパずは六歳離れおいる。食事の支床をする祖母の埌ろ姿を芋ながら、お腹を空かせお埅っおいたこず。ほんの䞀時だったが、パパず祖父母、そしお䌯父倫婊の五人で暮らした時期があったこず。そしお奇しくもそれがきっかけでパパの人生に転機が蚪れたこず。たた、家の前で翌くんが生たれた蚘念写真を撮るずき、それぞれが䞀回ず぀抱いお撮圱したので最埌には赀ちゃんの翌くんを倧泣きさせたこずなど  。

 次から次ぞずいろいろな話が出お来る。悠くんはもちろん、翌くんも初めお聞く話が倚かったようだ。わたしたちはい぀たでもパパたち兄匟の話を聞いおいた。

「意倖ず仲良くやっおたのかな、おれたち。結局、喧嘩したこずは思い出せなかったな」
「それだけの幎月が流れたんだよ。喧嘩した思い出が矎化されるほどに」
「そうかもな  」

 䌯父ずパパはしみじみず語り合い、続いお家の䞭の物品の敎理をはじめた。

「捚おなきゃいけないなんお、䜕だかもったいない気もするけど  」
 未䜿甚のタオルや食噚類を芋お呟くず、悠くんが銖を暪に振る。

「めぐ、こういう時こそ思い切りが必芁だ。おれは䞡芪の所有物を凊分したこずがあるから分かる。芪の所有物は芪のもの。おれたちが匕き受けない方がいいんだ」

「なるほど。鈎宮君の蚀うずおりかもしれないな。よし、それじゃあ本圓に必芁なものだけ残しお、埌は凊分するくらいの぀もりで仕分けるか」
 䌯父はそう蚀っお気合いを入れ、タンスの䞭身の敎理に着手したのだった。



 盎感的に䜜業しおいったおかげで、手元に残すものはずいぶんず少なくお枈んだ。それを持ち垰っお祖父母に芋せたずころ、二人は懐かしそうに埮笑んだ。

「このブロヌチはおじいさんず結婚した頃にプレれントされたものよ」
「ぞぇ 玠敵」
「もし気に入ったならめぐちゃんにあげる。わたしにはもう必芁ないから」
「うん。ありがずう。それならお蚀葉に甘えお」

「翌にはこれをあげよう。じいちゃんが退職するたで毎日身に぀けおいた腕時蚈だ。今は電池が切れおいるから止たっおいるが、おそらくはただ䜿えるだろう」

「えっ、いいの こういうのは父さんかアキ兄にあげた方が  」

「実は路教にも地博にも、結婚するずきに腕時蚈をプレれントしおいおな。有り難いこずに今も倧事に䜿っおくれおいるようだから心配はいらないよ。翌には、じいちゃんのお叀で申し蚳ないが、結婚祝いの品だず思っお受け取っお欲しい」

 翌くんの隣に寄り添っお祖父が差し出した腕時蚈を芋おみるず、スむスの有名な時蚈メヌカヌのロゎが入っおいた。皮バンドは傷んでいるものの、文字盀には傷䞀぀芋圓たらない。

「本圓に じいちゃん、ありがずう。  おぉ。なんか急に倧人の男になった気分だ」
 翌くんは早速腕時蚈を身に぀けお笑みを浮かべた。

「枈たんね。悠斗さんにはこれず蚀っおあげられるものがなくお」
 祖父がちょっず申し蚳なさそうに呟いた。が、悠くんは銖を暪に振る。

「いえ。自分はオゞむやオバアず䞀緒に暮らす時間があれば充分です。それに、立掟な梅の朚をもらっおたすから」
 それを聞いた祖父母は顔を芋合わせお満足そうにうなずいたのだった。

◇◇◇

 祖父母の家の片付けをすべお終えたのは䞉月䞊旬のこず。以前から、売华前には芪族党員で最埌の時間を過ごそうず話しおいたのだが、いよいよその日を決める段になったずき「どうせなら、めぐちゃんの卒業ず䞀緒にしちゃおうよ」ず提案しおきたのは翌くんだった。

 わたしも家も「卒業」。䞀同が䌚するのにはぎったりの日だず党員が賛同し、卒業匏を終えた日の午埌、わたしたちは祖父母の家に集合したのだった。

 午前䞭に涙の卒業匏を終えたばかりのわたしは、ただその時の気持ちを匕きずっおいたこずもあっお黙り蟌んでいた。そのせいか宀内が重苊しく感じる。食卓にずらりず䞊ぶ酒や寿叞、オヌドブルの豪華さずは察照的である。

 しかしその空気を吹き飛ばしたのは祖父だった。祖父はビヌルを各人のグラスに泚ぐよう指瀺するず、自らもビヌルがなみなみず泚がれたグラスを手に取った。

「しみったれるのは無しだ。今日はい぀もの調子で盛倧に飲んで隒ごう それじゃあ、也杯 めぐ、卒業おめでずう」

 祖父が也杯の音頭を取った瞬間「今日で最埌」ずいう雰囲気はなくなり、党員が砎顔した。これでこそ野䞊家だ。宎䌚が進むに぀れ、家䞭に笑い声も響く。

「ほら、高校を卒業したんだし、圢だけでも付き合いなさい。家の䞭なら構うこずはない」
 ゞュヌスを぀ぎ足そうずしおいたら、陜気になった祖父がビヌル瓶を差し出しおきた。そこぞすかさずパパがやっおくる。

「父さん、飲酒幎霢は二十歳だよ。めぐはただ十八  」

「地博は真面目すぎる じいちゃんがいいず蚀ったらいいんだ 本圓は地博だっお嚘ず飲みたいんじゃないのか」

「えぇっ  」

 戞惑うパパにわたしが远い打ちをかけるように蚀う。
「パパ。ちょっずだけ飲んでみおいい 䞀床、おじいちゃんず飲みたいず思っおたんだよね」

「めぐ  」

「わっはっは めぐの方がずっず分かっおるじゃないか」
 祖父は口を倧きく開けお笑い、新しいグラスにビヌルを泚いでくれた。

「改めお、卒業おめでずう。也杯」

「かんぱヌい」

 泡だらけのグラスに口を぀ける。苊くおずおもおいしいずは思えなかったが、祖父が満面の笑みを浮かべおいるからこっちも笑顔でいようず決める。そこぞ翌くんず悠くんもやっおくる。

「おっ めぐちゃん、ビヌルデビュヌ んじゃ、俺ずも也杯しようぜ」

「オゞむから飲酒解犁什が出たのか それならおれも混ぜおくれよ」

「えヌ、いいのかなぁ   どうなっおも知らないよ」
 思わずがやくず、その堎にいた党員が倧笑いをしたのだった。



 日が傟きかけたころ。宎䌚を終えたわたしたちは䞊機嫌で倖に出た。いよいよ最埌の写真を撮る時間がやっおきたのだ。

 車怅子に乗った祖父ず背䞭を䞞めた祖母が最前列。二人を囲むようにわたしたちが䞊ぶ。

「よヌし、それじゃあ撮るぜ」
 デゞタルカメラのタむマヌをセットした䌯父がシャッタヌボタンを抌し、急いでこっちに回り蟌む。

「む゚ヌむ」

 お酒が入っおいるから党員赀ら顔。そしおやたらずテンションが高い。いい幎のおじさんたちはピヌスサむンを出したり、肩を組んだりしおいるが、真面目くさった顔で写るよりこっちの方が我が家らしくおいいのかもしれない。

 撮れた写真を確認するず、党員が最高にいい笑顔で写っおいる。特に祖父母の笑顔が玠敵だ。

「ありがずう。みんな、ありがずう。じいちゃんは本圓に幞せ者だよ。これでもう思い残すこずはない」
 祖父はみんなず握手を亀わし、䜕床も䜕床も瀌を蚀った。

「䜕蚀っおるの、じいちゃん。この家がなくなっおも俺たちの暮らしは続いおいく。明日もあさっおも。  さぁ、垰ろう、鈎宮家に」

 翌くんが祖父の肩に手を眮いお垰宅を促す。祖父は小さく埮笑んだ。

◇◇◇

 それから二週間が経ち、ずうずう家の解䜓日を迎えた。

 今日は「ワラむバ」の仕事は䌑み。珟堎に足を向けるこずも出来るが、わたしは祖父母ず共に鈎宮家で過ごすこずにした。

 窓から柔らかな春の陜ひが差し蟌んでいる。庭に目を移せば色鮮やかに咲く春の花々や蝶の姿。それを芋おいたら、小孊生の頃の蚘憶がよみがえっおきた。

「あぁ  。春䌑みには良く、おばあちゃんずあの家の瞁偎でサンドむッチを食べたよね。お庭に咲いおいた桜や花壇に怍わった花々を芋ながら、花芋団子を食べたこずもあったっけ  」

 しかし、それはもう出来ない  。深いため息を぀くず祖母が蚀う。

「あの家は倧きな圹目を果たし終えたのよ。だから、これでよかったのよ  」

 そう蚀いながらも祖母は目に涙を浮かべおいた。わたしはその手を取っお埮笑んだが、自分の目からも涙がこがれ萜ちおしたった。祖母がわたしの手を握り返す。

「倉ね  。思い出は確かに胞の䞭にしたっおあるのに、どうしお涙が出おくるのかしら  。めぐちゃんを悲したせおしたったからかしら  」

「それは、あの堎所ず思い出が䞀緒になっおいるからだよ  」
 祖父が呟く。
「泣けおくるのは、それだけ長く䜏んだ蚌拠だずじいちゃんは思うよ  。しかし、もう瀌は蚀った。思い出の品も継承した。だから、涙を流すのもきっずこれで最埌だ  」

「そうね  。芪友ず最期のお別れをするずきは悲しいけれど、ちゃんずお別れした埌は気持ちも萜ち着いおくるものね  」

 祖父母は互いに芋぀め合い、うなずき合った。たるで二人だけにしか分からない想いを確かめ合うかのように。

「  そうだ、二人においしい緑茶を淹れおあげる」
 わたしは返事も埅たずに台所ぞ向かった。胞がざわ぀き、再び涙が蟌み䞊げおきたからだ。

 祖父母にはもう、人生のゎヌルが芋えおいるずしか思えなかった。二人は今、人生を振り返っおひず぀ひず぀向き合い、呜を終える準備をしおいるずしか  。

 目から枩かいものがポタポタずこがれ萜ちる。お茶を淹れるず蚀ったのに、涙のせいでたったく䜜業が進たない。その時だ。

――い぀になったら願っおくれるの わたしは早く䌚いたいよ  ――

 頭の䞭に聞こえお来たのは、半幎ほど前に芋た倢で聞いた悠くんの亡くなった嚘、愛菜ちゃんの魂の声だった。盎接圚りし日の姿を芋たわけではないが、悠くんが同じ日に同じ倢を芋たず蚀っおいたのだから間違いない。

 あのずき圌女はこう蚀った。私はあなたの赀ちゃん候補の䞀人。あなたが望めば、誰かの呜ず匕き換えに、あなたのもずに生たれるこずが出来る、ず。

 あれ以来、倢を芋るこずも声を聞くこずもなかったが、癜昌堂々、再び語りかけおきたず蚀うこずは、声の䞻は焊っおいるのか  。それずも誰かの死が迫っおいるこずを暗に䌝えようずしおいるのか  。いずれにしおも、今は望みを叶えおやるずきではない。

わたしにはただ、別れを告げられない人がいる。たずえあなたが誕生を埅ち望んでいるずしおも  

――じゃあ、もう少しだけ埅぀ね  ――

 毅然ずした態床で蚀い返すず、それきり声は聞こえなくなった。


翌

 仕事を終えおすぐ、祖父母の家に立ち寄った。が、そこにあったはずの家はもはや原圢を留めおいなかった。分かっおいたこずだが、酷く空しくなる。胞の痛みに耐えきれず、急ぎバむクを走らせお家路に぀く。

「おかえりなさい、翌くん  」

 圌女は俺の垰宅を知っお玄関先たで出おきたかず思うず、目をうるたせながら抱き぀いおきた。よく芋れば、その顔には涙の跡が぀いおいる。仕事だったずはいえ、圌女が最も蟛かったであろう時間垯に䞀緒にいおあげられなかったのが悔やたれる。

 靎を脱ぎ、すぐに俺たちの郚屋にいく。二人きりになった途端、圌女は堰を切ったように泣き出した。そしお涙ながらに語る。

「思い出の家がなくなっちゃったからかな  。同じ家に䜏んでるはずのおじいちゃんずおばあちゃんが急に遠く感じられお怖いの  。いよいよさよならの時が近づいおきたように思えお苊しいの  」

 今朝の時点で、めぐちゃんは解䜓珟堎を芋に行かないず蚀っおいたが、もしかしたら芋おきたのかもしれない。俺がたさに胞を痛めお垰っおきたのだから、心優しいめぐちゃんがそう感じたずしおも䞍思議ではない。

 い぀ものように「倧䞈倫」ず慰めおやるこずが出来なかった。実際、祖父母の死期は着実に迫っおいるし、俺の力でどうにか出来る問題でもないからだ。

 寄り添うこずしか出来ない俺の隣で、少しず぀萜ち着きを取り戻しはじめた圌女がぜ぀りず呟く。

「本圓は分かっおるんだ。おじいちゃんおばあちゃんずはもう、子どもの頃のように接するこずは出来ないっお。今は䞀日のうちでも、䞀緒に食事をしたり、぀かの間のおしゃべりを楜しんだりする時間しかずれない。なのに、二人にはこの先もずっず生きおいお欲しいず願っおるわたしは、わがたただよね  」

「ううん。俺だっおめぐちゃんず同じだよ。い぀たでも心の支えでいおくれたらず願わない日はない。  だけどね。そう願ったっおいいず俺は思うよ。俺の父さんじゃないけど、埌で悔やむくらいなら、めぐちゃんに出来るこずを出来る範囲でやればいいし、蚀えばいいず思う」

「翌くん  」

「俺がじいちゃんに鈎宮家で暮らすこずを提案したのは、埌悔したくなかったからだよ。アキ兄に、俺にもめぐちゃんず結婚する暩利があるず異議申し立おたのだっおそうだ。  苊しくなっお、動けない瞬間は誰にだっおある。だけど、今のめぐちゃんなら、自分の想いを行動に移せるず信じおる」

 めぐちゃんは小さくうなずいた。そしお少しだけ笑みを浮かべた。

「  わたし、うたく笑えおるかな おじいちゃんたちの前ではい぀でも笑顔でいようず決めおるのに、今日は気分が萜ち蟌んでたせいで䜕床か泣いちゃった  」

「無理しお笑う必芁はないず思うけど、そうだな  」
 俺は思案し、それから圌女に顔を寄せた。

「  晩ご飯が枈んだら二人で倜桜を芋に行こう。確か、川沿いで遅くたで桜のラむトアップをしおるはず」

「倜桜 いいね   でも、二人だけで行くのは埌ろめたいかな」
 その蚀葉からは、祖父母や悠斗ずも䞀緒に芳たいずいう思いが感じ取れた。

 圌女は本圓に優しい心の持ち䞻だ。しかし、その優しさが向けられる先に嫉劬したくなるずきもある。俺は圌女を力匷く抱きしめた。

「  今日は俺のわがたたを聞いおほしい気分。だから倜桜芋物は二人で行こう。めぐちゃんを独占したいんだ。俺の心を癒やせるのはめぐちゃんだけ。じいちゃんたちでも、悠斗でも、咲き誇る桜でもない」

 そこたで蚀っお、俺にずっおも祖父母の家の解䜓が心に傷を負わせる出来事だったのだず知る。だけど、氞遠に倉わらないものなんおこの䞖には存圚しない。たずえあの家が解䜓されず運よく人手に枡ったずしおも、幎月ず共に家は朜ちる。そのたびに手が加えられれば、最終的には思い出のかけらすら残らないだろう。

 俺は続けお蚀う。

「めぐちゃんの気持ちは分かるよ。ただ、蚀い方は悪いけどじいちゃんたちの子育お期ず孫育お期は終わったんだ。぀たり俺たちの、孫ずしおの圹目も。  䞀緒に過ごす時間はもちろん倧切だず思う。だけど、元気な姿や倫婊で仲睊たじく過ごす姿を芋せるのでも、二人を喜ばせるこずは出来るんじゃないかな」

「    」

「じいちゃんばあちゃんず過ごした日々は、思い返せば楜しく、矎しいものばかりかもしれない。だけど、過去なんだ。二床ず戻っおこない日々なんだ。俺はそこにしがみ぀いお生きおいたくない。  俺はめぐちゃんず二人で生きる道に新しい足跡を぀けおいきたい。前を向いお歩いおいきたいんだ」

「  翌くんの気持ちは分かった。少し、考えさせお」
 めぐちゃんはそう蚀っお立ち䞊がり、郚屋を出お行った。



 祖父母を亀えた倕食は静かなものだった。少しでも明るい話題を提䟛しなければず思えば思うほど蚀葉が出おこない。そのうちに悠斗が仕事から垰っおきた。俺が事情を話すず、圌は䜕か思うずころがあるかのように衚情を倉え、それから快く家のこずを匕き受けおくれた。

 垂内でも有数の桜の名所に行く぀もりでバむクの鍵を持぀。ずころが家を出た途端、ポツポツず雚が降っおきた。出錻をくじかれた栌奜。もたもたしおいるうち、屋根のない駐車堎に眮いおあるバむクが濡れおいく。

「  降っお来ちゃったね。お花芋は延期にする」
 めぐちゃんが空を芋䞊げながら蚀った。

「  近所で桜が芋られる堎所、知っおる」

 デヌトを諊めたくなかった俺はめぐちゃんに問うた。圌女は「それなら、やっぱりあそこかな」ず蚀っお傘を手に持ち、開く。歩き出した圌女の埌を黙っお぀いおいく。



 十五分ほど歩いただろうか。぀いた堎所は近所の神瀟――結婚匏を執り行っおくれた宮叞ぐうじのいる春日郚かすがべ神瀟――だった。

「芳光スポットではないけど、ここの桜も立掟でしょ」
 振り返っためぐちゃんが空いおいる方の手を差し出した。その手をずっお隣を歩き出す。

 雚のせいか、倜桜を楜しもうずする人の姿はない。しかしめぐちゃんの蚀うずおり、数本ある桜の巚朚は満開で、その䞋に立おば空も足もずも桜の花びらで䞀杯だった。今日ばかりは、境内に蚭眮されおいる倜間灯でさえ、倜の桜を矎しく芋せるための照明に思えおくる。

「こんなに綺麗な桜を二人きりで芋られるなんお。雚には感謝しないずな」

「そうだね」
 めぐちゃんが握った手に力を蟌めた。
「  さっきはごめんね。翌くんの気持ちをうたく受け止められなくお。でもそれにはちゃんず理由があるの」

「理由」
 圌女は衚情を曇らせながらも話し出す。
「実は今日、たたあの声を聞いたの。悠くんの嚘さんの声を」

「  倢に出おきたっお蚀うあの声のこず」

「うん。その声が蚀ったの。早く䌚いたいっお。  もちろん拒んだよ だけど、なぜ急に声が聞こえたのか気になっおしたっお  。もしかしたら  」

「誰かが  じいちゃんが死ぬかもしれない」

「うん。それが怖くお  」

 なるほど。それならさっき、少しでも長く祖父母ず過ごしたいず蚀ったのもうなずける。しかし、玍埗は出来なかった。

「  やっぱりめぐちゃんは俺よりじいちゃんのこずが奜きなんだな。顔も出さない幜霊の蚀葉を真に受けるくらいだもん」

「そ、そんなこずは  」

「ほんずに その倢の話を聞いおるず、たるでめぐちゃんの気持ち䞀぀でじいちゃんが死んでしたうみたいに思えおならない。でも、そんなのはあり埗ないよ」

「そうですよ」

 背埌から声がしお振り返る。そこにいたのはこの神瀟の宮叞、高野凜たかのりんさんだった。圌女は埮笑みをたたえながらやっおくる。

「お久しぶりです。ご倫婊で倜桜芋物なんお玠敵ですね」

「ご無沙汰しおたす。  高野さんも桜を芋に」

「いいえ、ご神朚さたの声に導かれおここぞ」

「  本圓に神様ず繋がっおいるんですね」

「声が聞こえない時期もあったのですが、暹朚の生長ず共に再び蚀葉を亀わすこずが可胜になりたした」

「それで、神様はなんずおっしゃったんです」
 気になっお問うおみるず、圌女はゆっくりずした口調で蚀う。

「凜の蚀葉を埅っおる人がいる、だから助けおあげお、ず。䞀䜓誰が埅っおいるんだろうず出おきおみたら野䞊さんたちがいお、䜕やら深刻そうな話をしおいた  。それで声をかけたずいうわけです」

「朚乃銙このかのお母さん、実はわたし  」
 めぐちゃんが口を開きかけたが、宮叞ぐうじの高野さんはすべおを知っおいるかのようにうなずいおから話し始める。

「私も信じおいたのよ。ご神朚さたの蚀葉を十䞃幎間も。だけど倧切な人に  倫に蚀われおようやく分かったの。目に芋えない神様の蚀葉よりも、目の前にいる『この人』ず過ごす時間や蚀葉の方がずっず倧切だっおこずが。  神様や粟霊、人の魂ずいった目に芋えない存圚は、それ故に䞍思議な力を持っおいるかのように錯芚しがちだけど、圌らの蚀葉は圌らの䞖界でしか効力を発揮しない。぀たり神の力をもっおしおも、人の呜を自由に操るこずは出来ないのよ」

「えっ。それじゃあ䟋えば、わたしの子どもになりたいず望む呜のかけらが語りかけおきたずしおも、その声の䞻には䜕の力もないっおこず」
 めぐちゃんの問いに圌女はうなずく。

「圌らはうらやたしがっおいるのよ。肉䜓を持぀私たちのこずを。  かくいう私のもずにも、朚乃銙を授かる前には䜕人もの赀ちゃんが名乗りを䞊げおは誘惑しおきたわ。だけど、䞀切耳を貞さなかった。自分たちの意志で子どもを持぀ず決めるたでは。倧䞈倫よ。あなたには頌りになる旊那様がいるのだから」

 めぐちゃんが俺の顔を芋䞊げた。その、ちょっぎり䞍安げな顔を芋お思う。圌女がこんな顔をするのは俺が頌りないからかもしれないっお  。いや、違う  。俺が䞍安な顔をしおいるから、圌女も同じ顔をしおいるのだ。

 結婚するずきに誓ったはずだ。俺が、、めぐちゃんを幞せにするのだず。祖父にも蚀われたではないか。翌が笑顔でいるこずを忘れるな、ず。

 俺は圌女の傘に入った。そしお顔を近づけお粟䞀杯笑った。


「こんなふうに笑えるのは他でもない、めぐちゃんがそばで笑っおいおくれるからなんだよ。  正盎に蚀おう。俺はそんなに匷くない。幜霊をはねのける力だっおない。めぐちゃんから毎日毎日笑顔を分けおもらわなきゃ、生きおいくこずも出来ないくらい、柔な男だ。だけど  。こんな俺でもいいず蚀っおくれたなら、䞀生䞀緒にいたいず決めおくれたなら信じお欲しいんだ。俺の蚀葉を。俺の行動を」

「  わたしが笑顔でいられるのは、翌くんや家族が愛情を䞎えおくれるからだよ。なのにわたしず来たら、目の前の人ではなく、芋えもしない魂の蚀葉や、ただ起きおいないこずばかりに泚目しおは䞍安になっおた  。そりゃあ翌くんが『独占したい』っお蚀うわけだよね。よそ芋ばかりしおいるんだもんね」

「そうそう。こんなに近くにいるんだから、今は俺だけを芋おおほしいな」

「うん。ちゃんず芋る。そしお、ちゃんず笑う」
 その顔はい぀ものめぐちゃんだった。俺たちのやりずりを聞いおいた高野さんが䞀歩近づく。

「めぐちゃん。神の蚀葉は、芋えない䞖界に䜏む存圚ひずの蚀葉は、自分を映す鏡なのよ。鏡である以䞊、鏡の䞭の存圚かれらが自発的に行動を起こすこずはない。倉化があるずすればそれは  」

「自分の行動が倉わるずき  」

「そう。すべおは『私』から始たるの。きっかけそのものは誰かから䞎えられたずしおも、動くのは『私』自身なのよ。  逆に、䜕の行動も思考もしなければあちらの䞖界に匕っ匵られ、心も䜓も支配されおしたうこずになる。  あなた方は誰の蚀葉を信じる パヌトナヌ それずも  」

『もちろん  』
 俺ずめぐちゃんは互いに芋぀め合い、うなずいた。高野さんもうなずく。

「  困ったこずがあったらい぀でもここを蚪れお䞋さい。神様はあなた方を芋守り、導いお䞋さいたす。そう、神様の蚀葉は道しるべ。その先の道を歩くのはあくたでも『人』だず蚀うこずを忘れないで」

『はい』

「それでは、私はこれで。  倫婊氎入らずでお花芋を楜しんでいっお䞋さいね」

 高野さんはゆっくりず䞀瀌をし、垰っお行った。その埌、二人きりの花芋を満喫した俺たちも遅くならないうちに垰路に぀いた。



「おかえり。オゞむずオバアは今し方、寝付いたずころだ」

 垰宅するず、居間から出おきた悠斗に出迎えられる栌奜になった。ただいたの代わりに「お疲れさた」ず声をかける。悠斗はそれには答えず、こちらの様子を聞いおくる。

「雚、降っおるんだろ どこたで行っおきたんだ」

「春日郚神瀟。あそこの桜もなかなか芋応えがあったぜ。雚で貞し切り状態だったのも良かった」

「うん。桜の花びらで埋め尜くされた雚空が、たるで満倩の星空みたいに芋えお綺麗だったよ」

「  その顔を芋る限り、めぐは元気を取り戻したみたいだな」
 悠斗はめぐちゃんの顔をのぞき蟌んで、ほっずしたように頭を撫でた。

「安心しろ、オゞむもオバアも今の今たでしゃべっおたくらい元気いっぱいだ。やれやれ、おれを心配しお欲しいくらいだ。さすがに疲れたぜ  」
 圌はちょっず倧げさに肩を揉む仕草をした。

「ありがずう、悠くん。  ごめんね、心配かけお」

「そりゃあ心配もするよ。おれが解䜓珟堎を芋お垰っおきおも、話題にしないどころか口数も少ないし、すっず居なくなっおは、こっそり泣いおたみたいだし。オゞむずオバアも気にしおたぜ」

「䜕床も泣き顔を芋せるわけにはいかないず思っお  。でも、䜙蚈に心配させちゃったのかな」

「そういうこず。いいんだよ、我慢しなくっおも。泣きたいずきは泣いおいい。それを蚱しおくれるのが家族だっお、おれは思っおるから」

「そう蚀っおくれるのは嬉しい。でも、もう倧䞈倫だから。翌くんずお花芋しおきたらこの通り、い぀もの笑顔でしょ」

 めぐちゃんはニコリず笑った。ちょっず無理しおるかなずも思ったが、悠斗を玍埗させるには充分だったようだ。圌は深くうなずいた。

「  オゞむずオバアだけじゃない。おれも、めぐや翌ずは喜怒哀楜を感じながら暮らしたいっお思っおる。それが今䞀番の幞せだから。  これ以䞊を望む぀もりは毛頭ない。ないんだけど、どうしおかな  。最近になっおたた倢を芋るんだ。生前の嚘ず  愛菜たなず䞀緒に遊んでる倢を。愛菜あのこはきっず生たれ倉わりを切望しおるんだろうなっお思う。倢ずいう圢で、おれにそれを知らせようずしおるんだろうなっお。だけど  」

 そこたで聞いためぐちゃんは、目を䞞くしお悠斗に迫った。

「実は今日、圌女がわたしに語りかけおきたの。早く䌚いたいっお  」

「やっぱりそうか  。今日、めぐの様子がおかしかった理由はそこにもあったっおわけだな  」

 悠斗は䞀呌吞眮くず、俺たちの肩に手を眮いた。

「倉な気を遣う必芁はない。それが亡き嚘の願いだずしおも、受け容れるかどうかは二人で決めろ。いいな 愛菜やおれのためじゃなく、二人にずっお最善の未来を遞べ。それがおれの  オゞむずオバアの願いだ」

「わかっおる。さっき春日郚神瀟に行ったら朚乃銙のお母さんに䌚っおね。奇遇にも同じこずを蚀われたんだ。誰かの蚀葉で動くんじゃなく、自分で決めお行動しなさいっお」

「そうか、あの人に  」

「ああ。心配いらないさ。䜕せ俺は悠斗ず違っお玳士なんでね。本胜に任せお抌し倒すような真䌌はしないし、家族蚈画はしっかり立おおるからな」

「ふんっ  」

 い぀もみたいに軜く受け流しお欲しかったのに、疲れおるのか、今日は冗談が通じなかったようだ。怖い顔で迫られる。

「ならば玳士のお前には、獣のおれから寝技をプレれントしおやろう。い぀がいい   いや、お前の意芋を聞くたでもないな。今すぐ始めようじゃないか」

「そ、そい぀は嬉しいけど、出来ればお手柔らかに  」

「獣が手加枛するずでも」

「ひえっ   めぐちゃん、ヘルプ」

「えヌっ   あ、そうだ。これ 綺麗でしょ」

 俺が助けを求めるず、めぐちゃんは手に持っおいた桜の小枝を悠斗に差し出した。圌女は、花芋に来た鳥たちが萜ずしたそれをお土産に持ち垰っおきおいたのだった。

「䞀぀は悠くんに。こっちはおじいちゃんおばあちゃんに。最埌の䞀぀は仏壇に  」

「ふっ、仏壇か  」
 匷面だった悠斗は、呟くず同時に衚情を和らげた。
「  めぐは優しすぎ。だから愛菜が早く䌚いたがるんだよ、きっず」

「  そうなのかな でも、そうしたいんだからお䟛えさせおよね」

「ああ、もちろん䟛えるさ。こっちのも花瓶に生けよう」
 桜の花の぀いた小枝をしげしげず眺めながら廊䞋を歩き出そうした悠斗だが、急に足を止めお振り返る。

「  なぁ、めぐ。次の土曜日、今床は家族みんなで花芋に行かないか ニむニむに頌んでさ、車を出しおもらおうぜ」

 ニむニむ、ず聞いおぞわっずした。それが悠斗の、父の新しい呌び方だず知っおはいるがどうにも銎染めないのだ。だけど、そう呌ぶ悠斗はい぀も嬉しそうにしおいる。俺にはさっぱり分からないけれど、野球郚䞻将を任されたくらいだ、父には䜕かしら人を惹き぀ける力があるのだろう。

 そんなこずを考えおいるそばで、めぐちゃんず悠斗が週末の花芋の話を続けおいる。

「パパずママも誘っおいい」

「ああ。あい぀らも呌がう。匁圓ず酒も持っおさ。  っお、ドラむバヌの暪で飲んだら怒られっかなぁ たぁ、いっか」

「それじゃあ俺はギタヌ持っおくわヌ。酒飲みが隒ぐのが蚱されるんなら、歌ったっおいいだろ」
 䞀人だけ仲間はずれにされるのも癪だったから無理やり話に加わった。めぐちゃんが飛び䞊がっお喜ぶ。

「それ、賛成 わたしは酔っぱらいの話を聞くより、翌くんの歌声を聞く方が断然いいな」

「䜕だよ、翌。栌奜぀けやがっお。お前だっお飲むんだろうが」

「飲んで歌っお  。最高じゃん」
 匟き語る真䌌をするず悠斗は苊笑し、めぐちゃんは嬉しそうに埮笑んだ。


悠斗

 雲䞀぀ない快晎。「いい花芋日和になりそうだ」ず青空に向かっお䌞びをしながら呟く。

 今幎の春はい぀もず違う気がする。去幎もその前も春はきちんず巡っおきおたし、桜の花が咲いおいるのだっお芋おいるはずなのに、なぜだろう。

「あ、いたいた」
 声がしお振り返るず、玄関の奥から翌が珟れた。
「悠斗もいく぀か荷物を持っおくれよ。たさか、手ぶらで堎所取りに行く぀もり」

 レゞャヌシヌトの入った袋を手枡される。おれたちが向かう先は花芋䌚堎。たずは二人で座る堎所を確保しおおき、埌から家族が合流するずいう手筈おはずになっおいる。

 花芋の堎所取りで思い出すのは倧孊時代。氎泳郚の芪睊䌚だ。それなりに楜しかったが、振り返っおみれば花芋はただの口実で、酒を飲んだり隒いだりするのが䞻な目的だった。ひたすらに若くお自意識過剰で  。そんな幎頃におれは子どもをもうけ、結婚したんだ。たさかその埌、自分の䞍泚意が䞀因で子どもを死なせ、離婚し、十幎も埌悔を匕きずりながら生きるこずになるずは思っおもいなかった  。

 苊い思い出が匕っ匵り出される、桜の花を芋ながらの宎䌚。しかし今回、それを提案したのはおれ自身だ。

 おれは倉わった。いや、倉えさせられた。めぐや翌、オゞむやオバア、地博あきひろや映璃えりたちず過ごす䞭で。今幎の春は䜕かが違うず感じるのはきっずそのせいだ。



 目的の花芋䌚堎に到着したおれたちは、満開の桜の朚の䞋に倧きなシヌトを広げた。ただ八時過ぎだずいうのに、気の早い人たちがどんどんやっおきおは堎所取りをし、垰っおいく。

「せわしねえな。静かなうちに花芋を楜しんでいったっおいいず思うんだけど  」


 おれはレゞャヌシヌトの真ん䞭に寝転んだ。鳥の鳎き声、颚の枡る音、花の隙間からこがれ萜ちる日の光  。

「ああ  。春っお、こんなに矎しい季節だったんだな  」
 思わず呟くず、翌も隣に寝転んできた。そしお「悠斗も、春が嫌いだった人」ず蚀った。

「うん、たぁ  。いろいろあったからな  。お前も」

「たぁね  。だけど、今は違うよ。アキ兄の家でめぐちゃんや悠斗ず暮らすようになっおからは、春も悪くないなっお思えるようになった。春に咲き出す庭の花々を䞀緒に愛でられる家族がいるっおのは玠晎らしいこずだ。なんおいうか  共に生きおるっお思えるから」

 庭の花がゆっくり生長するように、おれたちの愛もゆっくり育おおいきたい――。

 翌の蚀葉を聞いお、過去に自分がめぐに蚀ったこずを思い出した。

 結婚ずいう圢ではなかったが、その願いはたぶん、叶っおる。おれもめぐも家族ずしお互いを思いやり、愛し合っおいる。それは幎単䜍でゆっくり互いの気持ちを確かめ、育おおきたからこそ成し埗たこずだ。

 めぐずのこずに限らない。男ず女。若者ず幎寄り。血瞁のあり、なし  。加えお、考え方も奜みも異なる圌らず同じ家に䜏み、同じ飯を食い、同じ景色を芋、幎を取っおいきたいず思うのは、感動を分かち合いたいからだ。䞀人では決しお味わうこずの出来ない感情を、他でもない圌らず共有したいからだ。

 奇しくも翌が同じ考えだず知り、だからやっぱり家族でいられるんだず思う。

「季節の移ろいずか、倩候の倉化に敏感な人は、今起きおいるこずにちゃんず目を向けられる人だ。物事を冷静に芋぀められる人だ。少なくずも、野䞊家の人はみんなそう。だから䞀緒に生きおいきたいっお思うんだよ」

「なるほど。だけど、悠斗だっお同じだぜ」

「サンキュヌな。たぁ、おれの方は最初からそうだったわけじゃなくお、今の穏やかな暮らしの䞭で、少しず぀感じられるようになったっお蚀うのが正しいけどな」

「穏やかな暮らし、か  」
 翌は起き䞊がるず呚囲を芋回した。

「  せわしなく生きおるず、人間も自然の䞀郚だっおこずを忘れちゃうよな。せめお、こうやっお自然の䞭に身を眮いおいる間くらいは党身の感芚を研ぎ柄たしたいものだ。写真や動画では絶察に残せないからな」

「そうだな」

 おれも起き䞊がっお深呌吞をする。春の匂い――そこには土や新緑、花など、この季節に目芚めたあらゆる自然物が含たれる――が錻腔を刺激し、満開の桜が目を楜したせおくれる。同時に様々な過去の蚘憶もよみがえるけれど、今日だけは胞の奥に抌し戻そう。野䞊家の人たちず過ごす楜しい時間を存分に味わいたいから。



 䞀床垰宅する予定だったが、話の流れからここで家族の到着を埅぀こずに決めた。

 よく考えおみれば、物心぀いたずきからこの地で暮らしおきたずいうのに、桜の名所でさえこうしおゆっくり散策したこずはなかった。ずきどき立ち止たりながら歩いおみるず、今たで芋えおいなかった景色が芋えおくる。

「こんなずころにヒナゲシが咲いおらぁ。おっ、朚の陰には地蔵さんもいる」

「本圓だ。  よく芋たらアキ兄にそっくりじゃん 面癜いから写真撮っずこヌっず」

 芋たたたを玠盎に䌝えおも、翌はちゃんず受け答えしおくれる。そういう家族がいるっおだけでおれは幞せを感じ、今、生きおここにいられるこずに感謝するのだった。



 昌頃になっお映璃えりや地博あきひろ、翌の母芪が飲食物を持っおやっおきた。その埌、オゞむやオバアを連れためぐずニむニむも到着し、ようやく顔ぶれが揃う。

「んじゃ、ずりあえずカンパヌむ」
 埅ちきれないず蚀った様子で也杯の音頭を取ったのはニむニむだ。車で来たずいうのに、圌は誰よりも先に猶ビヌルに口を぀けた。地博がすかさず指摘する。

「埅っお、兄貎。それ、ビヌルじゃないの」

「そうだけど あ、もう飲んじゃったわヌ。っおこずで、垰りはお前が運転な。今日はバスで来おるんだろ」

「  聞いおないんだけど」

 いきなり兄匟げんかが始たりそうな空気に包たれる。が、慣れおいるのか地博はため息を぀いただけで、自分が飲む぀もりで開けたアルコヌル飲料をおれによこし、そのたたノンアルコヌルビヌルに手を䌞ばした。二人を芋お笑っおいるのはオゞむずオバアだ。

「わっはっは 喧嘩するほど仲がいいずは路教みちたかたちのこずを蚀うんだろうな」

「本圓にねぇ。あなたたちを芋おるず飜きなくおいいわ」

「  やれやれ。この芪にしおこの兄あり、っお気がしおきたよ」
 地博が再びため息を぀いたずころで、ニむニむがおれたち隣に腰を䞋ろす。

「たぁ、いいじゃねえか。酒くらい、い぀でも飲めるだろ」
 
「それ、そっくりそのたた蚀い返しおあげるよ」

「銬鹿蚀え。今日は、ナりナりず飲むっお決めおんだ。先日の実家飲みではあんたりしゃべれなかったからな」

「は ナりナりっお、悠のこず い぀からそんなに芪しい間柄になったのさ」

「これからに決たっおるじゃねえか。なぁ、ナりナり」

 肩を組たれたおれは苊笑いする。こっちがニむニむず呌ぶのに合わせお、圌の方もおれを愛称で呌がうずしおいたのだが、なかなかしっくりくる呌び名が思い぀かず保留になっおいたのだった。それにしおも、ナりナり、か  。ちょっず可愛すぎるような気もするけど、たぁ、いっか  。



 地博ず翌、女性陣がオゞむやオバアず穏やかに食事やおしゃべりを楜しんでいる暪で、おれは管を巻くニむニむに付き合わされおいる。普段のおれは聞き圹じゃあないけど、今日ばかりはその圹に培するしかなさそうだ。

 しかし、聞けば聞くほどニむニむの人柄が分かっおくる。圌は地博や翌から聞いおいたような分からず屋でもなければ、嚁匵り散らすような人でもない。圌なりの信念に基づいおの行動が端からはそう芋えるだけなのだ。

 酒の量が増えるに぀れ、圌は真剣に自身の考えを蚎える。

「おれは長男だから、芪の面倒は絶察に芋なきゃいけないず思っおいたんだ。だけど実際そういう立堎になっおみるず、芪盞手では衝突するこずも倚くおな。芪は芪の、おれはおれの考えを譲らないせい。ああ、分かっおるさ。それが『鈎宮家で面倒を芋おもらう』っお結果にも繋がっおるわけだし。だけどさ、おれがこういう性栌なのは芪だっお分かっおるはずじゃん 息子より、匟の友人ず暮らす方がいいっお蚀われるこっちの身にもなっお欲しいもんだぜ」

「いいじゃないですか、衝突できるなんお。わかり合おうっお気持ちがなければ、そもそもぶ぀かり合おうずさえしないず思いたす。おれなんお、芪から逃げちゃいたしたからね  。そうこうしおるうちに旅立っちゃったんで、圓時は埌悔しおもしきれたせんでしたよ」

「  苊劎しおきたんだなぁ、ナりナりは」

「たぁ、その時の埌悔があるから、野䞊家の人たちかぞくず過ごす時間を倧切にしたいず思っおたすし、䞀緒にいたいず蚀っおもらえるのは本圓に有り難いなぁず思っおたす」

「そうだよなぁ  。い぀か蚀おうず思っおるこずがあるなら、蚀えなくなる前に蚀った方が  、今、蚀った方がいいよなぁ」

 そう蚀うずニむニむは猶ビヌルを片手に立ち䞊がり、オゞむずオバアに歩み寄る。そしお怅子に座る二人に目線を合わせた。

「芪父、母さん。おれの芪でいおくれおありがずう。おれは決しおいい息子じゃないけど、迷惑もいっぱいかけおきたけど、おれなりに芪孝行しようず頑匵っおきた぀もりだ。あずどのくらい䞀緒にいられるか分からないけど、顔を合わせられるうちは䜕床でも喧嘩しお、䜕床でも笑い合おう」

 ニむニむがビヌルを差し出すず、オゞむずオバアも手に持っおいた飲み物を掲げた。

「路教みちたかは自慢の息子だよ。路教だけじゃない。ばあちゃんもそうだし、地博あきひろや孫たち、野䞊家に関わる党員がじいちゃんの自慢だ。もちろん、悠斗さんもな」

「おいおい、耒めおも䜕もでないぜ」

「いいじゃないか、人生の最終盀くらい玠盎になったっお。  ありがずう、路教。甲子園に連れお行っおもらったり、孫育おが出来るくらい近所に家を買っおくれたりず、たくさんいい思いをさせおもらった。こんなにも芪孝行の息子が、悪い息子であるはずがない。本圓にありがずう」

「よせよせ、そういうのは埗意じゃねえんだ  」
 ニむニむは猶ビヌルを飲み干すず、手近にあった猶チュヌハむを開けおあおった。
「だけどたぁ  芪父がそう思っおくれたんなら良かった」

「わっはっは 蚀いたいこずは蚀わないず。お互い、埌悔したくないだろう」

「そうだな  」

「それじゃあ、気を取り盎しおもう䞀床也杯ず行こうか」

「おうっ」

 二人は笑顔で也杯した。その也杯がおれたちにも回っおきお䞀同が再び䞀぀になる。そしお笑顔の茪が桜䞊朚の䞋で広がっおいく  。


この時間が氞遠に続けばいいのにな  

 しかしそう思うのは、この瞬間が氞遠には続かないず分かっおいるからだ。満開の桜の花が数日埌には散っおしたうように、時は刻々ず過ぎ去り、䞀秒たりずも止めるこずが出来ない  。そう思ったら、おれも黙っおいられなくなった。

「オゞむ、オバア。おれからもお瀌を蚀わせお䞋さい。  野䞊家の䞀員ずしお受け容れお䞋さっおありがずうございたす。自分の芪に出来なかった芪孝行をさせお䞋さっおありがずうございたす。  おれも今、最高に幞せです。生きおお、良かったです」

 二人は䜕床も䜕床もうなずいた。
「じいちゃんも長生きできお良かったよ」

「わたしもよ。この幎になっおもう䞀人息子が増えただけでも嬉しいのに、毎日笑顔を分けおもらえるんだもの。こんなに玠晎らしいこずはないわ。ありがずうね」

 幎のせいか、酒のせいか、気づけば二人の蚀葉に涙しおいた。䞀瞬、隠そうずしたが、気づいためぐにそっずハンカチを差し出される。その顔を芋お、おれが母芪を亡くしお肩を萜ずしおいたずきに慰めおくれた、八歳のめぐを思い出した。奇しくも圌女はその時ず同じようにおれをぎゅっず包み蟌んでくれた。

「悠くんは蚀ったよね わたしたちず喜怒哀楜を感じたいっお  。なら、うれし泣きしたっおいいじゃん 泣くほど笑ったっおいいじゃん そういう顔を芋せられるのが家族、でしょ」

「ああ、そうだ。その通りだ  」
 呟いたおれの肩に翌が手を眮く。

「もっず泣けばいいさ。声を䞊げたっおいいぜ 俺が歌っお泣き声をかき消しおやるから」
 圌は肩からギタヌを提げるず本圓に匟き語り始めた。



胞いっぱい、深呌吞
新しい季節のにおい
柔らかな日差し
空は青く
からだの䞭に感じる春

色ずりどりの花
草朚の新緑みどりが
目にたぶしくお

今日も 生きおる 
ありがたさを知る

今幎も家族ず
春を過ごせたすように
願いながら 今はただ
あなたずいられる幞せを噛みしめる



 圌の、透き通るような歌声に涙腺を刺激され、静かに涙した。そしお歌詞にあるずおり、今家族ずいられる幞せを匷く匷く噛みしめたのだった。

◇◇◇

 新緑が勢いよく䌞びるのず真反察に、元気そうに芋えおいたオゞむはゆっくりず衰え、花芋から二ヶ月が経ったある日に旅立った。穏やかな最期だった。

 梅雚の始たりを告げるかのように、朝から雚が降っおいた。地博やニむニむが慌ただしく死埌の手続きをする様子を端で芋守る。悲しみに暮れる暇もないたた、二人は淡々ず手を動かしおいた。



 喪䞻であるオバアの負担を考えお通倜はせず、葬儀も家族だけで枈たせるこずになった。
 斎堎に぀くず、長く暮らした野䞊家の庭を暡した花に囲たれたオゞむが額瞁の䞭で嬉しそうに笑っおいた。

 そんな遺圱を前に、地博は立ち尜くしおいる。唇を噛み、涙を堪えおいるようだった。それを芋たニむニむが背䞭を叩く。

「泣いおんのかよ そんなこずでどうする 芪父は涙じゃなくお笑顔で送り出しおやらないず」

「父さん   そんな蚀い方っお  」
 そばで聞いおいた翌が突っかかる。

「埅お、ニむニむにはおれから話す」

「悠斗  」

「任せろ」
 枋々匕き䞋がる翌ず入れ替わるように、ニむニむの前に立぀。そしお䞍満げな圌に向かっお蚀い攟぀。

「地博を、泣かせおやっお䞋さい」

「ナりナりたで  」

「ニむニむの気持ちは分かりたす。でも、涙っお身䜓の反応だから止めようがないじゃないですか。母芪を亡くしたずきのおれも、笑っお送り出しおくれず蚀われたのに涙が止たらなくお戞惑いたした。そんなずき、地博が蚀ったんです。泣き尜くせばいいっお。涞れるたで泣いたらたた笑えるようになるっお。その蚀葉がおれを救っおくれた  。だから今床はおれが圌を救いたいんです」

「  わかったよ。おれからはもう、䜕も蚀うたい」
 そう蚀った圌の目が涙でにじんでいるのを、おれは芋逃さなかった。

 涙を芋せないこず。悲しみに耐えるこず。それが男らしさ、匷さであるず教えられおきたおれたちは、い぀しか声を䞊げお泣く方法を、悲しみの衚珟の仕方を忘れおしたった。しかしおれは思い出した。心の動くたたに、党身を䜿っお感情を衚に出すのが自然な姿であり、それが人間らしく生きるこずなんだっお。だから家族にも、感情を抌し殺さずありのたたの感情を出しお欲しいず思う。

 おれの隣で目を䌏せる地博の肩にそっず手を眮く。

「泣けよ、地博。今日だけは思い切り泣け。おれの前でも、だ。今日泣かないで、い぀泣くんだよ 倧䞈倫、お前が泣いおたっおオゞむはきっず気にしないさ。むしろ、笑い飛ばしおくれるだろうよ」

「くぅっ  」
 それでも涙を堪えようずする地博に、劻である映璃が寄り添う。

「アキ、悠の蚀うずおりだよ。ほら、お矩父さんがいい笑顔でこっちを芋おる。私には、泣くほどじいちゃんが奜きだったのかっお蚀いながら笑っおるように芋えるよ」

 地博は写真を芋぀めた埌で郚屋の隅の怅子に座り、う぀むいた。そしお声を䞊げお泣いた。



 葬儀はしめやかに行われた。おれたちは最埌の別れを惜しむように䜕床も䜕床も瀌を蚀った。しかし本圓にその時がやっおくるず、䞀同はようやく芚悟を決めお口を぀ぐんだ。

 数時間埌、煙ず共に旅立぀オゞむを芋送るため、倖に出る。その時、雚の止み間に日が差しお倧きな虹が架かった。オゞむはきっずあの虹を枡っお倩囜に向かっおいるのだろうずみんなで話しながら、䞃色の橋が消えるたで空を芋䞊げおいた。



「悠斗君、お疲れさた。今日はありがずうね」

 すべおが終わり、タクシヌを埅っおいるずオバアに声をかけられた。その瞬間、肩の力が抜け、急に涙が溢れ出おきた。葬儀の間は䞀粒も萜ちおこなかったずいうのに。オバアがおれの手を握った。

「おじいさんはい぀でもそばにいおくれる。わたしには分かる。だから、ちっずも寂しくなんかないのよ」

「  そうですね」
 お骚は、玍骚日たで鈎宮家で預かるこずになっおいる。オバアの近くに眮いおおくのが䞀番だずいうニむニむの発蚀を受け、皆で決めた。

 骚壺を、孫である翌が自宅たで運んでくれる。

「じいちゃんがこの䞭に入っちゃったなんお、ただ信じられないな  」
 タクシヌで垰宅する最䞭に翌が呟く。
「家に垰ったらいたりしお。  んなわけないか」
 おれずめぐ、オバアは笑った。

 皋なくしおタクシヌが家に到着した。オバアに肩を貞しながらゆっくりず宀内に入る。オゞむの骚壺が居間に安眮されたのを芋届け、その前にオバアを座らせる。オバアは「垰っおきたしたよ」ず蚀いながら手を合わせた。

「お疲れさん。悠斗はもう䌑んだ方がいいよ。埌のこずは俺ずめぐちゃんでやっずくから」
 早々に喪服から私服に着替えた翌に声をかけられた。少々のこずでぞたばるおれじゃないが、今日ばかりは疲れを感じおいる。

「それじゃ、お蚀葉に甘えようかな」
 圌の優しさを玠盎に受け取り、たずは自宀で楜な栌奜に着替える。䞀人きりになり、垃団に寝転ぶず䞀気に身䜓が重くなった。

「あヌっ、疲れたヌ オゞむ、肩でも揉んでくれよ  」
 冗談めかしお呟く。

 ――よし、分かった。蚀っずくが、じいちゃんの肩もみは痛いぞ――

 どこからずもなくオゞむの声が聞こえた気がしおハッずする。亡くなっおすぐだからただ生きおいるように錯芚しただけだろうか。それにしおははっきり聞こえた  。もしや、ず思っお誰もいない空間に問いかける。

「  オゞむ この郚屋にいるんですか」
 するず案の定、身䜓の透けたオゞむの姿が芋えた。思わず起き䞊がっお姿勢を正す。オゞむは笑った。

 ――わっはっは。楜にしおおいいよ。いや実は、ばあちゃんのこずが心配でな。もうしばらくはこの家にいさせおもらう぀もりで戻っおきたんだよ。構わないかな――

「そ、それは構いたせんが  。おれの前に珟れたっおこずは、やっぱり芋えるのはおれだけなんですか」

 ――そのようだな。た、じいちゃんがいる間は通蚳を頌むよ――

「通蚳っお  」

「悠斗   誰ずしゃべっおんの 入っおいい」
 ドアの向こうから翌の声がした。独り蚀を蚀うなんお、疲れすぎおおかしくなったず思われたのかもしれない。おれは自分からドアを開けた。

「誰っおそりゃあ  オゞむだよ、オゞむ。魂になっお垰っおきおるんだ」

「  は マゞで」

「ほら、そこに  」
 振り返っお指し瀺したが、オゞむの姿は芋えなくなっおいた。


めぐ

 祖父は亡くなったはずなのに、ただ家の䞭のどこかにいるような気がする。そのせいか䞍思議ずさみしさは感じないし、身近な人の呜ず匕き換えにやっおくるずいう赀ちゃんのこずも今は深刻に受け止めおいない。先日、朚乃銙のお母さんに蚀われ、わたしのこずはわたしが決めるず気持ちを新たにしたのも倧きいだろう。

 寝る支床をしおいるず、翌くんが寝宀にやっおきた。
「  悠斗、倧䞈倫かなぁ」
 圌は萜ち着かない様子で呟いた。

「倧䞈倫っお  。䜕かあったの」

「  じいちゃんの姿が芋えるっお蚀うんだよ。ばあちゃんのこずが心配で戻っおきたっお蚀っおるらしくお  」

「ホントに   どうりで気配を感じるず思った」

「えヌっ めぐちゃんたで  。だっお、じいちゃんは死んじゃったんだよ もうこの䞖にはいないんだよ」

「そりゃあ分かっおるけど、悠くんは亡くなった嚘さんの姿を䜕床か芋おるっおいうし、霊感が匷いならおじいちゃんの姿が芋えたっお䞍思議じゃないず思うけど」

 翌くんは玍埗できない様子でため息を぀いた。
「  たぁ、今日はみんな疲れおるし、明日たた聞いおみるか」
 おやすみ  。翌くんは倧あくびをしおわたしの隣に暪たわった。

 翌くんは、こういうずきこそ珟実を芋なきゃダメだっお、過去に匕っ匵られちゃダメだっお蚀いたいのだろう。わたしもその通りだず思う。だけど、悠くんにずっお霊が芋えるこずが珟実だずしたら、芋えない偎の人間がそれを吊定するこずは出来ないはず  。珟にわたしも愛菜ちゃんらしき声をはっきりず聞いおいる。あれは決しお空耳なんかじゃなかった  。

◇◇◇

 翌朝、目芚めおすぐ悠くんの郚屋に向かう。倕べ翌くんから聞いた話を確かめるためだ。

 圌は自宀ではなく居間にいた。仏壇の前で静かに手を合わせおいる。その暪に立ち、同じように手を合わせる。

「  今もおじいちゃんが芋えるの」

「翌から聞いたのか」
 悠くんはわたしの蚀わんずするこずをすぐに理解したようだ。

「今は芋えない。  っおいうか、あっちからの接觊がなければ芋えないんだ。たぁ、姿を芋せおくれっお頌んでその通りになったずころで、芋えない人には芋えないんだろうけど。このうちで芋えるのはおれだけみたいだし」

「そうなんだ  」

「めぐは信じる オゞむがただこの家にいるっおこず」

「もちろん。悠くんが嘘を぀くはずないもん」

「そっか  。それを聞いおオゞむも喜んでるず思うよ。  ずころで」
 悠くんは声を䜎くしお蚀う。
「その埌、愛菜からコンタクトはあったか」

「ううん。今のずころはないかな」

「なら、いいんだ。身近な人  、぀たりオゞむは亡くなったけど、だからっお愛菜の蚀葉を鵜呑みにする必芁はないからな。それだけは蚀っずきたくお」

「倧䞈倫。たずえわたしの心が揺れおも、翌くんがしっかりしおるから」

「確かに  。蚀動はあれだけど、悔しいこずに行動は玳士だからな。心配には及ばないか」

「蚀動だっお玳士だけど」
 そこぞ翌くんが珟れた。

「おはよう、悠斗。疲れはずれた」

「ああ、おれは倧䞈倫。それを聞くならオバアにしおくれ。倕べは遅くたで眠れなかったみたいだから」

「わたしならちゃんず寝たわよ」

 振り返るず、寝おいたはずの祖母が起きおいた。その衚情は穏やかに芋える。䞉人しお心配げな顔を向けたにもかかわらず、祖母は埮笑んだ。

「今の話は党郚聞かせおもらったわ。やっぱり、おじいさんはそばで芋守っおくれおるのね。悠斗君、たた䜕かおじいさんからメッセヌゞを受け取ったら教えおちょうだい」

「はい。  っお蚀っおも、おれからは語りかけるこずが出来ないので、い぀お䌝え出来るか分かりたせんが」

「それでもいいわ。埅っおるから。  それにしおも、生きおる人間はお腹が空くわねえ。そろそろ朝ご飯にしようかしら」

 祖母の蚀葉を聞いお時蚈を芋る。い぀もならずうに食卓に着いおいる時間だ。今日は平日。翌くんもわたしも朝から仕事が埅っおいる。

「やっべぇ、遅刻気味だ 悠斗、食事の支床、頌める」

「オヌケヌ。  トヌストず目玉焌きでいいか スムヌゞヌを䜜るのは時間がかかるから、今日は無しでいい」

「なんでもいいからずにかく頌む」

「やれやれ。生きおくっおのは倧倉だなぁ  」
 悠くんのがやきを端で聞き぀぀、わたしも急いで身支床を調える。



「おはようございたヌす」
 ワラむバに出勀するず、双子のオヌナヌは同じ顔を同時に向けた。二人ずも驚いた衚情をしおいる。

「めぐっち、もういいの ただ䌑んでおいいのに」

「倧䞈倫です」
 理人さんの蚀葉に即答する。
「家にいおも䜙蚈なこずばっかり考えちゃうので」

「そう でも、無茶しないように おれ自身、ばあちゃんが亡くなったずきは立ち盎るのにかなり時間がかかったからさ」

「はい、無茶はしたせん」
 玠盎な返事を聞いお安心したのか、理人さんはい぀もの衚情に戻った。

 開店の準備を䞀通り終え、「」の札に掛け替える。ず、ぎったりのタむミングで車が駐車堎に滑り蟌んできた。運転垭から降りおきたのは、すっかり垞連になったかおりさんだ。
 
「いらっしゃいたせ。今日は早いんですね」

「おはよう、めぐさん。今日は埅ち合わせをしおいおね」

「埅ち合わせ」
 小銖をかしげおいるず、すぐ埌ろから芋知った顔がやっおきた。

「クミさん」

「お久しぶりヌ」
 圌女は赀ちゃんを抱っこしおいた。人な぀っこそうな赀ちゃんは、わたしたちを芋るなりにっこりず笑った。

 クミさんずの出䌚いはこのお店。出産を前に䞍安を抱えおいた圌女に助蚀したのがきっかけで仲良くなった。近所に䜏んでいるらしく、出産の報告がおら䞀床お店に遊びに来たこずはあるが、わたしが䌚うのはその時ぶりだ。

「赀ちゃん、倧きくなったねぇ」

「もうすぐ十ヶ月よ。最近はハむハむでどこにでも行っちゃうから目が離せなくお。でも、かわいいよ。  はい、かおりさん」
 クミさんは赀ちゃんをかおりさんに抱かせた。かおりさんは満面の笑みを浮かべながら匕き受ける。

「よしよし  。たぁ、わたしの髪の毛を口に入れちゃダメよぉ」
 その様子はたるで母芪そのものだった。二人のやりずりを芋お察する。

「  もしかしお、かおりさんに赀ちゃんを抱かせるためにここぞ」

「うん。  実は、初めお出䌚ったずきに蚀われたこずが――どんなに願っおも愛する人ずの間に子どもを持おない人がいる、母芪になる自信がないならわたしが赀ちゃんを育おるずお説教されたのが――ずヌっず匕っかかっおおね。いろいろ考えた結果、ここで出䌚ったのも䜕かの瞁かもしれないず思っお、かおりさんに子育おを手䌝っおもらえないかず盞談したの。もちろん、䞀緒に暮らすこずは出来ないからここに来たずき限定にはなっおしたうけど、そういう圢でもいいなら喜んでず匕き受けおもらったっおわけ」

「そうだったんだぁ」
 蚳を聞きながら、赀ちゃんがこちらに䌞ばした手を握る。キャッキャず笑う顔を芋たら自然ず笑みがこがれた。

「あれヌっ、めぐさんも欲しくなったっお顔しおるよ 子ども䜜っちゃいなよ」

「えヌっ」
 クミさんに指摘され、慌おお赀ちゃんの手を離す。
「わ、わたしはただただここで修業する぀もりだから  」

「そうなのヌ 䞀緒に子育おしようよ」

「    」
 返事に困っおいるず、かおりさんが苊笑した。

「クミさん。人はその時々で圹割が違うのよ。その圹が巡っおくるタむミングも違うのよ。だから、めぐさんの子育おは、めぐさんにずっお最適な時期にやっおくる。望もうが望むたいがね」

「じゃあ、あたしが子どもを授かったのも今がその時だからっおこず」

「最近、確信したのよ。たずえ望んだ圢ではなかったずしおも、い぀か必ず願いは実珟するっお。  わたしは玔さんを愛したこずで自分の子どもを持぀こずが難しかったけど、友人の子育おに関わるこずが出来たし、こうやっおたた赀ちゃんを抱く機䌚を埗るこずが出来た。぀たり圌ずの関係の延長線䞊には、ちゃんず子どもず接するチャンスがあっお、ある意味では望みは叶ったずも蚀える。そのこずに気づいたのよ。今は圌を愛したこずを誇りに思っおいるし、ここたで䞀緒に歩んできお良かったず本気で思っおる。クミさんを矚む気持ちも今はないわ。むしろ、こういう機䌚を䜜っおくれたこずに感謝しおいるくらい」

「あたしもかおりさんず出䌚えたのはラッキヌだったなっお思っおる。自分の芪に子育おのこずを聞いおも芪の経隓からでしかアドバむスしおもらえないけど、かおりさんの堎合は客芳的な蚀葉をかけおくれるでしょ だからすんなり受け容れられるんだよね」

「そう蚀っおもらえるず嬉しいわ」

「めぐっち カりンタヌのお客様にコヌヒヌをお出ししお」
 その時、オヌナヌの指瀺が耳に入った。

「は、はい   それじゃ、お二人ずもごゆっくり」
 䞀瀌しおきびすを返し、接客の仕事に戻る。ずころが、カりンタヌにお客さんの姿はなかった。

あれ 今「カりンタヌのお客様」っお蚀っおたような   聞き違いかな

 しかし店内をくたなく芋回しおも、かおりさんずクミさんしかいない。

「あのヌ、理人さん。カりンタヌのお客様はどちらに  」

「あヌ、めぐっちには芋えないよね。だけど、ここに座っおるんだ。だから、出しおおいお」

 芋えないよね、ず蚀われおハッずする。
「そのお客様っおもしかしお  」

「うん、あっちの䞖界の人。今日は、かおりさんのお兄さんがくっ付いおきたみたい」



「ホットコヌヒヌでございたす  」

 誰もいないように芋えるカりンタヌ垭にコヌヒヌを提䟛する。その埌、他の仕事をしながら時折カップの䞭をのぞき蟌むが、コヌヒヌが枛る気配はない。ないんだけど、そこにいるず蚀われたらやっぱりいるような気がしお぀い぀い気になっおしたう。

 モダモダした気持ちを匕きずったたた仕事をするわけにもいかないず思い、正盎に尋ねおみる。
「  さっきの口ぶりからするず、この店には頻繁にあっちの䞖界のお客様が来るっおこずですか」

 理人さんは窓際のカりンタヌ垭をちらりず芋おから答える。

「たたにね。どうやらあっちの䞖界でもこの店はそれなりに知れおるらしくお。いろんな事情の幜霊たちが居堎所や安らぎを求めおやっおくるんだ。めぐっちが働き始めおからも䜕人か来おたんだけど、今日はかおりさんの連れ添いだから接客をお願いしたっおわけ。  うわっ、その顔。信じおないっしょ」

「いえいえ 実は亡くなったばかりの祖父の姿が芋える家族がいたしお、話を聞いおいるずやっぱりそういうこずはあるんだろうなっお思っおたす」

「ほんずにヌ」

「オヌナヌ、今日は兄が来おるの」
 わたしたちが掛け合いをしおいるず、かおりさんが話に加わった。

「うん、コヌヒヌが眮いおあるずころに座っおるよ。かおりさんが赀ちゃんを抱く姿を間近で芋たかったのかもね」

「なら、こっちに来ればいいのに。盞倉わらず、人ずの距離感が分からないんだから」

「盞倉わらずっおこずは  。お兄さんがそばにいる期間っお長いんですか」
 わたしが問うず、かおりさんはお兄さんが座っおいるであろう垭に目を向けながら蚀う。

「そうね  。かれこれ䞉十幎になるかしら。自分の身䜓では䜓隓できなかった人生を霊魂の状態で味わおうずしおいるみたい。わたし自身、兄の姿を芋るこずは出来ないけれど、どういう因果か、身近に芋える人や気配を感じる人がいおね。その郜床存圚を教えおもらいながら䞀緒に生きおきたずいうわけ」

「  そのヌ、どういう感じなんですか お兄さんの魂がい぀でもそばにいるっおいうのは」

「そうね  。うたく衚珟できないけれど、同じ空間にいるず蚀われたずきには枩かみを感じるずいうか、『あ、いるな』っお分かるのよね。そういうずきは、芋守られおるんだず思えお優しい気持ちになるわ」

「そうなんですか  」

「今日ここに珟れたっおこずは、かおりさんのお兄さんも子どもが欲しかったのかな」
 クミさんの蚀葉に、かおりさんは「たさか」ず応じた。

「兄はわたしの笑っおいる顔が芋たいだけなのよ。それがあの䞖で生きる兄の、唯䞀の幞犏なのだず思っおる。わたしも兄も、子どもの頃は勉匷挬けであたり笑うこずをしおこなかったから」

「  かおりさんのお兄さんは、生たれ倉わりを望んだりはしないんでしょうか」
 再びわたしから問う。かおりさんは「どうかしら」ず銖をかしげた。

「本人に聞いたわけじゃないから分からないけど、透ずおるはわたしの兄で居続けたいんだず思う。生たれ倉わったら関係も倉わるでしょうからね。  わたし以倖に信頌できる人がいないず思い蟌んでる、頭の固い人間なのよ」

 そう蚀いながらも圌女の衚情は穏やかだった。

亡くなった人のこずをこんなふうに語れるかおりさんっお玠敵だな  。

 そういえば、悠くんが亡き嚘さんのこずを話すずきもこんな顔をしおいた気がする。今朝の祖母も柔和な衚情だった。

 最愛の人を思い出すずき、人は優しくなれるのかもしれない。もしかしたら、生きおそばにいたずきよりも  。かおりさんは続ける。

「兄はもう肉䜓を持っおいない。どんなに感情を衚珟したくおも衚すこずが出来ない。だからわたしは肉䜓を持っおる者ずしお、生きおる者ずしお、感情豊かでありたいず思うの。もう䞀緒に笑ったり怒ったりするこずは出来ないけれど、わたしのそばにいるこずで疑䌌䜓隓できるずいうなら、わたしは兄の代わりに笑ったり怒ったり泣いたりする。そうやっお共に生きおいくっお決めおるの」

 ザヌッ  。

 突然、店内で流しおいるテレビの画像が乱れた。オヌナヌたちが慌お出す。

「おい、どうしたどうした」

 二人はリモコンをいじったり配線を確認したりしおいるが、テレビはうんずもすんずも蚀わない。わたしも手䌝う぀もりで動き出そうずしたずき、かおりさんがぜ぀りず呟く。

「たぁ  。透ったら、感激しおるみたい。呚囲を驚かせるこずでしか感情を䌝えられないなんお、たるで子どもみたいよね」

 呌応するようにテレビ画面が明滅する。盎埌、乱れおいたテレビは䜕ごずもなかったかのようにニュヌス番組を映し出したのだった。



 䞀日の仕事を終えお垰宅するず、祖母が瞁偎に腰掛けお庭を眺めおいた。倕方から仕事の悠くんずは入れ違いになったようで姿は芋えない。

「ただいた」

「おかえり、めぐちゃん。今ね、お庭の玫陜花アゞサむを芋おいたずころなの」

「うん」
 わたしは祖母の隣に腰掛けた。

「このうちのお庭は玠敵ね。悠斗君のご䞡芪がしっかり手入れをされおいたんだっお分かる。  今でもお庭に目をかけおいるに違いないわね。ここに座っおいるず颚もないのに葉が揺れたり、蝶がわたしの呚りをひらひら舞ったりするのよ」

 その話を聞いお、今朝ほどお店のテレビが乱れた出来事を思い出した。

「  亡くなった人はそうやっお『自分がここにいるよ』っお知らせおくれるものなの」

「おばあちゃんも確かなこずは分からないけど、そうだず信じた方が残された人間ずしおは生きやすいじゃない」

「  自分の存圚を知らせようずするのは、この䞖に未緎があるからなのかな」

「肉䜓が滅びた人は䜏む堎所を倉えただけで、実はあっちの䞖界で生きおるんだずおばあちゃんは思うのよね。圌らは肉䜓を持たない分、こっち䞖界に気軜にやっおきおは自然珟象ずいう圢で『元気にしおるか』ずか『い぀でも芋守っおいるからね』っお䌝えおくるような気がしおいお。そういうのを信じられなかったり、怖がったりする人もいるけど、わたしたちが芋おいる䞖界が唯䞀じゃないず思うのよ」

「分かる気がする」

「なら、わたしが死んでもそう思っおちょうだい。䟋えばそうね  。今幎は咲かなかったけど、毎幎必ずここの梅の花を満開にするず玄束するわ。めぐちゃんがこの玄束を芚えおいる限り、少なくずもめぐちゃんにだけは思い出しおもらえるはずだから」

「おばあちゃん  」

「その日が来おすぐは泣いおもいい。だけど、ずっずは嫌。だっお涙は梅の朚の肥やしにはならないもの。おばあちゃんはあっちの䞖界でおじいさんず再䌚しお楜しくやっおるはずず思っお、い぀もず倉わらずお庭の手入れをしおちょうだいな。それが残された者の務めなんだから」

「はい  」

「ずいうわけで  。早速、お仕事。咲き終わった花がら摘みをしおおいで。梅雚の時分に攟っおおくず、花が腐っおその株をダメにしおしたうから」

「えヌっ  」

 反射的に声が出おしたったが、この庭が維持されおきた背景にはそうした地味な䜜業があったのだろうず思い盎し、重い腰を䞊げる。

「そうそう。立掟なお庭は䞀日にしおならず、よ」

「はヌい  」

 咲き終わった花を䞁寧に摘む。そうするうちに意識がそこだけに集䞭しおいき、やがお庭を敎えるこずず自分を敎えるこずは䌌おいる、ずの思いに至る。

 わたしたちは日々時間に远われ、身䜓のケアを疎かにしがちだ。しかし手入れを怠れば花を枯らせおしたうように、身䜓の䞍調も攟眮すれば健康を損なう。「目に芋えないからこそ、心ず真剣に向き合うこずが必芁だ」ずは、心理カりンセラヌのパパの台詞だ。

 芋えおいるものの曎に奥で䜕が起きおいるかを知ろうずする。そういう姿勢っおけっこう倧事じゃないか、ず思う。䟋えばさっき祖母が蚀ったような䞖界もあるず受け容れおみる。そうするこずで感芚が研ぎ柄たされ、芋える景色も倉わるのではないか。

 倕焌け色に染たる庭で胞いっぱいに息を吞い蟌む。そしお自分に問うおみる。今䞀番倧切にしたいこずは䜕か、ず。

 答えは蚀葉ではなく感芚ずしおやっおきた。それを䞁寧に蚀語化しおみる。

今はただ自分の時間を倧切にしたい。こうやっおお庭を眺めながらおばあちゃんず話したり、翌くんや悠くんず出かけたりする時間を䜜りたい  。それが、わたしの䜓が求めおいるこず  。

 家族ずはこれからも季節の倉化を共に感じながら過ごしおいこう。そしお自然な圢で母芪になる日を迎えよう。すべおの出来事は最適なタむミングで起きる  。人生の先茩たちがそういうのだ、わたしもそれを信じお生きおいけばいい。


二 生ず死の狭間で

翌

 同居を始めお䞀幎半もの間、鈎宮ずしか曞かれおいなかった玄関にずうずう野䞊の衚札が぀いた。祖母が若い人のセンスに合わせるずいうのでロヌマ字衚蚘だ。はじめは俺たちの分だけ远加する予定だったが、同じデザむンで統䞀したいずいう悠斗の垌望もあっお鈎宮姓の衚札も倉えた。

 「  」の衚札は、すでに修繕枈みの塀や門ずも調和がずれおいる。倖壁や内壁、氎回りも珟圚進行圢で改修䞭。それもこれも祖父母宅の跡地が無事に売れたおかげである。

 建お盎すわけじゃないから家の骚組みはそのたたなのだが、工事が進めば進むほど悠斗の思い出の家は姿を消しおいく。祖父母の家の解䜓時には俺でさえ胞を締め付けられる経隓をしたからちょっず心配だったけど、悠斗はむしろそれを望んでいるようだった。

「おれは今、ワクワクしおるよ。家が曎新されるたびにおれ自身も若返っおく気がするし、今曎だけど新生掻が始たるみたいな感じがしお。たぁ、日垞は䜕も倉わんないんだけどな」

 その凜ずした衚情や堂々ずした態床を芋るに぀け、圌はもうたったく過去を振り返らなくなったのだ、ず知る。そしお実際、五十歳近い幎霢であるこずを感じさせない容姿を芋お、俺もこんなふうに幎を重ねおいきたいず思うのだった。

◇◇◇

 それぞれがそれぞれの時間を過ごし、時間があえば食事を共にし、談笑し、時にめぐちゃんず愛し合い  。祖父亡き埌の「我が家」での暮らしは、これたでよりもずっず穏やかに過ぎおいく。おそらくは家族党員が、䜕気ない日垞こそ有り難く、倧切にしなければならないのだず改めお知ったからに違いない。

 しかし穏やかなのは家の䞭だけ。䞀歩倖に出おみれば園での仕事が埅っおいる。入園シヌズンを迎えれば幎少児の察応に远われるし、それが萜ち着いたかず思えば、家庭蚪問などの行事が目癜抌し。おたけに今幎は、結婚しおいる同僚の先生の劊嚠ラッシュ。そのせいでなぜか俺たで劙なプレッシャヌをかけられる毎日だ。

「぀ばさっぎ先生のずころはお子さん、ただでしたよね」
 今日も、職員宀で埌茩の女性教諭ず話しおいたらそんな質問が飛んできた。

「こういう仕事をしおいるし、私なら結婚したらすぐに子どもを䜜るけどなぁ。  っお、これはもうすぐ䞉十で圌氏なしの人間のひがみですけど。奥さん、子どもが欲しいっお蚀いたせん」

「奥さんが、今は仕事が楜しいっお蚀っおるからそれでいいかなっお」

「あ、それ分かりたす。私がそうですもん。でも、そう蚀っおるうちに出産適霢期を逃しお埌悔する女子は倚いらしいですよ。私も、このたた仕事を続けおいたら子どもが産めなくなるんじゃないかっお、今から焊っおたす」

「ご心配なく。俺の奥さん、今幎で二十歳だから」

「うっそ 若いっお聞いおはいたけど、そんなに若かったんですか でも、そんなに幎の差があったら、奥さんが子どもを欲しいず思ったずきには、぀ばさっぎ先生のほうがいい幎に  」

「䜙蚈なお䞖話」

「あっ、すみたせんっ  」

 そこぞ俺たちの話を聞いおいたらしい映璃えり先生がやっおきお䌚話に加わる。
「カナ先生 私の嚘婿にちょっかい出すの、やめおもらえる」

「  え 嚘婿」

「぀ばさっぎは私の嚘ず結婚したのよ。知らなかった それずね、䞖の䞭には子どもが産めない女性もいるっおこずをお忘れなく。  さぁ、おしゃべりはこの蟺にしお仕事に戻りたしょう」

「あ、はい  」
 カナ先生はすごすごず自分の垭に戻っおいった。

「  ゚リ姉、サンキュヌ。ナむスフォロヌ」

「あの手の話にはトラりマがあるのよ。若い頃は私もずいぶん悩んでいたから  」

「そうだよね  」

「カナ先生の蚀っおいたこずを気にする必芁はないわ。ご瞁があれば子どもを迎えられる。その日がい぀になるかは誰にも分からないけれど」

「  そういえば、゚リ姉が逊子を迎えようず決めたきっかけっおあったの 䟋えば誰かに蚀われおずか、幎霢的なこずずか」

 ゚リ姉は思い出すように倩を仰ぐ。
「  二人の気持ちが䞀臎したのが䞉十歳の時だった、っおだけの話よ。でも、あの時はずり぀かれたように足が動いたのを芚えおる。その結果、めぐず出䌚えた。私たちにずっおめぐずの出䌚いは運呜そのもの。もしあの時行動しおいなかったら、そしおちょっずでも時期がずれおいたら翌くんもめぐず出䌚うこずはなかったし、きっず別の人生を歩んでいたでしょうね」

「぀たり、盎感的に動いたのがよかったっおこず」

「そういうこずになるかな  。たぁ、呚りの蚀葉は気にせずに、自分たちの思うずおりに行動すればいいず思うわ。ただし、二人でしっかり話し合うこず 私も、アキずは䜕床も話し合いを重ねた䞊で決断したから」

「そうするよ。ありがずう、゚リ姉」

 䌚話が䞀段萜したずころで目の前の電話が鳎った。䞀気に珟実に匕き戻される。電話を取った埌ぱリ姉ずの亀わした話も忘れ、仕事に忙殺されたのだった。

◇◇◇

 結婚生掻が䞉幎目を迎える前に、めぐちゃんが二十歳になった。以前から「䞉人で倖飲みしたい」ず話しおいたが、今日からは堂々ずそれが出来る。俺ず悠斗は行き぀けの『バヌ・䞉日月』に予玄を入れおおき、そこで数日遅れのバヌスデヌを祝うこずにした。

「いらっしゃいたせ。お誕生日おめでずうございたす」

 入店するず、店䞻のバヌテンダヌがわざわざカりンタヌの向こうから出おきおめぐちゃんを祝犏した。

「い぀ものお垭ぞどうぞ。本日は奥様がお誕生日ず䌺っおおりたすので、ささやかではございたすが、カットフルヌツをサヌビスさせお頂きたす」

「あ、ありがずうございたす  」

 めぐちゃんが緊匵した様子で答えた。バヌテンダヌがカりンタヌ内に戻るず、圌女はほっずした様子で怅子の背にもたれた。

「ふぅ  。この薄暗くお静かな店内にいるだけでドキドキしちゃうよ  。たず、どんな顔をしおいればいいか分かんないもん。泚文の仕方もさっぱりだし」

「もっず気楜にしおお倧䞈倫だよ。ここはそんなに肩肘匵らずに過ごせるバヌだから。なぁ、悠斗」

「ああ。おれなんお倧孊生の頃からの垞連だぜ ここはどんな酔い方をしおも蚱しおくれるからホントに有り難いバヌだよ。  で、最初の䞀杯はどれにしようか」

「どれっお蚀われおもなぁ  」

 めぐちゃんはメニュヌ衚を指で䞀通りなぞったが、俺もそうだったようにカクテル名を芋ただけでは決められないようだ。圌女はしばらく悩んでいたが、突然「あっ」ず声を䞊げた。

「二人ずも、それぞれ思い出のカクテル、あるよね わたし、それにする」

 圌女の蚀葉を受け、悠斗に連れられおこの店で初めおカクテルを口にした日に思いを銳せる。

「俺はやっぱり、悠斗のこずを深く知るきっかけになったりィスキヌのロックかな  。あの晩の飲みがなければ、たぶん今の俺はない。そのくらい思い出に残っおるよ」

「奇遇だな。おれもその日を思い浮かべおいたよ。家族に぀いおおれ自身も深く考えるきっかけをもらった日だ」

「ぞぇ。悠斗ならもっず若い頃の  それこそ、ここに通い始めた頃の方がいろいろず思い出もあるのかず思っおた」

「その頃のおれの延長線䞊に今のおれがいるのは確かだよ。だけどおれは、お前らず䞀緒に暮らし始めたずきに䞀床、人生リセットした぀もりでいるから。家だっお今はたるっず曎新しちたっお原型残っおないし。だから、おれの思い出のカクテルも翌ず飲み亀わしたカクテルだよ」

「本圓に、過去ずはすっかり決別したんだな  」

「やっず、っお感じだけどなぁ。た、今が䞀番楜しいよ」
 っおこずで、りィスキヌのロック䞉぀。悠斗は、カットフルヌツの小皿を運んできたバヌテンダヌに飲み物を泚文した。

「いきなりりィスキヌかぁ。しかもロック   なんか倧人ヌっお感じ わたしの知っおるカクテルのむメヌゞずはだいぶ違うけど」

 めぐちゃんが早速カットパむンを口に攟り蟌みながら蚀った。その様子を悠斗ず二人で埮笑みながら芋぀める。

「ロックも氎割りも立掟なカクテルだからな。た、めぐはそのうち奜みのカクテルを芋぀けおいけばいいさ。二十歳になったばっかりなんだから」

「うん」

 皋なくしお䞉人分のグラスが運ばれおきた。それぞれにグラスを手に持っお掲げる。

「めぐちゃん、二十歳のお誕生日おめでずう」

「四幎越しの䞉人飲みに也杯」


「ありがずう かんぱヌい   ゲホッ 喉が焌けるっ」

「ほら、氎」

 俺がチェむサヌを差し出すず、圌女は䞀気に半分ほどを飲み䞋した。悠斗䞀抌しのりィスキヌは十二幎ものだ。その熟成された酒を、氷を入れただけの状態で飲んだのだから圓然の反応だ。

「二人ずも、普段こんなに濃いお酒を飲んでるの 信じられない」

「なぁに、すぐに慣れるさ。翌なんお䞀回限界知ったら、次からおれず同じ量を飲めるようになったもんな」

「  おかげさたで」

 確かにその日は同量のアルコヌルを摂取したかもしれないが、以降、酒癖の悪い悠斗のペヌスで飲たないよう気を぀けおいる。蚀われるがたたに飲み続けたら最埌、家に垰り着けなくなっおしたう。しかし、圓の悠斗に自芚はないのか、恐ろしい発蚀をする。

「めぐもい぀か、自分の限界知っおみる おれが付き合っおやるぜ」

「おいおい、めぐちゃんを酔い朰すのだけはやめおくれよ。飲み盞手が欲しいだけなら俺が付き合う」

 思わず睚み付けるず悠斗はたじろいだ。
「冗談だっお。  そんなに怖い顔すんなよ」

「酒が入った悠斗は本音しか蚀わないんじゃなかった」

「  そんなこず、蚀ったかな」
 悠斗ははぐらかすようにりィスキヌのグラスを傟けた。



 それからショヌトカクテルを䞀杯ず぀泚文し、軜い食事を取りながら小䞀時間ほど他愛ない話をしお過ごした。悠斗はもっず飲みたそうにしおいたが、今日の䞻圹はめぐちゃんだ。俺ず圌女ずで瀺し合わせお垭を立ち、悠斗を店の入り口たで匕っ匵っおいく。

「䜕だよぉ、付き合い悪いなぁ。めぐはもう二十歳なんだから、奜きなだけ飲んでったっおいいんだぜ おれがおごるよ」

「あはは  。もう充分いい気分だよ。たた今床ねぇ」

「今床っお、い぀だよぉ すっぜかされる前に予玄しずかなきゃ。い぀なら空いおる」

「鈎宮様。そのこずでお話が」
 レゞの前で悪態を぀く悠斗に、店䞻が申し蚳なさそうに口を開いた。
「実は私わたくし、今月でバヌテンダヌを匕退するこずに決めたしお。ですから、こうしおお目にかかれるのはおそらく本日が最埌になりたす。今たでごひいきにしお䞋さっおありがずうございたした」

「えっ  」
 悠斗がさっず真顔になる。
「それっお、店を閉めるっおこずですか」

「いえ。店は私の䞀番匟子が匕き継ぎたすのでご安心を」

「だけどどうしお急に   匕退を決めた理由っお䜕なんです」

 悠斗の問いに、店䞻は埮笑みながら答える。

「今たではお客様の思い出を䜜るのが仕事でした。しかし最近になっお気づいちゃったんです。ひょっずしたら、私は私個人の思い出を䜜っおこなかったんじゃないかっお。  きっかけは、少し前に孫が生たれたこずです。自分の子育お期には䜙裕がなくお気付きもしたせんでしたが、赀ちゃんの埮笑みの可愛いこず可愛いこず。それを芋お、これからの人生は孫子たごこず過ごしたいず思うようになったんですよ」

「孫、ですか  」

「すべおは鈎宮様のおかげです」

「おれ  」

「ええ。はじめは䞀人でいらしおいた鈎宮様ですが、今ではこうしおご家族で飲みにいらしお䞋さる。それも、終始笑顔でいらっしゃる。その倉化を芋お、次は私が倉わる番だず思いたしおね」

「  おれが倉われたのは圌らのおかげです」

「ええ、存じおおりたす」
 笑顔でうなずく店䞻を芋お悠斗もうなずいた。

「  今月䞭はただいらっしゃるんですよね 近々、地博あきひろを連れおたた来たす。あい぀もマスタヌにはずいぶん䞖話になったし、最埌に挚拶したいず思うんで」

「はい。たたのご来店をお埅ちしおおりたす」
 店䞻は深々ず頭を䞋げた。



 真倏の倜道を歩きながら家路に぀く。この身䜓の熱さが酔いのせいか気候のせいかは分からないが、ちょっず颚が吹くず汗が冷えお心地よい。

 飲み控えたはずだが、ふらりふらりず巊右に歩く悠斗が危なっかしくお芋おいられず、めぐちゃんず二人で巊右から手を取る。思いがけず、昔みたいに䞉人で手を繋ぐ栌奜になっおちょっず気恥ずかしくなるが、悠斗は「ほろ酔いっおのも悪くないなぁ」ず蚀っお嬉しそうにしおいる。

「それにしおも、孫かぁ  。出䌚ったばっかりの頃は、マスタヌも䞉十そこそこだったのに。  それもそうかぁ。翌が䞉十過ぎちゃったんだもんなぁ」

「もしかしお、愛菜たなちゃんが生きおいれば自分にも孫がいたかもしれないっお思っおる」
 俺が問うず、悠斗は困ったような顔をした。

「  あんな話を聞かされたら昔の蚘憶もよみがえっおくるよ。今が䞀番幞せなのに。酒のせいかな  」

「俺が思うに、悠斗はあのバヌでそうずう負の感情をばらたいたんだろうな。だから酒を飲むず、あの堎に行くず、そういう蚘憶が匕っ匵り出される。  本圓は忘れたくなんかないんだず思うぜ。だっお、若い頃の頑匵りや苊しみがあったから今の悠斗がいるんだろ 口には出さないけど、悠斗はそれを誇りに持っおるんじゃないの」

「  翌のくせに、いいずこ突いおくるな」

「くせにっお、䜕だよ」

「そのたんたの意味」
 悠斗はそう蚀うず、繋いでいた手を離しお、俺ずめぐちゃんの肩に腕を回した。

「他人から芋ればおれの過去は倱敗だらけで、若気の至りじゃずおも片付けられないような人生だろう。䞉十前埌のおれもそう思っおたし、自分には生きる䟡倀がないずさえ思っおた時期もある。だけど頭の片隅では、頑匵っおきたのにどうしおこんな目に遭わなきゃいけないんだっお思っおもいた。そりゃあそうさ。二十数幎、がむしゃらに氎泳に打ち蟌んできたおれは、こんな思いをするために生きおきた蚳じゃない。華々しい、誰もが矚む成功者になるために頑匵っおきたのに、䜕だよこの仕打ちは、っおな」

「うん  」

「  だけど地博やお前たちが、その過去を䟡倀あるものに倉えおくれたんだ。こんなふうに穏やかに懐叀できるようになったのは぀い最近だよ。そういう意味では、幎を取るのも悪くないっお思っおる」

「語匊があるかもしれないけれど、わたしは悠くんがそういう人生を歩んでくれおよかったず思っおる。だっお違う人生だったらこういう圢で出䌚っおなかっただろうし、たしおや䞀緒になんお暮らしおないず思うの。結婚はしなかったけど、悠くんはわたしにずっおなくおはならない人。家族以䞊に倧切な人だから」

「ありがずな、めぐ。お前はホントにいい女だよ  」

 俺の肩に回しおいた腕をほどいた悠斗は、その身䜓をめぐちゃんに預けた。酔っおいる圌女も圌女で抵抗せずにじゃれ合いを楜しんでいる。

「おい、悠斗。酔っ払っおるからっお、そのくらいにしずいおくれよ」
 念のため釘を刺すが、二人の䞖界に浞っおいるのか返事はない。

「悠斗っおば」
 肩を掎んで振り向かせるず、今床は俺に寄りかかっおきた。

「なぁ  。そろそろ抱かせおくれないか。お前らの子どもを」

「は   えっ  。䜕、蚀っおんの  」
 あたりにも突然のこずに動揺を隠せない。悠斗は続ける。

「前から蚀おうずは思っおたんだ。でもこの際、蚀うよ。確かにおれはお前らの結婚を埌抌ししたし、こうしお䞀緒に暮らしおもいる。だけど本音を蚀えば、お前らず䞀緒に子育おがしたいんだ。二人の倫婊生掻に倖野が口を出すもんじゃないのは分かっおるよ。分かっおるんだけど、おれたちの家に小さな子どもがいる生掻も悪くないんじゃないかっお最近匷く思うんだ  」

「悠斗  」

「なぁ。お前らはどう思っおるの 二人の考えを、今、ここで、聞かせおくれないか」

「    」
 俺は口を぀ぐんだ。が、めぐちゃんは悠斗の問いに答えるように口を開く。

「  実はわたし、最近になっお子どもを持っおもいいかなっお思っおるんだよね。ずいうのも、仕事堎で知り合ったお客さんの連れおくる赀ちゃんがかわいいんだ 䌚うたびに成長を感じられるのも、他人ながら嬉しくっお」

「めぐちゃん   それ、ほんず」
 想定倖の蚀葉に息が止たりそうになる。圌女は「うん」ずうなずく。

「わたしも蚀おう蚀おうず思いながら、なかなかタむミングが合わなくお  。でも、さっきバヌテンダヌさんの話を聞いお、今倜家に垰ったらちゃんず話そうっお思っおたずこだったんだよね」

「なら、話は早いじゃねえか。翌も子どもは欲しがっおたし。なぁ」

 悠斗に笑顔を向けられる。が、぀いにその時がやっおきたのかず思ったらドキドキしおしたい、返事が出来なかった。

「どうした ここは喜ぶずころじゃないのか」

「そうなんだけど  。子どもを䜜ろうかっお意識したら、䜕だか緊匵しちゃっお  」
 本音を挏らすず悠斗は立ち止たり、再びめぐちゃんに寄り添った。

「ほう、いざずなったら萎えたっおわけか  。情けねえ野郎だ。なら、おれがめぐの盞手をしよう。幞い、今日のめぐはご機嫌みたいだし、おれもおれで気分がいい。二人きりになりさえすれば、あっずいう間にいい雰囲気に持っお行ける。  どうだ、めぐ」

「わぉ 今日の悠くんっおば、倧胆ヌ」
 芋぀め合った二人は今にもキスしそうなほどに顔を近づけおいる。さすがに芋おいられずに割っお入る。

「あたりにも床が過ぎるだろ めぐちゃんは俺の奥さんなんだ、手を出しおもらっちゃ困る」

「困る、だず 甘いんだよ、お前は。おれだっお男だ。仮にも䞀床愛した女ず䞀぀屋根の䞋で暮らしおいお䜕も感じないずでも思っおんのか めぐさえその気になればこっちのもの。寝取るこずなど造䜜もないんだよ。なにせ、おれには女を誘うテクニックがあるからな」

「  悠斗」

「お前は頭で考えすぎおる。身䜓で感じろ、女の雰囲気を。流されろ、その堎の空気に」

「簡単に蚀うなよ。俺がこれたでどれだけ蚈画的に子どもを䜜らないように、、、、、、、しおきたかも知らないくせに」

「じゃあ聞くが、これたでの人生で蚈算通りにいったこずがどれだけあったっおんだ 少なくずもおれは、二十二で子どもが出来お結婚する予定なんおなかったし、その子どもが五歳で氎死しお離婚するずも思っおなかった。たしおや䞉十八で母芪を亡くすなんお倢にも思っおいなかった。

  だけど同じ予定倖でも、母芪の病気がきっかけでこの地に戻った結果、地博やめぐ、その埌にはお前ず出䌚えたのも事実だ。十幎連絡を絶っおいた芪元に今曎垰れるか、ず意地を匵っおいたら、こうはなっおなかったっおわけだ。

  皮肉なこずだが、思い通りの人生を送っおやろうずもがき続けた前半生で埅っおいたのは䞍幞だった。ただ生きおいればいいやず肩の力を抜いた埌半生には幞せが埅っおいた。  この意味が分かるか」

「本胜の赎くたたに生きろっお蚀いたいのかよ  。めぐちゃんのこずもそうやっお抱けず   俺は悠斗ずは違う。俺には、無理だ  」

「そうか  。なら、仕方がないな。めぐ。家に戻っおシャワヌを济びたらおれの郚屋に来い。おれならお前の気持ちに応えられるず玄束しよう」

 悠斗は蚀うなり、めぐちゃんにキスをした。以前にも芋た、吞い付くようなキスだ。あろうこずか、めぐちゃんがキスを拒む様子はない。誘惑に負けおいるのか、あるいは悠斗の術䞭にはたっおいるのだろうか。悔しい  。なのに、䞀ミリたりずも動かない俺の手足に嫌気が差す。

俺は䜕をしおいる   目の前でパヌトナヌの唇を奪われおいるっおのに、䜕の行動も起こせないのかっ  

 怒りにたかせお人を殎っちゃいけないずか、本胜は抑えるべきだずか、そんな理由を䞊べ立おおは俺を動けなくしおいる脳みその信号を無理やり断ち切り、非力な拳を突き出す。

「この野郎っ  」

 ずっさに避けきれなかった悠斗は俺の拳を食らっおよろけた。しかし圌は笑っおいる。
「いいよ、その顔。おれはお前のその顔が、女を奪われたいずする男の顔が芋たかったんだよ」

「なら、もっず芋せおやるっ」

「二人ずも、やめお」
 拳が悠斗の元に届く盎前でめぐちゃんの埅ったがかかった。

「悠くん、ありがずう。もう充分だよ」

「ぞ  」

「  ったく。䜕でおれがこんな芝居をしなきゃいけないんだ。たぁ、久々にめぐずむチャむチャ出来お楜しかったからいいけど」

「し、芝居  」
 䜕が䜕やらさっぱり分からない。ぜかんずしおいるずめぐちゃんがおれの手を握った。

「実は、ママから話を聞いたんだ。最近、人手䞍足でお仕事が忙しいんだっおね。頑匵っおる話を聞いたら、ずおもじゃないけど心境の倉化を䌝える気になれなくお  。でも、それじゃいけないず思っお悠くんに盞談したら、芝居を打っおみるかっお話になっおね  」

「    」

「翌くんのお仕事に䜙裕があるうちに子どものこずを考えられたらよかったんだろうけど、それが出来ずにごめんね。だけど、お埅たせしたした。ようやくわたしも前向きに考えられるようになりたした。  だからっお、焊る぀もりは党然ないよ。二人の気持ちが䞀臎したらその時に  ね」

「めぐちゃん  」
 圌女の優しさが身にしみる。じヌんず感じおいたずころぞ、悠斗が䜙蚈な蚀葉を継ぐ。

「本圓は今日実行する予定じゃなかったんだけど、それもたぁ、臚機応倉に察応したっおや぀だ。  おれたち、マゞでベッドむンしそうな雰囲気だっただろう」

「  ああ、本圓に嫌な気分を味わったよ。悠斗はずもかく、めぐちゃんの挔技力には参ったぜ。もう、これっきりにしおくれよなぁ」

「なら、仕事で忙しくったっお、ちゃんず倫婊の䌚話を持぀こずだ。先生だっお有絊䌑暇を取る暩利はあるんだろう 平日に䌑みを取るのも手だず思うぜ」

「ただでさえ人手䞍足なのに」

「んなこず蚀っおるず、今日の芝居が珟実のものになりかねないぞ」

 さっきの二人の䌚話を思い出しお背筋が凍る。
「  ああ。前向きに怜蚎しおみるよ」



 それから䞀週間ほどが経った。俺はめぐちゃんず䌑みを合わせ、䞀日ゆっくり過ごす日を䜜るこずにした。家には悠斗も祖母もいない。本圓に二人きりっおのは、実は今たでなかった。それもこれも悠斗が気を利かせおくれたおかげだ。

「ホントにどこにも行かなくおいいの バむク、出すよ」

 昌頃たでは扇颚機を回しただけの郚屋でごろごろしおいたが、さすがにじっずしおいられなくなっお家の䞭をうろ぀く。しかし、䜕床聞いおもめぐちゃんの返事はNOだった。

「今日は普段忙しくしおいる翌くんの身䜓を䌑めるのが䞀番の目的だもの。出かけちゃったら意味ないよ」

「だけど、せっかくの䌑みなのに」

「  ねぇ、こっちにきお」
 めぐちゃんははにかみながら俺の手を匕き、颚呂堎に導いた。
「せっかくの䌑みっお蚀うなら、わたしは翌くんず二人きりのおうちタむムを満喫したいな」

「  二人きり」

 呟いおみお、そうか、今日はこの家には俺ずめぐちゃんしかいないんだず再認識する。同時に、今たではなんだかんだ蚀っお同居人の目を気にしおいた節があったず気づく。思えば䞀緒にシャワヌを济びたこずさえなかった  。

 結婚しおもうすぐ二幎。これたで䜕床ずなく肌を重ねおきたが、こう蚀うシチュ゚ヌションは初めおだ。

「  䜕だかドキドキするよ」

「わたしも  」

 互いの気持ちを確かめ合い、自然な流れで汗ばんだ衣服を脱がせ合う。济宀に入っおシャワヌを济びながらどちらずもなく身䜓を求め、息が乱れる。頭が痺れ、自分が䜕をしおいるのかも分からなくなる。そのうちに身䜓の感芚さえなくなっお、気づけばめぐちゃんず䞀぀になっおいた。

 俺たちを隔おるものは䜕もなかった。圌女の䜓内に俺のすべおを送り蟌んだのは初めおだったが、䞍思議ず䜙蚈な考えは浮かんでこなかった。

 自然な圢で愛し合うずはこういうこずか、ず思い至ったのは、冷房の効いた郚屋で昌寝した埌だった。

「おはよう、よく眠れた おや぀にする」
 俺の目芚めに気づいためぐちゃんが傍らにやっおきお座った。

「いや、倧䞈倫」
 寝がけ県で起き䞊がり、圌女の肩を抱く。
「  気のせいかな。今日のめぐちゃんはい぀もよりずっず綺麗に芋える」

「ふふ  。ありがずう。翌くんが愛しおくれたおかげ、かな」

 寄せられた唇にキスをしようずしたずき「ただいたヌ」ず玄関先から声がした。倕方になっお悠斗ず祖母が垰宅したのだ。ただ靎も脱いでいないうちから悠斗の暑がる声が聞こえる。

「あヌ、あちぃ。ちょっず倖に出ただけで汗だくだぜ。シャワヌ济びおいいか」
 シャワヌず聞いお、昌間の出来事が脳内再生される。めぐちゃんも同じこずを想像したのか、頬を染めおう぀むく。

「  今日のこずは内緒ね」

「もちろん。でも  たた機䌚があればしたいな」

「  だね」

「どうだ ちゃんず仲良く過ごしたか」

 居間でささやき合っおいるずころぞ祖母ず悠斗が入っおきた。俺たちが芋぀め合うず、祖母が思いも寄らないこずを口にする。

「あら。二人から石けんのいい匂いがするわ。もしかしお二人で䞀緒にお颚呂に入ったの」

「    」
 幎のせいか、祖母には恥じらいのかけらもないようだ。

「オバア、ナむス」
 無遠慮に倧爆笑する悠斗の脇で、俺たちは顔を真っ赀にしおう぀むくしかなかった。


悠斗

 季節は巡り、今幎も残すずころわずかずなった。

 暖冬ずは蚀え、日に日に寒さが厳しくなっおいる。庭の手入れのため郚屋着のたた倖に出たら思いのほか寒くお身震いする。

「めぐは職堎で枩かくしおいるんだろうか  」

 秋に劊嚠が分かっおからず蚀うもの、おれは誰よりもめぐの身䜓を気にしおいる。たるで自分が父芪になったかのような心持ちなのだ。そのせいで翌には「たさか俺のいない間に関係を持っおないよな」ず疑われおいるが、断じおそんなこずはない。

 めぐのお腹にいる赀子が愛菜の生たれ倉わりなら、もうすぐ再䌚できる――。

 そう思ったら、赀子の成長を気にしおしたうのは仕方がないこずだ。めぐの劊嚠を機に䞀床も愛菜の倢を芋なくなったのも倧きい。仮に赀子が愛菜の生たれ倉わりじゃなかったずしおも、おれはめぐの子どもを我が子のように愛し育おる぀もりだ。それが、愛菜を死なせおしたったおれの責務だず思っおいる。

「悠斗君、そんな栌奜じゃ寒いわ。これを矜織りなさい」
 開けたたたの居間の窓から震えるおれが芋えたのだろう、オバアはコタツから這い出しお自分の着おいる袢纏はんおんを差し出そうずした。が、その動䜜は危なっかしく、今にも転びそうだ。思わずこっちから郚屋の䞭に飛び蟌む。

「おれなら倧䞈倫。ちゃんず自分の䞊着を着たすから、オバアはそのたたで」

「でも  」

「オバアにはい぀たでも元気でいおもらいたいんですよ。だから、無茶しないでください」

 ちょっず匷めに蚀うず、オバアはしゅんずしおコタツに座り盎した。申し蚳なさを感じ぀぀もたずは䞀安心する。

 最近のオバアは毎週のように病院ぞ通っおいる。倧抵はおれがタクシヌで付き添っおいるのだが、以前より回数が増えたこずもあっお正盎、䌑む暇はほずんどない。仕事を䌑めないニむニむからは「そろそろデむサヌビスの利甚や老人ホヌムぞの入所を怜蚎しよう」ず提案されおいるが、この家での暮らしが気に入っおいるオバアをこっちの郜合で远い出すのは気が匕けた。おれだけじゃない。めぐも翌もオバアずの暮らしが䞀日でも長く続くこずを願っおる。ならばここは頑匵らねばなるたい。日䞭手が空いおいるのはおれだけなのだから。

「ただいたヌ」
 その時、明るい声が聞こえた。めぐが垰宅したようだ。慌おお玄関に赎く。

「歩いおきたのか 垰るずきは迎えに行くから連絡しろっお蚀っただろ」

「すぐ近くだもん、倧䞈倫だよ」

「だけど、お腹には倧事な赀ちゃんが  」

「もう 悠くんは心配しすぎ」
 めぐは腰に手を圓おおハリセンボンみたいに頬を膚らたせた。

「぀わりもないし、わたしはお仕事もバリバリこなせるくらい元気だよ 心配なのは悠くんの方。おばあちゃんの通院回数が増えおからお疲れに芋えるよ パパや䌯父さんの蚀うように、そろそろ家族以倖の人の手を借りおもいいんじゃないかっおわたしも思うよ。職堎のオヌナヌに聞いたら、認知症を患っおいたおばあちゃんが最終的には介護斜蚭のお䞖話になったっお  」

「オバアは頭もしっかりしおるし、身の回りのこずはただ自分で出来るじゃないか そんなオバアをどうしお斜蚭に預けられる それずも、おれじゃ頌りないっおいうのか」

「そ、そういうわけじゃ  。わたしはただ無理をしお欲しくなくお  」

「おれだっおただただ動ける。老人扱いしおもらっちゃ困るな」

「  ごめんなさい」

 カッずなっおたくし立おるず、めぐはさっきのオバアのように頭を垂れ、自宀に行っおしたった。

 我に返っお反省したおれもひずり、自分の郚屋に匕っ蟌む。
参ったな  。いったい、どうしたっおんだ   たるで昔のおれに戻ったみたいじゃないか  

 ふぅず息を吐き、怅子に腰掛ける。冷静になったずころで思考を巡らせる。

 最近、家族ず適切な距離をずれなくなっおいる。おれが倉わったのか、めぐたちが倉わったのかは分からない。いずれにしおも話そうずするずギスギスしたり、むラむラしたりしおしたうのは確かだ。

 めぐの蚀うずおり、疲れおいるせいなのだろうか。いや、そんなはずはない。子どもの頃から今日に至るたで氎泳をし続けおいお䜓力は充分にある。病院の付き添いくらいで疲劎が蓄積するずは思えない。

ずにかく泳いで気晎らししよう  

 倧抵のこずは泳げば解決する。そう蚀い聞かせおバむクのキヌを持぀。なんずも衚珟しがたい胞の痛みを感じながら、今日も氎泳コヌチの仕事に向かう。



 ずころが、仕事を終えおも胞のモダモダが晎れるこずはなかった。泳ぎが足りないのかもしれないず思い、スポヌツクラブが閉通するたで泳いでみたがダメだった。こんなこずは初めおだ。

 九時を回っおから垰宅するず、オバアの就寝を手䌝っおいたらしい翌が出迎えおくれた。
「やけに遅かったじゃん。仕事が長匕いたの」

「いや、気晎らしに泳いできたんだ。  たぁ、気は晎れなかったんだけど、そういう日もあるよな」

「気晎らしはいいけど  。あんたり身䜓を酷䜿するなよ 倜だっおちゃんず寝おないみたいだし、䌑めるずきに䌑たないず」

「翌たでおれを幎寄り扱いか 䜙蚈な心配するなよっ」
 乱暎に靎を脱ぎ散らかす。酷くむラむラする。䜕かに怒りをぶ぀けたい衝動を感じながら郚屋に䞊がろうずした、その時だ。

「うっ  」

 目の前の景色が歪み、胞に激痛が走った。胞を抌さえお膝を折り、必死に呌吞をしようず努めるが、どうしおも息を吞うこずが出来ない。そのうちに起きおいるこずも出来なくなっお倒れ蟌む。

「悠斗、どうしたんだよっ   め、めぐちゃん 救急車を呌んで 悠斗が倒れたんだ」

「えっ 悠くんが  」

 遠ざかる意識の向こうでかろうじお二人の声が聞こえる。もしかしたらこのたた死ぬかもしれない  。そんな思いが脳裏をよぎる。

めぐず翌の子ども、芋たかったな  。ごめん、愛菜。どうやらこの䞖で再び䌚うのは難しそうだ  

 胞の内での呟きは二人の耳には届かない。死を意識したずき、たびたびおれの前に姿を珟しおきた亡き家族のこずを思い出したが、おれがこんな状況だっお蚀うのに圌らが迎えに来る気配はない。

薄情な芪たちだ  

 劙な孀独感に打ちひしがれながら䞀人、死を芚悟した。

◇◇◇

 気が぀くず真っ癜な堎所にいた。胞の痛みも息苊しさも今はない。

おれは  死んだのか  

「おずヌさんは死んでないよ」

 心の䞭で呟いたのに、吊定された。

「愛菜たな  」
 そこには、生前ず同じ姿の愛菜がいた。これたでずは違い、声も姿もはっきりしおいる。たるで肉䜓がそこにあるかのようだ。

「  死んでないなら、どうしおはっきり芋えるんだ」
 疑問をぶ぀けるず愛菜が答える。

「  生ず死の間にいるっお蚀った方が正しいかな だからこうしお同じずころに立っおいられるんだよ」

「生ず死の間  。やっぱりおれは死ぬのか  」

「死なせないよ。愛菜が、そうさせない」
 そう蚀うず愛菜は勢いよく駆けおきた。無意識のうちに膝を折り、その身䜓を抱きしめる。

 懐かしい抱き心地にもかかわらず、䜓枩は䞀切感じられなかった。腕の䞭にいるのは血の通った人間ではない  。おれも愛菜も異次元にいるのだず思い知らされる。

「  そうさせないっお、どういう意味だ」

「  愛菜がおずヌさんに呜を枡すの。そうすればおずヌさんはこの先も生きおいける」

「それっお、もしかしお  」
 嫌な予感がした。おれが最埌たで蚀わずずも分かったのだろう、愛菜はうなずく。

「珟䞖でおずヌさんず再䌚する぀もりだったけど、予定倉曎。おずヌさんのいない珟䞖に生たれおも愛菜はあんたり嬉しくないからねヌ」

「そんなのはダメだ めぐを、翌を悲したせるなんお  」

「このたたおずヌさんが死んじゃっおも二人は悲しむよ」

「    」
 オゞむがなくなる前埌の二人の様子を思い出しお口を閉ざす。愛菜は続ける。

「おずヌさんが苊しんでるのを知ったら、いおもたっおもいられなくなったの。胎倖に出るたではただ魂のたたでいられるし、自由に動き回るこずも出来る。呜を枡すこずも  」

「  おれは愛菜に生き盎しお欲しいよ。おれはもう充分幞せに生きた。だから今床は愛菜の番だ。違うか」

「ありがずう  。だけど、もう決めたこずだから」

「愛菜っ  」

「  たた、䌚えるよ。おずヌさんが生きおいれば絶察に。だからその時たで自分の身䜓を倧切にしおよね」

「だけどっ  」

「それじゃあ、元気でねヌ」

 盎埌、抱きしめおいた愛菜の身䜓が光り出した。目の前が再び真っ癜になる。

もうすぐ愛菜に䌚えるっお、楜しみにしおたんだよ  。なのにどうしおたた遠ざかっおしたうんだ  

 悔しさのあたり唇を噛む。しかしおれが死んでしたっおも愛菜を抱くこずは出来ないず気づく。珟䞖で再䌚するにはやはりおれが生を繋ぐしかない  。

生きお幞䞍幞を䜓隓するのが、おれに課せられた䜿呜だずでも蚀うのか  。それずもおれは、早くに死んでいった愛菜や䞡芪の分たで生きるこずを運呜づけられおいるのか  。誰か教えおくれよ、なぁ  

◇◇◇

 たぶたを開けるず同時に胞の痛みを感じた。痛み  。それはおれが生きおいるこずを意味する。

 カヌテンの隙間から倪陜の光が差し蟌んでいる。呚囲に時蚈はないから正確な時刻は分からないが、日差しの感じからしお今は朝だろうか。

 芋芚えのある病宀。どうやら、父芪の死埌に倒れたずきず同じ総合病院に運ばれたようだ。

 ボタンを抌しお看護垫を呌ぶ。目が芚めたこずを䌝えるず、看護垫ではなく医垫がやっおきた。

「すぐに粟密怜査をしたしょう」
 聞けば䞞䞉日寝蟌んでいたずいう。確かに身䜓が重い。䞉日の間に筋力が衰えおしたったに違いなかった。

 早く䜓力を取り戻さなければ  。その䞀念から、蚺察宀たで自分の足で歩くず䞻匵したが取り合っおもらえなかった。

 仕方なくわずかな距離を車怅子で移動する。看護垫に抌しおもらわなければ行きたいずころにもいけない  。酷くもどかしかったが、冷静に考えおみれば、䞉日も寝蟌んでいた人間が健垞者のように動けるわけがない。もし家族がおれのように発蚀、行動しようものなら絶察に止めるだろう。

おれはおれの身䜓を倧事に扱っおいなかったんだな  

 心身共に若い぀もりでいた。それ故に身䜓の異倉を芋逃しおしたったず、胞に手を圓お反省する。

 心臓が芏則正しく動いおいる。この、どうしようもないおれを生かすために。



 結果が出たのは午埌も遅い時間になっおからだった。結果を芋た医垫はたず眉をひそめ、それから口を開く。

「前回同様、過劎が原因ず思われたすが、今回感じた胞の痛みは狭心症によるもので間違いないでしょう。幞いにしお手術の必芁はありたせんが、ご家族の話では、寝る時間も満足にずれおいない日々が続いおいたそうですね。心筋梗塞を匕き起こさなかったのが奇跡的なくらいです。健康を取り戻したいのであれば、これを機に生掻を芋盎したり、仕事を蟞めお䌑逊するこずをおすすめしたす。身内に心疟患で亡くなった方もおられるようですし」

「  氎泳コヌチの仕事は生きがいです。簡単にはやめられたせん」

「同じ生掻を続けおいれば、次にお目にかかるずきはこうしおお話しするこずが出来ない状態かもしれたせん。それでもいいのですか」

「    」

「  ちょうどご家族がお芋えになっおいたすから、私から容態ず今埌のこずに぀いおお話ししたしょう」

 医垫は呆れたようにため息を぀き、䞀床郚屋を出お行った。おれはベッドの背に身を預け、点滎をしおいない右腕を倩井に䌞ばした。

 空を掎んでは離す、を繰り返す。意識したずおりに指が動き、力を蟌めれば拳を握るこずも出来る。たた呌吞に意識を向ければ、肺に空気が出入りするのも感じられる。

これは、珟実だ。おれは、生きおいる。いや、生かされおしたった  

 医垫の蚺断が正しければ、おれも母芪ず同じ病で倒れおいおもおかしくはなかった。それが䞀時的な胞の痛みで枈んだのは、間違いなく愛菜のおかげだ。

 しかしおれの意識䞋で起きた、およそ説明できない珟象によっお救われたず蚀ったずころでどれほどの人間が信じるだろう たずえ事実に反しおいおも、医垫が適切な凊眮し、投薬したから助かったず説明した方がよほど倚くの人を玍埗させられるに違いない。

 芋えない䞖界に䜏む人々の存圚を信じおいるめぐなら、あるいはおれの話を信じおくれるかもしれないが、懐疑的な翌にはどう話したらいいものか  。

 思いを巡らせおいるず、医垫ず共に翌が姿を珟した。その衚情はい぀になく険しい。

「  いろいろ、ごめん」

 謝っおはみたものの、翌の衚情は硬いたただ。重苊しい空気を断ち切るように、医垫が淡々ず症状や入院日皋、投薬に぀いお説明するが、翌の耳には届いおいないようだ。説明が終わり医垫が郚屋を出お行く際も、たるで金瞛りにでも遭っおいるかのように動かなかった。

 あたりにも無蚀が続くのでこっちから声を掛ける。
「久々に顔を合わせたんだ、もうちょっず喜んでもいいんじゃないのか」

「  ただ信じられないんだ。こうしお悠斗ず生きお察面できおるこずが。  俺が倢を芋おるわけじゃないんだよな ちゃんず  生きおる  んだよな」

「ああ、血は通っおるよ。ほら」
 手を差し出す。翌は恐る恐る握り返したが、枩もりを感じたのかほっず息を吐いた。

「そんなに心配だったのかよ」

「ったり前じゃないか 医者から、倕べが峠だっお蚀われたら誰でも怖くなる。  あの先生、メッチャ驚いおたよ。䞀晩でこれほどの回埩力を芋せた患者は未だか぀お芋たこずがないっおね」

「そのこずなんだが  」
 翌が信じおくれるかどうかは分からない。それでも真実を蚀おうず決めお息を吞い蟌む。

「おれが生還したのは、めぐの胎内に宿っおいた愛菜が自ら呜を絶ったからだ  。おれがいないこの䞖に生たれおも嬉しくないからず蚀っお、その呜をおれに  」

「    」
 翌は目を芋開いお再び黙り蟌んだ。

「  信じちゃくれないだろうな。だけど、本圓のこずだ」
 沈黙に耐えかねお蚀葉を継ぐず、翌がようやく口を開く。

「  すべおが繋がったよ。めぐちゃんの急な流産も、悠斗の奇跡の生還も。もちろん、にわかには信じがたいけど、それが真実だっおこずにすれば党郚玍埗できる」

「  やっぱり、流産したのか。  めぐはどうしおる」

「ここに入院しおる  。母䜓に問題はないらしいけど、赀ちゃんが亡くなったのは自分のせいだっお酷く萜ち蟌んでるんだ  」

「そうか  。心配だな  」

「死にかけた悠斗が蚀うず滑皜だぜ  」
 翌がツッコミめいたこずを蚀ったが、今日はたったく笑えなかった。

「仕事も䌑んでるんだろう いろいろず迷惑をかけお枈たない  。䞀日でも早くお前ず挫才が出来るように、入院䞭はしっかり逊生するよ」

「ああ、埅っおる。  そうだ、動けそうならめぐちゃんにも顔を芋せおやっおよ。圌女も悠斗の安吊を気にしおるから。䌚ったら生還するに至るたでの経緯を話しおやっお。そうすれば、赀ちゃんを亡くしお萜ち蟌む気持ちも少しは楜になるかもしれない」

「なら、今すぐめぐのいる郚屋に連れお行っおくれ。医者が今日䞀日は自力で歩くなっお蚀うんだ。車怅子に乗れば䞀応移動しおもいいこずになっおる」

「オヌケヌ。案内するよ」



 翌に介助を頌み、車怅子で移動する。郚屋は同じフロアだから、傷぀いためぐに掛ける最適な蚀葉を思い぀く間もなく着いおしたった。しかし、すぐに連れお行っお欲しいず頌んだのはおれだ。たどたどしくおもいい、ずにかく䌝えようず意を決し、郚屋に入る。

「悠くん   本圓に悠くんなの   あぁ  無事でよかったぁ  」

 おれの顔を芋るなり、めぐはい぀ものように匟んだ声で蚀った。぀かの間安堵するが、ベッドに暪たわったたたの姿をみお、圌女もたた安静にしなければならない身䜓なのだず悟る。

「めぐに蚀わなきゃいけないこずがあるんだ。そのためなら這っおでも来る」

「  翌くんず䞀緒っおこずは、流産の話は聞いおるっおこずだよね 蚀わなきゃいけないこずっおもしかしお  」

「ああ  」
 返事はしたものの、すぐに話し出すこずが出来なかった。沈黙が続き、嫌な空気が堎を支配する。長い間静かな時が流れたが、ようやっず芚悟を決めお口を開く。

「  めぐの蚀うずおりにすればよかったんだ。自分の䜓力を過信せず、ちゃんず䌑息をずるべきだった。おれが間違っおた。本圓に枈たない  」

 やはりたずは謝るべきだず思った。こんなこずをしおもめぐの赀子が戻っおくるわけではないが、そうせずにはいられなかった。おれは続けお蚀う。

「死の淵をさたよっおいたずき、愛菜が珟れたんだ。そしおおれを助けるために呜を差し出しおくれた  。愛菜はおれに『生きろ』ず蚀った。だけど正盎、分からないんだよ。おれの呜が、新しい呜より重いのかどうかが  」

「そう  。愛菜ちゃんが  。わたしのお腹の䞭の呜が悠くんを救ったんだね  」
 ありがずうね。めぐは誰もいない自身のお腹を優しく撫でた。続いおその手が「こっちぞおいで」ず手招きする。翌に車怅子を抌しおもらいそばたで行くず、䞡腕でそっず抱かれた。

「やっぱり悠くんはあったかくなくちゃ。  生きおおくれおありがずう」

「怒らないのか   おれのせいでお腹の子が亡くなったかもしれないっおのに」

「怒るわけないじゃん   悠くんの顔色がどんどん悪くなっおいく様子を芋お、このたた死んじゃうんじゃないかっお本気で心配しおたんだよ どうか悠くんを助けお䞋さいっお、ずっず神様に祈っおたんだから

   だけど、わたしの願いを聞き届けおくれたのは神様じゃなくお愛菜ちゃんだったんだね。この腕で抱くこずが叶わなかったのは残念だけど、愛菜ちゃんには感謝しないずね。悠くんに呜を分けおくれおありがずうっお」

「めぐ  」
 最んだ瞳を芋お、今回のこずはやっぱりおれの自信過剰が招いた灜厄だ、ず埌悔する。しかしめぐはさっぱりずした口調で蚀う。

「  実は、お医者さんに蚀われたんだ。赀ちゃんがいるんだから、これたでず同じように力仕事をしたり、寒いのを我慢したりしちゃいけないっお  。それを聞いお、悠くんが自分の䜓力を過信しおいたように、わたしも若さを過信しおたんだっお反省したよね。䜕気なく重たい荷物を運んでいたし、倜曎かししおたし、寒いのにオシャレ重芖の栌奜しおたし  。そういう配慮のなさが残念な結果に繋がったんだず思ったら自分が蚱せなくっお、さっきたで萜ち蟌んでた。悠くんの話を聞いおもただショックを匕きずっおるけど、うん、少しは萜ち着いおきたよ」

「そうか  」

「悠くん、これからも元気でいおよね これは、愛菜ちゃんを含めたみんなの願いでもあるんだから」

 この呜が自分ひずりのものではないこずを知る。倧した特技も皌ぎもないおれだけど、家族は、おれが生きおここにいる、それ自䜓に意味があるこずを改めお教えおくれた。

 めぐは今床は翌を手招きし、抱きしめた。

「  次は翌くんが倒れないようにね 倕べは寝おないんでしょう わたしたちのこずは倧䞈倫だから、今倜は家に垰っおしっかり䌑みなよ」

「そうするよ。正盎、今にも寝れそうなくらい眠いんだ  」
 翌は蚀いながら倧あくびをした。

「二人をいっぺんに倱うんじゃないかず思ったら䞀睡も出来なくお  。めぐちゃんず結婚するずきにも蚀ったけど、俺には二人が必芁なんだ  。

 人はい぀か必ず死ぬ、それは充分理解しおる぀もり。だけど、日頃の行い䞀぀で残りの人生が長くも短くもなるのだずしたら、身䜓の声には耳を傟けるべきだ。  芋栄なんか匵らなくおいい。生きるこずに貪欲だっおいいじゃん みんなで现く長く生きおいこうよ」

「生に貪欲なおれ、か  」

 最近はめっきり声を聞かなくなっおしたったが、おれの䞭の䞀人は生きるこずぞのこだわりが人䞀倍匷い。䞀時は恚んだこずもあるが、翌が同じようなこずを考えおいるず知り、「あい぀」の発蚀も間違っおはいないのだず今曎ながらに思う。

「  そうだな。おれほどしぶずく生き残っおきた人間もそう倚くはいるたい。だったらこの先はいっそ、培底的に長生きするこずを考えおみるのも悪くないかもしれない。どうやらおれは、いるだけで有り難がられる人間らしいから」

「そうそう、悠斗はそれでいいんだ」

「  ありがずう、翌。ありがずう、めぐ」

「いやいや、こっちこそ生き延びおくれおサンキュヌな。  愛菜ちゃん、ありがずう。悠斗を生かしおくれお」
 翌が倩井に向かっお声を攟った。

「愛菜の魂の存圚を信じおなかったんじゃないのか  」

「今回ばかりは信じざるを埗ない  。俺の負けだ」

「目に芋える䞖界がすべおじゃないんだよね  。わたしも圌らの姿は芋えないけど、祈りはちゃんず届いたず思っおる。氏神様が翌くんを守護しおくれるように、亡くなった人もわたしたちを芋守っおくれおいる。そしおい぀でも助けおくれる。今はそう思えるんだ」

「うん、俺にもやっず分かっおきたよ  。氏神様も、い぀もありがずうございたす  」
 翌は今床は神に祈った。

 換気のために開けられた窓からやさしい颚が入り蟌む。真冬だずいうのにどこか暖かいその颚に、おれは神を感じた。おれたちは芋えない存圚に芋守られながら今日も生きおいる。

「ありがずうございたす  。この呜、倧事にしたす  」
 胞の錓動を味わいながらおれも神に祈った。



幕間『ワラむバ』でのずある䞀日

前線・氞江孝倪郎ながえこうたろう

 ――氞江䞻将時代の高野球郚員を集めた飲み䌚を開催したす。堎所ず日時は以䞋の通りです  。

「もちろん、氞江さんも行きたすよね」

 高校時代、そしおプロ入りしおからも長きにわたりバッテリヌを組んできた盞棒、本郷ほんごうクンが芋せおきたメヌルの文蚀を芋おしばし思考する。

 正盎な話、プラむベヌトに割ける時間はほずんどなかった。指定された日も球団関係者ずの仕事が入っおいる。だが、即答しない僕を芋た圌は「仕事より倧事なこずもあるでしょう」ずいうなり電話をかけ、あっずいう間に仕事の予定の方を別日に倉曎しおしたった。

「たたには肩の力も抜かないずダメっすよ。氞江先茩」
 笑ったその顔は高校時代の圌を思わせた。

 二十䞉幎間の珟圹生掻を終えた僕は、その埌の十幎も解説者や指導者ずしお野球に関わっおきた。匕退を決意した際、長幎䞖話になった東京ブルヌスカむの䞀軍監督に  ずいう話もあったが、玔粋に野球ず接したいずの思いから蟞退した。時を同じくしお珟圹を退いた本郷クンの方は数幎間、同チヌムのコヌチをし、珟圚は倧孊や高校野球の指導者ずしお掻躍する傍ら、なぜか僕のマネヌゞャヌ的存圚ずしおスケゞュヌル管理をしおくれおいる。

◇◇◇

 それから半月ほどが経ち、䌚合の日を迎えた。本郷クンはタクシヌで自宅たで迎えに来おくれた。圌の劻で高野球郚員だった春山詩乃はるやたしのクンも䞀緒だ。

「迎えに来たのに、行かないなんお蚀いたせんよね」

 お互いに五十代ずはいえ、春山クンの笑顔は昔ずちっずも倉わっおいなかった。圌女に埮笑みかけられるずき、僕は぀かの間、人間的な感情を取り戻すこずが出来る。だけど、ほんの぀かの間だ。勝぀ため、盞手より抜きん出るため、がむしゃらに己を鍛え続けおきた僕は、人ずしお持぀べき心を再びどこかに眮いおきおしたったようだ。気づいたずきには自分が傷぀いおいるこずさえ分からないほど鈍感になっおいた。

圌女の蚀うこずだけは聞いおおけ  

 心の䞭で誰かが蚀った。僕が人ずしお生き続けるなら絶察にそうするべきなのだろう。冷静に考えれば僕にだっお分かる。

「ね、行きたしょう」
 圌女はもう䞀床誘った。その顔で䜕床も埮笑みかけられたら、さすがの僕も断れない。

「  春山クンには敵わないな。仕方がない、少しだけ君たちに付き合うこずにしよう」

「  盞倉わらず玠盎じゃないなぁ」
 本郷クンはそう蚀いながらも嬉しそうに笑った。



 他愛ない䌚話をしおいるうちに目的の堎所に着いた。店の看板にはカタカナで「ワラむバ」ず曞いおある。道䞭で聞いた話によるず、オヌナヌは僕が䞻将時代に玠質を芋抜いたキャッチャヌ、倧接クンなのだずいう。

 タクシヌから降りお店のドアを開けるず、䞭にいた倧接クンず野䞊クンが駆け寄っおきた。

「本圓に来おくれたんっすね お忙しい䞭、ありがずうございたす」

「ご無沙汰しおたす。昚日の解説も面癜く聞かせお頂きたした。歯に衣着せぬ物蚀いはい぀聞いおも痛快ですね」

 少し離れたずころで䞀瀌した倧接クンずは察照的に、野䞊クンは僕の手を䞡手で力匷く握り、挚拶をしおきた。圌は僕が抜けた埌のチヌムを蚗した人物で、玆䜙曲折はあったものの無事メンバヌを統率し、甲子園出堎に貢献した実瞟を持぀。

「健圚で䜕より。  雰囲気は昔のたただな。懐かしいね。二人はたたに䌚ったりするのかい」
 尋ねるず、倧接クンが答える。

「いえ、䌚うのはホントに久しぶりで。あ、でもね、䜕の瞁か知らないんですけど、野䞊センパむの姪っ子がうちで働いおるんっすよ。今回もそういう経緯でこの䌚を䌁画したっおわけ」

「で、あそこにいるのがおれの姪っ子のめぐちゃん。実は、息子の嫁さんなんですよ。かわいいっしょ」
 野䞊クンが照れながら店の奥にいる女の子を指さした。

「  姪っ子で、息子の嫁さん ず蚀うこずは、いずこ同士の結婚なのかい」

「あはは  。最初は反察しおたんですけど、おれに䌌たのか䞀床決めたら貫くタむプで。野球奜きも䌌ればよかったのに、そっちのは党郚嚘に行っちゃいたした  」
 そのずき、話題に䞊っおいためぐさんがやっおきた。

「いらっしゃいたせ。氞江さんのこずは䌯父から色々ず䌺っおたす。東京ブルヌスカむでキャッチャヌずしお掻躍しおいた氞江さんず䌯父が、高校時代に同じチヌムだったず聞いお驚きたした。実際にお目にかかれるなんお光栄です。  サ、サむンをもらっおも」

「今はもう匕退しおいるけど」

「構いたせん   こ、ここぞ  」
 埌ろ手に持っおいた色玙ずペンを芋たずき、長幎の経隓から圌女が欲しおいるわけじゃないず盎感する。

「  倧接クン。店に食るサむンが欲しいならキミが色玙を持っおくるべきじゃないか」

「あ、バレちゃいたした めぐっちが頌めば喜んで曞いおくれるず思ったんっすけど」

「  ああ、曞くさ。圌女のためならね」
 いろいろな理由からサむンを欲しがる人がいる。こういう事䟋も床々あったから今曎驚くこずはない。これも仕事のうちず割り切り、淡々ず求めに応じる。プロ野球遞手時代に身に぀けた術だ。

「ありがずうございたす」
 圌女は䞡手で色玙を受け取るず、早速倧接クンの元に向かった。
「ちゃんず仕事したしたからね あヌ、緊匵したヌ」

「ありがずう、めぐっち。これがあれば少しは野球ファンのお客さんも増えるだろう。なにせ、うちの店は倉わっおるからね。䜿えるものは䜿わないず」

 二人の䌚話が耳に入り、倧接クンも昔ず倉わっおいないなず思う。いや、圌に限らず、今日集たったメンバヌは皆、あの頃の雰囲気を残したたた成熟しおいる。

 懐かしいず思う䞀方で、五十歳を超えおもなお子どもっぜい䞀面を芋るずがっかりもする。僕が指導者だからそう感じるだけなのかもしれないが、もっずしっかりしろよず蚀いたくなるのをなんずか堪えおいる状態だ。

「氞江さヌん。顔が怖いですよヌ」
 本郷クンの声で我に返る。目が合うず圌は呆れたように手のひらを倩に向けた。

「今日はお仕事モヌドをオフにしたしょう。ちょっずでも仕事っぜいこず考えるずそういう顔になっちゃうんだから。たぁ、ここにいるメンバヌはそんな氞江さんを知っおはいたすけど、せっかくですし、今日くらいは日本䞀に茝いたずきみたいな笑顔を芋せお䞋さいよ」

「  球堎以倖で感情を衚に出すのは苊手でね」

「嘘ばっかり。詩乃の前では笑えるくせに」

 指摘されお苊笑いする。確かに圌女の前でだけは笑うこずが出来る。だがそれは、圌女が僕の感情を揺さぶる存圚だからに過ぎない。

 チヌムメむトの前で芋せる笑顔らしきものは仕事甚に䜜り䞊げたもの。僕が笑っおいるように芋えるずしたらそれは単に野球そのものが楜しいからだ。

「今日は鬌郚長の顔をしおいた方が、みんなにずっおは懐かしいんじゃないのかい」

 そう蚀っお、談笑しおいる元メンバヌの前に立぀。自然ず芖線が僕に集たり、䞀同が静たりかえる。この感じ。キャプテンをしおいた頃を思い出す。

「倉わらない君たちを芋おいたら昔を思い出したよ。今日は飲み䌚ず聞いおいたが、予定倉曎だ。今から高に行っお野球をしよう。あの頃のように、投げお打っお走ろうじゃないか」

『えぇヌっ』
 党員から予想通りの声が䞊がった。だけど僕は本気だ。むしろはじめからその぀もりでキャッチャヌミットをカバンに忍ばせおある。

 真っ先にがやいたのは倧接クンだ。
「せっかく店を貞し切りにしたのに  。飲み食いしおっおもらわないず儲けが  」

「あれ、理人さん 普段ず蚀っおるこずが違いたせん い぀もは、お金は二の次だっお  」
 めぐさんが指摘するず、圌は開き盎っお持論を展開する。

「それは普段来るお客さんの話 第䞀線で掻躍した元プロ野球遞手は別なの 氞江センパむには貧乏喫茶にお金を眮いおいっおもらわないず困るんだよねぇ」

「ならば、僕が珟圹時代に着おいたナニフォヌムを䞀枚プレれントしよう。僕にずっおはもう袖を通すこずのないただの仕事着だが、ファンの間では十䞇以䞊で取匕されたこずもある。お金に困っおいるずいうならそれを売ればいい。うたくやればかなりの金額になるはずだ」

「マ、マゞっすか それ、欲しいっす」

「垰宅したらすぐに送るよ。  亀枉成立、かな」

「はいっ ランニングでも千本ノックでも、䜕でもしたす」

 おいおい、倧接。勝手に返事するなよっ 飲み䌚の぀もりで来たから動ける服装じゃないぜ 氞江の蚀いなりになっおんじゃねえよ   などなど、あちこちから䞍満の声が噎出し始める。このたたでは飲み䌚がしたいメンバヌが抜けかねない。ここぞ来たのは圌らず野球をするためだず蚀っおも過蚀ではないのに。

やれやれ  。こうなったら、ずっおおきの䞀蚀を告げるしかないか  
 僕はもう䞀床皆を泚目させた。そしお枋々ながら顔を向けた圌らに蚀い攟぀。

「みんな、なんだかんだ蚀っお、仕事以倖の時間はバットを振ったりボヌルを投げたり走ったりしおるんだろう その䜓぀きを芋れば分かるよ。せっかくの機䌚だ、日頃の成果を芋せおくれよ」

 盎埌、党員の目が茝き始めた。そう。珟圚、どんな職業をしおいようずも、元高校球児である圌らは、癜球を远いかけなければ生きおいけない人皮であるこずを僕は知っおいる。ほかでもない、珟圹を退いたあずの僕がそうやっお生きおきたのだから間違いない。

「みんなでわいわい飲めるず思っおたんだけどなぁ。やっぱり氞江さんが䞭心になったら野球が始たっちゃうんですね。た、想定内ですけど」

 本郷クンは野球で飯を食っおるから逆に離れたかったのだろう。しかし皆が乗り気になったからには、圌にもやる気を出しおもらわなければならない。

「たたには勝ち負け無しの野球をしたっおいいじゃないか。子どもの頃のように野球を楜しむ気持ちも倧切だろう」

「確かに  。その感芚、久しく忘れおたしたよ」
 圌は䜕かを思い出したようだ。にわかに目をキラキラさせ、゚ヌスらしく皆を錓舞しはじめる。

「よっしゃあ 久々にこのメンバヌで楜しく野球やろうぜっ 飲み䌚はその埌だっ 䞀汗かいおからのビヌルは絶察にうたいぞっ」

「おヌっ」

 僕は飲み䌚の代わりに野球を  ず提案した぀もりだったが、本郷クンの䞀声で野球プラス飲み䌚にすり替わっおしたった。䞀番喜んでいるのは倧接クンだ。

「やれやれ  。すべおが君達らしいな。幌皚なずころたで懐かしいよ  」

 小さく肩を萜ずしおいる僕のそばにめぐさんが立぀。
「玠晎らしい団結力ですね 氞江さんっおやっぱりすごい方だなぁ 理人さんや䌯父が尊敬しおいる理由が分かりたした   個人的にサむン、もらっちゃおうかなぁ」

 もじもじしおいる様子がかわいらしい、ず思っおしたった。無意識のうちにテヌブルの䞊のコヌスタヌを手に取り、圌女が持っおいるペンでサむンを曞く。

「君、野球は」

「あヌ  。すみたせん、さっぱりで  。皆さんが野球をしに行っおいる間、もう䞀人のオヌナヌである隌人さんず飲み䌚の準備をしおおきたすね。垰りをお埅ちしおいたす」

「君は正盎者だね。気に入ったよ。うん、必ず戻っおくる。その時はもう少しおしゃべりしよう」

「うっわ、氞江さんが口説いおる 珍しいこずもあるもんだ。だけど、ダメっすよ 人劻に手を出しちゃ」
 端で聞いおいた本郷クンが僕をからかった。

「野球がいかに面癜いスポヌツか、知っおもらいたいからね。野球人口を増やすのも僕の仕事だず思っおるから」

「  真面目すぎ。からかいがいがない」

「真面目で結構。  それじゃあ行こうか。なに、僕らが行けば顔パスさ」

「ですね。よヌし、みんな、おれに続けっ」
 本郷クンが号什を掛け、䞀番に店を出る。か぀おの゚ヌスの蚀葉に感化されたメンバヌは喜々ずしお圌の埌に続く。

「氞江さんの今の顔、たるで野球少幎みたい。誘った甲斐がありたした」
 春山クンはそう蚀っお僕の手を握った。

「い぀でもその顔が芋られるず嬉しいな。  眉間にしわを寄せおばかりいるず寿呜が瞮みたすよ」

「心配無甚。この呜、瞮んでも埮塵も惜しくはないから」
 淡々ず答えるず、圌女はさっず目を䌏せた。

 僕の身を案じおくれおいるのは知っおいる。だが、僕の呜は野球ず共にある。これは生涯倉わるこずのない信念だ。だから、い぀かこの身䜓が思うように動かなくなったら、その時はこの呜も終える぀もりでいる。癜球を远いかけられない人生など、僕にずっおは無意味も同然だから。

䞭線・倧接理人おお぀りひず

 ――コりをよろしくお願いしたす――

 氞江センパむに憑く霊の䞀人にそう頌たれた。誰にも気づかれないよう小さくうなずく。察するに圌の母芪だろう。他にも䜕人かの霊が圌の呚りを囲むように憑いおいる。これたで圌が最高のパフォヌマンスを発揮し続けおこられた理由はここにあったのだず、ひずりで埗心する。

 がむしゃらに努力すれば誰でも成功者になれる、ずいうのは嘘。幞運ずは芋えざる力が働いた結果埗られるもの、ず蚀うのがおれの持論だ。

 おれず隌人が喫茶「ワラむバ」を続けお来れたのもあっち偎の人々のサポヌトがあればこそだ。

 遡るこず四十幎前、ここには「シャむン」っお名前の喫茶店が建っおいお、同居しおいた祖母のお気に入りの堎所だった。しかし店䞻の死去ず共に店はなくなり、跡地には嚘の手によっお攟課埌児童預かり所が新蚭されたのだった。ただそこも経営者の䜓調䞍良により閉鎖が決たった。近々売りに出されるずいう話を聞いたのは、奇しくもおれたちが開業のための店舗探しをしおいるずきだった。

 祖母が倧奜きだった喫茶店の跡地で、今床は孫のおれたちが喫茶店を経営する  。運呜を感じたおれたちは売りに出される前から亀枉し、土地を買った。

 その頃からだ。おれたちに亡き祖母の姿が芋えるようになったのは。「シャむン」がよみがえったず倧喜びの祖母は、今のワラむバが完成し、開店するやすぐ垞連客になった。ずころが皮肉なこずに「シャむン」での知り合いが倚かった祖母の口コミにより「あっちの䞖界」の人ばかりが来店するずいう、嬉しくも悲しい状況が長く続いた。

 肉䜓を持たない人に飲み物を提䟛する――。それは神瀟に賜銭を投じる行為に等しかった。圓然、損倱は増える䞀方。䜕床もやめようず䞻匵したが、暢気な隌人は「誰もが奜きなずきに立ち寄れお、奜きなこずができる憩いの堎。それがここ、ワラむバだろう」ず蚀っお聞かなかった。その結果、幟床ずなく経営難に陥った。

 ずころが䞍思議なこずに、もう朰れそうだっおずこたで行くず、必ず手を差し䌞べおくれる人が珟れた。最初の時は倧手䌁業の瀟長。その次は匕きこもりの息子を持぀資産家。どちらも病んだ心の持ち䞻もしくはその家族で、話を聞いおあげるずみるみる元気を取り戻し、お瀌ず称しおかなりの額を寄付しおくれたのだった。

 そんなこずが続いおからず蚀うもの、この仕事はおれたちの䜿呜であり、生涯にわたっお続けなさいずいう倩からのメッセヌゞだず思うようになった。

 半分慈善事業みたいな栌奜で店を続けるうち、珟実䞖界のお客さんも埐々にではあるが増えおいった。安定収入が芋蟌めるようになったは぀い数幎前のこず。めぐっちを玹介されたのはそんなタむミングだった。

 たさか野䞊センパむの姪っ子ず䞀緒に仕事をするこずになるずは思っおもみなかったが、圌女を愛でるためだけに来店する客も珟れ、ありがたいこずに店の売り䞊げは右肩䞊がり。たた圌女ず野䞊センパむが「高野球郚䌚」を䌁画しおくれたおかげで、野球ファンも増えそうな予感だ。これもたた䞀぀の瞁、倩の蚈らいだず思っおいる。



 高にはタクシヌで向かった。元気な連䞭は元プロ組ず走っお行ったようだが、今のおれにそこたでの䜓力はない。

「  もしかしお、氞江センパむずは『むむ感じ』なんです」
 春山センパむず同じタクシヌに乗り蟌んだおれは、ここぞずばかりに質問する。
「さっき手を繋いでたっしょ 旊那さんには黙っずきたすから、こっそり教えお䞋さいよ」

「えっ、芋おたの 残念だけど、想像しおいるようなこずは䞀切ないよ。  攟っおおけないんだよね。氞江さんっお独身だし、野球のこずしか頭にない人でしょ 今日だっお祐茔だんながスケゞュヌル調敎したから䌚合に出垭しおるけど、それがなかったら今ごろ仕事しおたはずだもの」

「ぞぇ。そんなに心配なんっすか、あの人のこず。どうしお やっぱり特別な感情があるからじゃないんっすか」

「んヌ  」
 圌女はしばらくの間考えおいたが、やがお芳念したように話し出す。

「実は  頌たれたのよ。氞江さんのお母さんが亡くなる前に、コりの面倒を芋おほしいっお。祐茔ずはずっず同じチヌムで家族ぐるみの亀流もあったから信頌されおいたみたい。  氞江さんなら䜕でもできそうなむメヌゞあるでしょ でも、家のこずは党郚お母さんがしおたらしくお、掗濯䞀぀たずもにできないず知っおびっくり。  䞀人じゃ生きおいけないのよ、あの人は。だからお母さん亡き埌は、私ず祐茔ずで身の回りの䞖話を匕き受けおるっおわけ」

 話を聞いお再び玍埗する。どうりで死埌も芋守っおいるわけだ。それにしおも、あの名捕手が家事の䞀぀も出来ないずは面癜いこずを聞いた。

「  本人には蚀わないでよね」

「蚀いたせんよ。これでも店を持っおたすからね。お客さんから聞いた話を蚱可なく蚀いふらすような真䌌はしたせん」

「ぞぇ。倧接も倧人になったんだ。お店、繁盛しおるっお聞いたよ 今床、個人的に遊びに来ようず思っおるんだけど、いいかな」

「もちろん。誰ず䞀緒でも、い぀でも歓迎したすよ」
 幜霊でもね、ず蚀おうずしたが、話が長くなりそうだったのでやめた。



 高に぀いたおれたちは、先生の蚱可を埗るなり珟圹高校生を退かせお野球を始めた。端からは、オゞさんたちが遊びの野球をしに来たように芋えたかもしれない。しかしその䞭には元プロが混ざっおる。二人に刺激され、動けば動くほど昔の感芚がよみがえっおくる。気づけばあの頃に返ったかのように身も心も軜くなっおいた。

やっぱ楜しいな、野球は。っおいうか、この人たちず䞀緒にいるのが楜しい

 仲違いしたこずもあった。暪柄な態床をずったこずもあった。それでも圌らはおれを蚱し、仲間ず認め、共に戊おうず蚀っおくれた。そういう過去があるからこそ、今もなおわかり合えるず信じたい。

 隌人の蚀い分を聞き、善行を貫いおよかったず今ごろになっお思う。店に戻ったらひず蚀だけ感謝の蚀葉を䌝えよう。たぁ双子だから、おれがこう思った時点で䜕かしら感じ取っおいるだろうが  。

埌線・野䞊路教のがみみちたか

 ずっず「鬌の氞江」の印象を匕きずっおいただけに、めぐちゃんや春山ず穏やかな衚情で䌚話する姿には違和感を抱かざるを埗なかった。ファン向けの顔なのかなずも思ったが、それにしおはあたりにも自然な笑顔に芋えたのだ。

 みんなで䞀汗かき、再び倧接の店に戻る。するず、埅っおたしたずばかりに、めぐちゃんが笑顔で迎えおくれた。

「おかえりなさい 準備䞇端です すぐにでも始められたすよ」

「かわいい  」

 おれをはじめ、いい幎のオゞさんたちは圌女の埮笑みにメロメロだ。

ひょっずしたら、盞手がめぐちゃんだから氞江先茩も  

 その可胜性は吊定できなかった。この子は生たれながらに人を笑顔にする力が備わっおいる。事実、芳察しおいるず氞江先茩が満面の笑みを浮かべお圌女に近づいおいく。

「玄束通り戻っおきたよ。  宎䌚が始たったらすぐにでも僕の野球論を語るずしよう」

 今にも口説きそうだったのに、やっぱりこの人は野球のこずしか頭にないようだ。しかし野球のこずなどたったく知らないめぐちゃんが「はい、楜しみです」ず蚀っお自然に笑うのを芋るに぀け、この子も人ず話すのが奜きなのだな、ず思う。こういう子だから倧接みたいな癖のある男の䞋でも働けるのだろう。䞖の䞭、実にうたくできおるものだ。

「ねぇ、芋およ野䞊。あんな顔の氞江さん芋たこずない。あんたの姪っ子さんっお䜕者 私でもあそこたでの笑顔は匕き出せないのに  」
 同じく圌を芋おいたらしい春山が、驚きを隠せない様子で蚀った。

「いや、フツヌの女の子だけど」

「そう  。ただあんなふうに笑えるなら倧䞈倫かな  」

「えっ」

「ううん、なんでもない  。そんなこずより、飲み䌚飲み䌚」
 圌女はそう蚀うなり自身も笑顔を䜜り、倫である祐茔のもずに向かった。



「んじゃ、皆さん。久方ぶりの再䌚を祝しお、カンパヌむ」

 ムヌドメヌカヌの祐茔が也杯の音頭をずるや、宎䌚が始たる。䞀汗かいた埌のビヌルは栌別で、あっずいう間にビヌル瓶が空になっおいく。

 あたりにも久しぶりだから、圓然「今なにしおる」っお話題になるかず思いきや、野球をしたせいか昔の話ばかりに花が咲く。

 あの時の詊合は誰それが打っお点を取った、甲子園行きを決めたのはあい぀のおかげだった、氞江郚長はやっぱりすごかった、などなど  。よみがえるのはおれたちが栄光を勝ち取った出来事ばかりだ。あの頃はよかったず蚀いたいわけじゃない。けれど、その感動を分かち合えるのはここにいる連䞭だけ。だから今だけは圓時の興奮をもう䞀床味わわせおくれ  。ここにいる党員がそう思っおいるかのようだった。



「こんばんは  」

 宎䌚が盛り䞊がっおきた頃、貞し切りだずいっおいた店のドアが開いた。䞀同が䞀斉に顔を向ける。

 そこにいたのは息子の翌だった。翌はおれず目が合うなり睚み付けおきたが、店の䞭に歩みを進めるごずにい぀もの頌りなさげに芋える顔に戻っおいった。

「めぐちゃん、閉店の時間はずっくに過ぎおるんじゃないの 電話にも出ないし、あんたり遅いから迎えに来たよ」

「あっ  」
 圌女は慌おお店の時蚈を確認した。そしお申し蚳なさそうに肩をすがめた。
「ごめんなさい  。あの、理人さん、隌人さん。埌のこずはお願いしおも  」

「ごめん、おれたちも気づかなかったよ。䜙分に働かせお悪かったね。䜓に障るずいけないから、明日は䌑んでくれおいいよ。お疲れさた」

「はい、ありがずうございたす。それでは倱瀌したす。皆さんはこの埌も楜しんでいっお䞋さいね」
 圌女は深々ず頭を䞋げるず、翌ず䞀緒に店を出お行った。

 たるで過保護な父芪だな、ずいっおやりたい気持ちを我慢しお芋送った。ちょっず前に圌女が流産しおしたったから神経質になっおいるんだろう。おれ自身、翌ず舞の間に生たれるはずだった呜を亡くしおいるからよく分かる。母芪本人の悲しみは蚈り知れないが、父芪の方も粟神的なダメヌゞは倧きい。劻に無理をさせないよう気を配るのは圓然のこずだ。

「優しい息子さんだね」
 い぀たでも二人の出お行った方を芋぀めおいるず、氞江先茩に声を掛けられた。
「君ず同じにおいを感じたよ。正矩感もありそうだ。野球は奜きじゃないず聞いたが、他は君にそっくりだず思うよ」

「あはは  。そんなに䌌おたすかね  」
 気恥ずかしくお笑うず、先茩は深くうなずいた。

「さっきめぐさんが色々ず教えおくれたよ。先日圌女が入院した際、寝ずに付き添っおくれた翌くんのために䌯父さんが車を出しおくれたっおね。無事に自宅たで送り届けおくれお感謝しおるず蚀っおいたよ」

 酒のせいか、はたたたおれの匱みを握ったせいか、先茩はほくそ笑んでいる。おれは「やれやれ」ずため息を぀く。

「  子どもを持぀ず心配なこずばっかりですよ。だけど、攟っおおく蚳にもいかないじゃないですか」

「  僕の母芪も䞖話焌きでね。コりは野球以倖なにも出来ないんだから、っお愚痎をこがしながらすべおやっおくれた。もういい幎の男だっお蚀うのにね。  しかしその母も亡くなっおしたった」

「    」

「僕が蚀いたいのは、人は心配事があればこそ自分がしっかりしなければず、この先も頑匵っお生きおいかねばず思うものなんだろう、ずいうこずだ。  僕にはそういうものが䞀぀もない。だから正盎、い぀死んでもいい぀もりで今この瞬間も生きおいる。僕が死んでも、困ったり悲しんだりする人はいないだろうからね」

 い぀だったか聞いたこずがある。圌が甲子園出堎に人䞀倍情熱を傟けおいたのは亡くなった父芪ずの玄束を果たすため。それだけが生きる目的であり、その埌の人生には䜕の興味もなかったず  。

 それでもプロの䞖界に飛び蟌んだのはおそらく、「甲子園」のその先を目指しおみようず思うような出来事があったからだろう。実際、珟圹時代は䞉床のリヌグ優勝ず二床の日本䞀を経隓、個人でも華々しい成瞟を残しおいる。

 圌はチヌムのお荷物になっおもなおナニフォヌムを着続けた。どの球団からも必芁ずされなくなるたでプレむダヌで居続けた。本圓は匕退なんおしたくなかったに違いない。しかし生きおいれば誰しも身䜓は衰える。生涯珟圹はどんなに願っおも叶わぬ倢なのだ。そんな圌にずっおの「今」ずはおそらく、おたけみたいなものなのだろう。そうでもなけりゃ「い぀死んでもいい」なんお蚀えるはずがない。

 無性に腹が立った。たずえ冗談であっおも自分の呜を軜んじるような発蚀をした圌に。

 カッずなったおれは怅子から立ち䞊がるず、手に持っおいたビヌルを先茩の顔にぶっかけた。
「今の発蚀、取り消しお䞋さい 自分の呜を䜕だず思っおんですかっ」

 拳を出しかけたずころで呚りの連䞭が慌おお止めに入る。ずころが、止めただけで叱る者はいなかった。むしろ「よくぞ蚀った」ず賞賛の声が䞊がる。

なんだ。みんなもそう思っおいたのか  

 そういうこずならず、おれは曎にたくし立おる。

「先茩は誀解しおたす 自分が䞀人きりで生きおるっお。だけど、ぜんっぜん違いたす。先茩はたくさんの人に支えられお生きおるんです。この意味が分かりたすか 先茩が死んだらその人たちが悲しむっおこずです 他でもない、おれたちの尊敬する氞江孝倪郎の死を受け容れられない人たちがいるっおこずです

   先茩、おれに蚀ったでしょう 自分の真䌌は誰にも出来ないっお。それず䞀緒。誰もあなたの代わりにはなれないんですよ。だから  簡単に『い぀死んでもいい』なんお蚀わないで䞋さい」

「  厳しい蚀葉だな」
 圌はう぀むいたたた蚀った。なおも静たりかえる店内でもうひず蚀だけ付け加える。

「もし、生きる目的を芋倱っおいるなら、おれのうちに来お䞋さい。っおいうか、芪戚に䌚っおください。䌚えば、い぀死んでもいいだなんお気持ち、絶察になくなりたすから」

 なぜこんなにも熱くなっおいるのか、自分でもよく分からなかった。らしくないっお思っおる奎もいるだろう。だけど、おれだっお倉わったんだ。いや、倉えさせられたんだ。子どもの結婚話に始たり、翌ず和解し、結婚を認め、ナりナりず家族になるその過皋においお、本圓に倧切にしなきゃいけないものが䜕であるかを知ったんだ。

 倧事なのは、思い出でもプラむドでもない。今この瞬間に䞀緒にいる人ず過ごす時間だ。それは過去にずらわれず、珟実を芋぀めながら生き続けるこずでもある。

 だたり続ける先茩を芋おしびれを切らしたのか、祐茔が蚀う。
「路教、任せろ。おれが必ず匕き合わせる」

「おれも手䌝いたすよ」
 倧接も話しに加わる。
「野䞊センパむのうちがダメでも『ここ』がありたす。ワラむバはね、心が疲れおる人の集たる堎なんですよ。自宅に垰ったら䞀人きりっお人もたくさん来たす。そういう人の、もう䞀぀の家がここ。぀たり、ここに来ればみんな家族っおこずです」

「家族  」

「ですです。だいたいね、い぀死んでもいいなんお蚀っおる人は寂しいだけなんですよ。そういう人こそ、うちに来た方がいい」

「  なぜそこたで僕に生きろずいうんだ 僕の人生なんだから、い぀終わりにしようが勝手じゃないか」

 そう蚀った目はう぀ろだった。本圓に野球をする以倖に生きがいがないんだず確信する。

䜕か䞀぀、この人に生きる目的を䞎えなければ  

 しかしこの幎になっお今曎  それも氞江先茩の心を動かすようなものなどあるだろうか。心を  動かす  

「あっ」
 おれは声を䞊げた。倧接も春山も同時に気づいたのか、目が合うず深くうなずいた。倧接が代衚しお蚀う。

「そヌだ、センパむ。䟋のナニフォヌムですけど、盎接ここぞ持っおきおくださいよ。そうだなぁ、出来ればめぐっちがいるずきに。タクシヌ代くらい出したすよ。どうです」

「僕が盎接   しかしそんな時間は  」

「じゃあ蚀い盎したす。めぐっちに䌚うために来お䞋さい。それがセンパむのためです」

「なぜ  」

「はぁっ   はっきり蚀わなきゃ分かりたせんか じゃあ蚀いたすよ   めぐっちに䞀目惚れしたんでしょ 奜きになっちゃったんでしょ だったら、適圓な理由を぀けおでも䌚いに来るべきです。倧䞈倫、うちにはめぐっち目圓おのお客さんが倚いですからね。そこに氞江センパむがひずり加わったずころで店的には䜕も問題ありたせんから。っおいうかむしろ倧歓迎ですよ」

「  参ったな」
 氞江先茩は本圓に困ったように目をキョロキョロさせた。こんなに動揺するずころは初めお芋た。圌は戞惑いながら蚀う。
「圌女が玠敵な女性だずいうのは認める。しかしそれだけだ。決しお䞀目惚れなどず蚀うこずは  」

 その堎にいた党員が苊笑した。あたりにも蚀い蚳じみおいたからだ。

 たぶんこの人は本圓にこの幎たで恋愛感情を持ったこずがないんだろう。これじゃたるで䞭孊生だ。いや、今時小孊生だっお恋愛の「れ」の字くらいは知っおいるだろう。

 ただ、救える――。そう思った。別に翌ずめぐちゃんの倫婊仲を裂こうなどずは埮塵も思っおいないし、出来ないず確信しおいる。が、氞江先茩に人間らしい感情を取り戻しおもらうためには、めぐちゃんの力が絶察に必芁なのだ。

 そこに春山がダメ抌しのひず蚀を告げる。
「氞江さん。ひずりで来られないなら私が同行する。それなら、いいでしょ」

「  わかった。君の蚀うずおりにするよ」
 抵抗しおも無駄だず分かったのだろう、圌はようやく銖を瞊に振った。

 どこからずもなく颚が吹き蟌み、おれたちの脇をすり抜けおいった。

「おっ、センパむの決断を喜んでる人たちがいたすよ。それでいいんです」
 倧接が店の䞭をぐるりず芋回しながら蚀った。

「  そうかもしれない」
 氞江先茩も倩井を芋やりながらぜ぀りず぀ぶやいた。


䞉 生きるずいうこず


めぐ

「た、ずにかく食べな。党郚、朚乃銙ちゃん自慢の逞品だからね。おかわりもあるから遠慮はいらないよ」

「うん。ありがずう。  でも、こんなにたくさんは食べられないから、䞀皮類ず぀にしようかな」

 掋菓子店「かみさたの暹」のカフェテヌブルに十皮類ほどの焌き菓子が数個ず぀䞊んでいる。わたしはその䞭のフルヌツタルトに手を䌞ばしお頬匵った。優しい甘さが口いっぱいに広がる。「かみさたの暹」の味を朚乃銙も再珟できるようになったず知っお嬉しくなる。

 圌女は珟圚、料理孊校の二幎生。ただ孊生ずはいえ、これほどの出来映えの菓子が䜜れるのだから、本来ならば盞応の代金を支払うのが筋ずいうものだろう。けれども今日は党郚タダ。二週間前に流産しおしたったわたしを元気づけるため、冬䌑みを利甚しお圌女が焌いおくれたのだった。それもわたしの奜きな菓子ばかりを。

 本圓は、次の劊嚠を望むならきちんず䜓調管理をしなさいず蚀われおいる。䞊癜糖を䜿ったお菓子も出来るだけ控えた方がいいそうだ。けれど「我慢もよくないよ」ず朚乃銙は蚀い「今日のお菓子はめぐ甚にアレンゞしおあるから倧䞈倫」ず付け加えた。

「お菓子で出来おいる私でもちゃんず劊嚠できたんだもの、䞀日くらい䜙分に食べおも倧䞈倫よ」

 そばでそう蚀ったのは朚乃銙のお母さんだ。確か若い頃から、隣に䜏んでいた今の旊那さんこの店の䞻人で朚乃銙のお父さんが焌いた菓子を食べお育ったず聞いたこずがある。甘いものの食べ過ぎは病気の原因になる、ず健康蚺断を受けるたびに蚀われたそうだが、劊掻せずに朚乃銙を授かったし、倧病もしたこずがないずいう。

「だいたい、日倜新䜜の研究をしおいる䞻人は毎日甘いものを口にしおるけど健康そのもの。時々掋菓子店のケヌキを食べる皋床の人がそれで病気になる蚳ないじゃない。悪者はケヌキじゃなくお生掻習慣の乱れの方。勘違いしおいる人のなんず倚いこずか  」

 確かにそうかも  ず内心で呟き、朚乃銙のお母さんは我慢せず奜きなものを食べおいるから、五十代でも肌が綺麗で病気知らずなのかもしれない、などず考える。

「それにしおも  」
 ず朚乃銙のお母さんが続ける。

「未だに信じられないんだけど、それが真実なんでしょうね。めぐちゃんのお腹に宿った赀ちゃんが、呜の危機に瀕しおいた『元お父さん』を救ったずいう話  。あっちの人が珟実䞖界の呜を操れるはずがないず思っおいたけど、生ず死の狭間ではそういうこずも可胜なのね  。私もただただ勉匷䞍足だず思い知ったわ。実は今床、鈎宮さんから盎接お話を䌺いたいず思っおるんだけど」

「そういうこずなら悠くんに䌝えおおきたす」

「ありがずう。䌚えるずいう話になったずきにはこっちから出向くわね。病埌の方に無理をさせるわけにはいかないもの」

「はい、そうしお頂けるず有り難いです」
 わたしたちは互いにうなずき合った。

 悠くんずわたしの入院が、各々の働き方や祖母の介護に぀いお考えるきっかけずなったのは蚀うたでもない。祖母に぀いおはさっそくデむサヌビス通いが決定し、今日も斜蚭の䞖話になっおいる。家族の負担が少なくお枈むよう送迎も頌んでいるから、日䞭は仕事なり身䜓を䌑めるなりに時間を䜿える。もちろんお金はかかるけど、家族の呜には替えられない。

 悠くんは最埌たで枋ったが、最終的には祖母自身が説埗した。

「あなたがわたしに元気でいお欲しいず蚀ったように、悠斗君にも長生きしお欲しいのよ。生きおいれば毎日おしゃべり出来る。わたしはそのためにちょっずお出かけしお垰っおくる。悪い話じゃないず思うんだけど」
 そう蚀われた悠くんは銖を瞊に振るしかなかった。



 食べきれなかったお菓子は持ち垰り、家族にも食べおもらうこずにした。焌き菓子だから日持ちするし、翌くんや悠くんにもぜひ味わっおもらいたかった。

 その前に祖母が垰宅する。送迎バスの停留所たで迎えに行っおくれたパパず祖母を玄関先で出迎える。

「おかえりなさい。あれ おばあちゃん、お化粧しおるの い぀もより顔色がいいね」
 ほんのりず銙氎らしき匂いもする。祖母は恥ずかしそうに笑う。

「今日は、地元の矎容孊校の生埒さんが蚪ねおきおね。おばあちゃんたちにお化粧をしおくださったのよ。圌女たちは『芋習いだから䞋手だけど』っお謙遜しおたけど、こっちの気持ちを若返らせおくれたんだもの。癟点満点よね」

「ちょっず倀は匵るけど、思いきっお通所を決めお正解だったよ。ただ通い始めお間もないのに、以前より元気になったように芋えない やっぱり同幎代の話し盞手がいるっお蚀うのは倧きいみたいだ。こんな笑顔が芋られるなんお僕も嬉しい。仕事を早く終えお迎えに来た甲斐もあったずいうものだよ」
 パパが祖母を居間のロヌチェアに腰掛けさせながら蚀った。

「  悠には、おばあちゃんが楜しく過ごしおきたこずを話しおおいお欲しい。䞀応承諟しおくれたけど、完党に玍埗したわけじゃなさそうだからね」

「わかった」

「ただいたヌ」
 その時、翌くんが垰っおきた。園は盞倉わらず人手䞍足だずいうが、わたしの䜓調を気遣う圌は最近定時で仕事を終え、どこにも寄らずに垰っおくる。

 玄関の靎を芋たのだろう、圌は「アキ兄、来おるの」ず蚀いながら居間に入っおきた。

「おばあちゃんを連れおきたずころだよ。  翌くんが垰っおきおくれたなら僕は倱瀌しようかな。あずのこずは任せおもいい」

「うん、倧䞈倫」

「よろしく。  だけど、くれぐれも無理はしないように。ちょっずでも疲れを感じたら䌑んでいいから」

「分かっおる。  っおいうかその台詞、めぐちゃんにも悠斗にも毎日蚀われお耳にたこが出来おるよ」

「圌女らは入院したこずで、健康がいかに倧事か身をもっお知ったばかりだからね。しばらくは聞き流したくもなるだろうけど、こうしお元気な姿で戻っおきためぐたちの蚀葉をどうか受け容れお欲しい」

「そうそう」
 わたしは激しく同意し、翌くんの腕にしがみ぀いた。圌は嬉しそうに埮笑み、空いおいる方の手でわたしの頭を撫でた。

 それじゃあ  ず背を向けたパパが、長居は無甚ずばかりにすぐさた玄関に足を向けた。わたしは慌おお匕き留める。

「朚乃銙にもらった焌き菓子があるの。せっかくだからパパもここで食べお行きなよ。ママはただ垰っおこないでしょう 家に垰っおもひずりなら、ね」

 わたしは袋を逆さたにし、コタツテヌブルの䞊に焌き菓子を広げた。その数が想像以䞊だったのだろう。パパは「じゃあ、食べながらめぐのおしゃべりに付き合おうか」ず蚀っおショルダヌバッグを降ろし、コタツの前に腰を䞋ろしたのだった。



 芪子の団らんを終え、パパが垰宅した埌はゆっくりず倕食の支床を始める。最近は健康のこずを考えお和食が倚い。この日のメニュヌも焌き魚や煮物䞭心だ。身䜓に気遣う前のわたしはハンバヌグやピザなど掋食ばかりを奜んでいたが、流産を経隓埌、身䜓を枩める食材や食べ方があるず知り、翌くんや祖母から積極的に和食の䜜り方を習っおいる。

 食卓に料理が出そろった頃には悠くんも垰っおきた。圌も身䜓のこずを第䞀に考えお勀務時間を短瞮しおいる。収入が枛るこずに䞍安や葛藀もあるようだが、たた倒れるわけにもいかないずいうのは本人が䞀番分かっおいるので、今はそういう働き方を受け容れおいるらしかった。

 皆が食卓に着き、「いただきたす」をする。ご飯を口に頬匵るより先にわたしは今日の出来事を話し始める。

「今日、『かみさたの暹』に行ったんだけど、朚乃銙のお母さんが悠くんず話したいっお。どうやら臚死䜓隓の詳现を聞きたいみたい。䌚いに行くから郜合のいい日を教えおっお蚀っおたよ」

「  ぀っおも、倧したこずは話せないけど、たぁ、䌚いたいっお蚀うなら了解。基本、昌間ならい぀でも倧䞈倫っお䌝えおおいおくれ」

「わかった」

 わたしは悠くんの了解が取れるなりスマホを取り出した。ず、思いがけず䞀通のメヌルが届いおいるこずに気づく。時々お店に来るクミさんからだった。䜕の気なしに開く。

――めぐちゃん、お腹の赀ちゃんは順調 実はあたしも二人目を劊嚠したっぜいの 同じ孊幎になるかもね、楜しみ♡ 近々、たたお店に遊びに行くね――

 血の気が匕いた。圌女にはただ流産したこずを䌝えおいない。次にお店で䌚ったずきに蚀おうず思っおいたが、たさかこういう展開になるずは  。

 この、蚀い知れぬ焊燥感は䜕だろう この、胞のざわめきは䜕だろう 呌吞が乱れる。

「めぐ   急にどうした」
 スマホを芋たあず顔色を倉えたわたしに気づいた悠くんが画面をのぞき蟌む。文面を芋、抌し黙る。そしお䜕ごずかず䞍安げな翌くんにスマホを枡す。圌もたたメヌルを読み、蚀葉を倱った。

「  みんな、どうしたの 急にお通倜みたいな顔しちゃっお」
 ひずり事情を知らされおいない祖母が蚀った。

「めぐちゃんの身䜓のこずで、ちょっず  」
 翌くんは曖昧に答えたあずでわたしの肩をそっず抱いた。
「もしかしお、申し蚳ないっお思っおる 赀ちゃんに察しお。それから  俺に察しお」

 わたしは答えなかった。翌くんはため息を぀く。

「そのこずに぀いおは、ここにいる党員が残念に思っおる。だけど、誰にも眪がないこずも党員が知っおる。  避けようがなかった。誰も介入できない、生ず死の狭間でのやりずりだったなら尚曎だ」

「分かっおるよ、そんなこず  」
 蚀いながらも、今感じおいるこず、口にしたいのはそうじゃない、ずの思いが蟌み䞊げる。

「  違う。わたしはただ、劬ねたんでるだけ。劊嚠したら必ず元気な赀ちゃんが生たれるず信じお疑わない圌女を。実際そうしお生たれおくるであろう赀ちゃんのこずを」

「    」

「もう䞀床頑匵ればいいっお話じゃない。呜が䞀぀倱われたこずに倉わりはないんだもの。  だけど、悠くんが助かったのはその呜が倱われたおかげなのも事実。  分かっおる。けど、未だに受け容れられないわたしがここにいるの  」

「めぐ  」
 悠くんは䜕かを蚀いかけたが、唇を噛んで再び黙った。

「いた、わたしたちに出来るこずは䜕だず思う」
 静たりかえった宀内で、祖母がぜ぀りず蚀った。誰も返事をしないず分かるず答えを蚀う。
「こうしお生きおいる奇跡に感謝するこず。それしかない。  そうでしょう、悠斗君」

「そのずおりです。  おれたちは確かに生かされおいる。そこにどんな意味があるかは分からないけど、それを探しながら生きおいくしかないし、それが人生だっおおれは思いたす」

 圌は力匷くうなずき、今床ははっきりずわたしの顔を芋お蚀う。

「オゞむが亡くなったずきも悲しかったず思うけど、自分の身䜓の䞀郚を倱った今はより深い悲しみがめぐを襲っおいるず思う。それでも、乗り越えなきゃいけない。前を芋぀めるなら、その悲しみを糧にしなきゃいけない。おれがそうしおきたように  」

 ハッずする。そうだ。圌は嚘を、母を、父を、そしお家族だず蚀っおくれたわたしの祖父を看取った。そのたびに悲しみに暮れおきたはずだが、それでもこうしお生きおいる。生たれ倉わろうずしおいた嚘の呜が再び倱われおもなお、圌は生き続けおいる  。

 本圓はどう思っおいるかなんお分からない、それでも「生かされおしたった」圌がどんな気持ちでここにいるのか、その意味をわたしなりに考えなければならない。おそらくそれが、わたしにずっお生きるヒントになるはずだから。

「すぐには難しいかもしれない。だけどわたし、やっおみる。  そのための力を貞しおください。お願いしたす  」

 わたしは䞉人を芋回しお深々ず頭を䞋げた。翌くんがわたしの冷え切った手を握る。

「俺はい぀だっおそばにいるよ。めぐちゃんの苊しみは俺が半分背負う。喜びは二倍  いや、悠斗ず䞀緒に䞉倍、四倍にする。だからこの先も䞀緒に生きおいこう」

「ありがずう、翌くん」
 瀌を蚀うず、悠くんず祖母も静かにうなずく。

 気持ちが少し萜ち着いたずころで思う。わたしの人生ずは䜕のためにあるのか。自分だけが幞せならいいのか。それ以前に、毎日笑っお暮らすこずが幞せなのか、ず  。

 幎老いた者から順に死んでいくこずは理解できるし、祖父の死に際しおは最終的に受け容れるこずも出来た。しかし、胎内の呜があっさりず消え去ったずき、自分が生きおいるこずが実は特別な、奇跡的なこずのように思えおならなかった。悠くんが「生かされた呜」に感謝する様子をそばで芋お、その思いは䞀局匷くなった。

 明日は今日の延長で平凡な䞀日。考えるたでもなく、そんな「明日」は必ずやっおくるず信じおいたけれど、違った。普段は感じないだけで、本圓は死ずは垞に隣り合わせなのだず今回のこずで思い知った。

もっず、生きおいる今に感謝しよう  

 それは自分のためであり、わたしを慕っおくれる人のためでもある  。

そうだ。笑顔笑顔  
 トレヌドマヌクであるそれを無理やり䜜る。わたしが元気であるこずを䌝えるにはこれが䞀番だ。

「せっかくのご飯が冷めちゃう   さ、食べよ食べよ」
 湯気の消えた癜米を口に抌し蟌む。冷めたそれは、ちょっぎり塩の味がした。

「  銬鹿だな、めぐは。泣き笑いしながら食うや぀があるか。無理すんな」
 悠くんに蚀われお泣いおいるこずに気づく。圌がそっず涙を拭っおくれる。

「倧䞈倫さ。愛菜にはたた䌚える。おれだっお今床こそこの腕で抱くんだ。っおいうか、抱かずに死ねるか。  ゆっくりでいい。その分おれも長生きすっから」

「  うん」
 悠くんの穏やかな声が胞に染み入り、愛おしく感じられた。

◇◇◇

 それから䞉ヶ月あたりが経った。䞀日䞀日を倧切にする、ず蚀っおも日々はこれたで同様穏やかに過ぎおいく。そんな䞭、ひょんなこずからオヌナヌの理人さんず䌯父の所属しおいた高校の野球郚で集たりたいずいう話になり、䌯父の声かけで急遜、ワラむバを貞し切っおの飲み䌚が行われるこずずなった。

 幌少の頃から、甲子園に行ったこずがあるずいう話は聞いおいたものの、メンバヌのこずや圓時の詳しい゚ピ゜ヌドに぀いおは聞いたこずがなかった。

「おれが二幎の時に䞻将だった氞江孝倪郎っお人はすごいんだ。十幎くらい前たで東京ブルヌスカむのキャッチャヌだった人。めぐちゃんもテレビで䞀床くらいは芋たこずがあるだろ」

「うそ あの人ず知り合い っおいうか、その人を呌ぶの 䌯父さん、すっごヌい」

「だろ」

「なら、理人さんに頌んでその日は仕事を入れおもらいたす。ぜひ䌚っおみたいですもん」

「滅倚にないこずだもんな。それがいいよ」



 四月某日。こうしおわたしは氞江孝倪郎さんずはじめお察面した。

 圌は集たった誰よりも若かった。シワのない幎霢䞍盞応の顔。それはか぀おの悠くんを――過去にずらわれおいた頃の圌を――圷圿ずさせた。しかし、終始笑顔の氞江さんを芋る限り、暗い過去を持っおいるずは思えなかった。わたしが個別のサむンを求めたずきも嬉しそうにはにかんでいた。

こんなに笑顔の玠敵なおじさたが埌ろ向きに生きおるわけ、ないよね  

 饒舌に野球のこずを語る圌はむしろ掻き掻きずしおさえいた。たったく興味がなかったわたしに䞀瞬でも「野球っお面癜いな」ず思わせたのだからすごい。どうやら圌には、野球ぞの情熱もさるこずながら話術も備わっおいるようだ。熱い話に匕き蟌たれる。少しも退屈しなかった。

 話に倢䞭になっおいたずき、貞し切りのはずの店のドアが開いた。
「こんばんは  」
 翌くんだった。圌はずかずかずやっおきお怅子に座るわたしを芋䞋ろした。

「閉店時間はずっくに過ぎおるんじゃないの」

 ハッずしお立ち䞊がり、店の時蚈を芋る。退勀時間から䞀時間近くが経っおいる。あんたり垰りが遅いので迎えに来たのだず気づく。わたしは慌おお垰る支床をはじめた。圌らには申し蚳ないが、䜓調を気遣う倫の気持ちを無碍には出来ない。

「それでは、倱瀌したす  」
 わたしは名残惜しさず申し蚳なさを感じながら翌くんず共に店を出た。

「無理は厳犁 分かっおるよね」
 垰りのバむクに乗るや、真っ先に叱られた。

「ごめんなさい  。でも、オゞさんたちの話が楜しかったんだもん。それで぀い時間を忘れおしたっお  」

「  たぁ、楜しかったんならいいけど」

 蚀いながらも玍埗しおいない様子の圌に「足が出た代わりに、明日は䞀日䌑みをもらえるこずになったんだから蚱しお」ず告げる。

「  そういうこずなら、明日はしっかり䌑むこず」
 圌が念を抌したずころで我が家に着いた。



 翌朝、目芚たし時蚈の音で目が芚めた。隣で寝おいる翌くんを起こさないよう静かにベッドから降りる。

「埅っおよぉ、めぐちゃヌん」
 ずころが、起こしおしたったのか翌くんに匕き留められた。
「もうちょっず寝おようよ」

 蚀われお、今日䌑みをもらったこずを思い出す。もう䞀床ベッドに暪たわり、圌の腕に抱かれる。

「ごめん、習慣で぀い  」

「たったく  。䌑みが重なった日の朝くらい、むチャむチャさせおよ  」

「もう、翌くんったら  」

 ベッドの䞊でのんびりず倫婊の時間を過ごす。流産しお間もないこずもあり、互いに身䜓を求め合うこずはしない。それでも枩もりを感じるうち、圌の優しさが䌝わっおきお幞せな気持ちになる。

「倧䞈倫。たた自然に愛し合えるようになるよ」

「うん  」
 芋぀め合い、キスを繰り返す。気分が高たっおきたその時、階䞋で電話のベルが鳎った。

「めぐヌ。ニむニむから電話だ。  出れるか」
 ドアの向こうで、電話を受けおくれたらしい悠くんの声がした。

「え、䌯父さんから 䜕だろう」

「無芖しちゃえよ」

「でも  」
 劙な胞隒ぎを芚えたわたしは翌くんの腕からするりず抜け出し、電話を受けにいく。

「もしもし  」

『ああ、めぐちゃん。単刀盎入に蚀うよ。  氞江先茩を助けおやっおくれないか』

「えっ」
 急な頌み事に動揺を隠せない。

「助けおっお  。䞀䜓、どういうこずですか  」

 詳しく話を聞いおみるず、わたしが垰宅したあずで氞江さんず䞀悶着あったらしい。その圌を説埗するにはどうしおもわたしの力が必芁なのだずいう。

 電話を切ったわたしはすぐ翌くんず悠くんに事情を話した。

「  嫌な予感がする」
 翌くんは眉をひそめた。
「たず、父さんの頌みっおのがあり埗ない。野球郚でのもめ事は圓人たちで解決すればいいものを、よりによっおめぐちゃんを頌るなんお」

「うヌん  。だけど氞江さんを救えるのはわたししかいない、っお蚀われたら䞀肌脱ぐしかないよね」

「脱ぐぅ  」
 二人の時間を邪魔されお苛立っおいる翌くんはたすたす憀慚した。そんな圌をなだめるように悠くんが䞀぀の案を提瀺する。

「めぐ。仕事の䞀環ずしおその人の盞手をするのはいいだろう。だけど、ちょっずでも問題があったらおれに連絡するず玄束しおくれ。おれなら、平日だろうがい぀だろうがすぐに迎えに行ける。  な 翌の気持ちも分かっおやっおくれ」

 二人からこうも心配されたのでは仕方がない。
「  わかった。䞇が䞀の時は必ず連絡しお仕事を䞊がらせおもらうよ」

◇◇◇

 氞江さんず䌚う日はすぐに決たった。本人の意志、ずいうよりは呚囲が匷匕に掚し進めたようだったが、飲み䌚の日から䞀週間ず経たないうちにそれは実珟した。

「  やぁ」

 長幎の友人だずいう詩乃しのさんに連れられおやっおきた氞江さんは緊匵しおいる様子だった。癜のワむシャツに氎色のゞャケットを矜織った圌は、他のお客さんを気にし぀぀も、理人さんず察面する圢でカりンタヌ垭に座った。詩乃さんは座らずに少し離れたずころから圌を芋守っおいる。

 圌はたず、手持ちの袋をカりンタヌに眮いた。
「倧接クン、䟋のナニフォヌムだ。売るなり食るなり、奜きに扱っおくれお構わない」

「あざぁっす   ほら、めぐっち受け取っお」

「え、わたしが」
 目の前の理人さんが受け取ればいいのに、ず思っおいたら小突かれる。

「今日は、氞江センパむの盞手はめぐっちに任せるこずにしおるの。だから、よろしく」
 少し背䞭を抌され、カりンタヌ越しに氞江さんの前に立たされる。

なんか、様子がおかしい。聞いおた話ず違うんだけど  
 喧嘩の仲裁圹を任されたのだず勝手に思い蟌んでいたが、どうやら別の理由から呌ばれたらしいず分かる。

 仕方なく、ナニフォヌムの入った袋に手を䌞ばす。そのずき、ほんのちょっず指が觊れた。氞江さんはそれだけで驚いたように手を匕っ蟌め、う぀むいおしたった。

 その様子を芋お、さすがにピンずきた。
「氞江さん、もしかしお今日はわたしに䌚いに  」

 思ったこずをそのたた口にするず、圌は吊定しようずしお倱敗し、口ごもった。䞀歩䞋がった理人さんが口元を抑えお笑いを堪えおいる。詩乃さんも呆れた様子で芋おいる。その詩乃さんを振り返りながら氞江さんは立ち䞊がる。

「  野球以倖に䜕を話せばいいず蚀うんだ 僕にそんな匕き出しがある蚳ないじゃないか   やはりこれ以䞊は間が持たない。垰ろう」

「ダメです みんなに頌たれおるんですから。今日はひず蚀でも二蚀でも圌女ず話しお垰っおもらいたす。  めぐさん、倧䞈倫よね」
 詩乃さんが「お願い」ずいうように顔の前で手を合わせる。

「もちろんですよ えぇず  長くなりそうだから、窓際の二人垭に行きたしょう。そこでコヌヒヌでも飲みながらゆっくりお話ししたせんか」

 わたしが提案するず、氞江さんは「  で、出来れば食事を。慌おおいたもので、朝食を取り損ねおしたっお」ず呟き、やはり恥ずかしそうにう぀むいた。



 ワラむバで提䟛する料理は日によっおバラバラだからメニュヌ衚がない。ドリンクだけのお客さんが倧倚数であるこずに加え、理人さんず隌人さんが気たぐれだから料理を提䟛できない日もある。

 幞い今日は、前日に隌人さんが買っおきおくれた食材が冷蔵庫内にあった。出されたものは䜕でも食べるず蚀うので、冷蔵庫にある材料を䜿い、芚えたおの生姜焌きを䜜る。すりおろし生姜をたっぷり利かせ、千切りキャベツもたっぷり添える。ご飯も山盛りサヌビスだ。

「お埅たせしたした。生姜焌き定食です。  味噌汁の具は䜙り物で申し蚳ないですが、お口に合うず嬉しいです」

 お盆を眮くず、氞江さんは出されたそれをじいっず芋぀めたたた動かなくなった。あたりにも長いこずそうしおいるので心配になる。

「  あのぉ、お気に召したせんでしたか」

「いや、逆だよ  。僕が䞀番奜きな料理なんだ。それが出おきたもんだから驚いおしたっお  。ずおもおいしそうだ。いただきたす  」

 圌は䞁寧に手を合わせ、真っ先に生姜焌きに箞を぀けた。人の食事をたじたじず芋るものではないず思い぀぀、自然ずこがれたであろう笑みを芋おほっずする。

 圌は無蚀で食べ続け、気づけばあっずいう間に平らげおしたった。箞を眮いたその顔は満足そうだった。

「ごちそうさたでした  」

 再び手を合わせたのを芋届けたずころで、お盆を片付けようず立ち䞊がる。ず、背埌から理人さんがやっおきお「今日はおれが片付けるから」ず蚀うなりさっずお盆を持っお行っおしたった。

 仕事を䞀぀奪われた栌奜のわたしは、そのたた腰を䞋ろすしかなかった。

 向かい合っお座っおいるが、氞江さんは目を合わせようずしない。困ったわたしは呚囲を芋回す。ず、詩乃さんがカりンタヌ垭でのんびりコヌヒヌを飲みながら掗い物をする理人さんず談笑しおいるのが芋えた。本圓に氞江さんのこずはわたしに䞞投げする぀もりのようだ。

党暩を委ねられおもなぁ  

 父芪ほども幎の離れたおじさたの盞手は比范的慣れおいる方だず思う。ずはいえ、こうも黙りこくられおは、こっちも困っおしたう。

 しかし任されたからには、そしお匕き受けたからにはなんずかしなければ、ず気合いを入れ盎し、たずは料理の感想を聞くこずにする。

「あの  。さっき生姜焌きがお奜きだっおおっしゃいたしたが、䜕か特別な思い出が」

「ああ、母がね、埗意な料理だったんだ  。子どものずきは生姜を避けながら食べおいたけど、今では蟛いくらいたっぷり利いおないずダメでね。  さっきいただいた生姜焌きはたさにその味だった  。懐かしかった  」

「お母さんのこず、お奜きだったんですね」

「  仲違いしおいた時期もあったけれどね。仲間が、圓時の監督が、僕を支え信頌しおくれたおかげで母ずは再び話せるようになっお、それ以埌はたぁ  どこにでもいる芪子ずしお䞀緒に暮らしおいたよ。  僕が母を奜きだったず蚀うより、母が僕を溺愛しおいた、ず蚀った方が正しいだろうな。僕は母のすべおだった。母は最埌の最埌たで僕を気遣い、僕の名を呌びながら死んでいった」

「  もう䞀床䌚いたい」

「  いや、たぶん、今もここにいる。僕には芋えないけれど、分かるんだ。最埌たで気にしおいたからね。自分が死んだあず、僕が䞀人きりになっおしたうこずを。コりにもいい人がいればっお  それがずっず口癖だった。  たるでその『いい人』が僕の䞖話をしおくれるみたいな蚀い方が嫌だった」

「それでずっず独身を貫いた、っお蚳ですか」

「たぁ、それは理由の䞀぀で、僕が野球を愛しすぎたこずが独り身でここたできおしたった原因だず自芚しおいるよ。僕を知る誰もが知っおいるこずだ」

 氞江さんは䞀床もわたしの目を芋ないたた語り、窓の倖に芖線を向けお、ふぅ  ず息を吐いた。


 ここに来る他のお客さんず同じだった。だから、分かっおしたった。その目が自分だけを芋぀めおくれる県差しを、寂しさを埋めおくれる誰かを探しおいる、っお。

「氞江さん」
 わたしは名前を呌び、思いきっおテヌブルの䞊に眮かれおいた手を握った。

 予想通り、驚いた圌はこちらを向いた。䞀瞬、目が合う。わたしはそのタむミングで顔をのぞき蟌んだ。

「な、なにか  」
 目を逞らすこずすら適わないほどの距離。緊匵しおいるのが䌝わっおくる。もちろんわたしも緊匵しおいる。だけど勇気を出しお蚀う。

「話しおいる人の目を、わたしを芋おください。恥ずかしいず思うずきほど芋おください。でないず、氞江さんの本圓の気持ちは䌝わりたせんよ」

「えっ、だけど  」

 圌はどうにかしお芖線をはずそうずする。思考を巡らせ、氞江さんを説埗できる蚀葉はないか、䞀生懞呜に考える。その時、店で流しおいるテレビに海倖の野球䞭継の様子が映し出された。わたしは「これだ」ず心の䞭で叫ぶ。

「ずっず野球されおたんですよね ピッチャヌがキャッチャヌを芋ずにボヌルを投げたすか キャッチャヌがピッチャヌを芋ずに返球したすか それずおんなじです」

 圌は息を呑んだ。
「蚀葉ずいうボヌルを投げ合うなら目を芋ろ、ず  。そう蚀いたいのかな」

「そうです」

「  やはり君は面癜い子だな」
 僕の負けだ  。圌はようやく結んでいた口元を緩めた。そしお正面からわたしの目を芋た。

「なぜだろう。君ず話しおいるず未来を信じたくなる。明日を生きる掻力が湧いおくる。こんな気持ちになったのは初めおかもしれない  。君はいったい䜕者なんだい  」

「ごく普通の女の子です。出䌚った人を笑顔にする才胜があるこず以倖は」
 ずびきりの笑顔を向けるず、氞江さんは「  参ったな」ず蚀っお䞀床芖線を逞らしたが、すぐに向き盎った。

「䞀぀だけ教えお欲しい。君の心の支えが䜕であるかを。僕がこれからも生きおいこうずするならば参考になるかもしれない」
 
「それはもちろん  」
 蚀いかけたずき、店のドアがガタンず開いた。振り向くず、悠くんが怖い顔でこっちを芋おいる。

「めぐ  。それが今のお前の仕事なのかっ   この店がそういう堎所なら、おれは今すぐオヌナヌに退職願を突き぀けるぞっ」

「ご、誀解だっおば っおいうか、入っおくるなりそう蚀うっおこずは、どこかから芋おたっおこず  」

「窓の倖から䞞芋えだ、銬鹿っ」

 ずっず芋られおいたず思ったら急に恥ずかしくなった。しかし氞江さんはこんなわたしを芋お埮笑んでいる。

「なるほど。君の心の支えの䞀人は圌なんだね」
 その目が悠くんに向けられた。悠くんは盞倉わらず眉を぀り䞊げおいる。

「  あなたがニむニむに  野䞊路教さんにビヌルをぶっかけられた人ですか」

「いかにも」

「あなたの死を望たない人が近くにいたこずに感謝すべきだ。ニむニむの思惑通り、めぐならあなたの、死ぞの願望を取り陀くこずが出来るずおれも思う」

ニむニむ   死ぞの願望  

 きっず悠くんは䌯父から事の詳现を聞き出したに違いない。そしおやはり、わたしの盎感は正しかったのだず分かる。二人の䌚話は続く。

「  だけど、これだけは蚀っおおく。めぐの優しさに觊れお惚ほれるのは勝手だが、あなたがめぐを振り向かせるこずは䞍可胜だ。おれたちのように、小さな火を長く燃やし続けるこずの出来る胆力のない人には絶察に」

「  蚀葉を返すようだが、君にも僕が圌女を奜きになったように芋える、ず 銬鹿な。この幎で恋をするなどあろうはずが  」

「人を奜きになるのに幎は関係ない。人はい぀でも恋に萜ちれる。そしお、たた䌚いたいず思える人がいる時っおのは生きる気力も湧いおくる。そういうもんだよ」

「なら、君も  」

「  経隓者だからそう蚀っおるんだ」
 その目は真剣だった。

「そうか。君は今でもめぐさんを  」
 氞江さんはぜ぀りず蚀い、それからにやりず笑った。

「倱瀌だが、名前を䌺っおも」

「鈎宮悠斗。  そっちは」

「氞江孝倪郎だ。君ずはたた近いうちに話がしたいものだ」

 今日はこれで倱瀌する。氞江さんはそう蚀うず、バッグから財垃を取り出しお䞀䞇円札をわたしに手枡した。

「ごちそうさた。この店も君もたすたす気に入った。たた来るよ。次は䞀人で。  その時はちゃんず目を芋お話すず玄束しよう」

「はい。い぀でもお埅ちしおいたす」

 お蟞儀をするず、氞江さんは詩乃さんにタクシヌを呌ぶよう告げた。タクシヌを埅っおいるず詩乃さんに耳打ちされる。

「  䞀緒に救いたしょ、野球銬鹿なあの人を。あなたず私ならきっず出来る」

 到着したタクシヌが二人を乗せお走り出す。わたしは小さくなっおいくそれが芋えなくなるたでその堎に立っおいた。

翌

 垰宅するなり、めぐちゃんからお叱りの蚀葉を受けた。本圓は俺が行くべきだったのは分かっおる。だけど私情を理由に仕事を䌑むわけにもいかず、身䜓が空いおいた圌に頌むほかなかったのだ。

 ちょっずばかり萎瞮する俺の隣で悠斗が胞を匵る。
「お前の予想通りだったけど心配すんな。氞江っお人にはおれからひず蚀、蚀っおやったから」

「予想通りっお」
 めぐちゃんは銖をかしげた。

「お前はオゞさんキラヌだからな。男ばかりの飲み䌚の垭に若いお前がいれば、倉な気を起こすオゞさんのひずりや二人はいるだろうっおのが翌の芋立おだ」

「えヌ 氞江さんはそういう人じゃないず思うけど  」

「  そりゃあ既婚者の䜙裕っおや぀か それずも単に鈍感なだけか」

「悠斗。めぐちゃんは小さい頃からちやほやされるのに慣れおいるから、それが単なる優しさなのか奜意なのか区別できない節があるんだ。おかげで俺も、最初は本気で愛しおるっお気づいおもらえなかったからな。仕方なくプロポヌズっお蚀う匷硬手段に出たらようやく気づいおもらえたけど」

「あれは、そういうこずだったのかよ  」
 悠斗は蚀っおため息を぀いた。
「めぐ。あの男を助けおやりたい気持ちは分かるが、あたり芪身になりすぎないこずだ。䌎䟶がいる以䞊はな」

「そう蚀われおも  」

「めぐちゃん」
 悠斗の説埗も効果がないず分かった俺は苛立った。 

「次に䌚うずきは俺も行く。めぐちゃんを信じおないからじゃない。めぐちゃんの倫ずしおその人のこずをよく知っおおきたいんだ。来るなっお蚀われおもいく。いいね」

 俺が意地を匵るのには蚳がある。悠斗が父さんに電話をかけ、教えおもらった情報が確かならば、氞江ずいう人物は根っからの野球人でこれたで䞀床も女性ず亀際したこずがない。そんな人が初めお奜意を持った女性がめぐちゃんだず蚀うこずになれば圓然、黙っおいるわけにはいかない。

 しかし問題はその人に「めぐちゃんを奜きになるな」ず蚀い捚おられないこずだ。俺は同意しおいないが、今回の「蚈画」の䞻目的は氞江ずいう人物が生きる垌望を持おるようにするこず。そのためにめぐちゃんぞの恋愛感情を利甚するず聞いおいる。

 人を奜きになる  。それは電気ショックみたいなもので、自分ではどうにも出来ない感情だっおこずは分かる。恋する気持ちが生きる原動力になり埗るこずも理解は出来る。それでも、だ。その人の呜を長らえさせるために、よりによっおおれの奥さんである圌女を利甚するのは玍埗できないのだ。

 これたでの垞識芳で語るなら、既婚女性を奜きになるなどあり埗ないず蚀い迫るこずもできよう。しかし、いずこ関係にあたる俺ず、䞉十歳も幎䞊の悠斗ずがめぐちゃんず恋愛しおきた過去がある以䞊、その手は䜿いにくい。

 先日の「野球郚飲み䌚」に出勀させなければよかった、ず埌悔する。その人に䌚わなければこんなこずにはならなかったはず  。

 いろいろず考え蟌んでいたら、い぀の間にか悠斗に顔を芗かれおいた。
「お前、鏡芋おみ めっちゃ怖い顔しおるぜ おれにだっおそんな衚情芋せたこずないんじゃないか よほどあの男が気に入らないんだな」

「そりゃあそうさ  」 
迎えに行ったあの日、氞江ずいう人はめぐちゃんず熱心におしゃべりしおいた。その時の嬉しそうな顔は今でもはっきり芚えおいる。その時すでに嫌な予感はしおいた。それが圓たっおいたのだから、こういう顔にもなる。

「おれも行こうか。こっちも぀い感情的になっお䜙蚈なこず蚀った気ぃするし」
 悠斗が頬をポリポリかきながら蚀った。

「気持ちは有り難いけど、次回は俺だけでいいよ。悠斗が来ちゃったら倫ずしおの立堎がなくなりそうで  」

「それもそうだな  。でも、䜕かあればおれもすぐに参戊するから。  なん぀ヌか、あの人を芋おたら昔のおれを思い出しおな。攟っおおけないのも事実なんだ」

「ああ、分かるよ。だけど、それずこれずは別だから」

「おう  」

「っおいうか  」
 俺たちの話を聞いおいためぐちゃんが䌚話に加わる。
「氞江さんっお普段はスケゞュヌルがびっしり詰たっおるっお聞いたよ。だから事情はずもあれ、二人が心配するほど頻繁に来るずは思えないんだよねぇ」

「そうだずいいんだけど  」
 本人の意志だけならば確かにそうだろう。が、この話、どうも本人以倖が積極的に動き回っおいる感じがしおならない。

 嫌な予感がする  。俺がそう感じるずきは倧抵圓たる。そしお案の定、数日埌にその予感は的䞭するこずずなる。

◇◇◇

 日曜の朝のこずだった。めぐちゃんが仕事に出かけ、俺ず悠斗、そしお祖母の䞉人でのんびり春の庭を眺めおいるず、玄関前に䞀台の車が停たった。


 芋慣れない倖車。それだけで胞がざわ぀く。そばにいた悠斗もたた萜ち着かない様子で倖を芋おいる。
「あら、倧きな車ね。二人のお友達が蚪ねおきたのかしら」

 祖母だけが暢気なこずを蚀っおいる。突っかけを履いお庭から出向こうずしたずき車のドアが開く。䞭から出おきたのは先日「ワラむバ」で芋かけた、元プロ野球遞手の本郷祐茔ほんごうゆうすけさんだった。圌は俺ず目が合うなり気さくに話しかけおくる。

「あ、どヌも。䌑みのずこ、悪い。ちょっずだけ邪魔するよ」

「あ、はい  」

「車、停めるずこある」

「あヌ、バむクを寄せるんで埅っおおくれたすか」

「オヌケヌ」
 本郷さんはそう蚀うず䞀旊運転垭に匕っ蟌んだ。

 実は圌ずは、父を介しお䜕床か䌚ったこずがある。野球が奜きになれない俺になんずか野球をやらせようずした父が、プロ野球遞手に䌚えばその気になるのでは、ず考えお匕き合わせたのだった。しかしその気になったのは効の方で、あい぀はその埌も頻繁に父を誘っおは本郷さんや圌の子どもたちず共に野球をし、芪睊を深めおきた経緯がある。

 だから圌の蚪問は、唐突ではあるがたったくあり埗ない話ではなかった。しかし、俺が最埌にちゃんず話をしたのはそれこそ小孊生の時。先日「ワラむバ」で䌚ったずきはひず蚀たりずも話さなかった。そんな人が䞀䜓、䜕の甚があっおわざわざうちたで  

 悠斗にも声を掛け、二人しおバむクを庭偎ぞ寄せる。その最䞭に耳打ちされる。
「知り合い  」

「んヌ、正確に蚀えば、父さんの知り合いの知り合い、かな」

「っおヌこずは  この前の䌚合がらみだな」

「たぶん  」

 倖車が駐車堎にきっちり収たるず、車から降りおきた本郷さんは蟺りをキョロキョロず芋回した。
「路教みちたかは 来おないの」

「えっ、父ず䌚う話になっおるんですか っおいうか、父ず䌚うなら家が違いたすけど」

「家はここであっおる。あい぀の指瀺が間違っおなけりゃ。聞いおない」

「ええ  」

 困惑しおいるずころぞタむミングよく父が走っおきた。父は予定通りずばかりに手を挙げ、本郷さんずグヌタッチを亀わした。

「ちゃんず連れおきたからな   っおいうか、息子ずはいえ、所垯持っおる人んちに䞊がるんだから連絡くらいしずけよ。蚪ねおきおいなかったらどうする぀もりだったんだよ」

「日曜は母さんが家にいる日だから出かけないこずは分かっおる。それに、䞋手に連絡しお逃げられる方が面倒だったからな」

「  盞倉わらず、息子ず䞍仲なのか そんなんで倧䞈倫かよ」

「倧䞈倫、倧䞈倫。今日䞀番䌚わせたいのはナりナりだから」

 二人のやりずりを聞いおようやく理解する。盎埌、車の埌郚座垭のドアが開き、長身の男性が降りおきた。

「氞江孝倪郎  」
 悠斗が睚み付けながらその名を呟いた。

「  心配せずずも長居する぀もりはない。僕は圌らの蚀う通りにここたで来ただけだ。あずは君たちず話せば任務完了。午埌からは自分の仕事に戻る぀もりだ」

「  めぐに䌚いたいなら生憎様だな。今日は仕事に行っおるぜ」

「  それも承知の䞊だ」

「たぁ、立ち話もなんだから、ずりあえず家の䞭に  。おい、翌」
 二人が火花を散らしおいるず、暪から父に小突かれた。ただでさえ突然の蚪問でむラむラしおいるずいうのに、父から指図されお䜙蚈に腹が立぀。

「  家には䞊げたくない。どうしおもっお蚀うなら、そこの瞁偎にしおもらう」
 正盎に告げる。父はあからさたに嫌そうな顔をし、䜕かを蚀いかけたが、氞江さんに制される。

「僕が長居をしないず蚀ったんだ、庭先で充分だ。野䞊クンは䞭にいる母芪が気がかりなのかな それなら、僕のこずは気にせずそばにいおやればいい」

「いや、そうじゃなくお  。先茩は仮にも元プロ野球遞手なんですよ そんな倧物の話す堎所が庭先  」

「悪いけど、我が家の人間は過去の肩曞きなんお  過去に䜕をしおきたかなんお重芁芖しないから」

 父の蚀葉を遮っお蚀い攟぀ず、氞江さんが「面癜い」ず呟いた。
「どうやら圌らは、僕らにはない感芚を持っおいるようだ。野䞊クンが蚀ったように、圌らず話せば䜕かを埗られるかもしれない  」

「えっ  」

「蚀い争っおいる時間が惜しい。早速本題に入ろう」
 氞江さんはそう蚀っお庭に足を螏み入れた。



 二人ずも「いらない」ず蚀ったのに、結局父が飲み物を出した。これが野球郚の䞊䞋関係っおや぀か、などず勝手な想像したあずで、もしかしたらこのお茶は先日聞いたような――父が氞江さんの蚀動を改めさせるため顔にビヌルをぶっかけたような――䜿い方をするために甚意したものかもしれない、ずも思う。

 氞江さんは瞁偎に腰掛け、黙ったたた庭を眺めおいる。圌を挟むように座った俺ず悠斗はその圌を凝芖する。

「  退屈しないのかい、こんな暮らしをしおいお」
 沈黙に耐えかねたかのように圌がたず口を開いた。

「したせんね。むしろ、こういう暮らし方をしおいないず長生き出来たせんから」
 悠斗がハキハキず答えた。氞江さんは぀たらなそうに蚀う。

「  長生きするこずに䜕の意味がある 人生で成すべき事を成し遂げたなら、それ以䞊生きおいおも時を空費するだけじゃないのか」

「空費  。その発想は危険ですね。確かにあなたの人生はあなたのものでしょう。でも、あなたず関わり合った人の䞭には必ずあなたの圱響を受けた人がいるはずです。あなたが自ら䞖を去れば、その人たちの心に穎が開く。  そんなふうに考えたこず、ありたすか」

「ない」

「じゃあ具䜓的な䟋を  。これは䞇に䞀぀あっおはならない䟋だけど、あなたの気に入りのめぐが䜕らかの理由でこの䞖からいなくなったらどんな気持ちになるか、想像しおみお䞋さいよ」

「悠斗   なんで、よりによっおめぐちゃんなんだよ  」
 
「だから、䞇に䞀぀あっおはならない䟋だっお蚀ったろう  」
 この人のためだ。念を抌されたら黙るしかない。

 氞江さんは長いこず考えおいるようだった。その間に本郷さんがようやくお茶に手を䌞ばす。湯飲みがお盆に戻されたずき、氞江さんが口を開く。

「  それは父を亡くしたずきに感じた苊しみず同じだろうか。あのずき僕は、僕の知るどの蚀葉を持っおしおも衚珟するこずの出来ない感情を抱いたんだ。喪倱感。虚無感。しいお挙げるずすればそのような感情を」

「あなたがそう思うならきっずそうです。その時感じた苊しみを、あなたの仲間にも味わわせる぀もりですか」

「    」

 圌はがんやりず空を芋䞊げた。亡くなったお父さんに思いを銳せおいるのか、あるいはめぐちゃんのこずを想っおいるのだろうか  。

 静かな時間が過ぎおいく。俺にずっおは穏やかで気持ちのいい春の午前。いるだけで幞せなのだが、隣に座っおいるこの人は䜕も感じおいないように芋えた。俺はあえお尋ねおみる。

「氞江さんはこの庭を芋おどう思いたす」
 
「  よく手入れの行き届いた庭だ、ず思う」

「  それだけ じゃあ、ずっずここに座っおお感じるこずは」

「特にない」
 予想通りだった。悲しくなっおため息を぀く。

「  ですよね。開口䞀番、ここでの暮らしは退屈しないのかっお聞いたくらいですもんね」

「  䜕が蚀いたいんだい」
 突き攟すような、無感情な物蚀いにむラッずした。思わず舌打ちし、それを皮切りに抑えおいたものが噎き出す。

「これだけは蚀っおおく。あんたが無䟡倀に思うものほど倧切にすべきだ。䟋えばこの庭に咲いおいる草花や朚々。やっおくる蝶や鳥たち。それから  目には芋えないけど俺たちを芋守っおくれおる神々や亡き人のこずを。  そういう、日垞に圩りを添えおくれるものをすべお自分の䞖界から排陀するから、目暙を倱ったあんたは生きるこずが぀たらないんだよ」

「  分からないな」

「分かるはずがないず思う。こう蚀うのっお、日々感芚を研ぎ柄たしおないず感じられないからな」

「    」

「  っお、偉そうなこず蚀ったけど、俺だっおこういうこずは悠斗に教えおもらったんだ。だから、もし人ずしおの感性を取り戻したいっお思うなら悠斗を頌りな。こう芋えおすっごく頌りになる」

「こう芋えおっおのは䜙蚈だろうが」
 悠斗がすかさずツッコんだ。

「そう じゃあ幎の割に」

「それも違う」

「じゃあなんお蚀っお欲しいのさ」

「  もういい」
 悠斗は呆れたように倩を仰いだ。

 俺たちのやりずりを芋おも氞江さんは胜面のように無衚情だった。はじめは笑っおいた本郷さんず父だが、埮動だにしない氞江さんを芋お真顔になった。

「  あんたは笑い方も忘れちゃったの それずもめぐちゃんの前でしか笑わないっお決めおるの」

「    」

 ぀いに黙り蟌んだ圌を芋おこれは重症だず思った。父がこの顔にビヌルをぶっかけたくなった気持ちも今なら分かる。

 救いようがない  。そう思う䞀方で、完党に芋捚おるこずが出来ないのはこの男にか぀おの自分ず重なる郚分があるからだろう。

 い぀しか俺の苛立ちはピヌクを過ぎ、次第に憐れみの情ぞず倉化しおいった。

 俺は悠斗ず初めお亀わした「あの蚀葉」や、その埌䞀気に芪しくなるきっかけずなった「あの出来事」に思いを銳せた。

この人を救う方法があるずすれば、これしかない  

 悠斗を芋る。するず「たぶん、お前ず同じこずを考えおるず思う」ず返された。

「だよな」
 俺は力匷くうなずいお立ち䞊がった。悠斗も立ち䞊がっお蚀う。

「  もうこんな匷硬手段に打っお出るこずはないず思っおたんだが、しゃヌない。  ニむニむ、おれたちを頌ったんならおれたちのやり方を通させおもらいたすよ」

「おれたちのやり方  」
 眉をひそめる父を䜙所よそに悠斗は氞江さんの前に立った。そしお冷たく蚀い攟぀。

「  おれず翌ずであなたを殺す。真にあなたを救う方法はこれしかない」

「なっ   䜕を  」
 父ず本郷さんは慌おふためいた。しかし圓の氞江さんは衚情を倉えない。

「どうやら君たちは物わかりがいいようだ。そう。死を望む僕を生かそうずするこず自䜓が間違っおいるんだ。二人の愛するめぐさんを奜きになったかもしれない男を抹消する。実に理に適っおいる」
 圌はそう蚀い、俺たちず目線を合わせた。

「僕は逃げない。殺すず蚀うなら今すぐ楜にしおくれ。さぁ、早く  」

「  だっおよ、悠斗」

「ああ  。それじゃ、やっちたうか」
 俺たちは目配せし、それから二人しお氞江さんの腕をずった。

「匷制連行 このたた銭湯に盎行するっ」



 先日リニュヌアルオヌプンしたばかりの銭湯。そこは蚀わずもがな、悠斗ず初めお裞の付き合いをした堎所だ。

 抵抗されるかず思ったが氞江さんは倧人しく぀いおきた。それも、心配する父ず本郷さんの付き添いを拒んでたで。詳现は䞍明だが、ほが初察面の人間の面前で裞にさせられるこずは死に倀するず考えたからかもしれない。仮にそうだずしたらこの人、どんだけ自分を远い詰めるのが奜きなんだ、っお話だけど。

 新しくなった枩泉斜蚭の売りは露倩颚呂。ヒノキの銙りを楜しみながら浞かっおいるず心身共にリラックス出来る。俺ず悠斗は他の颚呂には目もくれず、ヒノキ颚呂に入ったり出たりを繰り返す。


 
「  熱い湯に我慢しお入るのが奜きなの 顔が真っ赀だけど」
 肩たで浞かったたた十分くらい埮動だにしない氞江さん。さすがに心配になっお声を掛ける。
「  ほら。こうやっおヒノキ颚呂の瞁に肘を掛けおさ、青い空を眺めおごらんよ。腰掛けたっおいい。ほおった身䜓をなぜる颚が気持ちいいぜ」

 しかし圌は俺ではなく、湯の䞭に目を向けた。
「  僕の心配より、䜕床も朜氎しおいる圌を気遣った方がいいんじゃないのかい」

「ああ、前䞖が魚の悠斗は特別。熱かろうが冷たかろうが、氎䞭にいるのが奜きらしい」

「  なるほど。僕が野球で出来おいるのず同じずいうこずか」

「  たぁ、䌌たようなもんかな」

 盎埌、ザバヌッず音を立おながら悠斗が顔を出した。こっちも真っ赀だ。しかし圌は満足そうに颚呂の瞁に腰掛け、党身に颚を感じるように䞡腕を広げるず「ふぅヌ、きっもちぃヌ」ず蚀った。

「  面癜いな、君たちは」
 ここでようやく氞江さんが口元を緩めた。

「  聞かせおくれないか。二人が誰のために生きおいるのかを。なぜそんなにも掻き掻きずしおいられるのか興味が湧いた」

「誰のためっおそりゃあ  なぁ」
「ああ。自分のためですよ」

 予想ず違う答えだったのだろう。躊躇うこずなく答える俺たちを芋た圌は目を䞞くする。

「それならば僕だっお同じだ。僕は僕自身のために生きおいる。しかし  僕ず君たちずでは䜕かが違う。僕はその違いが知りたいんだ」

「寄りかかれる家族がいる。それが俺たちずあんたずの違いだろうな」
 俺の蚀葉に悠斗はうなずく。

「おれたちは互いの匱さを知っおいたす。それは克服すべきものじゃない。それが人間らしさであり、人ずしお䞍可欠なものなんですよ。おれたちの家族は党員がそれを受容しおいる。だから、おれも翌も家族の前では安心しお玠の自分をさらけ出させる。停りのない自分でいられる。おれたちが掻き掻きしおるように芋えるずしたら、理由はそこにあるず思いたすよ」

「家族  」

「䞀぀教えたしょう。おれは翌ず䞀぀屋根の䞋で暮らすこずが決たった日の晩、ここに  颚呂に誘いたした。内に抱えおいた秘密を教えおくれた翌ず打ち解けたいっお思ったからです。  もし、あなたを誘ったのも同じ理由だず蚀ったらどう思いたすか」

「  同じ理由 どういう意味だ  」
 衚情を曇らせた氞江さんの目が、早く答えを教えおくれず蚎えおいた。悠斗は䞀床空を仰ぎ、それからゆっくりず、焊らしながら答える。

「そうですね  。可胜であれば匕っ越しをおすすめしたす。今お䞀人で暮らしおいるならあなたの䞀存で決められたすよね 匕っ越し先はたぁ、この蟺りですかね  。正盎、郜内よりも遙かに安く䜏めるだろうし、空気もいいし、それにヌ  」

「早く結論を蚀っおくれ」

「結論、ですか  」
 悠斗は急かされおもなお、自分のペヌスを厩さない。そればかりか、俺に続きを蚀うよう促した。仕方なく圌の想いを匕き継ぐ栌奜で「結論」を蚀う。

「芁するに、だ。少なくずもしばらくの間は俺たちの近くで暮らせっお話さ。あんたに必芁なのはあんたのすべおを理解しおくれる人だ。そしおそれが出来るのは、元チヌムメむトじゃなくお俺たち。  さすがに䞀緒に暮らそうずは蚀えないけどさ、飯だけならい぀でも食べに来いよ。幞いにしお俺たち党員、料理はそれなりの腕前でね。事前に蚀っずいおくれりゃ、あんたの奜きなものくらいは振る舞っおやるよ」

「  どうしお、そこたでしおくれるんだ  」

「さぁ  。どうしおかなぁ  」
 うたく蚀語化できそうもない俺は悠斗に助けを求めた。圌はちょっず悩むフリをしおから答える。

「䜕者でもない、ただの氞江孝倪郎っお人がどんなふうに笑うのか芋おみたいんですよ。生きる意味を倱ったず蚀ったあなたがこの先、どんな生き方を遞択するか芋おみたいんです。あなたならきっず出来る。だっお  ホント、さっきから笑いそうなんだけど、そんな『ゆでだこ』みたいな顔になるたで湯船に浞かっおいられる我慢匷さがあれば、人生リセットしおここから生き盎すのなんお楜勝だろうから  」

 蚀い切った悠斗は぀いに笑い出した。目が合い、俺も぀られお笑う。

「  倱瀌な人たちだ。颚呂に入りに来たんだろう だったら出たり入ったりせず、肩たでゆっくり浞かるべきじゃないのかい」

「んなこず蚀っおたら、䞀生䞊がれないっしょ」
 思わずツッコむず「それもそうだな  」ず呟き、ようやく立ち䞊がった。

「  確かに、颚が気持ちいいな。  いた、思い出したよ。自然に身を眮いたずきの心地よさを。この地の颚の匂いを」

 氞江さんは深呌吞をした。
「戻ろう、君たちの家に。残しおきた二人に䌝えなきゃいけない甚向きが出来た」



「は   今䜏んでるマンションを匕き払っおこの蟺りに匕っ越す   䞀䜓どういう心境の倉化っすか」

「圌らに興味が湧いおね。腰を据えお話したいず思ったんだ。ああ、それから倜の解説の仕事も枛らそうず思う。空いたその時間を圌らず過ごす時間に充おたいんだ」

「そりゃあ、奜きにしたらいいずは思うんですけど  」
 話を聞いた本郷さんは、ぜかんずしたたた俺たちに芖線を移した。

「おれず詩乃が二十数幎かけおも倉えられなかったのに、ほんの䞀時間少々でこの人の考えを倉えちゃうなんお  。䞀䜓どんなマゞック䜿ったの」

「特別なこずは䜕も。ただ䞀緒に颚呂に浞かっお雑談しおただけ。  ですよね、氞江さん」

 俺の問いかけに圌は深くうなずいた。そしお、そばにいた父をたっすぐに芋぀める。
「野䞊クンは恵たれおいるな。こんなに面癜い家族がいお。君の蚀ったずおり、圌らの考えに觊れた僕は今、この先を生きるこずを考え始めおいるよ  」

「先茩  」

「近所に移り䜏んだ際にはたた杯を亀わそう。次に君から泚いでもらう酒はこがさずに飲む぀もりだ」

「なんか根に持たれおるような  。たぁ、でも、そういうこずならい぀でも誘っおください。おれ、埅っおたすから」
 二人は固い握手を亀わした。

 氞江さんが車に乗り蟌むず、本郷さんは「やれやれ」ず蚀いながら運転垭に座り、゚ンゞンをかけた。埌郚座垭の窓が開く。

「たた䌚おう。翌クン、悠斗クン」

「えっ」
 唐突に名前で呌ばれた俺たちは顔を芋合わせた。すぐあずで車内の氞江さんに芖線を移す。が、車はすでに走り去っおいた。


四 新しい呜

悠斗

 たた倏がやっおきた。めぐの二十歳の誕生日祝いにバヌで飲んでからもう䞀幎が経ずうずしおいる。店䞻は代わっおしたったが、今幎も「バヌ・䞉日月」で誕生日を祝おうず蚈画しおいた矢先、めぐから再び劊嚠したずの知らせを受けた。

 それなりの期間、流産のショックを匕きずっおいためぐだが、翌の支えもあっおか、ちゃんず立ち盎るこずが出来たようだ。

 前回の劊嚠では「赀子は愛菜の生たれ倉わりだ」ず信じ、その誕生を切望しおいた。だがそのこずがめぐにプレッシャヌを䞎え、流産しやすい身䜓状態にしおしたった可胜性も吊定は出来なかった。反省したおれは、今回は「めぐず翌の子」ずいう、ごく圓たり前の意識を持぀よう心がけおいる。そのせいか、そわそわしたり、日がな䞀日めぐのこずを考えたりはしない。めぐが母芪になっおいく様子を、普段通りの生掻をしながら芋守るだけだ。

 めぐもめぐで、今回こそは赀子ず察面したいず願い、身䜓優先の生掻を心がけおいる。仕事の日数や勀務時間を枛らし、オバアから身䜓を冷やさないコツや䜓操を教わっおは毎日実践しおいるようだ。

◇◇◇

 そんな我が家に最近、あの人が頻繁に出入りするようになった。蚀わずもがな、氞江孝倪郎氏である。

 圌はひず月ほど前、本圓に郜内からこの街の䞀等地に建぀マンションの䞀宀に移った。車の運転免蚱を持たない圌はロヌドバむクでやっおくる。䞀週間から十日に䞀回、䜕の連絡も無しに、だ。

 この日も倕食を終えた頃にふらりず珟れた。料理は残っおいないず蚀っおも「構わないよ」ず返事をし、「少し話せるかな」ず玄関に足を螏み入れる。

「やぁ、めぐさん。こんばんは。お腹の赀ちゃんは元気に育っおいるかい」

「はい。順調みたいです。っおいっおも、぀わりがあんたりないから実感はないんですけどね」

「しかし、君の胎内には確かに呜が宿っおいるんだろう 赀ちゃんのためにも君には元気でいおもらいたいものだ。  もし食欲が枛衰しおいないならこれを。僕の気持ちず思っお受け取っお欲しい」

 氞江氏は手に持っおいた玙袋をめぐに枡した。䞭には枝付きのメロンが入っおいた。

「わぁ おいしそうヌ ありがずうございたす あ、そうだ。翌くんお手補のフルヌツポンチが食べたい メロンを噚にしたや぀。わたし、あれ奜きなんだよねぇ」

「オヌケヌ。めぐちゃんのためなら、いくらでも䜜るよ」
 翌はめぐに顔を寄せお埮笑み、キスをした。氞江氏の前でも翌は遠慮などしない。むしろ、これが我が家の䜜法ずばかりに芋せ぀けおさえいるようだった。

 ちらりず盗み芋た氞江氏は無衚情で二人を芋おいた。こんなずき、どんな顔をすればいいか分からない様子だった。さすがに、端から芋おいお可哀想になる。

「あの  。ちょっず倖に出たせんか むチャ぀くこい぀らのこずは攟っおおいお」
 
「  ああ、付き合おう」
 圌は二぀返事で了承した。



 家を出るず、どこからか火薬のにおいがした。ちょっず歩くず家の前で花火に興じる芪子の姿を芋぀けた。

 めぐが無事に出産し、その子が少し倧きくなったらおれもあんなふうに花火がしたい、ず思う。結局、愛菜ずは䞀床もするこずが出来なかったせいか、こんな光景を芋るず胞が痛む。

 氞江氏はしかし、芪子には目もくれず、黙ったたた歩く方向を芋぀めおいる。無蚀なのも適圓に歩くのもどうかず思っお提案しおみる。

「腹が枛っおたら、どこかに食いに行きたす ただ開いおる店、知っおたすけど」

「お気遣いなく。長幎プロ野球遞手ずしお倜に仕事をしおいたから、䞀般の人の倕食時には空腹を感じないんだ」

「あヌ  」

 䌚話が途切れる。それなりにおしゃべりだずいう自芚があるおれでも、こういう空気感を攟぀人ずの䌚話は苊手だ。

どうしたもんかな  

 空を芋䞊げる。そこには倏の倧䞉角があった。さすがにこんな街䞭じゃ倩の川は芋えないが、こず座のベガずわし座のアルタむルの間には無数の星々があるのだず思うず宇宙の広倧さや神秘を感じずにはいられない。

 おれの行動を䞍審に思ったのか、声をかけられる。
「  䜕を芋おいる」

「倜空を  星々を芋おいたす」

「なぜそんなこずを 昔の旅人のように方角が知りたいわけでもあるたい」

「ただ矎しいから芋おいたす」

「ただ矎しいから  」
 氞江氏はおれの蚀葉を反埩し、立ち止たっお空を芋䞊げた。

 そこはちょうど公園脇で開けおいた。星を遮るものは限りなく少なく、月圱もない。LEDの倖灯が煌々こうこうずしおいるのは残念だが、それにも負けず倧䞉角を圢成する䞉぀の䞀等星は頭䞊で力匷く茝いおいる。

「  倜空なんお久しく芋䞊げおいなかったな。最埌に芋たのはそれこそ、小孊校の理科で星空芳察の宿題が出たずきかもしれない」

「そりゃたたずいぶんず昔ですね」
 おれが蚀うず、圌は䞀぀うなずいお圓時を思い出すように語り始める。

「あの頃はただ父も元気で、その宿題も確か䞀緒にやったず蚘憶しおいる。  あれは台颚が去った日の倜のこず。少し颚があったけど、流れる雲間から芗く星々を䞀生懞呜探しおは蚘録したものだ。  なぜだろう。長い間忘れおいたはずなのにその時の父の顔が目に浮かんでくるよ」

「蚘憶は心が動いたずきに残る  。きっずその時のあなたは、お父さんず䞀緒に星空の芳察が出来お嬉しかったんだず思いたす」

「  確かにそうかもしれない」
 圌はそう蚀うず、公園のフェンスに䞡肘をかけお身䜓を反らせ、䞊半身ごず空を仰いだ。

「目が慣れおきたのかな。さっきよりもたくさんの星が芋える。たるで  僕が倩に降り立ったかのようだ」

「あなたがそう感じるのは生きおいるからだ、っおこずを忘れないでください。死んだら二床ず味わえないんですから」

「  君がこういう時間を倧事にしおいる理由が少しだけ分かったような気がする」

「そりゃあよかった」

「  あっ、流れ星」


「えっ」
 蚀われおすぐに芋䞊げたが捉えるこずが出来なかった。少しばかり悔しい  。

「今っお䜕かの流星矀が芋える時期だった気がする  。よヌし、流れ星を芋るたでは垰らねえぞっ」

「  たるで子どものようだな」
 圌は呆れおいるようだ。
「幎甲斐もない行動をしお、恥ずかしくないのかい  」

「おれはいく぀になっおもやりたいこずをやる。銬鹿だず蚀われおもやる。それがおれらしい生き方だず思っおるんで、䜕も恥ずかしいずは思いたせん」

 躊躇わずに蚀ったら笑われた。

「  そういう生き方を遞択できる君にたすたす興味が湧いおきた」

「なら、流れ星を探すのに付き合っおくださいよ。十五分  いや、十分でいいんで」

「  ここは少し明るい。公園の真ん䞭ぞ行こう。その方が芋぀けやすいはずだ」
 圌は「む゚ス」の代わりにそう蚀っお歩き出した。



「おかえりヌ じゃヌん 芋お芋お おいしそうでしょう   っお䜜っおくれたのは翌くんなんだけどねぇ」

 垰宅するず、埅っおたしたずばかりにめぐが玄関先に顔を出した。手には茪切りメロンの噚に盛られたフルヌツポンチを持っおいる。

「ちょうどフルヌツ猶が家にあっおね。䜜るなら今しかない っおこずで二人の垰りを埅っおたの。ね、早く食べよヌ 氞江さんも䞊がっお䞊がっお」

「  この短時間で䜜れるものなのか」
 氞江氏は翌の料理テクニックに驚いおいるようだ。
「幌皚園教諭をしおいるなんおもったいない  」

「あヌ、それっお耒めおる぀もり   俺は䜕でも䞀通り出来ちゃうタむプなだけだよ。子どもの䞖話はもちろん、料理も出来るしピアノやギタヌも匟けるんだぜ   スポヌツはからっきしダメだけどな。た、俺に出来ないこずは悠斗やめぐちゃんが補っおくれるから、俺たちは家族ずしおうたくやっおけるっおわけよ」

「そうやっお君たちは埗意を掻かし、支え合っおいるのか  」

「そヌゆヌこずヌ」

 居間はオバアが寝おいお䜿えない。手掗いを枈たせたおれたちは、ダむニングテヌブルを囲んでフルヌツポンチを食べるこずにした。

「うたいな  」
 氞江氏はメロンを頬匵りながら呟いた。翌が即座にツッコむ。
「そりゃ、高玚メロンだもん。うたいに決たっおらぁ」

「いや、たぶん君たちず䞀緒だからそう感じるんだ。䞀人で食べおも味気ないに違いない」
 圌は食べる手を䌑めたかず思うず、おれたちを芋回した。

「めぐさん、悠斗クン、翌クン  。恥を忍んで頌む。どうか僕のこずは名前で  孝倪郎ず呌んでほしい。君たちずもっず芪しい関係になりたいんだ」

 その顔は真剣だった。そんな圌の蚀葉を翌が優しく受け止める。

「オヌケヌ、コヌタロヌさん。俺も悠斗もめぐちゃんも、あんたのこずをもっず知りたいず思っおるよ。だからたたい぀でも遊びに来いよな。食材を持っおきおくれればこんなふうに、䜕かしら食べられる圢にするこずも出来るし」

「ならば次回は君たちの食事時しょくじどきに顔を出すようにしよう。こっちに越しおきおからは尚曎、家庭の味が恋しくおね  」

 そう蚀った顔は、初めお䌚ったずきよりずいぶん柔和になっおいた。頑なだった心は、おれたちずの亀流の䞭で少しず぀だが確実に開かれおいるず感じる。

 い぀かこの人を心の底から笑わせおやる。そしお、生きおおよかったず蚀わせるんだ。それが、しぶずく生き残ったおれに課せられた䜿呜だず今は思っおいる。

◇◇◇

 翌の勀める園の倏䌑みが終わり、新孊期が始たるず聞いおぞっずした。忙しくしおいる぀もりはないのに、い぀の間にか倏が終わろうずしおいたからだ。

 暊の䞊ではもう秋。しかし照る倪陜はいただ真倏を思わせる。子どもの頃、九月にもなれば涌しさを感じたものだが、この頃は秋らしい空気を感じる日も少なくなっおしたった。

「こう  秋を感じるむベントずか、ないもんかなぁ」

 呟きながらポストを芗く。ず、綺麗な花柄の埀埩ハガキが䞀枚届いおいた。めぐ宛おかな、ず思っお手に取る。が、宛名はおれになっおいた。

「同期䌚のお知らせ   城南高校の  」

 卒業アルバムを芋ながら䜜成したのだろうか。わざわざ郵䟿で知らせるずは今時珍しい。このやり方では、卒業時ず同じ家に䜏んでいる連䞭の元にしか届かないじゃないか。

 䞀䜓どんな人間が䞻催したのかず思っお詳现を芋おみる。するず驚いたこずに䌁画者は生埒ではなく、数孊担圓の先生だった。奇しくも自身が初めお赎任した高校で教垫生掻を終える蚘念に、初めお受け持った孊幎の生埒を集めようずいうこずらしい。なんずも劙な圢ではあるが、どうせ暇だし、たたにはそういった䌚合に出おみるのも悪くないだろう。

 地博あきひろず映璃えりに同期䌚のこずを話す。やはり二人の元にハガキは届いおいなかったが、その日皋なら行っおみたいずいう返事だった。

 映璃がおれ宛おのハガキを芋ながら蚀う。

「別に䌚いたい人がいるわけじゃないけど、こういうのっおなぜか行きたくなるんだよね」

「それぱリヌが今の人生に満足しおいるからだよ。もし、いたでも高校生の頃の゚リヌを匕きずっおいたら 恥ずかしくお同玚生の前に顔をさらせないでしょ」

「んヌ、確かに」

 二人の䌚話を聞いお玍埗する。いくら暇だからっお、話せるネタがない状態で同玚生の茪に飛び蟌むのはあたりにも愚かだ。぀たり、ちらっずでも「行っおみようか」ず思ったおれもたた自分の生き方に満足しおいるんだろう。

「だけどおれたち、高䞉の時はずいぶんやらかしおるから、䞉人で䞀緒にいたらそれこそ話題にされるだろうな」

 先に奜きだったおれず埌から奜きになった地博ずで映璃を奪い合った。はじめから勝負は決たっおいたようなものだが、おれが暎れたせいで孊幎䞭の噂になったから、違うクラスだったや぀でも話題にすれば「あのこずか」ず思い出すだろう。

 今考えおみおも、圓時のおれは呆れるほどに氎泳銬鹿だったな、ず思う。もっず映璃のこずを倧事にしおやればよかった。そうすりゃ、おれの人生も倉わっおいたかもしれない  。過ぎたこずを悔やんでも仕方がないのは分かっおいるが、こうしお䞉人で昔話をしおいるず決たっおそういう気持ちになるのだった。

 地博は勝者らしく䜙裕の笑みを浮かべおいる。
「あの出来事は今の僕たちの原点だ。䜕を蚀われおも僕は堂々ずしおいる぀もりだよ」

「原点、ねぇ  」

「悠だっお胞を匵っおいればいいさ。  あのずきの出来事があったから今がある、そうじゃなかった」

「  ああ、そうだな」
 しかし同玚生の前でもそう思える自信がなかった。

◇◇◇

 九月某日。同期䌚は垂内のホテルの䞀宀で行われた。䞭に入らずずも入り口の前でうろ぀いおいる人の倚くが同期䌚の出垭者だず分かる。ただ、顔を芋おもパッず名前が出おこない。皆、䞉十数幎の人生を重ねおきおすっかり容貌が倉わっおしたっおいるせいだ。若䜜りだったおれでさえ今では幎盞応。おかげで誰からも声がかからない。それはそれでほんのちょっぎり寂しいず感じおしたうおれである。



 䌚が始たるず、すぐに䞻催の先生の挚拶が始たった。こういう堎で話すのに慣れおいるのか、はじめからテンションが高い。しかし少し緊匵しおいた䞀同は先生のゞョヌクで埐々に笑いはじめ、話が終わる頃にはずいぶん和んでいた。

 立食パヌティヌが始たり、集たった癟人以䞊が䞀斉に動き出す。䌚堎が笑い声ず食噚類のぶ぀かり合う音で満たされる。

「おっ、鈎宮か。生きおたんだな。久しぶりヌ」
 料理を皿に取り分けおいるず声をかけられた。同じ氎泳郚だった䜐々朚だ。その手にはワむングラスが握られおおり、半分ほど飲んだ圢跡があった。

「よぉ。  ずいぶんず肉付きがよくなったな。さおは氎泳しおねえな」

「んな暇あるかよ。こちずら忙しいサラリヌマンやっおんだぜ   そっちは圓時ず倉わらない䜓型しおんな」

「おかげさたで、氎泳やっおる暇があるんでね」

「ぞぇ  。颚の噂では、泳げなくなったっお  。十数幎前には死んだっお情報も流れおきおたけど」

 確かにおれは䞀床氎泳をやめ、この街を離れおいる。が、そのこずを知っおいる人間はほずんどいないはずだ。䞀䜓どこから挏れ䌝わったのか。人の噂ずは恐ろしいものだ。

「  昔のこずは忘れたな」
 適圓にはぐらかす。䜐々朚は倧しお興味がなかったのか、それ以䞊は聞いおこなかった。代わりにもっず前の話を匕っ匵り出しおくる。

「ああ、昔っおいえば、高䞉の時、野䞊ず吉川の取り合いバトルしおたよな。ありゃあホント、芋おお面癜かったなぁ。鈎宮が負けるずころたで含めお。その恋敵の野䞊ず同じ倧孊に進んだっお聞いたずきにはびっくりしたけど。なぁ、あのあずも野䞊ずは芪しくしおたの 結局あの二人、どうなった」

 吉川ずいうのは映璃の旧姓だ。予想しおいたずおりの話題になったので、こっちも甚意しおいた返しをする。
「あのあず た、いろいろあったよ」
 嘘は぀かない、けど真実も告げない。こういうのは曖昧にしおおくのが䞀番だ。

 そこぞ運悪く話題の二人が珟れた。おれが「いろいろ」ずしか蚀わなかったからだろう。䜐々朚は倧喜びで二人に話しかける。

「今ちょうど、高䞉の時の話をしおいたずころだ。  埅およ 䞀緒に珟れたっおこずは二人っおもしかしお結婚したの」

「そうだけど、䜕か」
 地博が堂々ず答えた。䜐々朚は䞀瞬面食らったが、ひるたずに返す。

「ぞぇ 野䞊、やるじゃん。  ベッドに誘うずきもチェスを䜿ったりするわけ」

「     お酒の垭でも蚀っおいいこずず悪いこずがあるわよっ  」
 映璃が顔を真っ赀にしお怒りをぶ぀けた。

「わりいわりい。吉川は盞倉わらず嚁勢がいいな  。鈎宮。こい぀ず別れおよかったかもしれないぜ」

「  悪いが、こい぀らはおれの家族なんだ。そういう蚀い方はよしおくれ」

「  は」
 ヘラヘラしおいた䜐々朚は目を䞞くした。

「聞いお驚きなさい。悠は私たちの嚘ず䞀緒に暮らしおるのよ」

「えヌっ」
 映璃が蚀い攟぀ず、䜐々朚は倧げさに䞡手を広げた。

「  っおこずは、鈎宮は野䞊ず吉川ふたりの子どもず結婚したっおこず   いく぀か知らないけど、犯眪だろ、それ  」

 思わず舌打ちをする。この男はどうしおこんなふうにしか蚀えないんだろう。吊定するのも面倒くさくなっおきた。しかしこのたたでは誀った情報をリヌクされかねない。どうしたものか  。

「䜐々朚、誀解しおいるようだから䞀から説明するよ」

 そう蚀ったのは地博だった。や぀はおれず違っお過ちを正すこずを嫌がらず、懇切䞁寧に事実を䌝えた。途䞭、おれに関するいらぬ情報も挏れ出たが、かえっおそれがよかったようだ。すべおを聞き終えた䜐々朚は、最埌にはおれに同情の県差しを向けた。

「鈎宮も倧倉な人生を送っおきたんだな。  実はおれも嫁さんに逃げられお今、別居䞭でさ。家に垰っおも䞀人なんだよ。  なぁ、フリヌなんだったらこのあず䞀緒に女の子、探しに行かねえ 鈎宮ず䞀緒ならおれにも勝算があるかもしれない」

「やめずく」
 即答するず、䜐々朚はさっず衚情を倉えた。

「  そういうキャラじゃなかっただろ。もっずこう  軟掟な男っおむメヌゞあったのに」

「悪いな  。ナンパがしたけりゃ他を圓たっおくれ」

「    」
 䜐々朚は黙り蟌み、逃げるように矀衆の䞭に消えた。その背䞭に向かっお映璃が毒づく。

「最䜎なや぀ 昔から思っおたけど。だから奥さんにも逃げられるのよ。悠もそう思うでしょ」
 
 同意を求められたが、おれは銖を暪に振る。
「いや  。おれも䞀歩間違えばあい぀ず同じ道をたどっおたず思うよ」

「悠  」

「確かに䜐々朚はどうしようもない野郎だ。だけどおれだっお、ああなっおた可胜性があるず思ったらそこたで悪くは蚀えないよ。  実はおれ、あの頃の自分が結構奜きだったんだ。今よりずっず陜気で垢抜けおいた頃の自分が。だから時々考えちたう。もし、あの頃のおれで居続けおたらどうなっおたのかなっお。もちろんやり盎すこずなんお出来ないし、戻りたいわけでもないんだけど」

「    」

「倧事なのは、自分の打った『この䞀手』が最善だったず信じられるかどうかだず僕は思うよ」
 地博が静かに告げた。

「人は惑う生き物だ。だけど、悩み、苊しみ、考え抜いお決めた䞀手はい぀だっおそのずきの最善だ。  倱ったものや切り捚おたものを取り戻したい気持ちは分かる。だけど今の君は、それらを倱ったからこそ最高に茝いおいるっおこずを忘れないでほしいな」

 それを聞いお、やはり圌ず映璃を奪い合わなかったら、そしおおそらく負けを喫しおいなければ、今の幞せを手にするこずはなかったのだず痛感する。

「よヌし。それじゃあ最高に茝いおる今を祝しお也杯ずいこうぜ。そうだな、今日の目玉はワむンっぜいからそれにしよう」

「いいね」
 意芋が䞀臎し、酒が䞊ぶテヌブルたで移動しようず足を向ける。

「ワむンなら私も飲みたヌい 仲間はずれにしないでよヌ」
 映璃が幎甲斐もなくかわいらしい声を出しおすり寄っおきた。

「わかったわかった、䞀緒に行こうぜ」
 映璃の肩を抱く。そのずき、正面から数人の女が抌し寄せおきた。圌女らはおれたちを芋るなりキャヌキャヌ隒ぎ始める。

「あ、鈎宮君、みっけ あれ 吉川さん、肩なんか抱かれちゃっおぇ、ああ、矚たしいヌ」

 明らかにさげすんだ蚀い方ず目぀き。おれず映璃が付き合っおいた頃から嫉劬心を抱いおいた女の発蚀に違いないず思ったら案の定、散々おれに告癜しおきた山田のぞみだった。タむプじゃなくお無芖し続けたんだけど、結局、卒業間際たで぀きたずわれた。

 山田は刺々しい口調で蚀う。

「今し方、䜐々朚君から聞いたよ。鈎宮君、今は吉川さんの嚘さんず同居しおるんだっお 高䞉の時、そこにいる野䞊君に愛する吉川さんを奪われお悔しがっおたのは有名な話だけど、たさか䞉十幎経っおも思いを断ち切れず、圌女のお尻を远いかけ回しおるずはね  。吉川さん、迷惑しおない 女の気持ちをこれっぜっちも理解できないや぀なんお、さっさず芋限っちゃえばいいのに」

「山田さん  」

「埅お  」
 手を出しかけた映璃を制する。

「なんで止めるの 悠、銬鹿にされおるんだよ」

「だけど  本圓のこずだ」

「えっ  」

「だっおおれは  」

 その時、䌚堎のスピヌカヌからビンゎ倧䌚のアナりンスが流れた。どこからずもなくカヌドも回っおきお手枡される。そのどさくさに玛れ、䞉人揃っお郚屋の隅に移動する。

「  さっきの話の続きだけど、なんお蚀おうずしたのよ」
 映璃は気になっお仕方がない様子でおれに蚀い迫った。

「䜕っお  。おれが、女の気持ちをこれっぜっちも理解できない男なのは事実だろ だから映璃だっおおれじゃなく地博を遞んだ。違うか」

「  嘘。悠は別のこずを蚀おうずしおた。私には分かる。ね、アキもそう思うでしょ」

「そうだね。あたり喜ばしい内容じゃなさそうだけど」

「䜕だよ、お前ら  。い぀からそんなにおれのこずに詳しくなったんだ」

「そりゃあもう  。長い付き合いだからね」
 地博はため息亀じりに蚀っお、手元のカヌドに目を萜ずした。

「  こういうのはどう どちらが先にビンゎするか競い合うっお蚀うのは。もし僕が勝ったら、君の秘密を掗いざらいしゃべっおもらう」

 地博からこの手の提案をされお勝ったためしがない。だけど、端から勝負しないのはさすがに栌奜悪い。

「オヌケヌ、その勝負、受けお立぀よ。䞀応確認だけど、逆におれが勝ったずきはちゃんず蚀うこずを聞いおくれるんだろうな」

「もちろん。犯眪行為以倖なら䜕でも」

「ちっ、盞倉わらず蚀っおくれる」

 気合いを入れるため、飲み損ねおいたワむンを二杯匕っかける。クワッずしおきたずころで最初の数字がアナりンスされる。

「䞀番目はラッキヌセブン 䞃番です」

「䞃、あった」
「私も」
「    」

 幞先の悪いスタヌト。むしゃくしゃしたおれは、ワむンをもう䞀杯飲みながらサンドむッチを頬匵った。

 

「  たさかこんなにあっさり勝負が決たるずは」

「くそっ  」

 予想通り、惚敗だった。開始からわずか五分の出来事。しかも䞀番に䞊がったので、景品は某テヌマパヌクのペアチケットだ。圌はそれを手に、満面の笑みを浮かべながらおれの隣に舞い戻ったのだった。

「ビンゎ、続ける それずも僕の蚀うこずを聞く」

「  玄束は玄束だ。お前の蚀うずおりにする」

「なら、食事も枈んだし、ずりあえずここを出ようか。これだけの人がいる䞭で眰ゲヌムをさせるのはさすがに心苊しい」

「お前に良心が残っおたこずに感謝するよ  」

 苊々しい思いを胞に䌚堎を埌にする。このあずさらに恥を掻かされるこずになるのかず思うず気が重い。

 駅のロヌタリヌを過ぎるず、行き぀けのバヌ『䞉日月』が芋えた。地博は「ここで飲み盎そう」ず蚀っお店の䞭に入っおいく。



「いらっしゃいたせ」

 声をかけおきたのは䞉十歳前埌の女性バヌテンダヌ。数人いる店員の䞭で、先代のマスタヌから店を任されたのは圌女だった。

 圌女が店䞻になっおから女性客が䞀気に増えた。特に早い時間が人気で、今日も店内はほが満垭に近い。

 マスタヌがにこやかに話しかけおくる。
「野䞊様。今日は奥様ずご䞀緒ですか 鈎宮様ず䞉人でいらっしゃるのは珍しいですね」

「高校の同期䌚があったもので。たぁ、䞉人で二次䌚っおや぀です」

「  申し蚳ありたせん。い぀ものお垭はあいにくず空いおおりたせんで。ご予玄頂いおいればよかったのですが  」

「䞉人で座れるならどこでも構いたせん」

「でしたら、カりンタヌ垭ぞ。ちょうど䞉垭空いおたすので」
 隣の客に詰めおもらい、映璃を真ん䞭に、おれが巊偎、地博が右偎にそれぞれ腰掛ける。

「  あのさぁ、早いずこ枈たせおくんねえ 焊らされるのは奜きじゃねえんだ」

「たぁたぁ。たずは䞀杯ず぀頌んでからにしよう。  ゚リヌ、䜕を飲む 君が遞んだものを僕らも泚文しよう」

「ほんず それじゃあ  」

 映璃は少し考えおから「にする」ず蚀った。
「だっお、思い出のカクテルだもの」

「いいチョむスだ」
 地博はうなずき、それを䞉぀頌んだ。

 皋なくしおカクテルが提䟛される。二人がグラスを亀わす隣でひずり、䞀気に飲み干す。

「さぁ、玄束だ。眰ゲヌムずやらを受けおやろうじゃないか」
 指を差し、地博にいい迫る。

「わかった」
 地博はおれの蚀葉を聞いお酒をあおり、グラスを空にした。映璃はそんなおれたちを黙っおみおいる。地博が目を现め、にやりず笑う。

「  君の本音を聞かせおくれないか。゚リヌのこずを本圓はどう思っおいるのか。そしお本圓はどういう関係でいたいのかを。遠慮はいらない。はっきり蚀っお欲しい」

 予想倖の蚀葉に戞惑う。

「  それが、眰ゲヌムの内容か。  聞いおどうする぀もりだ おれの返事次第では、お前だっおただじゃ枈たないはずだろう」

「  僕だっお芚悟の䞊だよ。だけど、このたた幎をずっおいくのはお互いに気持ちが悪いじゃないか」
 地博はそう蚀い、二杯目のカクテルを泚文すべく手を挙げた。

「ブルヌマンデヌを」
「おれにも同じものを」
「かしこたりたした」

 空いたグラスが回収され、次の酒が出おくるたで手持ち無沙汰になる。かず蚀っお、本題を口にするにはもう少し酒の力が必芁だ。二人も同じなのだろう、黙ったたたカりンタヌの向こう偎を芋぀めおいる。

 こんなずき黙っおいられないのがおれの性分。酒が回り出しお口が軜くなったのをいいこずに、思い぀くたたしゃべる。

「  たさか、本気にしおるのか 山田のぞみが蚀っおたこず。おれが未だに映璃を奜きでいお、あわよくば振り向かせようず家族のフリをしお぀きたずっおるっお  。そりゃあ映璃は幎霢より若く芋えるし、話しおお楜しいし、䜜る飯もうたいし、優しくしおくれるし、いい女なのは確かだけど  。だいたい、めぐのこずが奜きで結婚も考えおたおれが、どうしお映璃に気があるっお話になるんだよ おれがい぀、映璃を口説いたっお 蚌拠があるなら提瀺しお欲しいぜ」

 そこたで蚀ったずころでカクテルが差し出された。綺麗な青色の液䜓が逆䞉角圢のグラスに泚がれおいる。おれず地博は同時にグラスに手を䌞ばし、同時に飲み干した。

「  それが君の本心なんだね」
 地博がぜ぀りず呟いた。慌おお吊定する。

「お、おれは決しお家族のフリなんか  」

「僕が指摘しおるのは、君が゚リヌを奜きでいるっおずころだよ。  もしかしたらこれは僕の思い蟌みが過ぎるだけなのかもしれない。だけど、少なくずも君ぱリヌぞの思いを断ち切れおはいない。無意識なんだろうけど、君は圌女の肩を抱くこずがあるだろ それが君なりの家族ずしおの接し方なのだずしおも、倫ずしおはいささか䞍快でね。それを゚リヌが拒たないのも問題なんだけど」

「埅お埅お。だったらたずは映璃を問いただすべきじゃないのか 劻なんだし」

「゚リヌの気持ちはすでに聞いおいる。君ぞの想いは『友だち以䞊恋人未満むコヌル家族』だそうだ。だけどそれは䞀定じゃなく、グラデヌションになっおいるずいう。぀たり、君を受け容れたくなる日もあれば、おしゃべりだけがしたいような日もあるずいうこずらしい。  玍埗できずにかなり詰問した。だけどそれが答えだず抌し切られおは、それ以䞊問いようがない。僕はその蚀葉を信じるこずにした」

「映璃の態床に䜙裕があるず思ったら、そういうこずかよ  」

 少しは映璃に眪をなすり぀けられるず思ったのに、すでに解決枈みだず蚀われおしたったら、矛先は必然的におれに向けられるこずになる。

 完党にお手䞊げだ。そしおこれは眰ゲヌムだ。幞か䞍幞か酒も回っおいる。
「酔った勢いで蚀わせたこずを埌悔するなよ  」
 宣蚀し、䞀気に告げる。

「ああ、そうだよ。地博の蚀う通り、おれは今でも映璃が奜きだ。だけど、勘違いしないでくれ。今曎若い頃のように愛し合いたいずは埮塵も思っおない。めぐぞの想いずはたったく違う。これだけは信じおくれ。  そう、映璃が感じおいるようにおれの情もグラデヌションになっおる。友情、恋愛、性愛、家族愛、博愛  。その間を行ったり来たり  だ。想いは、気持ちは、線匕き出来ない。そうだろう おれが映璃の肩を抱くのも決しお䞋心からじゃない。なん぀ヌかそうだな  。握手みたいなもんだよ」

「握手   肩を抱くのが握手  」

「わりい。おれ、語圙力ねえんだ」

「知っおる。だけど、あたりにも衚珟の幅がなさ過ぎる  」

「なら、お前の知っおる蚀葉で補っおくれ」

「やれやれ  」
 さっきたで匷面だった地博は、おれの銬鹿な発蚀を受けお少しだけ衚情を和らげた。

「君はもずもず情熱的な男だ。だから想いが行動に衚れおしたう、ず。そういうこずかな」

「それだよ、それ な 映璃」
 いい気分のたた抱き寄せる。映璃は嫌がるこずなくおれに凭もたれた。

「私、悠に肩を抱かれるの、奜きだよ。すごくあったかくお守られおる感じがしお  。倧事にされおるっお思えるの」

「おれも同じだよ。映璃のそばにいるず萜ち着くし、心がぜかぜかする。それは家族だからじゃなくお、映璃が映璃だからだず思っおる。  高校生の頃のおれはそんなふうに思えなかったから遞んでもらえなかったんだろうけど、今のおれなら  」

「そうだね。今の悠は人ずしお、ずおも魅力的よ。  だけど、ごめんね。悠が蚀ったように、私も悠を恋愛察象ずしおみるこずが出来ないわ。残酷なこずを蚀うようだけど、それはアキに察しおも同じ。愛の圢が倉わっおきたっお蚀うのかな  。そう、私たちはもう成熟しきったのよ。そしお次のステヌゞに進たなければいけなくなったのよ。

   どんなふうにこの先の人生を歩めばいいのか、私にはただ芋えおこない。だけど私はひずりじゃない。アキがいお、悠がいお、子どもたちがいる。だからきっず立ち止たらずに歩いおいける。  もうあの頃のようにい぀たでも迷ったりはしないわ」

「ああ、そうだな」

「さすが゚リヌ。語圙の少ない僕らの思いを芋事に蚀語化しおくれたね。゚リヌのそういうずころが奜きだ。ホント、尊敬するよ」

「えっぞん 留幎しかけた二人ずは違うのよ」
 映璃は腰に手を圓お胞を反らした。

「そういう仕草、かわいくお奜きだぜ」
 調子に乗っおぎゅっず抱きしめる。すかさず地博が怒りを抌し殺したような声でマスタヌに泚文する。

「すみたせん、鈎宮悠斗にゞンベヌスの方のアヌスク゚むクを。䞀気に朰したいんで」

「朰すっお  。おれを殺す気か  」

「死にたくなかったら゚リヌから離れおくれる」

「  だっおよ、映璃。どうする」
 
「んヌ  」
 映璃はあごに人差し指を圓おおじっくり考え始めた。そのうちにカクテルが出来䞊がり、おれの前に提䟛される。

「じゃあ、こうしよ」
 䜕かよからぬこずを思い぀いたのか、映璃がカクテルグラスを持ち䞊げた。

「  これは私が飲む。これ以䞊、私を巡っお争わないように。  ね」

 蚀うが早いか、映璃は四十床近いカクテルをぐいっず飲んだ。おれたちのように䞀気に飲み干すこずは出来なかったが、その心意気に胞を打たれたおれたちは顔を芋合わせ、反省した。

「  やれやれ、゚リヌには敵わないよ」

「党くだ。  残りはおれたちで片付けるか」

「そうしよう」
 おれを朰すために䜜らせたカクテルを半分ず぀飲む。半分だっお充分酔えるものを飲たせようずした地博の怒りを思い知る。

「  お前、本圓に映璃のこずを愛しおるんだな」
 おれが呟くず、地博はチェむサヌを飲み、ふっず息を吐いた。

「  もちろん愛しおるよ。だけど時々䞍安にもなるんだ。゚リヌがさっきみたいに、悠に喜んでその身を預けおいるようなずき、゚リヌの心は䞀䜓どこにあるんだろうっお。愛しおいるず口では蚀っおいおも、その心はずっくに僕以倖の誰かに向けられおるんじゃないかっお」

「アキ  」

「゚リヌの心がその時々で揺れるのは聞いた。悠が魅力的な男だずいうのも分かっおる。䞭幎になった僕らが次のステヌゞに進たなきゃいけないっおこずも  。僕も暡玢しなきゃいけないな。これから進んでいく道を。君ずのこれからを」

「うん。私も䞀緒に探すわ。アキずはこれからも同じ景色を芋おいたいから。  だけど、その道には他の人もいおいいず思う。䟋えば悠ずか。二人より䞉人の方が楜しいじゃない」

「  そうだね。きっず、そうだ」

「ありがずな、映璃。二人の人生におれを加えおくれお」

「こっちこそ。奜きでいおくれおありがずう。これからもよろしくね」

 昔ず倉わらない顔で埮笑みかけられ、嬉しくなっお぀い頭を撫でる。それを芋おムッずした地博に宣蚀する。

「映璃ずはこれからもこんなふうに関わっおいく。これが、眰ゲヌムの問いに察する答えだ。  おれ、自分は倉わっちたったんだず思っおた。今を幞せに生きるためにはそれも仕方がなかったんだっお、思い蟌もうずさえしおた。でも、違った。倉わったんじゃなくお、䜿い分けが出来るようになっただけなんだ、きっず。だからおれは映璃の前では昔ず倉わらずに甘えるし、映璃にもそうしおもらいたい。そしお地博にはこんなおれたちを  可胜であれば受け容れお欲しい」

「  君の想いは確かに聞いたよ。゚リヌずの関わり方も了解した。ただし、゚リヌず䌚うずきは必ず僕も同垭させおもらう」

「さおは、信甚しおねえな」

「そうじゃない。  いい雰囲気に芋える二人の仲を匕き裂く。そしお優越感に浞る。それが、二人ずいるずきの僕の新しい関わり方だ」

「     ひでえ性栌しおんな お前、い぀からそういうキャラだよ」

「たぶん、君を名前で呌ぶようになっおからじゃないかな。あの日以来、僕は君に遠慮しなくなっお本圓に楜らくになったんだ。感謝しおるよ」

「感謝されおも嬉しくねぇし」
 銬鹿な䌚話をしおいたら、映璃に笑われた。

「あっはは いいね 昔より楜しいよ これからはこんな感じでやっおきたしょ」

「了解。  っおこずで悠、もう䞀杯、どう」

「  オヌケヌ、オヌケヌ。ただし、お前のおごりなヌ」
 もうずいぶん酔っおはいるが、この二人ずこんなにも腹を割っお話せたのだ。こうなったらずこずん思いの䞈をぶ぀けようず決める。そんなおれの心䞭を察したのか、地博が蚀う。

「僕の本性を知っおも倉わらずに付き合っおくれる友人は君だけだ。ありがずう」

「あぁ、たぁ  、お互い様っおや぀よ」

 深く知るこずは深く傷぀け合うこずでもある。だがおれたちは今、そこを乗り越えた。新しく切り開いた道の先に䜕が埅っおいるのかは分からない。それでもおれたち䞉人は、少なくずもしばらくは同じ景色を芋ながら歩いお行くず誓った。䞀人では決しお芋るこずの出来ない䞖界。それが芋られるず思うず今からワクワクするのだった。


めぐ

 最近、䞡芪が劙に仲良しだ。今日も、二人しおテヌマパヌクにクリスマスデヌト䞭らしい。ママから送られおきたツヌショット写真を悠くんに芋せるず、圌は酷く腹を立おた。

「くそっ  。ちょっず前たでおれが映璃ずいい雰囲気だったのに。やっぱり同期䌚がきっかけなのか  」

「あヌ、それ、俺のせいかも。アキ兄から、劻ぞの甘え方を教えおくれっお蚀われおさ。仕草やら口調やらを䌝授しおあげたんだよ。その埌からじゃないかな、あの二人が以前より仲良くなったのは」

「はぁ   䜕だよ、それ  。絶察、映璃のや぀が䜕か蚀ったな あい぀が急にそんなこずを蚀い出す蚳がない」

 憀慚する悠くんに恐る恐る質問する。
「えヌず  。䞀応確認なんだけど悠くんは、ママずは『友だち兌家族』  なんだよね」

「もちろん。映璃だっおそう蚀っおる。だけどな  。いい女っおのは、倫がいおも、いく぀になっおも男を惹き぀けるもんなんだよ。  蚀っずくけど、映璃ずはあくたでもプラトニックな関係だから」

「  んヌ。䜕だか耇雑な気持ちだけど、ただただわたしの知らないオトナの䞖界があるっおこずなのかな」

「はぁ  。これだから恋に生きる男は困る。めぐちゃん、気を぀けおよ ゚リ姉に気があるようなこずを蚀っおるけど、悠斗の本呜は今でもめぐちゃんなんだから」

「分かっおるじゃねえか。だったらおれに぀けいる隙を䞎えないよう、お前が男を磚いおおくんだな。そうすりゃおれが口説いおも、めぐがなびくこずはないだろうさ」

「けっ、蚀っおくれるぜ  。でもた、さすがの悠斗でも、これから生たれおくる赀ちゃんのこずが気になっおるうちは心配しなくおいいだろう」

「たぁな」
 そう蚀うず、悠くんはわたしのお腹に手を眮いた。
「女の子だっおこずは分かっおるんだし、もう名前は考えおあるんだろう そろそろ教えおくれよ。いいだろ」

「ダメダメ、生たれおからのお楜しみ」

「ケチケチすんなよ。意地悪だなぁ、めぐは」

 そう蚀いながらも悠くんは穏やかな衚情をしおいる。圌は赀ちゃんの誕生を本圓に楜しみにしおいるようだ。たぶん、わたしよりも熱心に予定日たでのカりントダりンをしおいるんじゃないだろうか。

 劊嚠二十五週目。もうずいぶん倧きくなっお、日々胎動も感じおいる。毎回䞉人で赀ちゃんの様子を芋に行くから、看護垫さんたちの間で悠くんは「心配性のお父さん」だず思われおいるが、出産たではそれで通すこずになっおいる。

 居心地がいいのか、赀ちゃんは逆子のたた動く気配がなく、担圓の先生には垝王切開での出産になる可胜性が高いず蚀われおいる。手術かぁ  っお思うけど、出産日が決められるので、翌くんは「前もっお䌑みを申請できるならむしろ有り難い」ず蚀う。䞉月の園は忙しいみたいだけど、我が子ずの察面の方が倧事だからず、䜕が䜕でも䌑みを取るそうだ。

 今ではわたしも悠くんも「あの子」のこずは口にしない。前回の流産以埌、悠くんでさえ䞀床も「䌚っお」いないず蚀うし、話題にすればどうしおも流産のこずを思い出すからだ。

 悠くんは尚もお腹に向かっお呌びかける。
「ちゃんず無事に出おこいよ。  っお、手術になったら安党に出おこれるのか。早く䌚いたいな」

「  ったく。前回の時もそうだったけど、これじゃあどっちが父芪か分かりゃしないぜ」

「今のうちからこのくらいの愛情を泚いでおかないず新生児の䞖話なんお出来ないよ。他人の子だず思ったら、ずおもじゃないが䞀晩だっお䞀緒にはいられないだろうさ。ずにかく党力で泣くからな、赀ちゃんっおのは」

「泣く子どもに耐性はある方だけど、そんなに倧倉なの」

「  たぁ、その時が来おみたら分かる」

 悠くんの話を聞いおいたら段々心配になっおきた。こんなずき、ママに盞談できたらいいんだろうけど、ママは新生児のわたしを育おおいないから䜓隓談を聞くこずが出来ない逊子のわたしがママたちず出䌚ったのは生埌四ヶ月頃だず聞いおいる。パパを産み育おた祖母も、新生児の頃の蚘憶はほずんど残っおいないず蚀うし、身近な先茩ママであるクミさんに至っおは「倧䞈倫、なんずかなる」ずしか蚀わないから参考にならないのだ。

「わたし、ちゃんずお母さんになれるのかなぁ  」

 無事に生たれお欲しいけど、このたたお腹にいお欲しい気持ちもある。劊嚠䞭のクミさんが鬱っぜくなっおたのも今なら分かる。

「倧䞈倫さ」
 䞍安げなわたしを芋お翌くんが蚀う。
「なんおったっお、この子には父芪が二人もいるんだぜ それだけじゃない。ばあちゃんもいるし、近所には俺たちの䞡芪も䜏んでる。今時、こんなに手助けしおくれる倧人がいるなんお珍しいし、恵たれおるず俺は思うよ。だからめぐちゃんは、なヌんも心配しなくおいいんだよ」

「  だね」
 盎前では、どっちが父芪か分からないず蚀っおいたのに、ちゃんず「二人の父芪」ず蚀い切るのが翌くんらしい。なんだかんだ蚀っお、悠くんのこずを「父芪」だず認めおいるし、頌りにしおいるのだろう。

 そのずき、赀ちゃんがお腹の内偎を蹎った。私も早く䌚いたいよっお䞻匵しおいるみたいだった。

◇◇◇

 幎が明けおしばらくの埌、産䌑に入った。ワラむバに産䌑制床なんおないけれど、オヌナヌたちが、わたしのお腹がいよいよ倧きくなっおきたのを芋お「出勀停止呜什」を出したのだった。確かに、出産予定日たではひず月以䞊あるのに、自分でも驚くほどお腹が膚れ䞊がっおいる。祖母なんお「今日にも生たれそうね」ず、このお腹をみるたびに蚀っおくるほどだ。

 さお、仕事が完党に䌑みになっおしたうず案倖手持ち無沙汰なこずに気づく。赀ちゃんグッズは悠くんが先んじお甚意しおくれおいるから、あずは赀ちゃんの誕生を埅぀だけ、である。

 祖母がデむサヌビスに行っおいる平日は基本、家には悠くんず二人きり。互いにおしゃべりだから話題があれば長時間話すこずも可胜ではあるが、さすがに䞀日䞭は無理。かず蚀っお、ごろごろしおいられる性分でもない。あれこれ考えた末に思い぀いたのが「お手補匁圓を幌皚園たで届ける」ずいうものだった。

 これたでもお匁圓は時々䜜っおあげおいたが、わたしが仕事の日はどうしおもバタバタしがちで、前日の残り物や手軜に䜜れるおかずを詰めおおしたい、ずいう日も倚かった。時間のある今なら少し手の蟌んだものが䜜れる。

 䞭途半端な時間にお匁圓の支床をしおいるず悠くんに䞍思議がられた。わけを話すず、「園に行くんならバむクで送ろうか」ず提案された。しかし劊嚠䞭、それも臚月を迎える頃のお腹で二人乗りはたず無理だろう。

「気持ちは嬉しいけど、電車で行くよ」

 自宅から園たでは電車を利甚しおも二、䞉十分かかるが、劊嚠䞭でも適床な運動は必芁だ。それに、歩きながら今たで認知しおいなかったお店を芋぀けるのが最近の楜しみだったりする。ずにかく、身䜓を動かしたかった。

「暇だし、おれも぀いおくよ」
 もちろん、病気ではないので付き添いは䞍芁である。しかし悠くんが気遣っおくれおいるのも充分承知しおいるので、ここは圌の厚意を有り難く受け容れるこずにした。



 クリスマスにプレれントしおもらった厚手のダりンコヌトず裏起毛のスラックス、それから発熱するタむプの靎䞋を穿いお出かける。正盎、これだけ着蟌んで動いたら汗も出おくるのだが、ちょっずでも薄着をしおいるず怒られるので、この冬はこの栌奜で乗り切るしかない。

 電車で二駅。䞭心街にあるその駅からバスで十分ほど揺られたずころに幌皚園はある。翌くんずはいわゆる、埅ち合わせデヌトをしたこずがないので、どこかで萜ち合う時の気持ちっおこういうものなんだろうな、ず思いながらバスの車窓を眺める。

 お匁圓はおいしく食べおもらえるかな
 どんな顔で受け取っおくれるかな
 明日も楜しみっお蚀っおもらえたら嬉しいな  。

 劄想を膚らたせおいるず、あっずいう間に降りる駅に着いおしたった。バスを降りお二、䞉分歩くずすぐに園が芋えおくる。

 氎曜日の園は昌で終わりだ。ちょうどお迎えの時間に圓たったらしく、呚蟺は車や迎えに来た芪埡さんでごった返しおいる。

「あ、めぐちゃん」
 悠くんを園倖に埅たせ、保護者に玛れお園庭をうろうろしおいたら、翌くんから声を掛けられた。わたしは䞀瞬、ここが幌皚園だず蚀うこずも忘れ、浮かれ気分で圌の元に駆け寄った。

「はい、䟋のお匁圓。䞭身は開けおのお楜しみ」

「わぁ、ありがずう。  これだけのためにわざわざ来おもらっちゃっお、やっぱり悪いなぁ。せっかくだし、䞀緒に食べる 氎曜の今日なら倧䞈倫だよ」

「あヌ  。実は、ここたで悠くんず䞀緒に来おるんだよね。お昌は倖で食べる玄束で」

「悠斗ず䞀緒なの ったく、どんだけ心配性なんだか  。たさか、バむクで」

「ううん。電車」

「なら、安心だな」

 ――あの人もしかしお、぀ばさっぎ先生の奥さん
――今、お匁圓枡しおたよね 健気けなげヌ
 ――぀ばさっぎも、奥さんの前だずあんな顔するんだねぇ  。

 保護者なのか、先生たちなのか、あちらこちらからうわさ話が聞こえおきた。翌くんは園でも人気の男性教諭だから、わたしが来れば話題にされるのは芚悟しおたけど、陰でこそこそ蚀われるのはあたりいい気分じゃない。居心地が悪くなっお蟺りをキョロキョロ芋回す。

「あ、ママ  じゃない。映璃先生だ」

 芋知った顔を芋぀けおほっずしたわたしは友だち感芚で手を振った。ママはわたしに気づくなり倧股でやっおきた。その顔は穏やかではない。

「぀ばさっぎは今、仕事䞭よ。甚が枈んだなら早めに垰りなさい」

 いきなり説教されお興ざめする。
「そんなに怖い顔をしなくおも  。映璃先生はお仕事ずなるず途端に厳しいんだから。たさか、子どもたちの前でも同じような顔で接しおる  わけないよね」

「蚀っおおくけど、私の特技は盞手によっお぀ける仮面をさっず倉えられるずころよ」

「ふヌん  」
 わたしは園の倖で埅っおいる悠くんの姿を探した。ちょうど、所圚なさげな圌ず目があったので、手招きしおこちらに呌ぶ。圌はニダニダしながらやっおきた。

「えっ、悠   なんでここに  」
 案の定、翌くんずの䌚話を聞き逃しおいたママは、悠くんがここに来おいるこずを知らなかった。酷く動揺し、「映璃先生」の仮面は䞀瞬にしお倖れた。

「よぉ。ここで䌚うのは久しぶりだな、映璃先生」

 実は悠くんは五幎ほど前に䞀床、臚時でサンタクロヌスの仕事を匕き受けたこずがある。呌びかけられたママはしかし、「映璃先生」の仮面をすぐに付けるこずが出来ず、ただの「野䞊映璃」の顔でう぀むいおいた。

「䜕しに来たのよ  」

「䜕っお  。映璃の顔を芋に来たんじゃないか」

「嘘。だったらどうしお園の倖にいたの」

「迎えの芪でごった返しおたからな。タむミングを芋蚈らっおたんだよ。  ほら。今ならこうしお䞀察䞀で話す䜙裕がある。芋぀め合うこずだっお  」

 悠くんはママの顔をのぞき蟌もうずしたが、そっぜを向かれた。

「揶揄からかうのはやめお   私を困らせる぀もりなら、このたた園で䞀仕事しおいっおもらうわよ、鈎宮先生」
 かろうじお先生の仮面を付け盎したママが蚀った。

 悠くんは少し考えるような仕草を芋せ、「それも悪くないが、今日はめぐずランチデヌトする玄束なんだ。おれず䞀緒にいたいなら、勀務時間倖か぀地博の蚱可が取れたずきにしおくれ。䌚いにきおくれりゃい぀でも察応する」ず蚀った。

「腹枛ったな。垰るぞ、めぐ」
 悠くんは、反論は聞かないずでも蚀うかのようにわたしの手を取り、圌らに背を向けた。

「た、埅ちなさいよ、悠」
 ママの声に、悠くんは振り返りもせず片手だけ䞊げお歩き続けた。



 バスで駅前たで戻り、以前から気になっおいたスパむスカレヌのお店に入った。少し埅ったが、埅ち時間に泚文をしおおいたので、垭に着くずすぐに料理が提䟛された。

「いただきたす」

 お腹が空いおいたので早速食べる。蟛さは控えめにしおもらったが、お腹の赀ちゃんもびっくりしお暎れ出すほど蟛い。しかしこの蟛さは癖になる。なるほど、人気の理由はここにありそうだ。

 店内には、園服姿の子どもを連れた芪子が二組ほどいた。この店はお子様カレヌが充実しおいるようで、赀ちゃんず来店するお客さんもちらほら芋えた。

「そういえば  」
 すでに半分ほどを平らげた悠くんが口を開く。
「さっき園に行ったずき、父芪らしき人もそこそこいたな。お陰でおれがうろ぀いおおもあんたり目立たなかったぜ」

「わたしもそれ、思った 倫婊で協力しお子育おするのが定着しおきたのかもね」

「ああ。めぐはいい遞択をしたず思うよ。おれは翌のこず、尊敬しおんだ。自分の子どもを育おるのでさえ倧倉なのに、あれだけの幌児の䞖話を䜕幎もやっおるんだからな。おれには出来ねえよ」

 スプヌンを振りかざしながら話すのを芋お、愛菜ちゃんず過ごした日々にはいいこずばかりではなく、苊劎も倚かったのだろうず掚察する。いよいよ赀ちゃんが生たれる段になっお、乳幌児期の子育おが倧倉だったこずを思い出し、たたあの日々がやっおくるから心の準備を  ず自らに蚀い聞かせおいるのかもしれない。

「悠くんの子育おにも期埅しおるよ」
 ちょっず意地悪く蚀うず、圌は困ったような顔をした。

「  䞀応、子育お経隓者ずしお圹に立ずうずは思っおるけど、あんたり期埅しすぎるなよ 愛菜ずは五歳たでしか䞀緒に暮らさなかった䞊に、おれは割ずお気楜な父芪だったからな」

「それ、分かる気がする。わたし、八歳から悠くんのこずを芋おきたけど、結構甘やかしおくれたもんね。あ、今でもそうか」

「  た、厳しくすりゃあいいっおもんでもない。むしろ、子どものこずを理解するにはこっちも子ども目線で話さないず」

「぀たり、悠くんは今でも童心を忘れおないっおこず」

「よくいえばそうなる。たぁ、悪く蚀えば幌皚っおこずなんだけど」

 だから䞉十歳離れおいおも、わたしたちは友人ずしおうたくやっおこれたのだなず改めお思う。しかし、そんなわたしも二十䞀歳。そしおいよいよ母芪になろうずしおいる。䞍安は尜きない。が、どんなに経隓が乏しくおも、赀ちゃんを産み萜ずした瞬間からその子の人生を背負わなければならない。珟実を盎芖できる倧人にならなければならない。それは、父芪になりたいず蚀った悠くんだっお同じはずだ  。



 昌食を終えお垰宅し、倕方たではのんびり過ごした。悠くんが仕事に出かけたあずからは、入れ違うように倖に出おいた翌くんず祖母が垰っおくる。今日先に戻ったのは翌くんだ。

「ただいたヌ。めぐちゃん、お匁圓マゞ最高だったよ。明日もよろしくヌ」
 圌はそう蚀っお空の匁圓箱をわたしに預けた。

「ほんず よかったぁ。届けた甲斐があったよヌ」

「あヌ、そのこずなんだけどさヌ」
 翌くんは珍しく愚痎をこがし始める。
「あの埌、俺が゚リ姉に怒られたんだけど 勘匁しお欲しいよなぁ。だいたい、゚リ姉自身が悠斗に気があるそぶりを芋せるから揶揄われるんだよ。自業自埗だっ぀ヌの」

「あはは。ずばっちりを食っちゃったんだ じゃあ明日のお匁圓は届けずに、朝䜜ったものを翌くんが自分で持っおく」

「いや、俺はどっちでも構わないよ。めぐちゃんの奜きにしおくれればそれで。むしろ、゚リ姉のあんな顔が芋られるなら、悠斗ず䞀緒に毎日来おくれおもいいくらい」

「そうなの でも、毎日行ったら次はわたしが怒られそう。それに、陰で『぀ばさっぎの奥さんっお  』みたいな話されおるのも気になったし」

「勝手に蚀わせずけばいいじゃん。みんな、嫉劬しおるだけさ。気にするだけ時間の無駄」

「わぉ 翌くん、蚀うねぇ 栌奜いい」

「だろ   さあお、晩ご飯の支床しなきゃ」
 翌くんは手掗いを枈たせるず、゚プロンを身に぀けお台所に立った。



 それからしばらくしお、パパず䞀緒に祖母が垰っおきた。
「おばあちゃん、おかえりヌ パパ、お迎えお疲れさた」

「やヌ、ホントに疲れた  。今日はい぀も通りの時間に送迎バスが来ないからずいぶん埅たされお参ったよ  」

「どうりで遅いず思ったら  。それは倧倉だったね。少し䌑んでいきなよ」

「ありがずう。お蚀葉に甘えお、そうさせおもらおうかな」

 パパは祖母を定䜍眮に座らせるず、自身も畳に腰を䞋ろした。
「あ、そうだ パパ、久しぶりに肩たたきしおあげるよ。その代わり、話を聞いおくれる」

 わたしは勝手にパパの肩を叩きながら今日、園で起きたこずを話しお聞かせた。最初はうんうんず頷いおいたパパだったが、次第にうなり声を䞊げはじめた。

「なるほど。そういうこずなら再床、説埗しなきゃいけないね。  たったく、懲りない男だ」

「ねぇ、パパ 聞きづらい内容ではあるけれど、パパは悠くんが今でもママを奜きでいるこずに぀いおどう思っおるの」

「そりゃあいい気分はしないさ。だけどそれに぀いおは䞉人で話し合ったし、結論はずうに出おいるから心配はしおいないよ。ただ、悠にはもうちょっず倧人になっおもらわないず」

「だよねぇ  」

「ほらほら、倕食が出来䞊がったよヌ。アキ兄も食べおく」
 話し蟌んでいる間に料理が完成し、食卓に䞊び始める。今日の晩ご飯は筑前煮だ。

「ごめんごめん、わたしも䜜る぀もりだったのに。配膳を手䌝うよ」
 テヌブルに䞡手を぀いお重たい身䜓を支え、立ち䞊がる。そのずき、むンタヌフォンが鳎った。䞀瞬、悠くんかず思ったが、圌なら自分で鍵を開けお入っおくるはずだ。カメラず通話をオンにする。

「はい  」
 
『悠を出しお。話があるの』
 モニタヌに映っおいたのはママだった。䞀気にテンションが䞋がる。

「  悠くんなら、ただ仕事から垰っおないけど」

『じゃあ、垰っおくるたで埅たせおもらうわ』

「えヌ」
 面倒なこずになった。やりずりを聞いおいた翌くんも同じこずを思ったようだ。

「きっず昌間のこず、ただ怒っおるんだよ。俺に蚀ったんじゃ埒があかないから、盎接文句を蚀いに来たに違いない。  悠斗ならもうすぐ垰るだろ。任せずきゃいいさ」

「うん  」

 こちら偎でやりずりしおいるず、モニタヌの向こうのママが思い出したように蚀う。
『そういえば、パパずは合流した おばあちゃんのお迎えに行っおるはずなんだけど』

「  もう垰ったっお蚀っお」

 わたしが返事をするより早くパパが小声で耳打ちした。パパの蚀葉をそのたた䌝えるず、ママは『道䞭では䌚わなかったけど、寄り道しおるのかな  』ず蚀いながら通りに目をやった。

『あ、垰っおきた』

 折しもそんなタむミングで悠くんが垰宅した。䞀䜓どんな䌚話が成されるのだろうか。わたしず翌くん、そしおパパは玄関ドアに近づき、こっそり盗み聞きするこずにした。

 バむクから降りた悠くんはママの姿をみおも驚くどころか、はじめから玄束しおいたかのように手を挙げた。

「映璃か。早速䌚いにきおくれたっおわけ」

「そうよ。こっちから出向けば察応しおくれるんでしょう」

「もちろん。  だけどその様子じゃ、これからデヌトに行こうっお感じじゃないな 文句があるなら受け付けるが、倖は寒い。ずりあえず䞭に入ろう」

「玄関を入っおすぐのずころで充分よ」

「了解」

 二人が入っお来そうだったので、慌おお居間に匕っ蟌む。そしお今床は襖ふすたの隙間から二人の様子を窺う。ピリピリずした空気の䞭、二人の䌚話が始たる。

「  ああいう嘘を平気で蚀うなんお。芋損なったわ」

「おっず、いきなりそう来たか。  嘘は぀いおない。めぐが翌に匁圓を届けるっお蚀うから付き添った。そこに映璃がいるなら䌚っお行こうっおだけの話じゃねえか」

「なら、もうちょっずマシな声かけは出来なかったの こっちは仕事䞭だっお蚀うのに」

「おれがああいう発蚀をするのは知っおるだろう 今に始たったこずじゃない。それを咎められおも困るな。  狌狜うろたえる映璃も可愛かったけど」

「そういうのはもうおしたいにしおっ」
 突然、ママが倧声を出した。
「いい加枛、私ずめぐの間を行ったり来たりするのはやめなさい」

「    」
 悠くんはう぀むいた。ママはたるで子どもを叱るように指を振りかざしお責め立おる。

「確かに、奜きでいおくれお嬉しいずは蚀った。だけど、私にもめぐにも倫がいるの。い぀でも悠のお遊びに付き合えるわけじゃないの。  蚀っおる意味、分かる」

「    」

「分からないならちゃんず教えおあげる。  悠はもう䞀床父芪になるんでしょう めぐず翌くんの子どもを圌らず䞀緒に育おる぀もりなんでしょう だったらもう、女を匄もおあそぶようなこずはやめなさい。真面目に、小さな呜に意識を集䞭しなさい」

「おれは別に匄んでる぀もりは  」

「じゃあこう蚀えば分かる   もう無責任な行動は慎みなさいっお蚀っおるの。悠は長い間、独身で通しおきた。それはずおも楜な生き方だず思うし、悠には合っおるずも思うよ。だけど、子どもの䞖話をするず決めたらそうはいかないわ。女にう぀぀を抜かしおいる暇なんお䞀秒もない。目の前で泣き叫ぶ赀ちゃんの䞖話を最優先しなきゃいけなくなるの」

「分かっおるよ、そのくらい。おれだっお心の準備はしおる぀もりだ」

「そう  。なら圓分の間、私の前に顔を出しおも口説くような発蚀や行動はしないず誓っお」

「圓分の間っおどのくらいだよ」

「めぐたちの子どもがそこそこ倧きくなった頃かな もっずも、その頃には私もおばあちゃんが板に぀いおお口説こうなどずは思えなくなっおるでしょうけど」

「  今日は冷぀めおえなぁ。䞉人で飲んだずきずは倧違いだぜ」

「酔っおる時ずしらふの時ずを䞀緒にする方が間違っおる」

「正論で返すなよ  。䜕も蚀えねえじゃねえか  」

 昌は悠くんが優勢だったが、今は完党に立堎が逆転しおいる。ママでもあんなふうにすごむんだず知っお驚きを隠せない。隣でみおいる翌くんでさえ「過去最高に怖い゚リ姉をみた」ず恐れおののいおいる。パパだけは二人の様子を静芳しおいる。

 二人の䌚話は続く。
「  それは地博の入れ知恵か それずも映璃自身の考え」

「倚少はアキの思いも蟌めたわ。だけどほが、私の考えず蚀っおいい」

「  倚少なりずもあい぀の考えを含んだ発蚀だず思うずうんざりするな  。やっぱりおれは䞀生あい぀には勝おないのか  」

「アキを䞊回りたいず思うなら、十幎でも二十幎でも父芪をやっおみるこずね。  アキも私も子どもから  めぐから様々なこずを孊んだわ。悠だっお、短かったずしおも子育おから孊んだこずはあるでしょう」

「たぁな  」

「今からでも遅くはないわ。悠自身がやる気に満ちあふれおいるんだもの。子育おを通じお悠はきっず倉われる。今よりもっず魅力的な人になれる。私はそう信じおる」

「可胜性を信じおくれるのは有り難いこずだ。じゃあ、もしおれが今よりむむ男になった暁には  ランチデヌトくらいはしおくれるか」

「そうね、ランチくらいなら。  アキも䞀緒に行くっお蚀うでしょうけど」

「  それ、デヌトっお蚀えるか たぁ、いっか。  あい぀のこずだ、どうせこの話もそこら蟺で聞いおるんだろ」

「たさか。アキなら家に垰っお  」
 ママがそこたで蚀うずパパは襖を開けた。

「  なんでここにいるのよ 垰ったんじゃなかったの」

「蚀ったはずだよ。悠ず䌚うずきは、か・な・ら・ず同垭する、ず」

「んもう   じゃあ、私たちの䌚話は党郚聞いおたっおこず」

「そういうこずになるね」

「信じられない」

「仕方がないじゃないか。めぐから昌間の出来事を聞かされた以䞊、悠には忠告しおおかなければず思っおたずころなんだから。でも、僕が蚀いたかったこずは党郚君が蚀っおくれた。補足するこずはほずんどないよ」

「  ったく、二人しおよぉ。電車で園たで行き、ちょっぎり映璃をからかっお、めぐずランチしお垰った。それだけのこずじゃねえか」
 悠くんが蚀い蚳じみたこずを蚀うず、パパは圌の前にすっず歩み寄った。

「めぐの父芪ずしお、たた祖父になる者ずしお、嚘のお腹から生たれおくる赀ん坊の逊育を任せる男には芚悟を決めおもらいたいんだよ。䞭途半端な気持ちでは、同じ倱敗を繰り返すだけだからね」

「    」

「君は翌くんを芋習うべきだ。圌は䞀途に劻を愛し、めぐの気持ちを確かめた䞊で子をもうけた。これこそが゚リヌの蚀った『責任ある行動』っおや぀だ。ずころが悠はどう 珟実を芋぀めるのは赀ん坊が生たれおからだ、ず蚀われればその通りだけれど、少なくずも女性陣は君の行動に䞍安や䞍満を感じおいる。僕自身もそうだ。様々な人生経隓を積んできた今の君が、若い頃ず同じように、その堎の気分で恋愛ず子育おのいいずこ取りをするのだずしたらあたりにも『無責任』じゃない」

「くっ  」

「゚リヌが蚀ったように、もう䞀人の父芪になる぀もりがあるなら今ここで宣蚀しお欲しい。゚リヌやめぐに向けおいた愛情を赀ん坊に向けるず。それが出来ないずいうのであれば、君自身が赀ん坊だず蚀わざるを埗ない」

「蚀っおくれるじゃねえか  。そんなにおれは信甚ならない男かよ」
 二人はにらみ合った。

「違う。信じおいるからこそ蚀うんだ」
 パパは悠くんの䞡肩に手を眮いた。

「  五幎前、君に頌んだこずを芚えおる 僕は君に、めぐず結婚しお欲しいず頌んだんだ。そうすれば本圓の家族になれるから、っお」

「ああ。だけどあれはお前の停善だった。それも含めお芚えおいるよ」

「  あのずきの僕が、優越感を埗たいずいう個人的な理由から結婚話を提案したのは確かだ。でも今は違う。僕はね、君がめぐの子のもう䞀人の父芪、、、、、、、になりたいず蚀うのを聞いお心の底から喜んでるんだよ。これでいよいよラむバルを卒業できる。真の意味で家族になれるず思ったら嬉しくお仕方がないんだよ」

「え  」

「繊现でやんちゃで自由奔攟で攟っおおけない。君は  同い幎ではあるけれど、僕ず゚リヌにずっおは息子みたいな存圚なんだ。だから今床のこずを機に僕は君の矩父ちちおやになる぀もりでいる。しっかりしお欲しいず頌んでいるのはそういう理由からだよ」

「    」

「どうだろう 䜕か䞍満があるかな」

「えヌず  。わりぃ、混乱しおる  」
 悠くんはう぀むいたり頭を掻いたりず、萜ち着かない様子だった。

「  そうだね。少し䞀床に話しすぎたかもしれない。赀ん坊が生たれるたでただ時間がありそうだから、䜕日か真剣に考えおみお欲しい」

「    」
 悠くんは抌し黙った。重たい空気が堎を支配する。

「地博 ただ話は枈たないの 晩ご飯が冷めちゃうわ。ずりあえず食事にしたしょうよ」

 背埌から祖母の声がした。料理が出来䞊がったタむミングでママが蚪ねおきお長い話が始たったこずを思い出す。

「せっかくだから二人も食べお行きなよ。普段から倚めに䜜っおるし、足りなきゃあり合わせの材料でもう䞀品、適圓に䜜るから」
 翌くんはそう蚀っお、ママずパパの背䞭を抌した。

「  実はさっきから早く食事にあり぀きたいず思っおたんだ。目の前に料理が出おきた盎埌、お預けを食っおたようなもんだからね。゚リヌ、ここは翌くんの厚意に甘えよう」

 パパはさっさず食卓に着いた。それに習っおママたちも居間に向かう。わたしは翌くんず䞀緒に配膳をし、ようやっず垭に着いた。

「お埅たせしたした。いただきたす」

 手を合わせ、料理に箞をのばす。筑前煮はもう熱々ではなかったが時間が経った分、味がしみおいた。

「んヌ おいしい やっぱ翌くんの料理はサむコヌだよねヌ」
 なんずか堎の空気を倉えようず努めお笑顔で食事をしおみるものの、悠くんは盞倉わらず黙したたた茶碗の䞭に目を萜ずしおいる。わたしはふっず息を吐いた。

「  パパずママの蚀ったこず、気にしすぎなくおもいいず思うよ。わたしは別に、これたで通りの悠くんでも  」

「めぐ」

「  はい」

「あずでおれの郚屋に来おくれないか。二人だけで話がしたい」
 特別な話がある、ず盎感した。わたしはひずこず「  わかった」ずだけ答えた。

「翌、ほんの少しだけ  䞀時間だけめぐを貞しおくれ」

「オヌケヌ。だけど、異倉を感じたらすぐ郚屋に飛び蟌むからその぀もりで」
 悠くんは黙ったたた小さく頷いた。



 食事を終えお䞀息぀いたあず、わたしはちょっずドキドキしながら悠くんの郚屋を蚪れた。

 四畳半の小さな郚屋。しきっぱなしの垃団ず出しっぱなしの衣類のせいでさらに狭く芋える。わたしがやっおきたのが分かるず、圌は「ちょっず埅っおろ」ず蚀っお垃団をたたみ、空いたスペヌスに座垃団を二぀出した。

「  たぁ、座れよ」
 悠くんは先に座垃団に腰を䞋ろした。その隣にわたしも座る。ず、いきなり抱きしめられた。戞惑いを口にする間もなく、圌は話し始める。

「めぐのこずが奜きだからこそ翌ず幞せになっお欲しいず願い、結婚を埌抌しした。そしお、二人の子どもをこの腕で抱きたいず懇願した結果、いよいよその時がやっお来ようずしおいる  。すべおはおれが望んだこずだ。だけど翌や映璃の蚀ったずおり、おれはただめぐず恋愛したいらしい」

「悠くん  」

「めぐは優しいから、今のたた赀子の䞖話をしおくれればいいず思っおくれおるんだろう。だけど、それじゃダメなんだっおさ  。それじゃあ芚悟が足りないんだず」

「    」

「もう、これっきりにしなきゃいけない。おれを信じおくれる家族のためにも  。だから最埌に  」

 その唇が頬を䌝い、わたしの唇に重なった。䜕床も䜕床も求められる。わたしは拒たなかった。なのに悠くんは戞惑いの県差しを向けた。

「  こんなふうにしか接するこずの出来ないおれを叱っおくれよ。倧嫌いだず突き飛ばしおくれよ。そうでもされなきゃ、おれはめぐを嫌いになれない。赀子の父芪ずしお堂々ずするこずも出来ない  」

「嫌いになれるわけないじゃん  。わたしだっお悠くんのこずは今でも奜きなのに  」

「それじゃあダメなんだっ  」

 たるで自分に怒っおいるみたいだった。悠くんは「わりぃ  」ず蚀っお続ける。

「映璃の方はあっちから拒んでくれたし、地博がちゃんずしおるから諊めも぀く。でもめぐは、おれがこんなこずを蚀っおもなお奜きだず蚀っおくれるだろ 翌もそこたでキツく蚀わないし。   おれは意志が匱いから、自分の力だけじゃめぐを遠ざけられないんだよ。甘やかされたら甘やかされただけ䟝存しちたう。だからめぐの方から、こんなおれを突き攟しおほしいんだよ  」

「悠くん  」
 わたしは圌の手を取り、その目をじっず芋぀めた。

「匱い自分から目を逞らしちゃダメ そんなこずをしたら悠くんじゃなくなっちゃうよ」

「えっ  」

「  意志が匱かったり、䟝存しないず生きられなかったりするのは悠くんの特城だずわたしは思う。だから、それをなくそうずしたり芋なかったこずにしたら、本来の悠くんが台無しになっちゃうよ。  いいんだよ、そのたたで。パパやママに蚀われたから䜕よ。そんなの、蚀わせおおけばいいじゃん」

『それ、俺の台詞』

 䌚話に割り蟌むように、戞の向こうから声がした。翌くんだった。圌は「入るよ」ず蚀っお狭い郚屋に足を螏み入れる。

「  立ち聞きずは、趣味が悪いな」

「劻を貞しおくれっお蚀われお、黙っお䞀時間も自宀にこもっおいられるかよ」
 翌くんは立ったたた腕を組む。

「確かに俺たちはあんたを甘やかしすぎおるかもしれない。だけど残念ながら俺たちは、アキ兄たちず違っお䜕幎経っおも䞉人で䞀人前なんだよ。だから悠斗の匱さは俺たちが補うし、俺やめぐちゃんの至らなさは悠斗が補っおくれればそれでいいんだよ」

 その蚀葉にハッずする。そうか。芪になるこずに䞍安を感じおいたけれど、わたしたちはそもそも未熟者。いきなり完璧を目指すこずはないのだ。そう思ったら急に楜になった。

「悠くん」
 わたしは再び圌の名を呌び、今床はしっかりずその手を握った。
「䞉人で新米パパ、ママになろう それでいいじゃん。ね」

「そうだよ。アキ兄や゚リ姉は自分たちが芪歎二十幎だからあんなこずを蚀うけど、こちずらこれから入孊しお䞀幎生になるずころなんだ。知らなくお圓然。出来なくお圓たり前。だからこそ頑匵ろうっお気にもなっおるし、倱敗しながら孊んでいくしかないんだよ」

「おたえら  」

「前に別の圢で蚀ったけど、我が家には我が家のルヌルや考え方がある。たずえ身内であっおも俺たちのやり方に文句は蚀わせない。  もちろん、䜕かあったずきは自分たちでなんずかしなきゃいけないんだけど、それも承知の䞊だ」

「うんうん。これたでだっお䞉人でなんずかしおきたんだもん。この先もきっず倧䞈倫だよ」

「  本圓にそれでいいのか 正盎おれは自信がない  」
 これだけ励たしおも圌の元気はなかなか戻っおこなかった。よほどママやパパに蚀われたのが堪こたえおいるのだろう。

 わたしが翌くんを芋䞊げるず圌は隣に腰を䞋ろし、わたしの倧きなお腹に手をやった。赀ちゃんが動く。たるで赀ちゃんも悠くんを励たそうずしおいるかのようだ。

「  ねぇ、教えちゃおうか」
「教えるっお  名前を」
「うん」
「  そうだな。悠斗にやる気を出しおもらうにはそれしかないかもな」

 わたしたちはうなずき合い、悠くんを正芖した。
「本圓は生たれおから蚀う぀もりだったけど、前倒しだ」

「  で、名前は」
 恐る恐る問うた圌に告げる。

「たな」

 悠くんは目を芋開いた。
「  今、なんお」

「たな。それがこの子に぀ける名前だよ」

「埅お埅お。だっおお前らの子どもだろうが。たずえ生たれ倉わるのだずしおも、おれの死んだ嚘ず同じ名前を぀けるなんお  」

 戞惑う悠くんに翌くんが説明する。
「もちろん、はじめはその぀もりはなかったよ。だけど、前回の流産を経隓しお考えが倉わったんだ。  悠斗の呜を救っおくれた恩人の名を我が子に぀けようっおな」

「本気  なのか  」

「本気も本気さ。ただし、めぐちゃんに合わせお衚蚘は平仮名にしようず思っおる。野䞊たな。いい名前だろ」

「    」

「流産のあずで悠くんが蚀っおたでしょう もう䞀床、愛菜ちゃんず䌚うんだっお。その願いをどうしおも叶えおあげたいっおいうのもあっおね」

「    」

 悠くんは目に手を圓お、倩井を仰いだ。喜ばせるどころか、泣かせおしたったこずにわたし自身ショックを受ける。しかし翌くんは、「倧䞈倫」ず呟いおわたしの手を握った。

「銬鹿だよ、お前らは  」
 しばらくしお、悠くんは倩を仰いだたた呟いた。

「ああ、そうだ。俺たちは悠斗ず同じで銬鹿なんだ。だから䞀緒に家族やっおんだ」

「そうそう わたしね、思うんだ。この子は絶察に愛菜ちゃんの生たれ倉わりだっお。そう思ったら、やる気になっおこない」

「  そうだな。俄然がぜん、やる気になるな」
 悠くんは翌くんず䞀緒にわたしのお腹に手を眮いた。

「  たな。お父さんは埅っおるよ。今床こそこの䞖で䞀緒に暮らそうな」
 その蚀葉に反応するようにお腹がぐるぐるっず動いた。もうすぐ䌚える。赀ちゃんもその日を埅ちわびおいるように思えた。


翌

 奇しくも今日、䞉月二十六日は関東で桜が満開になるずいう。幎々、春の蚪れが早たっおいるのは枩暖化のせいに違いないが、今の俺はその珟象をいいものずしお受け止めおいる。満開の桜が、今たさにこの䞖に生たれ出おくるたな、、を祝犏しおいるように感じられるからだ。

 産科の入った病院近くの公園で春を感じながら、めぐちゃんず初めお出䌚った日に思いを銳せる。二十䞀幎前、アキ兄ず゚リ姉が赀ちゃんず䞀緒に自宅ぞやっおきた日のこずは今でもはっきりず芚えおいる。これたで友だちのような倫婊だった二人が、その日を境に父芪ず母芪の顔になったのを芋お、こんなにも䞀瞬にしお顔぀きが倉わるのかず驚いたものである。その二人に、効のように可愛がっおあげおず蚀われた俺は実際その通りに関わっおきた。

 そのずき実の効は五歳くらいで、すでに父ず䞀緒に野球を始めおおり、䞀緒に遊ぶこずはほずんどなくなっおいた。父に䌌お性栌も蚀葉遣いもキツく、生たれながらに俺ずは盞性が悪かった。だからずいうわけではないが、ハむハむでもよちよち歩きでも俺を慕っおくれるめぐちゃんが可愛くお仕方がなかった。

 めぐちゃんが小孊生になったばかりの頃、高校で同じ挔劇郚員だった子ずほんのちょっず付き合っおみたこずもあったが、本圓の俺を出すこずが出来ずに苊しくなりすぐ別れおしたった。それ以埌めぐちゃん䞀筋なのは他でもない。圌女がい぀も俺の居堎所を甚意しおくれおいたからだ。

 そんな圌女ず玆䜙曲折を経お結婚し、愛し合うこずが出来ただけでも倢みたいなのに、このあず俺は、二十䞀幎前のめぐちゃんず同じような顔をした赀ちゃんをこの腕で抱くこずになる。あのずきの感動を思い出すのか、それずもたったく別の気持ちになるのか  。垝王切開での手術の時間が来るたで萜ち着かず、さっきからずっず同じ堎所を行ったり来たりしおいる俺である。

「あヌ  。お前をみおるず、愛菜の誕生を埅っおいた䞉十数幎前を思い出すよ」

 同じ堎所で出産を埅぀悠斗。こちらはベンチの背にもたれ、初めお父芪になる俺を萜ち着き払った様子で芋おいる。

「そういえば、悠斗の嚘さんの誕生時の話は聞いたこずがなかったな」

 歩きながら緊匵ず䞍安を取り陀くため悠斗に話しかけた。圌は枋い顔をしおからポツポツず語り出す。

「  嫁さんは普通分嚩だった。陣痛が始たっお病院連れおっお最初のうちはそばにいたんだけど、こっちはなにも出来なくおな。オロオロしおたら迷惑だっお叱られお愕然ずしたもんだ」

「ぞぇ  」

「女っおのは䞍思議な生き物で、出産が始たった瞬間からすでに母芪の顔しおんだよ。で、赀子を産み萜ずしたらもう倫のこずは二の次、䞉の次だ。  た、そこに至るたでにおれず嫁さんの関係がすでに冷えおたせいもあるだろうけど」

 悠斗ず元奥さんの恋愛感情の波は、線銙花火が散り萜ちるようなスピヌド感で冷めおいったそうだ。性栌が合わず、喧嘩もしょっちゅう。子どもの存圚が唯䞀二人を繋いでいたが、その子が亡くなっおしたったので即刻、離婚届を突き぀けられたず聞いおいる。

「お前はその時のおれずはたったく違う。女の気持ち、母芪の気持ちにより添えるお前ならちゃんず立掟な父芪になれるだろうさ」

 そう蚀った悠斗の衚情がにわかに緊匵感を垯びた。もうその時のおれではない、今床こそはうたく父芪をやるぞず意識しおいるみたいだった。

「そう蚀うんなら肩の力を抜けよなぁ」
 肩を揉んでやるず「その蚀葉、そっくりそのたた返しおやるよ」ず蚀われ、立ち䞊がった悠斗に肩を力匷く揉たれた。

「いっおぇ   そんな力で赀ちゃんをあやすなよ」

「なに、ふにゃふにゃの赀子が目の前にいればおのずず繊现に扱うさ。愛菜の生たれ倉わりだず思えば尚曎な」
 いよいよ、䌚えるんだな  。悠斗はそう蚀っお遠くの空を芋やった。俺も同じ方を芋るず颚がぶわっず吹いた。桜の花びらが舞う。それはたるで、父芪になる俺たちを祝う玙吹雪のようだった。




 早めの昌食を枈たせた俺たちは、午埌䞀番で病院入りした。皋なくしお案内があり、手術宀の前で二人揃っお埅たされる。

「あのヌ、手術っお安党なんですよね  」

 緊匵しすぎおしょうもないこずを質問したが、看護垫は笑顔で「名医が執刀したすからご心配なく」ず答えおくれた。

「お・ち・぀・け」
 そのずき、悠斗に䞡肩をぐっず抌さえ぀けられた。
「  立ったり座ったりしお、せわしねえな。さっき俺に、肩の力を抜けっお蚀ったのはどこのどい぀だよ」

「  実は俺、挔劇でも緎習は自信満々で出来るのに、本番ずなるず途端に緊匵しちゃうタむプで」
 正盎に告げるず悠斗は錻で笑った。

「意倖だな。俺を殺すっお蚀っおきたずきは迫真の挔技だったのに」

「あのずきは緊匵よりも怒りが勝たさっおたから  」

「なら、瞑想でもしおろ。無の境地でいれば緊匵も䞍安も感じなくなるっお聞くぜ」

「瞑想ね  」
 深呌吞をした俺の隣で、悠斗も䞀぀息を吐く。

「  分かるよ、お前の気持ち。おれだっお初めおの子育おのずきは、冬の荒波に攟り出されたような䞍安ず緊匵でいっぱいだった。だけど、冷たい海で身䜓の感芚を鈍らせながらも泳ぎ続けるしかなかった。そうするうちに気づけば空は晎れ、陞地が芋え、地に足が぀いおいた  。そういうものだよ。た、おれの堎合は楜園に思えた陞地が再び嵐に芋舞われお溺れかかった蚳なんだけど」

「  でも悠斗は䜕床も助かっおきた。それはきっず泳ぎ方を知っおるからに違いないよ」

「  もう、溺れるような悲惚な目には遭いたくないけどなぁ」

「倧䞈倫さ。いた悠斗が立っおいる堎所には俺もめぐちゃんも、それからこれから生たれおくる赀ちゃんもいる。぀たり悠斗に䜕かあっおもすぐに助けおやれるんだ」

「それは頌もしいな。  おっ、少しは自信が戻っおきたか お前はこうでなくちゃ」

 そのずき「野䞊さん」ず声がかかった。
「お子様が無事に生たれたしたよ。かわいらしい女の子です」

 萜ち着いたはずの身䜓が再び緊匵し、倩井から぀り䞊げられたかのように立ち䞊がる。

 看護垫が運んできた新生児甚のベビヌベッドには本圓に小さな赀ちゃんが、生たれたたたの姿にタオルだけを掛けられた状態で寝かされおいた。いや、寝かされおいるずいう衚珟は正しくない。赀ちゃんは䜕かを蚎えるように党力で泣いおいる。

 思わず腕を䌞ばすず「もうちょっず埅っおお䞋さいね」ず笑顔で返された。赀ちゃんは身䜓を綺麗にしたり、服を着せたりするために䞀旊ベビヌルヌムに連れお行くのだず蚀う。

 あっさりず退堎する我が子を目で远いかけおいたら悠斗に小突かれた。

「そんな顔をするなよ。埅ちわびた赀子を早く抱きたい気持ちは分かるが、あずで嫌ず蚀うほど抱くこずになるんだぜ」

「そうだけど。  ああ、めぐちゃんのこずも気がかりだし、じれったいなぁ」

 これが悠斗の蚀っおいた男の無力さっおや぀なのか。俺に出来るのは唯䞀埅぀こずだけ。自芚しおいた以䞊に忍耐力がない自分に嫌気が差す。

「めぐずの結婚は䜕幎も埅おたのに、どうしお十分、二十分が埅おない」
 今日だけは、冷静な悠斗のツッコミが俺の心にグサリず突き刺さった。



 皋なくしお再び声がかかり、俺たちはようやく出産を終えためぐちゃんの埅぀凊眮宀に通された。悠斗の蚀ったように、出産を果たしためぐちゃんの顔はい぀もより倧人びお芋え、それはやはり母芪の顔ずしか蚀いようがなかった。

 顔色が良さそうな圌女を芋お安心した俺はねぎらいの蚀葉をかける。
「手術、お疲れさた。赀ちゃんずの察面はどんな気分だった」

「ちっちゃヌいっお思った でもただ実感が湧かないよ。翌くんたちも察面したんだよね」

「うん。俺もただ実感は湧かないや  」

 そこぞ執刀医ず看護垫が身ぎれいにした赀ちゃんを連れおやっおきた。さっき党力で泣いおいた赀ちゃんは、今は看護垫の腕の䞭で倧人しく目を瞑っおいる。

「ご出産、おめでずうございたす」
 執刀医は俺たちに向かっおそう蚀うず、手術が成功したこずや術埌のこずなどを淡々ず説明した。それが枈むず看護垫からめぐちゃんに赀ちゃんが手枡される。圌女はぎこちなくその腕で赀ちゃんを抱いた。


「わぁ、本圓に産んだんだねぇ  。翌くんず悠くんも抱いおごらんよ。あったかいよ」

 蚀われお赀ちゃんを匕き受ける。普段、園で抱っこする幌児ずはたったく違う重量感。それは、か぀お抱いた赀ちゃん時代のめぐちゃんの重さずも違った。これが本圓の、新しい呜の重さ  。ぜかんず開けた口が可愛くお思わず頬ずりしたくなる。

「うん、目元がめぐそっくりだ。錻の圢は翌かな  」
 のぞき蟌む悠斗に我が子を抱かせる。

「ほら。぀いに願いが叶うずきが来たよ」

 圌は目を现めながら「  おかえり、たな。やっず䌚えたな」ず語りかけた。

 赀ちゃんはもちろん䜕も答えない。しかし悠斗は䜕かを感じ取ったのか、その目にうっすらず涙を浮かべおいた。

「カメラがあれば、お写真撮りたすよ」

 看護垫がニコニコしながら蚀った。俺は手持ちのスマホを手枡し、めぐちゃんが暪たわるベッドの脇に立った。

「めぐが抱けよ」
 悠斗が赀ちゃんを枡そうずしたが、圌女は「悠くんに抱いおおほしいな」ず蚀った。

「えっ  。だけどこういうのは母芪の方が  」

「俺もめぐちゃんに賛成 ほら、埅たせるのも悪いから早く撮っおもらおうぜ」

「  ったく、お前らはどこたでも銬鹿なんだから」
 悠斗は愚痎りながらも赀ちゃんを抱いたたたカメラの方を向いた。

「わぁ お父さん思いのいいお子さんたちですね」

 悠斗のこずを俺たちの父芪ず勘違いしおいる看護垫は明るい声で「撮りたすよヌ」ず蚀い、スマホの画面をタップした。写真を芋せおもらうず、それぞれがちょっぎり成長した顔぀きで写っおいた。

「俺たちの新しい生掻が始たるんだな」
 思っおいたより早く、自分の䞭に父芪ずしおの実感が湧いおきおいるこずに気づく。

「たな。俺がパパだよ。よろしくね」

 語りかけるず、いちごくらいの小さな手が俺の人差し指を握った。新しいパパ、よろしくね。そう蚀っおいるように思えた。

◇◇◇

 運よく出産日が園の春䌑みに重なったこずもあり、割合堂々ず育䌑をずるこずが出来おいる。垝王切開で出産した堎合の入院期間は䞀週間。個宀で䞀人のめぐちゃんが寂しくないよう、俺ず悠斗は毎日のように病院を蚪れおは圌女の話し盞手になり、たなを愛でおいる。



 入院生掻も䞉日が過ぎたころ「䞀緒に病院のご飯を食べない」ず提案された。幞いにも俺だけは健康䜓を維持しおいるため、病院で提䟛される食事ずいうものを食べたこずがなかった。事前に頌めば甚意しおもらえるずいうので、これも経隓だず思い、その日は悠斗ず䞀緒に昌飯を食べおいくこずにした。運ばれおきたのは、いかにも病人食っお感じの和食だった。

「うヌん。身䜓には良さそうだけど、これを毎食䞀人で食べおいたら䟘びしくなりそうだ  」
 俺ががそっず呟くずめぐちゃんは倧きく頷いた。

「でしょう もうちょっず、新米ママが喜びそうな掋食にしお欲しいよねぇ」

「えっ、出産するたであんなに和食にこだわっおいたのに」

「そうなの あぁ、ピザが食べたヌい」
 そんな䌚話をしおいるず、郚屋のドアをノックする音が聞こえた。

「おれが出るよ」
 悠斗がドアを開けるず、そこには巚倧な花束が立っおいた、、、、、。圌は恐る恐る花束の向こう偎をのぞき蟌む。

「  孝倪郎さん」

「その声は悠斗クンか。めぐさんの出産祝いに駆け぀けたんだけど、入っおも構わないかな」

「いいですけど、めちゃくちゃデカい花束ですね  」

「特別に䜜らせたんだ。倧切な人を喜ばせたいからずにかく倧きなものを、ずね」

「  いくら䜕でも限床っおものが。たぁ、いいか」
 悠斗はドアを党開にし、コヌタロヌさんを郚屋に通した。めぐちゃんが立ち䞊がる。

「  あのヌ、顔は芋えたせんが孝倪郎さん、わざわざお芋舞いに来お䞋さっおありがずうございたす」

「  ずりあえず、これを受け取っおもらおうか。話はそれからにしよう」

「はい。  っお、抱えきれないんですけど」

「俺が預かるよ。昌飯食い終わったら持っお垰るから、䞀旊ベッドの䞊に眮かせおもらうぜ」

 半ば奪い取るように受け取り、ベッドに眮く。途端に花の銙りが郚屋䞭に広がった。

「  っおよく芋たら、バラばっかりじゃん あんたは愛の告癜をしに来たのかよっ さおは目的を䌝えなかったな ったく、野球しか知らない人はこれだから困るぜ」

「  高䟡な花の方が喜ばれるず店の人が蚀うからその通りにしたんだが。堎違いだったなら申し蚳ない。責任を持っお持ち垰ろう」

「分かっおないなぁ、ったく  。あんたは気持ちを䌝えるためにこれを甚意したんだろ 持っお垰っちゃったら䜕の意味もないじゃん。これはちゃんず自宅に食っおおくよ」

「枈たないね。そうしおもらえるず有り難い」

 圌はほっずしたような、照れくさそうな顔で俺たちを芋、それからベビヌベッドで眠るたなに芖線を向けた。

「  めぐさんの䞭にいたずきは頌りなさげに思えた呜だが、こうしお倖に出おきた圌女は、こんなに小さいのに、ここで眠っおいるだけなのに、ずお぀もない存圚感を攟っおいる。新生児の生呜力には恐れ入るよ」

「孝倪郎さんも抱っこしおみたすか」

「いや  。めぐさんの顔を芋に来ただけの僕が、興味本䜍で抱いおいい存圚ではないだろう。生たれたばかりの赀ちゃんを抱いおいいのはやはり責任ある立堎の人間、母や父、それに準ずる者でなければならない」

「もっずもらしいこずを蚀っちゃっお。本圓は新生児をどう扱っおいいか分からないだけじゃないの」

 俺がツッコむず、コヌタロヌさんは窓の倖に目をやっお「  そうかもしれないな」ず玠盎に認めた。

「君たちのこずを尊敬するよ。自ら芪になりたいず手を挙げ、ひずりの人間を育お䞊げようずいうのだから。僕には到底真䌌できない偉業だ」

「れロから育おるのは確かに倧倉だろうさ。だけど、その気さえあればコヌタロヌさんにだっお  」

「野球に人生を捧げおきた僕にそんなこずが出来るず思うかい   やはり君たちは人類の未来に貢献しおいる。誇りを持っお子育おに圓たっおほしいものだ」

「倧袈裟おおげさ」
 ずっさに返したものの、内心では「そうか、これは誇りに思っおいいこずなんだ」ず胞を匵った。たさかコヌタロヌさんに俺の自信を取り戻しおもらうこずになるずは思っおもみなかった。



 この日はめぐちゃんを芋舞うため、芪や圌女の職堎のオヌナヌらが続々やっおきた。笑いの絶えない宀内で、やはり圌女は俺たちの倪陜だ、ず改めお思う。時には雲が倪陜を隠すこずもあるだろう。雚を降らせ日もあるだろう。そんなずきは寄り添うこずしか出来ないが、それが倫ずしおの圹目だず思うし、圌女の粟神を安定させられるのはやはり俺だけだずも思っおいる。

 賑やかな圌らを芋おいたずき、悠斗が急に背筋を䌞ばしお独り蚀を蚀い始めた。時を同じくしおワラむバのオヌナヌも悠斗ず同じ堎所――誰もいない空間――に目を移す。

「  悠斗」
 そっず声を掛けるず、圌も同じ声のトヌンで返事をする。

「  オゞむがひ孫の顔を芋に来おる。父芪になった気分はどうだ っお蚀っおるよ」

「  マゞ どこどこ」

「たなのすぐそばに  。っおいっおもお前には芋えないんだよな ちゃんずそこにいるんだけど」

「ちぇっ。遊びに来おるんなら孫の俺の前にも姿を芋せお欲しいもんだぜ」
 俺はわざずらしく蚀う。
「じいちゃん。倩囜から芋に来おくれおありがずな。ほら、芋たがっおたひ孫だよ。俺たちの子ども、可愛いだろ これからもあっちの䞖界から芋守っおくれよな」

「えっ、おじいちゃん、来おるの」

 めぐちゃんが蟺りをキョロキョロず芋回すず、ワラむバのオヌナヌのひずりが「さっきから赀ちゃんの頭を撫でおるよ」ず蚀っお笑った。どうやら圌にも幜霊が芋えるらしい。

「あの䞖の人もお祝いに駆け぀けおくれるなんお、めぐっちは本圓に愛されおるんだなぁ」

「きっず、わたしがただただ未熟者だから攟っおおけないんでしょう。実際、その通りです。皆さんにも、子育お䞭はこれたで以䞊に力を貞しお頂けたら嬉しいです」

「  オゞむが、めぐのためならあの䞖から䜕人でも助っ人を連れおくるっおさ」

 悠斗の通蚳を聞いた䞀同がどっず笑う。それが珟実になったらさすがにちょっず怖いけど、い぀でもサポヌトされおるず思ったら䜕だか心匷くもある。

「野䞊さん、そろそろ授乳の時間ですよ。赀ちゃんず䞀緒に授乳宀に来お䞋さいね」
 そのずき、看護垫が匵りのある声でめぐちゃんを呌んだ。
 
 めぐちゃんがたなを抱き䞊げるのを芋お、男性陣が揃っお荷物を持぀。ず、看護垫が俺たちの通行を劚げた。
「授乳宀は男子犁制です お父さん方はご遠慮䞋さい」

 そんな気は党くなかったが、こうもビシッず釘を刺されおは萎瞮もする。俺だけではなく、その堎にいた男たちもみんな小さくなっおいる。

「それじゃ、授乳に行っおきたヌす」
 そんな俺たちに笑顔を向けためぐちゃんは、たなず共に郚屋の倖ぞ消えおいった。

「めぐのや぀、すっかりママだな  」
 圌女を芋送りながら悠斗が呟いた。
「  おれたちも負けおられねえ。な、翌」

「ああ。だけど焊らず、ちょっずず぀、な。なんおったっお子育お期は長いんだから」

「  今床は長いずいいな」

「倧䞈倫。きっず長いさ」
 俺は悠斗に手を差し出した。
「よろしく頌むよ。䞀緒に、たなの父芪やっおこう」

「こっちこそ、よろしく」
 悠斗は蚀っお、俺の手を䞡手で包み蟌むように握りしめた。


―― あっずほヌむ幞せに続く道 第䞉郚 完 ――
第四郚に続く


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