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能力は高いはずなのに、職場で正当に評価されない――その理由は「最大出力」と「定格出力」のズレの大きさだった

社長を黙らせた数週間後、僕は大部屋で冷たい視線を浴びていた――

蛍光灯の白い光の下に、机の島がいくつも並んでいる。
僕の席は、その一番端だった。

手元には紙の束がある。数字を別の紙に書き写す作業だ。何のためにやるのかは、聞いても要領を得なかった。たぶん、僕に指示をくれた彼も知らなかったのだと思う。

十五分もすると、頭の中の解像度が落ちてくる。行がずれる。桁を見間違える。どうやってもうまく行かなくて、席を立つ。

戻ってくると、隣の島にいる人の視線が、ほんの少しだけこっちを見てることに気がついた。責める言葉はない。ただ、目の動きだけがある。

***

さかのぼること数週間前、僕は同じ会社の会議室にいた。

ある炎上中のプロジェクトに緊急招集されて1週間後、億単位のプロジェクトに埋まっていた地雷――設計時に潜んでいたバグ――を見つけて、報告したのだ。

翌日、午後の役員会議で説明しろと言われた僕は、初対面の上級役員たちの前で、役員クラスにも分かるよう専門用語をできるだけ分かりやすく、かつ芯を外さないよう即興で説明した。質疑のあと、しばらく沈黙があって、社長が「私が引き受けよう」と静かに一言だけ言った。

翌週には、社長命令で客先説明にも同行することになり、客先の役員にも分かるレベルに落として同じ説明をした。そして、プロジェクトは中止になった。「こちらとしては、これ以上の損失が広がるのを食い止められて良かった」、担当役員はそう言っていた。

***

その僕が、大部屋の端で、数字を右から左へ書き写している。


誰も理由を知らない、謎の外部要員

プロジェクトが止まって、常駐していた人の多くは契約を切られた。でも、僕は切られなかった。

たぶん、それが僕の担当役員にできる最大の配慮だったのだろう。

ただ、その配慮が具体的に何になったかというと、それが大部屋の席だった。

僕は「次のアサインが決まるまでのキープ要員」として、そこに置かれた。何のプロジェクトにも属さない。その日その日で、違うチームの手伝いに駆り出される。

噂にはならなかった。

「あの人、億単位の穴を見つけた人らしいよ」と誰かが言う、みたいなことは起きなかった。「ちょっと知恵を貸してほしい」と誰かが寄ってくることもなかった。

僕は、なぜそこにいるのか誰も理由を知らない、謎の外部要員として、一日中そこに座っていた。

IDは持っている。席もある。給料も出ている。

なのに、その「場」には入っていない。

中にいるのに、外から呼ばれて意見を言う人。籍はあるのに、現場には戻れない人。自分で選んだわけでもないのに、いつのまにかその配役になっていた。

上の人と現場は、別のものを見ている

長いあいだ、僕はこれを自分の人望の問題だと思っていた。

上の人には話が通じる。なのに、毎日顔を合わせる人たちには通じない。だとしたら、原因は僕の中身にある。能力じゃなくて、人としての何かが欠けているからだ。そう考えるのが、いちばん自然に思えた。

でも、いま並べ直すと、そうではなかった。

上の人と現場の人は、そもそも立っている場所が違う。だから、見ているものも違う。

上の人が気にするのは、だいたいこういうことだ。

  • どこで大きな損が出るか

  • 放っておくと、あとでいくらになるか

  • 長期的に、どの判断が効くか

だから、たまに誰かが大きな問題を一撃で解いてみせると、その一撃に強く反応する。

一方、直属の上司が気にするのは、こういうことだ。

  • 今週、自分のチームの担当範囲が予定通り終わるか

  • 誰の作業が増えるか

  • チームが、毎日止まらずに回るか

だから、上司が見たいのは一撃じゃない。毎日、同じ品質で回してくれることのほうだ。

同じ一人の人間でも、上の人と現場では、注目される部分がまるで違う。これは、どちらかが正しくてどちらかが間違っている、という話じゃない。見ている場所が違うだけなのだ。

役員も現場も、嘘はついていなかった

いちばん苦しかったのは、その二つの評価が、どちらも同じ僕への評価だったことだ。

上の人は「すごい」と言う。現場は冷たい目で見る。同じ僕なのに。

長いあいだ、僕はどちらかが嘘だと思っていた。

役員の言葉が本物なら、あの大部屋の冷たさは不当なはずだ。

現場の評価が本物なら、役員の言葉はただのお世辞だったことになる。

どちらに転んでも、行き着く先は同じだった。僕にはどこか、認められない理由がある。そこに落ちる。

でも、あるとき気づいた。この落差は、初めてじゃなかった。

面接は、いつも通る。「ぜひ来てほしい」とまで言われる。なのに、入って数ヶ月もすると、まわりの目が変わっていく。

役員との面談は、いつだって感触がいい。でも現場に戻ると、「上が何と言おうが、俺は認めないぞ」という目線が突き刺さる。

プレゼンや、一回きりの説明は得意だ。なのに、日々の細かい作業に入ると、ケアレスミスを連発する。

ずっと、この落差を「見せかけだけで中身がない自分」の証拠だと思っていた。最初だけよく見せて、あとでボロが出る。詐欺師みたいな自分だ、と。

でも、そうではなかった。

***

機械には、二つの出力がある。最大出力と、定格出力だ。

最大出力は、短いあいだだけ叩き出せる、その機械のいちばん高い力。定格出力は、壊れずに、連続で出し続けられる力のことだ。

役員が見たのは、僕の最大出力だった。あの一瞬、あの問題に対して、確かに大きな力が出た。

一方、現場が見ているのは、僕の定格出力――月曜から金曜まで、止まらずに回し続けられる力のほうだ。

そして僕は言うなれば、最大出力は高いのに、定格出力がひどく低い機械だった。

「普段は頼りないのに、絶体絶命のときだけ世界を救う人」は、物語なら主人公になれる。でも、現実の職場が毎日ほしいのは、世界を救う人じゃない。月曜から金曜まで、業務を止めない人のほうだ。

役員は嘘をついていない。本当に、僕はあの説明で光っていた。
そして、現場も嘘をついていない。本当に、僕は毎日の作業でつまずいていた。

強い自分と弱い自分がいるんじゃなく、同じ機械の、定義の違う出力を見ているだけだった。

詐欺師でもないし、どこかに「本当のダメな僕」が隠れているわけでもない。最大出力も定格出力も、両方まるごと、ただの僕の性能にすぎない。

ここが腹に落ちたとき、僕はようやく、自分を裁くのをやめられた。二つの評価が食い違うのは、僕の中身が矛盾しているからじゃない。相手が見ていた出力面が、違うからだった。

会社が毎月買っているのは、定格出力だ

そのうえで、長いこと分かっていなかったことがある。

会社が毎月の給料で買っているのは、たいていの場合、最大出力じゃない。定格出力のほうだ。

だから、どれだけ鮮やかな最大出力を一度見せても、毎日の評価は動かない。

僕が億単位の穴を見つけられても、いつもの作業の精度は今まで通りだからだ。そして現場が毎日見ているのは、そっちの数字のほうだ。

僕たちがたまに見せる圧倒的な力は、嘘偽りなく本物なんだと思う。経営陣が評価したのも、お世辞じゃないはずだ。ただ、それは「その瞬間、その問題に対して、確かに大きな価値があった」という意味でしかない。明日の定型業務を任せられる、という保証にはならない。

しかも、その定格出力の評価は、場所が変わると別物になる。何を「毎日必要な力」とみなすかを決めているのは、僕ではなく、その現場だからだ。

褒めてくれた人は、評価を決める部屋にいない

ここまで並べて、ようやく分かったことがある。

役員は会議室にいて、僕は大部屋にいる。

身近な人に評価されないのは、僕が人として欠けているからじゃない。僕の最大出力を高く買ってくれた人が、僕の毎日を評価する部屋には、一人もいないからだ。

問題は、僕の人望ではなく、僕のいる部屋だった。

現場は、間違っていなかった

もうひとつ、はっきりさせておきたい。

あの大部屋の冷たい視線も、悪意ではなかった。

現場が必要としていたのは、意味の分かりにくい日常業務を、確実に、静かに、最後まで続けられる人だった。つまり、安定した定格出力だ。僕が出せるものとは、ちょうど逆だった。

だから、冷たい視線は正当だった。あれは僕の人格への評価ではなく、現場に必要な出力と、僕が出せる出力の、噛み合わせの悪さだった。

上司や同僚を悪者にしたら、この話は終わってしまう。悪いのは人じゃない。問題は、最大出力しか売り物のない人間に、定格出力の仕事しか回ってこない、というミスマッチのほうだ。

「次も評価されるはず」と、待ってしまう

あの後、大部屋にいたあいだ、僕はずっと待っていた。

また役員に呼び出されて、今度は何か正式なプロジェクトに入れてもらえるはずだ。あれだけのことをしたのだから、そのうち何かあるに違いない。

そう思って、歯を食いしばって座っていた。

結局、その日は、来なかった。

いま振り返って、いちばん怖いと思うのはそこだ。

一度、最大出力を評価されると、人は「待つ人」になる。

あの力をもう一度見せる場が来れば、また評価される。だから、それまで待つ。待つことが、行動の代わりになってしまう。

でも、待っているあいだ、僕の定格出力は一ミリも上がっていない。次に最大出力の火がつく場が来る保証も、どこにもない。

「たまに会社を救えた」を根拠に、「普段の仕事でも高く評価されるべきだ」と考える。残念ながら、それは通らない。会社が毎日買いたい商品と、僕がたまに納品する商品との間には、大きなズレがあるからだ。

じゃあ、毎日ヒーローになればいいのか

ここで、こう思うかもしれない。だったら、毎日その最大出力を出せばいいじゃないか、と。

残念ながらそれは、無理な相談というものだ。

最大出力は、条件がそろったときにしか起動しない。あの日、億単位の地雷が目の前にあって、誰も解けずにいて、時間もなかった――あの状況だったから、火がついた。身も蓋もないことを言うようだが、僕らの最大出力には再現性がない。

だからと言って、「毎日フルパワーを出せ」という話をするつもりはない。それは根性論だし、そもそも仕様として不可能だ。

一方で、あなたの最大出力を捨てろ、火を消せ、小さくなれ、という話でもない。あの力は本物で、消す必要なんてない。

そうではなくて、最大出力と定格出力は別物だと認めたうえで、やれることは何か、という話をしたい。

やれることは、二つしかない。

やれること、二つ

一つは、最大出力が「商品」になる場所を探すこと。

もう一つは、それとは別に、定格出力を、少しだけ上げること。

どちらも、意志ではなく仕組みでやる。

1. 最大出力が「商品」になる場所を探す

あなたの最大出力は、条件がそろえば起動する。だったら、その条件が「日常的にそろっている場所」を探せばいい。

火事場でしか力が出ないなら、日常的に火事場が発生する場所へ行く。トラブル対応、火消し、難所の突破。そういう「毎日が一回勝負」の仕事は、世の中にある。そこでは、あなたの最大出力が、そのまま毎日の商品になる。

明日からできることは、こうだ。過去に、自分の最大出力に火がついた場面を、三つ書き出す。そして、そのとき何がそろっていたかを、一行にする。

締め切りがあった。誰も解けずにいた。自由にやらせてもらえた……。その条件が、あなたの起動スイッチだ。それが常にある場所を、次に選ぶ場所の条件にすればいい。

2. 定格出力を、少しだけ上げる

もう一つは、普段の自分が、業務を止めない程度まで、底を上げること。

ヒーローになる必要はない。ただ、月曜から金曜まで、ぎりぎり止まらずに回ればいい。そのための道具は、意志ではなく環境で作る。

  • 意味の分からない作業には、「これは何のためか」を一行足す。僕の場合、理由が見えると、集中がいくらか保てる

  • 単純作業は、十五分で区切る。精度が落ちる前に、一度ブレークを入れる

  • 数えるのは、褒められた回数じゃなく、その週、業務を止めずに終えられた日にする

最大出力の天井は、よほどのことがない限り上げられない。でも、定格出力の底なら、環境をいじれば少しだけ上がるはずだ。

定格で殴り合う場所からは、降りていい

ここまで書いておいてなんだが、正直に言うとあの大部屋は、僕の定格出力が、いちばん低く出る場所だった。しかも、最大出力に火がつく条件も、そこには何もなかった。

毎日、意味の分からない単純作業。火事はどこにも起きない。定格出力だけで殴り合うしかなくて、その定格は、部屋の中で僕がいちばん低かった。

こういう場所からは、降りていい。

次の三つが重なったら、その場所とは相性が悪い、と考えていい。

  • 回ってくるのが、いつも自分の定格出力がいちばん低く出る作業だ

  • 最大出力に火がつく場面が、半年に一度も来ない

  • 「次こそ評価される」と待っている時間が、手を動かしている時間より長い

あの日、僕は待つのをやめて、契約の更新を断った。

でも僕はこれを決して敗走とは思っていない。定格で殴り合う場所から降りて、最大出力が商品になる場所を探しにいく、と決めただけだ。

降りるのも、再設計のうちに入る。逃げたかどうかではなく、その場所に自分の出力が合っているかどうかで決めればいい、あれから20年近く経った今でも、僕はそう思う。

あなたの最大出力は、本物だ。ただ、毎日は売っていない

とは言え、あの大部屋の席のことは、いまでもときどき思い出す。

窓からは遠くて、蛍光灯だけが明るかった。椅子は少し高くて、足の裏が落ち着かなかった。

僕はそこで、一度きりの最大出力の記憶だけを抱えて、数週間、座っていた。

僕が、ごくたまに会社を救える力を出せるのは、嘘ではない。あの会議で説明したことは、いまでも間違っていなかったと思う。経営陣の評価も、お世辞じゃなかった。

ただ、あの会社が毎月必要としていたのは、その力じゃなかった。月曜から金曜まで、止まらない力のほうだった。

もしあなたが、20年前の僕と同じような状況にいたとしても、それはあなたが人として劣っている、という意味じゃない。あなたが売っている商品と、その現場が買っている商品が、ずれているだけだ。

もしそうなら、あなたができることは二つ。売れる場所を探すことと、普段の底を少し上げること。

今週、自分の力がいつ出て、いつ止まったかを、一行だけ書いてみてほしい。最大出力が、いつ火を噴いたか。定格出力が、どこで切れたか。

その記録は、あなたを裁くためのものじゃない。あなたの出力が、どこでなら売れるのかを、知るための手がかりだ。


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