Xを頑張ったら、noteが書けなくなった――苦手と得意は、同じ給湯器の別の蛇口から出ている
【この記事の概要】
① 困りごと: 「これさえ直せば」と言われて苦手を潰しにいくと、なぜか関係ないはずの得意なほうが鈍る。しかも、その因果が本人にも見えない。
② 困りごとの本質: 苦手の克服と長所の発揮は、別々の作業に見えて、同じ一台の給湯器からお湯を引いている。だから片方を開けると、もう片方が静かにぬるくなる。
③ この記事で渡すもの: 前半では、ばらばらだった「頑張ったのに全体が下がった」経験を一本の軸へまとめ直す。後半では、どの蛇口を開けているかを一行で記録する手順を渡す。
noteをやっていると、一時的に「Xも頑張ろうかな」と思う時期が定期的にやってくる。
noteは居心地がいいのだけど、Xの拡散力がどうしても羨ましく見えてくるのだ。
XというSNSと自分が相性が最悪なことはよく分かっている。通知が来たら返す、流れが来ているうちに乗る、その速さが自分には、どうにも合っていない。
でも、やはり隣の芝生が青く見えて、取り組んでみる。そしてあっけなく挫折する。
やっぱり僕は運動でもSNSでも、反射神経が要る場所は苦手なようだ。
でも、ふと思った。
そう言えば、X頑張ってた間、noteも書けなくなってたよな。
もしかして、Xをやるために使った力は、もともと別のところで使われていた力だったのではないか。
僕には「note と X、どちらも」ではなく、「note か X、どちらか」という方程式しかないという話なのではないか、と。
僕は原因を取り違えていた
苦手なことをやると疲れる。これは誰でもそうだと思う。
でも、それだけなら「Xをやった日は疲れる」で終わる。実際に起きたのは、そうじゃなかった。
noteを書く時間まで、うまくいかなくなっていた。
noteを書こうと思っても、いつもの入り方ができない。書き出しが決まらない。決まらないまま二時間座って、結局その日は一行も残らない。
それを僕は「今日は調子が悪いんだな」と、自分を納得させていた。翌日も同じことが起きて、また「今日もまたなんだか調子が悪い」と処理した。
一ヶ月分の「今日は……」が積み上がって、ようやく止まった。
つらかったのは、疲れそのものじゃない。どこから疲れが来ているのか、最後まで分からなかったことだ。
僕がこれまでに潰しにいった苦手
思い返すと、僕はどうやら同じようなことを何度もやっている。
社会人になりたての頃、電話が苦手だった。数をこなせば慣れると言われて、こなした
「行間を読め」と言われ続けて、行間の読み方を自分なりに組み立てた
会議の空気を読む練習をした時期がある。表情、声のトーン、沈黙の長さ。全部見て、全部照合していた
雑談が続かないので、話題のストックを用意して臨んだことがある
交流が苦手なのに、交流が前提の場所に自分を置いた
どれも、それなりに成果は出た。電話にはなんとか出られるようになったし、空気もまあまあ読めるようになった。
でも、家に帰るとソファから動けなくなった。
当時の僕は、それを「慣れるまではそういうものだ」だと思っていた。でも、そうではなかった。
こっちの蛇口からお湯を出すと、向こうの蛇口がぬるくなる
話が急に変わるが、うちの給湯器は、あまり強くない。
誰かがシャワーを浴びている時にキッチンでお湯を出すと、バスルームから悲鳴が聞こえてくる。
バスルームとキッチン。蛇口は別々の部屋にあるから、見た目にはまったく関係がない。でも、お湯は同じ一台の給湯器から来ている。
ある時ぼくはふと思った。
苦手を克服することと、得意なことを伸ばすこと、これもある意味で「一台の給湯器」から来てるんじゃないか、って。
例えば、Xとnote。やっていることはそれぞれ無関係に見える。向こうは思いついた短文をどんどん投げるSNSで、こっちはじっくりと文章を練り上げる場所。
でも、燃料は同じところから出ているし、厄介なことに、いま開けている蛇口と逆のほうが、ぬるくなる。
シャワーを浴びている人には、キッチンが見えない。だから、このことに気が付くまでは「今日はお湯の出が悪いな」としか思わない。
僕がやっていたのも、これではないか。
Xをやっている自分は、それなりに手応えを感じていた。ぬるくなっていたのは、もう一方の、noteを書く自分のほうだった。
外から見えるのは、蛇口の数だけ
面白いのが、これが外から人を見るときにも同じ形で起きることだ。
僕の住んでいる街に、小さなビストロがある。
シェフは、僕の中では旨味の魔術師だ。料理はもちろん、合わせてくれるワインもいつも外さない。ただ、極度の人見知りで、こちらから話しかけてもたいていは短い返事で終わる。
最初のころ、僕は正直こう思っていた。
「これだけ料理が美味しいんだから、もう少し愛想よく話せたら、もっと客が増えるだろうに」
そして、すぐに首を横に振った。
僕はいま、この人の蛇口を見ていた。
料理ができる。ワインが分かる。仕入れも仕込みもやっている。あと一つ、接客ができれば全部揃う。
でも、この人が接客の蛇口から熱々のお湯を出そうとすると、料理かワインか、どれかの蛇口がきっとぬるくなるのだろう、彼の持っている「給湯器」の号数は、他人の僕には一生分からない。
「足し算」に見えるから、誰も止めない
ここが、この構造のいちばん厄介なところだ。
「苦手を克服すれば、長所はそのままで、短所だけが消える」
僕は無意識にそう考えていた。能力は足し算できる、と見ていた。
料理の才能があって、コミュニケーションもできて、接客も上手で、経営も得意。全部あったほうがいい。理屈の上ではそうだ。
だから「これさえ直せば」は、善意として出てくる。言うほうにコストが見えていないから、悪気なく言える。言われたほうも、正論なので反論できない。僕自身も実際、何度も言われたことがある。
でも生身の人間には、使える体力も精神力も時間も上限がある。そして、その配分は、人によってまるで違う。あることに人一倍持っていかれる人もいれば、別のことならほとんど減らない人もいる。
要するに、得意と不得意は同じ一台からの取り合いなのだ。
念のため書いておくと、これは「だから苦手は放っておけ」という話じゃない。電話に出られるようになったのは、僕にとって明らかにプラスだった。
でも、苦手を克服すると請求書が来る。そして請求先は、たいてい自分でも見えていない場所だ。
だから、苦手を直すか直さないかを決める前に、「そこを頑張ると、どこがぬるくなるのか」を先に見る。順番はそっちが先になる。
見るのは、苦手を克服しようと頑張っているあいだに、止まっていたほうだ。
例えば少し前の僕なら、Xをどのくらい頑張れたかを見るのではなく、noteの書き出しが決まらなかった日を数える。
そうすれば、自分に貼っていた「根性がない」というラベルも、たぶん置き換えられる。
続かなかったのは、別の蛇口が開きっぱなしだったから、というだけだ。
明日からやること、やらないこと
意志力の話は置いておいていい、まずはこれだけ。
もしあなたが「苦手を潰しにいこう」としているなら、寝る前に一行書く。
今日、やらなかった/できなかったこと
「やったこと」じゃない。やらなかったことを書く。
「どのくらい疲れたか」は数値化しにくいけれど、「やらなかったこと」なら数えられる。書けなかった、片づけなかった、連絡を返さなかった。それが、苦手の克服のトレードオフとして、「ぬるくなった」蛇口だ。
三日も書くと、毎回同じものが並ぶ。それが自分という給湯器のサイズになる。
1. 同時に開ける蛇口は一つまでにする
苦手の克服は、一度に一つ。二つ同時にやらない。「電話も雑談も会食も」を一度に上げにいくと、必ずどこかが落ちる。
2. 期限を切る
慣れるまでの長さは、始める前には分からない。だから、一ヶ月なら一ヶ月と決めて、終わったらチャレンジはいったん全部終了する。チャレンジを終えたら何が戻ってくるかをまた観察する。
3. 直さないと決めたなら、蛇口を減らす
ある苦手ポイントを克服しないと決めたら、その苦手が発火する場面を減らす設計をする。例えば、雑談を練習する代わりに、文脈のある会話の比率を上げる。僕のお気に入りのあのシェフも、ピーク時間帯は一切接客をしない。
限界は、越えてはいけない壁ではない
ここまで書いたうえで、一つ付け足しておきたい。
人の上限は固定されていない。慣れればできるようになることもあるし、経験を積んで広がる幅もある。若いころに少し無理をしたことが、あとから力になっていたと分かることもある。
だから「きついと感じたら何もするな」という話ではまったくない。
でも、いまその人が感じている限界が、成長の一歩手前なのか、壊れる一歩手前なのか。外から見ただけでは、ほとんど分からない。本人にも分からないことがある。
だから、僕たちは勝手に決めつけてはいけない。
「本当はもっとできるはずだ」
「限界を自分で決めるな」
「若いうちはがむしゃらにやれ」
そして本人も、決めつける前に、記録する。
毎日観測して記録すれば、それが「全力を出してないだけ」なのか、それともそれが「自分という給湯器の癖」なのかがはっきりしてくる。
僕たちは凸凹のまま、その凸凹が噛み合う場所を見つけられればいいはずだ。
***
今夜、「今日、やらなかったこと」を一行だけ、書いてみる。
そうすれば、自分の給湯器がいまどこにお湯を回していて、どこの蛇口がぬるくなっているかが、そこから分かる。
合わせて読みたい
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