漫画家アシスタント物語 もう終わりで章 〈5〉 ヒマワリの花と暗い雲‥‥
《 写真上:初冬の仕事場マンションを撮影したものです。 画面中央辺りが師匠の部屋とアシスタントの仕事場になっています。 このマンション、築年数で50年(?)、まだまだ頑張れるのか・・・・・ 2016年、11月、撮影 》
< この『もう終わりで章〈5〉』は、文庫本約8ページ分 >
「もう終わりで章」は、独立した「章」ですので、「古い話で章」の続きではありません。 無料で、各話、お楽しみいただけます!
ただし‥‥ 各話が連続していますので、「もう終わりで章〈1〉」からお読みいただく方が、よろしいかと思います。
はじめての方は、「マガジン:第1章、第2章」(無料)がお薦めです!
その9
《 漫画家アシスタントが・・・大きなヒマワリに感動する・・・!? 》
三軒茶屋から下高井戸まで走る世田谷線は、緑色の小さな二両編成の電車です。
「 三軒茶屋 」「 若林 」「 宮の坂 」・・・・・・・・私が子供だった頃によく遊び回っていた土地です。
1971年( 昭和46年 )当時は、マンションなどまだ数が少なくて、ほこりっぽい街並みには木造モルタルの平屋住宅ばかりが並んでいました。
木造アパートの玄関の前で、荒居君( あえて当時の実名です )は、深刻な顔をして自分が嘘をついていた事を告白し始めました・・・・・・・・
「 本当は、妹なんだ 」
「 ・・・・・・・・? 」
「 体が大きくてさぁ・・・・人から『 お姉さんは大きいわね~ 』なんて言われるのが嫌でさぁ・・・・ 」
「 ・・・・・・・・・・・・ 」
「 妹は、脳性麻痺でずっと家にいるんだ・・・・・ 」
「 ・・・・・・・・・・・・ 」
アパートの向かい側には小さな公園があり、その向こう側を世田谷線が走って行きます。
ゴ~ガタ~ン、ゴ~ガタ~ン・・・・・・・・ という音と一緒に時々、「 チリンチリンッ 」とベルを鳴らしていました。
そのアパートの廊下は、とても暗いのですが・・・・ 開けっ放しの共同便所の裸電球が、やけに明るかったです・・・・・・・・。
引き戸を開けてキッチンをぬけると、6畳の居間があって、そこにはギッシリと家財道具が並び、その中にお母さんと妹さんがちょこんと座っていました。
カーテンが閉じられた窓の前で妹さんが私をニコニコと迎えてくれるのです・・・・・・・・
彼女は、布団の上に座って、まるでフワフワと浮いているような表情を私に向けます。
両手には、私と漫画仲間で描いた同人誌を広げ持って、満面の笑みを浮かべています。
体の自由も、瞳の動きさえも・・・・・・・・ 思い通りにはならない中で笑ってくれるのです。
私の描いた漫画を指差しながら・・・・・・・・ 全身を左右に揺さぶるようにしながら・・・・・・・・
「 ア‥‥ アアア・・・・ アアア! 」
私には、彼女の言葉がわかりません・・・・・・・・
「 喜んでいるんだよ、大好きだって言ってるんだよ! 」
横から笑いながら荒居君が通訳(?)してくれます。
言葉は巧く喋れなくても、体の自由がきかなくても、全身で喜びを表そうと・・・・ まるで・・・・・・ 風にゆれる大きなヒマワリのように!
「 ・・・・・・・・・・・・・・ 」
私はショックでした。
私のイ~加減な漫画作品を、これほど喜んでくれる人がこの世にいるなんて・・・・・・・・
もう、45年も前の話なのに・・・・・・・・
私の目の前には、16歳で右のほっぺにホクロがあった荒居君や、妹さんの眩しい笑顔が蘇るのです・・・・・・・・
すぐ手が届きそうな・・・・・ 目の前に・・・・・・・・
こんな体験がなかったら・・・・・・・・ こんな年まで漫画にこだわってはいなかったと思います。
一回か二回の挫折で、さっさと漫画家への道を諦めていたと思います。
しかし・・・・
世の中には、貴重な素晴らしい体験もありゃ、最低の体験もあるわけです・・・・・・・・
次回は、その辺のお話をさせていただきたいと思います・・・・・・・・

その10
《 漫画家アシスタントが・・・・原宿で切れる・・・・!? 》
「 夢 」だの「 希望 」だの「 やる気 」だの・・・・
そんな・・・・
楽観的で積極的な気分が、まるで、蒸気のように私から消えて行ってしまった・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・その時の事を書いてみます・・・・・・
( 注意:これは、最悪の心理状態の一瞬を表現しています )
人から褒められたり、期待されたり、高い評価をもらったりする事でやる気になるのは、ごく当たり前の話ですが・・・・
その逆に・・・・
人から期待もされず、評価もされないまま・・・・ 夢中になっていた事、大好きだった事、はまっていた事が、突然・・・・ パッタリとやる気がなくなってしまう事があります。
原因がハッキリしないのですが・・・・・・ 心のちょっとした隙間から、冷たい風が入り込んで、体調を崩すみたいな・・・・・・・・・・・・
その日( 1990年頃 )、私は東京、原宿の交差点にいました・・・・・・・・
30歳代でデビュー( ヤングジャンプの青年マンガ大賞準入選 )したのですが、数年間、連載がもらえずに悶々としていました。
時代はバブル真っ盛り・・・・ ディスコ、ボディコン、朝シャン・・・・・・ 給料も土地の値段も右肩上がりの状態でした。
最近( 2016年まで大学で非常勤講師してました )は、大学生の内、半分は奨学金を受けなくてはならないほど、低い生活費で暮らしています。
30年前のバブルの頃の学生は、ブランドブームにマイカーブーム、スキーにサーフィン、海外旅行も普通に楽しめる時代でした。
今の若い人たちよりも当時の若者の方がファッションだって、オシャレだったんじゃないでしょうか。
表参道と青山通りの交差点には、明るい若者たちが大勢立っていました・・・・・・・( 何が目的なのかさっぱりわからないですが )
私は、漫画家志望者が誰でもがそうであるように、毎日『 面白い漫画を描くにはどうすれば良いのか 』そんな事ばかりを考えていました。
友人といくら話をしても、テレビを見ていても、常に漫画の事が頭から離れません・・・・・・・・・・・・ 不完全燃焼でブスブスいってる壊れたエンジンみたいな気分です。
私は、表参道の交差点で何気なく‥‥ 交差点の向かい側に立つ若者たちを見ていました・・・・
30歳代も後半に入ろうという私の小汚い服装。 ボロ靴とボサボサ頭の貧乏中年とは大違い、若者たちのパステルカラーのファッションの列。
私よりも豊かで余裕のある暮らしが見て取れます・・・・・・・・
目に浮かぶようです・・・・ 彼女とドライブ、彼女とスキー、彼女とサーフィン・・・・ こっちはチャリンコ、ラーメン、ひとりでセ〇ズリ!
その瞬間でした・・・・
キラキラと‥‥ 色彩が浮かんでいるような、若い彼らを見ながら‥‥‥‥
『 こいつら、ど~~見たって幸せだよなぁ~ 』
生まれて始めての冷たい感覚‥‥‥‥
毎日、アシスタントの仕事をして、土日は自分の漫画を描くために暗い机に向かっているのは、いったい何のためなのか・・・・・・・
毎日、読者を喜ばせる方法を考えて、夜も眠れなくなるのは、この「 幸せな若者 」のためなのか・・・・・・・・
『 オレは、こいつらを‥‥ もっと喜ばすために土日返上して、机に噛り付いているのか?! 』
傾いたようなボロ下宿の貧乏暮らしで、のびたラーメン食って、睡眠不足になりながらコリコリ漫画描いてるのは・・・・・・・・
『 こいつらのためなのかぁ?! 』
原宿の交差点はまだ赤信号だ・・・・
『 なんで、オレが、このオレよりも幸せな奴等のために漫画描かくなくちゃ~ならねぇ~んだっ! 』
まだ、赤信号だ・・・・・・・・
『 朝から晩まで、こいつら笑わすためにボツ原稿の山に埋もれるのか! 』
まだ赤だ・・・・・・・・
『 このまま、ボツ原稿と心中しろってのかよ!? 』
『 オレはゴミか‥‥ 』
私の中で、何かが「 プツリ 」と切れる音がしたのです・・・・・・・
小さな小さな音ですが・・・・・・・・
それは確かに聞こえたのです・・・・・・・・
『 プツッ 』
( こっから先の記憶がないので、これで終わり )
「 漫画家アシスタント物語 もう終わりで章〈6〉」へつづく・・・・
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